“ケン”という男の話   作:春雨シオン

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大学が始まって、忙しい日々を過ごしております。おかげで投稿ペースも大幅に落ちますが、これまで通りの二日に一回、あるいは三日に一回の投稿を心がけて頑張りますので、楽しみに待ってくださると幸いです。

感想・評価・ここすきなどしていただけると励みになります!!


Part14 救いの光は太陽の如く

「あの、ピラミッドは……オジマンディアス王の支援、だったのでしょうか……?」

 

「どちらにせよ、聖槍がひとまず壊れたことに違いはありません!今のうちに、王城へ向かいましょう!」

 

『ああ!なんにせよチャンスだ!……いや、ちょっと待ってくれ!そっちに近づくサーヴァント反応が二つ!ひとつは恐らく、祝福を受けた円卓の騎士だ!』

 

「!!」

 

 

 ロマニの宣言に一行はすぐに気を引き締める。ほどなくして、赤い雷と共に弾丸のように飛来する騎士が一名。

 

 

「ハッ!やっとここまで来たかよ、ケン!聖槍がぶっ壊されちまったのは予想外だが、これでてめえの行く末も決まったな!」

 

「……何を言っているのかわからないな。悪いが俺は、お前と一緒に燃え尽きるつもりはない。」

 

「よくわかってんじゃねえか!あのままなら、てめえも聖槍に入れられてたんだろうが……ハハ!ようやくオレにも運が回ってきやがった!ここでこのまま、オレと共に死ね!永遠に、聖都の礎になりやがれ!!」

 

「だからその気はないと……ッ!?」

 

 

 濁りきった瞳のモードレッドに対し、あくまで反発を決め込むケン。その耳の下をかすめ、一本の矢が飛んできた。

 

 

「ッ!この矢……ハッ、てめえも生きてたのかよ、マイナー野郎!!」

 

「再戦の契り、今ここに果たしに来たぜ。さあ、先に行け、立香!!お前らこそ、獅子王に届く矢だ!俺は弓兵、矢を届けるのが仕事だからな!」

 

「アーラシュ!ありがとう!!」

 

「行かせると……チッ!」

 

 

 通り過ぎていこうとするカルデアの一行を追撃しようとするモードレッドだったが、すかさず撃たれたアーラシュの矢がそれを防ぐ。

 

 

「てめえの相手はこの俺だ、モードレッド!ここで仕留めさせてもらうぞ!!」

 

「ああ……まずはてめえから、ぶった斬ってやるよ!!」

 

 

 魔力放出で一気に距離を詰めようとするモードレッドだが、そこに突然横槍が入る。三本の矢が、正確にモードレッドの頭を撃ちぬく軌道で飛んできたからだ。

 

 

「――なんだ、てめえッ!」

 

 

 それを野生の直感で躱したモードレッドだったが、その矢を放った弓兵はあくまで涼しい顔をしている。

 

 

「……やれやれ、これで倒せたら楽だと思っておったが。そこまで安くはないか、信長という壁は。」

 

「てめえ……俺の戦いに、茶々入れようってのか!」

 

「ふん、貴様らの約定など知ったことではないわ。余はただ、貴様の首を獲ることのみ望む。信長の奴を、超えるためにな。」

 

「上等だ!先にてめえからぶっ殺してやる!!」

 

「なっ……!おいおい!」

 

 

 突如乱入した義元。それに激昂したモードレッドとの戦いになり、突如2対1の戦いが始まった。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

「あれっ、義元殿がいない!あの人、モードレッドと……!」

 

『まあ何とかするじゃろ。あいつなんやかんやクッソ強いし。』

 

「そ、そうですね!では急ぎ……危ないッ!」

 

 

 突然飛び出したケンが、立香の前に立ちふさがり、刀で首をガードした。刀に激しい衝撃が伝わり、手がガクガクと震える。

 

 

「この矢は、トリスタン……!どこだ、出てこい!!」

 

『前方、右側の家の屋根!煙突の影に魔力反応がある!!』

 

 

 ロマニの声をうけ、全員の視線が屋根に集まる。まるで観客のアンコールを受けた役者のように、その裏からトリスタンが姿を現した。

 

 

「……やれやれ、あと10歩も進めば、全員を輪切りに出来たものを。どうも、今の私は実益よりも趣味を優先してしまいがちらしい。マスターを殺されたあなた方が、どんな顔をするのかどうしても気になってしまった。」

 

「トリスタン……!!」

 

「おお、怖い怖い。ですが、そのような殺意の籠った瞳も意味はありません。なにせ、今の私はあなたたちとまともに戦う意思はありませんので。」

 

 

 その言葉通り、トリスタンはあくまでカルデアと距離を詰めようとはしない。詰めよれば逃げ、逃げようとすれば攻撃し、延々と時間稼ぎを続ける腹積もりのようだ。

 

 

「クソ……!時間がないっていうのに!」

 

「ああ!あれは私たちにとってもっとも質が悪い!最悪の部類だ!」

 

『……マスター。ワシを呼ぶか?獅子王とやらがきつくなるじゃろうが、ここは……』

 

「……死ぬ気でやれば、5人くらい召喚いけるかもよ。」

 

『だ、駄目だ立香君!3騎が限界だと何度も……!』

 

 立香が覚悟を決めたように、右手を握りしめたその時。夜を煮詰めたような漆黒の刃が、トリスタンの首筋に襲い掛かる。

 

 

「むっ!これは……。」

 

「……ああ、残念無念よ。こちらも、貴様の首を獲りたくて仕方がない。もう少し近づくべきであったか。」

 

「ハサンのみんな……!」

 

 

 建物の影から現れたのは暗殺集団の長、ハサンの棟梁三人だ。喜びの声をあげる立香だが、呪腕のハサンはそれを穏やかに諫めた。

 

 

「ははは。そう喜んでいただけるのは嬉しいですなあ。ですが、今は一刻を争う場面。ここは我らに任せ、どうぞ先に進まれよ。」

 

「マスター!ここは進みましょう!」

 

「うん!ありがとう、ハサンさん!皆気を付けて!」

 

 

 屋根に立つトリスタンの下方を駆け抜けていく立香たち。指を弦にかけようとするトリスタンだが、すぐさま短刀が投擲され、妨害されてしまう。

 

 

「……ああ、私は悲しい。一番の獲物を逃したばかりか、この期に及んで虫の始末とは……。もはや、悲しみを通り越して怒りすら湧いてきました。あなた方の腹を裂いて、臓器を体の横に順番に並べて差し上げましょう。」

 

「ふん、その思いはこちらとて同じこと。貴様の顔が苦悶に歪むのが楽しみだ。」

 

 

 睨み合う三騎とトリスタン。弦を弾く音と同時に、三騎が飛びのく。どちらも人殺しの(けだもの)同士、どちらの牙が先に相手に食い込むか―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたどうした犬コロ!2体では手も出ないか!」

 

「ッ!てめえ……!」

 

「……言っとくが、これが戦争だ。モードレッド!悔しかったら何とかしてみせろ!」

 

 

 アーラシュと今川義元対モードレッドの戦いは、一方的な戦いになっていた。卓越した弓兵であるアーラシュと今川義元を、たった一人で相手取っているのだから無理もない。だが戦いの兵力差以上に、モードレッドの不利を決定づけている要因があった。

 

 

「このままでは的同然ぞ!貴様も一軍の将であれば、他の芸はないのか!」

 

「うる……せぇ!」

 

「モードレッド……。」

 

 

 モードレッドは一切、部下の騎士たちを使おうとしないのだ。自分だけがいればそれでいいという傲慢が、そのまま不利につながっている。

 

 

「――そこだッ!」

 

「ぐっ!く…そがあああ!」

 

 

 アーラシュの矢を辛くも剣で防ぐモードレッドだったが、その際の衝撃にすら怒りを感じるらしい。動きがあからさまに大ぶりになり、アーチャー2名に簡単に見切られる。斬撃を躱しながらも、義元はモードレッドを煽ることをやめない。

 

 

「聞けばお主、王になりたかったそうではないか。だが……ふ、ははは!これは傑作よな!臣下の一人も扱えぬ鳥頭で、民をまとめる王になりたいと!?」

 

「黙れッ!黙れ黙れ黙れ!!」

 

「ふ、ははは!王なんぞより、道化の方がよほど向いておるぞ!何なら余が雇ってくれようか!」

 

 

 もはや、モードレッドの頭の中には、敬愛する父の命令など微塵も残っていなかった。ただただ、目の前にいる弓兵を殺す事しか頭になかったのだ。そして、そんなヒートアップした頭で御せるほど、目の前の敵は安くない。

 

 

「がっ……!」

 

「……ふむ、頃合いか。」

 

 

 義元の放った矢がモードレッドの目の前で分身し、一本を弾いた隙にもう一本が肩に突き刺さったのだ。それを確認した義元は、ゆっくりと弓を下ろした。

 

 

「ざ、けんな……!こんなもん、唾の一つでもつけときゃ」

 

「いい加減にせんかうつけ!!!」

 

「は、はあっ!?」

 

 

 突然自分よりもずっと小さい幼女に怒鳴られ、思わずモードレッドの張りつめていた緊張の糸が弛緩する。そんなモードレッドを他所に、義元は説教を続ける。

 

 

「王になりたいのであれば、周りを見よ!!今の貴様は、数の不利をとられた上で負傷までした!!ここはどう考えても逃げの一手であろうが!!」

 

「ざ、ざけんじゃねえ!オレは騎士だぞ!?敵に背を向けて逃げるなんざ、んなことできるわけねえだろうが!!」

 

「はぁ~~~~~?死人に騎士もへったくれもあるものか!王とは国であり、王さえおれば国は生きていける!であれば、何をおいても王は生き延びねばならん!」

 

「逃げる事こそ勇気だというのに、貴様何を学んできたのか!獅子王とやらのもとに帰って、涙ながらに教えを乞うて来い!!」

 

「そ、そんなことできるわけねえだろ!そもそもオレは、嫡男でもねえし……!」

 

「それなら余とて三男よ!そのうえ、4歳で仏門に入れられたんだが!?周りの坊主の美ショタを見る目が獣のそれできつかったんだが!?」

 

「そ、そりゃなんか、どんまい……。」

 

 

 涙ながらに訴える義元の勢いにおされ、思わず謝ってしまうモードレッド。アーラシュも苦笑いでそれを見ている。

 

 

「ぐすん……。つ、つまりだな!嫡男とか何とか、そんなもん気にする必要はないということよ!貴様に足りておらんのは、ひとえに王の度量なり!!王であるならば逃げよ!王であるならば臣下を盾にせよ!それが王の責務であり、王の特権というものよ!」

 

「ま、それには俺も同意だな。頭が生きて無きゃ話にならねえ。王を守って死んだなら、それは戦士の名誉ってもんだ。」

 

「……王の、度量……。」

 

「であれば、もうどうするかわかったか!」

 

 

 俯き、考え込むモードレッドを注意深く見据えながらも、義元はゆっくりと歩き王城を背にした。

 

 

「ここからは、犬追物の始まりよ!貴様は必死に逃げ回り、余らがそれを追う!ふ、ははは!本来は弓取りの修練だというのに、まさか追われる者の帝王修行になるとはな!」

 

「……ああ、わかったよ。」

 

「うむうむ、それでいい。さて、では逃げよ犬コロ。この今川義元、馬がなくとも十分速いところをみせてくれよおおっ!?」

 

 

 モードレッドは肩に突き刺さった矢を無理やり引っこ抜き、義元に向かって投げつける。慌てて屈んだところ、烏帽子に突き刺さってなんだかちょっとおもしろいことになっている。

 

 

「お、おい貴様!今までの話聞いておったのか!?せっかく余がいいこと言ったというのに!」

 

「ハッ!死んだ後にんなこと言ってくんじゃねえよ!それに、オレは王の後継じゃねえ!その後ろで、王の敵を殺しつくす猟犬だ!つーわけで、てめえらも吹っ飛びやがれ!」

 

「ははっ!しくじっちまったな、義元の嬢ちゃん!だが、お前の選択ならそれも悪くねえさ、モードレッド!俺たちが最後まで付き合ってやる!」

 

「ええい、余の口先三寸で楽が出来るかと思ったのに……!!こうなれば『海道一の弓取り』の本領見せてくれるわ!!」

 

 

 吹っ切れたかのように、鎧を脱ぎ捨てたモードレッド。その顔は晴れ晴れとしており、動きも先ほどよりはるかに洗練されている。迎え撃つ二人の弓兵も、真剣勝負ながら爽やかだ。赤い雷と矢とが飛び交い、戦いは激しさを増していく。

 

 

 

 ―――そして、その時が訪れた。

 

 

 

「――終わりだ!モードレッド!」

 

 

 アーラシュの放った矢が、モードレッドの心臓を貫いた。頑丈なサーヴァントと言えど、流石に耐えられない。ガクリと膝をつき、剣を取り落とす。

 

 

「……あーあ。これで終わりかよ。結局、どっちもぶっ殺せなかったじゃねえか。」

 

「いいや、危ないところだったぜ。俺も何度もヒヤリとさせられたし、体もボロボロだ。なあ、義元の嬢ちゃん!」

 

「ぜー……ぜー……。ふざ、けるな、マジで……。この、からだ、よわい……。」

 

 

 勝者であるアーラシュも体中に細かい傷が出来ている。義元に至っては、立派な衣装がボロボロになったうえ本人もぼろ雑巾のようだ。

 

 

「ハ、ハハハ!てめえのそんな面が拝めたなら、まあ満足だろ!」

 

「……この、ばか、いぬ……。」

 

「……まあ、でも、なんつーか。お前の王の話、ちっとは参考になったぜ。ありがとよ。」

 

 

 そう言い残し、モードレッドは穏やかな顔で消えていく。召喚されてからすぐに、獅子王から見捨てられたモードレッド。怒りのままに無辜の民を殺し続けた悪魔のような生き様だったが、最後は戦士として戦い、誇りある死を迎えた。疲れ果て、仰向けに寝転がっている義元は、空の青さに目をしかめ、それでいてどこか嬉しそうなのであった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

「しゃあっ!!」

 

「戦いは数なり!!」

 

 

 呪腕のハサンと百貌のハサンが展開した分身とが、トリスタンに襲い掛かる。だが、トリスタンはそれを次々になぎ倒していく。

 

 

「脆い、脆い……。私に傷一つつけられないとは、なんという時間の無駄か。早いところ諦めて、死んでいただけないのでしょうか?」

 

「馬鹿め……!死ぬのは、貴様の方だ!」

 

「ほう、()()()()()()()()()()()?」

 

「な――に―――?」

 

 

 ポロロンと再び弦がかき鳴らされ、呪腕と百貌は防御姿勢をとる。だが、それが役に立つことはなかった。代わりに、何かが倒れたような音がした。

 

 

「ふ、ふふふふふ……!ははははははは!」

 

「ば、馬鹿な――!静謐の――!!」

 

「す、みません……。みきれ、なかった……!」

 

「貴様……!貴様アアアア!!」

 

 

 トリスタンの音断ちの矢は、正確に静謐のハサンのアキレス腱を切り裂いていた。毒の舞踊を舞い、辺りに毒霧を充満させていた静謐のハサンは、苦痛に顔を歪めて地に斃れる。

 

 

「ああ、なんと!なんと悲しい話でしょうか!虫どもが小さな頭で必死に考えた私の弱点!毒で死んだという生前の汚点!それをつこうという浅知恵も―――これこの通り。」

 

 

 言いながら毒の煙を吸い込むトリスタンだが、全く傷ついた様子もない。驚愕に顔を歪めるハサンたちに、トリスタンは実に楽しそうに種明かしをする。

 

 

「私に与えられた祝福(ギフト)は『反転』。故に毒で死んだ私は、毒でだけは死ぬことがない!」

 

「なんと――いうことだ――!」

 

 

 ハサンたちが必死に戦ってきたこのすべてが、無駄であったのだ。流石にショックが大きく、百貌に至っては立つことでやっとだ。

 

 

「それでは、これより処刑を行うとしましょう。そこに転がっているのは最後にするとしましょう。まずはそこの、震える小鹿のようなあなたから――!」

 

「いかん!逃げろ、百貌!!」

 

 

 弦に指がかかり、いよいよ絶対的な死が迫る。百貌はすべてを諦め、神に祈りを捧げていた。

 

 

 

 

 ―――だが、ここにいる誰もが忘れていたのだ。御仏は、すべての人を見ていると。

 

 

 

「ほわちゃああああああ!!!」

 

「――ッ!?何!?」

 

 

 突然現れたありがたい高僧が、伸び縮みする棒で殴りかかってきたのだ。それを後ろに飛びのいて躱したトリスタンの足元に、更に矢が襲い掛かる。

 

 

「ハサン殿!助太刀に来たわよ!」

 

「たまにはお主の勘も役に立つではないか、三蔵!大物が見つかったな!」

 

「三蔵殿――!藤太殿――!」

 

 

 突然の助っ人に驚きつつも、トリスタンはすぐに戦闘態勢に入る。その姿を見ても、三蔵ちゃんは一歩もひるまない。

 

 

「あなたね、いい加減にしなさいよ!戦争なんだから殺し殺されは当たり前でしょうけど、命を奪うことに対して反省がなさすぎ!一発か何発かぶん殴って、反省させてあげるから!」

 

「ふ、ふふふ……!面白い。それならば見せて差し上げましょう!この世には、神も仏もないことを!」

 

「――これを見ても、まだそう言えるかしら?」

 

「何――?」

 

 

 そこにいた者たちは、確かに見た。きゃいきゃいと騒いでいた少女の背後から、いと尊き後光が差しているのを。誰も彼もが、膝から崩れ落ちた。信仰の違いこそあれど、その光は誰もが持っている心に染みわたるからだ。救われたいという願いを、真っ向から肯定してくれる暖かい光。兵士たちは武器を手放し、涙を流している者たちすらいる。

 

 

「何を――!何をしたのですか、あなたは!」

 

「――私の生涯の結実にして、御仏パワーのほんのひとかけら。一生かけて、死ぬほどキツイ修行をし続けて、いろんな苦難を乗り越えて……。それでようやく届いた指一本。それを今、ここに見せる!」

 

 

 宣言と共に、光が形を作り始める。それは人の姿をしているはずなのに、花のようでもあり、木のようでもある。それを形容する言葉を探すが、口から洩れるのは感動から来る嗚咽のみ。

 

 

「――ッ!静謐!お前、傷が……!」

 

「治って……!?こ、これは、三蔵殿の力なのでしょうか?」 

 

「これ、は――!」

 

 

 流石のトリスタンも、指一本動かせない。三蔵はしゃなりしゃなりと歩を進め、トリスタンとの距離を詰める。

 

 

「反転しようがなんのその、人間の根底は善なんだから!私の、いいえ、御仏のありがたい拳は!あなたの心の奥まで届く!」

 

「罪科も悪魔もまとめて救う!これが私の、ありったけ――!五行山・釈迦如来掌―――!!!」

 

 

 少女の背後に立っていた覚者が、その巨大な掌をトリスタンに繰り出した。逃げるべきだと、躱すべきだと、トリスタンは理解しているはずなのに。なぜか、体が動かなかった。そうして極光に飲み込まれ、トリスタンは消し飛んだ。だがそれは、幸せな旅立ちであった。

 

 

「……お主らしいな、三蔵。人間の本質は善と来たか。はは、それは逃げられまいよ!なにせ、人間故な!」

 

 

 当の三蔵は、消えていったトリスタンに対し、丁寧に経文を唱えていた。その姿をハサンたちは困惑しながら見ていたが、見様見真似で頭を下げ、目を閉じた。なぜか心から憎しみは消え、ただ冥福を祈る気持ちだけがあった。外道に救いのある結末があったというのが、正しい事かどうかはわからない。だが、そこにいた彼らの心は晴れやかだった。何故だか、それが正解な気がしたのだった。

 

 

 

 

 

「――よし!これでちゃんと、あの人も御仏のもとに行けたはず!そしたらきっと、今度はいい人で召喚されるわね!」

 

「……そうかもしれませぬな。我らの道行きはこの世界で終わりですが、あの魔術師殿はまだまだ先に進まれる。であれば、今度は外道に染まっておらぬ彼奴と見える機会もあるやも。」

 

「それは楽しみだな!所業はともかく、弓の腕は確か!天文台にて腕比べもまた一興!」

 

「……それならば、ここは。」

 

「ああ。ここより先に、敵は通さぬ……!」

 

 

 弔いを終え、立ち上がった連合軍のサーヴァントたち。人の心がある兵士たちは、御仏の尊光によって戦意を失っていたが、粛清騎士たちはそうはいかない。かかとを鳴らし、一列に並び。王城を守らんと行進する。

 

 

「私の大事なお弟子の、大事な道行き……。あんたたちなんかに、邪魔させてたまるもんですか!」

 

 

 カルデアの一行が、獅子王のもとにたどり着くまであと少し。その間もなお、戦争は止まることがない。ただ連合軍の勝利を信じ、サーヴァントたちは騎士の群れに立ち向かうのだった。




「あはははははは!!次、ほら次!!雑兵ならせめて、数くらいは多くあってくださいよー!!」

『あ、あのー……。日ノ本最強の武将である長尾景虎殿にお願いがあるのですが、どうか聞き入れていただけないでしょうか?そろそろ退去ということなので帰ってきていただくというのは……。』

「何ですか信長、せっかくのいい気分に水を差すなんて無粋ですね。はぁ、まあ立香を困らせるというのも本意ではありませんし、そろそろ……ん!なんですか今走っていった男は!!絶対強いじゃないですかあれ!!よし、殺そう!」

『っておい!そっちはケンの……。こ、こんの……!下手に出ておれば調子に乗りおって!帰ってきたら、即行三千世界をああ嘘ですよ!?冗談ですからそんな、首だけでこっち向いて笑うのマジで怖いので勘弁してください!!』

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