フランクとマルギッテが撤収した後、風間ファミリーは釣りを再開した。
今まで席を外していた蔵馬、百代、一子、京も加わり皆、釣りを楽しんだ。
蟠りを無くしたクリスと皆から本当に認めてもらった由紀江の二人は特に楽しんでいた。
「ところで大和…お前がマルさんと戦っていた時に使っていたあの武器は何なんだ?見た目は雑草に見えるが、マルさんのトンファーを受け止めるなんて普通出来ないぞ」
クリスの疑問は最もである。
れっきとした武器ならばいざ知らず、雑草なんかで武器を受けられる筈が無い。
まあ、布槍術の様な技もあるので、まったく不可能とは言えないが……。
・
・
・
・
・
「植物を操る能力?」
「そうだ。俺は『氣』を用いて植物を自在に操ることが出来る……こんな風にな」
蔵馬は髪に仕込んでいた薔薇の種に妖力を込めると種から芽が出て、みるみると成長させた。
「うおっ!薔薇が一気に咲いたぞ!?」
「こんなの手品でも出来ないよ!!」
握った拳を開いて、花を出すなどというのならばともかく、種から芽が出て早送りの様に成長する様を見せられれば、これが手品の類ではない事は解り、岳人と卓也が驚きの声をあげた。
「そしてこれが『植物の武器化』だ!」
薔薇の花びらを散らすと、今度は茎がどんどんと伸びていった。
「薔薇がロープみたいになっちゃった」
「いや、あれは鞭だろ」
「その通り!」
蔵馬はその場で、鞭捌きを披露した。
素人目にもその技が達人級なのが解る。
そして、武人である者たちから見れば……。
「凄いな」
「うん」
「ひょっとして梅先生よりも凄いんじゃない?」
クリスは蔵馬の鞭捌きに感嘆し、一子も同意する。
京は自分達の担任であり所属する弓道部の顧問、そして『小島流鞭術』という鞭術の継承者である小島梅子よりも技量が上だと評価した。
最も小島流鞭術には、鞭を使った止血や味方を緊急避難させる技があるが、蔵馬の薔薇棘鞭刃では真似はできない……理由は語らなくても解るだろう。
「…なあ、大和ぉ」
「姉さんとの手合わせなら断る」
長年の付き合い故に百代の言動を先読みした蔵馬は、百代が言い切る前にばっさりと断った。
百代としては、蔵馬の強さに興味津々だった。
これほど長い付き合いなのに、蔵馬は自分の強さを今まで隠していた。
それだけで、蔵馬の実力が確かのは証明されている。
相手の強さが解るのも強さ。
それと同じく、相手に自分の強さを悟らせないのも強さ。
小学生の頃からの付き合いである自分に対し、今まで完璧に隠し通した蔵馬の実力に興味を持つのは当然と言えた。
それと同時に、姉貴分である自分に今まで隠していた事に対し、拗ねてもいた。
何しろ、義妹である一子は蔵馬の能力を知っていたのだから…。
京も百代と同じく、拗ねている様だ。
「キャップとワン子は大和の能力を知っていたんだね」
「うん。まだガクト達と仲間になる前に一度、大和が植物を武器にする所を見たの…」
「そん時に大和と誰にも話さないって約束してな」
例えこれから仲間が増えても、蔵馬の許可無く絶対に他人に喋ったりしない。
それが、風間ファミリー最古参の三人で取り決めた約束だった。
本来ならば、二人の記憶を消せば済む話だったのだが、この当時の蔵馬は、魔界の植物を使役できる程の妖力が回復しておらず、植物の武器化がせいぜいで、シマネキ草や夢幻花を使う事が出来なかった。
故に口止めか口封じに殺すくらいしか出来ず、無自覚ながら既に彼らに対する情が芽生えていた為、前者を選んでいた。
成長し魔界の植物を使役できる力を取り戻した後も、彼らに夢幻花を使う気にはならず、そのままにしておいた。
彼らも後から仲間に加わった面々に対して、蔵馬の能力についてまったく触れなかった。
「まあ、何れは皆にも話すつもりだった。意図したわけじゃないが今回は良い機会だったな」
蔵馬が皆に自分の能力を隠していたのは、偏に妖怪関連に巻き込まない為である。
蔵馬の正体や能力を知るだけで、危険を伴う。
ただでさえ、蔵馬の友人という立場だけでも危険なのだから…。
実際、蔵馬に実力では敵わない妖怪が蔵馬を倒す為に、彼ら風間ファミリーや蔵馬の両親を人質にしようとした事が多々あった。
つい最近では、暗黒武術会の一回戦で六遊怪チームの呂屠が、蔵馬の両親を人質にしたばかりである。
無論、その報いはしっかりと受けさせたが……。
最も手っ取り早い手段だと誤解する者が多いが、その策は自らの死刑執行書にサインする様な愚策である。
「おい、大和。私の頼みをさらっと断って話を変えるなよ」
自分が言う前に、言いたい事を先読みして断った蔵馬にぶーぶーと不平をのたまう百代。
「確かに俺はそれなりに腕に覚えがありますが、姉さんには勝てませんよ」
百代には霊力がないので、妖怪である蔵馬にダメージを与える事は出来ないが、痛みを与える事は出来る。
戸愚呂級の戦闘力で殴られるのは流石に遠慮したい。
蔵馬にMッ気はなく、どちらかといえばサド気質なので…。
「そんな事言わずにさぁ。お前だったら私を楽しませてくれそうだし、最近欲求不満なんたよ~」
百代はその圧倒的な力故に、全力で闘えないというジレンマがあった。
彼女と闘える者は限られている。
川神院の中では、祖父である川神鉄心のみ。
両親は百代どころか師範代であるルー・イーにすら勝てず、現在、武者修行中である。
川神院以外ならば、武道四天王と呼ばれる25歳未満の中から選ばれる特に抜きん出た実力を持った4人に与えられる称号である。
現在の武道四天王は、
鉄乙女
九鬼揚羽
橘天衣
川神百代
の四名で構成されている。
鉄乙女は、東京柴又に居を構える護衛に定評のある鉄家の長女である。
現在は、教職に就く為に大学で勉学に励んでおり、近々四天王を引退する事を表明している。
その為、百代がいくら試合を申し込んでも、受け付けてくれないらしい。
九鬼揚羽は、九鬼財閥の長女で百代とも何度か手合わせしていたが、昨年の3月30日に最後の死合いを行い、百代の勝利で決着が付いている。
橘天衣は、『西のスピードクイーン』と呼ばれ四天王最速を誇るが、百代に敗北し、更には武者修行の剣術家にも敗れ、近々四天王から除名される事が決定している。
噂ではその高い能力を生かし、自衛官になってると聞いている。
紛いなりにも百代と闘える3人がそれぞれの事情で百代の相手が出来ない故に、ここ最近の百代は、確かに欲求不満である。
それ以外の挑戦者では、百代の相手にもならない。
「なあなあなあ…闘おうよ弟ぉ」
「俺よりもまゆっちの方がいいんじゃないですか?」
「え―――っ私ですか!?」
いきなり触れられ、焦り始める由紀江。
彼女は剣聖と謳われ、国から帯剣許可と十一段の称号をもらっている人間国宝、『剣聖』黛大成の娘であり、その実力は既に『剣聖』を上回っていると剣聖本人に言わしめる程の強さを持っている。
「おそらくまゆっちならば、姉さんを満足させられると確信しているが…」
「いえ、私などまだまだです」
確実に蔵馬を除けば、百代の次に強い実力を持つのだが、本人は余りに奥ゆかしい。
百代と違い戦闘狂ではないため、不用意に死合いを受けるつもりはないのだろう。
彼女の望みは、武人として強い相手と競う事ではなく、一人の少女として友達をたくさん作りたいだけなのだから。
「まゆまゆとはいずれ闘ってみたいけど、この調子だからなぁ…と、いうわけで大和ぉ」
「…わかりました。姉さんを満足させられる相手に心当たりがありますので、もう少し待ってもらえますか?」
「本当か!?」
「実力は俺が保障します。但し姉さんも敗北する覚悟は持ってくださいね」
「何言ってるんだよ大和。モモ先輩に勝てる奴なんて…」
「モロ…勝負に絶対はないよ」
ファミリーの中で京の次に閉鎖的な卓也の主張に蔵馬はやんわりと窘めた。
「とにかく、7:3の確率で姉さんが負けますね」
「へぇ~それほどの相手か……解った楽しみにしてるぞ大和!」
揚羽以来、自分を負かせる可能性がある相手と闘っていない百代は、うれしそうであった。
長年の付き合いで、蔵馬がこの様なホラを吹くとは思えないし、それなりの実力者である事を知った。
ならば、蔵馬が紹介する人物は少なくとも蔵馬よりも強いのだろう。
まだ見ぬ挑戦者を想い、百代の心は昂揚していた。
そんな百代を見て、旧来のファミリーの面々も自然と笑みを浮かべていた。
しかし、彼らは蔵馬の言葉を取り違えている事に気付いていなかった。
後日、それを思い知る事となる。
★☆★
川神院。
関東三山のひとつにして、日本武術の総本山でもある拳法寺である。
今、この川神院に一人の客の姿があった。
「ご無沙汰しています鉄心殿」
「久方ぶりじゃのう……幻海」
霊光波動拳先代継承者にして、人間の中でも五本の指に入る霊能力者。
そして、鉄心らと同じく『壁を超えた者』に達する武道家である幻海という名の老婆であった。
「そうか……戸愚呂がのう」
鉄心は幻海の話を聞き、目を伏せた。
50年前、幻海と共に武道四天王の一角を担った男、戸愚呂。
突如、音信不通となり、幻海も今まで彼に関する事柄については沈黙を守っていた。
それが、ようやく明らかになったのだ。
「まさか、あやつが人である事を止め、妖怪に転じておったとはな…」
流石に鉄心は伊達に長生きしているわけでなく、妖怪が実在することを認識していた。
「あたしはあの当時、戸愚呂が妖怪に転生することを猛反対した。しかし、あいつはあたしの制止を聞かず、転生しちまった。だから、あいつと決別したんじゃが…」
「強さを求めると偽り、自らを責め苛む人生を歩んでおったとはのう」
50年前の暗黒武術会にゲストとして招待された戸愚呂は、その事を告げに来た妖怪、潰煉に歯が立たず、目の前で弟子全員と格闘仲間を一人、食い殺されてしまった。
大会に優勝し、仇を討っても自責の念が残り、妖怪に転じ償いという拷問の様な人生を歩み、己よりも強い者に倒される事を願い続けた不器用な男であった。
鉄心は戸愚呂を高く評価しており、いずれ最強の座を継がせようと考えていた。
そんな彼の消息が掴めなくなり、残念に思っていた。
「ところで久しぶりにお主と逢ったことじゃし、ちと相談があるんじゃが…」
「あたしに相談というと、霊的なことかい?」
鉄心は孫の百代と違い、それなりに強い霊力を持っているが、幻海と比べると遥かに劣っていた。
色々と人外な技が多い川神流だが、霊的な事に関しては霊光波動拳の方が上なのだ。
「じつはな。川神学園の生徒にひとり、妙な違和感を持つ男がおる。間違いなく人間なのに、魔的な何かを感じるのじゃ……このわしの目をもってしてもそれ以上は量れん」
「鉄心殿ですら量れんとは……何者だい?」
「うむ。孫たちと幼馴染なので悪人ではないと信じたいんじゃが……名前を直江大和というてな……」
直江大和。
その名を聞き、幻海の緊張が一気に緩んでいった。
「ああ。蔵馬の事かい。だったら心配いらないよ。あやつはあたしの出来の悪い馬鹿弟子の仲間でな。あたしとも付き合いがあるから問題ないよ」
「では、あやつは人間なのじゃな」
正直、幻海はここで蔵馬の正体を明かしていいのか迷った。
鉄心自身は、蔵馬の正体が妖怪であっても、許容するだろう。
彼もまた妖怪すべてが悪である……などという考えは持っていない。
しかし、だからといって独断で明かしていい情報でもない。
そこで幻海は、蔵馬本人に確認を取ることにした。
既に携帯の番号は交換してあるので、すぐに連絡が付いた。
ゲームが趣味なので、幻海は最新機器を扱いにも慣れている。
蔵馬の返事は、川神院の名に賭けて、学長が絶対に他に漏らさないと誓うならば、構わないとの事であった。
自分の能力に関しては、既に風間ファミリーの面々には明かしているが、流石に正体までは明かしていない。
しかし、川神鉄心ほどの人物に対し、いつまでも誤魔化しが効かない事くらい、蔵馬も承知している。
幻海が鉄心と親しいというのならば、彼女の口から説明させる方が蔵馬本人が正体を明かすよりも、円滑に事がすすむだろう。
「但し、学長が俺の許可無く、俺の正体を公開するのならば……いかなる手段を用いても、報復します……『妖狐』蔵馬の名に賭けて…ね」
そして、幻海の口から語られる蔵馬の正体に、流石の『武神』川神鉄心も驚愕することとなった。
1000年の刻を生き、魔界一の智謀の持ち主とも謳われ、伝説として語られる盗賊妖怪。
『妖狐』蔵馬。
妖狐としての力を持ったまま人として生まれ変わり、情愛に目覚め人として生きる道を選んだという…。
そして、数ヶ月前、自らの命すら捨てて、人としての仮の母親の不治の病を治そうとした優しき男。
「直江大和としてならばともかく、『妖狐』としてならば全盛期のあたしですら、勝つことが出来ないだろうね」
何しろ、妖狐時代の蔵馬に深手を負わせたのは、霊界のエリートである霊界特別防衛隊の隊員であり、彼らをしてようやく蔵馬を追い詰める事が出来たものの、霊体の状態とはいえ、まんまと逃げられているのだ。
「それにしても1000年の時を生きる妖怪か…。それだけでも彼が凄まじい実力者である事が解るし、納得もできるのぅ」
確かに妖怪自体の寿命は人間よりも遥かに永い。
しかし、天寿を全うできる妖怪は数少ないの実情だ。
人間界に隠れ住む妖怪は犯罪を犯し、霊界から
犯罪を犯さなくても、他の妖怪との縄張り争いに敗れる可能性もある。
魔界においては、人間界以上に弱肉強食の世界。
力なき者は力ある者に奪われるのが当たり前の世界である為、天寿を全うするには氷女の様に、外界から隔離でもしない限り、余程の実力がないと不可能。
魔界で盗賊を生業としていたという事は、それだけ戦いに明け暮れていた事を意味する。
純粋な実力勝負だけでなく、時には謀略なども駆使しなければ魔界で1000年以上も生きる事など不可能。
鉄心が違和感を感じたのは、直江大和の眼を見て、とても子供がする眼ではないと感じた事である。
恐らく、幻海レベルの霊能力者や自分以外では、最強執事か剣聖くらいしか気づかないだろう。
「蔵馬が出した条件……破るんじゃないよ。何よりあたしの顔に泥を塗る事にもなるからねぇ」
蔵馬は幻海を信用して、鉄心に自分の正体を明かす事を認めた。
それを反故にする事は、仲間である蔵馬からの信用を落とす事に繋がるのだ。
「承知しておる。それにわしは直江大和個人をそれほど警戒しておるわけではない」
違和感は感じたから、少し気になっていただけである。
確かに妖怪である以上、そちら側の事情に巻き込まれる可能性は高いが、そちらの方は蔵馬が細心の注意を払っているようだし、幻海ほどではないにしろ、鉄心にはある程度、対抗できる手段がある。
「まあ、今回の暗黒武術会で蔵馬はかつて実力を取り戻しつつあるようじゃ。現時点でのあいつの実力は人間でいうならば『壁を超えた者』に相当するからな…」
それを聞き、鉄心は蔵馬が百代のストッパーになってくれる事を期待するのだった。
今の百代は、好敵手と呼べる存在がいない為、戦闘衝動が暴走する可能性を孕んでいる。
仲間達との交流などで、今のところは抑えているが、危険な事に変わりはない。
下手をすれば、鉄心が命を賭けて百代の拳を封じなければならない。
しかし、鉄心以上に経験豊富な蔵馬がそばにいれば、百代の暴走を制御できるかもしれない。
百代も蔵馬を弟分として気に入っている様だし。
(妖狐蔵馬……いや、直江大和。モモの事を頼んだぞい)
では、次回こそ「S」の話になります。