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「おーい立香くーん。話が盛り上がっているようだけど、そろそろ休んだ方がいいよ。」
「あ、ロマニ。なーにせっかく盛り上がってるところに入ってきて~。そんなんだからモテないんだよ?」
「ボクがモテないと決めつけるのはやめてくれるかなあ!?よしんばモテてないとしてもそれが原因じゃないやい!」
ノックした後、部屋に入ってきたのはふわふわした雰囲気の男性だ。どこか頼りなく見えるが、立香ときゃいきゃいやっているところを見るに、悪い人ではないようだ。ケンはあいさつ回りの時に多忙とのことで伺わなかった医療部の人物だと判断し、あいさつを行おうとした。
―――だと、言うのに。何だろうか、この違和感は。目の前の人物に悪い点など何も見当たらない。だというのに、何故か顔を見ているだけで怒りを覚えるのだ。そんなにムカつく顔をしているだろうかと思わずまじまじと見つめてしまうが、彼の中の不自然な怒りが増していくばかりだ。そう、例えるならば、なんとなくこいつが全て悪いと思えるような、あの花の魔術師を見ているような……。
「あ、あの~……流石にそんな風に見つめられると、いくら男の人相手でも照れてしまうんだけど。」
「……あ、ああ。これは失礼しました。初めまして、サーヴァント・セイバー。最初の名前は榊原鍵吉ですが、気楽にケンと呼んでください。」
「う、うわあやったあ!サーヴァントに初めて普通の対応をされた気がするぅ!」
「あーケンさんも早く慣れた方がいいと思うよ。ロマニはいっつもこんな感じだから。」
「さ、左様ですか。私は料理など心得ていますので、要望があれば何かおつくりいたしましょう。何か好物はございますか?」
「え、ホント!?じゃあ、何か甘いものを作ってもらってもいいかな?やっぱりストレスと疲れには甘いものだよね!」
屈託のない笑顔で話すロマニを見て、やはりこの人には何かあるとケンは思わずにはいられなかった。笑顔には疲れが見え、そして何かを隠しているのがはっきりわかった。ケンの長い長い人生で培われた人を見る目は、ロマニの本質をとらえかけていた。
「では、今から作りましょう。」
「え?い、いや今からっていうのはちょっと……。もう時間も遅いし……」
「いえ、今すぐです!何があるかわかりませんので。善は急げです!」
立香からの生暖かい目と、例の3騎のどこか据わった目に見送られながら、ケンはロマニを引きずって部屋を出る。夜も更けたカルデアには、人もサーヴァントもまばらだった。ロマニもサーヴァントの力に叶うわけがないと諦めたのか、おとなしく食堂までついてきた。
「さて、甘いものといいましたが、何がいいですか?和菓子?それとも洋菓子でしょうか。」
「え、えーっと……まだ仕事が残ってるから解放してほしいかなって……」
「こんな夜中にまですることではありません。マスターに念話で聞いてみれば、いつも休めと言われているのに無下にしているご様子。そんなことを見逃すわけにはいきません。」
「あなたが、いろいろと背負っていることも聞いています。ですから今このひとときだけでも、休んでいかれませんか。」
「……ありがたい話だけど、やっぱり僕は仕事に戻らなきゃ。だからこの場は……」
しばらく俯いていたロマニだったが、決心したように顔をあげる。だがその目に捉えたケンは、ブンブンと音を立てながら、金属の棒で素振りをしていた。
「……えーっと……?」
「ああ、これは失礼!つい日課の素振りをこなすのを忘れていましたので!!今ここで、やらせていただいております!!もしお帰りになるというのなら、この剛腕で止めますがいかがなさいますか!!?」
今までのケンらしくない、まさかの力押し。二の腕が鬼のそれのように隆起するのを見ては、流石のロマニも大人しく席に着くことしかできなかった。
「さて、それでは……そうですね、あまり時間のかかるスイーツだと居眠りしてしまうかもしれませんし、ここはクレープにしましょうか。」
「クレープ……。」
そういえば、最後に食べたのはいつの事だろうか。甘いものは好きだが、勉強や仕事の合間に食べられるように、持ち運びのしやすいもの……たとえば大福やケーキ一切れなど、さっと食べられるようなものばかり食べていた。そう考えると、食堂に来たのもいつぶりかわからないほどだ。立香くんたちがせっかくおいしいからと誘ってくれていたのに、それもなあなあにしてしまっていた。
「さあ、生地が出来ました。クレープの皮、伸ばすとこ見たくないですか?」
「見る……。」
ロマニは疲れからか、妙な口ぶりになってしまう。熱したプレートの上で、クレープが綺麗な円状に広がっていくのをボーッと見つめていた。ケンはトンボがあってよかったですよと言いながら、次々にクレープの生地が出来上がっていく。
「さて、こんなものですかね。ロマニ殿は、なにか具材のリクエストはありますか?ないならこっちで決めますが……。」
「えーっと……じゃあ、あんこでお願いできるかな。」
「いいですね。つぶあんですか?」
「ん~こしあん!」
だんだん楽しそうになってきたロマニを見て、ケンはかしこまりましたと微笑んで頷いた。少しだけ時間がたった後、ケンがテーブルに着いたロマニのもとに、木でできた皿を持ってやってきた。皿の傍らには、同じく木でできた二股のフォークも添えられており、いつものプラスチックや金属の食器とは違い、暖かさを感じた。
「食器の選び方も、料理人のセンスですから。さあ、お待たせしました。『こしあんとイチゴのクレープ』です。実はこちら、隠し味を使っております。よければ、何が使われているのか推理するのも面白いのでは?」
「へー……。じゃあ、いただきます。」
行儀よく手を合わせてから、ロマニはフォークでクレープを三分の一ほど切り取り、口に運ぶ。イチゴがこぼれそうになって、慌てて手を添えた。
「ん、おいしい!こしあんっていうから甘いだけかと思ったんだけど……ちょっと、しょっぱいというか?でもそのしょっぱさがいいね!」
口に入れた時、想像されるあんこの甘さとは違う。あんこは極論を言ってしまえばただ甘いだけだが、このクレープのものは少しの塩味を感じる。それは邪魔になるのではなく、むしろあんこの甘さを引き立て、より深みを増しているのだ。そこにイチゴのみずみずしさと酸味のある甘さが混じり、ロマ二の口の中で幸せなハーモニーを起こしていた。
「ん~でもこれ、何だろう……塩じゃないよね?」
「そんなに簡単だったら問題になりませんよ。」
「だよねぇ。ん~……ダメだ、わかんないや!降参降参、答えは何だい?」
「ふふ、もう少し色んなものを食べるべきでしたね。それに使われているのは白みそです。」
「え、お味噌!?ホントに?」
味噌、味噌とは!ロマニにとって、スイーツとはただ砂糖やら果物やらを使ったものという認識だったため、思わず聞き返してしまう。味噌とスイーツとが、どうしても結びつかなかったからだ。
「ええ。私が織田で料理人をやる中で、どうしても手に入らない食材であったり、貴重なものでそう簡単には使えないものであったりはたくさんありましたから。特に信長さまは甘味が大好きだったんですよ。体に悪いから控えたほうがよいと、何度も具申したのですが。ですがそういう時に、よくあんこと味噌を混ぜたものです。」
「……それってようは嵩増しじゃないか!?え、あの信長公にそんなことして大丈夫だったのかい?」
「ええ、はい。むしろ、『創意工夫、まことにあっぱれじゃ』とほめていただきました。」
「へ~……あの信長公がね……」
「その信長様にお褒めいただいたもう一工夫、こちらチーズを添えてみてください。」
そう言ってケンが差し出してきたのは、瓶に入ったヨーグルトのようなチーズだ。何チーズなのかはロマニにはまったくわからなかったが、差し出されるまま受け取って、もう一つのクレープに挟んでみる。スイーツにチーズが合う気がせず、少し躊躇したロマニだったが、思い切ってかじりつく。
するとどうだろうか、滑らかな口当たりのそれは、今までの味をまったく邪魔しないどころか、イチゴの酸味をふんわりと受け止め、よりやわらかな味になった。その分、白みそ入りのあんこの味が味覚にダイレクトに伝わり、ロマニの舌から脳へたっぷりの幸せ物質が送られたかのようだ。
「おいっし……。これ何ていうチーズなんだい?」
「それはフロマージュ・ブラン。フロマージュとは、フランス語で『チーズ』を意味する、チーズのキングオブキングです。特徴はヨーグルトのような口当たりの良さで、お菓子には頻繁に使われるんです。」
「うわぁ……全然知らなかったや。今まで…というより、立香くんやキミよりずっと長い間ここにいるはずなのに……」
「なら、これから知っていけばいいだけのことでしょう。私もここで勤めさせていただこうと思っているので。」
「え!?そうなの!?」
「ええ、はい。まだ話は通していませんが、自分の力を試す場所があるのなら、それに挑みたいと思うものでしょう?聞けば、ここには古今東西の料理自慢が集うとか。ふふ、今から楽しみですね。」
―――ああ、眩しいな。ロマニは、瞳に闘志を灯したケンを見ながら、そう思った。サーヴァントは既に死した歴史の遺物。偉人の影法師。そう思い、見下した態度をとる魔術師も多いと聞く。だが目の前にいる彼や、今までの特異点で出会ってきた彼らを見れば、それは誤りだったと誰もが思うだろう。こんなにも活き活きとして、輝いている。
「……いいなあ。」
それに対し、自分はどうだ?自分が何をすべきなのかもわからず、先の見えない闇の中でもがいている僕は。立香くんやマシュが光となってくれなければ、きっと明後日の方向へ進んでいたに違いない。情けない。本来ならその役目は、自分がこなすべきことなのに。
「……何を思っているのか、お聞きしても?」
ケンがいつの間に作っていたのか、マグカップにホットミルクを作って持ってきてくれた。ロマニが躊躇いがちに手を伸ばし、口をつける。砂糖が溶かされているのか、優しい口当たりで飲みやすかった。
「……ちょっとね。でも大したことじゃないんだ!」
「大したことかどうかは、私が決めます。それとも、話せないようなことですか?」
「横暴だね!? ……いや、でも、そうかもしれないな。話したら、少しは楽になれるかもしれないね。……ちょっとの間でいいんだけど、聞いてくれるかい?」
「睡眠時間を削らない程度になら、お付き合いします。」
「あはは、最近来てくれたナイチンゲールさんみたいなことを言うんだね。」
「ま、そこそこ近代の英雄ですから。睡眠は大事ですよね。おっと、話がついそれました。さて、お聞きしましょう。」
ロマニはポツリポツリとしゃべり始めた。嬉しかったこと、辛かったこと。最初はゆっくりだったが、いつの間にかケンに乗せられたのか、せきを切ったようにしゃべってしまった。独白はいつしか嗚咽交じりになり、いよいよ彼が絶対に秘匿すべきとした真実の、その扉の目の前にたどり着いた。
「……どうなさいましたか?」
「いや、少しね。これ以上は、しゃべれないかなって。」
「……それは、カルデアに害を及ぼすことですか?」
突然、ケンから猛烈な剣気が放たれる。普段から穏やかで謙遜しがちな彼ではあるが、伊達にサーヴァントなわけではない。一般人……いや、例え現代の戦闘技術を修得した者であっても、敵うわけがないと思わせるような威圧感がロマニを襲った。
「もし、あなたが裏切り者であったりするのなら。私は絶対に許しません。ここには沖田も、信長様も、景虎様もいらっしゃる。その場を壊そうというのなら、この身に代えても殺します。」
「……絶対に、違う。これが何なのかは今は言えないが、それだけは約束できる。僕の抱えた秘密は、カルデアにとって悪ではないよ。」
「……信じてくれるかは、わからないけど。」
ロマニは、自分の首にうすら寒いものを感じて、思わず抑えてしまう。目の前の男がほんの少しその気になるだけで、自分の胴体と頭はサヨナラだ。だが怯えている暇はない。何とかして、目の前の男を説得しなくては。今、死ぬわけにはいかないのだから。
「―――なら、信じましょう。」
「え?」
「突然の殺気、失礼しました。少し脅しをかけてみただけです。」
思わず椅子から崩れ落ちる。ケンが慌てた様子で『ロマニ殿!?』と声をかけてくるが、大丈夫と手で制した。
「もう!ほんっとに怖かったんだからなぁ!」
「失礼しました。ですが、何故かあなたから、黒幕のような気配を感じて仕方なかったものですから。」
「うっ、それはその……」
「やはり斬りますか……。」
「わーっごめんごめん!気のせいだから!!」
深夜だというのに、食堂には2人のはしゃぐ声が響く。ロマニは久しぶりに、心の底からリラックスすることが出来た。自然体でいられるというのは、それだけで心が軽くなるものなのだ。
「……本当に、聞かなくていいのかい?自分で言うのもなんだけど、めちゃくちゃ僕怪しいだろう?」
「まあ、ロマニ殿は悪い人ではないようですし。これでも私、色んな人を見てきましたから。それなりに人を見る目には自信があるのです。それに、マスターもあなたの事を信用なさっているようですしね。私の今の主は立香殿なのですから、彼女がやれと言わない限り、傷つけたりはしませんよ。」
「それ逆説的にやれって言われたらやるってことじゃないかなぁ!?」
「ふふ、言われないようにご機嫌をとることですな。具体的には、マスターの言う通り今日は休むとか。」
いたずらっぽくケンは笑う。それにつられたのか、ついロマ二も笑いが漏れてしまう。
「はぁーあ!斬られるのは痛そうだし、今日は大人しく寝るとするかな!なにせ、立香くんの機嫌を損ねるわけにはいかないし!」
「それがいいでしょうね。もう一杯、ホットミルクを作りましょう。緊張がほぐれ、よく眠れるはずです。」
「ありがとう。……なぁ、ケンさん。」
「? どうかなさいましたか?」
「その、いつになるかはわからないけどさ。また、来てもいいかな?」
その言葉を聞いて、ケンは心底幸せそうに笑う。
「馬鹿ですね。ロマニ殿もカルデアの職員なのですから、いつ来たっていいに決まってるじゃないですか。」
「……そっか、そうだよねぇ!よぅし、これから毎日通っちゃうぞう!」
ロマニもすっかり元気になったようで、熱々のホットミルクをこぼさないよう、ゆっくりと自室に帰っていった。ケンはその背中を、皿洗いなどの後始末をしながら見ていた。どうか、ロマニ殿が今日はゆっくり眠れますように。そう願いながら、穏やかな深夜は更けていくのだった。
「……マスター?ロマニ殿は、自室に帰られたようですよ。話の内容は、念話の通りです。」
『………そっか。ありがとう、ケンさん。ロマニってば、全然言う事聞いてくれないんだもん。」
ケンは、念話によってロマニとのやりとりを立香に中継していた。これがもし、やましい目的であったならば断わったかもしれないが、そこにあるのは純粋な心配だということがわかっていたため、ケンは引き受けたのだ。
『えーっとね、それじゃあケンさん。個室に案内したいところなんだけどさ。実は明日も召喚予定でさ。それで、まとめて部屋を作ろうってことだから、今日だけは誰かの部屋にいてほしいんだよね。』
「マスター、そんな恐れ多い。私なんて、霊体化してその辺の壁にでも貼りついていますから。」
『カメレオン……?いやいやそれがさ。もうわかると思うんだけど、あの3人が喧嘩になってさ。私の権限で、ケンさんの今日の部屋決めちゃった。』
あくまで軽い様子で話す立香。ケンは、まあそんな気はしていたと死んだ目をしながら、誰の部屋ですかと尋ねた。そして、重い足取りでその部屋に向かうのだった。
――そして、今に至るのである。
「……ふふ、どうですかケンさん?沖田さんとの同衾は。沖田さんはですねえ……ちょっと、あの、何もいえないですかね……。」
「……不満なら出ていくぞ。」
「どうしてそうなるんですか!ただ、その、幸せすぎて……ああもう、わかってるくせに!!こんなこと沖田総司に言わせるなんて、このドS!鬼畜!5じゃなくて4だったら攻守交替なんですか!?」
「落ち着け沖田。何を言っているのかわからんぞ。」
「黙らせたかったらキスで口を塞げばいいじゃないですか!ほらんー!んぅーんー!!」
深夜だというのに口をとがらせ、うるさく騒ぐ沖田。二人で一人用の布団に入っていることもあり、狭い場所でこのテンションは正直きつかった。―――そのため。
「え?あの、ケン、さん……?」
「――お前が悪いんだからな。」
ケンが、沖田の上に覆いかぶさったのだ。いつも後ろで結んだ長髪は、今は解かれて垂れている。その髪が垂れた様子が、沖田にはひどく性的に思えた。少しづつ近づいてくるケンの顔、そして唇。沖田は耳まで真っ赤にし、息を荒げながらもゆっくりと目を閉じた。やがて、視界が、暗転し………
「……で、気を失っちゃって何もできなかったんだ。」
「………。」
翌朝。深刻そうな顔をした立香。顔を真っ赤にし、涙目で震える沖田。そして後ろで、腹を抱えて笑う信長と景虎。既に経験済みの余裕というものが違うのである。
「ぎゃははは!おき、沖田!お主、意中の男と同衾しておいて興奮しすぎて気絶って!!厠で気張りすぎて死んだどこぞの武将以下じゃろこれ!ぎゃははは!!」
「あ、あはははは!わ、笑ったらいけないとは思うのですが!ダメですちょっとおもしろすぎます!なんせ昨日『今日キメますよ沖田さんは!!』なんて堂々宣言してたのに!!あっ、信長は後で〆ますからね。あれは俗説ですからね言っときますけど!!別のところではどうなのか知りませんけど、私にそんな事実はないですからね!」
流石の立香も見かねたのか、何とか沖田を元気づけようとする。
「その、ほら、沖田さん。あんまり落ち込まないで……。は、初めては多分皆そんな感じなんだよきっと!沖田さんだけじゃないって!」
「ううう……うわーん!だって、だってしょうがないんですよ!ケンさん、私に対してすごいSっ気出してきますし!これできっと愛想つかされちゃったに決まってます!うわーん!!」
とうとう泣き出してしまった沖田。クソガキ戦国武将二名はいよいよ腹筋が痛みだし、床を拳で叩いたり転げまわったりでなんとか笑いを逃そうとしている。もうこれはどうしようもないと思った立香は、ケン本人にSOSを発進した。ほどなくして、厨房での仕込みを終えたケンが部屋にやってきた。
「マスター、どうなさい……あっ……」
部屋に入ってきただけですべてを察したのだろう。ケンは迷わず、沖田に近づいた。
「沖田。仕込みがあるからと、お前の部屋を先に出たのは悪かった。」
「……。」
「俺はお前を嫌ってなどいない。むしろ、お前と一緒だと飾らなくて済むから居心地がいい。……その、だから。こんなことが出来るのは、お前相手だけだ。」
え?『こんなこと』って何? ……その疑問は、あっという間に判明した。ケンが沖田の正面に回ったかと思えば、顎を指で持ち上げ、沖田の唇を奪った。信長や景虎が止めることも出来ないほど、一瞬の出来事だった。された沖田でさえも、何が起きたかわからないという顔をしていたのである。
その張本人であるケンも、顔を赤くしていた。慣れないことをしてしまった……というような表情のまま、捨て台詞を吐いて行く。
「……続きは、今度にしろ。今はそれで元気出せ。」
そそくさと逃げるように退散するケン。止まっていたその部屋の時間が動き出したのは、ケンが出て行った後だった。
「キャーッ!何今のすっごい!完全にラブコメのそれだったじゃん!!沖田さんほら、大勝利だよ!?」
「え……?お・きた……?」
「幼女に名前をもらった哀しきモンスターじゃん。」
「……おい、虎の。」
「ええ、わかっていますよ。」
あれを見た瞬間、二人の意志は固まった。
『自分も絶対、あれやってもらおう!』と。
「いやあ、昨日の今日で来ちゃったけど、大丈夫だったかな?ケンさん、何か作ってくれるかい?」
「ええ、もちろんですよ。マスターもきっと、喜んでくださるでしょう。」