感想・評価・ここすきなどしていただけると励みになります!!
アルトリア率いるヴォ―ティガーン討伐隊が旅立った後、ケンは宴会を用意するため忙しく働いていた。アルトリアたちが勝利して帰ってきたならば戦勝の祝いを、敗北して撤退してくるのならば慰労と次の戦いに向けての英気を養うためだ。
(……とはいえ、やることはほとんどない。全く嬉しくない暇だな。)
ケンの頭を悩ませたのは、ブリテンの食糧事情だ。土地が寒冷で乾燥しているため、作物の量がそもそも少ない上、食材の種類も少ない。じゃがいもやとうもろこしのような、主食に成り得る作物はもちろん、人参も大根も牛蒡も白菜もない。ある野菜と言えば、辛みの強い玉葱くらいのものだ。
加えて、調味料の類もほとんどない。スパイスと呼ばれるものたちはインドの方が原産だし、コショウにしたってそうだ。ここで使えるものは塩くらいしかないし、甘味が欲しかったら砂糖も使えないので蜂蜜を使うほかない。それも修道院に交渉せねばならないため、一年中手に入るわけではない。
「料理長!肉焼き、始めます!」
「よし、頼んだぞ!」
ケンに声をかけてきたのは、かまどの前に立つ二名の料理人だ。二人の前には串にささった巨大な肉の塊が火の上で炙られている。皆さんにわかりやすく説明すれば、モンハンのあれである。
「それでいいのか巨匠。」
「締め切りが迫っていると、細かい描写とかめんどくさくなるんですよね。書きたくて書いてるはずなのに不思議ですよねえ。」
『焼けば焼くほど、煮れば煮るほど美味しくなると思っている』と言われるイギリス人相手に、ちょうどいい焼き加減というものを教え込むのには苦労したが、何とか納得させた。焼いている羊肉は今朝屠殺した新鮮なものだが、念のためしっかりと火を通しておく。正直、アルトリアの胃袋なら寄生虫すら消化して栄養にしそうな気もするが、他の騎士たちがお腹を壊してもいけない。
「ほーう……私の胃袋を随分と高く評価してくれているようだな。嬉しいぞケン。」
「ち、違う違う違う!!これはシェイクスピアが勝手に脚色しただけだから!俺はそんなこと思ってないから!!」
「ちょ、流石に私闘はマズいって!」
「後は、このマーリンを脅迫して持ってこさせたコショウをつぶして……」
ケンはブリテンのあまりの食材の少なさに愕然とし、何か食べられるものはないかとあれこれ試していた。キノコや果実、果てには草としか言いようのないものでも、山菜の類ではないかと口に入れてみたりしていた。
その果てに目を付けたのが、マーリンが歩くだけで足元に生える花だ。薄桃色の幻想的な見た目と、甘い香りが特徴の花。ケンはある日、マーリンの後ろをカルガモの子供のようについて行き、足元に生える花を摘んで集めたことがあった。
『何をしているんだい?』と理解できないものを見る怯えのこもった目で尋ねられたケンは、こともなさげに『この花を抜いてな、この花を抜いてな、蜜でもとって料理に出来ないかと思ったのだ。』と答えた。マーリンはそれだけはやめてくれと、代わりに幾ばくかの胡椒を持ってきた。それからというもの、ケンは定期的にマーリンの足元の花と引き換えに、胡椒や砂糖を得ていた。ケンはこれを、『800年以上錬金術を先取りしてやった』とほくそ笑んだものである。
さて、かくて宴席の料理は完成した。メインは子羊を串に刺し、強火で炙った焼肉。これをナイフで削り取って食べる、ケバブのようなものだろうか。塩コショウが振ってある分、この時代には過ぎた美食だろう。そこに添えられるのは、今焼き上げたばかりのふわふわなパン。融かしたチーズと一緒に食べるのがいいだろう。それからケンが食材を開拓していく中で発見した果実を使い、発酵させてアルコールにした果実酒。はっきり言ってケンの満足度は10%にも満たないが、これが精いっぱいである。
「―――アーサー王!!アーサー王帰還!!勝利の凱旋である!!」
「ッ!アル……アーサー王!」
ケンは物見の報告を聞くと、すぐに厨房を飛び出した。一刻も早く、彼女を労いたかった。だが門へと向かったとき、ケンの見たのは想像とはまったく違う光景だった。
「アーサー、王……。」
「……ケン。」
出立したときの凛々しさはなくなり、鎧はほとんど壊れかかっている。小麦畑のような美しい髪は髪型が崩れ、美しかったころの見る影もない。そんなアルトリアよりひどいのはガヴェイン卿の方で、どこかの乞食かと思うほどみすぼらしい姿になっていた。今の彼らを見て、一国の王とその忠実な騎士と信じる者はいないだろう。
だが何よりもおかしい点は、アルトリアとガヴェインの
「……さぞやお疲れでしょう。ひとまず湯浴みの準備をしておりますので、汗をお流しになってはいかがでしょうか。もちろん食事がお望みでしたら、すぐにでも……。」
「湯浴みを……いや、やはり先に食事にしよう。ケン、頼んだぞ。」
「はい。ガヴェイン卿は……」
「……私には、過ぎた待遇です。このような役立たずはどうか、放っておいていただけませんか。」
絶望の底まで沈んだかのような声をもらし、ガヴェインは俯いてしまう。これはただ事ではないと感じたケンは、いつでも温めなおすからとだけ言い残し、アルトリアの乗る馬の轡を引く。
手早く鎧を外してやり、アルトリアが着替えるのを部屋の外で待つ。その後お湯で濡らした布で最低限汚れをふき取り、ケンはアルトリアを食卓へと通した。
「……さあアル、冷めないうちに食べるといい。何があったのかは聞かないが、お腹がいっぱいになれば、少しは沈んだ気持ちもマシになるはずだ。」
「……。」
力なく頷くと、アルトリアはカトラリーを手にした。弱弱しい手つきだったが、肉を切り取りパンに乗せ、上からたっぷりとチーズソースをかける。アルトリアはこの食べ方が大好きだった。
「うまいか?」
「……。」
いつもなら目を輝かせ、マナーなんて気にしないと言った風にかぶりつくのに、今はネズミがナッツでもかじるかのように、ちびちびとしか口に入れない。その姿に、本当にショックを受けていることを察したケンは、自分も黙ってフォークを手に取った。
―――それから、どのくらいの時間がたっただろうか。ケンとアルトリアは黙々と食事を続け、ただ黙って食卓を囲んだ。子羊の肉はもう五分の一も残っておらず、そのうち五分の4・5くらいはアルトリアの胃袋に収まっている。少なくとも食べられないほど落ち込んでいるわけではないとわかったため、ケンはそれで満足していた。
「……ケン。」
「どうした、アル?少しは元気が出てきたか?」
体を気遣うケンの言葉に答えることはなく、アルトリアは一つの問いを投げかけた。
「……私の行いは、本当に正しかったのですか?」
「……詳しく聞こうか。果実酒を作ったから、飲むといい。マーリンの魔術で氷を作らせたから、よく冷えていて美味いぞ。」
ケンの差し出した盃を受け取ると、アルトリアはそれを両手で握った。少しだけ口に含んで唇を湿らせると、ゆっくりとしゃべり始める。
「……私たちは、サクソン人からなる兵たちを蹴散らし、卑王ヴォ―ティガーンの住まう城に攻め込み、その姿をこの目でとらえました。彼は薄汚れた装束に身を包んだ、みじめな老人としか思えない風貌をしていましたが、私の姿を認めると、魔竜に変身してみせたのです。」
「……うん、それで?」
ケンが優しく続きを促すと、堰を切ったようにしゃべり始めた。
―――ヴォ―ティガーンが竜に変身したのを見てもなお、兵士たちは一歩も退かず、武器を手に立ち向かったのです。その姿は誇らしく、素晴らしいものでしたが、奴の前にはあまりにも無力でした。あの竜の一息で、私とガヴェイン卿以外の全ての兵士たちが、塵一つ残さず蒸発してしまったのですから。
その蛮行に激怒したガヴェイン卿と共に、『約束された勝利の剣』と、『転輪する勝利の剣』を振るいましたが、その光を吞み込んでかき消してしまうほどの力を持っていたのです。私たちが呆然としている間に、ヴォ―ティガーンの前脚の一振りで、ガヴェイン卿が地面に叩きつけられ、地に伏せられてしまったのです。
「その時の、私は……!!」
言葉に詰まらせ、体を震わせるアルトリア。その時のことを思い出しているのかもしれない。ケンは優しくその肩を抱き、無理に話さなくてもいいと言った。それでもアルトリアは話すと言い、またゆっくりと言葉を紡いだ。
「……私は、ひたすらに剣を振るい続けました。ほんの一瞬でも気を抜けば、あっという間に命を刈り取られる。それをわかっていたからこそ、何とか立ち回ることが出来たのです。」
「多分、何時間か過ぎた後だったと思いますが、復帰したガヴェイン卿と共に、二振りの聖剣でヴォ―ティガーンの両手を地面に縫い付けました。そこからロンゴミニアドで心臓を貫き、ようやく討伐したのです。」
「……すごいな、アルトリア。よく頑張ったな。」
ケンの賞賛に一瞬輝きかけたアルトリアの顔は、あっという間に曇ってしまう。
「……違う、違うんです。私はヴォ―ティガーンを倒したその時、本当に本当に嬉しかったんです。これでブリテンは救われて、私もまた貴方に会えると。そう思ったのに、ヴォ―ティガーンの亡骸から現れたのは、ひどくみすぼらしい老人だったんです。」
「老人は私に言いました。『ブリテンが滅びるより早く、おまえはブリテンの手で死ぬ』と。私は震えました。その予言が恐ろしかったからではありません。その予言をした者が、どこからどう見てもただの哀れな老人だったからです。」
―――私たちは、何をした?
たくさんの兵士たちの人生を奪って、孤独で哀れな老人を痛めつけただけじゃないのか?こんなにも多くの人々を死なせておいて、私たちは何を得た?ブリテンは未だ、何も救われていないのではないのか?
―――だというのに、私はなぜ、こんなにも嬉しいのだ?
「……あなたの顔が、浮かんだのです。」
アルトリアはさらに強く盃を握りしめ、中の果実酒に波紋がおこる。震える唇は、間違えないように言葉を慎重に選んでいるかのようだ。
「こんなにも多くのものを失って。こんなにも多くのものを傷つけて。それなのに私は、あなたに再び会えることを喜んでいた。あなたの顔がまた見られる幸甚に打ち震えていた。」
―――死ななくてよかったと、心の底から思ってしまったんです。
「……。」
「―――あなたが、カリバーンを抜いてくれたらよかったのに。」
アルトリアは俯いたまま、ポロリと言葉をこぼす。そのせいで、気づけなかった。ケンのこめかみが、ピクリと動いたことに。
「こんな、自分の命が惜しい情けない王様なんかじゃなくて。あなたが王様だったら、きっともっと上手くやってくれてたはずなのに。」
「……。」
「折れたカリバーンを加工した短剣、きっと今も持ってるんですよね?私はそれを持ったあなたに、未だ勝てたためしがない。いつだって剣が加速する前に止められて、首筋に刃を突き立てられる。」
「……。」
「戦術だって、私の知らないことをたくさん知ってるし、私よりずっと上手く兵士たちを扱える。政治ですら、私はあなたに教わることばかりです。」
ぽつりぽつりというアルトリアの話し方は、いつの間にか速く、激しいものになっていった。ひょっとするとそれは、アルトリアなりの理不尽に対する憤りだったのかもしれない。
「アルトリア……。」
「私、なんか!!本当は、王様になんかなるべきじゃなかっ……!」
突如言葉を詰まらせたアルトリア。ケンが人差し指で、アルトリアの唇を塞いだからだ。
「―――そこから先の言葉を、続けることは許さない。」
「……!」
アルトリアは何も言えなかった。初めて見る、ケンの氷のような視線。今まで決して見せることのなかった、リアリストの一面。
「お前の言おうとしたその言葉は、死んでいった兵士たちへの裏切りだ。彼らはもう、何かを考えることも、何かをしゃべることもない。だが間違いなく、お前を信じて戦い、そして散っていった。」
「生き残った者のするべきことは、死んでしまった者たちの遺したものを未来につなげることだ。そうすれば死んだ者たちの価値は残り続け、決して消えない。」
「ッ、それは綺麗事で……!」
「何度も同じことを言わせるな。死んだ者はもう、何も感じない。何も考えない。死後の世界などありはしない。自我がないのだから、存在しないのと同じことだ。」
「そんな……!そんな、冷たいこと……!」
「それが現実だ、アルトリア。死を意味のあるものにするか、全くの無価値にするか。それはただ単に、生者のエゴでしかない。死そのものに価値はなく、生き残った者が値札をつける。それが命というものだ。」
「……なら、ならどうすればいいんですか!?私は彼らの死を、どうやって受け入れればいいんですか!」
アルトリアは激情のままに叫ぶ。その叫びはケンの胸を打つことはなく、彼はただ平然と言い放った。
「お前の好きにすればいい。」
「え……?」
「未来のために命を託したのだと前向きにとらえてもいい。自分の愚行のために命を無駄にしたと悲観してもいい。だが、失ったもののために立ち止まることだけはしてくれるな。」
「もしそうなれば、彼らの死はマイナスになる。ただの現象、ただのゼロでしかなかったものが、お前にとってのマイナスになる。」
ケンは少しだけ、遠い目をした。死を目の前にして、それでもなお自分の想いを吐露しなかったあの少女のことを思いだした。怖かっただろう。悔しかっただろう。あいつの想いに、気づいていなかったわけではない。むしろ俺の方から、想ってすらいた。きっと彼女が、妻にしてほしいと言っていたら、俺はきっとそうしただろう。もう幾ばくも無い命のために、俺は人生の全てを捧げただろう。
―――だというのに、あいつはそれをしなかった。死にゆく自分が、俺の足かせにならないように。自分の気持ちを押し込めて、感謝を告げて死んでいった。
おかげで俺は、信長様に仕えられた。沛公を支えられた。アルトリアの傍にいられた。あいつをもし、もし……妻にしていたならば、幾度人生を経ても、操を立てていただろう。誰にも仕えることなく、誰とも契ることなく、ただ死を待つだけの人生を、幾度となく繰り返しただろう。
(―――すまん、沖田。)
そうしてケンの視線は、現代へと帰ってくる。目の前で、自分の教えを受け止めきれないうら若き王に向けられる。
(もう少しだけ、お前の優しさに甘えさせてくれ。)
「……アルトリア。残酷なことだが、このブリテンで最も価値のある命はお前だ。最も生き残るべきはお前だ。例え親兄弟を踏みつけにしてでも、お前は生き残らなくてはならない。」
「……。」
「そうなればお前は、この先数えきれないほどの死を目にする。戦いの中で死ぬもの、病に倒れて死ぬもの、老いて死神に追いつかれるもの……。死は世界に溢れ、お前の目に映るだろう。」
「……本当は、気にしてほしくない。一つ一つの死に、心を痛めてほしくなどないし、そうするべきでもない。」
「……わかっています。でも、でも―――!!」
ケンは、聖母の如き顔で頷いた。
「アルは、優しいからな。気にするなって言っても、きっと無理だ。心を痛めて、傷をたくさんつけるだろう。好きにしろと言ったのは俺だから、それでもいいさ。」
「でも、それだけだときっと辛いから。アルの痛みも苦しみも、俺が一緒に背負ってやる。なにせ、俺はアルの何十倍も長く生きてるからな。経験があるからアルにも勝てるし、アルより多くの悲しみを背負える。」
「ですがケン、それは――!」
あなたが傷ついてしまうと言いかけたアルトリアの声は、途中で遮られてしまった。
「いいのさ。なにせ俺は、アーサー王の最初の臣下だから。」
「―――!」
「楽しいことも、辛いことも、これからはみんな一緒だ。決して、お前ひとりに背負わせたりなんかしない。王が孤独である必要なんかない。」
言いながら差し出されたケンの右手。本当はわかっている。この手をとってはいけない。それは王の行いではない。
(―――でも、でも。)
「―――ありがとう、アル。今日からもう一度、改めて主従の始まりだ。今、ここに誓おう。お前を決して、ひとりぼっちにさせない。」
強く、強く握られた手は、ケンの体温を直に伝えてくる。固く結ばれた両手はまるで、私たちの未来を示しているようですらありました。きっともう、離れることは出来ないのだと。
「あー……。駄目だ、私沖田さんの話弱いわ。涙腺にすっごい来るわ。」
「……男というのは、情けない生き物ですから。初恋のことをいつまでも覚えているものですよ。」
「私としては不本意だが、そのおかげで今のケンがあると考えるとな。今思えば我が聖槍を破壊したのも奴と考えると、何か褒章を与えたほうがいいのかもしれん。」
「それなら、ケンさんの初恋のこと教えてあげたら?沖田さん未練無くなって座から退去しちゃうかもだけど。」
「や、やめてください。恥ずかしい2割、沖田が調子に乗る2割、信長様に殺される6割なのでやめてください。」