“ケン”という男の話   作:春雨シオン

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今回の話、ちょっとキャラディスのように見えるかもしれませんが、ご安心ください。心を知る前のマーリンはこんなものです。

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第八幕 フィクサー

 日差しが暖かくなってきた春のとある日に、オレはとうとうアーサー王への謁見を果たした。憧れ続けたあの方は神々しさすら覚えるほど、一つ一つの所作が完璧で、指の先に至るまで理想的だった。あの御姿を見た時、オレは不敬にも『あの人が本当にオレの父上だったなら、どんなにか素晴らしかっただろう』と思ってしまった。

 

 アーサー王のことを父上と呼ぶのは、オレの心の中だけの秘密の習慣だ。憧れと尊敬を込めてこう呼んでるが、母上には不評だった。現に、うっかりそう呼んじまった時の修行はいつもの3倍だったからな。そりゃ、母上からしたら死んだ本当の父上を思い出すから、面白くねえってのはわかる。反省はしてるけど、やめてはいない。それほどまでに、オレの中でアーサー王は大きな存在になっていた。

 

 

「ん……もう朝か……。」

 

 

 いつもは近くで飼ってる鶏がうるさく鳴いてから―――いや、正確にはデリカシーの欠片もねえあいつが起こしに来てから起き出すが、今日は妙に早く目覚めた。ま、あいつに叩き起こされなくて済んだと思えばいいか。

 

 

「……。」

 

 

 いや、待てよ。いっそ、寝たふりをしとくってのはどうだ? いつも澄ましてやがるあいつの顔が驚愕に歪むと思うと、なんだかおもしろくなってきやがった!

 

 

「……へへっ、どんな顔すんだろうな、あいつ。」

 

 

 しばらく待ち続けていると、いつものようにノックが3回。ブリテン流は2回だが、あいつはいつも3回たたく。故郷の習慣らしいが、オレはそんな場所聞いたことがねえ。

 

 

「モードレッド。入るぞ。」

 

 

 聞きなれた声が扉越しに聞こえてきて、こっちに一歩ずつ近づいてくるのを感じる。オレの感覚ならこの程度楽勝だ。そのまま近づいて、オレの布団に手がかかり、勢いよく引き上げられた瞬間、俺はその男の目の前に拳を繰り出した。まあ、寸止めのつもりではあったが。

 

 

「喰らえケン―――!」

 

「甘いわ!」

 

「あいたぁ!?」

 

 

 痛ってえっ!? ケンの野郎、起き抜けにいきなりデコピンかましやがった! ていうか、普通に起きてんの見破られてたじゃねえか!

 

 

「おはようモードレッド。よく眠れたようで何よりだ。」

 

「……クッソ。てめえ、気づいていやがったのか。」

 

「お前は寝相が悪いからな。やけに綺麗に寝てるなと思ったら、警戒するのは当然だろ?」

 

「……。」

 

 

 ムカつく。目の前でしたり顔をしてやがるのが、オレの……一応、上司ってことになってるケンって料理人だ。料理人の癖に、やたら強ええし勘がいい。その上、カリバーンにも選ばれてやがるらしい。

 

 

「さて、さっさと顔を洗ってきな。今日の朝食はポタージュだ。」

 

「わーってるよ……。」

 

「あ、そうそう。今日はガレスも一緒だ。あんまりいじめてやるなよ?」

 

 

 げ。あの優等生ヤローもいるのか。そういや、近々帰ってくるって話だったな。

 

 

「しねえよ! それとも……んだよ、オレがそんな事する奴に見えるってのか?」

 

「まあ、ないな。お前はそんなこと、する奴じゃない。」

 

「お、おう……。」

 

 

 ……あー、もう何だこれ!! こいつはいちいち、オレを戸惑わせやがる。んな真っすぐに言われたら、適当に言い返せねえじゃねえか。

 

 

「はぁ……。いいから、さっさと出てけよ! 今から着替えんだからな!」

 

「はいはい……。早くしろよな。」

 

 

 ムカつくままにゆっくり着替えて、あいつを待たせてやってもよかったが、何でかそれをする気にならなかった。とっとと着替えて、ドアを開ける。

 

 

「オラ、行くぞケン。さっさと飯作って、鍛錬だ鍛錬。」

 

「俺が上司なんだが……。」

 

 

 ぶつくさ言いながら後ろをついてくるケン。ハッ、いい気味だぜ。言っとくが、厨房でもオレは最強だ。今んとこケンの野郎に教わることも多いが、いつかオレが追い越してやる予定だ。そんなことを考えながら歩いていたら、あっという間に厨房についていた。だがどうやら、オレたちよりも早くについていた奴がいたらしい。

 

 

「あっ、モードレッドさん! それにケン師匠も!! お久しぶりです!」

 

「久しぶりだな、ガレス。前の円卓会議以来か?」

 

「はい! ですが、任地での食事は全て私が担当していましたから、料理の腕は鈍ってないはずです!」

 

 

 まるで仔犬が尻尾振ってるみてえにケンに話しかけるガレス。オレはどーも、あの優等生とはそりが合わねえ。

 

 

「おお、それはすごいな。では手を見せてみろ。」

 

「え……。て、手はちょっと……。」

 

「おや、ガレスは嘘をついたのか? 食事全てってのは、話を盛ったってことか?」

 

「そ、それはありません! で、では……どうぞ……。」

 

 

 おずおずと差し出されたガレスの手を迷いなくケンが掴んで、オレもそれを後ろから覗き込む。

 

 実際それは、あまり見せたくはないものだった。手のひらにも指にも、細かい切り傷が沢山ついている。それに、指の付け根の辺りには大量にマメが潰れた跡が出来ていて、白くて美しいと聞いていた面影はどこにもなかった。

 

 

「う、うぅ……。だからあんまり見せたくなかったんですよ……。」

 

「何を言うか。お前の頑張りが感じられる、いい手じゃないか。」

 

「え……! ほ、本当ですか!?」

 

「ああ。流石は“美しい手のガレス”だな。見直したよ。」

 

「あっ、え、えへへ……。て、照れてしまいますね!」

 

 

 顔を真っ赤にして俯くガレス。んだこれ。何見せられてんだオレ。

 

 

「……。」

 

「いてっ。 ……モードレッド? 何故足を蹴ったんだ?」

 

「……。」

 

「いてっ。ちょっと待てやめろ。いてっ。ちょ、いてっ、やめ、やめなさい!」

 

 

 どうにも面白くなくて、ついケンのふくらはぎをつま先で軽く蹴る。騒いでやがるけど、それはオレのせいじゃねえ。

 

 

「な、何が不満なんだモードレッド。教えてくれたら努力するから、執拗なローをやめてくれないか。」

 

「……マジだな? 取り消すなよ?」

 

「わ、わかった。何が気に入らなかったんだ?」

 

 

 チャンスだ。へへっ、この際無茶苦茶言ってやるぜ。鍛錬の時間を今の2倍にしろとか、献立を一週間肉限定にしろとか、色々考えられる。こいつの困った顔が見れんならサイコーだ。

 

 ……あー。でも、くっそ。優等生サマの……ガレスの、あの顔が忘れられない。

 

 

「……手。」

 

「ん?」

 

「手だよ手! オレの手も見ろっつってんだ!」

 

「え、そ、そんなことでいいのか?」

 

「んだよ、今度はケツでも蹴っ飛ばされてえのか!?」

 

「わかった、わかったから。じゃあほら、見せてみろ。」

 

 

 ケンが差し出してきた手に、オレの手を重ね合わせる。こうして見るとこいつの手、やっぱりオレのとは全然違う。あれこれと細かなところまで眺められたり、手のひらをなぞられたりするのがひどくくすぐったい。

 

 

「モードレッド……。」

 

「な、なんだよ。」

 

 

 あーもう! その真剣な顔でこっち見る奴やめろ! なんかドキドキするだろ!

 

 

「お前――――生命線すごい短いな。体に気をつけろよ?」

 

「ハァ?」

 

「いや待て、運命線がある。しかもこれすごいな、ごん太だ。」

 

「……何言ってんだ?」

 

「手相占いだよ。こういう、手の皺を見て色々占うんだ。」

 

 

 ……は? こいつ、オレの手で勝手に占いしてやがんのか?

 

 

「……な、なんだよそれ! ふざけんじゃねえよ!」

 

「どうした、何故怒る。」

 

「うっせえバーカ! バカケン!」

 

「ハハハ、冗談冗談。お前の手も綺麗だよ、モードレッド。」

 

「なっ……!!」

 

 

 こ、こいつ! こいつ、こいつ!! こっぱずかしくて、一秒だってここにいられない。

 

 

「バ、バッカ! バーカバーカ! 離せコラ!」

 

 

 何が何だかわからない気持ちに突き動かされるまま、厨房を飛び出した。火照った頬に当たる風がオレの体を冷やして気持ちいい。しばらくは、この感情に身を任せてもいいかもしれない。

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

「おおっと。おいおい、今から仕事なんじゃないか。どこ行くんだモードレッド。」

 

「ケン師匠……。あれはちょっと、やりすぎたんじゃないですか?」

 

「ついからかいすぎてしまったかな。後でしばきまわされそうだ。」

 

 

 困ったように頭をかくケン。ガレスはそれを笑いながら見ていたが、少し安心したような顔をしていた。

 

 

「でも、私は少しほっとしました! 前はもっとこう……抜き身の剣みたいだったモードレッドさんが、いつの間にかあんなに感情豊かになったんですから!」

 

「そうだな。仲良く出来そうか?」

 

「もちろんです! よき友、よきライバルになれそうです!」

 

「それは嬉しいな。あいつは実際、すごくいい奴なんだ。仕事を放り出して逃げたように見えるが、きっとそのうち戻ってくる。オレたちは下ごしらえだけしておいて、食器を洗いにいっていようか。」

 

「そうですね!」

 

 

 ケンとガレスが厨房を離れた後。すぐにブロンドの髪を揺らした騎士見習いが現れた。その人影は、既に仕事の大部分が終わっていることを不服そうにしながらも、手際よく仕上げを行って朝食を完成させた。できたスープを器に注ぐと、パンと共に盆に乗せた。その頃には不機嫌さも幾分消えていたようで、スキップでもしそうなほど、ご機嫌でとある部屋に向かうのだった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 この部屋の前に立つと、いつも緊張と興奮とが入り混じって体が震える。スープをこぼさないよう気を付けながら、盆を片手に持ち替えて空いた手でノックする。

 

 

「―――入ってくれ。」

 

「失礼致します!」

 

 

 オレは音を立てないようにドアを開け、ゆっくりと部屋に入る。そこにいたのは、誰よりもオレが敬愛してやまない人だ。

 

 

「……おや、今日はお前一人かモードレッド。ケンはどうした?」

 

「あのやろ……じゃなくて、ケン様は今頃鶏の世話に行っていると思います! 繁殖が上手くいきそうとのことだったので。」

 

 

 一応上司だから、ケンの野郎にも様づけしなきゃならない。こればっかりはどうもむず痒い。

 

 

「そうか。奴がこうして、食事の席を外すのは久しぶりだな。」

 

「そんなに長い間、食卓を囲んでいらしたのですか?」

 

「ああ。私が15のころからだから、かれこれ20年近くになるのか。奴は共に食事をすることで、人の心は通い合うと信じている。故に、一緒に食事をするというのをとても大事にしているのだが……ああ、なるほど。」

 

 

 父上は何か納得したように頷いた。本当なら、王の心を尋ねるなど不敬もいいところだが、どうしても気になってつい聞いてしまった。すると父上は、女神のような優しい笑顔をオレに向けて言った。

 

 

「これはきっと、私たちが親交を深められるように、ケンが取り計らった事なのだろう。あの時もそうだった。円卓の騎士たちが集まり、初めての円卓会議が行われたときも。沢山の料理を運んできたケンに皆面食らっていたが、あれは見物だった……。」

 

 

 心の底から懐かしそうに笑う父上。なにか、オレの知らない新しい一面を垣間見たようで気分がいい。

 

 

「……よし、ならケンがくれたせっかくの機会だ。モードレッド、お前の分の朝食も持ってくるがいい。一緒に食べて、話をするとしよう。」

 

「え!? そ、そんな、そんな、幸甚、い、いいのですか!?」

 

 

 マジか!? マジでマジのマジか!!??

 

 

「もちろんだ。私は普段執務に追われ、お前たちのことを深く知る機会はなかったからな。この機会に、いろいろ聞かせてほしい。」

 

「は、はい!! すぐに持ってきます!!!」

 

 

 オレは部屋をあくまで冷静に、クールに出て、扉が閉まったのを確認した途端に全力で駆けだした。アグラヴェインの野郎に見つかったらうるさいだろうが、そんなことを気にしている場合ではない。全速力でオレの朝食を用意し、父上の部屋に舞い戻る。『えらく早かったな』とおかしそうに笑ってくださっただけで、オレは天にも昇る気持ちだった。

 

 そこから先は、どんな話をしたのかまったく覚えていない。それでも、本当に夢のような時間だったことだけは覚えている。

 

 

「……そ、それで! ケンの奴、『俺の人参が一番に決まってる、なんてったって年季が違うぜ』なんてイキってたのに、掘り起こしてみたら一番しょっぼいサイズで! 他のじゃがいもも、大根も、牛蒡も! あいつの作ったもの、全部しょぼかったんだぜ!」

 

「ハハハ、その時のケンの顔が是非とも見たかったものだな。」

 

「めちゃくちゃションボリしてた! オレでさえ、慰めてやるかって気持ちに……ハッ!」

 

 

 やべえ、何やってんだオレは!? 調子こいて、父上にタメ口こいちまった! すぐに謝ったら許してもらえねえかな!?

 

 

「あ、アーサー王!! 申し訳ございません、つい馴れ馴れしくしてしまい……!」

 

「何故謝るのだ、モードレッド。私は貴卿の、そのような接しやすいところを評価しているのに。」

 

「そ、そのような……!」

 

 

 ゆ、夢!? 絶対夢だろこれ!!

 

 

「それよりも、話の続きを聞かせてくれないか。そう……。特に、貴卿がケンと、親しくなった経緯を聞きたい。」

 

「そ、そんなことでいいのですか? あまり面白い話では……」

 

「いい。ただ、気になるだけだ。」

 

 

 妙にグイグイ来るなと思ったが、きっと何か尊いお考えのあってのことだろう。だが、特に喋れるようなことはない。オレがどんなに反抗的な態度をとっても、絶対に見捨てることはなかった。真っ向から叱ってくれて、その後はしっかり慰めてくれて……。その姿がただ、父上が本当にいたらこんな感じだったのかもなって思っただけであって……。

 

 

「……ふむ。つまり貴卿は、ケンに父の姿を見出していると。」

 

「ち、違うのですアーサー王! あれは別に、そんなんじゃなくて……。」

 

「いいやそう言う事だ。モードレッド、あなたはケンを親と思っているのだ。」

 

 

 な、なんか今日の父上押し強くねえ!? そんな違和感は、次の言葉であっという間に吹っ飛んだ。

 

 

「いいのだ、モードレッド。ケンもお前を子供のようだと思っていると言っていたし、それは私にとっても同じことだ。ケンの子供であるのなら、それは私の子供であるも同然なのだから。」

 

 

 ……え? オレ、今、アーサー王に、子供、って……。

 

 

「……も、申し訳ありません、アーサー王。オレ、いや私は少し、めまいがしてまいりました。」

 

「そうか。あまり無理をするな、モードレッド。ケンのもとに帰り、この話を聞かせてやるがいい。いいな、絶対に聞かせるのだぞ。お前は私とケンの子供だからな???」

 

 

 やべえ…………。なんか、もう、フラフラする…………。幸せ、すぎ、て……。足、だけは、うご、く……。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「ふーむ……。頭の中で、真っ黒な声がね……。」

 

「ああ。心当たりはないか?」

 

 

 ケンはマーリンを呼び出し、以前モードレッドを組み伏せた時に感じた強い殺意について相談していた。今まで覚えたことのないほど強烈なそれが、どうしても自分のものとは思えなかったからだ。ここブリテンでは魔術や呪術の類が豊富なため、そういう魔術が存在しないのだろうかと思い、マーリンに相談してみたのだ。

 

 

 

「うーん……。まあ、魅了(チャーム)の原理を応用すれば出来ないこともなさそうだけど。にしたって、モードレッド卿を殺したかったなら自分で手を下せばいいことだしね。」

 

「……それに、『何度目の人生で人を殺すのか』とも言っていた。俺のことも良く知っているみたいだ。」

 

 

 全ての現在を見通すマーリンであっても、見破れないケンの中の黒い殺意。しかし皆さま、忘れてはなりません。彼は親切で賢い魔術師ではなく、自分の趣味嗜好しか考えないサイコパス。この世で最も、力を持たせてはいけない人種でございます。そうなれば当然、真実を隠すことすらあるわけです。

 

 

 

 

 

 

「……まあ、この話はこんなものか。じゃあ次の質問だが、俺はあとどのくらい生きられる?」

 

「うーん、こればっかりはどうにもわからないね。私は現在の全てを見通す目を持ってはいるけど、未来が見えるわけじゃない。そりゃ、病気の具合とか怪我の様子とかから、『もうすぐ死ぬだろうなー』とかはわかるけど、それは予測であって予知ではない。」

 

 

 最近ケンの体を蝕み始めた急な衰え。咳の中に血が混じっていたり、妙に疲れやすくなっていたり。特に、激しい運動をした後は症状が出やすかった。

 

 

「それでも、何故君が弱っているのかはわかるよ。聞きたいかい?」

 

「……勿論だ。今は誰もいないし、早いところ聞かせてくれ。」

 

 

 ケンの言葉にマーリンは頷き、何でもないことのように平然と語った。

 

 

「いいかい、ケン。君の体はね――――」

 

「ッ!? おい待て!」

 

 

 ケンの耳が、こちらに向かって歩いてくる何者かの足音を捉えた。不規則なリズムを刻むそれは、ふらふらと歩いていることを表している。

 

 

「ひょっとしたら誰か、怪我でもしたのかもしれな……ッ! モードレッド!?」

 

 

 ケンの視線の先には、顔を真っ赤にさせてふらふらと歩くモードレッドがいた。すぐさま駆けつけ、その体を抱きとめると、膝枕をして寝かせた。まるで熱に浮かされたようで、ケンは額に手を当てたり、仰いで風を送ってやったりした。

 

 

 だというのに、空気の読めない奴はとことんダメなものである。

 

 

 

「おや、モードレッド君か。もう少し持つと思ったけど、意外と早かったね?」

 

「……どういうことだ、マーリン!! 今すぐ答えろ!!」

 

 

 まるで黒幕のような話ぶりに激昂するケン。マーリンは少しも悪びれることなく答えた。

 

 

「だって彼女は普通の人間ではないからね。人造人間(ホムンクルス)という、作られた存在なんだ。ちなみに作ったのはアーサー王の実姉、モルガン・ル・フェ。君も聞いているだろう?」

 

「……ああ。アルトリアから聞いた。アルトリアを敵視し、ブリテンの王位を狙っている魔女だと。」

 

「うんうん。モードレッドはそんな彼女が、キャメロットを内部から破壊するために送り込まれたスパイみたいなものなんだ。もっとも、本人は心からアルトリアに仕えているみたいだけど。」

 

「モードレッドが、スパイ……。」

 

 

 その事実を聞いてなお、ケンはモードレッドをひとかけらも疑わなかった。誰よりも近くで、彼女が必死に努力していたことを知っているからだ。慣れない料理や、畑仕事に悪態をつきながらも、決して投げ出したり逃げ出したりすることなく。最後にはやり遂げて、共に喜び合った。その尊い日々は、思い出は、嘘ではないと信じる。

 

 

 

「ホムンクルスは普通の人間より成長が早いから、基本的に優秀な人物が多い。でもその代わり、寿命が短くてね。まあ30年も持てばいい方じゃないだろうか。」

 

「30年……。しかし待て、モードレッドはとても30歳には見えないぞ。」

 

「うん、実際20にもなってないんじゃないかな。というかさっきも言ったけど、成長が早いからね。実のところ一桁かもしれない。」

 

 

「まあつまり、寿命にしては早すぎると思ったのさ。モルガンに魔術を教えたこともある私としては、彼女の魔術師としての実力は疑いようもないしね。設計ミスっていうのも考えづらい。」

 

「……もったいぶるな、早く話せ。」

 

「まあつまりはね? いつまでもスパイ活動をしないモードレッドに業を煮やして、処分しちゃえってなったのかもねって。」

 

 

 使えないものは、処分する。そんな、人間の命とは、そんな風に扱っていいもののはずがない。あんなに頑張って、あんなに楽しそうだったモードレッドの日常を、奪う権利などあるはずがない。

 

 

「……マーリン、そのモルガンってやつの居場所を教えろ。」

 

「おっ、カチコミかい? いいねえ、派手にやろう!!」

 

 

 なぜかテンションの上がるマーリンに、昔の軍師と呼ばれる同僚たちの姿をみたが、今は懐かしさに浸っている場合ではないし、そもそも攻め込むわけでもない。

 

 

「居場所と、それからモルガンの今までの人生全部、出来る限り詳細に! アルトリアに聞くわけにもいかない、絶対止められるし!」

 

「それはそうだろうね。でもいいのかい? 相手は恐ろしい魔女だよ?」

 

 

 恐らくこちらの心配など微塵もしていない、マーリンの白々しい言葉に、ケンは迷いなく返した。

 

 

「―――俺は、料理人だ。モルガン・ル・フェイの心、何とかして融かしてみせる。」

 

 

 腰にぶら下げた短剣は、ケンの気高い心のように、黄金の輝きを見せるのだった。




「……な、なんか勘違いでケンさん死地に送られそうになってるんだけど。マーリンって人ひどくない?」

「フォーウ!フォウフォーウ!!」

「うわっ、フォウ君!? ここぞとばかりにアピールしてくるね!? 初出演だから!」

「フォウ殿も、マーリンには思うところがあるのかもしれませんね。」

「まったく、あいつはかなりのロクデナシだからな。」

「自分の部下を好きな人との子供ってことにして、既成事実狙いに行くのも相当だと思うよ私は。」

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