今日の日曜日、蔵馬はとある家に来ていた。
「…先生、終わりました」
「はい。それじゃあ採点します」
夏休みの遊ぶ資金を得る為、の家庭教師の臨時アルバイトをしているのだ。
生徒の名は、松尾末吉という。
本来は、彼には別の家庭教師が就いていたのだが、身内に不幸あり、今日だけの代行である。
暗黒武術会で得た大金があるから、アルバイトの必要はないと考える人もいるかもしれないが、あの金は非常時の為のモノなので、普段は手を付ける気はなかった。
何より、あの大金の存在を知れば、百代などの金遣いがますます荒くなりかねないので、ファミリーの皆には秘密にしている。
「うん。先週よりは成績があがっていますね」
「ありがとうございます」
「それでは終わります。そろそろお昼にしますか」
末吉の母親は、近所の主婦友達とともにバーゲンセールに行って留守にしていた。
「じゃあ、母さんからお金貰ってるので出前でもとります?」
「いえ、この後用事があるので、川神駅近くのファミレスに行くつもりです」
「それじゃあ、僕もご一緒していいですか?気分転換に先生の通う川神学園の事を伺いたいので}
「おや、末吉君の志望校は川神学園ですか?」
「候補の一つではあります」
「それじゃあ、連れが来るまでの間でよろしければ、お話しましょう」
食事をしながら、川神学園の事を包み隠さず話すと末吉は顔を引き攣らせていた。
「……正直、僕じゃ耐えられそうにないです」
「まあ、それほどでもありませんよ。確かに一部、規格外の者がいますが、普通の人の方が多いんですから…」
自分の事を棚に上げながら、母校をフォローする規格外筆頭の蔵馬であった。
「待たせたな蔵馬!」
「お待たせしました蔵馬さん…」
待ち人である桑原と螢子が到着した。
そう、本日も2人の勉強を見る事になっていたのだ。
「2人とも昼食は?」
「いえ、朝食しか食べてません」
「俺も飯食ってねぇな」
「じゃあ、奢りますからここで食べていきなさい」
「いいんですか?」
「悪ぃな蔵馬」
着席し、メニューを見る桑原と螢子……その時、末吉が螢子に声を掛けた。
「もしかして、雪村さん?」
「えっ…!?ま……松尾君?」
「…あれ螢子ちゃん。末吉君とお知り合いですか?」
螢子の家と末吉の家はかなり離れている。
なのに知り合いだという事は……。
「はい。小学校の頃に引っ越して行ったの同級生です。私よりも幽助の方が親しいですけど……苛められている松尾君をよく助けていましたから…」
小学校時代、典型的な苛められっ子だった末吉はよく幽助に助けられていたのだった。
「へぇ~、あの浦飯がそんな事をするなんてな」
不良ではあるモノの、それなりの正義感を持っている幽助だが、本人もカツアゲなど行っていたので、苛められっ子を助けていたというのが意外であった。
「…助け賃として千円取られたけど……」
「……そんな事だろうと思った」
「まったく幽助の奴!」
納得する桑原と、裏事情を知り憤慨する螢子。
「ところで幽助君は?」
「ええ。相変わらずだけど」
「そっか…、体に戻ったんだね」
末吉の発言にギョッとする桑原と螢子。
蔵馬もピクリと眉を顰めた。
「……僕、幽霊の頃の幽助君に取り憑かれたから…」
末吉の話はこうだった。
中二の終わり頃、浮遊霊だった頃の幽助はひょんな事から末吉の体に憑依し、数日間一緒だった。
ボクシングが好きで、忌野中学ボクシング部に入ったが、生来の気の弱さ+子供の頃から苛められていた条件反射で、相手から攻撃が来ると眼を瞑ってしまっていた。
そして、試合の前日。
幽助が対戦相手である臨終中学の鮫島を挑発し、しかもその鮫島が札付きのワルであった為、ビビって逃げようとした時、幽助から喝を入れられてから吹っ切れ、念願の一勝を挙げる事が叶ったのだ。
「あの時、幽助君に叱られなければ、僕は…」
「幽助らしいですね」
★☆★
注文した料理が出されたので、食事を始めた二人を見て、蔵馬は一端、店の外に出た。
そして、懐から笛を取り出すと、それを吹き鳴らし、店内に戻った。
「あうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……」
数分後、半泣きになりながら店に入ってくる一子の姿。
「逃げられると思うなよワン子」
実は桑原と螢子だけでなく、一子も強制的に参加させられていたのだ。
すっぽかそうとしても、犬笛がある限り、一子は逃げられない。
「でも勉強道具を持って「俺がちゃんと用意したから問題ない」…あうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
相変わらずの容赦無しの蔵馬に、桑原と螢子は苦笑し、いきなりの展開に戸惑う末吉。
今回、風間ファミリー側の参加者は一子だけである。
クリスはマルギッテと買い物、由紀江は新しく出来た友達である大和田伊予とプロ野球観戦に行き、京も珍しく外せない用事があるとの事だ。
ちなみに一子も鍛錬をするつもりだったのだが、蔵馬が鉄心とルーに手を回し、勉強を優先させていた。
鉄心やルーは川神院総代と師範代であると同時に、川神学園の学長と教師という教育者である。
勉強だけがすべてではないが、まったく勉強出来ないというのも、社会に出て困るだろうから、せめて赤点だけは取らないようにしてもらいたいのだ。
まあ、確かに難解な物理の数式などは社会に出ても殆ど使わないだろうが、何しろこの一子、「日本の首都は何処」という問いに「首都って何?」と返した事がある。
幼児や小学校低学年ならともかく、日本国民としてこの返答は流石に問題である。
だから、蔵馬からの要請に快く応じ、本日午後からの鍛錬を総代と師範代の権限で中止させたのだ。
「それじゃあ、図書館に行こうか」
「えっ!?ここでやるんじゃないの?」
「…ほう、周りで食事をしている者たちがいる中で集中して勉強が出来るとでもいうのか、ワン子?」
ただてさえ、勉強が苦手なので武術の修行に比べ格段と集中力が落ちる中、周りに食べ物がある状況では、更に集中力が落ちるに決まっている。
そんな一子がファミレス内で勉強など出来る筈がなかった。
「ほら、さっさと行くぞ!」
「…はい」
何だかんた言っても、蔵馬に逆らえない一子であった。
「先生、僕はこれで……」
「ああ、お疲れ様」
「今日はありがとうございます。もし次の機会があればよろしくお願いします」
用事のある末吉は、勉強会には参加せず、一行から離れていった。
図書館の休憩所で見世物が展開されていた。
テーブルの上には、先ほど蔵馬がコンビニで買ってきたドーナツ。
そして、その前でよだれを垂らしながら、モノ欲しそうな目でドーナツを見つめる一子。
とりあえず、漢字の書き取りが終われば、ドーナツを貰えるので、必死に終わらせ、学習室では飲食禁止なので、ドーナツを食べる為に休憩室に来て、さっそく食べようとしたら、「お預け!」の一言で、手が止まり、許可を得るまで我慢している一子の姿。
余りの展開に呆然となる桑原と螢子…。
「よし、いいぞ」
「わーい!ぐまぐま…」
許可が出たので、嬉しそうにドーナツを頬張る一子。
その姿はさながら、飼い主とペットであった。
(……なあ、雪村……狐が犬を飼い馴らすっていうのはどうなんだ?)
(昔話だと、化け狐って大抵、犬に噛み殺されるっていうのが定番だから…狐の妖怪にとって犬って天敵だと思ってたんだけど…昔話って当てにならないね)
ひそひそ話をする2人だが、常人以上の聴覚を持つ蔵馬には丸聞こえであった。
(言っておきますが、犬に噛み殺される程度の人間界の野狐と魔界の妖狐の俺を同一視しないでくださいね)
蔵馬は狐は狐でも魔界の狐である。
強者こそがすべてである魔界という過酷な環境で生き抜き妖狐となった蔵馬と、魔界に比べれは穏やかな人間界の化け狐とは格が違うのだ。
「さて、ドーナツ食べて満足しただろう。勉強の続きをするぞワン子」
「腹ごなしの運動に言ってくるわ!」
そう言って、再び逃走を図る。
しかも、今回は珍しく多少頭を使っていた。
「図書館で笛は吹けないでしょ!」
確かに図書館の中で犬笛を吹けば周りの人達に迷惑がかかる。
だが、それは別に図書館の外に出て吹けばいいだけなのだが……そこまでは頭が回らなかったらしい……だが…。
「ほぅ…ワン子…俺を舐めるなよ」
笑顔ながら、青筋が立った蔵馬は目にも留まらぬ速さで一子に追いつき、その襟首を掴んだ。
「はうっ!」
如何に一子がオリンピック選手顔負けの脚力を誇るとはいえ、まだまだ蔵馬には及ばない。
蔵馬もまた百代同様、『壁越え』である事を失念していたのだった。
「俺から逃げたければ、せめてユキよりも速く走れる様になるんだな」
小雪は足だけは壁越えに達しており、流石の一子も小雪には及ばない。
「さて、逃げようとしたから、お仕置きだね」
「ギャース!」
Sッ気満々の表情の蔵馬を見て、半泣きになりながら引きづられいく一子。
「…川神さん…蔵馬を怒らせるとどうなるか解っているだろうに…」
二ヶ月間、蔵馬の修行を受けていた桑原は、蔵馬のSッ振りを骨身に染みて知っているいるので、呆れながらも同情していた。
お仕置きとして大量の宿題を出され、やってこなければどうなるかと散々脅され、突っ伏している一子を尻目に、桑原と螢子の勉強を見ていた。
「前にも言いましたが、螢子ちゃんは普通に勉強してても、志望校には確実に合格できますよ。いや、
螢子は全国模試でもかなりの上位なので、正直蔵馬が教える必要などないのだ。
「ですけど、蔵馬さんから教わるとすごくわかりやすいんです」
「俺もこないだの授業の小テスト。60点超えたからな」
「うん。今まで大和のおかげで赤点を回避できてたし…」
突っ伏していた一子も会話に加わってきた。
「……いや、お前は普段からきちんと勉強しろ」
「でも、修行があるし…」
「…あのなぁワン子…お前が目指す川神院師範代は武術の腕だけでは務まらないんだぞ。ルー先生を見ても解るだろう」
川神院師範代は、総代の補佐を務める立場である。
川神院は川神流という武術の総本山であると同時に、関東三山に含まれる寺院でもある。
武術以外の仕事もあるので、ある程度の知識は必要になってくる。
百代は学業は疎かにしているが、基本的に頭は悪くないので、ある程度は問題ない。
破門された元・川神院師範代の釈迦堂刑部も、頭の回転は早いので、素行は兎も角能力では何の問題もなかった。
「姉さんの手助けがしたいから、師範代を目指すのだろう?だったら、せめて赤点だけは取らないように普段から、少しでいいから勉強しろ。師範代になる為に必要な事なら、お前もしっかりできるだろう」
蔵馬は一子の努力と集中力は高く評価している。
蔵馬から見ても一子は武術的な才能はほとんどない。
本来ならば、彼女はせいぜい武道大会に出場しても予選で敗退する程度にしかなれない筈なのだが、それを師範代になるという夢の為、それを超えた。
それは十分に凄い事なのだ。
…だからこそ……一子はもう限界が近づいている。
蔵馬は気付いていた。
このままでは、一子は川神院の師範代にはなれない事を…。
蔵馬だけでなく、百代も鉄心もルーも、一子が師範代になれない事を知っている。
(最も一子の中に眠る霊力は少しずつだが強くなってきている。これが覚醒すればまだわからんがな)
実は一子は生来、それなりの霊力を持っている。
とはいえ、霊能者になれるほどではなかったのだが、幼い頃から最も蔵馬に近くにいた為か、少しずつ霊力が強くなって来ていた。
それでも幽助や桑原には遠く及ばないが、一般的な霊能者よりは高い能力がある。
(もし、ワン子の霊力が覚醒すれば、姉さんでは使えない川神流の霊力技をワン子が継承できるかも知れん。そうなれば師範代の座も不可能ではなくなるが…それがワン子の為になるのか?)
霊力が目覚めれば、下手をすれば闇社会に巻き込まれかねない。
幽助は霊界探偵という立場ゆえにやむを得ないが、現に桑原は霊力が強くなったが故に暗黒武術会に強制エントリーされてしまったのだ。
だが、このまま放っておいても蔵馬と共にいる限り、何れは目覚めてしまう。
(一度、学長と幻海師範に相談してみるか…)
★☆★
勉強会を終え、桑原と螢子を見送った蔵馬と一子が帰宅の途中、それぞれ用事に行っていたファミリーの面々が揃った。
「みんなズルイ…」
「いや、私はだいぶ前からマルさんと約束していたんだからな」
「むしろ、大和と一緒にいたワン子の方が妬ましい…」
ファミリーの中で自分だけ勉強漬けだった一子は、他の面々に恨み言を言ったが、クリスの正論と、京のそれ以上の妬みの視線を受け、黙り込んだ。
その時、高級そうなリムジンが蔵馬たちの横で停車した。
「おい、まさか九鬼か?」
後部座席のウィンドウが開きだすと、及び腰になる一子。
九鬼英雄は一子に惚れており、色々と一子に干渉してくるが、一子自身は九鬼のテンションについていけず、苦手意識を持っている。
だが、開いたウィンドウから見える顔は面影はあるが、英雄本人ではなかった。
「よぉ、蔵馬!」
「…帝ですか。どうしました」
英雄の父、九鬼財閥総帥、九鬼帝であった。
「貴様、帝様を呼び捨てにするとは!!」
蔵馬が帝を呼び捨てにした事に、同乗していた九鬼家従者部隊序列4位、ゾズマ・ベルフェゴールが咎め様と車を降りようとしたが、帝がそれを止めた。
「いいんだよ。俺と蔵馬は対等のダチだからな。それにヒュームの話だと、いくらお前でも蔵馬には勝てねぇらしいぞ」
「…帝様、ではこの男が直江大和だと?」
「ああ」
ゾズマは蔵馬を凝視した。
どう見ても、自分より強いとは思えない。
だが、ヒュームの話ではこの男は強さの秘匿に長けており、自分と川神鉄心くらいしか見破れないらしい。
一方、ファミリーの面々は目を点にしていた。
世界屈指の大財閥である九鬼の総帥が、蔵馬をダチと呼んだのだ。
しかもまた、彼の事を「蔵馬」…と。
帝と何事か話している蔵馬を見て、何とも言えない気分になっていた。
「ねぇ大和……私たちも『蔵馬』って呼んだ方がいい?」
何気にテンションが落ちている京が、そんな事を言って来た。
「好きに呼べばいいさ。お前達は俺の大切な仲間だからな。自分達にしっくり来る方で呼べばいいさ」
直江大和も蔵馬も、彼にとっては自分の名前である。
霊界、魔界の関係者以外のどうでも良い知人が、蔵馬となれなれしく呼ぶのは気に喰わないが、大切な仲間であるファミリーの面々からはどちらで呼ばれても構わなかった。
「まあ、いきなり『蔵馬』って呼んでも、違和感あるから、当分『大和』でいいんじゃねえか」
翔一のさりげない主張に、皆も納得し、呼び方はそれぞれ呼びやすい「大和」で落ち着いた。
松尾末吉
原作初期の浮遊編、「めざせ一勝!!」に登場した螢子に次ぐ幽助の幼馴染。
長年虐められていたせいか、度胸はないが、幽助の見立てではボクシングの実力は高い。
なんとなく出したかったから出しただけのキャラなので、今後物語に絡む事はありません。
さて、今回一子の霊力が明らかになりました。
しかし、私としては余り気が進まない設定です。
でずか、皆さん何故か一子は霊力がある…と、思い込んでいましたので、皆さんのご期待に応える為にこの設定を組み込みました。
他作品とのクロスオーバーでは、何故か一子は人気あるんですよね。
私も好きですけど。
ですが、それほど協力な霊能者にはしないつもりです。
長年、蔵馬と共にいたのに高校2年になってようやくそれなりに高まった程度の霊力なので、せいぜい霊光波動拳奥義継承トーナメントに登場した霊能者たち程度ですので。