蔵馬は屋上の給水塔の上で昼寝をしていた。
この給水塔は学園で最も高い場所なので、寝そべってしまえば、下からは見えなくなるので、気配を探れる者以外に見つかる心配は殆どないので、絶好のサボりスポットである。
このスポットを知っているのは蔵馬と翔一の二人のみであり、更に蔵馬の気配遮断能力は、武神にも最強執事にも剣聖の娘にも気取られない程のモノなので、まず見つかる事はないだろう。
蔵馬とて、常に気を張っているわけではない。
その正体が妖怪であり、妖化しているとはいえ、肉体は人間である事に変わりはない。
否、たとえ妖怪のままでも生物である為、疲労するのは当然。
故に、時には身体を休ませる必要があるのは当たり前と言えよう。
最も、完全に気を抜くわけではない。
特に直江大和となり弱体化したせいか、幼い頃はそこらの下等妖怪の襲撃を受け続けていたし、今でも蔵馬を倒し、名を上げようとする妖怪は数知れない。
暗黒武術会が終了したので、今は大人しいがいつまた活動するかわからない。
蔵馬は寝そべりながら、昨日の事を思い出していた。
「九鬼紋白か……」
昨日の放課後、自分と京を九鬼にスカウトした後、義経との決闘を終えた一子に対する、紋白の態度が気になっていた。
一子は、実は風間ファミリーの女性陣の中で一番友人が多く、また一番、男からの人気が高い。
美人度でいえば、京やクリスの方が上だろうが、誰に対しても分け隔てない――小笠原千花などが『サル』だの『オタ』だの『キモ』だのと見下している福本育郎や大串スグルに対しても普通に笑顔で接する――ので、他クラスを見下す2-Sの一部の生徒を除き、一子を嫌う者はほとんどいない。
にも関わらず、紋白は一子に対し敵意とまではいかないが、なにやら蟠りを持っているようであった。
「まあ、恐らくは九鬼英雄との事に関係があるんだろうな」
昨日、あの兄妹を見て思ったのだが、かなり仲が良い。
あれほどの財閥の子息、令嬢なのだから、当然、後継者問題や財産相続などを巡って対立してもおかしくないのだが、あの兄妹の仲睦まじさは上辺だけのモノではなさそうだった。
「英雄を避けるワン子の態度が気に入らない…と、言った所か…」
以前にも述べたが、英雄は一子に惚れており、それを公言しているのに対し、誰に対しても分け隔てない一子にしては珍しく、英雄だけは避けている。
別に英雄を嫌っているわけではないが、英雄のテンションの高さに圧倒されているので、苦手意識を持ってしまったのだ。
兄を尊敬している紋白としては、兄の気持ちを受け入れない一子が気に入らないのだろう。
「……ん!?」
寝そべりながら紋白の事を考えていた蔵馬は身を起こし、ある所に視線を向けた。
「…どちら様ですか?」
「うわっ!?」
下から給水塔の上に跳び乗ろうとしていた少女は、突如声を掛けられた事に驚きバランスを崩し、蔵馬の方に倒れこんできた。
蔵馬は彼女を優しく抱きとめると、その場に優しく下ろした。
「あ~吃驚した。まさかこんな所に人がいるとは思わなかったよん」
少女は本当に驚いていた。
彼女は蔵馬がそこにいるとは思いもしなかったのだ。
人の気配がしないから、給水塔に跳び乗ろうとしたのに、まさか人がいるとは思わなかった様だ。
(…この私が気配に気付かないなんて…ってこの子は『武神』の…!?)
更に目の前の人物が、これから接触予定だった事に驚いた。
「それにしてもよく気付いたね。気配は断っていたつもりだったんだけど…」
「確かに殆ど気配は感じませんでしたが、跳び上がる時に僅かに気配がしましたよ」
蔵馬から見ても彼女の気殺はたいしたレベルであった。
しかし、元妖狐は伊達ではない。
人間では気付かない僅かな気配にも敏感なのである。
そして、それ以外にも気付く要因があった。
「それに匂いも断たないと意味がないですよ」
「えっ!私ってそんなに臭う?」
年頃の女子としては、流石に臭いと言われればショックを受けるだろう。
最も蔵馬は「匂う」と言ったのであって、「臭う」ではないが……人によっては「臭う」かも知れない。
「いえ、貴女ではなく貴女の腰の装備品から……納豆の香りがね」
「…嘘っ!」
確かにこの腰の装備品には、自家製のカップ納豆(試供品)が入っているが……封がしてあり、更にカバンに包まれている中の納豆の香りを嗅ぎ分けるとは……人間離れした嗅覚に、唖然としてしまっていた。
しかし、相手は元々接触するつもりだった少年。
このままでは、向こうに主導権を握られてしまうと感じた彼女は、そのまま蔵馬と話を続けるのだった。
「…松永納豆…!?成る程、彼女が西で売込み中の納豆小町、松永燕か…」
最近、武道四天王の橘天衣に代わり、西で台頭してきた武士娘。
その強さは『壁越え』級。
そして、自家製納豆のイメージキャラ『納豆小町』として売り出している次期武道四天王最有力候補。
今、蔵馬の手元にその松永納豆の試供品がある。
話を終えた燕が、お近づきの印として置いていったのだ。
「京都出身だし、塩辛納豆(大徳寺納豆、浜納豆)かも……とか思ったが、普通の糸引納豆だな。まあ、納豆は嫌いじゃないし、試食させてもらうとするか」
納豆と一緒に置いていった割り箸で、封を開けた納豆を練る。
納豆を練る前にタレなどを付けるとあまり粘りが出なくなるので、十分に練った後、付け合せのタレとからしを入れ、食する。
「うん。スーパーで売っている既存品よりも、確かに上手い。納豆小町の宣伝に合わせればこれは確かに売れるだろうな…それにしても面白い女だったな」
強さも然る事ならば、頭の回転も早いし、相手を引きずりこむ魅力もある。
正直、余程の熟達者でなければ彼女のペースに巻き込まれてしまうだろう。
「だが、まだまだ甘いな」
しかし、彼女はまだ17歳とちょっと…。1000年以上の刻を生き、魔界一の智謀を持つと言われる蔵馬に心理戦を挑むには経験が足りなかった。
「それにしても、彼女がこの川神学園に転校してきた理由は何だろう?」
西の川神学園と云われる天神館のスカウトを断り、京都の高校に通っていた彼女が、何故、3年のこの時期にこちらに転校してきたのか?
「何か企んでいるのか?まあ、俺たちに危害を加えるつもりなら容赦はしないが…」
一応、調査をする事にする蔵馬だった。
★☆★
翌日、朝のHRの時間。
グラウンドに3-Fの生徒達が集まっていた。
どうやら、転校してきた燕を歓迎する為の決闘……ではなく、歓迎稽古を行う様だ。
相手は当然、『武神』川神百代。
最初は百代が相手という事に難色を示す者もいたが、彼女の戦いぶりを見て、野暮な事は言わない様になった。
松永は武器使いとして有名であり、彼女は様々な武器を使いこなしていた。
ヌンチャク、三節棍、太刀、鞭、ハンマー、薙刀、弓矢、槍、スラッシュアックスと流れる様に武器を使いこなしていた。
しかし、あくまでそれなりに使えているだけであり、使いこなしているとは言いがたい。
薙刀に関しては一子には及ばないし、弓矢に関しては京とは比べるのも馬鹿らしいくらい差がある。
専門でもないのにあそこまで使いこなせるのは大したモノであるが、器用貧乏とも云える。
結局、HRの時間が終わった為、稽古はそこで終了。
殆どの対戦相手を瞬殺してきた武神とあそこまで渡り合った燕に対し、観戦者から喝采され、燕は『松永納豆』の宣伝をする商魂逞しい姿を披露した。
昼休み。
蔵馬は翔一とプールサイドで昼食を取っていた。
水が張られている為、風が吹けば涼しいのだが、今日は吹いていないので蒸している。
翔一はデザートのロールケーキをもう少し食べたいといい、買いに出かけてしまった。
五時間目?何それ美味しいの?…と言わんばかりに……。
翔一が去ってから、風が吹いてきて、涼しくなってきたので時間まで昼寝をしようと寝転ぼうとしたが、気配に気付き其方に視線を向けた。
「…『納豆小町』の松永燕先輩ですか」
「あや、また気付かれちゃったか」
今朝の百代との手合わせで一躍、知名度が増した松永燕であった。
「それにしても、私の名前知っていてくれたなんて、嬉しさもひとしお」
「今朝、自分で自己紹介していたじゃないですか」
最も、蔵馬は昨日の時点で燕の事を把握していたが…。
「それにしても君……綺麗な顔なのに…眼光が強いね」
一般女子などはその容姿に注視するが、一部の女子…つまり『武士娘』達が注視するのは、その眼光である。
女性的な顔立ちにも関わらず、ひ弱な感じがまったく感じられない最大の要因ともいえよう。
出会った当初、蔵馬に反感を持っていたクリスですら、その眼光を無視する事は出来なかった。
クリス自身に自覚はないが、だからこそあれだけ蔵馬の策士的な振る舞いに反応していたのだろう。
松永燕も西を代表する武士娘の筆頭とも言える存在である為、蔵馬に興味を持ち始めていた。
(大和君か…只者じゃないね。これは結構、難物かもしれないな)
燕も、蔵馬から何やら謎めいた力を感じていた。
鉄心やヒューム程ではないが、燕も相手に対する観察眼に長けている。
無論、蔵馬の実力を看破できる程ではないが…。
少なくとも、そちらは百代よりも優れている。
実は彼女は、ある目的の為に蔵馬を利用する目的で接触したのだが、それを抜きにしても、蔵馬に惹かれ始めている自分を自覚していた。
★☆★
今、蔵馬は川神姉妹と共に下校していた。
既に日が暮れて、辺りは暗くなっていた。
ここまで遅くなったのには、義経たち源氏クローン達の歓迎会の準備の為であった。
昨日の放課後、クリスと共に今、話題の葛餅パフェを食べに、仲見世通りの葛餅の老舗『仲吉』に行った折、先客だった九鬼紋白から、
義経たちの誕生日会も兼ねており、明日の6月12日までに準備をしなければならない為、人脈を駆使して急ピッチで準備を進めねばならず、この時間まで掛かってしまった。
流石に空腹になったので牛めしチェーン店『梅屋』で食べていく事になった。
川神院を破門された元・師範代の釈迦堂が何故か店員として働いていて、百代達が呆れていたが、ともかく話題は今日転校してきた松永燕の事になっていた。
百代としては、自分に近い実力を持つ燕の転校は大歓迎で、これからの事に胸を躍らせていた。
「じゃあ、もう紹介しなくていいかな、姉さん?」
「うん?…紹介って?」
「旅行の時に約束した対戦相手…」
「いや、それとこれは話が別だ」
慌てて反論する百代。
何しろ、蔵馬がいうにはその対戦相手は自分に勝てる可能性があるという程の猛者との事。
バトルマニアである百代としては、それを反故にされては堪らない。
「でも大和。その人ってそんなに強いの?」
「それは保障するよ。少なくとも俺よりは確実に強い」
一子の質問に対する蔵馬の答えを聞き、百代は更に胸を躍らせた。
弟分である蔵馬が実は『壁を超えた者』である事がつい最近わかった。
その蔵馬をして、自分よりも強いと言わしめる男とは…、もうワクワクがとまらない。
燕といい、蔵馬が紹介してくれる男といい、百代にとってようやく自分の戦闘意欲を満足させられるかも知れない事に機嫌が良かった。
「これで大和が奢ってくれたら完璧なんだけどな」
「だから奢らないって言っている」
「ケチー!」
★☆★
翌日、義経たちの歓迎パーティーは大成功を収めた。
中々パーティーに参加しようとしなかった与一も、蔵馬が昔の様に中二病を演じた事により、蔵馬を自分と同類であると認識した事により、言う事を聞く様になり、義経もホッとした様であった。
ちなみに蔵馬がかつて中二病を演じていた理由は、そうする事によって自分を狙ってくる妖怪達を撃退する時、ファミリーの面々を近づかせない為である。
実際、蔵馬が「誰かに見られている気がする」と発言したとき、本当に妖怪達に見られていたのだが、蔵馬が中二病であると思い込んでいた仲間達は、蔵馬が何処かに行っても、その一環だろうと勝手に解釈し、スルーしていいたので、皆を巻き込まずに対処できていたのだった。
歓迎会も無事に終了し、蔵馬達は秘密基地で乾杯していた。
色々と雑談をしていたが、ふと蔵馬が一子を誘った。
「おい、ワン子。明後日の日曜の午後1時に島津寮に来い」
「えっ何かあるの?」
「ま…まさかワン子、いつの間に大和とそんな関係に…」
「ヒィィ!怖いよ京…」
いきなりの展開に、妙な誤解をした京が一子を睨み、それにヒビり涙目になる一子。
「お前が考えている様な理由じゃないぞ京」
「…ホッ…」
「今度のテストに向けてワン子に勉強させようと思ってな」
「ギャース!」
京の睨みから解放されてホッとした矢先、蔵馬から爆弾を落とされ、一子は撃沈した。
「何なら、キャップやガクトも教えてやるぞ」
「いや、俺はいい!」
「なんでいきなり勉強になるんだよ大和!?」
有無を言わさず断る翔一と、矛先が自分たちの方にも向けられ焦る岳人。
「実はな、知り合いに中学3年が自分の今の偏差値では厳しい高校を希望していてな。定期的に勉強を見てやる約束をしたんだ。それで明後日、此方に訪ねてくるので、そのついでにワン子も見てやろうと思ってな」
「もし、行かなかったら…お仕置き…?」
「いや、来なくても構わないしお仕置きもしないが……テスト前に泣きついてきても、一切面倒を見ないだけだ」
「十分、お仕置きになってるよ」
撃沈した一子を慰めながら、卓也が突っ込みを入れた。
「あうぅぅぅ!」
赤点をとれば、鉄心やルーの雷が落ち、しばらく修行禁止を言い渡されるだろうから、一子としては参加せざる得ない。
普段から修行だけじゃなく、勉学も疎かにしていなければこんな事にはならないのだが、どうしても自分から勉強をしようという気が起こらない様だ。
「クリスやまゆっちはどうする?」
「そうだな。私も参加しよう」
「私もお願いします」
普段から勉強もきちんとしているクリスや、能力的にはS組に入れる由紀江は、わざわざ必要ないが、根が真面目なので、学年首席がわざわざ勉強を教えてくれるというなら、それを断る事はしなかった。
特にクリスは、テストを頑張れば父親から新しいぬいぐるみを買ってもらえるし、成績そのものが上がれば、更に喜んでもらえるだろうから、断る理由はなかった。
京に関しては、わざわざ誘うまでもなく、勝手に参加してくるだろうから問題はない。
こうして、男性陣と百代を除く女子メンバー達は、日曜日に勉強会という事になった。
今回で序章は終了です。
次回からお待ちかね、幽☆遊☆白書のキャラ達が登場します。