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「あのさ。さっきのジェットコースターがダメならこれもダメって判ってたよね? なんで乗ろうと思ったの?」
「す、垂直落下ならイケると思ったんですの……」
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「落下がダメなら回転ですわ! 回しますわ! 回しますわよコーヒーカップ!!」
「僕らの三半規管は人間のプロのスケート選手以上だから何百回転しても……ってストップ! ストップ! ハンドルが変な音鳴らしてる!!」
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「すごく、濡れましたわ……」
「調子に乗って最前列に座るから……あーあ、服の下までびしょ濡れだよ」
「まあ、本当ですわ……ね……」
「……? 今、君から僕好みじゃない欲望の気配を感じた気がしたんだけど」
「み、見てませんわよ!? タイダロスのへそチラなんて私、全然見ていませんわっ!!」
…………。
……。
…。
ゴクドゥーランド内に有る、スナック風レストラン『よし子の涙』。
昼時であるが故に席の大半が埋まっており、客達の多くは、和洋中華なんでもござれとばかりに書かれたメニュー表から好みの料理を注文し、雑談と食事に勤しんでいる。
「うう……どうしてこうなりますの」
そんな店の隅。2人掛けのテーブル席で、女性……ティアメープルが、頭を抱えて呻いていた。
よほど真剣に悩んでいるのだろう。彼女の目の前に置かれているフィッシュバーガーセットが冷めていくのを気にする様子もない。
「絶対楽しめるように下調べも頑張りましましたのに……身体能力が仇となるなんて、いくらなんでも予想外ですわ……」
零れ落ちた言葉。そして同時に、ティアメープルの脳裏に浮かびあがる、この半日間の記憶。
自信満々にタイダロスをアトラクションに連れて行き、自慢げに解説をして、しかしことごとくスリルを味わえず、それを挽回する為に慌てて次のアトラクションへ……その行動の繰り返し。
まさに負のループ。哀しき悪循環。
色恋を知ったばかりの中学生のデートとて、ここまで無様な結果にはならないだろう。
後半の、もはや無表情と化したタイダロスの様子を思い出し、ティアメープルは己の鼻の奥がツンとする感覚を覚える。
もしも、もしもこのままタイダロスを幸せに出来なければ……それどころか、愛想を尽かされてしまったら。そう考えた途端に、その濁った金色の瞳は潤み始め──
「────ええい! どっこいしょおおォォ!! ですわ!!!!」
直後、ティアメープルは奇声を上げると、両手で自身の両頬をビンタしてみせた。
突然の行動に周囲の耳目を集めるが、それを気にする事も無くティアメープルは机の上のフィッシュバーガーへと力強く齧り付く。
そのまま、アイスティーで口の中のフィッシュバーガーを流し込むと、カップを叩きつけるように机へ置く。
「負けませんわ! 私、負けませんわ! 必ずタイダロスを幸せにすると誓ったのですから!」
よく判らないが凄い勢いの宣言に、先程まで不審者を見る目でティアメープルを見ていた周囲の人々は、ヤバい奴を見る目へとその視線の質を変え、そっと目を逸らす。
その事に気付こうともせずに、ティアメープルはひりひりと痛む頬をさすりながら思考を巡らせる。
「スピードも回転もサプライズもダメ……それならもう、最終手段ですわ! 正直、やりたくないですけど、本当に行きたくないですけど……! でも、タイダロスの為なら頑張りますわ!」
「え? 何を頑張るのさ」
「それは勿論……ひょえあっ!!? た、タイダロス!?」
そんなティアメープルに背後から掛けられる声。
見ればそこには、ドリンクバーから運んできたアイスティーとレモネードのグラスを手に持ったタイダロスの姿があった。
タイダロスは、己の独白を聞かれたと思い、頬を染めて口を開閉しているティアメープルの様子に疑問を抱きながらも、特段気負う事無くティアメープルの真向いの席に座り、そのままレモネードを一口分だけ喉に流し込む。
そして、息を一つ吐いてから……まるで無垢な少年のような綺麗な笑顔を浮かべて言葉を紡ぐ。
「まあ、良く判らないけど……メープル。君はそんなに頑張らなくても良いと思うよ?」
「えっ」
タイダロスから突然投げかれられた優しい言葉に、思わず驚きの声を上げるティアメープル。
その挙動を見ながらタイダロスは続ける。
「君は十分に頑張ってる。だからもう少し自分に優しくしてあげなよ。辛い事や嫌な事から逃げたっていいんだ。むしろ、逃げるのが正解だよ。困った事があれば全部僕がなんとかしてあげるから」
「っ……ストップですわ!」
ティアメープルは人差し指でタイダロスの口を塞ぐと、ジトりとした目でその無垢な笑顔(営業スマイル)を眺め見る。
「騙されませんわよタイダロス。甘い言葉で私から怠惰のエネルギーを吸おうとするのはやめてくださいまし。そんな可愛らしいお顔をしても、私からエネルギーは出ませんわ」
「……どうやら、そうみたいだね。ハァ、全く。無駄に愛想を振りまいて損したよ」
先程まで浮かべていた綺麗なものから皮肉気なものへと笑顔の質を切り替え、悪びれもせずそう言うタイダロス。その態度に、ティアメープルは少しムッとした表情を浮かべる。
「タイダロス。あまりおイタが過ぎますと────」
「過ぎると、どうなるんだい? まさか暴力で制圧でもするのかな?」
タイダロスとしては、ランド内を半ば強制的に連れまわされ、心躍らない体験ばかりをされられた事への抗議を込めた言動であるのだろう。
また、短いながらも今日までの生活の中で、ティアメープルが自身に直接的な暴力を振るわないという確信を持ったが故の事なのかもしれない。
椅子に座ったまま腕を組み嘲笑するその様は、その美麗な見た目と合わさり、生意気な少年という範疇を超えて、実に悪役然としたものであった。
「────取り返しがつかないキスをしますわよ」
「ごめんなさい」
そして、そんな悪役然とした態度は、突きつけられた事案を前に即敗北した。
頭を下げるタイダロスの様子をどこか残念そうに見ていたティアメープルであったが、気を取り直すかのように小さく咳払いをする。
「頭を上げてくださいなタイダロス。冗談ですわ。今はまだ、そんなはしたない事はしませんわ」
「そ、そうか。安心したよ……え? 『今は』?」
「ところで、先程の話の続きなのですけれど」
タイダロスの浮かべた疑問符を聞かなかった事にしつつ、ティアメープルは大きく息を吸ってから人指しを上に立てる。
「タイダロス。午後は私とおお化ばばけおばばばばばけ屋敷に行きませんこと?」
「……え?」
「ですからおおおおおおおおおお……化け屋敷にっ!」
「……もう1回言ってくれる?」
「お化け、お化け屋敷にっ! 行きませんことっ!?」
「ワンモアセット!」
「意地悪しないで欲しいのですわっ!?」
ティアメープルの反応があまりに面白いものだった為、ついつい嗜虐心が出てしまったタイダロスであったが、やりすぎると取り返しが付かない事をされると思い自制する。
机に置かれたアイスクリームを1口頬張り、甘味を舌で堪能してから肩を竦め口を開く。
「さて……お化け屋敷、ねぇ。メープル、言っておくけど僕は魔人だよ? そんな作り物に怖がる筈がないだろう?」
「フフッ。ゴクドゥーランドのお化け屋敷『組の地下室迷宮』は超本格派なのですわ。視覚だけではなく嗅覚や味覚へも干渉する特殊仕様で、それはもう怖くて怖くて……怖いですわぁ!」
「……いや、想像するだけでそんなに怖いならやめとけば?」
いつも通り皮肉気な態度を取っていたタイダロスであるが、ティアメープルのあまりに怯え様に思わず中止を提案してしまう。
だが、ティアメープルはタイダロスのその態度を受けて逆に意志を強く固めたらしい。
「いいえ! いいえ! 絶対にやめませんわ! 肉体のスリルがダメなら精神のスリル! タイダロスには全霊でこのゴクドゥーランドを味わって貰いますの!」
「ある意味では体験し尽くしてるから、余計なお世話なんだけどなぁ……」
拳を握り、恐怖に立ち向かう覚悟を決めたティアメープルを前にして、タイダロスは大きく溜め息をつく。
きっと、この強引な正義の魔法少女は、拒否する自分をお化け屋敷とやらに連行するのだろうと。
そして自分はそこで、つまらなく、後で話の種にはなりそうな時間を過ごす羽目になるのだろうと。
そう思い────
「────あれ? こいつ、みつ子じゃん」
だから、驚いた。
自分の背後から聞こえてきた、ティアメープルの名を呼ぶ知らない女の声。
それを聞いたティアメープルの表情が。
かつてタイダロスと戦いを繰り広げていた時にも、見たことのない────『恐怖』の感情をありありと湛えていた事に。
「──っ!!」
「あ、おい! テメェどこ行くんだよみつ子! 逃げんな!」
次の瞬間。机に1万円札を叩きつけてから、タイダロスの腕を掴んでティアメープルは駆けだした。まるで、少しでもレストランから遠ざかろうとでもしているかのように、100m以上の距離を瞬く間に走り抜けるティアメープル。
そして、途中から抱き抱えられ運ばれる事となったタイダロスは、突然の状況の変化に混乱しながらも、確かに感じ取っていた。
自身に触れるティアメープルの腕、その震えを。