私がそれを自覚したのは、いつのことだったか。同じ父の血を引きながら、自分はブリテンの王にはなれないのだということを。
物心がついた時から、王になるための経験を積んできた。剣術を学び、政治を修め、人との話し方を叩きこむ。誰もが心から付き従うような、理想の王。そうなるために、私の人生はあった。
あった、はずなのだ。
「―――次の王は、アルトリアだ。モルガンではない。」
最初は本当にただの偶然だった。ただ単に、父王に渡すべき報告があったから部屋に向かっていただけのこと。本来なら石造りの部屋から声が聞こえてくるわけがない。だがその日はなぜか、戸が開いていた。
そのせいで、聞こえてしまったのだ。父王の心無き声が。
「なっ……! 何故ですかウーサー!! 私の、私のモルガンはどうなるのです!?」
ああ、これは母上の声か。思えば母上も気の毒な人だ。もとはと言えば父王が既に別の王の妻であった母上に惚れ、強引に娶ったというのに。母上が生き延びるためには、父王に嫁ぐしかないというのに。そのせいで周囲から『毒婦』と罵られることも、一度や二度ではなかった。
私の前ですら、隠すことなく陰湿な発言が行われることがあった。母上はただ唇を噛みしめ、じっとこらえていた。それはきっと私のためだった。いくら後継者の第一候補と言えど、母が面立って使用人たちを罰そうとすれば、王妃ご乱心と言われかねない。そのせいで私の王道が遮られてはいけないと、自分の心を押し殺していたのだろう。
母上が怒ってくれたから、私の手にはまだ力があった。手も足も震えながらも、まだへたり込まずに済んだ。
だがその心は、あっさりと裏切られた。
「どこへでも、適当な国の王か貴族にでも嫁がせればよい。あれは見た目もよく利発だ。体もよく育ったから、求める男は多いだろう。」
「そんなことをすれば、余計に持参金がかかるではありませんか!!」
「……ならば修道院にでも入れるか。」
「そういうことを言っているのではありませんウーサー!! あの子が王になればと思って、私は今までずっとこらえ続けてきたのです! 王でないなら、あんな氷のような子供になんの価値があるのですか!?」
……そこから先は、聞き耳を立てることすら出来なかった。耳を塞いでしまいたかったが、両手に持ったスクロールがそれを許さなかった。ただ黙って部屋の前を離れ、自分の部屋へと急いだ。雫は頬を濡らすことなく、ただ後ろ髪を湿らせた。
私はベッドにもぐりこみ、ひとしきり泣いた。泣いて、泣いて、泣いて――――。涙が枯れ果てた時、ようやく眠りについた。次に目覚めた時、私は涙を失った。ひび割れた荒地のように、涙は枯れ果ててしまった。
それからは、何も知らないふりをしながら生き続けた。ただ従順な女のふりをして、運命に身をゆだねた。私はまだ、あまりにも弱い。このブリテンを、奪い取るためには。
父王が死に、アルトリアが選定の剣を抜いたと聞いた。母上は風邪をこじらせ、私以外に誰もいない孤独なベッドで死んだ。 ……私が王になれていれば、母上にもまた違う結末があったんだろうか。王の後ろ盾を得て、幸せを掴めたのだろうか。
……そんなことはどうでもいい。ブリテンを手にするには、力を得なくてはならない。そのためには、どんなことだってしてみせる。
私はマーリンに魔術の師事を受け、その力を伸ばした。ロット王と婚姻を結び、幾度となくその獣欲を受け止めた。全てはただ、ブリテンのために。マーリンの持ち込む厄介ごとに頭を悩ませ、体が壊れる寸前まで叩きつけられる肉欲によって出来た傷を魔術で癒す。
どんなに辛くとも、どんなに苦しくとも、涙は流れなかった。涙を流すのはきっと、ブリテンをこの手に収めた時なのだと信じた。
やがて、ロット王と幾人かの王が結託し、アーサー王を打倒するために蜂起した。この頃には私の魔術は完成しつつあり、城の人間もほぼホムンクルスと入れ替わっていた。つまりロット王がいなくなれば、この城は完全に私のものになる。
勝ったならばそれでいい。適当なところで始末して、ブリテンを乗っ取る。アルトリアを殺すよりも楽な作業だ。負けたのならば、戦死してくれるのがいい。逃げ帰ってくるのなら、手を下さなくてはならないから。
結果から言えば、ロット王は戦場で死んだ。遺体は帰ってこなかった。負けた場合で言えば、まあ最上と言える結果だろう。城を完全に乗っ取り、工房へと作り変える。王にとって、建築学は当然修めているべきものの一つだ。自分の城を作る際に役立つのは当然だが、敵の城に攻め込む際にも、建築学の知識は役に立つ。私は知識を十全に活用し、城の内観を整えた。
今までの無骨で、鼠が出てもまったく気にしないずぼらな王から解放された城は、まさしく生まれ変わった。荘厳、美麗、瀟洒。自分の城を持つというのは、こんなにもよいものだったのか。
私はあの日以来、本当に久しぶりの歓びを感じていた。意味もなく壁を撫でてみたり、椅子に座ったり立ち上がったりするのを繰り返してみたり。無邪気な子供のように、自分だけの城を堪能した。
だが城の外に出た時、その浮足だった気持ちは、一瞬にして冷めきってしまった。
「あの、城は――――。」
私の目が捉えたのは、穢れ一つない純白の壁。理想の城、キャメロットだった。あまりにも完璧すぎるそれを目にした時、私は一歩も動けなかった。あの中に、アルトリアがいる。そう思うだけで、世界の全てが灰色に変わった。だというのに、あの城だけは美しいまま。
どうやって帰ってきたのか、もはや覚えてすらいなかった。ベッドに再び身を預け、白いスーツを見つめ続けた。食事をとることもせず、眠りにつくわけでもなく。私はただただ、シーツを見つめ続けた。
「アルトリア……!!」
すべて、すべてが無価値に思えた。あれほど好ましかった内装も、美しいと思った外見も。私の城はすべてにおいて、あのキャメロットを下回っていると感じたからだ。
「本当、なら……!! 本当なら、私があそこに……!!」
悔しくて、悔しくて、なのに涙は流れなくて。溜まりに溜まった感情が、眼球を押し上げているのではないかと思うほどに、目の奥は熱くなる。
どうして、どうして私はああじゃない? どうしてアルトリアばかりが、望むものを手に入れられる? キャメロットはいい。円卓の騎士たちも、民も実りも好きに持って行くがいい。私はただ、ブリテンがあればそれでいいのに。どうしてそれだけのことも、私には認められない?
「絶対に……! 絶対に、許さない……!! 生かしてはおかない……!!」
本当はわかっている。アルトリアは何も悪くない。私の恨みは決して正当なものではない。だがそれでも、生かしてはおけない。あれが生きているだけで、私は生きていけないのだ。あれが存在するだけで、惨めでたまらなくなるのだ。選ばれた者と、選ばれなかった者。それをまざまざと見せつけられて、黙っていられるわけがない。
そうして私は、アルトリアを強く憎むようになった。同時にキャメロットを崩壊させるため、ありとあらゆる手を打った。息子や娘を円卓の騎士にし、スパイとして潜り込ませる。いざという時、奴らが私の味方になるとは思えない。だが私の血族があそこにいるというだけで、不和をもたらすことが出来るはずだ。さらにアルトリアを死に至らしめる……あるいは廃人にするような魔術の研究。魔術を用いてアルトリアの動向を監視し続け、ブリテンを奪いとる日を夢見続けた。
―――そして今、何の因果か。アルトリアの愛する男に、私は料理を作らせている。
―――――――――――――
「……。」
飽きもせず灰色をしたままの壁を眺めながら、料理の完成を待つ。思えば最後に掃除をしたのかいつのことだったか。ホムンクルスたちに任せるばかりで、自分では何もしてこなかったように思う。まあ、防虫の魔術をかけ忘れたことはない。奴らの姿どころか、あの気味の悪いしょっか……これ以上はやめた方がいいだろう。
厨房からこの部屋まではかなり距離がある。あの男が料理をしている音や香りは届かないが、それでもこの城から逃げ出すことは絶対に不可能だ。調理器具の他に道具は持たせていないし、厨房には手伝いの名目で監視のホムンクルスたちがいる。どんなに奴が手練れだとしても、徒手で突破することは不可能だ。
「モルガン様。まもなく完成するとのことです。」
「そうか。では食堂まで案内してやれ。」
立ち上がり、食堂へと歩を進める。思えばその場所へ向かうのは、いつぶりのことだろうか。むさ苦しい騎士たちが食い散らかした肉のかけら、それを求めて走り回る鼠たち。床は常に油でてらてらしていて、葡萄酒を溢しても誰も気にも留めない。
まあ? 今は私の手によって、汚れ一つないわけだが?
もう誰も使わないのだからとも思ったが、汚れたままというのも気分が悪い。それに私の城に汚れた部分があるというのを、キャメロットとつい比較してしまう。 ……やめよう、無駄だ。
「モルガン様、お待ちしていました。こちらの席へどうぞ。」
例の男―――確か、ケンと言ったか―――が椅子を少し引き、着席を促す。それなりに礼儀は学んでいるらしい。こちらも作法に則り、恭しく席に着く。ああ、退屈だ。
「ウェイターもいないので、すぐに料理を持ってきましょう。お腹空きましたか?」
「……。」
人好きのする笑顔でにこやかに話しかけてくるが、そんなことで私が絆されるとでも思っているのだろうか? はっきり言って不愉快だ。私が話す気がないというのがわかったからか、ケンはいそいそと厨房に引っ込んだ。そして何か、湯気を立てるものを持ってきた。
「さて、お待たせしました。『
言いながらケンが私の前に差し出した皿には、私が嫌いな肉―――その中でも、特に苦手な猪肉がごろりと鎮座している。湯気を立てる肉にはたっぷりとソースがかかっているが、その色は鮮血を思わせる鮮やかな赤。……この男は、私に喧嘩を売っているのだろうか?
「私も朝から何も食べておりませんので、失礼いたします。」
言いながらケンは、ちょうど私の真向いの席に座る。確かによく見てみれば、自分の分の皿をちゃっかり用意している。……食材は奴が持ってきたもの故強くは言えないが、どういう神経をしているのだろうか。
「いただきます。さあて、この時代の猪はどんな味がするのか……。」
ケンは呟きながら、ハンバーグとやらにゆっくりとナイフを通す。透明な肉汁があふれ出すと共に、肉の中に閉じ込められていた熱と香りが飛び出してくる。切り分けた肉にたっぷりとソースをつけ、雫を溢さないよう口に運ぶ。
「ん~……ん、ふふふ……。」
どこか気持ちの悪い―――自然とほころんだ顔で、ケンは咀嚼を続ける。その両顎が何度もかみ合わされ、そして呑み込まれたそれが食道を通り、喉仏が上下する――――。
すぐにケンは次のナイフで切り分けようとしたが、そこではたと手が止まった。何故――と思って顔を上げると、笑顔でこちらを見ているケンと目が合った。
「ふふ、毒なんて入ってませんからどうぞ。冷めたら油が固まって、美味しくなくなりますから。」
「っ、黙りなさい。この私が、毒など恐れると?」
そう、これは毒を恐れて食べないのではないと証明するためだ。決してこの料理に、興味が湧いたからではない。
フォークを肉に突き刺して、私もナイフを振るう。するとどうだろう、私の知る肉とはまったく異なり、するりと刃が通る。何度も何度も往復させて、ようやく千切れるのが猪肉ではなかったのか。
ケンに倣ってソースをつけ、肉を口に運ぶ。咀嚼する度、ソースの酸味と肉の旨味が混じり合って、口の中で暴れまわっているようだ。
(これは、どんな食材なのだ? 初めて食べるが、嫌ではない……。いやむしろ、好ましい……。)
熱々の肉がほろほろとほぐれ、噛むたびに旨味があふれる。それに、あの猪肉の臭みが全く感じられない。むしろ食欲をそそる素晴らしい香りのように感じられてきた。
飲み込んだあと、すぐに次の分を口に運ぶ。何度食べても飽きることはなく、次を次をと食べ進めてしまう。ふと気づくと、ハンバーグは既に半分ほど無くなってしまっていた。そして何より、それをニコニコと見つめているケン。
「っ、わ、忘れなさい。私は決して、夢中になってなどいません。」
「いえいえ。あんなに幸せそうに食べていただけたなら、料理人冥利に尽きるというもの。モルガン様さえお嫌でなければ、私の分もお召し上がりになられますか?」
「なっ……!!」
何という魅力的な提案か。だがそんなことを、どうして言えるというのか。
「ふ、ふざけるのも大概にしなさい。誰があなたの手を付けたものなど……。」
「おや、アルトリアなら一も二もなく飛びつく提案なのですが。姉妹とはいえ、似通ったところばかりではないという事でしょうか。」
「……では、今日のところは二人で食べましょうか。」
微笑みながら、ケンは自分の分のハンバーグを口に運ぶ。何故だか無性に腹が立つが、私もナイフとフォークを動かす手を止めない。付け合わせで添えてあったマッシュポテトが油っぽさを軽減しているため、止まらないと言った方が正しいのか。
ともかく私は、あっという間に自分のハンバーグを食べ終えてしまった。こんなにもしっかりと肉を食べたのはいつぶりのことだろうか。思えばしっかりとした食事をとるのも、久しぶりな気がする。ホムンクルスたちに適当にパンやチーズなどを運ばせ、それを飲み物で流し込んで終わり。ロット王が死に、ブリテンの支配者がアルトリアになってからは、私のもとに会食の誘いが来ることも無くなったため、私の食事の杜撰さは増していくばかりだった。
……だが何故だろうか。この食事は、会食とは違うと感じる。味は確かに、違う。あの時食べたものよりも数段上だ。だが何か、何かが違う気がするのだ。
「どうでしょうか? ご満足、いただけましたか?」
「……まあ、美味ではありました。」
つい頷いてしまう。この男からは悪気が感じられず、毒気を抜かれてしまった。
「それはよかった。それだけで満足です。さ、後片付けをしますから、ゆっくりされていてください。」
温めたミルクをカップに注ぎ、ケンは厨房に戻っていく。もはや何も警戒することなく、モルガンはそれに口をつけた。何だろうか、この胸に感じる暖かさは。ずっとずっと前から、こうだったような気さえしてくる。辛いことなんて、何一つなかったような――――。
「ああ、言い忘れていましたが、私はこれでお暇させていただきます。」
「ぶっ!? ゴホッゴホッ……! な、何を言っているのか、わかっているのですかあなたは!」
何だ? この男、一体何が目的だ? 私のご機嫌をとって、私の気を引きたいからこそ料理を振舞ったのではないのか? だというのに帰る?
「料理人の仕事は済みましたから、後は帰るだけです。モードレッドのことは……まあ、私が何とかします。マーリンが教えてくれるとは思いませんが、勉強するしかないですね。」
「な……!!」
急に怖気が襲ってくる。何だ、何だこの寒さは? ―――私、私は、必要ない?
「ま……待ちなさい。」
「いいえ。早く帰らなくては、キャメロットの厨房が滞りますので。」
「モ、モードレッドは……」
「あなたに頼らずとも、私が何とかします。」
とりつく島もない言い様に、私は何故だか怒りではなく焦りを覚えた。
「そ、そう! 私の体を、一晩差し出しましょう。それで―――」
「……自分を切り売りするようなことをなさらないでください。」
「じゃ、じゃあ……!!」
「どうすれば、いい……?」
何故だか、ぽろぽろと雫が目からこぼれた。あの日彼果てた涙が、私の目に帰ってきた。ずっとずっと、誰かに言いたかった言葉と共に。
「……ずっと、その言葉が聞きたかったんです。」
「あ……。」
ケンのしなやかな指が、私の目じりをそっと拭った。
「申し訳ありません、モルガン様。不躾とはわかっていますが、私はマーリンからあなたのこれまでの人生を聞いてきました。」
「……。」
「あなたが何を欲しているのか、あなたにどんな料理を提供すればいいのか。それを知るためのことでしたが……。」
「……そんな打算を抜きにして、私はあなたにずっとこうしたかった。」
「理不尽に満ちた人生を、ご自分の力だけで打ち破られてきた。それに対して、私が手を貸せるようなことなど、あろうはずがございません。」
「ですが、あなたに力を貸すことは出来ます。あなたの止まり木になって、その羽を休めることくらいは出来ます。私が料理人として働く中、テーブルについた人々は、皆笑顔になってくれました。食事をしている間だけは、皆全てを忘れてくれました。」
「私にはわかります。あなたがどれだけ、努力してきたのか。手段は間違っているのかもしれませんが、目的は間違っていないはずです。人は皆、幸せになるために生きているんですから。」
手段―――おそらくは、ブリテンを奪い取ることを指しているのだろう。それが間違っていると突きつけられているというのに、怒りはなかった。
―――そして、同時に。私の心は決まった。
「ですから、モルガン様。どうか―――」
「その先は不要です。」
驚きに歪むケンの顔。初めて見る顔ではないが、意味が違う。あの時―――私が彼を殺そうとした時の顔とは違い、可愛らしいものだ。
……だからこそ、少しだけ心が痛む。
「あなたの言いたい事はわかります。私に、アルトリアと和解しろというのでしょう?」
「……はい。姉妹で殺し合うなどと、そのようなことはーーー!」
「断る。ブリテンを得ることこそ、私の悲願だ。」
「ッ……! 考え直しては、いただけないのでしょうか……!」
「少し弱った姿を見せたからといって、私を懐柔出来たとでも? 思い上がるな、料理人。 ……貴様の本分はただ料理を作ることのみ。私を変えることなど出来はしない。」
「ッ、違う! 人間が、たった一人の人間で変わることだってある! 一皿の料理が、人生を変えることだってある!」
「ない。私はとこしえにアルトリアの敵であり、ブリテンを簒奪せんとする魔女だ。それこそが悲願であり生き様だ。もう一度だけ言う。思い上がるな。私は変わらない。」
「……。」
……ケンは、呆然とした顔で俯いた。なんの責任もないのに、打ちひしがれているらしい。それをどうしても直視出来ず、横を向いたまま私は言葉を続けた。
「……だが、お前の出した料理は美味だった。それに免じ、モードレッドの寿命は延ばしてやろう。10日の後、奴をここに来させろ。」
「ありがとう……ございます……。」
本来の目的は達したというのに、ケンの顔は晴れない。
「……立ちなさい、ケン。万が一にでもこの城をうろつかれることのないよう、私が見送りをします。城を出て、どこへなりとも行きなさい。」
「……。」
ケンの返事も聞かず、私は彼の前を歩く。後ろからついてくる足音だけが、彼の存在を証明していた。どちらも声を発することなく、二人の足音だけが響く。
その道行もやがて終わりを迎え、私たちは門の前、最後の扉に到着した。この扉を開ければ、ようやく外へと出ることができる。私は振り向くことなく、背中越しに話をした。
「……ここまでで十分でしょう。行きなさい、アルトリアの料理人。運が良ければ、キャメロットの崩壊に巻き込まれずに済むでしょう。」
もう二度と、会うことはないだろう。私に温もりを与え、私の決意を鈍らせる男。本来交わらないはずの道が、偶然交差してしまっただけのこと。
「……。」
ケンはただ黙って、扉を開いた。そしてこちらを一瞥もすることなく、城を出ていき扉を閉めた。無礼な行いだったが、今はそれがありがたかった。
ーーー次にあなたの顔を見れば、今度こそ堪えきれなかったから。
「ーーーモルガン様。」
……だというのに、あなたは私に声をかける。扉に隔てられ、その表情まではわからない。それでも、暖かい声だった。
「私はきっと、あなたの敵になるのでしょう。アルトリアのために戦って、あなたに刃を向けるでしょう。」
「それでも私は夢を見ます。いつかあなたと、アルトリアとが、笑い合える日が来ると。誰も争わなくていい、平和な日々が訪れると。」
「……いつでもいいです。いつでも、帰ってきてください。」
「その時はきっと、お帰りなさいといいますから。」
「……さようなら! そして、ありがとうございます! いつかまた、きっとキャメロットで!!」
馬の蹄の音が遠くなり、私はようやく涙を流した。扉に縋り付いて、小娘のように声を上げて泣いた。この顔を、彼にだけは見られたくなかったから。初めて欲しいと思った、彼にだけは。
……私の初恋は終わりを告げ、本当の意味で私は一人になった。アルトリアを殺した後、彼は私に笑いかけてくれることはないだろう。だが、それでも。私は必ず、ブリテンを手に入れる。
認めたくなかった。認めるわけにはいかなかった。この世に、彼が与えてくれたような、無償の愛があるということを。もし認めてしまえば、私の今までの全ては無駄になるから。努力して、努力して、努力してーーーその果てに得られるのが、きっと私の求めるものだから。そうでなくては、私の努力は無駄になるから。
だからどうか、あなたに見ていて欲しい。私がアルトリアを殺すところを。あなたが私を憎むのならば、この世から無償の愛は消え果てる。あなたが私に見せてくれた、希望の光は消え果てる。
その時こそ、私が真に報われる時。あなたの愛を拒んだことが、正しいことだとわかる時。
さようなら、愛しい人。どうかその灯火を、私以外に吹き消されることのありませんようにーーー。