“ケン”という男の話   作:春雨シオン

37 / 50
さて、それではケンという男の話、ブリテン編の始まりです。滅びの確定した島で、彼は何を思い、何を為したのか―――。

感想・評価・ここすきなどしていただけると励みになります!!


第一幕 運命に出会った日

 開いた口が塞がらないといった様子のケンだったが、それも無理のないことだろう。なにせ、これからこの劇場で、あの書聖シェイクスピアの手によって、自分の人生を劇にしたものが上映されるというのだから。

 

 確かにシェイクスピアの協力の条件として、ケンは自分の人生を語る取材に付き合った。何度も何度も別人として生きたケンの体験は、作家にとっては垂涎ものかもしれない。だからといって、それをそのまま作品にするだろうか?

 

 

「どうしたケン。せっかくお前のために用意させた舞台だというのに。」

 

「……ま、まさかアルトリア。お前の仕業なのか?」

 

 

 ケンが震える声で尋ねれば、アルトリアは無言のどや顔で答える。よく見れば、シェイクスピアはこちらをちらちらと見ているようでもある。

 

 

「奴にロンゴミニアドを活用したブリテンズネゴシエーションを行ってな。快く了承してくれた。」

 

「それは要するに脅迫なんじゃないの……?」

 

「マスター、その、彼女はこういう、脳筋なところがありまして……。」

 

 

 昔からそうだった。一人の人間にしてはあまりに巨大すぎる力を持ったためか、彼女は敵軍との戦いにおいても、『私がエクスカリバーかませばよくないか?』と、単純すぎる力技で解決しようとするところがあった。もっとも、そのくらい適当な方が上手くいくことも多々あるのだが。

 

 

「それよりも舞台に目を戻せ。立香にしても、こいつのブリテンでの生き様は気になるだろう。」

 

「うーん、それはそうだけど……。」

 

「でも私がいる必要ありませんよねマスター?ちょっと、というかかなり、スレてたというかやさぐれてた時期なので、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど……。」

 

「え~~~?マスター、ケンさんと一緒に観たいなあ~~~~~~?」

 

「……せ、せめてポップコーンとか」

 

「ほんの一瞬でもすべての観客の咀嚼音を止め、静寂を作り出すことが出来たならば、それは素晴らしい劇だということだ。心配せずとも、そんなものを食べている暇はないぞ。」

 

 

 あのアルトリアが、食べ物を拒否する―――。それほどまでに、この劇に対する思いは強いのだ。ケンはもはや何も言えず、おとなしく椅子に座るのだった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 物語の始まりは、かの男の物心のついた時から始めるべきでしょう。なにせ彼は、親の顔すら知らないみなしごであったのですから!

 

 普通の人間であったのならば、頼る者のいない心細さに、袖を涙で濡らしたでしょうが、男は少し違ったのです!ただ一言だけ、『今度はみなしごか』と呟いただけでした。彼の名前を、ここではケンといたしましょう!周りの村人の助けを借りながら、10と少しになったころ。ある噂話を聞いたのです。

 

 

「黄金に輝く選定の剣。それを抜いた者こそが、このブリテンを統べる王になるだろうと。」

 

 

 それを聞いたケンは、黙ってかばんに一切れのパンとナイフを詰め、村を出て行ったのです。育ててもらった村人たちに、感謝をつづった置手紙と、たくさんの銀貨だけを残して。

 

 

 

 

 さてさて、たどり着いたるは選定の剣、それが刺さった大岩のもと!黄金の剣を囲むのは、力自慢の男たち!雁首揃えて剣に挑むが、一ミリだって動かない!

 

 

 ではケンならばあるいはどうだ?普通ではないこの男、王たる資格はありやなしや?

 

 

「……うん、ここなら人もたくさんいる。さて、ひと稼ぎするとしよう。」

 

 

 ケンは石をならべて小さな窯を作り、そこにでこぼこだらけの鍋を置く。慎重に取り出した麦を鍋で煮て、そこに牛酪(バタ)をひとすくい。たちまち香るよい香り、人々の目鼻は釘付けに。

 

 

「さあさ皆さん、腹ごしらえはいかがでしょうか!今ならこちらのポリッジが、お値段たったの銀一枚!」

 

 

 

 

 

「……何ですかその顔はマスター。なんでそんなに不満げなんですか!」

 

「どうせならカリバーンやってみればよかったのに。意外とチキンなの?」

 

 

 口を尖らせる立香を他所に、舞台は粛々と続いている。

 

 

 

 

 王の資格は知らないが、商人の才はあるらしい。ケンの周りに人が集まり、あっという間に鍋はからっぽになってしまった。ケンは鞄に銀をしまうと、ふらふら市場へ歩いてく。材料の仕入れをしたならば、彼はすぐに戻って再び料理を作る。料理を作って人々に売り、暗くなったら宿に泊まる。

 

 そんなことを何度も何度も繰り返したケンは、すっかり顔の知れた存在になってしまった。カリバーンに挑み敵わなかった者たちも、ケンの料理を楽しみにすることで傷心と疲れた体を癒した。やがて、人の集まるカリバーンの周りで物を売れば儲かると気づいた商人たちが、敷物を並べて商売を始めた。あっという間に出来た臨時の市場のおかげで、ケンは一々歩く必要はなくなったが、それでもカリバーンを抜いた人間は現れない。

 

 

 何度も何度も日が昇り、それと同じだけ月が昇ったある日。一人の男が、こんなことを言い出した。

 

 

「おい見てみろ!カリバーンが、ほんの少しだけ抜けているぞ!」

 

 

 確かによく見てみれば、ほんの少しだけ刀身の見える部分が伸びている。ひょっとすると、あまりに多くの人々が挑戦したために、少しずつ少しずつ動いた分が、蓄積してこうなったのかもしれない。なにせ、ケンが来てから一年が経っていたのだから。

 

 人々は湧き立ち、更に多くの人々がカリバーンに挑んだ。そして同じ数の人々が落胆し、同じ数の人々がケンの料理を食べ、同じ数だけの銀貨がケンの鞄に入った。まったく羨ましいことで。

 

 

 

 今日も今日とて日が沈み、人々は皆帰路に就く。もしまだ人がいるのなら、そいつはきっと根無し草。帰る場所などどこにもない、あの月のようなぼっちでござい。

 

 

 

 ケンは、12になっていた。リンゴのように瑞々しい頬は実に健康的で、手足は子豚のようにふっくらとしている。ただ一つだけ、その瞳だけは、年相応のものではない。何千年の時を過ごした、化石のような虚ろな目だった。

 

 

 ケンは市場で買った、ほんの一杯か二杯程度の葡萄酒をあおる。革袋に入ったそれは決して上等なものではないし、風味も悪い。だがその口の中の不快さが、ケンの孤独を慰めてくれた。

 

 

「……もうここに来て2年になるのに、未だに王は現れない。選定の剣、カリバーン。これを抜いた者こそが、真なる統治者……つまり、アーサー王であるわけだ。」

 

 

 胡坐をかいていたケンは立ち上がると、カリバーンに近づいていく。月の光を受けるその剣は、今は黄金ではなく白銀の貌を見せている。

 

 

「……思えば、俺とお前はよく似ているな。お前もまた、仕えるべきご主人様に出会えないのだから。」

 

 

 突き立てられた剣に話しかける少年は、もし誰かに見られていれば、石を投げられ排斥されたかもしれない。だが、今その姿は月だけが知っている。少年は、構わず話し続ける。返ってくる言葉など、あるはずもないというのに。

 

 

「俺も同じだよ、カリバーン。信長様に仕えてから、どうしてもその影を追ってしまう。あの方がいない人生が、ひどく無意味に思えてしまう。愛してくださらぬともいい。冷遇されようともいい。ただお側において、こき使ってくださればそれでいい。」

 

「―――寂しい。ああ、寂しいな。老婆になってなお、凄烈な熱を持ったあの御方が恋しい。」

 

 

 一息に告げ、少年は再び葡萄酒をあおる。最後の一滴まで飲み干した彼は、ふらふらと赤ら顔でカリバーンにさらに近づく。ともすれば、触れてしまいそうなほどに。

 

 

「……ひょっとしたらお前も、俺のように脳をやられてしまったのかもしれないな。麻薬のような抗いがたい魅力を持つ王様に。なあ、カリバーン……。」

 

 

 呟きながら、少年はカリバーンのグリップに手を伸ばす。ほんの少しだけでも、ぬくもりが感じられないかと祈るように。そしてその指先が、カリバーンに触れた時――――。

 

 

 

「―――おっと、それに触るのはやめてくれないかな?私はNTRは趣味じゃなくてね。」

 

 

 

 ふわりと香る花の香り。ケンが驚いて振り向くと、この世の物とは思えないほど美しい男性がそこにはいた。ケンがその顔を見つめれば、男とは思えないほどの色気を放つ笑みを浮かべた。

 

 

 

「……あなたが、ブリテンの王になるお方ですか?」

 

「いやいや、私の名はマーリン。しがない花の魔術師のお兄さんさ!」

 

 

 

 マーリンのふわふわとした言葉を聞き、ケンは目の前の男が只者ではないことを理解した。ケンの乏しいアーサー王物語の知識の中で、マーリンというビッグネームには聞き覚えがあったからだ。

 

 

「そう、ですか。失礼しました、マーリン殿。確かにこの剣は王の持ち物、私程度が触れていいものではありませんでした。」

 

「うーん、そう恐縮されるとなんだかこっちが悪いような気がしてくるなあ。というか、カリバーンに触れてほしくないのは、君が王になってしまうからさ。カリバーンNTRじゃなくてブリテンNTRだね。」

 

「……ご冗談を。私に王の資質などありません。」

 

「私もそう思うけど、カリバーンはそうは思わないみたいでね。現にほら、少しずつ抜けてしまっているだろう?もし握ってしまえば、勝手に抜けてしまったかもしれないね。」

 

 

 確かに言葉の通り、カリバーンは触れられてもいないのに、上に引っ張られているかの如く動いている。あくまで緩慢としたその動きは、まるで物欲しげな視線を向けているかのように思われた。

 

 

「……だとしても、私は王になりたいわけではありません。ここに来たのは、私が仕えるにふさわしい王を待つため。カリバーンを抜いたそのお方を、誰より早く見極めるため。」

 

「ではもし仮に、君のお眼鏡にかなう者ではなかったらどうする?」

 

 

 マーリンの意地の悪い質問に、ケンは少し考えて告げた。

 

 

「……その時は、世を儚んで入水します。私が生きる意味もありませんので。」

 

 

 

 

 

「……そんなに、追い詰められてたんだ。」

 

「まあ、信長様に地獄の底までお供する覚悟でしたから。アルトリアに出会えていなければ、とっくの昔に湖の魚の餌でしたね。」

 

 

 

 

 

「そうかい。でも、おそらくはその必要はないはずだよ。今から一週間のうちに、とある人物がここを訪れる。その者はこの剣を、いともたやすく引き抜くだろう。そしてそれこそ、理想の王である証。君もきっと気に入るはずだ。」

 

「……そうであることを願いましょう。感謝します、マーリン殿。」

 

 

 再び瞬きをした時、マーリンは跡形もなく消えていた。まるで夏の夜の夢のように。だが、彼の言葉はケンの胸に宿り、生きる力をもたらした。あとほんの、一週間でいい。始まりにせよ、終わりにせよ、この喪失感は一週間のうちに消え失せる。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「この道をあと3日も進めば、例の選定の剣……カリバーンにたどり着く。そいつを抜けるかどうかで、ブリテンの王にふさわしいかどうかが決まるそうだ。……おい、聞いてるのかアルトリア?」

 

「……はっ!も、もちろん聞いてますよケイ兄さん!け、けけ決してご飯のことなんて考えてないんですからね!!」

 

「はぁ……。例え古城に棲むっつー龍だろうと、お前の食い意地を見たら悲鳴をあげて逃げ出すだろうよ。お願いだから食べないでくださーいってな。」

 

「なっ!?なんてこと言うんですか!それにただ、これはカリバーンのあるところに最近美味しいご飯屋さんが出来たっていう噂が流れてきたから……!」

 

 

 ぷんすかと憤慨するかわいいかわいい妹を無視しつつ、ケイは馬上からじっと道の先を見つめる。この先に選定の剣があり、アルトリアはそれを抜くのだろう。そうすれば彼女は王に―――すべてを救う、救世主になるのだろう。

 

 

 だが、それに何の意味がある?目の前の義妹は、普通の町娘となんら変わらない。食事の時間には目を輝かせ、こうしてからかってやれば面白いように反応する。笑って、泣いて、怒って……彼女は、普通の人間だ。

 

 

 だが王になれば、それらすべては失われる。人間の幸も不幸も全て失くして、彼女はブリテンを存続させる機構になり果てる。それがどうしても、ケイには納得がいかなかったのだ。

 

 

「……ケイ兄さん?まさか、道に迷ったのですか?」

 

 

 不意に、後ろから不安そうな声がかかる。そうだ、こんなところで悩んでいる暇はない。

 

 

「……まさかだろ。城で迷って、半泣きになって走り回ってたお前じゃあるまいし!」

 

「なーー!?そんな何年も前のこと、まだ持ち出すんですか!?」

 

 

 拳を振り上げて怒るアルトリアから、笑いながら馬で逃げるケイ。かなりのスピードだが、アルトリアなら追いつけるだろう。ああ、どうせならこのまま、逃げてしまおうか。運命すら追いつけないほど、どこか遠くまで走っていってしまおうか。

 

 

 出来るはずもない想像をしながら、ケイとアルトリアは疾駆する。駆ける馬の蹄の音は、まるで時を刻む針の音のよう。二人は刻一刻と、運命に近づくのであった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 ―――その日のことを、私は生涯、忘れることはないでしょう。

 

 

 

 王になるという責務を、私はよく理解していなかった。ただ単に、カリバーンを抜かなくてはいけないから、抜きに行く……。ただそれだけだったのです。小さな子供が親に連れられて、よく知りもしない親戚にあいさつをするように。挨拶よりも、その後の食事を楽しみにしているのと同じだったのです。

 

 

 ですが、そこで、私は――――

 

 

 ―――もう一つの、運命に出会ったのです。

 

 

 

 

 選定の剣を抜き、力を入れすぎて尻餅をついてしまった私。それに手を差し伸べて、その黒髪の少年は言いました。

 

 

 

 

「―――どうか、お答え願います。」

 

 

「―――貴方が、私の主ですか?」






―――休憩中―――


「それにしても、ケンさんノッブに脳やられすぎじゃない?」

「それほどまでに魅力的な人物ということです。沖田は私の心に、信長様は私の脳にそれぞれ、消えない傷をつけていきました。」

「ほう、では私はどこだケン。」

「……胃とか?」

「よし今すぐその体に消えない傷を刻んでやろう。」

「わーっ!ストップストップ!」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。