―――――騎士の叙任式の言葉
「―――新選組!!出るぞ!!」
真ん中の土方が怒号をあげると、両隣の沖田と斎藤も刀を抜く。ケンもゆっくりと歩き出し、沖田の隣に並ぶ。
「―――ケンさん。戦いの覚悟はいいですね?」
「当然だ、沖田。必ず、ベディヴィエールを送り届ける。」
「―――承知。」
いつもとは全く違う、切れ味鋭い瞳でちらりとだけケンを見た沖田は、再び獅子王に目を戻す。獅子王は突然現れた3騎を見ても、眉一つ動かさない。だというのにケンが沖田の隣に並んだ瞬間、目を見開いた。
「貴様……!!」
「え、なにあれそういうことなの?ケンさんまーたやってんのかよ、困ったもんだなあ、ハハハ。……沖田がいるのに何してんだてめえ。」
「今は黙ってろ斎藤。少しでも気ぃ抜けばお前でも死ぬぞ。」
「へいへい、わかってますよっと。……ま、マスターちゃんの命令なら聞かなきゃな。」
斎藤一はゆっくりと歩き出し、獅子王に向かっていく。だがその歩法は何か妙だ。
「何だ、これは……!」
「流儀とか理念とか、どうでもいいだろ?ただ単に、どっちが強いかだけの話だ。」
そうして、斎藤と獅子王の距離が少し縮まったとき―――
「―――何ッ!?」
「はああっ!!」
明らかに、瞬間移動した。少なくとも、獅子王にはそう見えた。実際には、これは斎藤の対人魔剣、『無形』によるものだ。特殊な歩法により、自分と相手の距離を誤認させる。そして、相手がそれを理解する前に斬り捨てる。それに何とか対応できたのは、獅子王の卓越した力量故だ。
「――ッ!受けられたか、畜生。」
「成程、歩法か。種が分かればどうという事はない。」
「だが、仕事はきっちり果たしたぜ。なあ!」
「――ッ!」
宣言通り、背後から鬼が迫る。獅子王は、振り向きざまに聖槍で受け止めた。土方の剛剣を受けてなお、聖槍には傷一つつけられない。
「チッ、傷一つつかねえのか。おい榊原!!この槍をぶっ壊せばいいんだな!!」
「ああそれでいい!そうすりゃ、ベディウィエールを届けられる!!」
「があああああ!!!」
受け止められた状態から、無理やり押し込もうとする土方。だが、あっさりと振り払われてしまう。
「ちぃっ!!」
「何やってんだ、副長!!あんた筋力Cの癖に、力で何とかなるわけねえだろうが!!」
「黙ってろ斎藤!斬り合いは気合だろうが!!」
文句を言いつつ、斎藤一と土方歳三は獅子王と切り結ぶ。沖田もそれに続こうとするが、その手を抑える者が一人。
「――ケンさん?なぜ、止めるのですか。」
「……お前の出番はまだ先だ。それまでは俺といろ。」
「し、しかし……!」
なおも戦いに赴こうとする沖田の手首を掴んだケンは、その手をぐいっと引き寄せ、顔同士を近づける。真剣なケンの瞳に、あっという間に沖田の顔が紅潮する。
「ふえっ!?ケ、ケンさん!?今の沖田さんは、斬り合いモードなんですがそれは……!?」
「そんなことは関係ない。俺の言う事が聞けないか?」
「いえ!もう離れませんから!!」
あっという間に人斬りの顔からいつもの乙女の顔になった沖田。まさかのベアハッグにより、ケンから絶対に離れない態勢に入る。ケンはそこまでしろとは言ってないという顔で沖田を見つめるが、胸に顔をうずめた沖田は気づかない。
それを獅子王は、物凄い目力で見ていることに気づいた新選組二人。両側から一斉に斬りかかり、槍どころか首を狙う。
「こっち、見ろやあ!!」
「死ねぇ!!」
完璧なタイミングでの強襲だったが、獅子王には完全に見切られてしまう。土方の刀を聖槍で、斎藤の刀を籠手で受け止め、両者の顔は驚愕に歪む。
「マジかよ……!!クソっ!!」
「おい沖田ぁ!!てめえ、男といちゃついてんじゃねえ!!」
バーサーカーからまさかのド正論。立香はベディヴィエールの体を気遣いながら、それを呆れ顔で見ていた。
「……あの人、マジで何やってんだろ。こんな、大事な時だっていうのに……!!」
「ふ、ふふ……。いいえ、立香。ケンは、あれでいいのです。一見ふざけているようで、全て相手のことを考えた行動なんですよ。」
「……うっそだあ。」
「それよりも、タイミングを逃さないようにしましょう。おそらく決着は、もうすぐです。」
その言葉通り、獅子王の手によって斎藤と土方はふたたび弾き飛ばされた。獅子王はすぐにケンを誑かす女狐を串刺しにせんと動くが、寸前で視界を埋め尽くす巨大な盾に阻まれる。マシュが、ケンと獅子王との間に割って入ったのだ。
「邪魔だ――!!」
「くうっ……!!」
その盾を、獅子王は思い切り槍の横っ腹で叩く。あまりの衝撃にマシュは堪えきれず、真横に吹き飛ばされてしまう。
――だが、その一瞬の隙さえ出来れば十分だったのだ。
「――ッ、ケンさん!令呪を以て命じる!!聖槍を、壊して!!」
「オオオオオオオッ!!」
体をねじり、後ろの方で刀を構えた体勢から、令呪のブーストを受け一気に加速。そのまま体のバネを利用して、下から上に逆袈裟斬りを行う。狙いは一つ、防御のために構えられたロンゴミニアドだ。
「行けぇ!!」
「ぶった斬れ!!」
「ケンさーーーーん!!!」
斎藤と土方、それに立香の祈りと共に、ケンの刀が……今は、宗三左文字が振るわれる!!全ての人類と、全ての生命のため。加速し続ける刀は、音をも超える。
―――だが、現実は非情である。
「――そんな。」
振るわれたケンの刀は、ロンゴミニアドを弾くことには成功した。防御のために横向きに構えられたそれを、上にかち上げてガードを崩すことには成功した。……だが、それだけである。獅子王のボディはガラ空きになってはいるものの、ケンも斬撃の後の残心で、すぐに攻撃には移れない。全ては、失敗したのである。
(……終わったな。)
獅子王は冷静に、あるいは冷酷に、絶望したかのような立香を見ていた。彼女の手にもはや令呪はなく、今のケンの斬撃が最高火力だったはずだ。全ては手詰まりになった―――はずだ。
(何だ?何かがひっかかる。)
何か、違和感のようなものを覚えたのだ。この斬撃が最高火力?本当に?
(
そうだ、それを忘れていた。宝具を破壊する……あるいは、自らの現界に必要な魔力までも宝具開放に注ぎ込み、無理矢理火力を底上げする荒業。無論、それを使えばサーヴァントとして死を迎えるが、それを恐れるケンではないはずだ。何故だ?何故、使わなかった?
獅子王の頭の中を、グルグルと『何故?』が回る。それはケンの最後の策であり、そして全ての決着をつける一手。全ての要素が、その一手を指し示していた。カルデアの手駒、ケンの宝具、光を失った聖槍。そして何より、姿を消したあの女。
獅子王が答えにたどり着くのと、聖槍に
「―――御免。無明・三段突き。」
「……流石だ、沖田。やっぱりお前は、俺の誇りだな。」
聖槍はちょうど中心部分に空虚な穴を開けられ、力尽きたように砕け散る。既に光を失ってしまったそれは、ちょうど木くずの如く風に吹かれて散っていく。
「これ、は―――!!」
『そうか!!沖田君の宝具、無明三段突き!!それは一度の突きに、二度目三度目の突きが内包されている!』
「どういうことロマニまったくわかんない!!」
『えーっとつまり事象飽和を引き起こして……いやいや、一回の突きが三回突いたのと同じになって……』
「……つまりは、一度目の突きを防いでも、二度目三度目の突きが対象を破壊するのさ。実質的な防御不可の攻撃は、絶対に受けてはいけない攻撃だ。特に対物破壊においては、絶対的な優位を持つ。」
「――感謝します、ケン。レディ・沖田。」
「あっ……ベディヴィエール!」
「お世話になりました、立香。」
聖槍を失った獅子王のもとに、ベディヴィエールがゆっくりと歩み寄る。土塊と化し、砕け散っていく足で、蛞蝓よりもゆっくりと。だが獅子王は、それを見て震えるように後ずさる。
「……待て。それを、使うな。使えば、貴卿は―――」
「……私は未だ、覚えています。貴方の悲痛も、貴方の絶望も、貴方の笑顔も、覚えています。円卓の騎士を代表して、貴方にお礼を。……ありがとうございます、我が主、我が王よ。貴方こそ、我らにとって輝ける星。」
ベディヴィエールは、残ったすべての力を振り絞り、銀色の腕を掲げようとした。だが彼の体のどこにも、そんな力は残っておらず、肩の高さまで上げるので精一杯だ。それでも彼は、震える足で歩み寄る。
「今こそ――いえ、今度こそ。この剣を、お返しします。」
ベディヴィエールは、誰よりも敬愛する王の体に、その銀の腕を押し当てる。白銀の義手は黄金の光を放ち、流氷が砕け散るかのように割れた。中からは黄金に輝く勝利の剣が現れ、そしてアルトリアに還っていった。
「―――そう、か。すべて、すべて思い出した。森の中、血だまりに斃れた私のことも。それをのぞき込む、泣き腫らした顔の貴卿も。」
「―――見事だ、ベディヴィエール。貴卿は今、最後の命令を成し遂げた。」
……誰よりも優しく、誰よりも忠義に厚い騎士は、母に抱かれた子供のような顔で笑った。1500年ぶりの、達成感だった。彼は頭から崩れていき、最後には風に溶けて消えた。彼を運んでいった風はきっと、南の方へ行くのだろう。暖かくて、穏やかで、何の不安もない場所に、彼を連れて行くだろう――――。
「……サー・ベディヴィエールの消失と、聖剣の返還を確認。それと同時に、第六特異点の、攻略を達成しました……。」
『……ああ。こちらでも確認できた。少しずつだが、世界がもとに戻り始めている。後はみんなで帰るだけだ。』
偉業を成し遂げたカルデアの一行だが、誰の声も沈んでいる。そんな空気を払拭するかのように、新撰組が声をあげた。
「……ま、勝てたんなら俺たちは先に退散しますかねえ。マスターちゃん、お先。」
「……折れんじゃねえぞ、立香。」
「ケンさん。ケンさんからのキスはまだもう少し、沖田さんだけにしておいてくださいね。私がもう一歩先に、進める勇気が出るまでは!」
役目を終え、去っていく新撰組。だがそれは、彼らが不要になったということではない。彼らはこれからも、戦い続けるのだろう。戦場を変えつつも、仕える主と、志は変わることなく……。
「……さて、と。それじゃあ、最後の仕事をするとしましょうか。」
「ケンさん?最後の仕事って……?」
「そりゃあもちろん、ベディヴィエールに託された仕事ですよ。『王のお心を頼む』と言われましたからね。……それに、あいつは昔っから寂しがり屋なんです。1500年も一人でいたから、すっかりいじけてしまったんでしょう。」
あくまで軽く言うケンは、ゆっくりと獅子王に―――いや、アルトリア・ペンドラゴンに歩み寄っていく。
「……改めて、久しぶりだな。アルトリア、随分と待たせてしまったらしい。」
「……ああ。ケン、私はずっと、ずっとお前の帰りを待っていた。だというのに、召喚に応じないとはひどい男だな。絶対に確実な、触媒だって用意したというのに。」
「……そういやその辺聞いてなかったな。円卓の騎士は、円卓そのもので喚べばいいのはわかるが、俺は円卓じゃ呼ばれない。一体何で召喚したんだ?」
ケンが訝しげに尋ねると、アルトリアは背中側にある鎧のベルトを外した。ゴトリという音と共に胸当てが落ち、アルトリアの上半身はぴっちりとしたインナーだけになる。
「……いきなり脱ぐなよ、ビックリするだろ。」
「ふん、そんな感情がお前にもあるとはな。だが見るべきは私の胸だ。」
「だから、そういうのはちょっと……。今はほら、息子が見てるから……。」
「……え、私のことですか!?確かに何か、すごい忌避感がありますが!!」
突然飛び火したマシュを無視しながら、アルトリアは胸を張る。よく見てみれば、内ポケットのようなものがついている。
「……そんな風に思う気持ちがあるなら、もっと早く応えてくれてもよかったではないか。まあいい、これだ。」
そう言いながらアルトリアが取り出したのは、何かの毛束のようだ。黒くてサラサラのそれは、妙に可愛らしい黄色のリボンでくくられている。ケンはそれを見てしばらく考え込んでいたが、何かを閃いたのか顔をあげた。
「お、お前これまさか……!俺が死んだときに切ったやつか!?」
「ケンにしては遅かったな。お前が『俺だと思えばいい』と言っていたから、ずっとこうして傍に置いていたというのに。マーリンから教わっていた防腐の魔術をかけて、お前が買ってくれた小さなリボンを結んで、このままの状態で保存しておいた。雨にも風にも、敗けないように。」
どこか恍惚とした目でそれを見つめるアルトリアと、それにドン引きしている立香。邪魔しちゃ悪いよなあと思いつつも、こらえきれずに口を開く。
「それを……1500年もずっと持ってたの?」
「引くな、人類最後のマスター。お前もいずれ、そんな相手に会う日がくるかもしれん。」
「……やっぱケンさんに惚れる人、なんかおかしいよ……。」
いつものようなジト目ではなく、憐れみの視線をケンに向ける立香。少し疲れた顔をしながらも、ケンは大丈夫と言いたげに頷いた。
アルトリアはその動作を見ることなく、ロマニに声をかける。
「私は、間違えた。嵐の王となり、神の如き力を得た。それは人の心を逸脱したものだったが、それ故に得られた知見もある。」
「魔術王ソロモンと同じ視野を手に入れられたからこそ、奴の居場所が判明した。」
『――!ほ、本当かい!?一体どこに!?』
「焦るな。鍵は、第七の聖杯にある。第七の聖杯だけは、魔術王ソロモンが自らの手で送ったもの。対して、ここまでの六つの聖杯。それは、魔術王の子孫や弟子によって持ち込まれたものだ。だが、七つ目だけは違う。そしてその七つ目の聖杯は、魔術王の座標を示している。―――これの意味がわかるか?」
「……そこまでわかっているのなら、第七特異点も見つけられる!!ソロモン王の以前なら、かなり範囲は絞られる!!ありがとう獅子王、今度あったら感謝のキスを贈りたいくらいだ!」
「フッ、次か……。次など、あろうはずもない。気づかないのか?お前たち、消え始めているぞ。」
「……え?」
アルトリアの言葉に慌てて自分の両手を見た立香は、それがどんどん薄くなっていることに気が付いた。
「な、何これ!?ロマニ、私薄くなってる!!」
『――そうか、聖杯だ!!君たちは既に、太陽王から聖杯を受け取っている!だから特異点の原因である聖槍が砕けたことにより、君たちの退去が始まっているんだ!つまりは、君たちはカルデアに帰ってくるだけだから問題ない!多分、今川義元公もそうなると思う。今のマスターはケン君だからね。」
「……どうやら、それは男の名前のようだな。ライバルが増えなくて安心したぞ。」
「えーっと、それが……。カルデアには、その、いっぱいいるって言うか……。だからその、アルトリアも覚悟した方がいいよ。」
その言葉に、獅子王は寂しそうに笑った。
「……そういえば、獅子王は退去が始まっていません。か、彼女はどうなるんですか!?」
「……そういう事か。彼女は英霊ではなく、この世界由来のものだ。だから、退去が行われることはない。だって、ここが帰る場所なんだから。仮にこの先、聖槍を持つアルトリアに出会ったとしても、それは彼女じゃない。」
「そんな……。」
立香はせっかく出会えたのに、という言葉を飲み込んで、ケンをじっと見つめていた。誰よりも悔しいのはきっと、ケンだからだ。
「――お別れだ、ケン。ほんの数分ではあったが、1500年待った甲斐はあった。……いや、やっぱり最後は、こうやって別れるのがいいだろう。ケン、もう少し近くに寄れ。」
「……わかったよ。いつものだろ?」
「ふふ、今日は素直だな。だがまあ、好都合だ。」
獅子王は軽く笑うと、ケンの頬に手を添える。うっとりとした目だったが、ふと気が付いたというようにマシュの方を見た。
「ああ、そこの盾の少女よ。ここから先は刺激が強いぞ、少し目を瞑っていろ。」
「いえ、もう慣れてしまって……って、うわーー!!せ、先輩!体が勝手に!勝手に目が閉じて開きません!!」
「テレビの催眠術でこんなん見たことあるよ私!!」
キャピキャピと子供っぽく騒ぐ二人を他所に、アルトリアはケンと唇を重ねる。ただ単に、唇同士が触れ合うだけの子供のキスだったが、アルトリアはそれしか知らないのだ。それで彼女は、十分に幸福だったのだ。
「……この別れの挨拶をする度に、永遠に続けばいいのにと思ってしまう。我ながら、別れには向かない挨拶を作ったものだな。」
「“そんな挨拶なかっただろ!”と霊基が叫んでいます!」
「む、そんなことはないぞギャラハッド。これは由緒正しきブリテンズマナーだ。私は王様だから、挨拶の一つや二つ作っていいんだ。」
「“何やってるんですか色ボケキング!”だそうです!霊基からは以上です!!」
目をつぶったままなのに何をしたのかわかるのか、マシュが騒いでいる。立香もそれに乗っかってはしゃぎ、ダヴィンチちゃんはそれを、暖かい目で見守っている。
「……どうだ、アルトリア。カルデアは、いい所だろう?」
「――ああ。私が赴けないというのが、至極残念ではあるがな。」
「そんな悲しいことを言うなよ。……だがまあ、それなら俺にいい考えがある。少し、耳を借りるぞ。」
そう言うと、ケンはアルトリアの耳にそっと唇を寄せた。何かを囁くケンに、アルトリアは真っ赤になりながらも応えた。
「……それなら、これを持っていけ。」
そう言うとアルトリアは、自分の髪をほんの少し、指で輪を作って抑えると、そこを小刀で大胆に切った。そのあまりにも大胆な行為に、平和な世界ではJKライフを満喫していた立香は、思わずあっと声をあげる。
「それじゃ、俺はこいつを使うとしよう。これでお揃いだ、アルトリア。」
言いながら、ケンは自分の髪を結んでいた紐をほどく。はらりとケンの髪が解け、長髪の姿になる。
「この紐で、お前の髪を結ぼう。お前がお前のリボンで、俺の髪を結んでいたように。そうすれば、少なくともお前の形見にはなる。ひょっとしたら、触媒になってくれるかもな。」
「……聞いていなかったのか?私は英霊ではなく、お前たちに喚ばれることはない。だから――」
「そんなことはない。何かの奇跡とか、イフとか特殊な事情とか、色々考えられるだろ?それに、ガレスちゃんも常々言ってたじゃないか。ほら、さん、はい!」
「「無限の可能性を信じましょう。」」
円卓の元気印の快活な笑みと、二人の声が完璧にハモったことで、二人は顔を見合わせて笑う。永遠に続くかの如く思われる、とても穏やかな時間だった。
「……ふふ、ふふふ。そうかもしれないな。ひょっとしたら、お前たちと縁が結ばれるかもしれん。その時は、聖槍と聖剣を振るう、パーフェクト獅子王を見せてやろう。他の円卓の騎士たちも交えて、ケンの料理をつつくとしよう。」
「その意気だ。――それじゃあ、今度こそお別れだ、アルトリア。残りの、人間としての人生。ベディヴィエールがくれた、お前の寿命までのモラトリアム。悔いのないよう、精一杯。力の限り生きるといい。」
「―――ああ。さようなら、人理の守り手たちよ。願わくば、我が道がお前たちと交わっていますように。」
―――――――――――――――
同時刻。崩れ落ちる粛清騎士たちともに、サーヴァントたちの退去も始まっていた。
「体が、透明になっていく……!どうやらあいつらは、本当に成し遂げおったらしい!」
「うわーいやったーーー!!トータトータ、これであたしも、カルデアに行けるってことよね!?」
「はははは!もちろん、招き入れてもらわねば!なにせ、ここまで戦った褒美がまだ故な!」
「あっ、トータったらそんな俗な理由で戦ってたの!?そんなのあたしの弟子としてなっちゃいないわ!そこに座りなさいほら、ありがたい説法をしてあげるから!!」
「おっとこいつは墓穴を掘ったか……。だがまあ、もう間に合わぬ!続きは天文台で聞くとしよう!」
「……呪腕の。我らはもう、ここに留まれぬ。お前の死を看取ってやることは出来んが、許せよ。」
「……どうか、安らかにお眠りください。このような結末、本当に……。」
「これ、泣くな静謐。私はこの結末に満足している。お前たちも、達者でやるがいい。」
呪腕のハサンがそう言うと、百貌のハサンと静謐のハサンは、光となって消えていき、この世界から退去していった。それと同時に、呪腕のハサンの目前に山の翁が現れた。
「―――首を出せい。」
「――はっ。この首、どうぞ落としてくださいませ。」
言いながら跪く呪腕は、仮面の裏で目を閉じて、ただその時が訪れるのを待った。……だが、翁の剣がその首に落とされることはなかった。それどころか、
「―――!? お、お待ちを!!何故、私を殺さないのですか……!?」
「おかしなこともあるものだ。今まさに落としたはずの、呪腕のハサンの声が聞こえようとは。」
「な―――!!」
呪腕のハサンがよく目を凝らしてみれば、確かに呪腕のハサンの死体が転がっている。だが、自分はまったくなんともない。おかしな点と言えば、草花一本ない聖都の中だというのに、芳醇な花の香りがすることくらいだ。
(こ、これは――幻術か!?いやしかし、例えどんな熟達した幻術であろうと、初代様を騙せるはずが―――!!)
「――なんにせよ、我が剣が過つことはなし。この剣が首を落としたのならば、それが宿命というもの。我が責はこれにて終わった。だがなお、晩鐘の指し示す者がいる。音を頼りに歩くのみ。」
「しょ、初代様!!私は、未だ生きております!!」
「―――仮に、我が剣を逃れたハサンあらば。それはまだ、晩鐘に指し示された者ではないということ。未だ、やり残した仕事があるという事。」
「次の晩鐘が鳴る日まで、その首は下げたままにしておくがよい。」
そう呟くと、山の翁は消えていった。一人残された呪腕のハサンは、しばし呆然としていたが、体中を多幸感が駆け抜けていく。
「なんと―――なんと、いうことだ。初代様は私に、『生きて山の民の復興に尽くせ』と仰せなのだ。……ははは。今まで多くの仕事をこなしてきたが、これほどやりがいのある仕事は他に知らぬ。」
「―――ありがとうございます、初代様。それに、魔術師殿―――いや、立香殿。ケン殿。マシュ殿。そして、ベディヴィエール殿……。」
「おっと、俺の退去も始まったみたいだ!はは、しかし最初は、まともに退去できるなんて想像もしてなかったぜ。あんたはどうなんだ、義元の嬢ちゃん。」
「さっきから気になっておったが、その嬢ちゃん呼びをやめよ。……まあ、そうさな。今のマスターはケンの奴ゆえ、おそらくはマスター権を立香とやらに移譲するのであろうな。まったく、この姿のまま戦う羽目になるとは……。」
「はは、そいつは悪かった!だが、それはちょっと嬉しいな。またあんたと、カルデアとやらで会えるかもなんだろ?」
「なんじゃお主ら、よってたかって余を口説きおって。余はその程度ではなびかぬ。」
「ま、会いたいやつらはいっぱいいるからな!立香もそうだし、ケンとか藤太殿とかもな!あとは、あのファラオの兄さんも来てくれると嬉しいんだが……。」
「フン、貴様がいれば世界の果てまでも来るであろうよ。まるで夫婦か、餌を前にした犬かの如く懐いておっただろうが。あれでは嫁も苦労しようというものよ……。」
「いやいや、ああ見えて愛妻家らしいぜ?……ま、何にせよ明日は明日の風が吹くだな!それじゃ、またな義元!また会おうぜ!」
そう言って消えていくアーラシュ。それを見届け、義元はつぶやいた。
「会いたくなくとも、お主ほどの男ならすぐに会えるであろうな。なにせ、あいつ星1だし!まあ、余も星3っぽいが……。」
言葉は憎まれ口であるが、その言葉は穏やかだ。やがて義元も退去し、後にはなにも残らなかった。
「……やはり、私では力不足ですか。オジマンディアス様のような、エジプトの民を存続させるような力はなく、こうして退去を待つのみとは。」
そう苦々し気に呟くのは、メセテケットから降り、砂漠に投げ出されたニトクリスだ。既に体は半分以上消えかかっており、もう間もなく退去は完了するだろう。
「……ですが、諦めはしません!あんなにもすさまじい、流星を見たのですから!私ももっと、もっと成長して、きっと立派なファラオになって見せます!」
――流れ星は、夢を運ぶ。戦争を一人で終わらせた弓兵から、神として崇められる太陽王へ。そして今、まだまだ未熟なファラオの少女のその胸に、一筋の流星が駆けるのだった。
―――――――――――――――
「はあ……はあ……。獅子、王……。」
「ひどい怪我だな、アグラヴェイン。よほどの強敵、いや仇敵と戦ったのか。」
「はい……。本当に、腹が立つことですが……、円卓最強は、嘘偽りなく……。」
玉座に座す獅子王のもとに、ボロボロの体を引きずりながらアグラヴェインがやってきた。
「もうすぐ、賊軍がここに……。まだ、まだやらなければならないことが……。」
「ありすぎる、というのに……。」
ドバっと、袈裟斬りにされた傷から大量の血が噴き出す。いくらサーヴァントの体と言えど、耐えきれずにアグラヴェインは崩れ落ちた。
「今度、こそ……。今度こそ、貴方に理想の国を差し上げるはずが……。本当に、お恥ずかしい……。」
「あなたに、わたし、は……ほんとうは、しあ、わせに……」
うわごとのように呟くアグラヴェインを見て、獅子王はゆっくりと歩み寄り、その背中に手を置いた。
「……そうだな。全部、全部わかっていたさ、アグラヴェイン。貴卿の忠義に、心から礼を言おう。そして、安心して休むがいい。私はもう、満たされた。」
「……よ、かった……。わたしは、すべ、て。むくわれ、ました……!!」
それは、まるで宗教画のような光景だった。傷つき、倒れた騎士に手を添えるのは、女神の如き美しさの女性。彼女は自分の手が、髪が、服が汚れることも厭わず、ただ騎士のそばにいた。その行為で、彼はどれほど救われただろうか。彼はどれほど嬉しかっただろうか。消えてゆく、終わりゆく、崩れゆく、城の中。この世で最も美しい光景を見ることが出来た者が、誰もいないことだけが悔やまれる――――。
―――――――――――
立香は、ゆっくりと目を開けた。低血圧の朝のように、ボーッとした気分だったが、次第に視界が明瞭になっていく。
「――!先輩も目を覚ましました!!全員、無事帰還しています!」
マシュの宣言と共に、管制室には歓声が上がる。皆口々に歓びを語り、笑顔が尽きることはない。
「……よかった。皆無事で、帰ってこられたんだ。」
「はい!これにて第六グランドオーダー、コンプリートです!先輩、お疲れ様でした!」
じわじわと達成感が立香の体に広がっていくが、何か違和感を覚える。ここにいるべき人が、いないような気がするのだ。
「ッ、そうだケンさん!ケンさんはどこに行ったの!?」
この特異点修復において、最初から最後まで付き添ってくれたケン。その姿が、どこにもないことに気が付いたのだ。心配する立香だが、それを周りはニヤニヤとした顔で眺める。
「ふっふっふ。それでは、皆を代表してこのダヴィンチちゃんが教えてあげよう。今、ケン君は厨房で忙しく働いているよ。」
「あっ、そ、そうだよね。ケンさんだもんね……。でも、何でそんなに忙しいの?」
「よくぞ聞いてくれました!我々は常に、苦々しく思っていたのさ!ここまで必死に戦ってきてくれた立香君に対して、十分なお礼がまったく出来ていないとね!ケン君もそれを感じていたのか、誰よりも早く目覚めては、私たちに話してくれたのさ。」
「え~……?まさか、まさか……!!」
「そう、そのまさかさ!!技術顧問として、予算的なことも考えて、最終判断は任されていたんだけど……今ここに、カルデア大宴会(仮称)の開催を宣言する!!頑張ってくれた職員やサーヴァントの皆に感謝を、新しくやってきたサーヴァントの皆に歓迎を、そして何より、人類最後のマスターである立香君に、これまでのお礼のほんの一部でも還元しようっていうわけさ!!」
その瞬間、管制室を揺るがすような大歓声が巻き起こる。それをさらに煽るように、ダヴィンチちゃんのマイクが止まらない。
「さあさあ、遠慮はまったく不要!三日三晩は騒ぎ倒そう!今まで食べたどんな食事よりも、感動させてくれる料理が君たちを待っているぞ!!」
「「「「うおおーーーーっ!!」」」」
たくさんの苦労の後には、たくさんの歓びを。どうかあと3日ほど、お待ちくださいませ。あなたの心を震わせる、最高の美食をお届けいたしましょう。カルデア大宴会まで、あと3日―――。
「―――おめでとう、ベディヴィエール。君はまさしく、忠義の騎士だった。どれほど苦難に満ちた旅路でも、君の足を止めるには至らなかった。」
「君に聖剣を渡したこと、決して間違ってはいなかったようだ。こうして千里眼で見ていることしか出来ない身だったけれど、よく頑張ってくれた。」
「それじゃあ僕も、僕の仕事をするとしよう。カルデアの善き人々に会えるのは、一体いつになるのやら……。」
―――妹を名乗る、別世界の自分から目を反らし続ける魔術師の言