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「この男は、儂の婿にする!!」
スカサハの突然の結婚宣言に、フリーズしてしまうケンと立香。いよいよナイチンゲール女史に胃薬の申請をしに行かなくてはならないのかとケンが凍り付いたまま思考していると、また別の人物が乱入してきた。
「おいおいおい、アンタ何やってんだ師匠!いなくなりやがったと思ったら、いきなり求婚かよ!」
「む、馬鹿弟子か。お前もこれからは兄弟子になるのだから、今のようでは困るぞ。」
「いやついていけてねーんだっつの!」
青いタイツに身を纏った、均整の取れた肉体の偉丈夫がスカサハに声をかけた。真っ赤な瞳と耳に揺れるピアスが印象的だ。
「あ、アニキ!スカサハさんどうしちゃったの?」
「おう、立香!すまねえな、うちの師匠がどうにもよ……。そっちのあんたも悪かったな。」
「は、はあ。確かあなたは、クー・フーリン殿でしたか。」
クー・フーリン。北欧のケルト神話における主人公とも言える存在のはずなのだが、目の前にいる今の彼にからは、その輝かしい武勇は感じられない。どちらかといえば疲れているような感じがして、ケンは親近感を覚えずにはいられなかった。
「ああ……。あんたの方はケン、だったろ?あの聖槍をぶった斬ったシーン、見物だったぜ。」
「ありがとうございます。」
「ま、それのおかげで師匠があんな風になっちまったわけだが……。」
「あんな風とはなんだ馬鹿弟子!師匠の恋路を応援しようという気概はないのか!」
げんなりした様子のクーフーリン。ケンは何故だか、とても仲良くなれそうな気がした。
「儂は……いや、私のほうがいいか。私はあの極光を切り裂く刃を見た時、ピーンと来たのだ。あれこそ、我が首を獲るにふさわしい一刀。お主こそ、私を殺してくれる相手だとな。故に、結婚するぞ。」
「話のつながりが見えてこないのですが……。ど、どういうことなのですか?」
「それが、師匠は長年生き続けてきたからか殺してくれる相手を探しててな。あんたの宝具なら、死なねえ奴も殺せると聞いてテンションが上がってんだ。そのついでに若い男でも捕まえられりゃ、行き遅れも同時に解決出来て一石にちょ―――」
―――クーフーリンの言の葉の、その先が紡がれることはなかった。スカサハの愛ある鉄拳が―――そう、怒りなど欠片もこもっていない、愛のある鉄拳が彼の頬を捉えたからだ。
立香は初めて、人が殴られた衝撃できりもみ回転をするのを見た。ケンは初めて、人間が空中で横の線を軸に5回転するところを見た。
「つまりはそういうことだ。断じて、断じて私は行き遅れてなどいない!いいな!?」
「「あ、アイアイ・マム!!」」
地面に倒れ伏し、ピクリとも動かないまま謎の門に吸い込まれていったクーフーリンを見てしまったケンと立香は、すぐに敬礼せずにはいられなかった。
「ふん、よろしい。それではお主も行くぞ。すぐに式をあげなくてはな。」
「え、ど、どこに!?」
「決まっている。我が影の国だ。そこで二人が一緒になった証を立てるのだ。」
「ちょ、ちょっと待ってよ師匠!なんでいきなりケンさんと結婚したがるの!?」
「そんなもの、決まっているであろう。私はこいつを、私を殺せるほどにまで強くする必要がある。だがそれには永い時間がかかることは容易に想像できる。男をそんなにも永い時間独占するのであれば、婿とするほかあるまい。」
「な、なるほど……。筋は通っているか……。」
「納得しないでくださいマスター!!」
納得しかけた立香に悲鳴を上げるケン。ズルズルと引きずられそうになるが、ギリギリで筋力が同ランクなので耐えることが出来た。筋力B万歳である。
「わ、私は出来る限り殺すなと信長様から仰せつかっているので無理です!そもそも今は、ただの料理人で……。」
「ただの料理人にしては、過ぎた絶技だな。お主に包丁など似合わんぞ。」
「……そ、そうだとしても!私はあの人を悲しませたくはありません!味方殺しは御免です!」
「何だ、意外と頑固な奴だな。」
スカサハは力で勧誘することをやめ、やれやれとため息をつきながらケンを見た。流石に意欲のない者を鍛えるほど、強制したいわけではないようだ。
だが、立香がそう安心したのもつかの間、スカサハはさらなる爆弾を投下する。
「―――では、私が理由をくれてやろう。お主が言う信長とやらの首、今すぐここに持ってきてくれよう。」
「……え?」
悪びれる様子もなく、あっさりと告げるスカサハ。だが、それだけでは終わらない。
「いや、もっと私を殺したくなるように……そうだ、沖田という女も殺そう。景虎とやらも強そうだし、新入りも歯ごたえがありそうだ。忍とやらを捕まえて、肢をもぐのも面白いやもな。お主の周りの女を殺しつくせば、お主もやる気が出るだろう。」
「ちょ、ちょっと待ってよ師匠、そんな……!!」
そんなことしちゃダメだよ、という言葉を、立香は思わず飲み込んだ。自分の隣から、今まで感じたことのないほどの修羅の気配を感じたからだ。
「―――もし、あいつらに。あいつらに傷一つつけてみろ。」
「―――殺すぞ!!」
髪が逆立っているのではないかと錯覚するほど、激しい怒気を放つケン。立香は、こんなケンは今まで見たことがないと思い、完全に震えあがってしまった。もし、もし誰かが彼女たちに毒牙を向ければ、即座に首は胴体とさよならをする羽目になるだろう。体の芯まで冷え込みそうな恐怖を感じていた立香だったが、心の奥の奥の方に、奇妙な火が灯る。冬の寒い日にストーブが人を集めるような温かさ。あるいは、虫が光に狂わされ、火の中に飛び込むような危険な明かり。
(―――いいなあ。)
その火の名前は、羨望。立香は心の底で、信長や沖田を羨ましいと思った。自分に手を出したら殺すとまで言われてみたかった。誰かから、そこまで想われてみたかった。
「ふふふ……はははは!いい、いいぞケン!久方ぶりに感じた殺意だ!!私を殺せる者から向けられた、本物の殺意だ!」
「笑いごとでは――!!」
「すまんすまん、冗談だ。せっかくカルデアに腰を落ち着けたばかりというのに、わざわざ自分の椅子を壊す者もおるまいよ。」
いかに冗談とはいえ、大切な人たちを殺すと宣言されたケンの心中は穏やかでなかった。しかし、立香の顔を立てて憮然としながらも刀にかけた手を下ろした。
「しかし、気に入ったのには違いない。やはりお前は、私の婿にするぞ。」
「……お断りします。私はあなたのことが嫌いになりました。」
きっぱりと言い切るケンを見て、再び立香は驚愕した。あの温厚篤実を絵に描いたようなケンが、誰かを嫌いだと言うのがどうにも想像できなかったからだ。
「む、それなら惚れさせるまでだ。ルーン魔術を使えば……」
「ま、待って師匠!今ケンさんすっごい忙しい身だからさ!せめて終わってからにしてあげて!!」
スカサハと彼女をにらみつけるケンの間に割って入り、立香は必死に声をあげた。
「まあ、お主がそう言うなら従ってやろう。だがケンよ、待っているがいい。3日後、お前を迎えに行く。」
そう言い残して背を向けるスカサハ。彼女の背中が小さくなり、やがて消えたのを見送ると、立香はどっと疲労が来たのを感じた。思わず地面にへたり込みそうになったところを、ケンが受け止めてくれた。
「マスター、申し訳ありません。私があのような啖呵を切ったせいで……。」
「ううん、ケンさんのせいじゃないよ。あんな風に言われたら、誰だって……」
―――嬉しいに決まってるじゃん。
「……お、怒るに決まってるじゃん。」
おかしい。おかしいなあ、何でナチュラルに守ってもらう側に立ってるんだろう。
「……そういっていただけると、気持ちが楽です。ですが、カルデアに不和をもたらしかけたのも事実。きちんと始末をつけますので。」
「あ、う、うん。でもさ、その、師匠も悪い人じゃないんだよ?今はただ、喉から手が出るほど欲しかったものが、目の前にぶら下がってるからちょっと気が焦ってるだけでさ。」
「……そう、ですね。私もやはり、冷静ではなかったようです。これからの仕事のためにも、気を取り直さなくては。」
言いながら立ち上がったケンは、大きな伸びをしてから厨房へ歩き出す。だが、その裾を不意に掴まれた。
「マスター?何か、御用ですか?」
「……あの、さ!」
立香も立ち上がり、ケンの顔を見上げる。そして、ゆっくりと口を開いた。
「もし、もしだよ?私が……」
傷つけられたら、ノッブや沖田さんみたいの時みたいに、怒ってくれる?
「マスター?」
「……ううん!何でもないんだ、ごめんね!」
言えなかった。だって、答えを知るのが怖かったから。そして何より、嘘かもしれないと疑いたくなかったから。ケンは優しいから、きっと望む答えをくれるだろう。でも、それが本心からなのか、それとも優しさからの嘘なのか。そんなことで迷いたくはなかったからだ。
「……マスター。」
「な、何? ……ひゃっ!?」
突然ケンは、立香の頭をわしゃわしゃと撫でた。何が何だかわからない立香だったが、不思議と手を払おうとは思わなかった。
「不安に思わなくとも、あなたが傷つけられることはありません。あなたを守るために、私がいるんですから。私だけじゃなくて、沖田も信長様も、お虎さんも千代女さんも、段蔵も円卓の騎士たちも。それどころか、他のサーヴァントの方たちも、貴方のためなら命だって惜しくないと言うでしょう。」
「そ、それは言いすぎなんじゃない?」
「言い過ぎなもんですか。でなければ、カルデアのほぼすべてのサーヴァントが準備に付き合ってくれるなんてありえませんよ。」
「……。」
立香はもう、何も言い返そうとは思わなかった。ただ、ケンの言葉の一つ一つを噛みしめていた。
「不安になったのなら、いつでも私に話してください。今の私の主君は、あなた一人ですから。」
「……うん。」
立香の目に力が戻ったのを認めると、ケンはにっこり笑って今度こそ踵を返す。あと少ししたら、すごいパーティーになりますからと言い残して。残された立香は、なんだかよくわからない気持ちに突き動かされ、自分の頬をむにゅむにゅと揉んだ。そうしたのち頬をパンと叩いて、気合を入れると、トレーニングルームに歩いて行くのだった。
――――――――――――――――
「ああ、先生。実は、調理班に加わりたいというサーヴァントが何名か来ている。」
「ほう、何名ですか?」
「それが、かなり量が多くてな。誰も彼も、『マスターに手料理を食べてほしい』と……。」
「……やっぱり、好かれてるじゃないですか。」
「すまない、聞き取れなかった。何か言わなかったかね?」
「いいえ、気のせいです。それよりも、その志は素晴らしいですね。私は指導するつもりですが、皆さんはどうしますか?」
「フッ、愚問というものだろう先生。『誰だって食卓では平等』と貴方は言っていた。ならば、我々に断る道理などあるはずもない。」
「よ、よくそんな言葉覚えてたな……。雑誌の取材で、ありのまま伝えただけなのに。」
相変わらずキラキラした瞳のエミヤを見やりながら、ケンたち調理班はいつの間にか大所帯になっていたキッチンで動き出した。本番の料理はまだ先だが、それまでにしっかりと基礎を教えておかなくてはならない。
「ケーーーン!上手く切れぬぞ!!」
「ネロ陛下、それは正しい切り方があるのです。ここを持って……」
「おおなるほど!やるではないか!」
「恐縮です。ああメイヴさん、そんな風に砂糖を入れてはいけません。スイーツではないのですから、一つまみ程度で十分です。」
「えーっ!面倒ねえ。材料を入れるだけで出来る料理とかないわけ?」
「あるにはありますが、かけた手間の分だけ美味しくなるものです。それに、クーフーリン殿は細かいところまでよく気の付くお方。あなたの努力も認めてくださることでしょう。」
「ホント!?もう、人を乗せるのが上手いんだから!」
「次は……うーん、少しこれだと火力が強すぎて中まで火が通りません。ジャンヌオルタさん、そこのつまみで調整してください。」
「こ、こう……?うわっ!も、もっと強くなったじゃないの!!」
「大丈夫です、まだ焦げてはいません!ほら、落ち着いて……。」
「こ、こうね。ふん!案外簡単じゃない!」
「そうです、案ずるより産むが易しですよ。」
ケンは調理班の一人として、手料理を作りたいサーヴァントたちのために、指導を行っていた。その中でも特に担当する割合が多いのは、王様や反英雄などの気難しい連中だ。ケンはこういう相手の扱いに慣れているため、大きな騒ぎもなく進んでいた。
「せんせーい!こっち来てくださーい!!」
「はーい!今、向かいます……ね……。」
ケンは呼ばれるままにテーブルへ向かっていったが、自分を呼んだ人物らを見ると凍り付いた。
「段蔵、大儀であった。中々便利じゃなボイチェン機能。」
「忍の任務にも、中々役に立ちました。なにせ、主殿は我々の声ならすぐに察しがつくでしょうから。」
「それで、のこのこやってきたわけでござるな。」
「み……みなさん……お久しぶりです……。」
ケンが呼ばれたテーブルは、ぐだぐだ女性陣……別名、ケン被害者(脳破壊的な意味で)の会だ。全員一見和気あいあいと料理をしているように見えるが、よく見ると目が笑っていない。
「……さて、それではケン?その体中についたキスマークについて、説明してもらいましょうか?」
感情が全くこもっていない笑顔というのは、ここまで恐ろしいものなのか。ケンはガタガタと震えながら、胃薬の申請を必ずしようと心に誓うのであった。
「アルトリア、中々筋がいいですわね!今度は帆をはりますわよ!準備なさい!」
「了解した。フッ、海の上というのも中々愉快なものだ。」
「そう言っていただけると嬉しいですわね。それに引き換え……」
「やだーーーー!!何でこんなに揺れるんだい船というものは!?地震知らずのアヴァロンを少しは見習ってくれ!」
「つべこべ言わずに働く!口よりも手を動かすんだよ!」
「ひーん!ケンの胸板が恋しいよーーー!!」
「……あれは多少揺られたほうがいい。何かの拍子にズレている部分がハマるかもしてん。」