ボイラー室横、ぐだぐだの間(仮称)にて、三騎のサーヴァントたちが正座をさせられていた。世界広しと言えども、織田信長と沖田総司を正座させた人間というのは、この立香が初めてだろう。
あの後なんとか二人を落ち着かせたケンと立香は、異常に暑いボイラー室横で、オカン(男)に出してもらったアイスティーを啜りながら、ケンを詰問していた。つまり三人の正座というのは実質、ケンの正座とそれ以外というわけだ。
「……それで?聞いちゃいけないのかなと思ってたんだけど、ケンさんってどういう経歴の人なの?真名を隠すのもその辺が原因なの?」
「いえ、実はですね。私は……」
「もちろん
「………そう、そう、だね、ですね。わ、わわたしの最初の生を語りましょう。まずはね。」
「ほう……それはさぞや面白い話じゃな。のう?ケン。」
「は、はい……。」
「……ちょっと、完全に震えちゃってるじゃないですか。もう、仕方ないですねえケンさんは!こうなれば、マスターたちにもお教えしましょう、私とケンさんの過去の秘密を!」
さっきとはうって変わって、急にご機嫌になった沖田が話を始める。
――――――――
私とケンさんが出会ったのは、新選組が新選組になる前です。私たちは京に登りましたが、所詮は田舎者ですからね、色々苦労したんですよ。近藤さんと清河さんが喧嘩して、近藤さんは『将軍様をお守りするべきだー』って言って、京に残ったんです。まあでも、今で言ったらパトロンを失ったみたいなもんですからね、その日の暮らしにすら苦労したんですよ。そんなときに目をかけてくれたのが、ケンさんだったんです!
最初の出会いは屯所に届いた手紙でした。長々とつづられてはいたんですが、要は『ご飯ご馳走してやるから来い』っていうものです。そして最後の署名にはこうありました。『榊原鍵吉』と。
「え、ちょっと待って!!ケンさんの真名じゃないのそれ!!」
「……ええ、まあ、はい。広い意味ではそうです。」
「えこんなあっさりしてていいの!?なんかこう、真名融解的なかっこいい演出しないの!?」
「あーこれ一番恥ずかしい奴じゃな。隠しとったのが大したことじゃなかったやつ。ケンが真っ赤になっとるけどまあ、是非もないよネ!恥ずかしがっておるのもまた、愛いものよなあ。」
……話を戻しますと、そりゃもう皆大興奮ですよ。特に近藤さんなんて泡吹いて倒れる勢いだったんですから。なんせ、榊原鍵吉といえば私たちがお守りする将軍様の個人教授ですよ!将軍様に最も近い人の一人です。そんな人の家にお呼ばれしたんだから、そりゃもう皆ガチガチですよ。
食事の内容なんてほとんど覚えてないですし、その後どうやって帰ったのかも覚えて無かったですけど、ケンさんはすっごく気さくな人でした。『将軍様をお守りするというその志、俺にも応援させてほしい』と……。ふらっと屯所に現れて、稽古をしたりしましたねえ。あと沖田さんが子供たちと遊んでると、ケンさんが一緒に遊んでくれたりもしましたね。いやあ、楽しかったですよそりゃ。
―――それが変わりだしたのは、芹沢さんを斬ったあとでしたかね。
いつものようにやってきたケンさんが、沖田さんの頭に何発も何発もゲンコツをくらわしたんですよ!
『ケンさん何するんですか!痛いじゃないですか!!』って文句言ったら、『痛いのは当たり前だ。その痛みを忘れるんじゃない』って!土方さんも山南さんも全然助けてくれませんし、剣でやり合ってもまずいですしでおっきなたんこぶつくられたんですからね!
「うわー……ケンさんってそんな虫も殺せないような顔してドSだったの?」
「いえマスター、違うんです。俺は決してサドの気があるわけではなくて……何ですか信長様。なんで着物の裾を掴まれているんですか。」
「………よネ。」
「え?」
「お、お主がそういうのなら……ワシは受け止めるのも、是非もないかなって………」
「最悪な想像しないでくださいよ!自分を取り戻してください信長様!!」
「そうですよノッブ!!大体今は沖田さんのターンなんですからね!!精々ノッブは沖田さんとケンさんのラブラブちゅっちゅな物語を指をくわえたりあれしたりしながら聞いてればいいんです!!」
「沖田さんそんなキャラだっけ!?」
「いやいや、沖田ちゃん?そんなこと言っちゃだめだよ嫁入り前の娘さんが。」
「うわ、一ちゃん!?いつからいたの?」
「あ、ちょっとマスターちゃん?それいきなり言われちゃうと…」
「はじめ……ちゃん……?」
「あーあ、ケンが宇宙を見つめる猫みたいになっとるぞ。やっぱ知り合いじゃったのか。」
「……ま、昔話をしてんならちょっと混ぜてもらおうかな。なんせ、沖田ちゃんはケンさん狂いだから。」
まあ、そんな日々が続いたわけですよ。それからはケンさん、いつもは普通にしゃべってくれるのに、時々いきなりげんこつしてくるようになったんです。そのたびに痛いなあとか嫌だなあとか思ってたんで、そのうち沖田さんからは関わらないようになりました。でもケンさんはげんこつだけはやめないんです。池田屋事件の後とかひどかったですねえ。三段たんこぶつくられましたよ。
でも、一番ひどかったのはあの時です。脱走した山南さんが切腹したとき。
―――――――――――
新選組の屯所に、突然の来客があった。いや、客と言っていいのだろうか。その客は長い髪を振り乱し、つむじ風の如く屯所に飛び込んできた。
「土方はどこだあっ!!沖田はどこだあっ!!!」
駆け込んで来ていきなり副長と一番隊隊長を出せと怒鳴る大男。新選組の隊士たちが驚くのも無理はなかった。無理矢理上がりこもうとする鍵吉をなんとか押しとどめようとするが、その歩みを止められない。3人、いや4人がへばりついてもなお引きずって歩く。なんという力だ。
「ケン……さん………?」
「………てめえはここにいろ。」
「で、でも!あの人、私を呼んで!」
「いいからそこにいろ沖田ぁ!!」
「!!」
鬼の副長、土方歳三は沖田を一喝し、表に出ていく。出てみれば、同じく鬼のような顔をした鍵吉がこちらに歩いてくる。土方の顔を認めると、その怒りは一層強くなる。
「土方ぁっ!!」
「鍵吉ぃ!!ただで帰れると思ってんじゃねぇぞ!!」
その気迫に、思わず隊士たちは二人から距離をとった。もはや一歩も動けなかったのだ。そして今、二人の鬼が対峙する。
「ああ、あん時はひどかったねえ。怯えて隠れながら見てたけど、ホントに鬼と鬼同士って感じだったよ。」
「……よく言うぜ。隙あらばこっちを狙ってたくせによ。」
「はうっ!」
「ど、どうしたのノッブ!」
「た、タメ口のケンが……ワシのハートを……謀反じゃろこれ………。」
「の、信長様!?お気を確かに!」
「……ああ、変わらぬ味もまた、善き哉………」
「………とりあえず話進めちゃいなよ、沖田ちゃん。」
二人の鬼の戦いは、鍵吉に軍配が上がった。土方は血みどろになり、大きく吹き飛ばされた。……だがお互いが本気だったのなら、こんなものでは済まなかっただろう。どちらかが食い殺されるまで、戦いは続いていたはずだ。
「……待てよ。」
ふらふらと歩みを再開する健吉の前に、立ちはだかる者がいた。斎藤一である。
「……どけ。」
「どけるわけねえだろ。うちの副長ボコっておきながら、てめえ何のつもりだ。」
「いいからどけっつってんだ斎藤!!」
「ぶったぎられてぇか鍵吉!!」
声を荒げる二人。また戦いが始まる。誰もがそう思ったとき、制止の声がかかる。
「何してんだ斎藤ォ!!」
「!? 副長……!」
吹き飛ばされ、倒れ伏していた土方だ。
「そいつをてめえがどうこうしていいと思ってんのか!!そのぼろ雑巾みてえな男を!!それでてめえ、誠に恥じねえと思ってんのか!!!」
「!!」
思わずたじろいだ斎藤。その横をふらふらと健吉は進んでいく。万全な状態の斎藤ならば、簡単に追いつける速度だったが、彼の足は動かなかった。背中に背負った『誠』が、重すぎたからだ。
ガララと勢いよく襖が引き放たれたとき、沖田は言葉を失った。端正な顔立ちは腫れ上がり、紫色に変色し。そして何より、鼻がひん曲がった健吉が、千鳥足で入ってきたからだ。
「ケ、ケンさん!?どうしたんですかその顔!?というか、なんでこんなところにいるんですか!?ああもう。すぐ治療しますからそこに大人しく…」
「……よ。」
「え?」
「何で、平然としてんだ、沖田ぁ………」
泣いていた。男のでこぼこした顔を大粒の涙が転がり落ちる。健吉はうわごとのように『なんでだよ』と呟きながら、沖田を殴った。まっすぐ立っていられないから、背中の中ほどをぽかぽかと殴った。力のない拳だった。
「お前は、お前は、人殺しなんてするべきじゃねえんだ。剣なんてやらなきゃよかったんだ。このばか、ばかやろう。」
涙声の罵声は、怒りよりも困惑を呼ぶ。何が何だか分からない沖田はただ、すみませんすみませんと繰り返していた。なぜだか沖田の目からも涙があふれた。止めようと思っても止まらなかった。
……しばらくそうやってから、健吉はまたふらふらと出て行った。沖田は肩を貸そうとしたが、鍵吉に断られた。この日の出来事は隊士の中で伝説として伝えられ、鍵吉は影で『赤鬼』と呼ばれるようになった。
「こうしてみると、ケンちゃん結構意味不明だねえ。何かしらの妖怪の類でしょこれ。」
「っていうか、土方さんに勝っちゃったの!?ケンさん強くない!?」
「滅茶苦茶強かったよ?普通にボコボコにされたし。口癖が『免許皆伝なめんなコラ』だったからね。」
「恥ずかしいからいうんじゃねぇよ斎藤……というか、将軍様に教えるんだから強くないとマズいだろ。」
「いやぁハハハ。そう言われるとボクのハードルも勝手に上がるからやめてくれるとありがたいなあ…。」
「お前なんて大したことないぞ。最強は龍馬かお竜さんだからな。」
「また増えてる……。」
またまたいつの間にか坂本龍馬とお竜さんが参加していたが、ケンはもう考えないことにしていた。
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ皆さん!!こっからケンさんのすっごいかっこいいシーンなんですから!!」
沖田はずっと、考えていた。なぜ鍵吉は自分をぶつのだろうかと。
わからなかった。剣しかない無知な小娘だったから。
わかる気がした。考える時間がたくさんあったから。
わかりたかった。あの人は、大切な友達だったから。
―――わからなくてもいい気がした。もう、先は長くないのだから。
「コフッ!ゲホッゲホゲホッ!はぁ、はぁ……」
早く、早く治さなくては。頭の中はそればかりでした。将軍様がお亡くなりになられて、世の中が乱れているのを肌で感じられるほどだった。新選組の出番は近い。戦の匂いはすぐそこにある。だというのに、私の体は動いてくれない。少しでも気を抜けば、あまりの情けなさに泣いてしまいそうでした。新選組のみんなは忙しくしていましたし、健吉さんは将軍様の逝去をきっかけに江戸に帰ったと聞いていました。私の居場所は、次々に私を置いていきました。私が一緒に走れないから。
ですが急に、いろいろなものが私のもとへ届くようになりました。食べ物やら薬やら、いろいろです。特に絵は嬉しかったですね。部屋の中から動けない私を、少しでも元気づけようとしてくれているようでした。たまにお見舞いに来てくれる皆さんに聞いても、自分じゃないと言うので不思議ではありましたが。
……そのうち、お医者さんまで来るようになりました。私は本当に嬉しかったですよ。これで戦える。新選組でいられる。そう思ってました。
「………誠に、残念ですが………」
どのお医者さんもそう言いました。あれだけ好きだった『誠』という言葉が、嫌いになりそうなほどでした。外には雪が降り積もって、木枯らしばかりが身に染みました。
ある日、私がいた近藤さんの妾の方の家の外から、怒声が聞こえてきました。私たちはそういうの敏感だからわかりますけど、3人ほど私を殺しに来たんですよね。なのに、なぜだか入ってくるでもなく叫ぶだけ。わけがわかりませんでした。
……いや、違いますね。本当はわかってたんです。なんとなく察してたんです。でも、裏切られたくなかったんです。希望を目の前につるされて、取り上げられたくなかったんです。信じることが怖かったんです。
ただ、その、なんとなく。―――頭が痛いなあって、思ったんです。
重い体を引きずって、何とか部屋の襖を開けたんです。表にでて、その人を探しました。3人の男の人が、走って逃げていくところでした。
「……沖田。」
……やっぱり、そうでした。今度は、綺麗な顔をしてました。
「鍵吉さん、でしょ……?いろいろ送ってくれたの……。」
「何だっていい。だからしゃべるな。」
「しゃべり、ますよ………。あのこと、聞いてなかったですもん………。」
「……何のことだ。」
「何で私の事、ぶったんですか………?」
降って湧いた機会だと思いましたから、絶対聞きたかったことを聞いてみました。絶対に聞きたくない答えを、頭の端っこに追いやって。
「……お前に」
「……」
「お前に、化け物に落ちてほしくなかった。」
「……え?」
「俺がお前を初めて殴った日、俺はお前を慰めるつもりだった。仲の良かった芹沢を斬って、さぞ落ち込んでいるだろうと思っていた。」
「だがお前はどうだ?いつもと全く変わらずに、子供たちと遊んでいた。気丈な奴だと思って、『芹沢のことは残念だった』と言ってみただろ?お前はどうだった。」
『
「その時俺は思った。こいつは心が欠けているって。」
「それでも、子供と遊ぶお前は楽しそうだった。警邏をするお前は凛としていた。団子を食べるお前は幸せそうだった。……お前が人間じゃないと、俺には思えなかった。」
「だから何度も何度も、人を斬ったと聞いたたびにお前を殴った。殺した後に、少しでも痛みを思い出せばいいと思った。」
「心が痛まないなら、体を痛めればいいんだと。そうやってたら、ほんの少しでも、人殺しを忌避するんじゃないかって。お前が人間でいられるんじゃないかって。」
「―――沖田。お前はやっぱり、人殺しなんてするべきじゃなかった。剣なんて知らなくてよかった。綺麗な着物を着て、たまには団子でも食べて、たくさんの子供に囲まれて暮らせばよかったんだ。どっかいいところにもらわれて、婆ちゃんになるまで生きてればよかったんだ。」
「……鍵吉、さん………。」
「……でも、ダメなんだろ?」
鍵吉さんが私の目を見ました。呆れたような、諦めたような目でした。それでも、暖かい目でした。
「……はい。私は、新選組です。この命は、戦いの中で燃やしたい。戦いの果てに死にたい。……こんな、こんな、ところで………!!」
「いいよ。今は俺しか聞いていない。」
「―――ッ!」
もう、限界でした。
「―――死にたくないッ!!嫌です!何で、何でこんなことに!!最後まで、戦わせてくださいよ!!!」
剣を取りたい!!自分の中の誠に従って、信念の下に戦いたい!!
「―――なら、戦おう。沖田。」
「……え?」
「お前の戦いはまだ、終わっていない。まだ、死ぬと決まったわけじゃない。この病気を治すのが、今のお前の戦いだ。この布団の上が、今のお前の戦場だ。……大丈夫、仲間ならここにいる。俺がお前と一緒に戦ってやる。――だから諦めてくれるな、沖田。俺と共に、生きてくれ。」
「かかかかっけー!今めっちゃキュンキュン来てるよ私!!」
「ええ、そうでしょうそうでしょう!!これはもう沖田さん大勝利コース一直線でしょう!!」
「す、すごいです……!べべ、勉強になりマシュ!」
いつの間にかメディカルチェックを終えたマシュも合流し、真っ赤な顔をしながら聞いていた。
「というかこれで沖田ちゃんと結婚してないの?………ざけんな、鍵吉。」
「……だって、
「へ、へん!こんなんでのぼせてたら、ワシのパートとかやばいんだからネ!!」
まあその、本当に嬉しかったんですよ。お見舞いに来る人は皆、
でも鍵吉さんだけは違ったんです!戦えって言ってくれたんです!!私はその言葉が聞きたかったんだって、その時やっと気づきました。それからは毎日が楽しかったですよ。体にいいものとか、よく効く薬とか名医とか………いろいろ二人で探して、たくさん試しました。治ったら何をしようって話して、でもやっぱり剣しかなくて、二人で一緒に刀の手入れをして………希望に、満ちてたんです。
――――まあでも結局、その日は来るんですけど。
「………ねえ、ケンさん。」
「………何だ。」
「私、ケンさんの計画、ちょっといいかもって思い始めましたよ。」
「………何のことだ。」
「……綺麗な着物を着て……どこかいいところにもらわれて……たくさんの子供に囲まれて、暮らすっていう話ですよ。」
「……そうか。」
「ケンさんは誰か知らないんですか?いい男の人、紹介してくださいよ。」
「………いいぞ。どんなのが好みだ。」
「そう、ですね……。やっぱり、沖田さんより強い人が絶対条件ですよね!女の子は守られたいものなんですし!後は、生まれとかはあんまり気にしないですけど、江戸生まれの武士とかいいですよね!あとは……あとは………」
「………死にかけの女に最後まで付き合おうとする、酔狂な人がいいですね。」
「そう、か……。そうか………。」
沖田さんはもう言いたい事全部言っちゃったので、言葉は必要なかったんです。でも同時に理解してもいました。私が、ケンさんの人生の傷になっちゃいけないって。だから言うべきじゃなかったんです。でも言いたかったんです。
「ケンさん?」
「……なんだ?」
「私、今世は諦めます。」
「!? 何言ってるんだ、お前はまだ…」
「わかるんです。ケンさんも、知ってるんでしょ?いっつもお医者さんの話聞くの、ケンさんの役目でしたもんね。」
「………」
「ですから、一つ約束してください。」
「………何だ。」
「もし、私が生まれ変わって………ケンさんの周りの、どんな女の人よりも、沖田さんがいい女の人だったら………」
………私のこと、お嫁さんにしてくれますか?
その言葉は、言いたくても、結局言えなくて。だというのに、私の心は晴れやかでした。最後の最後で、ケンさんの傷にならなくてよかった。今世のケンさんは、誰かに譲ってあげますよ。でも、来世でもし出会えたら。―――その時は、きっと。新選組の皆さんを呼んで、盛大に祝言をあげるんです。近藤さんは泣いてくれるでしょうか。土方さんは笑ってくれるでしょうか。永倉さんは……斎藤さんは……。
―――芹沢さんは、山南さんは。許して、くれるでしょうか?
ああ、ケンさん。私今、後悔しましたよ?芹沢さんも、山南さんも。殺さなきゃよかったって。罪悪感を感じましたよ?殺してしまって、ごめんなさいって。
「沖田?………ゆっくり休め、沖田。お前は俺の誇りだ。よく頑張ったな。」
何言ってるんですか。本当に頑張ったのは、ケンさんじゃないですか。あなたの、あなたのおかげで私は、沖田総司は最後の最後で、人間になることが出来たんです。本当に、本当に―――
「あり、が、とう……」
私は顔に水滴が落ちるのを肌で感じながら、ゆっくり目を閉じました。ひどく優しくて、暖かくて―――哀しい、雨でした。
「ひぐっ…ぐすっ……」
「こんな……こんな悲恋の物語が………あの沖田さんにあったなんて………」
「………やっぱ、結婚してないのおかしいだろ………早く祝言あげろよ…………」
「鍵吉ぃっっっ!!さっさと袴に着替えてこぉい!!!!!!」
「……わしも、結婚式にはよんどーせ。」
「お竜さんたちほどではないが、中々いい夫婦だと思うぞ。」
「そうですよね!!やっぱりケンさんのお嫁さんは沖田さんをおいて他にいませんよね!!イエーイ沖田さん大勝利!!!!」
「ちょっと待ていお主ら!ちょっと死んだくらいであっさり流されおって情けない!!ケン!次はワシらの番じゃ!長くなるからのう、つまめるものを用意せい!!」
「は、はい!」
パタパタと部屋から出て、急ぎキッチンへ向かうケン。沖田もついて行こうとしたが、ノッブの話がどうしても気になるので部屋に残った。実際のところ、彼女の恋のライバルとしては一番手なのだから。まあ、自分が遥か先を行っている自信はあるが。
「ウオッホン!では早速、ワシとケンの戦国ラブロマンスを語ってやるとするかのう!初めに言っておくが、ワシとケンは幼馴染じゃ!付き合いが一番長いのはワシなんで、そこんとこヨロシクゥ!!」
「でも幼馴染って結構な負けぞくせ…」
「しーっ!先輩、しーっですよ!!」
「ヌゥッ、最近は幼馴染再評価路線じゃろうが!!結局強さは付き合いの長さというところ見せてくれるわ!!」
すごく脱線しそうな予感を感じさせながら、ノッブは話を始めた。まずはケンとノッブの出会い、ノッブがまだノッブではなく、吉法師であったころから始まり始まり……
当初、『私のことお嫁さんにしてくれますか』は言えていました。ですが、それをケンが断るビジョンが見えず、このままノッブのパートに行ったら完全に二股クソ野郎じゃねえかとなり、このような落としどころになりました。
でもそのおかげで『罪悪感』を取り戻して人間になれた沖田が生まれたから怪我の功名だヨネ!