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早朝。誰よりも早く目を覚ましたケンは、最低限の身支度を行って厨房に向かう。綺麗に整頓された調理器具たちと、下ごしらえを終えてある食材たちも、今か今かと出番を待ちわびているように感じられた。宴会は午前9時から始まり、深夜の12時までの15時間続く。ロボットたちの作業に任せきりではなく、最低でも二人の調理班が厨房に残っていなければならないため、最低でも7時間半はここで戦うことになる。
「……む、おお先生か。流石だな、私もここに来るのは一番初めとの自負があったのだが。」
「言い出しっぺですから。」
次にやってきたのは赤い弓兵、エミヤだ。彼はケンが来るまでの厨房の主とも言える存在で、高い調理技術とそれをも超えるほど高い意欲を、ケンは強く評価していた。
「改めて確認しておきますが、特に重要なのは正午です。この時間にマスターは召喚を行い、第六特異点でお世話になったサーヴァントの方々を連れてくることでしょう。」
「我々の担当する中での、大一番になるわけだな。各々の出身は日本、エジプト、中国、中東……。それに合わせたメニューを作るそうだが……。」
「エミヤ殿は米を使う料理を担当してもらうつもりです。三蔵ちゃんの精進料理と、ファラオ達への料理は私が作りましょう。」
「了解した。それでは、早速取り掛かるとしよう。」
「ええ。どうか、お覚悟を。ここからは、今までの比になりません……!!」
ケンは気を引き締め、後ろ髪を紐で結びなおす。この感覚が、料理の始まりだ。
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「味見!ソースを持ってこい!!」
「ベビーコーンのスライスは均等なサイズにしろ!!」
「肉は良く叩いて柔らかく!塩少なめのコショウ多めだ!」
「枝豆がゆであがったら潰してムースにしろ!春巻きの具に肉を入れるなよ!!」
自分の分の調理をこなしながら、ケンは調理ロボットたちに次々に指示を飛ばす。少し離れたところでピラフを作っているエミヤは、その光景を憧れの視線でつい追ってしまう。
「報告!!ネロ・クラウディウス出現!!」
「!! すぐに向かうから、マグロに触るなよ!!」
ケンはすぐに包丁をしまうと、調理服から接客用のウェイター服に着替えると、優雅さを損なわないギリギリのスピードでネロのもとへと急ぐ。純白のドレスと燃えるようなバラが目を引く彼女は、パーティーの喧噪の中でもすぐに見つけられた。
「ネロ陛下、ご機嫌麗しゅう。この宴席は、楽しんでおいでですか?」
「おお、ケンではないか!うむ、余はエンジョイしておる!」
「それはよかった。ですが、見たところお飲み物がないご様子。こちらに最高の葡萄酒をご用意させていただきました。“ワインの王様”バローロ。“ワインの女王”ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ。“イタリアの瞑想ワイン”アマローネ・デッラ・ヴァルポリチェッラ。どれも素晴らしい品ばかりで、肴もこちらにご用意が。」
「どれ、では一口……。」
ネロが真珠色の唇をグラスにつけ、ブルネッロを一息に飲む。その瞬間に溢れだす、力強さと華やかさ。そして何より、フルーティで包み込むような果実感。
「これは……!」
「―――うむ。
「神祖!!」
いつの間にか、ロムルスがネロの隣でグラスを煽っている。何も知らない蒙昧なる者が彼の言葉を聞けば、『ワインの感想がローマとは一体何事か』と思うかもしれない。だが、真に賢い者からすれば、これ以上に素晴らしい感想というのは作り得ないものである。
「……感服いたしました。私が選んだブルネッロ。それはまさしく浪漫の風。口の中を侵略するかのような重厚感。バラの花弁で雨を降らせるかの如き華やかさ。そして何より、全てを包み込む愛。」
「―――この葡萄酒は、ローマである。我らが築き、そして栄華を極めたローマ。その在り様を示したものである。」
ネロは何故だか、自分の手の中にあるグラスが急に重くなったように感じた。だが、それも仕方のないことだ。このワインには、何千年もの重みがあるのだから。
「……ケン!やはり貴様、余の料理人に……」
「それ以上はいけません、ネロ陛下。愛とは情熱の風。ひとところに留まるものではありません。」
「そ、そんな……。」
「……ですが。季節が来れば、また風は吹きます。西の便りと共に、麦を揺らして帰ってきます。私もそれと同じです。あなたが望むのであれば、何度でも訪れましょう。」
「ほ、本当だな!?余は、余は寂しいのは好まぬぞ!」
「ええ。ですから、今だけはどうかご容赦を。」
「む、むうう……。わかった。余は物分かりのいい皇帝故な!」
「ありがとうございます。それでは、私は次の仕事が待っていますので。」
こうして最難関のワガママ皇帝を突破したかに思えたケンだったが、お気づきだろうか?この男、問題を先送りにしただけなのである。料理に意味を持たせるのはケンの料理の真骨頂だが、そこから先は大抵ハッタリで乗り切っている。現に、選んだワインがイタリア……ひいてはローマを連想させることは想定していたが、ネロの料理人になるくだりは全てアドリブ、ハッタリの詐欺師の手段だ。……とはいえ、虎口を脱せるのなら贅沢は言っていられない。またすぐにやってくる気難しい王様のため、ふたたびケンは厨房に舞い戻った。
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「報告!!藤丸立香、召喚に成功!!まもなく、大一番なり!!」
ふたたびけたたましく叫ぶ調理ロボット。いよいよ最も重要な出番が来たようだ。
「ッ、エミヤ殿!私はファラオの料理に移ります!まだいけますか!?」
「と、当然だ!まだ、まだやってみせるさ!!」
そう言いながらも、彼の腕は既に震え始めている。おそらくは、限界が近いのだろう。ここまでおよそ6時間以上、戦い続けてきたのだから無理もない。
「あと少しです……!どうか、頑張って!!」
ケンは励ましつつも、ファラオ達に出す料理に取り掛かる。既に何を作るかは決まっているため、後は思うがままに腕を振るえばいい。
古代エジプトの料理は、壁画を読み取ることで現代にも伝わっている。それによれば平民はともかくとして、裕福な人々はかなり幅広い食事の選択肢があったことがわかっているのだ。穀類をはじめとして、タマネギやレタスなどの野菜、羊や豚、牛などの肉類、果てはブドウを栽培してワインをも作っていたという。
ここまで多くの食材があれば、作れるものも多々ある。この材料からあの太陽王……オジマンディアスが求めるものを作ろうと考えれば、答えは少しずつ絞れてくる。
玉ねぎとフライドオニオンをみじん切りにして、オリーブオイルで炒める。カッペリーニというパスタを加えて、そのまま炒め続ける。その間にフライドオニオンを作り、ひよこ豆も茹でる。これはかの大英雄の大好物のため、たっぷりと。茹で上がったひよこ豆を水につけた米に入れ、ブイヨンとスパイスと共に炊く。炊き込みご飯はエジプト料理の鉄板だ。
だが、このままでは面白くない。もう一工夫が必要だ。
ケンが取り出したのはラム肉だ。ジャックちゃんに解体してもらった馬鹿でかい肉の塊を、ひたすらに包丁でチョップしていく。機械ではなく手作業で行うことで、ミンチにした際の食感が良くなるのだ。出来上がったひき肉をボウルに入れると、多種にわたるスパイスを混ぜてしっかりと香りと味をつける。後はこれを細く成型して焼き上げれば、ペルシャ料理の大正義エース、キャバブ=ケバブの完成だ。
これをコシャリの上に乗せ、上からトマトソースを回しかければ、エジプト料理と中東料理のツーマンセル『コシャリ・ケバブ』の完成だ。
「エミヤ殿!すぐに持って行きます!ほんの少しの間、厨房お任せします!!」
「承知した!任せてくれ!」
すぐさま服を着替え、湯気を立てるコシャリ・ケバブをワゴンに乗せる。今頃召喚ルームから食堂へと移動しているころだろうから、すぐに行けば先回り出来るはずだ。彼らの喜ぶ顔を想像し、ついケンの頬もほころぶ。足取り軽く、ワゴンを転がすのであった。
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「フハハハハハ!!よい!よいぞ料理人!!中々気の回せる男ではないか!!」
「おっ、こりゃうめぇ!ハハ、まさか戦いに召喚されたのに、いきなりこんな美味い飯が食えるとは思わなかったな!」
すこぶる上機嫌の太陽王。つくづくアーラシュと一緒に召喚されてよかったものだ。
「すっごーい!これ精進料理なの!?もっとこう、もっと……!」
「この炒飯というのも、何という香ばしさか!よもやお米にこんな調理法があるとはな!マグロの握りも旨すぎる!!」
「果実!ああ果実!瑞々しい林檎はやはり最高だ!」
「……皆、こんなにも幸せそうに……。魔術師殿、感謝いたしますぞ。」
皆それぞれ、好きな料理に舌鼓を打ち、幸せを嚙みしめている。呪腕のハサンにストレートに感謝を伝えられ、立香は思わず強く否定してしまう。
「い、いやいやいや!こんなの全部、ケンさんたちが頑張ってくれたおかげで……!」
「だとしてもです。サーヴァントたちが自発的に動き、思い思い楽しむことを許してくださっただけでも、貴女の度量が伺えようというもの。それに、静謐にしても……」
「……はい。私は、とても幸せです。」
立香の背後に控え……いや、背中に張り付いている静謐のハサンは、まさしく天上に昇るかのようなとろけ顔で頷く。体の強毒のせいで人に触れれば殺してしまう彼女にとって、なんの気兼ねもなく触れられる立香は神か仏かと言ったところなのだろう。
「マスター。そろそろ、余興の始まる時間です。至高の芸術の数々、楽しんでこられては?」
「え、もうそんな時間!?私絶対人魚姫2観たかったんだ!」
「それでは召喚されたばかりの方々も、別室にご案内いたしましょう。すぐにボーイをよこしますので。」
「ボーイ?」
立香の疑問には答えず、ケンはただ黙ってベルを鳴らす。するとどうだろう、すぐさまタキシードを着たランスロットが現れた。
「皆さま方、どうぞこちらへ。おや、素敵なマドモアゼルもいらっしゃるご様子。どうですか、この後お茶でも……んん!失礼。」
ケンが鯉口を切って威嚇すると、ようやくランスロットが案内を始める。それを見届け、ケンもようやく脱力が出来た。
「……やれやれ、油断も隙もありませんね。少し目を離したら女性を口説いている。」
「ケンさん人の事言えないよ。」
「……と、とにかく!マスター、楽しんでおりますか?」
「それはもう!料理すっごい美味しいし、皆楽しそうだし!やっぱり賑やかなのが嬉しいよね!」
「それならば、私も頑張った甲斐があるというものです。ちょうどそろそろ上がりの時間ですし、私は戻ります。どうか、最後までお楽しみくださいね。」
立香と別れ、ケンは厨房に戻る。最大の山場を乗り越えたことで、エミヤも力尽きてしまってはいたが、その顔は晴れやかだ。
「先生……。我々は、とうとうやり遂げたのだな。」
「……ええ。よく頑張りましたね。ここから我々は自由時間です。どうか、素晴らしい時間を過ごしてくださいね。」
「フッ……。私にとっては既にこの時間そのものが、夢物語のようだというのに。これ以上幸せになっては、何かの罰が当たるかもしれないな。」
よろよろと立ち上がったエミヤを見送り、ケンもようやく着替えることが出来た。あまりにも着慣れた和服に身を包めば、仕事モードからは解放され、いつものケンに早変わりだ。
厨房の裏……ダグアウトから出たケンは、これから何をしようかと考える。聞くところによると、信長様や沖田は夜まで強制入院ということで、お見舞いをしに行くのもいいかもしれない。というか、しに行っておかないと夜になって解放されてからが面倒だ。
そう思い歩を進めるケンだったが、その足がはたと止まる。
「ケン、今からは暇なんだろう?少し私に付き合え。」
「アルトリア……。今から俺は、見舞いに行きたいのだが……。」
なおもバニーのまま、アルトリアがケンの前に立ちふさがったからだ。ケンが同行を嫌がると、ぷくっと頬を膨らませて抗議する。
「奴らは私がいない間、お前とお愉しみだったそうだな。それなら今からのほんの少しの間でも、私に独占させようとは思わないのか。」
「……わかったよ。」
ケンとて、第六特異点の負い目がないわけではない。途端に上機嫌になったアルトリアにがっちり腕を組まれながら、どこかに連れていかれるのだった。
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「ここは……シェイクスピア殿の劇場?」
アルトリアがケンを連れてきたのは、この時のために用意された真っ暗なミニシアターだ。収容できる人数はあまり多くはないが、それでも十分な施設だろう。もっとも、シェイクスピアが演出する、という条件がなければの話だが。
「そうだ。ここには、アダルティックな大人のデートをしに来た。……こんなに暗いんだ、たいていの事では気づかれないぞ?」
「やめておけ。せっかくの新作、楽しめなくては損だ。」
「……フッ。黙っていられるかな?」
どういうことだ?と聞く前に、ケンは言葉を失った。ケンの右隣……つまり、アルトリアとは反対側の隣に、立香が座っていたからだ。
「……え、ケンさん?なんでここいるの?」
「いやそれが……アルトリアに誘われるまま……」
「おっと、そろそろ開演らしいぞ。ケン、静かにしておけ。」
釈然としないまま、ケンは舞台に目を向ける。堂々と登場したナイスミドル、シェイクスピアが声を張り上げる。流石に素晴らしい声だ。
「皆々様、よくお越しくださいました!今日、ここに私の新作を公開し、皆さんの万雷の拍手を受けられるものと確信しております!!」
「お待たせした皆さまから、リンゴの芯が投げ込まれる前に!我が新作のモチーフをご紹介しましょう!これはブリテンの興亡の物語!かのアーサー王の、もっとも近くにいた人間の数奇な人生にございます!」
「…………は?」
「う、う~~~ん……強制入院、是非もなし……なわけないじゃろ!早く出せ!」
「ちょ、ちょっと騒がないでくださいよノッブ!またあの天使の皮被った悪魔が来ますよ!!」
「段蔵、私から逃げたあの術で逃げられないのですか?」
「……出来るなら、あなた方を見捨てて逃げていまする。」