“ケン”という男の話   作:春雨シオン

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第十幕 根源に至る道

「その体、興味が湧きます。」

 

 

 モルガンは未だピクリとも動かないケンに対し、聞こえているかもわからない言葉を投げかける。

 

 

「こうしてあなたを間近で見てわかったことですが、あなたからあの憎らしい魔術師の魔力を()()()()()。つまりは、マーリンはあなたに魔術を一切行使していないという事。」

 

「ではあなたがどうやって魔術を防いだのか。あなたが佩いているそのカリバーンの効果なのか、それともあなた自身に魔術の素養があるのか。」

 

「―――ああ、いけない。楽しくなってきてしまった。あなたは実験の材料にさせてもらうとしましょう。運びなさい、ホムンクルスたち。適当に拘束もしておくように。」

 

 

 モルガンはケンの傍を通りすぎ、入れ替わりで三体のホムンクルスたちがケンに向かって歩く。使用人の服を着た彼女たちは、見た目とは裏腹に人間を遥かに超える力を持っている。三人どころか一人でも、成人男性を運ぶのには何の支障もないだろう。

 

 

 ……だというのに、ああ。まだこの男は、私の興味を引きたくて仕方ないらしい。

 

 

「―――モルガン、様。」

 

「素晴らしい精神力ですね。常人なら痛みで気絶するどころか、気が狂っていてもおかしくないというのに。」

 

 

 大きな音を聞いて振り向いたモルガンが見たのは自分に跪く男と、その後ろに転がされているホムンクルスたちだ。状況から判断するに、モルガンが横切った後、扉に手をかけるまでの間に、男が三人のホムンクルスを制圧したのだろう。

 

 

「その上、三人を殺さずに制圧しますか。全ての罠に引っかかった愚鈍な男とは思えませんね?」

 

「……物理なら、何とかなります。痛みは……慣れれば大丈夫です。」

 

 

 顔中に脂汗を浮かべながら強がりを言うケンを見て、モルガンは妖しく笑う。

 

 

「ああ、楽しくなってきてしまいました。あなたは実験材料としてではなく、私の客人としてもてなすとしましょう。着いてきなさい。」

 

 

 再びケンに背を向けたモルガン。扉に向かって歩く彼女に、ケンはついて行こうとはしなかった。ただ立ち上がり、すぐに後ろに飛びのく。

 

 瞬間。ケンがいた場所に、再び穢れた聖槍が突き刺さる。いや、正確には床を貫通して槍が飛び出してきたのだ。仮にケンがそこにとどまったままならば、再び槍に貫かれていたことだろう。

 

 

「……。」

 

「―――罠に引っかかり続けたのは無駄じゃなかった。こうしてあなたの魔力とやらを、肌で感じられるようになったのだから。おかげで魔術の前兆を、読み取ることが出来た。」

 

 

 ケンはなにも、無為に罠にひっかかってきたわけではない。こうしてモルガンと相対するにあたって、万全の準備を整えようとしただけの事。最初の罠―――魔力によってつくられた矢の一斉掃射を受けた際、ケンはまったく反応出来なかった。普通なら感じられるはずの前兆が一切なかったからだ。そのせいでハリネズミにされたケンだったが、おかげで一つ確信できた。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そうなれば、もはやケンに恐れるものは何もない。魔術による攻撃の前兆をつかむため、攻撃をその身で受け止め続けた。魔術に関する知識がほぼ0のスタートであったことと、もう一つの要因からケンは最後までモルガンの魔術を理解することは出来なかったが、最後の最後、穢れた聖槍の攻撃によって、ようやく彼女の尻尾を掴んだと、ケンは確信していた。

 

 

「マーリンやアルトリアから、あなたの事は聞いています。目的のためならば、手段を選ばない女性だと。決して隙を与えてはいけないと。」

 

「……。」

 

「ですが私は、あなたにモードレッドを治してもらうために来ました。ここで事を構えるのは決して本意ではありません。」

 

「どうか、取引に応じていただきたい。私に差し出せるものであれば、この命以外の全てを捧げましょう。」

 

「……。」

 

 

 モルガンはただ黙ってケンを見据えていたが、その心中では彼を見下していた。所詮目の前の男も、他人よりも自分の命が惜しいのだと。もっとも、本来それは当然の心であったのだが。人の命より、自分の命を惜しむ。その人間として実に正しい考えを目の当たりにして、モルガンは失望していた。彼女は自分の心に気づいていないのかもしれないが、それほどまでにケンという男に期待していたのだ。ひょっとしたら、自分の求めるものを与えてくれるのではないかと。

 

 

「―――自分が一番大事。結局それが、人間なのですね。どうせなら、自分の命すら惜しくないと言えないのですか?」

 

「……この命は今や、私だけのものではありません。私の持つ技術を継承するまでは、死ぬわけにはいかないのです。」

 

「中々の言い逃れですね。長く生きていると、そういう技術ばかりが身につくのですか?」

 

「……参りました。私も回りくどい言い方はやめることにしましょう。」

 

 

 言いながら、刀を抜き放つケン。モルガンも杖を握る手にほんの少し力を込め、戦闘に備える。そのあまりに突出した魔術の実力のせいで勘違いされがちだが、モルガンは接近戦も決して不得意にしていない。本来のブリテンの王として育てられたため、剣の腕や組み手もかなりの腕である。だが、それが振るわれることはなかった。

 

 

「……マーリンから、聞いています。何故私に魔術が効かないのか。」

 

「その理由は、私の体にあったのだと。」

 

 

 

 

 

「――――私の体は、()()()()()()()()()()のだと。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「神秘? なんだそれは。」

 

「魔術師じゃないとよくわからないよねえ。」

 

 

 マーリンはあっけらかんと笑いながら、ケンに告げた。上手く理解出来ていない様子のケンに、マーリンは説明を加えた。

 

 

「神秘を説明する前に、根源について説明した方が早いかな。根源とは全ての魔術師の目指す場所であり、この世の真理と言い換えてもいい。もしその根源にたどり着くことが出来れば、その魔術師はこの世の全てを知ることになる。そうなれば、世界の全てを自由に変えることが出来るはずだ。」

 

「……本気で言ってるのか?」

 

「本気も本気、大真面目だとも。まあ私は人類の描く絵が見たいのであって、自分で絵を描きたいわけではないからね。そういうのにはあんまり興味ないのだけれど。」

 

 

「話を戻そう。根源から全てが生まれ、人間の文明は根源から枝分かれした先にあるものだ。そう考えると、人間の文明から遠いものほど根源に近いと考えられるだろう? それは何なのかと考えたら、自然や物理法則、それの象徴である神々になるわけだ。魔術師たちはそんな神秘的なものを研究することで、根源に至ることを願っている。」

 

 

「さて、神秘に戻ろうか。基本的には旧いものほど神秘が高いと思っていい。人間の文明から離れるほど、神秘は高くなるわけだからね。神秘が高いということは、現在の人間に理解されていないものだということ。」

 

「神秘が高いというだけで、魔術は効果が薄くなる。君の体の神秘の高さなら、例えモルガン(かのじょ)の魔術であっても意味をなさないだろう。だが、メリットばかりでもないんだ。」

 

 

 そこで一息入れたマーリンは、再び話し始めた。

 

 

「―――最近、作物の収穫量が減っただろう?」

 

「……滅びは近いということか。」

 

「そういうことだね。ここブリテンは、他の土地よりも神秘の高い場所だ。未だ精霊が存在するところなんて、中々無いからね。でもだからこそ、世界から排斥されつつある。今は神の時代から、人の時代へと移り変わっていく流れだから。」

 

「そんなブリテンでさえ、君は長生きできない。その身に宿した神秘が、あまりにも高すぎるから。例えるなら、常に半分溺れた状態で生活しているようなものだ。」

 

「まとめると、神秘が高すぎるこの地と君は、長生きできないというわけだ。その代わりに魔術が効かないけど、喰らったら多分すごい痛いから気を付けてね。」

 

 

 説明を締めくくったマーリンだったが、ケンは未だ納得のいっていない表情をしている。その証左のように、一つ質問をした。

 

 

「……何故だ? 俺は特に、そんな神秘が高くなるような事はしていない。何故神秘が高まったんだ? ……ひょっとして、俺の見たことのない今生の親が関係してるのか?」

 

「いや、そういうことじゃないよ。君の神秘はそういう要因じゃない。」

 

「……じゃあ何故だ?」

 

「―――君の特異性は、それだけじゃないだろう? 神秘なんてよくわからないものじゃなくて、もっと身につまされるものがあったはずだ。」

 

 

 そう言われた瞬間、ケンの脳裏に浮かぶのは、ここではない様々な土地。そして何より、そこで出会ってきた人々の顔。

 

 

「転生―――!!」

 

「その通り。君の神秘がありえないほど高いのと、君が何度も転生しているのは同じものが原因だ。」

 

「お、教えてくれマーリン!! 俺は、俺はどうやったら――――!!」

 

 

 ケンはマーリンに掴みかかるように迫る。だが穏やかな笑みを崩さないマーリンに毒気を抜かれ、彼の服を掴んでいた手を離した。

 

 

「……すまない。少し、取り乱した。」

 

「私はどこにも逃げないから、まずは落ち着くといい。それから、ひとまずアルトリアの治世が終わるまでは、その話をするのは我慢してほしい。彼女が安定しているのは、ほとんど君のおかげだからね。君に人生を終える方法を教えて、すぐにそれを実行されてしまっては不都合だ。」

 

「……随分とはっきりものを言うんだな。いつものように、煙に巻くような話し方はしないのか?」

 

「だって、こういった方が君には効くだろう?」

 

「……。」

 

 

 沈黙は肯定を表し、ケンとマーリンの会話は終わった。その後モードレッドが現れたことにより、現在につながるわけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――残忍な魔女を前に、言葉を紡ぐ。一つとして間違えてはいけない。爆発すれば、もうキャメロットには帰れないかもしれないのだから。

 

 

「私の体はこの時代ではありえないほど神秘が高く、その魔術的な価値は高い。それこそ、()()()()()()()ほどに。」

 

「……。」

 

 

 これもマーリンからの入れ知恵だ。根源というワードを魔術師は好む。

 

 

「あなたが根源に到達できたのならば、すべてはあなたの思いのままになるはずです。私の体は、その役に立つはずだ。」

 

「……それがどうしたというのですか? 私はあなたの体に頼らなくとも、ブリテンを崩壊させられます。」

 

 

 質問は話を聞いている証拠――――少なくとも、まだ自分の話に対する興味は潰えていない。なれば、次の話題が必要だ。それも客を前のめりにさせるような、とびきり大きな話題が。

 

 

「確かにブリテンは滅ぶことでしょう。 ―――ですがそれは、あなたの手によってではない。」

 

「……。」

 

 

 再び黙ったモルガンは黙ってしまったが、彼女の眉がほんの僅かに動いた。間違いなく、動揺している。

 

 

「これはマーリンとアルトリア、そして私しか知らないことですが……、ブリテンはその高すぎる神秘故に、人理から取り残されつつある。ここまで言えば、あなたならわかるはずでしょう。」

 

「ブリテンは、人理に滅ぼされる……。」

 

「はい。この土地は遅かれ早かれ必ず滅ぶ。それを回避するには、誰かが根源に到達する他ない。」

 

 

 モルガンは何よりもブリテンに執着する。この島の滅びを回避する方法があるとなれば、必ず飛びついてくるはずだ。それに彼女自身、既にブリテン島の滅びを予見していた可能性もある。自分を監禁し、実験材料にしようとしていたのがその証拠だ。

 

 

「故に、私は取引をしたい。お互いの目的を達成できる、妥協点を示したい。」

 

「―――私はアルトリアのもとに帰りたい。あなたは私の体が欲しい。故に、私は剣を抜いたのです。あなたに向けるためではなく、この肉を裂くために。」

 

 

 刀を逆手に持ち替え、後ろの壁に突き立てる。無論、刃を上にしてだ。

 

 

「私の両腕を差し上げます。ですからどうか、モードレッドの寿命を治してやってください。」

 

「……理解できませんね。あなたに差し出してもらわずとも、ただ殺して奪えばいいだけなのではないですか?」

 

「何度も見てきたはずだ。私はあなたの魔術では死なない。物理で私を殺せる自信があるのなら、チャレンジするのも面白いかもしれませんが……。」

 

 

 そこで口をつぐみ、モルガンをまっすぐ見つめる。ここまで見せてきた、何度も罠にかかってきた姿。そしてその全ての攻撃で、生き延びてみせた姿。

 

 

「あなたがもしも、応じていただけるのならば。こちらにサインをいただきたい。」

 

 

 言いながら巻物を―――いや、スクロールを広げる。これはマーリンに持たされた特注品。俺にはとてもわからない仕組みだが、こういう契約に役立つものだそうだ。

 

 

「自己強制証明(セルフ・ギアス・スクロール)――――あなたならば、ご存じのはずですね?」

 

「……。」

 

 

 “自己強制証明”は、平たく言えば破ったら死ぬ約束をさせられる道具だ。決して違約不可能な取り決めをする際に用いられる呪術契約で、如何なる手段を用いても破棄することは出来ない。ただし条件を決める際に細部まで決めておかなければ、抜け道的な手段で契約を破棄されるおそれもある。

 

 例えば『AはBを殺害出来ない』という契約を行ったとする。ここで仮にAがCという第三者に命じて、Bを殺害させたとする。だがこの場合、AはBに手を下していないため、ペナルティは発生しない。

 

 

「これが文面です。ご確認ください。」

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

束縛術式

 

 

対象:

モルガン・ル・フェイ

 

 

旧きブリテンの刻印が命ず。

各条件の成就を前提とし、制約は戒律となりて、例外無く対象を縛るものなり。

 

 

制約:

モードレッドの寿命が通常の人間程度まで延びるまで、あらゆる魔術的な研究・及び行使を禁じる。ただし、目的がモードレッドの延命のためであるならばこの限りでない。

 

 

 

条件:

ケンの両腕を切断し、研究材料に差し出す。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 ……この契約が結ばれたならば、俺の両腕は失われる。再び死に、新たな生を得ない限り、刀を握ることも包丁を握ることもできない。

 

 

 だが、それが何だというんだ?

 

 

 刀なんか握れなくたって、円卓の騎士たちがいる。もう料理が作れなくたって、ガレスやモードレッド、他の料理人たちが代わりをしてくれる。

 

 

 ―――二度とアルトリアを、抱き締めることが出来なくったって。きっと彼女が、俺の体に腕を回してくれるだろう。

 

 

 俺にもう、両腕は必要ない。抱えきれないくらいたくさんできた大切なものは、心の中にしまってあるから。

 

 

「―――さあ! 決めていただきたい!! 今ここで!!」

 

「私を殺せる可能性に賭け、何も得られないリスクを取るか!! モードレッドと引き換えに、この両腕を取るか!!」

 

 

 モルガンに叫びながらも、足に軽く力を込めておくことは忘れない。仮に交渉が決裂したならば、決死の逃避行が始まるのだから。注意深くモルガンの顔を見ながら、ゆっくりと唇が動くのを捉えた。

 

 

「――――何故?」

 

「―――。」

 

 

 思わず、足から力が抜けかける。彼女から質問がやってくるとは思わなかったからだ。

 

 

「何故? 何故そこまで、モードレッドに気を遣うのだ?」

 

「……。」

 

「金を積まれた? ありえない。大きな恩でも売られたか? そんなことは見ていない。では何だ、惚れでもしたのか? それならばまだあり得る。だが何故、何故、何故―――何故それが、《《私ではない》?」

 

「モルガン、様―――。」

 

 

 ……ああ、ようやくわかった。彼女が本当に求めているものは、俺の両腕なんかじゃなかった。俺も少し、魔術を目の当たりにして高揚していたらしい。神秘だの、根源だの、考えてみれば俺にはどうだっていいものだった。俺が差し出せるものなんて、いつだって一つしかないじゃないか。

 

 

「……話しすぎましたね? それではあなたの交渉ですが……」

 

「いいえ、モルガン様。少しだけ、ほんの少しだけ待っていただけませんか?」

 

「……つまらない話であれば、この場で首を刎ねる。」

 

「ありがとうございます。どうか私に、料理を作らせていただけませんか?」

 

「―――何?」

 

 

 虚を突かれたような顔をする彼女を見て、ようやく人間らしい顔が見られたと思った。それまでの彼女は、楽しそうにしていると思えば突然冷め、残忍かと思えば威厳のある姿を見せる―――というように、コロコロと態度が変わったからだ。だが彼女もやはり、自分と同じ人間なのだと思えた。それなら、いつもやっていることだ。ただそっと、心に寄り添ってやりたい。

 

 

「食事が終わって、一息ついたら……その時、また改めてお返事をいただきたいのです。どうか、私に厨房をお貸しください。」

 

「……。」

 

 

 俺のやろうとしていることが、正解なのかはわからない。とっとと契約を結ばせて、モルガンの行動を縛った方がいいのかもしれない。だとしても、俺がやるべきことはこれだと思った。

 

 

「……いいでしょう。好きにしなさい。」

 

「ありがとうございます!!」

 

 

 許可が下り、ホムンクルスの案内で厨房に向かう。これから作る料理は―――そう、暖かいのがいい。どんなに冷え切った心でも、優しく融かしてくれるようなやつがいい。

 

 さあ、火を入れて。必要な料理を、必要な人のもとに。かつて掲げた信念は、時を越えてわが胸に。




――――キャメロット・夫婦の寝室

「そ、そんなことまで!? ギネヴィア、あなたは私を置いてどこまで行くつもりなのですか!」

「……ねぇアルトリア。あまりこういうことは言いたくないけれど、あなたはちょっと奥手すぎると思うわ。」

「い、いいえそのようなことはありません! つい先日だって、配膳をしている彼の手にそっと手を重ね合わせて―――」

「あの方が食事の準備を邪魔されて、いい気になるわけがないじゃない。まったく、どうして私から見てもこんなすごいものを持っているのに、こんなにも色恋に弱いのかしら……。」
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