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暗転した意識から目を覚ましたカルデアの一行。ひとまず今回は地に足がついていることを確認し、また空中に放り出されることはなかったと、安心したのもつかの間に―――
「す、砂ーーー!?物凄い砂嵐!!」
「先輩!ひとまずこちらへどうぞ!私が盾になります!」
「いやマシュ、それだと動けなくなる!あの岩場迄移動できるかい!?」
「私が抱えます!マスター、しばし辛抱を!」
いつもの事ながら、レイシフトして早々ひどい目にあうものだ。一行はなんとか岩の影に避難し、立香の安全を確保した。――はずだった。
「ああ、くそ!最悪だ、敵性反応!魔力の塊ともいうべき存在が、こちらに向かってきている!」
「数は?」
「3……いや4!気を付けてくれ、視界が不明瞭だ!」
「初陣ですね。張り切っていきましょう。」
頼もしいケンの言葉に頷いた立香は、敵がやってくる方を見据える。不明瞭な影がだんだんとはっきりしてきて、巨大なライオンのような姿をした、ソウルイーターが飛び出してくる。
「化け物とやるのは初めてですね!ダヴィンチ殿、フォローを頼みます!」
「アイアイサー!好きに暴れてきたまえ!」
飛び掛かってくるソウルイーターの前脚を縦に真っ二つにしてやったのち、ひるんだところで距離を詰め、一刀のもとに首を落とす。初めてとは言ったもののケンも武芸を修めたサーヴァントである。この程度なら朝飯前だ。
「ヒュー!やるねえ!ホントに初めてなのか~いあぁ~ん?」
「あなたもセクハラ族ですか!?」
その後も順調に敵を排除していき、カルデアは初陣を華々しい勝利で飾った。
「よし、敵性存在消失!お疲れ様!」
「この程度なら、宝具を使うまでもないですね。安心しました。」
「お疲れ様ケンさん!疲れてない?」
「ええ、余力は十分です。すぐにでも移動できますよ。」
「そうだね、いつまた敵が現れるかわからない以上、早いところ移動した方がいいかもだ。立香くんが大丈夫なら、すぐにでも……ッ!!新たな反応だ!小さいが、大量にいるぞ!」
ダヴィンチちゃんの声に弾かれるように反応した立香の目は、確かに髑髏の面を捉えた。複数の髑髏面の人間が、女の子を攫っている!
「ケンさんあそこ!女の子が危ない!」
「承知!」
一番彼らに近かったケンの反応も早く、すぐに彼らの前に立ちふさがる。突然現れた大男に驚いたのか、集団も動きを止める。
「何者だ貴様!我らの邪魔をするな!」
「そういうわけにはいきません。私のマスターのご指示ですので。」
「マスター?貴様、サーヴァントか?」
「! ではあなたも……?いやそれよりも!何故その女性を攫うのですか!」
「話す必要はない!邪魔をするなら消えてもらうぞ!!」
突如として始まる戦闘だったがしかし、サーヴァントと人間の戦力差は歴然。余裕を持って対処し、無事女性を奪還せしめた。その間に素顔を見られた百貌のハサンと名乗るサーヴァントに因縁をつけられる一幕もあったが、まあケンがいるのだから日常茶飯事であろう。
そして、ひとまずその女性を起こすことにしたのだが……
「なー!不敬!不敬です!!この私、ニトクリスを卑怯な手で眠らせかどわかそうとは……!!」
「違います!私たちは、さらわれていたあなたを助け出しただけであって……!」
いつの間にか誘拐されかけていたという困惑からか、見るからにエジプトの人といった様相の女性は、騒ぎ立ててこちらを敵視している。マシュや立香を筆頭に、なんとか宥めようとするが話が通じない。
「ええい問答無用です!紫のあなたが纏う鎧は、あの聖都の騎士たちのもの!その上そっちの男は、どこをどう見ても女泣かせの雰囲気です!!あなたのような女性の敵を、信じるわけがありません!」
「困ったな、否定しきれないぞ!」
「何やってんのケンさん!」
「私のせいですか!?」
「何をコソコソと……!もう許しません、行きなさいスフィンクス!あの不敬者たちを、太陽王の威光にて焼き尽くすのです!」
「オオオォォーーーーーッ!!」
現れたのは、人間より一回り大きなライオンに、翼と仮面をつけたかのような不気味な獣。見た目だけならばただの気色の悪い化け物だが、纏う雰囲気は不思議と神々しさを感じさせ、神獣の名にふさわしい威容であった。
「スフィンクス……!!この状況で、あの神獣の相手をするのは、とても……!!」
「――いいえ、心配はありません。なにせここにいるのは、あの織田信長の料理人。例えいかな強敵であっても、神と名乗る者に負けるわけにはいきません。……でなければ、顔向けできませんからね。」
「ケンさん!?勝算があるのですか!?」
「無論です。さあスフィンクス、かかってきなさい。この織田の料理人の目の前で、浅ましくも神を名乗ったこと、後悔しながら逝きなさい―――!!」
落ち着き払ってゆっくりと抜刀するケン。その白刃の煌めきと、冷たい殺意を目に宿し、討つべき敵を目に入れる。これからの行いは全て、主の名を汚さぬために―――。
「な、何故です!?このようなこと、あり得るはずが―――!!」
戦いは、ある意味蹂躙であった。今やスフィンクスの手足は半分ほどの長さに斬り落とされ、バランスの悪い体を支えきれない。頼みの綱である翼を用いた飛行も、体をいびつに損傷しているせいで空中での制御が難しいのか、全く脅威とはなっていない。これは全て、あの料理人を名乗る男の行った事である。
(何故!?何故、何故―――!?何故、スフィンクスの体が再生しないのですか!?)
スフィンクスは古代エジプト人から『シェセプ(神の姿)・アンク(再生と復活)』と呼ばれており、これが訛ってスフィンクスと呼ばれるようになったと言われている。その名が示す通り、本来であれば傷をつけられてもすぐに再生するはずなのだ。いや、それ以前に高い神性を持つため、ケンのような神性を持たないサーヴァントでは傷ひとつつけられるはずがないのだ。
―――だが現実はどうだ?あの男の刀の前に、まるで動物の肉を捌くかの如くスフィンクスは傷つけられていく。神性も再生も、
「やああーーーっ!!」
「!?」
マシュの盾を使った突進攻撃がスフィンクスの足に命中し、完全にバランスを崩す。ガクンと前のめりになったスフィンクスは、まるで頭を差し出すかのような態勢になってしまう。その隙を見逃してくれるほど、相対した敵は甘くなかった。
「――とった!御免!!」
マシュの盾を踏み台に跳びあがったケンが、スフィンクスの首を斬り落とす。この期に及んでなお、スフィンクスの体は再生しない。それどころか、まるで命を終えたかの如く砂粒になって消えていく。
「や、やりました!スフィンクス撃破!!」
「うおおマジか!乗り掛かった舟と思って戦ってたけど、まさか本当に勝てるとは!」
「すごいすごい!ケンさんどうやったの!?」
「何とかなりましたか。これで、信長様にどやされずに済みそうですね。」
勝利に歓喜するカルデア一行とは対照的に、ニトクリスの顔は青い。もともとこのスフィンクスは、ファラオ・オジマンディアスからの賜りもの。スフィンクスの中でもトップクラスに優れたものである。それをいとも簡単に、目の前の者たちが圧倒して見せた。もはやこうなっては認めるしかない。
「くっ……わ、わかりました。あなたたちはスフィンクスを斃し、その力を示した。そうであるならば、こちらも尊敬を以て当たらなくてはならないでしょう。――あなたたちの言う事を信じ、このニトクリスの客人として、
「ラムセウム・テンティリス……!!あの最大最強のファラオ、ラムセス2世の居城ですか!すごいことですよこれは!!」
「ふふふ、そうでしょうそうでしょう!ファラオの威光をしかとその目に焼き付けなさい!!」
マシュに褒められた途端に機嫌をよくするニトクリス。立香は思わず、心の中で『チョロ……』と呟いていた。いつの間にか一緒になって盛り上がっているニトクリスとマシュたちを尻目に、ケンはこっそり立香に近づいた。
「マスター。私は遠慮させていただきます。スフィンクスを殺したとあれば、顰蹙を買うこともあるでしょう。」
「え!?でもそんな、仲間外れみたいな……。」
「それに、調べたいこともあるのです。どうか、お願いします。」
「うーん……まあケンさんはわがまま言うような人じゃないだろうし、多分何か大事な事なんだよね?それなら大丈夫!私のことは心配しなくてもいいよ!マシュも、ダヴィンチちゃんもついてるし!」
「ありがとうございます!ではその神殿の前で合流いたしましょう。」
オッケーと話をつけたケンと立香は、ひとまず大神殿の前まで行動を共にした。その外観の見事さにテンション上がりっぱなしのダヴィンチちゃんとマシュに連れられて、立香がオジマンディアスとの謁見に向かうのを見送ったケンは、少しでも体力を温存するために日陰に入って腰掛けた。
ケンは調べたいことがあると言ったが、それはあくまで建前である。目的は一つ、彼との接触だ。
「……ケン、殿。」
「――!あなたでしたか。私はてっきり、パーシヴァル卿あたりかと……。」
「あはは……本当にそうなら、どんなにかよかったことでしょうか。私のような、木っ端ではなく……。」
自信なさげに笑う、白銀の義手を身に着けた騎士。……サー、ベディヴィエール。円卓の騎士の中でも目立たないと言われている彼が、ケンの前に立っていた。
「それで、なぜ後ろをついてくるだけだったのですか?あの時――スフィンクスに襲われたときも、私たちを見ていましたね?近づこうとするのは目で制しましたが。この特異点にいるという、彼女となにか関係が?」
「それは……」
「―――答えて下さい、ベディヴィエール。私の今の主は立香殿であり、アルトリアではない。あいつがマスターを傷つけるというのであれば、躊躇なく首に刃を振るいます。無論、あなたに対しても。」
信長の如く、冷たい声を発するケン。熱砂の砂漠だというのに、気温が下がったように感じてしまう。やがて、沈黙を破ってベディヴィエールが話し出す。
「私は……私は、我が王を殺すために来たのです。」
「……なるほど。」
「……不審に思わないのですか。」
「いいえ。ただ、私の記憶とは大分違っているようだと思っただけです。」
ベディヴィエールが何かを聞いてくる前に、話の主導権はこちらにあるとでもいいたげに続きを促す。
「そうして歩いている中で、あなたの存在を目にしました。マーリン殿から聞いていた通りの話だと思い、何とか接触しようと……」
「待ってください。……マーリン?
「……? え、ええ。マーリン殿は男性でしょう。あなたも知っているはずでは……?」
「いや、失礼しました。……それなら、ひとまずは安心でしょう。」
その名を聞いてケンの頭に浮かぶのは、二通りのろくでなし。ケンはあれほどまでに、『死なないでくれ』という言葉をひどい意味で使える存在は彼女しかいないだろうと思いだして身震いした。もし彼女のほうにベディヴィエールが捕まっていたら……ああ、想像もしたくない。
「ケン殿……?」
急に押し黙ったケンを不審に思ったのだろう。ベディヴィエールが心配そうにのぞき込んでいた。その表情に、彼の本質が何も変わっていないことを感じ、ケンは少しだけ安心した。どうやら、何かしらの精神汚染などの影響はないようだ。
「大丈夫です。それよりも、これからどうしますか?私たちと目的は同じはず。同行するというのなら歓迎しますし、上手く仲介しますが。」
「……そうしたいのは山々ですが。まだ信じきれない自分がいるのです。それに、私は獅子王……つまり、ここでの王にこっそり会いに行くつもりですから。実は、聖抜という催しがあり……」
ケンは、ベディヴィエールから聖抜なる催しの話を聞いたが、それは恐ろしいものであった。その上、それに加担している……というより、主催しているのがかのアルトリアやかつての友と聞けば、驚くのも無理はない話だ。
「……ありえない。そんな、そんなことを、彼らが……!?」
「辛いことですが、事実です。私はあなたよりここにいる時間が長いですから。」
ケンは、聖抜自体に対してはそれほどの感情を抱かなかった。殺し殺されが当たり前の時代に生きてきて、慣れきっていたからだ。だが、それをよく知っている人間が行っているとなれば話は別である。
「……あなたがその聖抜に乗じて聖都に潜り込もうとしているのはわかりました。ですが、私にはマスターがいる。お優しい方ゆえ、それを知れば必ず全員を助けたいと願うはずです。」
「知らせるわけにはいかないでしょう。聖抜はこの死の大地において、唯一とも言っていい生存の手段。求める者は数多く、百や二百では足りません。それだけ多くの人間を押しとどめる方法など、とても……」
「……あえて、一切聖都に近づけさせないというのは?聖抜が終わったあとになら……」
「この地には山の民という協力者になってくれそうな人々がいます。彼らの心象をよくするためにも、聖抜から人々を助け出した方がいいかと……。」
この時二人は同時に、ひどく残酷な正解にたどり着いていた。
それしかない。もちろん、全ての人間を救うことなど出来ないし、おそらくは50程度が限界だろう。しかしそれでも、立香たちの心は少しはマシになるはずだ。
「……お互い、辛い役回りを背負ったものですね。あなたも私も、自らの主君のために。」
「……ああ。やはり、綺麗事だけでは回らないらしい。」
二人は固く、誓約をした。この事実は、自分たちだけが持っておくと。立香には、明るい道だけを歩いてほしいのだ。あの太陽のような笑みが似合う、暖かい日差しの差す道だけを。
「それで、結局どうする?ベティは俺たちに加わるのか?」
「――!ふふ、懐かしい話し方ですね。あなたはやはり、そちらの方がいい。ですが、私はやはり王と話がしたい。残念ですが、出会わなかったことにしてください。」
「……そう、か。俺はお前を責めない、ベディヴィエール。お前の正義を信じて行動してほしい。俺も、俺のマスターを信じるからな。」
「――ありがとうございます。どうかあなたも、お気をつけて。」
再び歩き始めたベディヴィエールを見送りながら、ケンは一人考える。この事実を立香に伝えればどうなるかをだ。知れば必ず、彼女は全員を助けたいと願うだろうし、そのために行動もするだろう。だが、4人で何ができる?一つの家族だけで、津波を止めようとするようなものだ。例え主君に嘘をつくことになろうとも、彼女の心を守りたい。その一心で、ケンは知らないふりをすることにしたのだ。
「あっ!ケンさーん!ずっと待ってたの?」
「―――ええ。どうでしたか?太陽王とやらは。」
「えっとね、すっごい王様って感じの人だった!」
「ハハハ、なんとなく想像できますね。」
ケンは知っている。人の心に寄り添い続けてきたからこそ、人の心の弱さを知っている。
誰しも、信じたいものを信じるものだと。仮に立香に聖抜のことを伝え、自分たちが総出で聖都に向かおうとする人々を説得して止めようとしても、おそらくは誰も信用しないだろう。日々の苦しい生活の中で、ひょっとしたらまともに生きられるかもしれない。その希望のなんと甘露に映ることか。いくら危険だと叫んでも、彼らは歩みを止めないだろう。
そうして刃が自分の喉元に迫るまで、全く危険に気づかない。誰かの喉が血を吹いて、そこでようやく気付くのだ。自分たちが間違っていたと。
「……ケンさん、何か迷ってるの?」
「―――いいえ?何故そう思ったのですか?」
「いや、その、なんとなく、なんだけどさ……。でもほら、おせっかいかもだけど、ちょっと心配で……」
申し訳なさげに話す立香。ああ、やっぱりいい人だ。こんな人が、残酷なことを知る必要はない。傷つくのは自分だけでいい。そう思いながら、ケンはにっこりと笑みを作った。恐ろしいほど空っぽで、温度を感じさせない笑みだった。
「あの男……!!本当に、どんなカラクリで……!」
「ほう、あのスフィンクスを斃すか。中々面白そうではないか。だが、かの大英雄には及ばんだろうよ。フハハハハ!」