パワーをもらったのでちょっと多めに書いてしまいましたが、エピソードは3分割できるはずなので休み休みお愉しみください。
ケンが厨房に引っ込んでから、どれくらいの時間がたったのだろうか。おそらく15分程度のことだと思われるが、そこにいる人々にとっては永遠にも感じられる時間だったことだろう。
そして、ケンと小姓とが膳に茶碗を載せて持ってきた。小姓が信秀の前に、ケンが吉法師の前にそれを恭しく差し出す。二人のみならず、家臣団も皆茶碗を興味深くのぞき込む。
「な、なんじゃこれは!!」
最高齢の豊かなひげを蓄えた家臣が叫ぶ。――ケンが持ってきた茶碗の中に入っていたのは、
「き、貴様!!上様に何というものを!!その狼藉許せん、切り捨てて――!!」
「お待ちを!こちらの湯を注いで完成にございます。」
抜刀した人間を前にしても一歩もひるまないケン。その凛とした姿にひるんだのか、周りはまた一言も発せなくなる。
(――ケン、信じるぞ……。)
吉法師は祈るような気持ちで、急須から湯を茶碗に注ぐ。―――次の瞬間。
「お、おお!?」
握り飯が、自然に割れたのだ。そして中から飛び出してくる、かぐわしい香りと言ったら!まさしく蓮が花開くかのごとき現象に、誰も彼もが息をのんだ。ふわあと香る匂いが皆の鼻腔をくすぐり、一部の家臣はつい唾をのんだ。もちろん、緊張からではない。
「も、もう辛抱たまらん!食べるぞ、ケン!」
「はい。召し上がってください。」
ずずっと湯と共に米を啜れば、味噌の味と共に肉のうまみが弾ける。これは一体何が入っているのだろうか。
「ケン!これは何が入っとるんじゃ!」
「はい。カモの肉をミンチ……つまりつぶしたものと、みじん切りにした人参、大根、しめじを炒めて味噌で味付けしたものが入っております。」
「ぬう、つまり豪華な湯漬けになっているということか……。」
「し、しかし!!そんなもの、誰にでも出せまする!この子供を雇うという事には――」
「そうです!
ケンは我が意を得たりと言わんばかりに声をあげる。
「この飯玉は具材をつめて揚げております。つまり、保存が効くのです。」
それを聞いて吉法師があっと表情を弾ませる。
「そうか!つまりこれは、兵糧というわけじゃな!」
ケンはにっこり笑ってあとを続ける。
「その通りです。誰にでも、大量に作ることができ、保存が効いて、そして美味い。」
「これを大量に作り、兵士の皆さんに持たせるとどうでしょう?普段食べるものよりもずっと美味い食事を暖かい状態で食べられるのです。おそらく、士気は跳ね上がることでしょう。」
もはや誰も異議の声をあげられなかった。シンとした空間を破ったのは信長の父、信秀である。
「あっぱれである!このケンという男、ただの料理で我が軍の増強を成し遂げおったわ!褒美を取らすが、何が望みか!」
ケンは間髪入れずに申し入れる。
「それでは、私を料理番としてお雇いください。皆さんの邪魔になることは致しません。」
「む、しかしお前のような子供がおっては邪魔になるだろう。……よし、では吉法師専属の料理番にしてやろう!その腕、我が娘のため存分に振るえ!」
「はっ!この腕全てを捧げさせていただきます!」
「親父!!」
吉法師は飛び上がって喜んだが、信秀はそれをぴしゃりといさめる。
「吉法師!お主にやつの命は預けるぞ。好きにせい。」
「ああ感謝するのじゃ!よしケン、さっそくついてこい!お主は今日からワシの家臣じゃぞ!!」
「―――はい、お供します!」
子供二名が出て行ったあと、家臣団は急に議論を始めた。やれあの子供は本当に信用できるのかだの、見張りをつけておくべきだだの、騒がしい事この上ない。信秀はその中でも特に冷静な一人の若者を呼び寄せた。
「のう勝家。奴をどう思う。」
そう、後の世にて秀吉と覇を争い、最後まで織田に仕え続けた忠臣。柴田勝家その人であった。
「はっ。子供にしては頭が回りまするが、所詮それまででしょう。吉法師さまが成長なされたら追い出すのがよろしいかと。」
「うむ……そう見えるか……。」
「……信秀さまは違うのですか?」
「うむ。お主を含め誰も気づいておらなんだが、やつは
「!! 言われてみれば確かに……!信秀様のご慧眼、御見それしました。」
「よい。だが、ワシはこう思うのだ。これからの織田には、あのような特異な者が必要なのかもしれんと。ワシは今でも吉法師に家督を継がせるつもりでいる。そうなれば、吉法師を支える者もきっと特異な者ばかりになるじゃろう。――勝家、お前にも期待しておるぞ。」
「はっ!ありがたきお言葉にございまする!!」
礼をしながら、勝家は心の中で考え続ける。果たしてあのうつけが、この織田を継ぐのにふさわしい人物であるのかと。行動は突拍子もなく、人望もない。そしてなにより女である。勝家は吉法師に仕えたわけではなく、織田に仕えているのだという自負から、一人の人物を考えていた。
だがこの時点で、勝家は己が主君にふさわしいと考えている人物のことを、まったく理解できていなかったのだ。のちに織田信勝と呼ばれる、かの叛逆者の狂気を。
「これでケンがワシの家臣になったわけじゃ!やっぱ、結果を出すべきタイミングで出せる奴っていいヨネ!お前らに言っとるんじゃぞ中日打線!!」
カルデアには職員のモチベーションを保つため、様々な娯楽がある。ノッブが言っている中日打線というのは、チャールズバベッジ氏監修のAIにより、現実のプロ野球ペナントレースを完全再現したものに登場する面子である。地元の球団ということで猛プッシュしているノッブだったが、現在は最下位に甘んじているため、いろいろ溜まるものもあるのである。
「ケンさんってなかなかアイデアマンだったんだねー。私だったら思いつかないよ。」
「ああ、それでしたら二度目の生の際、歴史書を読み漁る中で知ったのですよ。桶狭間の前に湯漬けを食べて出陣したシーンがしょっちゅう出てきますよね?あれに賭けたんです。」
「え。それだともしノッブが湯漬け嫌いだったらどうするつもりだったの!?」
「その時はその時ですが……まあ、あのご様子だと心配無用でしょう。」
「うん?」
「ケ、ケンがワシのこと、ずっと前から知っておったとか……やっぱワシら、赤い糸でがんじがらめにされちゃった系カップルなんじゃよね!ていうかそう考えたらちょっとヤンデレっぽいけどノッブ的にはOKです!」
「ああ姉上!くねくねした姿もお美しい!!まさしく天に昇らんとする龍のごとき凛々しさが……」
くねくねしながらよくわからないことを呟いている若干気持ち悪いノッブの姿を見ては、マスターも納得せざるを得なかった。カッツに関してはいつも通りなので動じなかった。
突如キレたりくねくねしたりと、忙しない戦国武将である。その後、なんとか復活したノッブが話を再開するまでに時間がたっぷりあったため、マスターたちはリゾットのおかわりを出来たそうだ。
「ケン!こっちじゃ、はよう来い!」
「
ワシもこの時たしか元服終わっとったのう。それでケンも信長呼びなわけじゃ。まあ元服したからといって家督を継いだわけではないから、まだまだワシはうつけ継続中よ。それに、この頃からケンの飯でバフかかっとるからうつけも4割増しじゃ。ワシが言うのもなんじゃが、いろいろ無茶やったもんじゃな。
まあこの後の無茶はもっとすごいんじゃけど!
「ケン!お主、ワシの嫁に料理を作れ!」
「はあ、信長様は女性を娶られるのですね。では、どんな方なのかお聞かせください。」
「むぅ、もう少し動揺したりせんのか貴様。この前ワシが全裸に羽織り一枚でおったときも、『風邪をひかれてはいけません』と着こませてきおって。」
『お主が肩に触れてきたときのワシの純情を返せ』とは流石に言えないノッブだった。
「えっていうかちょっと待って!あのセイントグラフケンさんにやった奴だったの!?異性に!?あれを!?」
立香は驚きを隠せなかった。なにせ、そっちの趣味はないはずな上、相手があのノッブだと分かっているマスターでさえも、クラっと来た上思わず飛び込みそうになったあの透き通るような体を、惜しげもなく異性にさらしたというのだから。
「うわー……流石にドン引きですよノッブ。というか、沖田さんより貧相な体してるくせに生意気です!!ねえケンさん。私の方がほら、どことはいいませんけど大きいですよ?」
「はぁ~~~~?ワシのスキル『魔王』舐めとるじゃろお主!公式に『自力でロリからボインにまでなれる』と書かれたこの魔王を!!ワシなら例えゴスロリだろうとパツキン美女じゃろうと思うままじゃ!あ、でもケンがワシより気に入った姿があるってのは普通に気に食わんから胸のサイズまでにしておくんじゃぞ?胸ならどれだけでかくても長くても良いのじゃぞ?」
「……あの、早く話戻しませんか?」
――――ケンは、耐えた。
「むぅ、なんか釈然とせんが。まあよい、ワシの妻は斎藤道三の娘じゃ。濃姫、と呼ばれておるのう。」
「……なるほど。では、人となりは一体……」
「―――まあ、一言で言えば食わせ者よ。仮にあれが男であったら、間違いなく天下に覇を唱えたであろうな。」
「――! 信長様にそこまで言わせるとは……。では、気合を入れて作らねばなりませんね。」
まあワシもケンがそこまで言うならと任せておったんじゃが、こやつ予想以上のものを持ってきおったわ。
「いやあ、めでたい!今日は素晴らしい日ですな、信長様!!」
「……うむ。」
相変わらず信長の耳に家臣の声はノイズがかかったように聞こえなかったが、彼女はとりあえず頷いておいた。家臣に促されるまま、隣に座る己の妻―――濃姫を見る。桜の花びらをそのまま髪に染め込んだような美しい色の長髪を垂らし、肌はつやつやと漆を塗ったかの如く輝く。彼女の美しさは疑うべくもないが、それよりも信長は彼女の心と聡明さを高く買っていた。
「信長様、濃姫様、失礼します。こちら、料理をお持ちしました。」
「おおケン!さて、今日は何を……おおっ!」
ぐつぐつと煮えたぎる鍋には、大根やニンジン、白菜などで作られたであろう花のような野菜たちが一面に咲き誇っていた。葉っぱのように敷かれた水菜もまた粋な演出である。
「今日はお二人のお祝いとして、このように花を象らせていただきました。いわゆるブーケ鍋と呼ばれるものにございます。」
濃姫はケンをじっと見つめていた。やはり、夫であるはずの信長が、ケンが来たとたんに機嫌がよくなったのが気に食わないのだろうか。
「……何か、粗相などございましたでしょうか。」
「あら、いいえごめんなさいね。ふふ、少しあなたのことが気になっただけだから。そうね、後でまた来てくれる?」
「……? 畏まりました。」
意味深にケンを下がらせた濃姫。彼女とケンが話をするのは、その日の夜のことだった。
「……信長様。私は決して不貞など………」
ケンは濃姫の下を訪れたが、そこには信長も同席していた。まあ当然と言えば当然である。
「そういうなケン。襲われてはたまらんからのう。」
「あらまあ、うふふ。どちらの心配かわからないわね。」
濃姫は軽く笑って、ケンに本題を切り出す。
「ねえ、ケンさん?私あなたに聞きたかったのだけれど。あの花のお鍋、わざと出したでしょう?この、
「―――! 流石でございます。」
「ではあなたはこう思っているのかしら?『蝶は花に帰るもの。とっとと父のもとに帰れ』と……」
そう問いかける濃姫―――いや、帰蝶の声は氷のように冷たい。その刺すような視線にさらされてなお、ケンは平常心を失うことはなかった。
「いいえ。あの花はまさしく、帰蝶様であるあなたへの歓迎です。ですが、確かに『花の下へ帰ってこい』という思いもこもっています。ただし、その帰ってくる先は信長様の元です。」
夫婦は動じることなく、ケンの言葉に耳を傾ける。
「あなたがもし、帰る場所に迷われたのであれば、この花を目がけて飛んでください。私は信長様のために、料理を作り続けるつもりですから。」
それを聞いてクスクスと少女のように帰蝶は笑う。
「それだと、信長様があなたを首にしたとき困るではないですか。それとも信長様は、あなたを絶対に手放さないと?」
「あっ、こ、これは……」
「うふふ、からかいがいのあること。信長様のものでなかったら、私のものにしたかったですわ。」
ケンはその妖しく微笑む帰蝶を見て、自分の考えを改めた。今まではいきなり連れてこられた可哀そうな子供だと思っていた。だからこそ、少しでも元気が出るようにと華やかなブーケ鍋をこしらえたのだ。だが実際はどうだ、このこちらを見定めるような目。そして興味のあるものを見つけた時のこの笑み。濃姫が女であり、敵ではなかったことに安堵せずにはいられなかった。そして何より、信長に釣り合う妻がいたことに感謝したのだった。
「――あなたのような方がいらっしゃったこと、私は天に感謝せざるを得ません。」
「あら、そう?私はてっきり、信長様の夫を狙っているものだと思っていたのだけど。」
「お、夫ですか!?いえいえそのような、恐れ多いことは……」
「何!?ケンお主狙っておらんのか!?かーっ!つまらん男じゃのう!男に生まれたのなら大物を狙わんか大物を!」
「そんな……」
最初の雰囲気から一変し、和やかに夜は更けていく。やがてケンは退出し、再び閏には夫婦だけが残った。
「ふふふ。信長様、夫を狙っていないと聞いた時、あんなに露骨にがっかりしてしまって。傍目で見ても丸わかりでしたよ。」
「あれはそれでも気づかん男よ。全く、我ながら妙な男に引っかかったものよな。」
「ふふ。その割に嫌ではないようですね?」
「……ま、飯は美味いからな。お主も食べたいのであれば持ってこさせようぞ。」
「あら、嬉しいお言葉ですわね。ですが信長様?一応私は妻ですのよ?それなら―――」
そこまで言うと濃姫は信長の両手首を掴み、押し倒す。
「―――こちらの方も、楽しませていただけるのですよね?」
「―――無論じゃ。」
明かりもついていない閏の中。我々には、その暗さで二人の表情すらうかがい知れない。そこで何が行われたのか、どんな様子だったのか。知っているのは月ばかりである―――。
「うわあ……百合だ………ロリ同士のインモラル百合だ………」
「せ、先輩!?お気を確かに!!ほ、ほほほらこちらのベッドに………」
「もう信長様!!マスターの教育に悪いではないですか!」
「そうは言っても事実じゃしのう。あいつめっちゃ上手かったからワシびっくり。ま、しばらく実装の気配もないし天下泰平じゃヨネ!」
「……そんなこと言ってると、最近流行りのプリテンダーとかアルターエゴ辺りで来ても知りませんからね!沖田さん的にはノッブを引きとってもらえるとハッピーハッピーやんけですし!」
と、そんな感じで楽しく暮らしていた信長とケンとその他もろもろであったが、転機が訪れた。弟、織田信勝との後継者争いである。もっとも強力な味方であった“美濃のマムシ”斎藤道三を喪い、信長が弱体化したときを逃さないタイミングだった。
「出るぞ!お主ら、戦の支度をせい!!」
「「「はっ!!!」」」
信長は自分の家臣をすぐさままとめ、着々と戦の準備を整えていった。皆、『叛逆者の信勝を討て!!』と一致団結している上、自分のもとに残った礼としてケンに作らせた料理をふるまわれ、そのあまりの美味さに士気は天井知らずであった。
ケンは戦について行くわけにも行かず、信長たちの帰りを待ちながら、戦勝祝いの準備を進め、宴の料理をこなした。この頃にはもうケンが料理頭……つまりは料理長に命じられており、仕事の量は何倍にも膨れ上がったが、ホテルでの忙しさに比べれば何ということはなかった。何より、戦に出ている信長たちの苦労を思えば、この程度のことで音を上げるわけにはいかなかったのだ。
――――そして、戦は終わりを迎えた。
結果から言えば、勝者は信長。一度目の戦いで敗れた信勝は、信長の温情と母の懇願によって命を許された。しかし、家臣とともに二度目の謀反を企てたため、愛想をつかした勝家により密告され、信長に捕縛。切腹を、明日に控えることとなった……。
「……それで、私に料理をつくれとおっしゃるのですね。」
「そうじゃ。奴の死ぬ前の最後の食事、お主に任せる。」
「………畏まりました。」
ケンは悩んだ。自分にそんな大役がつとまるのかと。また、どうにかして信勝を助けられないかとも思った。なにせ榊原鍵吉であったころ、自分にも兄弟がいたのだから。兄として、姉の気持ちは痛いほどによくわかった。
だが、だからこそ。言えなかったのだ。自分何ぞよりも、信長様の方が遥かに信勝様を大事に思っておられると分かっているから。誰よりも助けたくて、そして誰よりも殺さなくてはならないのが、信長にとっての信勝だからだ。
ケンは悩んだ。悩みに悩み抜き、一つの料理を思い立った。すぐに調理に取り掛かり、完成したのはちょうど夕餉の時間になったときだった。
「ふ、ふふふふ。あははははははは!」
あはははは!!死んだ、死んだ!みんなくたばった!!当然の報いだ!姉上に従わずに、僕を取るなんて!!ああ、これでいい。これで完璧だ!僕は邪魔な家臣たちもろとも死に!姉上の覇道が始まるんだ!!ああ、我ながらなんて完璧なんだろう!!邪魔ものも、無能も、みんないなくなる!!!姉上を邪魔するものはもはや何もない!!!
「失礼します。夕餉をお持ちしました。」
「……ちっ。人がいい気分になっているのに、なんて空気の読めない奴だ。いいぞ、入れ。」
僕が許可を出すと、一人の男が膳を持って入ってくる。この男は知ってるぞ。料理頭のケンだ。姉上に子供のころから仕えている中々見どころのある男だ。だが、所詮は料理人。何か大層なことが出来るはずもない。そう、それよりも大事を為すのは勝家のような武将だ。僕を裏切るなんて、なんという忠臣だろう!あのような人間ばかりなら、僕も何も心配しなくていい。ただ死ぬだけでいい。
そう思って僕は膳に手を伸ばし、皿をのぞき込んだ。
「……何だ、これ。肉か?」
皿に乗っていたのは、おそらく肉であろうものの薄切りが数切れと、真っ白でどろどろしたものだ。とろろや山芋ではなさそうだ。
「はい。『鹿のコールドカット、チーズソースを添えて』です。」
「こ、こーるど?」
「はい。『コールド』というのは、“冷たい”という意味です。普通の肉を加熱した後、一度冷やした料理です。これは鹿の一番よい部分である背中の肉を、コショウで味付けと匂い付けをしました。それを薄く切って、チーズを融かして作ったソース……つまりたれをかけてお食べください。」
「……ちいずとは何だ。」
「チーズは牛の乳を固めたものです。牛の乳を酢と一緒に加熱すると、チーズになるのです。まろやかな味になるので、どうぞおかけください。」
ケンがあまりにも自信たっぷりに話すので、渋々言うとおりにする。肉の上に白いどろどろをかけ、意を決して口に入れる。
「!」
うまい!肉とはこんなにも臭みがなく、食欲をそそる味だったのか。この白いドロドロも、口当たりがよくなるうえに肉の香ばしさを引き立てる。この相性の良さは、まるで姉上と僕のような………
「あ、あれ………?」
な、なんで涙が出てくるんだ?この肉と白いやつの相性の良さから、僕と姉上を思い出したから?な、なんでだ……?
「……その鹿肉は、信長様が狩りにでて獲られたものです。」
「え……!?」
「私がお願いするより前に、信長様が獲ってこられたのです。弓を取り、野山をかけ、私のもとに『これであいつに料理を作れ』とおっしゃったのです。」
「ほ、本当か!?本当にこの鹿を!?」
「はい。今その皿に乗っているのが、信長様に渡された鹿です。いい肉でしょう。」
姉上!姉上が、僕のために獲物を獲ってきてくださった!!僕はボロボロと涙をこぼしながら、一心不乱に肉を口に詰め込む。涙の塩気は、またちぃずが補ってくれた。
そして、ついにその瞬間が来る。ボクは白装束を着て、家臣団に囲まれている。目の前には小刀が置かれ、その先には姉上が僕を見ている。死ぬことに対しての恐れは全くなく、一仕事終えた時のような清々しい気分だった。
「では、最後に何か言うべきことはあるか?」
ああ、姉上!その目です!その冷たい声です!それこそ戦国の覇者の目!!覇王の目!!
「……では、一つだけ。」
「うむ。」
さあ、最後の仕上げだ。後はただ、“後はお任せします”と言えばいい。そうすれば、姉上は僕の意志を未来に持って行ってくれるはずだ。
「……あの、ケンという料理人に。」
あれ?何言ってるんだ僕は?
「―――あの鹿は美味かったと。本当に嬉しかったと、お伝えください。」
「!! ――それでよいのか。」
「………はい。さ!斬りましょ!腹!姉上が暇しないよう、僕頑張りますからね!」
……おっかしいなあ。こんなはずじゃなかったんだけど。まあでも、最期に姉上に感謝を伝えられてよかったような気もする。というか、僕が本当に言いたかったのはこういうことな気がする。頭をひねりながら、小刀を腹に突き刺す。
「あ……姉上………」
あーやっば。まだ伝え忘れていたことがあった。そうだ、やっぱりちゃんと言わなきゃ。
「おしあ……わ………せに………」
――――やっぱ、違うな。
首に一瞬、冷たい物が当たった気がした。
「……とまあ、こういう風になるわけです。懐かしいですね姉上!」
「………。」
「……ちょっと、見る目が変わったかも。」
「はい……今まではただの拗らせサイコシスコンだと思っていましたが……。やはりあなたも、武士なのですね。沖田さん見直しましたよ。」
「あー……ワシこの件に関してはノータッチで。なんか、何言っても著しくイメージを損なう表現になる気がするからのう。」
「それがいいでしょうね。さあ、食後のお茶をどうぞ。利休さんには及ばないでしょうが、私も少しは勉強したのです。」
わーありがとうと言う声やたくあんはどうしたといういつものセリフなどと共に、ケンが淹れた煎茶を楽しむ。信勝も受け取り、一口啜る。そのお茶は熱いのではなく温かく、やさしく皆を包むのであった。
信長と濃姫が普通に会話出来てるのは、『信長のシェフ』での濃姫が結構な大物キャラだったので、『これを捨てるなんてとんでもない!』と思った次第です。コハエースにはまだ出てないですけど、やっぱりノッブが女の子だからなんですかね?