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「……で、そいつを拾ってきたのか。そのどこの馬の骨とも知れぬ忍を。というかそやつ女じゃよな?それワシに対する浮気じゃヨネ?」
ケンは隣で綺麗な正座をしている段蔵を、ちらりと横目で見た。その姿勢はお手本のように美しかったが、信長のそれを見る目は冷ややかだ。
「……拾ってきたというより、私が段蔵殿に救われたのです。彼女がいなければ、俺は今も牢の中でした。」
「だから雇えと?こやつが武田の間者である可能性もあるのにか?ケン、お主偉くなったもんじゃな?料理人の分際で、人事に口を出すのか?」
「そのようなことは……!!」
何とか反論しようとするケンだが、二の句は継げない。信長の言葉が正しいとわかっているからだ。自分はただの料理人であり、信長の配下の一人にすぎない。明らかに出過ぎた真似である。
「――ケン、それまででよい。ここからは、この段蔵が話すべきところだろう。」
無機質な少女の声が響き、信長の目がさらに鋭くなる。信長がその言葉を聞き取れたかどうかは定かではないが、段蔵を見極めるつもりになったのだろう。こうなったら段蔵に託すしかない!ケンはそう思い、祈るように見た。
「――では、お見せしましょう!加藤段蔵の真価!」
そう宣言するや否や、段蔵の両手から展開される、超振動ブレードやバルカン砲などの兵器の数々。どう考えても暗殺未遂にしか思えないこのムーブには、さすがのケンも開いた口がふさがらなかった。だが、当の信長はそうは思わなかったらしい。
「かかかカッケー!何じゃそれ何じゃそれ!ワシに説明せい!」
「命令を受諾しました。まずこちらの“果心式二十連装砲”ですが……」
……ケンは、信長が新しいものに目がないことを思い出した。そういえば子供のころから新しい料理ばかり食べたがっていた。一日として被りがあることを許さなかった時期もある。いろいろメニューを考えるのに苦労したものだな、としみじみと感じていた。
ケンが感じ入っている間、段蔵と信長はいつの間にか小声での話になっていた。
「……で、お主に感情はないのか?それで子も産めんと?」
「はい。段蔵の体には肉が使われている部分もありますが、子を産む機能はありません。忍にそんなものは不要ですから。また、味覚なども存在しません。」
「ほうほう……。……流石にこれなら、ケンでも堕とせんじゃろ。」
「? 信長様?」
「ああいや何でもないぞ!それよりケン!お主、よい人材を拾ってきたな!」
「は……?」
怒られていたかと思えば、いきなり褒められたケンは目を白黒させる。信長のことは理解してきたつもりだったが、流石にこの急旋回は予想外だった。
「この加藤段蔵は、これよりお主の護衛につけることとする!お主はワシの大事な家臣じゃし、またさらわれてはたまらんからな!」
「そういうことであればこの段蔵、身を粉にさせていただきます。」
「は、はあ。よろしくお願いします……?」
よし、これにて一件落着じゃ!と信長が言い、この場はお開きとなった。ケンは台所へと向かい、そこで信長に与えられた部下――通称『台所衆』に、無事帰ってきたことと段蔵を紹介することにした。台所衆からは帰ってきたことを喜ばれつつも、信長の他に近しい女性が出来たことを心配された。仮に信長がそれに怒ったら……と思うと、誰も彼もが震えあがった。その心配は、とある越後の龍によって成し遂げられるのだが……。
さて、ではここらで信長のもとでのケンの一日をご紹介しよう。これはあくまで信長のもとに居て、信長も共にいるときのスケジュールである。
―――ケンの一日は早い。この時代なら朝は日が昇るころに起きるのが当然ではあるが、ケンもその例に漏れない。というか、それより前に起きても明かりがないので何も出来ないのだ。朝起きてから、髪をとかして後ろで結ぶ。襖を開けると常に段蔵がいる。
「おはようございます、ケン殿。今日もご健勝そうで何よりです。」
「おはようございます、段蔵さん。ただ、こんなに近くに居なくてもいいような……」
「いいえ。ケン殿の身柄を狙う輩は多くおります故、こうしてお守りする必要があるのです。」
……ひとまず段蔵は人目につかないよう天井裏などに潜み、今日もまた、監視のもとケンの一日が始まる。ケンはまず、朝餉の用意をしなくてはならない。信長は常に新しいものを求め続けるので、ケンは常に献立を考えておく必要がある。だが、それがケンの生き甲斐でもあるので全く苦ではない。
「こっちの鮎の下ごしらえ終わりました!」
「米、そろそろ炊けます!」
「ソースの味見お願いします!」
「鮎はそこに置いておいて!クリームチーズは完成したか!?ソースは塩気が多い!酢で対応!」
ケンは周囲の料理人に指示を飛ばしながら、てきぱきと仕上げていく。はっきり言って朝食のメニューとしては凝りすぎているくらいなのだが、信長のためなら仕方がない。そうして完成したメニューを信長のもとへ運ぶとき、信長の様子にはある特徴がある。
「信長様、ケンにございます。朝餉をお持ちしました。」
「……入れ。」
第六天魔王にしてはかなり覇気のない声が襖の向こうから聞こえてくる。ケンはいつものこととはいえ、ためらいがちに襖を開ける。
中にはぼさぼさの黒髪の頭を掻きながら、大きなあくびをしている信長がいた。寝間着ははだけ、その陶磁器のような美しい肌がちらちらと見える。ケンは出来るだけ気にしないようにしながら、信長の前に膳を置く。
「……ほう、いい匂いじゃ。やっぱり……これがないとのう。一日が始まったという気がせんのう。」
「光栄です。それではこれで私は……」
「馬鹿者……いい加減、慣れんか……。お主しかぁ、ワシの髪をぉ!触ってよい者はぁ……おらんのじゃぞぉ!」
「……やっぱり、私がやるんですか。」
ケンは信長の酔っ払ったような声に、渋々といった感じで部屋に残り、信長の食事が終わるのを待つ。これがケンの他には帰蝶と昔からの重臣しか知らない信長の秘密。実は、低血圧なのか寝起きが非常に悪いのである。かつて信長が吉法師と呼ばれていたころからだが、朝に会うときはいつも寝ぐせのついたボサボサの髪をしていたのだ。見かねたケンが許可を得て、とかして支度をしてやっていると、いつしか信長の髪の手入れはケンの役目になっていた。
初めの方こそ『むやみに男に髪を触らせてはいけません』と断ろうとしたケンだったが、「間者を警戒してのこと」と言われてはどうしようもなく、こうしていつもの日課になっていた。
「……ふふ、こそばゆいのう。あ~……。」
猫のような声をあげながらされるがままに髪の手入れをされている信長。やがて長い黒髪はさらさらと小川のように煌めく、美しさを取り戻した。その頃には信長も覚醒し、ようやく織田家の一日が始まる。
「うむ!それでは今日も一日、張り切っていくとするかのう!ケン、伴をせい!」
「……はい、お供します。」
なんやかんや言いながら、こうしてピシッとした信長は本当にカリスマに溢れて凛々しい。ケンも執務の部屋の前まで付き添い、そこで別れた。
「――ケン殿。」
「うわっと、段蔵さん!?いきなり目の前にでるのはやめてくださいよ。俺が今帯刀してたらどうするつもりだったんですか。」
「それは持っていないときを狙ったから大丈夫です。それよりも、先ほどの信長との行動は普通なのですか。」
段蔵のまっすぐな瞳を前にしてケンは答えないというわけにもいかず、仕方なく話をする。
「えーっと、多分普通ではないですね。―――信長様は、孤独な方だから。」
「? たくさんの人間がまわりにいると思いますが。」
「そういうことじゃないんです。あの人の言葉を、はっきりと理解することが出来る人はほとんどいないんですよ。これでも今はマシになった方なんですけどね。私たちがまだ子供のころは、あの人の言葉は周囲にまったく理解されなかったんです。だから、いつの間にか俺がやるようになってたんです。」
「……。」
「だから、ほんの少しでもあの人の孤独に寄り添えればなと思ったんです。……誰にも理解してもらえない寂しさは、俺が一番よく知ってますから。」
ケンは少し、寂しそうに笑った。二度目の、現代で料理をしていたころを思い出す。自分は料理に出会えたからよかったが、信長はいつまでも一人だ。あんな思いは、もう誰にもしてほしくない。
「……さて!なんだか湿っぽくなりましたが、とりあえずご飯でも食べましょうか!まかないを作るので、段蔵さんもどうですか?」
「段蔵に食事は……いえ、やっぱりいただきます。」
「おっ、そうですか!あまり凝ったものはできませんが、それじゃ張り切らないとダメですね。」
ケンは足取り軽く、再び厨房へと戻った。作るものは、残り物の魚と余ったご飯とを茶漬けにしたものだ。一手間として魚を炙ってあり、出汁を注ぐと身がしまって花開く美しさも目に嬉しい。刻みネギを乗せれば完成だ。
「段蔵さんはこちらをどうぞ。……さて、ではいただきます。」
「……いただきます。」
二人は手を合わせ、茶漬けを食べ始める。魚の身は引き締まるというよりはふわふわとした食感で、味も淡泊な感じがする。しかし、その淡泊さがむしろ良く、出汁の味とよく合う。……もっとも、段蔵には味覚がないので何もわからないのだが。
「どうでしょうか段蔵さん。気に入っていただけましたか?」
「……はい。美味しいです。」
「それはよかった。……それじゃ、この余った魚は段蔵さんにあげますよ。」
「え?」
段蔵が聞き返すより早く、ケンは余っていた分の魚の切り身を段蔵の茶碗に乗せた。
「……ケン殿。段蔵にはこのような物、不要です。」
「あっ、ひょっとして魚は苦手だったでしょうか?それは申し訳ありません。」
「いえ、そういうわけではないのです。ただ段蔵は、その、味を感じないのです。食物から活力を得ることは可能ですが、ワタシのためにこのようなことをしてもらう必要はありません。」
「……。」
「ですから、良い物はすべてケン殿が食べるのがよろしいかと。……段蔵に、遠慮は不要です。」
少しケンは面食らっていたようだが、すぐに平常心を取り戻した。なにせ、逃亡道中で段蔵が明らかに人間とはかけ離れた存在であることを知っていたからだ。それでも、ケンの姿勢は変わらない。
「……食べ終わったら、髪をとかしましょうか。もちろん、段蔵さんがお嫌でなければですが。」
「……よろしくお願いします。」
ケンは信長に使うのとは別の、自分の髪に使っている櫛を取り出すと、段蔵の髪を丁寧にすき始める。段蔵の感覚器官にやわらかな刺激が伝わり、少しだけくすぐったさを感じる。抗拷問用の感覚遮断機能を起動しようかと思ったが、何故だかそれをしたくはなかった。
「……。」
「……よし、これでどうでしょうか?結んだりした方がいいですか?」
「いいえ、段蔵はこれで。」
「そうですね。俺もこっちの方が好みです。」
長い黒髪をさらさらと撫でるケンの指と言葉に、何故か段蔵は胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。好み、この身、KONOMI。頭の中でグルグルと思考が回転し、計算が止まらない。何だろうか、これは。
「さて!それじゃ、信長様の菓子を作るとしましょうか!そろそろ小腹が空いたとおっしゃる頃ですから。」
「……承知。では、引っ込みまする。」
段蔵は再びどこかに姿を消し、ケンは菓子作りに取り掛かった。その姿を、段蔵はじっと見ているのであった。
「信長様、ケンです。菓子をお持ちしました。」
「うむ、入れ!」
信長は自分のもとに送られた書簡をあれこれと精査したり確認したりしていたが、ケンが菓子を持ってきたと知ると嬉しそうに部屋に招き入れた。
「今日はクグロフをお持ちしました。中に干しブドウを入れて焼き上げる菓子なのですが、今回は別のもので代用しております。だからどちらかというとクグロフというよりカヌレですね。」
「まあなんだっていいわそんなこと!ワシはこうして仕事に励んで居るから、お主が食わせ!」
「……まったく、行儀が悪いですよ。」
「よいではないか、よいではないか!ほれあーん。」
「……はぁ、あーん……。」
仕事が忙しいという建前であーんをさせておきながら、ひとたび噛めば菓子の美味さに破顔する信長。すぐに仕事をほっぽり出して菓子を堪能するが、あくまであーんはやめさせない。見ているだけで甘ったるくて胃もたれしそうである。それを気にしてか、ケンはあくまで塩対応だが……。
「……。」
その光景を見ながら、段蔵は再び、胸のざわめきを感じた。忍には不要なそれに困惑しつつも、何故だか大事なもののように思えて、それを忘れようとはしなかった。
そして日が低くなってくると、今度は夕餉を作らなくてはならない。ここでもケンは忙しく動き回るが、今日はどこか様子が違った。
「うおお加藤さんすげえ!あんなに簡単にクリームが!」
「しかも見ろよこれ!俺たちがやるのより、圧倒的にふわふわだぜ!」
「ああ、これでもう、筋肉痛に悩まなくていいんだ……!右腕だけ妙に太くなっていくのを気にしなくていいんだ!」
そう、段蔵の存在である。彼女は自分の体に仕込んである兵器の一部を転用し、調理に役立てている。具体的に言うと、貫手を行う際、手首を高速回転させることで威力を高める技を応用して、泡だて器の代わりをしているのだ。
これにはケンの部下である料理人たちも大喜び。大勢の人間が段蔵を尊敬の目で見つめる中、彼女の目はただ一人に向けられていた。その男の手が一瞬あいたのを認めると、とてとてと近寄っていく。
「ケン殿。くりーむというのはこれでいいのでしょうか。」
「ああ、段蔵さ……えっ!?すごいこれどうやったんですか!?こんなにきめ細やかなクリーム、俺はもう一生見られないだろうと……!」
ケンが目を輝かせ、感動のあまりクリームの入った鉢に掴みかかる。慌てて木べらを掴み、ほんの少しすくって舌の上に乗せる。あまりにも馴染みがあり、そして忘れかけていたほど懐かしい味に、ケンは思わず涙を流した。ケンだって人間であるし、おいしいものを食べたいと思う。
だが、ケンのかつて生きた時代とここ戦国の世とでは、あまりにいろいろなことが違いすぎる。技術もまだまだ未熟であり、食材の味だって悪い。ケンも努力してなんとか再現しようとしていたが、やはり限界というものはある。ケンのよく知るそれとは少しだけ違うそれらを味わうたび、ケンの望郷の思いは高まった。
無論、それは信長のもとでの暮らしに不満があるというわけではない。ただ単に、寂しいのだ。自分が味わえないのもあるが、それよりも遥かに強い思いは、『もっと美味しいものを食べてもらいたい』という事だ。信長や周りの人は、美味い美味いと食べてくれるが、そうではない!本当はもっと、もっと出来るんだ!!そういう思いを常に抱えていたのだ。
段蔵が作ったクリームは、ケンの過去の記憶を呼び起こさせた。そしてケンは、その記憶に教えられたのだ。『無力感を感じている場合ではない!』と。思い出せ、あの日々を!料理の本場であるイタリアやフランスで、自分の料理がまったく認められなかった悔しさを!技術の発展していないアフリカで、あまりの食材の少なさに頭を抱えた無力感を!!
自分は一度でも、それらを諦めたことがあったか!『しょうがない』と思ったことがあったか!
「……ありがとうございます、段蔵殿。」
「そ、そんな。泣くほどおいしかったのですか?」
「……ええ、はい。素晴らしいクリームです。これは、信長様にもぜひ味わっていただかなくては!」
ちくり。ケンの言葉に、段蔵の心が少し痛んだ。先ほどまでは多幸感ばかりだったというのに、なんだろうかこの痛みは。信長。そう、信長だ。ケンが信長の名を出したとき、ほんの少しだけ心が痛んだ。あるはずのない心が。だが、段蔵のそんな思いをよそに、次々と今日の夕餉が完成していく。やがて、いつものようにケンが膳を運ぶ。段蔵も心に何かを抱えながら、その後ろをついて行くのだった。
「信長様、夕餉をお持ちしました。」
「うむ、入れ!」
いつものように信長がケンを招き入れ、二人きりの夕餉が始まる。信長が料理に舌鼓を打ち、ケンがそれに対して礼や料理の説明をする。信長がケンに甘え、ケンが戸惑いながらあしらう。二人の時間は穏やかに過ぎていくが、それを影から見る者がひとり。
やがて食事が終わり、信長がケンの胸板にこてんと頭を預ける。ケンは躊躇しつつも、信長を優しく抱きしめる。いつもの姿はそこになく、ただ一人の女がそこにいた。それを見ながら、段蔵は胸の痛みを抑えきれなかった。どうして、自分はあそこにいないのか。そう思わずにはいられなかった。
「……加藤。」
「! はっ!」
突然信長に名前を呼ばれ、すぐに部屋の中に入った。わかってはいたが、信長はケンに完全に体を預けてだらけきっていた。より近くで見たことで、段蔵の痛みはさらに強くなっていく。
「これからワシはこやつを抱く。故に、誰ひとりとして近づかせるでないぞ。」
「……承知。」
段蔵は歯噛みしながら、部屋の外に出る。襖の傍に立ち、誰かが近づくことのないよう見張りをしていた。その間にも、信長の嬌声や何かの水音が聞こえてくる。段蔵は見張りのために感覚遮断を行うわけにもいかず、ただじっと耐えていた。胸に、無数の針を突き刺されているようだった。
……そのまぐわいは、結局夜が明けるまで続いた。夜通し見張りを続けた段蔵は、一つの考えにたどり着き、それを実行することとした。一抹の寂しさを、胸の奥底に押し込んで。
ケンは、信長よりも早くに起きた。いつもの事である。胸板を抱く信長の腕をはらい、着物を着こむ。すぐに朝餉の準備に取り掛かろうと思い、つい段蔵の顔を思い浮かべた。
「女性と共寝をした次の朝に、別の女性の顔を思い浮かべるとは……。」
ケンは自分の行いを反省しつつも、昨日段蔵が茶漬けを食べてくれたことを思い出すと、ついつい頬が緩んでしまう。着物を着終わった後、襖を開けたケン。
「あっ、段蔵さん。おはようございます。」
襖の目の前には、今まさにケンが考えていた段蔵がいた。だが、心なしかその目からは光が失われたように思える。そして何より、段蔵が挨拶を返してこない。これは今までになかったことだった。
「だ、段蔵さん……?えっと、ひとまず厨房に行きましょうか。」
ケンが言い終わるや否や、すぐに姿を消す段蔵。これはいつも通りだ。その後も朝餉を作り、信長のもとに運んだら朝起きた時横にいなかったことに文句を言われ、いつも通りの時間が過ぎていった。
一通りの仕事を終え、ケンはどうしても気になることがあったため、段蔵を呼んだ。
「――段蔵さん。」
「ここに。」
やはり、何かおかしい。雰囲気が固くなったというか、無になったというか……
「えっと、何かありましたか?悩みがあるなら、よければお話ししていただけませんか?」
「……段蔵は、ただの忍です。悩みなど、とても。」
「――やっぱり何かおかしいですよ!昨日までは普通だったのに、何があったんですか!?」
段蔵はとうとう、何の躊躇もなく言い放つ。
「――段蔵は、ただの忍です。感情など不要な物。ワタシはただ、入力された命令に従う人形です。ご用命がなければ、これにて。」
そのあまりにも冷たく無機質な声に、ケンは言葉を失った。段蔵は言葉どおり、姿を消した。ケンは呆然としながら、誰もいない廊下に立ち尽くすしかなかった。
「……ケーン……ケーン!」
「あっ、信長様!いかがなされましたか?」
「お、お主……昨日やりすぎじゃろこれ!腰がまだ動かんのじゃが!?じゃが!?」
「……えーと……も、もう少し運動をされるべきかと……。昨日も稽古サボってましたし。」