神隠しと呼ばれる現象がある。
意味的に言えば、人間がある日忽然と失踪していまう事である。
原因として考えられるのは、夜逃げ、家出、誘拐・拉致監禁などが考えられるが、実は、突如発生した空間の歪みに偶然入り込み、魔界に迷い込んでしまうのが本当の神隠しである。
世界は主に、我々人間が住む人間界、死んだ人間の霊体が向かう霊界、そして妖怪たちが住まう魔界に分かれている。
魔界の瘴気を並の人間が吸えば、死にはしないものの仮死状態となってしまう。
魔界に迷い込んだ人間が、無事に人間界に戻れるか、それとも妖怪たちのエサになってしまうかは、その人間を発見する妖怪次第である。
妖怪の中で、人間でしか栄養にならないという人食い妖怪はそれほど多くはないが、他のモノも食べられるが人間が大好物という妖怪は、それこそ数え切れないほどいる為、魔界に迷い込んだら、生きて帰れないのがほとんどである。
しかし、中には魔界の瘴気を吸っても、仮死状態にならない人間も少なからず存在する。
まず最初は、言わずとしれた霊能力者と呼ばれる生まれつき霊感や霊力の高い人間は、魔界の瘴気を吸っても、自らの霊力で浄化できる為、問題はない。
次に、『壁を超えた者』と呼ばれるレベルに達した武道家たち…。
壁越えレベルともなれば生来、霊力が強くなくても、霊撃力を身に付けらるし、『気』を有る程度操れるようになるので、B級以上の妖怪ならともかく、魔界の瘴気程度ならば、十分対抗できる。
無論、壁越えに達して無くても、気を扱える者も大丈夫である。
そして、『異能』と呼ばれる能力を持つ者たちである。
『異能』とは霊力が別の能力に変換されたモノであり、霊感や霊撃力が無くても、壁越えに至っていなくても魔界の瘴気には対抗できる。
★☆★
何十年か前、九鬼は現在のような世界最大規模の財閥ではなく、在り来たりな富豪の一つに過ぎなかった。
その九鬼家の次期当主である九鬼帝は、家を継ぐ前に3日間くらい失踪していた事があった。
自由奔放な性格なので周りは、そこいらをほっつき歩いていて、そのうちひょっこり帰ってくるだろうのだろうと考え、形式的な捜索しか行わなかった。
しかし、彼はその時、今までの人生の中でも五指に入るほど危機的状況に陥っていた。
空間の歪みに巻き込まれ、魔界に迷い込んでしまったのだ。
霊能力者でも壁越えの達人でもない帝だが、幸いにも彼は『豪運』という異能を持っていた為、瘴気を吸っても仮死状態にはならず、魔界の森をさまよい歩いていた。
この森に生息する妖怪は一部を除けば、温厚な者たちばかりなので、しばらくは無事だったが、中には凶暴な人食い妖怪もいるので、その類に遭遇すれば、恐らく助からなかっただろう。
しかし、流石に『豪運』の異能持ち……救いの手が差し伸べられた。
「…誰だ!?」
「ほう、こんな所に人間がいるとは……しかも、たしか……九鬼帝……だったかな…」
帝の前に現れたのは、美しい銀髪と恐ろしく冷たい眼を持った妖怪だった。
名を、妖狐・蔵馬という。
何故、妖怪である蔵馬が人間である九鬼帝を知っていたのかというと、富豪の中でも将来が有望そうな者を、蔵馬がチェックしていたからである。
蔵馬は日本御三家の一つ『綾小路家』と千年ほど前から協力関係にあり、代々の綾小路家の当主と、利用し合う関係を続けてきた。
しかし、次の綾小路に期待が出来なかったのだ。
蔵馬が知る限り現当主、綾小路大麻呂の一人息子は、歴代の中でも最低……利用価値がまったく無い暗愚であった。
蔵馬にとって暗愚な権力者は利用価値がない。
確かに暗愚な者は傀儡にし易いが、足を引っ張られる可能性の方が高いからだ。
蔵馬は、綾小路家に代わる人間の権力者を選定していた。
それには代々続いた名家というよりも、自力で成りあがろうとする者が蔵馬の趣味に合う。
九鬼帝もその候補の一人であった。
無論、綾小路家とも完全に切れるつもりはない。
大麻呂の息子は暗愚だが、関係者すべてが愚か者ではないし、次々世代はまともな可能性もあるからだ。
蔵馬は帝に貸しを作るために、彼を人間界に戻す事にした。
この当時の蔵馬の実力は、霊界側の能力基準でいえばA級妖怪にランクされるだろう。
霊界は人間界にいる自分達に協力する妖怪以外はA級レベルに達すると、特防隊を派遣して抹殺する。
S級レベルになってしまえば、自分達が手を出せなくなる為、その前に始末していまおうという考えで、その為に蔵馬は霊界に己の実力を伏せていた。
しかし、A級妖怪は、霊界でもエリート集団である霊界特別防衛隊でなければ対抗出来ないレベルの強さだ。
その為、人間界と魔界の次元の歪みにA級以上の妖怪が通れない結界を張って、進入を防いでいる。
しかし、結界を通る以外にも、人間界と魔界を行き来する手段は存在する。
例えば、妖力をD級以下まで下げるとか……。
蔵馬も独自に結界を抜ける方法を知っているが、入念な準備が必要で突発的には使用できない……が、丁度人間界に戻ろうとしていた時であり、人間を同行させても問題はなかった。
帝を連れ、人間界に戻った蔵馬は、優先順位は低いが、将来手を組む可能性のある相手に対する繋ぎの為、帝に自分を呼び出す道具を渡した。
「もし、俺の手が必要な時になった時、これを使え…。確約は出来んが、俺の都合がよければ手を貸してやろう…」
そう言うと、蔵馬は自らの名を名乗り、帝の前から姿を消した。
妖狐・蔵馬は極悪非道、冷酷無比な妖怪だが、だからと言って殺戮を好むというわけではない。
欲しい物を手に入れる過程で、相手に容赦せず、反抗の意志を徹底的に削ぐ為の手段でしかなかった。
そして、意外にも蔵馬はそれほど人間を殺めていない。
自分の邪魔をした者は容赦なく葬ってきたが、自分から人間を殺したのは、明治維新以前までだった。
魔界に見切りをつけた蔵馬は、人間界に己の勢力を築こうとし、それには人間が必要不可欠だった。
★☆★
「しかし、今の今まで、俺を呼ぶことはありませんでしたね」
「…まあ、アンタに頼ったら負けだ…と、思っていたからな…それに正直、アンタが怖かったってのもある」
結構、怖い物知らずの帝だが、流石に蔵馬の冷たい眼を見た時は、寒気がするほど恐怖を感じた。
あの眼に比べれば、厳ついヒュームの顔も、世界中で冷酷と恐れられる権力者やマフィアなど可愛いモノだと思うくらい。
ただの一富豪にしか過ぎなかった九鬼家を世界トップレベルの大財閥まで成長させた要因の一つとして、度胸が強い事だが、蔵馬の冷たい眼光という最上級の恐怖を受けたせいで、それ以下の恐怖に対する耐性が就いたのだった。
「だけど、今のアンタの眼の方が興味深いな…。ヒュームが直江大和の眼には百の慈愛と千の修羅が宿っているようだ…と、(アイツには似合わない表現だが)評価したが…納得したぜ」
「フッ…俺も色々とあったんですよ」
蔵馬は帝の評価に苦笑しながら、今の現状を簡単に説明した。
「つまり、
「まあ、今まで一度も使っていなかったし、そもそも都合がつけばって話だったからな。そんな不確かなモノを保険にする訳にはいかなかった。ヒュームやマープル、クラウディオが従者として仕えてくれてからは、アンタの手を借りるほど切羽詰った状況にはならなかった」
生来、霊力が高いわけでもないヒュームだが、壁越えなのでC級妖怪までならば対処が出来る。
そして、人間界においては最強レベルのB級妖怪とは滅多に遭遇するモノではないので、蔵馬の手を借りる必要がなかったのだ。
蔵馬も、直江大和に転生した後は、それほど帝との縁を期待したわけではない。
「それにしても…左京の死の原因がギャンブルで命を賭けて、それに負けたからだとは……アイツらしいっちゃアイツらしいな」
寛大で懐が深い帝ですら、危険人物として敬遠した左京の死の真相を知り、嘆息した。
「しかも奴の狙いが……魔界の穴を開ける事だったなんてな」
帝も魔界の事は知っている。
何せ、一度迷い込んだ世界だ。
改めて調べた結果、自分の迷い込んだ場所がとんでもないところだった事に冷や汗が出たくらいだ。
魔界に住む妖怪は、それこそ最強執事ヒューム・ヘルシングや武神・川神百代すらも赤子扱いに出来る猛者が掃いて捨てる程いる。
そんな奴らが無制限に人間界に来たら……。
人間界は滅茶苦茶になってしまう。
それを思うと、左京がギャンブルで負けて死んだ事にホッとしてしまう。
左京の件以外……闇の力を利用していた富豪たちが軒並み無一文になって放り出されたのも、蔵馬が絡んでいた。
暗黒武術会優勝チームのメンバー全員には、望む物が与えられる。
武術会運営メンハーの手に負えない望みであっても、大会開催に関して特権を持つ霊界が助力できる範囲内ならば、どんな望みも叶うのだ。
幽助が、戸愚呂に殺された幻海師範を生き返らせたいという望みが叶った様に…。
当然、幽助だけで無く他のメンバーの望みも叶っていた。
飛影の望みである大会主催者全員の命……これに関しては左京に命じられた戸愚呂が既に実行していたので、既に叶っていたのだが…。
桑原の望みは氷女の雪菜の人間界での生活の保障である。
そして蔵馬の望みが一番えげつなかった。
大会主催者を含む暗黒武術会を観戦した富豪たち全員の全財産没収である。
知っての通り、蔵馬は自らに危害を加える者に対して、圧倒的に冷酷である。
その苛烈さは、あの飛影ですら敵に回す事を忌避するほどの……。
大会主催者が戸愚呂に皆殺しにされた事で、身の危険を感じた富豪達は、会場に足を運ばず、ホテルの自室でテレビ観戦をしていたため、戸愚呂100%の猛威の犠牲にならずにすんだ。
しかし、自分達を強制的にエントリーさせ、その生き死にを楽しもうした者どもを、直江大和に生まれ変わり、穏やかになった蔵馬でも、簡単に許せるほど甘くなったつもりはない。
大会優勝者の望みは可能な手段がある限り、どんな事でも叶えなければならない。
それが暗黒武術会の開催意義であり、だからこそ、幽助の望みである幻海を生き返らせる事も叶えられたのだ。
「しかし本人はともかく、その家族が気の毒だな」
「フッ…、自分の夫や父が非合法な手段で得た金で、贅沢三昧を行ってきたのだ。知らないからといって、同情する必要はないでしょう?」
全財産というからには、金だけでなく所有する土地、有価証券、自家用の移動手段などもすべて取り上げた。
「まあ、せめてモノ情けで、財産の中でも家具や衣服だけはそのまま残してやったから、まったくの無一文というわけじゃないさ」
それらを売り払えば、自分達が雇っていた者たちの退職金くらいは融通できるだろう。
いかに非合法とはいえ、解雇する者たちに退職金を出さなければ、本人たちは無事では済まない。
そういう稼業をやっていたのだから、社員達も荒事になれている者たちである。
頼みの綱の妖怪たちだが、彼らにしろ、雇い主が無一文になれば、真っ先に見限るだろう。
妖怪たちの雇用金は、人間の社員たちとは比べ物にならないくらい高額なのだから。如何に高級品の家具や衣服を売り払った程度の端金では妖怪は動かない。
「退職金を出した後、破産宣告でもすれば生きていく事くらいはできるでしょう」
「…綺麗な顔に似合わず、本当にえげつないな」
ちなみに没収した財産は、すべて金に変えて、、幽助たちや風間ファミリーに何かあった時の為に、蔵馬名義で魔界関係の口座に振り込まれている。
高校を卒業したら、風間ファミリーの秘密基地を土地ごと岳人の親族から買い取る為の金をそこから出すつもりであった。
まあ、魔界では都庁すら建てられない端金だが、人間界では下手をすれば人間の一生では使い切れない額なのだが…。
★☆★
「それで、俺を呼び出したのは、話を聞くためだけですか?」
「…そうだな。もうすぐドバイのミスマ・コーポレーションを併呑する予定だ。それが上手くいけば、九鬼は世界最大の企業になったとも云える…。そんな九鬼にとって一番の死角といえるのが、闇社会に対する備えだな。壁越えの実力者であるヒュームやゾズマ、そして他の従者の中にも風丸や他何人か霊能力者がいるが……以前、左京に手を出して喪ってしまった奴らもいるから、結構不安要素が高いんだ」
「…それで俺を呼び足したのか?まさかとは思うが、俺を貴方に仕えさせようという事ですか?」
「…いや、正直アンタを御するのは俺でギリギリ何とか出来る程度で、三人の子供たちでもまだ難しいだろうな」
蔵馬が疑問と共に発した殺気に、冷や汗を搔きながら、帝は否定した。
この世のすべてを知っていると言われる『星の図書館』マープルも、魔界関係は専門外だ。
今回、かなりの数の闇社会関連の富豪達が蔵馬たちにつぶされたとはいえ、全ての闇社会の富豪たちが暗黒武術会に関係していたわけではない。
むしろ、開催者以外の富豪たちは道楽者が殆どで、真の意味で危険な――左京の様な――奴が存在しているかも知れない。
そんな奴が九鬼と敵対し、戸愚呂級の妖怪を差し向けてきたら…。
その為の備えが必要なのだ。
そして、昔の蔵馬は協力を要請するには危険な香りがプンプンしていたが、今の蔵馬にはそれが無い。
蔵馬と彼にとって大切な存在である両親や風間ファミリーに危害を加えない限り、信用できる。
帝の勘がそれを告げていた。
「何れ九鬼関連の企業に就職してくれれば何よりだが……それとは別に九鬼財閥とではなく、俺の個人的なオブザーバーを務めてくれねぇか?」
「…つまり、対等の関係で契約したい…と、いう事か?」
「ああ。本来ならば実年齢ではヒュームやクラウディオより年上で、戸籍上の年齢では年下、それでいて立場は対等の友人関係……って面白いと思わないか?」
蔵馬は帝の提案を苦笑しながら、了承した。
「フッ…、やはり貴方はキャップや幽助とはまた違った意味で興味深い。いいでしょう。ですが、貴方自身が言った様に貴方の下に付く気はありませんよ」
「ああ、それでいいよ。ここん所、俺と対等な関係の友人っていうのもいなくなっちまったからな」
帝が九鬼を継いだばかりの頃に対等だった友人たちは、九鬼が世界規模の財閥になってからは、対等ではなくなっていた。
彼らは帝に謙り、ご機嫌取りをするようになり、帝もそんな彼らに友誼を感じなくなっていた。
「それでは、今回は記念として出血大サービスで、情報を提供しよう。帝さ…「帝でいいぜ」……では、帝。『M』という人物を知っているか?」
「…各地で暗躍している謎の男だな。九鬼にもちょっかいを出してきている」
「その正体は九鬼の内部の人間だ」
「本当か!?」
「ああ。まだ人間のどの諜報機関も掴んでいないが、闇の情報網では突き止めている……最上幽斎…この男が『M』の正体だ」
「…あいつか…」
最上幽斎。
九鬼財閥の要職に就いており、ミステリアスな男だが、帝も気に入っている男である。
奴は自らを特別な存在だと信じて疑っていない。
能力は確かにあるが、自分が思っているほど特別な何かではない。
昔の妖狐・蔵馬ならばその思い上がりに鉄槌を下していただろう。
「情報は提供したので、後は奴が九鬼の内部で何をやっているのかは自分たちで調べて下さい。奴の行動経緯は兎も角、その動機は一理あります。上から目線でなければね」
こうして、直江大和として、そして妖狐・蔵馬としてそれぞれ九鬼に対してコネが出来、帝は魔界関係に対するコネが出来たのだった。
次回は、なつかしの幽☆遊☆白書キャラをテーマにしようと思っています。