“ケン”という男の話   作:春雨シオン

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第二幕 悠久の時を越え

 その日、少女は己の運命に出会い、ブリテンは大きな転換点を迎えた。まだ若きその王は、顔を真っ赤にしながら少年の手を掴んだのである。

 

 

「え、ええっと……ひ、ひとまずありがとうございます。お恥ずかしいところを……」

 

「……いいえ。この剣と、それに従う運命は、人の身には重すぎるものです。仕方のないことでしょう。」

 

 

 ケンが手に力を込め、アルトリアを立ち上がらせてやると、アルトリアは慌てるように手を離し、ケンの顔から目を反らす。

 

 

「……何か、失礼でもありましたでしょうか。」

 

「あっ、えっ、いっ、いえ!ただ単に、ちょ、ちょっと緊張してしまって……。」

 

 

 まるで生娘のような反応をしているアルトリアだったが、正真正銘の生娘である。立香はその姿と今のアルトリアがどうしても結びつかず、ケンの横顔ごしにバニーの彼女を眺めた。

 

 

「……おいお前。アルトリアに何してんだ。」

 

「あなたは……?」

 

 

 ケンが背中側からかけられた声に振り向くと、銀髪の飄々とした顔つきの男が、その顔を苦々し気に歪めながら、ケンのことを睨んでいた。

 

 

「こいつの義兄、名をケイ。んな事より、早速ナンパでもしてたってのか?」

 

「ちょ、ちょっとケイ兄さん!そんなわけないじゃないですか!」

 

「……まあ、ある意味ではそうです。私はこの方を口説きたいと思っています。」

 

「え!?そ、そんなほんとに!?」

 

 

 頭から湯気が上がっているのかと思うほど真っ赤になり、あたふたとするアルトリア。対照的にケイの顔はより不機嫌そうになり、今にも殴りかかりそうなほどだ。

 

 

「ちょうど今、仕込みを行っていたところです。もう少しお待ちいただければ、ご馳走出来るかと。」

 

「ご馳走!?ケイ兄さん、彼は間違いなくいい人ですよ!えっと、お名前は……」

 

「ケン、とお呼びください。あと少しで煮えますので、今しばらく……。」

 

 

 目を輝かせるアルトリアと、対照的に苦々し気なケイ。ケンと合わせて3人が覗きこむ鍋の中には、ぐつぐつとチーズの融けたポリッジが煮えている。

 

 

「うわあ、すっごい食欲をそそる匂い!こ、これ本当に食べていいんですか!?」

 

「ええ。……本当は、もっといろいろな料理を提供したいのですが。ここではこれが精々です。」

 

「そんな、こんなおいしそうな物作っておきながら!ほらケイ兄さん、早く頂きましょう!」

 

「はぁ、まったくお前は……。」

 

 

 不満たらたらといった様子で座り、ケンから器を受け取ったケイ。匙でひとすくいして、少し冷ましてから啜る。

 

 

「うおっ……旨……。」

 

「美味しいです!普段食べてるものより、すごく味が濃くて……!」

 

「それは良かったです。」

 

 

 すっかりカリバーンの事なんて忘れたしまったかのように、和気あいあいと食事が始まる。それを見かねたのか、あの男が姿を現した。

 

 

 

「……そろそろ、私の話を始めてもいいかな?なんか私のこと放って、すっかりお食事ムードだけど。」

 

「な、何だ!?誰だお前は!」

 

「ああ、マーリン殿。」

 

「……。」

 

 

 突如現れたマーリンに対し、驚愕して剣を抜こうとするケイ。あくまで平然として、泰然自若のケン。そして、ただひたすらにポリッジを口に詰め込むことに集中しているアルトリア。

 

 

「……いやあの、私が一番話をしたい人がご飯のことしか考えてない顔してるんだけど?流石にこれは予想外だったなあ。」

 

「よほどお腹が空いていたのでしょう。それほど多くは作っていませんから、そのうち食べ終わりますよ。」

 

 

 その言葉通り、やがて鍋は空になり、既に水で洗い終わった後のような、綺麗な姿を取り戻した。これはアルトリアが洗ってくれたわけではなく、一滴も残さぬようにと匙を振るいまくったからだ。

 

 

「ふぅ、ご馳走様でした……。ってあれ、マーリンではないですか。さっきぶりですね。」

 

「……何か、ホントに理想の王なのか不安になってきたなあ。」

 

 

 ぶつくさ言いながらも、マーリンは自分が王を補佐するために現れたことを語った。アルトリアがカリバーンを抜く前に声だけ届け、彼女に人ではなくなると忠告をしたことも。

 

 それを聞いて、ケイは当然のように激怒したが、アルトリアは平然としている。まるで、自分の運命をありのままに受け入れたかのようだ。

 

 

「だって、私はそういう風に生まれてきたんですよ?今更何を躊躇うことがあるんですか?」

 

「……お前……。」

 

「……詳しくお聞きしても?」

 

 

 ケンが尋ねると、許可も取らないうちにマーリンがべらべらとしゃべりだす。曰く、アルトリアは人の体に竜の心臓を……つまり、人の身でありながら竜の力を持った人間として作られ、ブリテンを治める理想の王としての宿命を持って生まれてきたのだと。

 

 

「……それで、貴女はよろしいのですか?」

 

「だから、そういう風に生まれたからそうするんですよ。私は別に、誰かの笑顔が守れるのならそれでいいかなあって。」

 

「……なるほど。」

 

 

 答えを聞いてにっこりと笑ったケンは、目にも止まらぬ早さで地面に置いてあったカリバーンを取ると、その切っ先をマーリンに向ける。その場にいた誰も、何の反応できなかった。ケイもアルトリアも、ケンの事をただ単に料理が上手い少年だと思っていたからだ。

 

 だが実際には、悠久の時を別人として生き、いくつもの鉄火場を生き抜いた男である。いくら修行を行ったとはいえ、まだ少年少女の二人の想像を超えるなど、造作もないことだ。

 

 

「―――マーリン。彼女のどこが、理想の王なんだ?」

 

「……怖い怖い、そんなに怒らないでおくれよ。君のお眼鏡には敵わなかったかな?」

 

「彼女は確かに、心優しい少女だ。だがそれ故に、為政者には向かない。人を疑うことを知らず、使命感もたっぷりだ。俺にとってはむしろ―――」

 

「―――詐欺師に騙されやすいタイプに見えるが?」

 

 

 

 

 目の前で繰り広げられる修羅場に、アルトリアはまるでついていけていなかった。ついさっきまでニコニコと笑っていた距離感の近い少年が、今はまったく感情を感じないお面のような顔でマーリンを睨み、そのマーリンもまた、表情を変えることなくニコニコと笑っているだけ。こんなわけのわからない状況に直面して、適切な行動を取れと言う方が無茶だというものだ。

 

 

 

 

「心外だなあ。私は間違いなく、彼女こそこのブリテンの王にふさわしいと思っているのに。」

 

「ならば話せ。お前の目的は何だ?」

 

「わかった、話すよ。話すから、その剣を下ろしてはくれないかな?」

 

「断る。答えによっては、この場でお前を斬らなくてはならない。」

 

「……斬れる、とでも?」

 

「人を斬るだけなら素人でも出来る。斬り得ぬを斬ってこそ、侍というもの。……こちらから問おう。()()()()()()?」

 

 

 

 

 相対するのは、どちらも人の道を外れし化物ども。ただ違うのは、それが先天的か後天的かという点一つのみ。心を知らぬ妖精もどきの魔術師と、心を知りながら外道に引きずり落とされた侍。

 

 

 ……先に折れたのは、魔術師の方だった。

 

 

「降参、降参!正直に話させてもらうよ。」

 

「疾く申せ。」

 

「はいはい……。簡単に言うとね、私はハッピーエンドが見たいんだ。」

 

 

 あっけらかんとした様子のまま、マーリンは説き始めた。彼は夢魔とのハーフであり、人間とは精神構造が違うこと。たまたまハッピーエンドが好きで、それをもたらしてくれそうな王様を作ることが彼の願いであるということ。

 

 そしてなにより、終わりに至るまでの過程で、何があっても気にしないということ。

 

 

「……つまり、素晴らしい結果にたどり着けるのなら、誰が傷つこうと、誰が死のうと構わないと。……まるでサイコパスだな。」

 

「まあ本質的にはそうだね。君たちとは違う、異物だから。酷い事とは思うけど、それを気にはしないよ。」

 

「ふ、ふざけんな!!てめえ、そんなことにアルトリアを巻き込もうとしてんのか!!」

 

 

 この台詞に激昂したのはケイだ。感情のまま殴りかかるが、その拳がマーリンを捉えることはなく、蜃気楼のようにマーリンを透過したケイは、躓いて地面に倒れてしまう。

 

 

「いやごめんね?これは幻術だから、私に触れることは出来ないんだ。まして、斬ることもね。」

 

「……だっ、黙れ!!選定の剣なんざ知ったことか、帰るぞアルトリア!!こんな奴の口車に乗って、王になんぞなる必要はない!!」

 

 

 倒れ伏してなお、義妹のために義憤するケイ。その姿をちらりと見て、ケンはカリバーンを鞘に納めた。そのままアルトリアのもとに歩み寄ると、片膝をついて剣の柄を差し出した。アルトリアはそれを見て、いよいよ何が何だかわからず混乱しているようだ。

 

 

「……え?えーっと……?」

 

「……これが、貴女の知るべき真実です。今、改めて聞かせていただきたい。()()()()()()()()()?」

 

「……。」

 

 

 未だに戸惑っている様子のアルトリア。ケンは続ける。

 

 

「貴女がもし王になりたくないのなら、その責は私が代わりに背負いましょう。カリバーンは、私を選んだのですから。」

 

「……!本当ですか?」

 

「事実だよ。まあ私としては不本意だけどね。」

 

「……ですが、私は所詮()()。この時代には存在しないもの。貴女が王になるのを望むのなら、それが最上の事でしょう。」

 

「故に問いたいのです。貴女が王になるのを望むのなら、それは何故ですか?」

 

「……それは、望まれ」

 

()()()()()()、というのはやめていただきたい。」

 

 

 ケンはアルトリアの言葉を強い語気で遮ると、強い言葉を使ったのを後ろめたく思っているのか、声のトーンを落として弁明する。

 

 

「……私が以前、仕えた主もそうであったのです。本人には何の野心もないのに、周囲から押し上げられ、いつの間にやら皇帝になってしまった方です。本人はただ単に、田舎でのんびりと暮らせればそれでいいと思っていたのに。―――もとはただの百姓、次が役人、山賊を経て皇帝。彼女は常に、苦しみ抜きました。強大過ぎる敵、周囲からの期待、自らの出自……。最後には、女性であることをも捨ててしまったのです。」

 

 

 

「―――故に、王になりたいと望むのならば、何のためかをここで決めていただきたい。貴女は、何故に王を目指すのですか?」

 

 

 

 ケンは目を開き、アルトリアをまっすぐと見つめた。彼女の目に、もはや迷いはなかった。

 

 

 

「―――私は、人々の笑顔を守りたい。皆が笑って暮らせることが、私の願いです。」

 

「……それは、あなたの願いなのですね?」

 

「そうです。私は請われたからではなく、私がそうしたいからするのです!」

 

 

 もはやそれは、少女の目ではなかった。民草を守り、愛する、王の目だった。

 

 

「……ならば、ゆめゆめお忘れなきよう。あなたはあなたの願いのために、この剣を抜き王になるのです。」

 

「―――はい。」

 

 

 アルトリアはケンの手からカリバーンを受け取り、改めて自分の腰に佩いた。マーリンは満足げに頷いているが、ケイは一度だけ、悔しそうに拳を地面にたたきつけた。

 

 

「改めて、貴女のお名前をお聞きしたい。」

 

「―――アルトリア・ペンドラゴン。」

 

「アルトリア・ペンドラゴン様。どうか私を、あなたの初めの臣下にしていただけませんか?料理と剣術しか出来ない男ですが、長い年月を生きております。数々の王を見てきたこの年の功、何かのお役に立つはずです。」

 

「こちらこそ、是非にお願いしたい!私について来てくれますか?」

 

「……はい。よろしくお願いいたします。」

 

 

 二人は改めて主従の誓いをし、アルトリアに初めての家臣が出来た。嬉しそうなアルトリアの姿を見ては、流石にケイもそれ以上文句は言えなかった。

 

 

「うんうん、これで皆丸く収まったね!いやぁ、よかったよかった!」

 

 

 ……だが相変わらず、空気の読めない者が一人。誰のせいでこんなことになっていると思っているのか。

 

 

「……マーリン。これからは、貴様も我が王に尽くすことだ。仮に王に、不義理をした暁には、俺が貴様を斬る。」

 

「いやあだからね?私は幻術を使えるから、目に見えてる私を斬ったところで意味はないんだよ。」

 

「言ったはずだ。斬り得ぬものを斬ってこそ、侍なのだと。ケイ殿、剣を借りる。」

 

「お、おぉ……。」

 

 

 ケイから剣を受け取ると、ただ何でもないように振り上げ、小さく詠唱を行う。

 

 

「外法だが、外道を斬るにはちょうどいい。加藤段蔵、許されよ。」

 

「―――妖術斬法・夕顔。」

 

 

 特殊な足さばき―――それと体重移動、功夫に見られる気という概念―――そして何より、複数回の人生を経たことによる研鑽。それがこの、純粋な超高速移動――『縮地』を生み出した。

 

 

 一瞬にしてマーリンとの距離を詰め、剣がマーリンの顔の傍をかすめる。だが、おかしいことが一つ。

 

 

 ―――マーリンの髪が一房、一瞬のうちに切断された。

 

 

「……嘘だろう?」

 

 

 驚愕に歪むマーリンの顔だったが、対照的にケンの顔は平然としている。それどころか、不満そうですらある。

 

 

「ちっ、やはり子供の体では、筋力が足りないか。」

 

「……だがまあ、男前が増したようだなマーリン。俺の言葉が嘘でないと分かったなら、王に尽くすことだ。でなければ、せっかくの男前の首が飛ぶ。」

 

「は、あははは……。これはとんでもない人が入ってきちゃったなあ……。」

 

 

 マーリンはケンを見て震えているが、このくらいやっておかなくてはいけない。いや、まだ足りないくらいである。アルトリアとケイに使った技について質問攻めにされながら、ケンは警戒を強めた。王に尽くすのならそれでよし、そうでないのなら懲らしめる。全てはただ、目の前の未熟な少女のために。

 

 

 

(……こんなことしてたら、あなたは浮気だと怒るでしょうか、信長様。)

 

 

(例え、怒鳴られようとも祟られようとも構いません。化けて出てくるとおっしゃるのであれば、それほど嬉しいことはありません。)

 

 

(それに、沖田……。お前の技に、少しでも近づけただろうか?段蔵は、外法を教えたことを後悔してはいないだろうか?)

 

 

(でも、そう……この、一生は。)

 

 

 

 

 

「―――我が王。」

 

「な、なんかくすぐったいですね。普通にアルトリア、でいいですよ。

 

「……そうですか。では、アルトリア。私の技も、力も、命でさえも。すべてあなたに捧げ、尽くすことを誓います。」

 

「ふぇ、え、あ、は、はい!そ、そうですよね、王様ですもんね!」

 

「……早めに慣れてくださいね。」

 

 

 相変わらず男に免疫のないアルトリアを心配しながらも、一行の旅は今ここに、始まりを告げたのだった。




―――休憩中―――

「どうだ、マスター。小さいころのケンは、魔性だろう?異性の友人なんてまったくいないころだというのに、思春期にこんな距離感の近い異性がいたら多少勘違いもしようというものだ。」

「うーん、一理あるかも……。この時から好きになっちゃってたの?」

「いいや、それはこの後のお楽しみだな。」

「そっか……。そういえば農民上がりの皇帝って誰なの?私あんまり歴史とか詳しくないから……。」

「……あの方々に関しては、正直なところ歴史の勉強とか意味がないと思いますよ。私も現代との齟齬にかなり驚きましたから。」

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