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ラッコ鍋の惨劇から一夜明け、ケンはすっかり本調子を取り戻していた。だが、休んでばかりもいられない。なにせ今日は準備の最終日。マグロ漁に出ているブリテン勢を迎えに行った後、最後の仕上げをしなくてはならない。
「きっと頑張ってきたことだろうし、朝食を差し入れるとしよう。」
独り言をつぶやきながら、ケンはブリテン……つまりはイギリスの朝食を用意し始めた。出来上がるころには、彼らも帰ってくるころだろう。ところでイギリスといえば食事がまずいという悪名をこれでもかと轟かせているイメージがあるが、実は朝食は豪華なことで有名なのだ。現に、イギリス以外の朝食が質素なのに対し、量と栄養という点で優れている。そのため、『イギリスで美味いものが食いたければ、朝食を3回食え』という言葉も残されている。もっとも、円卓の騎士たちの時代に、そんな文化はなかったが……。
「ポリッジ……ポーチドエッグ……ソーセージにキッパー、ケジャリ―……これくらいあればいいかな?」
ここでケンが挙げた料理は全て、イギリスで頻繁に食される朝食のメニューだ。ポリッジとは要するに粥のことで、穀類を牛乳で炊くのが定番だ。ここに生クリームやバター、砂糖などを加えて食べるのだが、ブリテンでも頻繁に作ったメニューだ。もっとも、砂糖なんて高級品はホイホイ使えなかったが……。
「アルトリアは甘いものが大好きだったものなあ……。砂糖多めで。」
イギリスの料理が不味いと言われるのは味付けが薄いためだとされている。このポリッジにしても、後から個々人が調味料で味付けして食べることが多い。まあ、中にはスターゲイジーパイのような、言い訳が出来ない品物もあるわけだが……。
その上、円卓の騎士たちは、『食べて栄養になるのならそれでいい』というスタンスだったため、イギリス式そのままだと出されたものを口に運んで、お腹が膨れれば満足する。そんな風なので、ケンは常にこめかみに青筋を浮かべていた。
「キッパーはカルデアに既にあったし、ケジャリ―を作るだけでいい。インドの方々に沢山スパイスをとってきてもらって正解だった。」
ケジャリ―とはカレー味のピラフのような料理で、イギリスで食べられるのは19世紀、インドがイギリス領になってからだ。もしここにラクシュミー・バーイーでもいたら激怒するかもしれないな……と考えつつ、クローブやターメリック、クミンなどを取り出す。
「……いい香りだ。これはきっと喜ばれる。」
これを渡してくれたラーマ殿の困ったような笑みがつい思い起こされ、笑みがこぼれる。何でも、カルナ殿とアルジュナ殿がいつの間にかスパイスの収穫量で競争になり、大部分が吹き飛んでしまったそうだ。その後、アルジュナ殿の授かりの英雄としての力のおかげで、なんとかそれなりの量を確保できたらしい。マスターにどや顔を晒していたのはそういうことかと、ひどく合点がいったのを覚えている。
「バターで米の一粒一粒をコーティングするように……っと。」
油が米を包むことにより、パラパラの食感になる。炒飯にしても同じ原理だ。
「おっと、忘れるところだった。海賊の皆さんにもお礼を用意しなくては。」
漁などやったこともない彼らに教えるのは一苦労だっただろうし、酒に合うつまみの一つや二つ、差し入れても罰は当たらないだろう。そう思いながら魚のカルパッチョを作り、再び配膳用のワゴンに乗せる。シミュレーションルームに入れば、きっと彼らが疲れた顔で待っているはずだ。想像しつつ、ケンは扉のロックを解除し、中に入った。
「お疲れ様でした!朝食を用意していますから、よかったら…………?」
シミュレーションルームに入ったケンが、困惑の声を漏らしたのも仕方のないことだ。帰還していた二艘の船とその乗員のサーヴァントたち。まともと言えるのはアルトリアとメアリー、アンくらいのもので、マーリンは床で潰れたカエルみたいになっている。まるで信長様のような……とつい考えてしまい、慌ててかき消す。
だがさらにひどいのは黒髭の船の方だ。皆やけに元気がなく、そのくせ妙にスッキリした顔をしている。だが黒髭は、まるで真っ白な灰のようになってしまっている。アグラヴェインもひどいもので、アルトリアの目がなければ今すぐにでも喉を掻き切らんばかりだ。
「えっ……と……。これは一体、何が……?」
「……聞かないでください。」
「そ、そうか。ひ、ひとまず朝食を用意してあるから、よかったら食べてくれ。コ、コーヒーとか飲むか?」
「モーニング、コーヒー……。ハッ。ハハハハ……。」
乾いた笑いのランスロットが気になるところだが、ひとまず放っておいた方がいい。ケンは大人の判断を下しつつ、マーリンのもとに近寄った。
「マーリン……?だ、大丈夫か?」
「……。」
声をかけてもまるで反応がない。ケンは焦って肩を揺さぶるが、何かを呟くばかりで起きる気配がない。
「こ、これは……。ほんとに頑張ったんだな。俺は誇らしいぞ、マーリン。」
ひとまずマーリンに羽織をかぶせつつ、ケンはアルトリアのもとに向かう。彼女はマーリンとは対照的に、かなり元気なようだ。
「アルトリア。漁はどうだった?」
「とても楽しかった。まっさらな大海原を駆け、マグロの群れを追いかけるのは胸が躍るな。」
「それは重畳。モードレッドは?」
「よく頑張っていた。流石私たちの娘だな。それに、奴も海の魅力に憑りつかれたようでな。今はサーフィンとやらにご執心だ。」
「そうか……。俺たちの娘というと語弊があるが、楽しそうで何よりだ。」
どこかのビーチで、波を乗りこなすモードレッドの姿を想像し、ケンは微笑む。その傍らで静かに微笑むアルトリアは、まるで良妻の如き佇まいだ。
「……おっと、こんなことをしている場合じゃないんだ。朝食を用意したから、冷める前に食べてくれ。」
「何!?そういうことは先に言え!」
「言っておくが、ここにいる全員分だからな。お前ひとりの分ではないからな。」
「……ブリテンの王様でもか?」
「王様でもだ。」
不満げに口をとがらせながらも、ケンの朝食の魅力には逆らえなかったらしい。そそくさと配膳ワゴンに向かったのを確認すると、ケンはおもむろにマーリンを背負った。このまま砂浜に寝かせておくのはどうかと思ったし、何より頑張った彼女を労いたかったからだ。
シミュレーションルームを出て、カルデアの廊下を歩く。マーリンを自分の部屋で休ませるためだ。もしこいつが狸寝入りだったら……という可能性も考えないではなかったが、多少は好きにさせてやってもいいと思っていた。医務室に寝かせるのは怖かったからという事もあるが、それほどまでにマーリンの頑張りに感動していたからでもある。
サーヴァントたちに与えられた個室は、基本的にマスターのそれと同じつくりをしている。自分の持ち物を置いたり、ある程度は改装することも許されてはいるものの、ケンは自分の部屋を特にいじることはなかった。ほとんど厨房かボイラー室横の部屋にいるため、ここには寝るくらいの用しかないためだ。
そんな部屋だから、寝具として使っている布団も大して上等なものではない。カルデアで支給される、無地のスーツと毛布で寝ている。例え大したことのない寝具であっても、ケンの長い人生の中ではかなり上等な部類に入る。マーリンがどうなのかは知らないが、これしかないのだから我慢してもらおう。
赤ん坊を扱うような慎重さでマーリンを仰向けに寝かせると、彼女のあまりにもあどけない寝顔が目に入る。初めて会ったときは何一つ苦労などしたことのないという余裕のある顔つきをしていたが、今こうして見ると少しばかり精悍さが増したような気がする。例えるなら、子供から大人に成長した、といったところだろうか。
「……いい女になったな。今はぐっすり休むといい。」
さらりと目にかかる髪を耳にかけてやった後、ケンは部屋を後にするため踵を返す。次この部屋に帰ってくる頃には、きっとマーリンも目を覚ましていることだろう。
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「エミヤ殿。今日が最終日ですが、しっかり仕込みは出来ましたか?」
「ああ、問題ない。……だが、本当によかったのかね?我々も宴会に参加できるよう、交代制にしておくとは……。」
エミヤの言葉通り、調理班は時間ごとに交代する当番制を取っている。バイキング形式で行われるため、足りなくなった料理はすぐに追加することが求められるが、それでも下ごしらえや作り置きを活用することで、何とか可能になったのだ。
「もちろんです。せっかく沢山のサーヴァントの方々が協力を申し出てくださったのですから、活用させていただかなくては。それに、これは私のためでもあります。……ええ、大変ですが何とかしましょう。」
「そ、そうか。あなたも何かと、気苦労が絶えないのだな。だがそういうことなら任せてくれ、先生!常に厨房に立っているわけではないとはいえ、全力を尽くすと誓おう!」
「感謝します。それでは、首尾よくいきましょう。」
ケンは厨房を忙しく動き回る、エジソン&テスラfeat.バベッジの製作した調理ロボットを見る。本来なら人間と同じくらいのサイズで作るはずだったのだが、邪魔になるという理由でドブネズミ……失礼、チンチラサイズくらいのスケールだ。テーブルをチョロチョロと車輪で走り回り、調味料やスプーンを運ぶ様子はなんとも可愛らしい。
「これなら、時間的な問題は大丈夫でしょうか。それでは私は、余興組を見てきます。」
「ああ、よろしく頼む。……正直なところ、バーサーカー以外で彼らに言う事を聞かせる方法は先生位しかないからな。」
厨房をエミヤに預け、ケンは作家組の部屋に向かう。彼らはいつも締め切りギリギリまで追い込まれているということだったから、かなり心配していたのだが……。
「えっ!完成してるんですか!」
「驚くのも無理はないと思うけど、それが事実なんだ。現にほら、ここに原稿がある。」
仕事あがり、ベッドで泥のように眠っている作家2人の代わりに、ヘンリー・ジキルが答えた。彼の手には分厚い紙の束が握られており、その言葉が嘘でないことを証明していた。
「おお……!正直、私が出会ってきた芸術家の方々も中々癖の強い方ばかりだったので、少し心配していたのですが……。」
「あ、あはは……。彼らも多分そういうタイプだけど、今回はかなりインスピレーションが湧いたそうだよ。君の体験談のおかげかな。」
「アンデルセン殿には“パンケーキにとにかく甘いものをぶちまけただけの三文恋愛小説”とボロカスに言われましたけどね。」
「……彼には少し、刺激が強かったのかもね。」
何にせよ、完成しているのならそれで十分だ。念のためにアマデウスの方にも行ってみたが、マリー・アントワネットが一緒とあっては真面目にやらないわけがない。ちびっ子の劇の練習も中々順調そうだ。クッキーを持って行ったら、すっかり懐かれてしまった。
「まあ、おいしいわ!おいしいわ!」
「うん!わたしたちも、もっと食べたい!」
「それは良かった。ですが、晩御飯が食べられなくなるのであと一枚ずつですよ?」
無垢な子供というのは、どうしてこうも癒されるのか。普段から獣のような視線を受け続けてきた男の、哀しい背中がその理由を物語っていた。
その後もケンは、色々なところを見て回った。宴会の準備だけでなく、信長や沖田の様子を医務室へ見に行き、しばらくは目を覚まさないだろうと言われたり、そのついでに未だに医務室にいたクーフーリンやケルトのサーヴァントたちに話を聞いたりした。何の問題もないことを確認したケンは、明日の
ケンは自室の開閉スイッチを操作し、ドアを開けて中に入る。
「……ん、起きたか。よく眠れたか?」
「……まあね。めちゃくちゃきつかったんだぞう!!」
ケンが置いて行った上着を羽織り、ぶーたれているマーリンがいた。かなり体格差があるので、ちょうど彼シャツのようになっている。そんな彼女に目を向け、刀を立てかけつつ、ケンは宥めるように言った。
「そう言うな。現にお前は、行く前よりずっといい顔つきになった。」
「……ふーん?君の好みかい?」
「……まあ、そうだな。今のお前の方が好きだ。」
「……ふーん?ふーん??」
「な、何だ。妙な奴だな。」
「べっつに~?ふふ、今の私の方が好きか~。」
いきなり上機嫌になったマーリンを不審な目で見つつも、ケンはいそいそとタッパーを取り出した。
「マーリン、お前は食い損ねていただろう。お前のために用意した品があるから、食べられそうなら食べるといい。」
「えっ、ホント!?いやあ、実はずっと食べてみたかったんだ!」
「そこまで喜んでくれると俺も張り合いがある。それではこちら、『マグロと野菜のピリ辛和え』でございます。」
ケンが差し出したタッパーを覗いてみれば、一口サイズにカットされたマグロと、パプリカや玉ねぎといった沢山の野菜がごろごろと見える。しかしどれも均一の大きさに切られており、味がしっかりついている。
「ん~……。中々食欲をそそる匂いだね!それじゃ早速……とと、テーブルが必要かな?」
「行儀は悪いが、布団の上で食べてもいいぞ。」
「ん、それじゃありがたく……。ん~~!口の中がホットな感じだけど、噛んだらしっかり野菜の甘味が出てくるね!ねえケン、今キスしたらどんな味するか気にならない?」
「味見はしてあるから別に。」
「ノリが悪いなあ……。ん、でも待てよ……。」
料理に舌包みを打つマーリンの横顔を隣で眺めていたケンは、彼女の顔がにま~~と歪むのを見て、間違いなくろくでもないことを思いついたなとうんざりする。短い付き合いのはずだが、何故だか彼女のことはよくわかる。
「ちょっと失敬、マイ・フェイト!」
「何を……ん!?」
いきなりマーリンがケンの両頬にふれ、熱烈な口づけを行ったのだ。自分で味付けをしたピリ辛が舌に伝わるが、ケンの舌をなぞるマーリンの柔らかな舌のどこからか、ほのかな甘みが感じられた。
「ぷぁっ……。ふふ、どうだいケン?ピリ辛の中から、私の味を見つけられたかい?」
「……何でお前、体まで花みたいなんだ。」
「わぁ、すごいすごい!やっぱり味覚が優れてるんだね!」
「……そりゃどうも。」
「ふふ、でもねマイ・フェイト?私だって、舌にはちょっと自信あるんだよ?例えば………」
「―――なぜか、君の舌から別の女の味がするよね?誰にされたのかな?」
真正面からマーリンの顔を見るケンは、彼女の透き通るような桜色の瞳が、黒く黒く濁っていくのを確かに捉えた。いつの間にかケンの手首を掴む手にも力がこもり、指が食い込む。先ほどまで朗らかに笑っていたはずの表情もどこかへ消え去り、代わりに能面を張り付けたような薄っぺらな無表情のみになる。
「……知ってどうする?」
「そりゃあ、ちょっとお話するだけだよ?大丈夫、危ないことはしないからさ。」
ケンはすぐに思考を巡らせる。マーリンの言う別の女というのは、間違いなくスカサハのことだ。あの後彼女の事を調べたが、本物の神様だったのだ。ここでもしマーリンに教えてしまえば、神と妖精の頂上戦争が起きる可能性すらある。マーリンが傷つくのは耐えられないし、スカサハは……少しだけ、夢見が悪い。そして何より、カルデアが危険にさらされる。
―――結論は出た。こいつをスカサハに会わせるわけにはいかない。
「……これは、俺とその女性の問題だ。お前の手を煩わせる必要はない。」
「ひどいじゃないかケン。私たちは夫婦なんだから、旦那様の問題は私が解決しないとね?」
……かなり重症だ。いつの間に俺たちは夫婦になったのだろうか。ひょっとすると、マグロ漁のストレスから現実逃避の術を覚えてしまったのかもしれない。
「そうか。なら、きちんと話をするとしよう。相手の名はスカサハ。……俺が、殺すべき相手だ。」
「スカサハ……。ああなるほど、そういうことか。」
スカサハの名を聞いただけですべてに合点がいくあたり、マーリンが只者ではないことを思い知らされる。そして驚いたことに、スカサハと聞いただけで、マーリンはいつもの余裕たっぷりな雰囲気に戻る。
「なーんだ、心配して損した!彼女は恋とか愛とかから、最も遠い存在だからね!」
「そ、そこまで言うほどなのか。」
「なにせ、彼女は死の国の女王だからね!それじゃ、夜通しで添い寝囁きオプションの王の話をするとしようか!」
「いや悪いが、明日は宴会で忙しいんでな。今度聞かせてくれ。」
けんもほろろ、取り付く島もないケンの冷たい態度に、マーリンはまるで熟年夫婦みたいだねとあくまでポジティブだが、添い寝は断らなかったのでいそいそと同じ布団に潜り込んだ。今日からここが私のアヴァロンってことにならないかなあと思いながら。
次の朝目を覚ますと、ケンはすでにいなかった。それでもしっかり朝食を作って置いて行ってくれているのを見て、マーリンは朝からご機嫌な朝食を堪能することが出来たのだった。
さあさ急げや急げ、準備を急げ!あと2時間も経ったなら、お祭り騒ぎの始まりだ!!
「はぁーーー!!さいっこうだったぜーーー!!」
「む、モードレッドか。その様子だと、サーフィンは楽しめたようだな。」
「ちっ、ちちち父上!?ふ、不肖モードレッド、ただいま帰還しました!!」
「そう固くなるな。思えばお前は、船の上でも私に話しかけてこなかったな。」
「は、はい……。オレ、オレは……。」
「……しばし暇を与えよう、モードレッド。お前がどうしたいのか、どうあるべきなのか。お前なりの答えを探し、再び我が前に立つがいい。これは聖杯を探すよりも困難な旅路だが……それでも、やり遂げて見せよ。」
「……!!ハッ!必ず、答えを探し出して見せます!!」