“ケン”という男の話   作:春雨シオン

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始めに言っておきますと、今回は多分ひどいです。ちょっと頭がおかしくなってたと思ってください。

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第三幕 アルトリアの怒り

 アルトリアは選定の剣、カリバーンを引き抜き、ブリテンの王たる資格を示した。彼女は―――いや、あえて彼と呼ぼう。彼は、マーリンと義兄のケイを引き連れブリテンの各地を冒険し、多くの魔物を討伐し民の尊敬を集めた。その結果、ガヴェイン卿やベディウィエール卿といった素晴らしい騎士たちが彼のもとに集い、彼らを束ねた騎士王は、卑王ヴォ―ティガーンを打ち倒しブリテンを救った―――。

 

 これが、多くの人口に膾炙したアーサー王物語であろう。だが、その裏で王を支え続けたとある人物のことを知る者はあまりにも少ない。彼の者は、他のどんな騎士も真似できなかった技の冴えを持っていたという。彼の者は、魔法と見紛うような術で王の空腹を癒し、病に喘ぐ人々を救ったという。―――彼の者は、王の想い人であったという。

 

 その者が何故、歴史に名を残していないのか?それには、キリスト教とその教会が深く関わっているとされている。アーサー王はキリスト教の理想的君主と位置づけられており、清廉・公正・節制などと、キリスト教の教えによく合致していたため、彼には夢のような王であってもらう必要があった。それこそ、ギネヴィアという妻がありながら、別の男を想っていたなどという事実は不都合であったのだ。そのため、現存する資料には彼の者の記述は見られない。彼の者は、歴史にもみ消された存在だと言えるだろう。

 

 

 ―――おや、前置きが長くなってしまったね。それじゃ、続きも楽しんでくれたまえよ。

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

「……リア?アルトリア?聞いているかい?」

 

 

 こちらを覗き込むマーリンの声にはっと意識を引き戻され、慌てて頷いた。まもなく卑王・ヴォ―ティガーンとの決戦だというのに、こんなことでどうするのか。

 

 

「……申し訳ありません、マーリン。つい気が抜けてしまっていました。」

 

「また見惚れていたのかい?流石の私も、ちょっと妬いてしまうくらいお熱いね。」

 

 

 バレていた。目の前の人懐こい顔で笑っている魔術師には、自分がなぜ心ここにあらずだったのか、すっかりお見通しのようだ。頬が熱くなるのを感じつつも、つい彼の姿を目で追ってしまう。兵士たちに出陣食を振舞い、あれこれと世話を焼いている私の最初の臣下を。

 

 

「それにしても、わざわざこんな高いところから必死に姿を探すとはね。私はそのまま落ちてしまうのではないかと思った。」

 

「……うるさいですよ。今から鎧を着るのですから、早く出て行ってください。」

 

「はいはい。あっでも一人じゃ着れないだろう?従者は……まあ、彼しかいないか。」

 

「……と、当然です。急いでくださいね。」

 

 

 りょうか~いと気の抜けた返事をしながら、戸を開けて出ていくマーリン。まったく、気の抜けているのはどっちなのか。そう思いながら、私は再び窓から下を眺める。王として一人だけ城の中で戦支度をしているのだが、鎧は一人では纏うことも脱ぐことも出来ない。そのため全ての騎士には、騎士見習いの従者がつくのが普通だ。だが、アルトリアの場合は女性であることを知られてはいけないため、従者も慎重に選ぶ必要がある。

 

 

(―――そう、これはそのためだ。決して私欲のためなどではない。)

 

 

 ノックの音に返事をし、扉を開けながら。アルトリアは誰よりも待ち望んだ彼に、満面の笑みを以て応えるのだった。

 

 

 

 

 

 

「アーサー王。まもなく出立ですが、お加減はいかがでしょうか。」

 

 

 ケン。私の最初の臣下にして、この世でもっとも大切なあなた。出会った頃の可愛らしい容姿はどこかに消え、目の前にいるのは精悍な青年。無駄のない引き締まった体と、強い意志を秘めた瞳。まるで情熱の炎が燃え滾っているかのようなそれに少し見つめられただけで、私の体は熱に浮かされてしまう。

 

 

「そんな風に呼ばないでください。今は私とあなたしかいないのですから、どうか二人っきりの態度で。」

 

「……わかったよ、アル。」

 

 

 彼の声が私の鼓膜を震わせ、甘い電流となって全身を駆け巡る。やはり、あだ名で呼ばせる試みは正解だった。心の中での昏い喜びは胸に秘めたままに、本来の目的を告げる。

 

 

「それでいいのです。……では、鎧を着せてもらえますか?私の従者は、あなたしかいませんから。」

 

「ベティはどうした。彼も誠実で、従者には申し分ないと思うが。」

 

「……あ、あなた以外に触られたくないんです。」

 

 

 相変わらず彼はいじわるだ。私の想いに、もうとっくに気づいているはずなのに、まるで相手にしてくれない。それでいて他の女性に興味がある風でもないから、つい期待してしまう。

 

 

「……はいはい。それじゃ、さっさと着せていくぞ。」

 

「あっ……ひゃあ!?ど、どこ触ってるんですか!」

 

「……一向に変なところは触っていないが。誤解を招くようなことを言うんじゃない。」

 

 

 ちぇっ、失敗ですか。マーリンに教わった『痴漢冤罪』というこの技も、ケンにはまったく通用しなかった。

 

 

「でもまあ、安心した。大きな戦いの前に、不安になっているのではないかと思っていたから。そんな風にふざける余裕があるなら、大丈夫そうだな。」

 

「そりゃそうですよ。なんてったって、あなたに教わったんですから。『いざという時、思考のためには頭に空きがないといけない。だから人は心に余裕を持つべきで、そのためには笑うことだ』って。」

 

 

 彼にはいろいろなことを教わった。あの超高速移動の縮地とか、食べられる草の見分け方とか、王としての心構えとか。残念ながらどれも習得できたわけではないけれど、私の大切な宝物だ。

 

 

「それは重畳。俺の仕えた方々の事を、ほんの少しでも伝えられたなら満足だ。」

 

「いつもそう言ってますけど、そんなにすごい人たちだったんですか?」

 

 

 何気なく聞いた質問だったが、思いのほかケンは食いついてきた。よほどその話に飢えていたのだろう。

 

 

「もちろんだ。初めに俺を登用してくださった家茂様も、死ぬまで俺を傍に置いてくれた信長様も、どこまでも強く気高い景虎様も、決して折れることのなかった沛公も。全部全部、俺の誇りであり、一生の自慢だ。」

 

 

 そう嬉しそうに語るケンを見ていると、私もなんだか嬉しくなってしまう。この人が隣で笑ってくれていたら、どんなに嬉しいだろうかと。

 

 ―――だというのに。なぜか、ちくりと胸の奥に小さな針が刺さる。

 

 

「……ケン。」

 

「どうした?」

 

「私は……私は、そこに入れるでしょうか?」

 

「……どういうことだ?」

 

「あなたがそうやって、嬉しそうに語る王様たちの中に。私は、入れてもらえるのでしょうか。」

 

 

 私以外の王様を、嬉しそうに語る。それがどうしても、受け入れられなかった。確かに彼らの生き様は、思わず胸が躍るほどワクワクすることがあり、それでいて泣きたくなるほど哀しいこともある。そんな人たちのもとで生きていれば、それは素晴らしい人生なのだろう。

 

 では、今は?私という王のもとで生きる今は、その人たちに負けないくらいいいものなのだろうか?

 

 

「……そうだな。今はまだ、わからないかな。」

 

「……わからない?」

 

「俺はずっと自分の人生を、死ぬ時に評価してたんだ。だから、アルのことも死ぬ時まで評価するつもりはないよ。」

 

「……そ、そうですか。」

 

 

 死ぬ時まで。それってひょっとして、死ぬまで私の臣下でいてくれるということなのかもしれない。そんな私の悶々とした気持ちにまったく気づくこともなく、ケンは黙々と鎧を着せていく。革紐を結び、留め金を留め、アルトリアは着々と、勇ましい騎士の姿になっていく。

 

 

「きついところはないか?」

 

「問題ありません。後は籠手だけですね。」

 

 

 鎧を着るとどうしても動きが鈍ってしまうが、怪我をした方がよほど動きに支障がある。ヴォ―ティガーンに対して鎧がどれだけ意味があるかはわからないが、出来る限りの準備をしておかなくてはならない。

 

 

「……ヴォ―ティガーン。」

 

「確か、マーリンの奴が言ってたな。この世界で最強の生物である、ドラゴンになれると。」

 

「はい。私のエクスカリバー、それからマーリンに手渡された聖槍・ロンゴミニアド。二つの力をもってしてもなお、届くかどうか……。」

 

「……俺に襲い掛かったときに折れた、カリバーンの代わりの聖剣か。あいつもかわいそうな奴だった。」

 

「……そ、それは言わない約束じゃないですか!だいたいそれにしたって、いつまでも私の想いに答えてくれないあなたが悪いのであって―――!」

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

「いやいやいやちょっと待って?なんか聞き捨てならない台詞があったんだけど?」

 

「……何も、そこまで忠実にやらなくてもいいのに。」

 

「えほんとにあったの!?カリバーンって逆レ未遂で折れたの!?」

 

 

 驚愕する立香と、何故か頬を紅潮させて照れ顔になるアルトリア。言っておくが、笑いごとではない。シェイクスピアの名脚本と名演、それに素晴らしい演出により、なんだか報われない恋の果てに思いつめた男女のような、ある種の心中もののような物悲しい様相を呈しているが、やってることは最低である。

 

 

「騎士道に反する行いをすると、カリバーンは折れるのです。広く知られているのは、敵に背後から斬りかかったことですが、あんまりにもあんまりなので改変されたのでしょう。」

 

「……ひどい……ひどすぎる……。」

 

「私もカリバーンにはある種のシンパシーを感じていたのですが……せっかくのご主人様が、色ボケだったあれの気持ちを想うと……。」

 

「いやあ、すまないな。つい恋が暴走してしまってな。」

 

「……なんかちょっとマーリンに似てきたなお前。」

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

「……まあいいさ。カリバーンが折れたと聞いたときの、マーリンと湖の精霊とやらの唖然とした顔はちょっと面白かったし。」

 

 

 ケンの脳裏に思い起こされるのは、開いた口の塞がらないマーリンの顔だ。カリバーンが折れたと聞いた時は余裕たっぷりだったくせに、アルトリアからその原因を聞いた時は、『逆……え、レ……??』と語彙力を失っていた。いつでも余裕たっぷりという表情が崩れたあの瞬間は、ケンにとっては胸の空くものだった。

 

 もっとも、普通の男なら敬愛する上司に性的に襲われかけたらそれどころではないと思うが、ケンは別である。なんせ、慣れているからだ。……哀しい慣れだなと、その後には虚しさを覚えずにはいられなかったが。

 

 

「それに最強だかなんだか知らないが、恐れる必要はない。俺の生きた時代には、今よりずっと後……1500年後の時代だってあるが、そこにドラゴンなんて爪の一つも残っていない。対して人間はますます隆盛、まさに我が世の春が来たってな。」

 

「……。」

 

「個としては竜が最強なのかもしれないが、種としては人間が最強さ。何も恐れるものはない。」

 

「……それ別に、私に対する慰めになってはいないのでは?」

 

「……バレたか。」

 

「……ふふっ。」

 

 

 気まずそうに頬をかくケンに、思わず笑みがこぼれる。やっぱりこの人は、いつでも私に勇気を与えてくれる。

 

 

「まあ、さ。あれこれ言ったけどさ。つまりは、気楽に考えていいってことだ。別に負けてもいいんだ。生きて帰ってきてくれれば、それでいい。」

 

「しょ、正気ですか!?私たちが負けるという事は、人類が……!」

 

「負けても、生きてればいいさ。生きて帰ってくれば、もう一回チャンスが生まれるだろ?アルは負けず嫌いだから、泣きべそかいて帰ってくるだろうが、ご飯を作って待ってるよ。しっかり食べて、活力つけて、もう一回挑めばいい。」

 

「……。」

 

 

 負けてもいい。そう言われたのは初めてだった。今までカリバーンを引き抜いてからずっと、ヴォ―ティガーンを倒すことだけを考えて修行をしてきた。マーリンとケンのもと剣術を学び、たくさんの怪物たちと戦い経験を積んだ。全ての経験、全ての人生は、奴を倒すためにあるのだと思わされた。

 

 

 ……なんだか、心が軽くなった気がする。そっか。負けてもいいんだ。

 

 

「……さてと。それじゃ最後に、おまじないをしておこう。」

 

「おまじない?」

 

「ああ。手を出してくれ。」

 

 

 言われた通りに左手を出すと、ケンがすぐにその手をとった。男の人らしいごつごつとした指は、否応にでも私との違いを感じさせてドキッとした。相変わらずケンは私のことなんて気にしていないように、私の薬指を指でつまんだ。

 

 

 そのままケンは自分の長い髪の毛を一本抜くと、私の薬指にひと巻ふた巻して、血が止まらない程度に結び付けた。こういう細かな気遣いも、私の心をかき乱す一因だ。

 

 

「ケン……、これは?」

 

「『心中立て』という、俺の故郷の風習だ。遊女……つまりは娼婦が、愛する男のために、自分の体の一部を切り取って渡すことを言う。必ずまた、会いに来ることを約束させるためにな。」

 

「……。」

 

「最上級は指切りと言って、指を切り取って渡すそうだが、俺の指は刀や包丁を握らなきゃいけないんでな。髪で我慢してくれ。」

 

「……。」

 

 

 私はもう、何も言えなかった。目の前の男は、間違いなく自分のことを愛しているのだと思った。そうでなければおかしいとすら思えた。もはやブリテンがどうとか、ヴォ―ティガーンがどうとか、人類がどうとか、そんなことはどうでもよかった。そもそもこの世界は、母が良い子を産むために存在するはずだ。自分の血を残す事こそ、生物の本懐だったはずだ。

 

 

 そして同時に、ひどくムカついた。目の前にこんなに愛おしい人がいるのに、それを抱きしめることもできない。抱き寄せ、愛を囁き、褥を共にすることもできない。それも全て、ヴォ―ティガーンが悪い!あいつさえ、あいつさえいなければ!!

 

 

 然り!然り!然り!ヴォ―ティガーン、殺すべし!!

 

 

「ケン!籠手を持ちなさい!」

 

「―――!了解!」

 

「マーリン!今すぐに皆を集めよ!これより、出陣の時!!」

 

「よぉし、やる気だね!私も頑張ってサポートしよう!」

 

 

 アルトリアは激情のまま、城の塔から兵たちに姿を見せ、出立前の演説を行う。

 

「兵たちよ!!私は今、ここに宣言する!一刻も早く、かの悪逆を打ち倒す!全ての悲しみに終止符を打つ!当たり前のように笑い、当たり前のように食べ、当たり前のように子を為す!!そんな世界を、取り戻して見せる!!」

 

「オオーーーーーッ!!」

 

「吼えよ!吼えよ!怒りのままに叫ぶがいい!!我らから奪った、あまりに多いものを!!今こそ取り戻す時!!!」

 

「ウオオーーーーーーーーッ!!!」

 

 

 武器を振り上げ、兵士たちは激しく咆哮する。ヴォ―ティガーンとの戦いを前に、士気は最高潮に達していた。あの完璧に思えた王が、惜しむことなく激情を見せている。感情すら失ったかに思えた騎士王が、我らのために激怒している。その事実が兵たちの胸に火をつけ、勇気と誇りを与えたのだ。

 

 

「あれこそが、我が王……!!なんと、なんと誇らしい。」

 

 

 ガヴェインは静かに涙を流した。民たちのために本気で怒る王に、心の底から忠誠を誓ったためだ。

 

 

「私も、敗けていられません。絶対に、ここは守護して見せます!!」

 

 

 騎士王が留守の間、サクソン人からの防衛を任された守将のベディヴィエールは、決意を新たにした。ほんの足跡ひとつ、血の一滴でさえも、このブリテンを汚させはしないと。

 

 

「成長したな……。アルトリア……。」

 

 

 小さいころから見続けてきたアルトリアの勇姿に、ケンも涙をこらえきれなかった。自らの過酷な運命に怒り、それでいて逃げずに立ち向かう。例え贔屓目が入っていたとしても、今のアルトリアはケンにとって理想の王と言えた。

 

 

 そうしてアルトリア率いるヴォ―ティガーン討伐隊は、勇ましく進軍していき、大きな戦果を持って帰ってくることになる。ケンはそれを信じていたからこそ、今できる全ての贅を尽くした豪華なご馳走を用意して待っていた。今はまだ、自分が一番のご馳走であることを知らないままに―――。




「ウソでしょ……。この人、性欲で兵士まとめてる……。性欲でヴォ―ティガーン倒してる……。」

「……い、いやいや。これは私も初耳なんですけど。あの時のアルトリアめっちゃかっこよかったなあと思いながら見てたんですけど。」

「フッ。ヴォ―ティガーンは人類を滅ぼすことでブリテンを守ろうとした後ろ向きの力だ。それに対し私は、未来へ繋ぐという前向きの力だ。最後の最後、本当の力を発揮するのは、前向きな方に決まっているさ。」

「……こ、ここまで堂々と言われるとそんな気がしてきた!愛の力と言えなくもないよきっと!」

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