“ケン”という男の話   作:春雨シオン

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今回もすごく長くなってしまいました。お気をつけて。

感想・評価・ここすきなどしていただけると励みになります!


Part9 竜を断つ赤雷 星を斬る侍 2/2

 大宴会から一夜明け、皆二日酔いで痛む頭を押さえながら、復興作業にあたっていた。例の敵に捕まっていたというハサンの、静謐のハサンは何やら毒の体をしているらしく、触れるだけでも死に至るほどなのだとか。しかし立香にはマシュとの契約のおかげか耐毒スキルがあるようで、静謐のハサンとごく普通に触れ合える。そのこともあってか、すっかり懐かれているようだ。

 

 そんな穏やかな時間が過ぎていた西の村だったが、当の静謐のハサンの発言によって、場は凍り付いた。

 

「初代様に、ご助力を願うのはどうでしょうか……。」

 

「何!?静謐貴様、この時代の当代が誰かを知っての事か!?呪腕がどうなってもよいと!?」

 

「――ッ!?そんな……申し訳ありません、知らぬこととはいえ……」

 

「……よい。私もいずれ、そうせねばならぬと思って居ったところよ。」

 

 

 ハサンたちの間だけで意味が伝わる会話をしている3人は、周りが理解できていないことに気づいて慌てて説明をしてくれた。

 

 曰く、ハサン達の間には『初代様』と呼ばれる伝説的な存在がいるのだと。その初代様は非常に強力な力を持っており、その気になれば一人で獅子王軍を壊滅させることも可能だろうと。その強力な助っ人候補に一行は湧き立ったが、ハサンたちの顔は暗い。だがその中で唯一、呪腕のハサンだけは明るい声で言った。

 

 

「ささ、そんなことより早く東の村に帰りましょうぞ!子供たちは腹を空かしていることでしょうしな!」

 

 

 何故だか不自然なほどに落ち込んでしまった静謐を心配しつつも、一行は東の村に()()()向かった。一応アーラシュがまた飛ばそうかと提案したのだが、ケンやマシュが必死に断ったことと、人数が増えた分飛びにくいということで何とか徒歩になったのだ。

 

 

「おっ、おっかえりー皆!何やら知らない人も増えているみたいだね?ロマ二からの通信で聞いてはいるが、そのへんもゆっくり聞かせてくれたまえ!」

 

「お疲れ様です、立香。それにケンさんやハサンの皆さんも。……それで、モードレッドは。」

 

「……大丈夫、撃退しただけだ。殺してはいない。」

 

「そうでしたか――!よかった……。」

 

「……ありがとう、ベディヴィエール。」

 

 

 相変わらず言葉の足りない会話をするケンだったが、すぐに調理に取り掛からなくてはならなかったため、ひとまず話は後回しだ。そうして料理をふるまい、腹ごしらえを終えた一行は、『初代様』のいるという霊廟に向かうメンバーを決めようとしていた。

 

 

「今度は我々に行かせてくれたまえ!なにせ、暇すぎてこの村の周りにいろいろトラップを仕掛けてしまうくらいだからね!連れて行ってくれないと、家という家にバンクシーよろしく落書きしてやるからね!」

 

 

 まだバンクシー話題になる前だろ……という突っ込みが入りそうなダヴィンチちゃんの抗議により、村に残って護衛を行うメンバーが確定した。アーラシュとケンとが残ることとなった。アーラシュは千里眼を活かした索敵、ケンはそのアーラシュが接近を許した際に備えてのことだ。ベディヴィエールや接近戦も得意な俵藤太ではダメなのかということだが、ベディウィエールはしっかり休養を取っていて動きやすいため遠征に。俵藤太は三蔵ちゃんについて行かなくてはならないためだ。

 

 

「それじゃ行ってくるねケンさん!気を付けて!」

 

「マスターもお気をつけて!あまりご無理なさらないようにしてくださいね!」

 

 

 遠征組を見送り、ケンとアーラシュは早速見張りの任務についた。今は日も高く、見張りはしやすい。しかし油断は禁物、敵はどこから現れるかわからない。ケンはしっかりと周囲に気を巡らせながら、緊張感を保ち続けていた。

 

 

「おいおいケン。そんなに張り切ってると、肝心な時にしくじっちまうぜ?」

 

「アーラシュ殿。お恥ずかしながら、こういうことには慣れておりませんから……。」

 

「ははは、心配すんなって!先に敵を発見するだろ?後はそれを射つだけさ。」

 

 

 アーラシュの言葉は一見軽薄だが、それは揺ぎ無き自信に裏打ちされたものであり、不思議と説得力がある。ケンの心もなぜか安心し、軽い笑みを浮かべられるくらいにはなった。

 

 

「ありがとうございます。少し、気が楽になりました。」

 

「そいつは上々!っと、そう言ってたら敵だ、ケン!ありゃ粛清騎士の群れだな!」

 

「――ッ! 距離は?」

 

「まだ3キロは離れてる。俺以外には見えてないだろう。すぐに迎撃の準備だ!皆に知らせてきてくれ!」

 

「わかりました!」

 

 

 すぐに村に駆けだし、住民たちに危機を知らせるケン。皆訓練がしっかりなされているのか、慌てることなく女子供は避難し、男の中から数人が前に出る。

 

 

「ケンさん、俺たちはアーラシュさんの狙撃の手伝いだ!あんたも一緒に来てくれ!」

 

「はい!」

 

 

 アーラシュのもとに戻ってきたケンたちは、すぐさま迎撃を開始した。アーラシュの弓の腕はすさまじく、3キロ先の崖をよじ登ろうとする騎士たちの腕を正確に射抜いて行く。転げ落ち、他の騎士も巻き込みながら落ちて行く騎士には目もくれず、すぐに次の騎士を狙う。

 

 

「次!次!!」

 

「はい!」

 

 

 男たちもアーラシュの近くに矢を運ぶなどして援護する。ケンは一応アーラシュの護衛という立場なので、アーラシュの傍を離れないようにしていたが、つい何か出来ることはないかとそわそわしてしまう。もっとも、こんなにも離れた距離にいる敵に対して出来ることなど、ケンには何もないのだが。……いや、何もないはずだった。

 

 

 ―――そう、こちら側からではなく向こうから、攻撃がやってきたのだ。

 

 

「むっ! ……おいおい、こんなに簡単に俺の矢が撃ち落とされるかよ。」

 

 

 目にも止まらぬ速度で飛んでいたはずのアーラシュの矢が、空中で突然なにかにぶつかったように堕ちたのだ。

 

 

「―――流石は東方の大英雄。凄まじい豪弓です。ええ、私は悲しい……。本来ならば、あなたの腕をズタズタにしたはずなのですが……。」

 

 

 現れたのは、一見すると女性に見まがうほど麗しい、赤髪の騎士。その手に持つは、まるで琴のような弓だ。その姿を一見したケンは、苦々し気に呟いた。

 

 

「サー・トリスタン……。」

 

「……!あなたもまた、そちら側につくのですね。」

 

 

 ケンの姿をみとめたトリスタンは目を見開き、その顔をしっかりと見た。彼ほどの弓の名手が見間違う事はないはずだが、それほどまでの衝撃的だったのだ。

 

 

「ああ、私は悲しい……。」

 

 

 トリスタンは涙をこらえるかの如く目をつむり、手元の弓をポロロンと鳴らした。その音色はまるで、美しい女性が静かに涙をこぼしているかの様だった。

 

 

「……それは私も同じ気持ちです。あなたたちと戦いたくはない。」

 

「ええ、本当に……。ああ、悲しい。私は悲しい……。」

 

 

 トリスタンは弓をかき鳴らしながら、その言葉を続ける。

 

 

「本当に、私は悲しい……。――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

「――ッ!」

 

 

 ケンはすぐに刀を構え、防御の姿勢をとる。だがそれは、首元ではなく手元をガードしているものだ。このままではケンの首が血を噴くはずだったが、そうはならなかった。

 

 

「――ッ! ……いつものように、首を狙わないのか。ほんの少しの苦痛も与えたくないと、ほとんどそうしていたくせに。」

 

「苦痛を味あわせることほど、甘美なことはないでしょう。いかに獅子王の任務といえど、つまらないことに変わりはありません。であれば、少しばかりの楽しみがあってもよいはずでは?」

 

「……だからといって、普通腕の腱を狙うかね。俺がいつも、腕には気をつけているのを知っているくせに。」

 

「だからですよ、ケン。あなたが腕を失い、絶望しているところが見たい!」

 

 

 悪辣な宣言を行い再び弦に手をかけるトリスタンだったが、今度はその矢がケンに放たれることはなかった。すかさず狙撃を行ったアーラシュの矢が、トリスタンに迫っていたからだ。

 

 

「――チッ、無粋な方だ。」

 

「そりゃどうも!お前さんみたいな嫌な奴に嫌われるなら、俺も本望だ!」

 

「おや、そこまで嫌われていましたか……。ああ、私は悲しい……。」

 

 

 嘆きながらもトリスタンの攻撃は止むことがない。弦が弾かれ、音が鳴る度に真空の矢が放たれる。不可視にして超高速のそれは、予備動作を見なければ絶対に防げない。弦が弾かれた瞬間に、弓が向いている方向から軌道を予測。そこからどこに命中するのかを考え、防御なり回避なりを行う。ほとんど考える暇はなく、反射レベルの速度が要求される。

 

 

「皆さんは俺のうしろへ!守れなくなります!」

 

「その前に、撃たせるかよ!」

 

 

 アーラシュが矢継ぎ早に射撃を行うが、トリスタンの方が発射レートは早い。矢をつがえる必要がないからだ。しかし矢の威力は段違いであり、アーラシュの矢を一本堕とすのにトリスタンは二回の攻撃を要する。その結果、ギリギリのところで両者は拮抗していた。

 

 

「す、すげえ!アーラシュさんが押してるぞ!」

 

「これなら勝てるかもしれねえ!だが、どうやって奴ら、ここを見つけたんだ!?」

 

 

 周囲の喧噪を気にも留めず、アーラシュは狙撃を続ける。だがその背後に、誰にも気づかれることなく何者かが迫る。その影が剣を振り上げ、振り下ろしたその時!

 

 

 ギャキィン!

 

 

「……読めてるよ。何年前だ?300年位前からか。」

 

「――ッ!貴殿、は……!!」

 

「懐かしいな、ランスロット。こうしてトリスタンが気を引き、その隙に別の者が接近する。いつもの手段だった。……君の役は、本来ベディヴィエールのものだったが。」

 

「クッ!」

 

 

 鍔迫り合いの態勢から距離をとる二人。だが、ランスロット卿の方には戦意がないように思われた。明らかに動揺した様子で、ケンを直視するのも億劫なようだ。

 

 

「おいケン!?どういうことだ!?」

 

「ランスロット卿の方は私に任せてください!アーラシュ殿はトリスタンを!」

 

「……了解だ!あとできっちり聞かせてくれよ!」

 

 

 手短にアーラシュとの話を終えたケンは、改めてランスロットに向きなおる。そして、柔らかな声で語り掛けた。

 

 

「……どうした、ランスロット。」

 

「……。」

 

「心配しなくとも、全部知っているよ。座からの情報でな。」

 

「―――ッ!」

 

 

 ランスロットが息を呑み、いよいよケンを直視できなくなる。だがケンは、それでも構わずに話を続ける。

 

 

「――確かに、俺の望んだ結末とは違う。だがそれでも、全員が一生懸命やった結果だろう。」

 

「だから、そう――。俺は、満足している。」

 

「やめてくれ、ケン!!そんな、そんな優しい言葉をかけられる権利は、私には!!」

 

 

 とうとう顔を覆ってしまうランスロット。内容はわからないが、どうやら相当の負い目があるらしい。

 

 

「――しかしそれでも、敵対するというのなら話は別だ。今の我が主は人類最後のマスターである、立香一人と決めている。彼女がこの村を守ってと言った以上、誰と切り結ぶことになろうとも、ここは死守させてもらう。」

 

「……それが、あなたの選択なのか。王に歯向かうと、そんな勇気が!!」

 

「あるとも。間違いは間違いと、糾弾してやらなくてはならん。 ……それに、あいつに何があったのかは知らないが、げんこつの一つでも落とさなければ気が済まん。」

 

「……やはり、あなたは変わらないのだな。」

 

 

 ランスロットは力なく笑い、宝剣アロンダイトを鞘に納めた。もはや、戦う意思はないようだ。

 

 

「私は未だ、迷いが断ち切れない。今再び生を受け、今度こそ王に忠義を尽くすのだと思っているのに……。私は、今の王が正しいと思えない。」

 

「ランスロット……。」

 

「……ここは、退かせてもらおう。私は今一度、自分の行いを考えたい。あの川に、自分は恥じていないかと。」

 

「……そうか。なら一つだけ言っておく!身の振り方に迷ったら、いつでもこっちに来い!うちのマスターはいい人だ!」

 

 

 ランスロットは今度こそ、少しだけ安心したような笑みを浮かべて去っていく。ケンもその背中が見えなくなるまでは見ていたが、すぐにアーラシュへの助太刀へと駆けていくのだった。

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

 

「……ランスロット卿はお帰りになられましたか。やれやれ、所詮は裏切り者の恥知らずですね。」

 

「だが、おかげで有利はこっちだ。あんたはどうするんだ、トリスタン!俺はこのまま、お前と撃ち合ってても構わんぞ!」

 

 

 アーラシュとトリスタンの撃ち合いは、未だ続いていた。だがランスロットが誰ひとり仕留めることなく撤退したのはトリスタンにとっても想定外のようで、二人の戦いはジリ貧である。

 

 

「……認めましょう。ここで戦いを続けていても、もはや得るものは何もない。私はあなたを仕留めきれず、あなたも私を仕留められない。……であれば、後は雑兵に任せましょう。」

 

「何ッ!?」

 

 

 宣言と共に、大量の粛清騎士たちが現れる。各々手には火のついた松明を掲げ、暗くなり始めた村を照らす。

 

 

「馬鹿な……!これだけの数、俺が見逃すはずが……!!」

 

「ええ、そうですね。あなたの千里眼ならば、普通の騎士たちなら見逃すはずがないでしょう。ですが彼らは、通常の粛清騎士ではない。いえ、騎士ということすらおこがましい外道たち。アグラヴェイン卿が抱えていたのを少し借りてきたのですよ。高性能の気配遮断を持つ、アサシンクラスの彼らを。」

 

「トリスタン!貴様!!」

 

「おや、ようやくご登場ですか。ふふ、しかしこの手段は中々いいですね。無駄話をして時間稼ぎをしている間に、本懐を成し遂げる……そういえば、あなたの常套手段でした。」

 

「……外道が。」

 

 

 悔しそうに顔を歪めるケンだったが、もはやトリスタンに構ってはいられない。既にこの村を包囲しているであろう粛清騎士たちの相手をしなくてはならないからだ。

 

 

「……さて、それでは私も撤退させていただきましょう。こんなみすぼらしい村と共に焼け落ちるつもりはありませんから。」

 

「待て!トリスタン貴様、ただで済むと思うなよ!!」

 

「ああ、私は悲しい……。あなたのそんなみじめな遠吠えを、もう二度と聞けないであろうことが、悲しい……。」

 

 

 あくまで余裕を保ちながら撤退していくトリスタン。それに対して何も出来ないことに歯噛みしながら、ケンとアーラシュは村に駆け戻る。ほとんどの住民は避難を済ませているだろうが、まだ残って戦っている男たちがいるはずだ。

 

 

「アーラシュ殿!村に、騎士どもは見えますか!?」

 

「ああ、うじゃうじゃいるぞ!ケン、先行してくれ!俺が援護する!」

 

「はい!」

 

 

 叫びながら、粛清騎士の群れに突入するケン。ガシャガシャと鎧を鳴らしながら取り囲もうとする騎士たちを切り裂きながら、必死で生存者を探す。この騎士たちが仮に人間ならば、料理で戦意をそぐことが可能だろうが、粛清騎士たちに心はない。あるのはただ暴力と命令だけであり、抗うには戦うしかないのだ。

 

 孤軍奮闘を続けるケンとアーラシュだったが、そこに強力な助っ人が現れた。

 

 

「ケンさん!大丈夫!?」

 

「ッ、マスター!よくぞご無事で!」

 

 

 立香率いる遠征組が、急ぎ村に帰ってきたのだ。すぐに味方のサーヴァントたちが加勢し、少しずつ押し返し始めた。

 

 

「魔術師殿、我らは向こうへ!」

 

「トータ、こっち行くわよ!」

 

「よかった……!これなら、なんとか……!!」

 

 

 安堵しかけたケン。何気なく刀を握る手を緩めた瞬間、聞きなれた、そして絶対に聞きたくない音が響き渡る。

 

 

 ポロロロン♪

 

 

 美しいその音色を聞いた瞬間、ケンは弾かれるように立香に飛びつく。せめてこの体が盾になり、立香の首にまでは届かなければよいと。しかし、その希望は儚く潰えた。

 

 突如飛来した矢が、空中で撃墜されたからだ。

 

 

「アーラシュ殿!」

 

「……貴様。本気で俺を怒らせたいらしいな。」

 

「え?え?ど、どしたの?」

 

 

 これまでにないほど、ドスの利いた低音で怒りをあらわにするアーラシュ。その声の行く先は、当然あの騎士である。

 

 

「おや、仕留める順を間違えましたか。この方が手っ取り早いと思ったのですが、やはり横着はするものではありませんね。」

 

「……トリスタン、貴様。一度拾った命を、わざわざここまで捨てに来たのか。」

 

「ふふ、あなたがそこまで気の利いた脅しを言えるとは思いませんでしたよ。しかしそのセリフだけでは、ここまで残った残業代にしては安すぎるでしょう。どうせなら、人類最後のマスターの命を……!」

 

 

 そこまで喋り、トリスタンは息を呑む。視線はまっすぐ、一人の人物に注がれているままだ。

 

 

「……私は悲しい。また一人、旧知の友を焼き殺さなくてはならないとは。」

 

「トリスタン卿……!あなたは、あなたは誇りを失ったのか!このような、無辜の人々に火をかけるなど……!!」

 

「誇り?あなたは何かを勘違いしている、ベディヴィエール卿。私の今のこの行いこそ、正しい騎士のありようだというのに。我らが王の意向を、最も良い形で遂行しようとしているのですから。」

 

「――ッ!黙りなさい!今のあなたは、かつての私の友ではない!その悪逆非道、ここで絶ちます!!」

 

 

 未だ混乱する立香をマシュに任せ、アーラシュとケン、ベディヴィエールの3人が、一斉にトリスタンに挑みかかる。だがトリスタンはあくまでのらりくらりと躱し続け、仕留めきることが出来ない。トリスタンの祝福(ギフト)の力により、与えた傷が簡単に修復してしまうのがもっとも厄介だった。

 

 

「無意味、無意味ですね。どうせ皆死ぬのですから、このような抵抗はもうやめに――」

 

「ほわちゃあーーーー!!」

 

 

 空気を読まない鋭い蹴り。周りの粛清騎士を一掃した三蔵ちゃんたちが加勢に来たのだ。

 

 

「貴様……!!このような、このような下衆に容赦はせん!柘榴と散れぃ!!」

 

「――チッ、この程度のサーヴァントの足止めも出来ないとは。何と使えない……。」

 

「黙りなさい!あなたは、必ずこの毒で殺します!!」

 

「……やれやれ。暑苦しいですね。これは家や人を焼いた熱のせいでしょうか……。」

 

「この野郎……!!」

 

 

 ケンは怒りのままに刀を振りかざすが、西の方に目をやって手を止めた。まるで流星のような光が、西の方に堕ちて行くのを見たからだ。

 

 

「――なに、あれ?」

 

「おお、おお――!!まさか、まさかそんな!!」

 

「西の村が、光に呑まれて――」

 

 

 何という、ことだろうか。西の村は光の柱に呑まれ、()()()()()()()()()()()

 

 

「あれこそ我らが王による真なる聖罰。聖槍を用いた絶対的粛清。―――そして、もう間もなくここをも飲み込む正義の光です。」

 

「卿、らは―――卿らは、正気なのか!?あんなものが、あんなものが本当に正しい行いだとでも言うのか!?」

 

「無論!正気無くして王が務まるはずがない! ……ここもあと5分の後に聖槍の光に呑まれるでしょう。どうか、好きな神に祈りでも捧げるのがよいでしょう。」

 

「貴様ァーーーッ!!」

 

 

 呪腕のハサンがトリスタンの首に短刀を振るおうとするが、その前に大量の粛清騎士が立ちふさがる。いや、それだけではない。いつの間にか、周りを取り囲まれている。

 

 

「く、こいつら……!最後の足止めというわけか!」

 

「とにかく突破口を開くのだ!静謐、わかっているな!」

 

「はい……!命に代えても、立香をここから逃がします……!!」

 

 

 皆奮戦するが、粛清騎士が減っていくだけで何も解決しない。

 

 

『み、皆!早くそこから退避するんだ!トリスタンの言う通り、直上からとんでもない魔力値の宝具が落ちてくるぞ!通常の宝具なんて比べものにならない!!消し炭になるぞ!!』

 

「でも、皆を放っておけないよ!」

 

「そうです!難民の皆さんを……!」

 

『何をやっとるかマスター!難民なんぞ放っておけ!!お主は大将なんじゃぞ!!』

 

「の、ノッブ!?何その木札!?」

 

 

 突然の通信で立香に呼びかけるのは、あの木札を首から下げた信長だ。恰好はふざけているが、その目と声は真剣だ。

 

 

『大将なら、負けを認めてここは退け!お主さえ生きておれば、カルデアはまだやり直せるんじゃ!ここで負ける勇気こそ、お主に一番必要なものじゃぞ!!』

 

「ノッブ……。」

 

「……信長公の言う通りです。立香!ここは急いで逃げてください!!」

 

「ベディヴィエールまで……!!嫌だよ、皆を置いて行けない!!」

 

「先輩……。」

 

 

 周りの雰囲気は重苦しいものになる。こうなれば、マシュが抱えていくしかない。そう思いかけたとき、立香の肩を叩く者がいた。

 

 

「そんなシケた顔するなよ、立香。俺が何とかするからよ。」

 

「アーラシュさん!どういうこと!?」

 

『ま、まさか君の宝具を使うつもりか!?そんなことをしたら、君の体は……!』

 

「まあそう言わないでくれよ。こんないい場面で使えたら、英霊冥利に尽きるってもんだろ?」

 

 

 快活に笑うアーラシュだが、周りの衝撃は大きい。特に、付き合いが長いのだろうと推察される呪腕のハサンはあからさまに動揺していた。

 

 

「そんな、アーラシュ殿!貴殿の宝具を使うという意味、知らぬあなたではあるまい!」

 

「おっと、皆まで言うなよ?そんなの聞いたら、立香たちがビビっちまう。」

 

「これが黙っていられるか!あなたの宝具を使えば、あなたは死んでしまう!!」

 

「……え?」

 

 

 立香は言葉を失った。死ぬ、死ぬのか?自分たちを助けるために、アーラシュが?

 

 

「だ、ダメ!ダメだよそんなこと!!」

 

「あーあ、だから言ったのに。はは、しょうがねえな。だが、さっきも信長が言ってたろ?俺一人の命でなんとかなるなら儲けものだ。さてと……。それじゃケン!皆を連れて洞窟へ行ってくれ!ここは危なくなるぜ!」

 

「……いいえ、その必要はありません。」

 

「……何?」

 

 

 アーラシュの言葉を遮ったケンは、堂々と宣言する。

 

 

 

 

「私が何とかしましょう。ここにいる誰も、死なせぬように。」

 

 

 

 

「な、何言ってんだケン?お前、あれをどうにかできると……」

 

「アーラシュ殿。申し訳ないが、ここは見せ場を譲っていただきます。通常の宝具ならともかく、あなたが死ぬというのは見過ごせない。」

 

「……。」

 

「―――あなたには果たしてもらう約束がある。モードレッドとの再戦がある。であれば、ここは譲ってください。」

 

 

 アーラシュは、思わず黙り込んでしまう。本来ならば、ケンの言葉を信じる意味はない。この地であってから精々数日の相手だし、いくら多少腕が立つからといって、あの聖槍を相手取るのは並大抵のことではない。それなら、自分の力を信じるのが一番だ。

 

 

(だが、こいつなら……)

 

 

 だがアーラシュは、何故かケンを信じてみたいと思った。それは果たして自分の命が惜しいからか、それとも自分が思っているよりはるかに、ケンの事を信用しているのだろうか。

 

 

「ですが、お願いがあります。どうか私のことを信じ、残ってほしいのです。」

 

「ど、どういうことですか!?」

 

 

 ケンは一つ一つ、ゆっくりと話した。

 

 

「アーラシュ殿。私をあの光に向かって()ってください。カルデアからは、何かこう、たくさんの人たちを出せる宝具を使える人はいませんか?いれば呼んでください。それからマスターは私に令呪を。宝具を使います。」

 

「ちょ、ちょっと待って。全然ついて行けないんだけど!?」

 

「……私を、信じてください。どうかお願いします。」

 

 

 ケンは真剣な瞳で告げる。まっすぐな視線に射抜かれ、立香は何も言えなくなる。あまりに多い情報量を、脳で処理しきれていないのだ。

 

 

『マスター。段蔵にあてがございます。私の子供……風魔小太郎をお使いください。』

 

「段蔵さん!小太郎くんなら、確かに……。」

 

「どうやら、何とかなりそうですね。それではアーラシュ殿、急ぎ発射台に向かいましょう!」

 

「……ああ!」

 

 

 二人は駆けだしていき、ケンは最後のお願いをマスターにした。

 

 

「マスター!私は目立ちたがり屋のようですので、出来るだけ多くの人々が私を見るようにしてください!小太郎殿の力も、難民の皆さんも出来れば私を見るよう仕向けてくださると助かります!」

 

「あの、だから!!言葉が足りないんだってー!私ノッブじゃないからーーー!!!」

 

 

 そして、二人はいよいよ発射台のもとにたどり着いた。頭上から星が落ちてくること以外、とても静かで、穏やかな夜だった。ケンは念話により、最後の打ち合わせを立香と行った。

 

 

「……マスター。そちらはどうですか?」

 

『段蔵さんと小太郎君を呼んで、小太郎君の宝具でいっぱい忍者が出てきたよ。それからロマニとダヴィンチちゃんに頼んで、カルデアにケンさんの事、中継してもらってる。全職員と全サーヴァントが、ケンさんの事見るようにって。』

 

「そ、それは……。少しばかり、恥ずかしいですね。」

 

『……ねえ、ケンさん。』

 

「どうされました?」

 

『私はさ!ケンさんに任せたこと、後悔してないよ!仮にこれで失敗しちゃっても!絶対恨んだりしないから!』

 

「……ありがとうございます。ですが、しくじりませんよ。」

 

「それに、いざとなったら俺もいるしな!ドーンと構えとけよ、ケン!立香!」

 

「ええ。 ―――それでは、お願いします!」

 

『うん!令呪を以て命じる!!ケンさん!あの光を切り裂いて!!』

 

「よっしゃ行くぞ!吹っ飛べ!」

 

 

 アーラシュの気合と共に、ケンを乗せて艦は飛ぶ。目標は一つ、あの極光だ。凄まじい風圧とともに、大きなGがかかる。いや、ひょっとしたら頭上に迫る聖槍のプレッシャーなのかもしれない。

 

 

「しかし、しゃべらないことにはどうしようもない!それがスキル……『撃剣興行』の条件なれば!」

 

 

 ケンは芝居がかった口調で、高らかに宣言する。

 

 

「さあ、神々もご照覧あれ!これより我が剣、()()()()!!」

 

 

 宣言した瞬間、ケンの魔力が爆発的に増加する。あふれ出る魔力は刀に宿り、白銀に輝く刃を創る。刀身は身の丈を遥かに超え、何メートルもの長さになる。その姿はまるで、勝利を約束する聖剣のようであった。ケンは鬨の声をあげ、自分の心を奮い立たせる。

 

 

 

 

「真名解放!!我が名は、榊原鍵吉!!日ノ本最後の侍なり!」

 

 

 

 

「これより振るう一刀は、我が生涯の結実である!!」

 

 

 

 

 

 燃えたぎらせた自らの内なる焔を、次は凝集させるかの如く押し込める。熱された魂は、冷やされることによって強度を上げる。刀匠が刀を鍛える際に、窯と冷水を往復させるようにだ。冷静に、冷酷に。冷やされたケンの心は、極限まで集中力を高めた。自分が近づきすぎて燃え尽きてしまうギリギリを見極め、必殺のタイミングで刃を振るうためだ。そしてその時が訪れ、ケンは詠唱を行う。

 

 

 

 

 

「―――切り裂くは刀、断ち切るは刃。それを振るうは武士(もののふ)なりけり。然るに三千世界と言えど、万象一切斬れぬものなし!!」

 

 

 

 

 

 目を見開き、斬るべきものをまっすぐと見据える。

 

 

 

「ご照覧あれ!天覧・同田貫兜割(てんらん・どうたぬきかぶとわり)!!!」

 

 

 

 ―――その日、その時間。空を見上げていた人々は、間違いなく見たはずだ。降り注ぐ黄金の極光を、銀の光が一閃したところを。そしてその輝きを最後に、()()()()()()()()()()()()()ところを。やがて銀の光も弾けて消え、代わりにキラキラとした輝きが雪のように地面に降り注ぐのを。

 

 だが、もう一つ落ちていくものがあるのを見ることが出来た者は、おそらく数えるほどだろう。まるで太陽に近づきすぎて羽が焼け落ちたイカロスのように、力なく堕ちていく侍の姿を。

 

 そうやって堕ちて、堕ちて、堕ちて……

 

 

「―――よっと!よくやったな、ケン!お前すげえよ!」

 

「アーラシュ殿……。着地、助かりました。流石に英霊の身といえど、少し危険でしたね。」

 

 

 千里眼によってケンの姿を捉えていたアーラシュによって受け止められた。大役を果たしたケンは、大英雄に肩を貸されながら、ゆっくりと歩き始める。喜ぶ仲間たちが待つであろう、あの暖かい村へ。

 




「――見ましたか、小太郎。あれがあなたの父上です。」

「……はい、母上。形は違えど、ゴールデンでした。ですが、その……父上呼びは、ちょっと……」

「む、そうですね。ワタシとしたことが、浅慮でした。」

「母上……。」

「あなたの好みをまったく計算に入れていませんでした。親父でもダディでも、何ならパパ上とでも」

「母上!?その、僕の好みを把握してるのなんか複雑なのでやめてください!」

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