人理保障機関・カルデア。ここは予測された人類の滅亡を回避するために設立された組織であり、人理の最期の希望である。古今東西を問わず、様々な英雄たちをサーヴァントという形で雇用し、その力を借りることで運用されている。人間を遥かに超える戦闘力を持つサーヴァントたちだが、彼らがカルデアに貢献する方法は、何も戦闘を行う武のみではない。芸術家に代表されるような戦闘が不得手なサーヴァントや、得意な料理をふるまったり、技術提供を行ったりという戦闘以外での貢献をするサーヴァントたちも多く存在する。
―――そんなカルデアにおいて最も重要な人物であり、まさしく最後の希望である少女は、意気揚々と廊下を歩いていた。
「あっ先輩!今日はいよいよ、召喚の日ですね!先輩のあの涙ぐましい努力が、実るといいのですが……」
「そう!今日という日に備えて、私いっぱい徳を積んできたんだから!きっといい人に出会えるよね!」
弾けるような明るい橙色の髪を揺らしながら、『先輩』と呼ばれた少女。この一見平凡な見た目の少女こそ、人類最後のマスター、立香だ。その隣を歩く後輩のマシュと共に、立香は召喚室のドアを開いた。
「お、いらっしゃーい立香くん!もう召喚の準備は整ってるからね、後は君の操作を待つのみさ。」
まるで絵の中から飛び出してきたのではないかと思うほど、美しい女性が声をかける。彼女は『万能の人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。カルデアの技術顧問を務める天才にして、モナリザが好きすぎてモナリザになったという変人だ。だが二人はとうに気心の知れた仲、あいさつもほどほどに召喚を開始する。
本来、サーヴァントの召喚には触媒という英雄に関わりのある品を使い、召喚したい人物を指定するのが普通だ。だが今回の召喚はそれを使わない完全ランダム方式。例えるなら、マンションの一軒一軒を回り、それぞれにピンポンしまくるようなものだ。それに応じるサーヴァントというのは一体、どんなお人よしだというのか。
眩い光が召喚サークルからあふれ、部屋中を照らす。だというのに立香は食い入るようにその光を見つめ、現れる人物を待つ。一体どんな人なんだろうか。男の人か女の人か。どこの生まれでどの時代に生きた人なのだろうか。立香はこの新たな出会いを待つ心躍る時間がたまらなく好きだった。
―――そして、一人の男が現れた。
「―――初めまして。サーヴァント・セイバー。真名は……そう、ケンとでもお呼びください。人理の危機にありながらすぐに推参できず、申し訳ございません。代わりと言っては何ですが、微力の限りを尽くしましょう。」
ケンと名乗る男は腰に日本刀と木刀を佩き、物腰柔らかかつ丁寧な口調で挨拶をした。髷は結んでいないものの、長い黒髪を後ろでひとまとめにした姿には、どこか優美さが感じられた。……だが、珍妙なところが一つあった。男は、その背中に―――巨大な鍋を、背負っていたのだ。
「うわあ、よろしくね!ケンさん!私はマスターの立香!こっちが頼れる後輩のマシュ!それであっちが…」
「ちょ、ちょっと待ってください先輩。頼れる後輩と言っていただけたことは光栄ですが、いきなりそれではケンさんが混乱してしまいますよ。」
「ああ、お構いなく。それではマスター、これからどうぞこき使ってくださればと……」
「そんなに畏まらなくても大丈夫だよ!ほらほら、まずはカルデアを案内してあげるからついて来て!」
「はい、お供させていただきます。」
「ちょ、ちょっと先輩!?」
まるで嵐のように去っていった立香とそれについて行ったケン。二人を見送り、ダヴィンチは苦笑いを浮かべる。
「いやあ、いつもの事ながら立香くんのコミュ力はすごいねえ。あっという間に懐に入っちゃうんだもん。」
「はい……。ですが、あの方は大丈夫なんでしょうか?真名をごまかすうえに、あの鍋は……。」
マシュがそう言うのも仕方のないことだ。男は物腰こそ柔らかだが、怪しい部分は多々ある。立香を何に変えても守るという固い決意を持つマシュは、全ての物事を簡単に信用するわけにはいかないと考えていた。
「うーん、まあカルデアでは皆隠さないから麻痺しちゃうけど、普通真名は隠すものだしねえ。それに、いくら立香くんとはいえ、あんなにも早く懐くことはなかっただろう?彼女の人物眼には、悪い人には映らなかったんじゃないかな?」
まるでよく懐く犬のごとく語られる人類最後のマスターだったが、当の本人は全く気付かず、ケンにあれこれとカルデアを案内していた。……確かに言われてみれば、嬉しそうに散歩をする大型犬のように見えなくもない。
「まあ、君の疑いももっともさ。私の方でも少し探りを入れてみよう。それより、そろそろメディカルチェックの時間だろう?ロマニがへそを曲げる前に、早く行ってあげた方がいいんじゃないかな?」
「あっ、そ、そうでした!失礼しますダヴィンチちゃん!」
慌ただしく出ていくマシュをはいはーいと手を振り見送ったダヴィンチ。彼女は早速、ケンのステータスやスキルを考察するため、思考の海に沈んでいくのだった。
「えーっと……これで大体の施設は回ったかな?どうだったケンさん、感想は?」
「いやはや感服いたしました。立派な施設はもちろんですが、ここにはたくさんの人々がいて、心を通わせ合っている。素晴らしいことですね。」
「えへへ、そうでしょ!私、ここにいる皆が大好きだし、守らなくちゃなって思うの!でも私だけじゃどうしようもないから、力を貸してくれる?」
「もちろんです。私は英雄など身に余る男ですが、持てる力の全てを捧げる所存です。」
二人は会話しながら廊下を歩き、そして最後の場所に到達した。
「ボイラー、ですかなこれは……?知識にはありますが、なぜこのような場所に?」
「あ、えーっとね。ここの近くに住み着いてるっていうか、間借りしてるっていうか……。まあサーヴァントの人たちが何人かいるから、一応挨拶しておいた方がいいかなって思ってさ。ケンさん多分、日本の人っぽいし。日本のサーヴァントとは相性いいのかなって。」
「なるほど……。確かに挨拶は重要ですな。それでは少し、お声がけをさせていただきましょう。」
「ああっと、ちょ、ちょっと待って!」
「? どうされましたか。」
ドアに手をかけるケンを、立香は慌てて制止した。
「えーっとね、ちょっとここにいる人たちは特殊だからさ。その、イメージと違ったりしてもあんまりがっかりしないでほしいって言うか……」
「……ご安心を、マスター。癖の強い人物は、私もよく会っていましたから。今更その程度のことで、この心は折れはしません。」
頼りがいのある言葉と共に、ドアを開けるケン。―――そこに広がっていたのは。
「あーっ!!今ノッブ私のダブルアイテム取りましたね!!そんなんだからミッチーに裏切られるんですよこの外道!!」
「はぁ~?沖田がすっとろいのが悪いんじゃが!そもそも沖田もさっき勝ち確後ろ甲羅してきたじゃろうが!これで終わったと思うでないぞマジで!!アヴェンジャー適性見せつけたるわい!!」
――――日本において破格の知名度を誇る英雄、沖田総司と織田信長が、レースゲームで醜い言い争いをしているシーンだった。いや、言い争いはやがてヒートアップし、火縄銃と日本刀とが交差する殺し合いへと発展していった。
「……その、ごめんねケンさん。みんないつもこんな感じのぐだぐだで……!?」
立香は横にいるはずのケンの方を向き、息をのんだ。泣いているのだ。口を開け、信じられないという顔をしながら、ケンはボロボロと大粒の涙をこぼしていた。ケンの大柄な背格好も相まって、それは異様な光景だった。
「う、うわあゴメンケンさん!!そうだよね、ショックだよね!!ほんと、すぐやめさせるから!!ほらノッブ、沖田さんストップ!!」
立香は慌ててケンを慰めながら、二人の喧嘩を仲裁した。渋々といった顔で二人とも武器を納め、マスターの方を見る。
「はぁ~、お主も無粋なところで声をかけるものじゃのう。せっかく面白くなってきたというところ、で………!!」
「面目ないです、マスター。でも悪いのはノッブの方で……!!」
マスターの方を見た二人の顔もまた、驚愕に歪む。だがその目はマスターではなく、ケンの方に注がれていた。次の瞬間。示し合わせたわけでもないのに、二人はケンに向かって飛びついた。
「「ケン(さん)!!!」」
大柄な男に飛びつき、その体を抱きしめようとする少女。その光景だけを見れば、ひどく感動的で、それでいて甘酸っぱいものだろう。……だが、それが同時に起こってしまえばどうなるか?アイハブアロマンス♪アイハブアロマンス♪……ゥーン!!修羅場、である。
「「………は??」」
「いやいやいや何してるんですかノッブ?せっかくの沖田さんとケンさんの感動的再会に何水差してるんですか?炎上繋がりで今度から高宮さんって呼びましょうか?ほらほらこれから子供には見せられないシーンが始まっちゃったりするんですからさっさと消えてくださいよ。」
「いや沖田こそ何しとるんじゃ?こいつはワシのケンなんじゃが?そもそもお前の時代にはとっくに死んでるんじゃから他人の空似じゃろ。というかケンが死ぬとか考えたらワシのハートが傷ついたんじゃが覚悟は出来とるんじゃろうな?」
先ほどまでのある種じゃれ合いのような喧嘩とはうって変わって、今度は本気で人を殺しそうな目をしながらにらみ合う二人。立香は何が何だかわからず、ケンを見るがボロボロと泣くばかり。何も知らないものがこれを見たらどう思うのだろうか。
「マス、ター……。」
「な、なにケンさん!?」
絞り出すようなケンの声に、立香は飛びつくように反応する。とにかくこの場を変えてくれるなら何でもよかったのだ。
「感謝、いたします……。本当に、本当に。まさか、また出会えるとは思っておりませんでした。私は、これほどまでに嬉しかったことはございません。」
感動と感謝のあまり、涙声でしゃべるケン。とても感動的な絵面だが、マスターの声は震えていた。感動ではなく、恐れから。
「その、それはよかったんだけど……その、その二人は?」
「え?」
「ねえケンさん、当然私のほうですよね?私に会えたのが本当に嬉しかったんですよね?そりゃそうですよねなんてったって将来を誓い合った仲ですもんね?ケンさんが英雄になったのはなぜかはわかりませんけど当然ですよねそりゃ沖田総司の夫枠で座に登録されたんですよね?スキルも多分『沖田ラヴ』とかそういうのばっかりなんですよね??」
「お主の気持ちは当然察しておったが死んだ後まで追っかけてくるとか愛が重すぎるじゃろ。でもそういうところもワシはまるっと愛でてやるからとりあえずこの後閏じゃよね?そしたらケンの美味い朝餉をいちゃいちゃあーんとか口移しとかで食べて活力を得たワシの天下統一がもう一度始まるわけじゃな?まっことお主は出来た家臣よな??」
「……マスター。」
「はい。」
「助けていただけませんか?」
「無理です。」
急におかしくなった(いつも通りともいう)二人が落ち着くまでにたっぷり30分を要し、その間ケンは2人からの睦言とマスターの冷めた目にさらされ続けた。それでも霊体化なり座に帰るなりを選ばなかったケンというサーヴァントの心の強さは、推して知るべしである。
あくまでぐだぐだ勢らしく、ギャグやクスッと笑える要素を意識していきたいですが、これがなかなか難しい……。