“ケン”という男の話   作:春雨シオン

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今回、かなり詰め込みすぎてしまった気がします。それでも次回から話が大きく変わりだすので、仕方のないことと思って読んでいただけると幸いです。

感想返信遅れて申し訳ありません。本当に元気をもらってます!!


第十一幕 光と闇

 ケンがモルガンの城から帰ってきた後、彼らはいつも通りの日常に戻った。あれほど濃密に感じた城での時間も、終わってみれば一日にも満たない。変わったことと言えば、帰ってきたケンに対し、アルトリアのアプローチが少し積極的になったことぐらいだろうか。傷心のケンに対してのそれは、魅力的どころか鬱陶しいものではあったのだが……。

 

 アルトリアのアプローチが加速すると共に、ケンの忙しさも増していった。自分が為すべき仕事を定め、それに邁進するようになったからだ。

 

 

(……残された時間は多くない。やるべき全てを、やっておかなくては。)

 

 

 ガレスやモードレッドに対する料理の指導はさらに厳しくなった。鍛錬にしても同じだ。自分が生きているうちに、教えられる全てを教えておきたい。それだけでなく、滅びの運命に対する備えも必要だ。モードレッドを殺すという判断が出来なかった以上、彼女を叛逆者にしないよう、気を遣う必要がある。そのためケンはモードレッドにほとんどかかりきりであり、今は彼女と初めて戦ったあの森の中で、ガレスを加えた3人での稽古を行っていた。

 

 モードレッドのことばかり気にしていて気付かなかったことだが、ガレスも最近ではメキメキと力をつけている。流石にガウェインの妹ということなのだろう。だがやはりケンやホムンクルスのモードレッドとは差があり、力尽きて倒れてしまった。そろそろいい頃合いかと、ケンは稽古の終わりを告げることにした。

 

 

「今日はここまでにしよう。よく頑張ったなガレス。それにモードレッド。」

 

「ハァ? まだまだイケんだろうが。もっと付き合えよ!」

 

「剣はここまでだ。そろそろ料理に取り掛からなくてはならん。お前に教えてやりたいものは山ほどあるからな。」

 

「……チッ。わーったよ! やればいいんだろ、やれば!」

 

「ありがとう。ガレスも、それで大丈夫だな?」

 

 

 すっかり潰れてしまったガレスにケンが声をかけると、なんとか腕を上げて答えた。

 

 

「は、はい……! ま、まだ、まだやれます。」

 

「へっ、情けねえ奴だな! オラオラ、さっさとしねえと置いてくからな!」

 

「……相変わらず、素直になれない奴だな。さあガレス、へばっている暇はないぞ。何度も言ってきたが、鎧を着ながら全力疾走が出来るようになれ。一人で脱げるようなものじゃない限り、このまま逃げるしかないんだからな。」

 

 

 ケンは手を貸すことなく、ガレスが何とかして立ち上がろうとしているのを黙って見ていた。何度も何度も力尽きかけながらも、ガレスは両の足で立ち上がった。

 

 

「鎧、盾、槍……。その全てはそれぞれ重量のあるものだが、生き残るには必要なものだ。だが、逃げる時には捨ててしまえ。この教えは、覚えているな?」

 

「は、はい! だって、師匠との修行はいつも逃げる訓練から始まりますから! ……でも、本当にいいのでしょうか? 誇り高き騎士が、戦場で敵に背を見せるなんて……。」

 

 

 表情の陰ったガレスを見て、ケンは彼女の顔を正面から覗き込む。ガレスがケンの方を見つめ返してきたのを確認してから、ケンは話し始めた。

 

 

「ガレス。おそらくだが、お前の考えている『逃げる』と俺の考えている『逃げる』は違うものだ。」

 

「えっ……?」

 

「俺の言っている『逃げる』という行為は、戦いそのものから逃げろと言っているんじゃない。逃避じゃなくて、撤退なんだ。」

 

「撤退……。」

 

「そうだ。負けそうな時に戦って、その結果死んだら馬鹿みたいだろう? 例えば相手が自分よりずっと強い時、自分が怪我をしていたり装備を失っていたりして、満足に戦えない時。そういう時、躊躇なく逃げること。これも一つの強さなんだ。」

 

 

 強さ、と聞いてガレスの目が真剣さを増した。眉にグッと力がこもり、ケンの言葉を聞き逃すまいとしているようだ。

 

 

「一時的に逃げることがあったとしても、戦うことを諦めない意思さえあれば、騎士の誇りは失われない。戦いをやめない限り、負けていない。大切なのは、戦う意思なんだ。」

 

「成程……。師匠のおっしゃりたいこと、少しずつ理解出来てきた気がします!」

 

「よし! それじゃ応用編だ。さっきから散々逃げろと言ってきたが、逆に逃げてはいけない時もある。どんな時かわかるか?」

 

「え? こ、今度は逃げちゃダメなんですか?」

 

「……ふふ、ちょっと難しいか? だが大丈夫、今回はシンプルに一つだけだからな。一つだけだから、注意して聞くんだぞ。」

 

「は、はい!」

 

 

 混乱しながらもいい返事をするガレスに、ケンは満足げに目を細めた。そして、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「騎士が決して逃げてはいけない時。それは『後ろに守るべきものがある時』だ。」

 

「後ろに、守るべきものが……。」

 

「ああ。忠誠を誓った王でも、肩を並べて戦う友でも、暴威に怯える民でも。お前が守るべきものが後ろにあるのならば、騎士は絶対に背を向けてはいけない。例え敗れ、倒れたとしても。死ぬまで戦った時間で、彼らは逃げることが出来る。」

 

「……。」

 

「忘れるな、ガレス。騎士が民からの尊敬を集めるのは、いざという時に民の代わりに死ぬ捨て駒だからだ。誰かの命を燃やすべき時、躊躇いなく命をくべられるからこそ、騎士は騎士でいられる。まさしく、『散りぬべき時知りてこそ』だな。」

 

「……? それは、どういう意味なんですか?」

 

「……昔の知り合いが、とある人に伝えてほしいと教えてくれた言葉だ。お優しい方だから、お前に教えたこともきっと許してくれるさ。」

 

「ともかく! 騎士というものは、全力で命を行使するべき時は躊躇ってはいけないし、その瞬間まで自分を粗末にすることも許されない。そんな辛い人間なんだ。 ……それでもお前は、騎士になりたいというのか?」

 

 

 ケンの問いかけに、ガレスは迷うことなく返事をした。

 

 

「はい! ずっとずっと、私の夢だったのですから!」

 

「なーんかかったりーなー。オレはそんなもん、気にしたことねえってのにさ。」

 

 

 ケンとガレスが話しているのを、面白くなさそうに見ていたモードレッドが憎まれ口をたたく。

 

 

「まあ、あいつもあんな風に言っているが、少なくとも王に対する忠誠は本物だ。もしアーサーが危機に陥ったとしたら、躊躇なく命を懸けるだろうさ。」

 

「あったりまえだろ! オレの命は王のためにあるんだからな!」

 

「だが何度も言っているように、お前は王に依存しすぎだ。自分で考え、判断することも重要だからな。」

 

「わーってるよ! 何回聞かされたと思ってんだ!」

 

 

 ぶーたれたモードレッドに背を向けると、ケンは改めてガレスに向き直った。

 

 

「お前の覚悟、俺は確かに見届けた。お前はどうだ?」

 

「え?」

 

 

 ケンの声につられるようにして、ガレスは後ろを振り向いた。

 

 

「……お見通しか。君には敵わないな。」

 

「えっ! な、何故あなたがこんなところにいらっしゃるのですか!?」

 

 

 木陰から姿を見せたのは、美しい紫色の鎧を纏った騎士。ガレスが誰よりも尊敬してやまない、湖の騎士ランスロットだ。

 

 

「いや、誰かいるってことと、そいつに殺気がないってことしか気づかなかった。ガウェインかと思っていたが、ランスだったか。」

 

「ああ。ガウェイン卿もずっと気にかけてはいたのだがね。その証拠に、私はガウェイン卿の代わりに、君に大切なことを伝えに来た。」

 

「大切な、こと……?」

 

「ああガレス。私たちは、君を騎士として認める。近く、叙任式が行われることだろう。」

 

 

 目をパチクリさせているガレスだったが、だんだん理解が出来てきたようだ。体が震え、跳びあがって喜んだ。

 

 

「ほ、本当ですか!? 私、私騎士になれるんですか!?」

 

「ああ。だが、これが終わりではない。むしろ、ここからが始まりだ。騎士となった以上、それなりの働きが求められる。厳しくなるだろうが、その覚悟は今見せてもらった。しっかり励むのだぞ、ガレス。」

 

「はっ、はいっ!! 不肖ガレス、身も心も捧げます!!」

 

 

 二人のやりとりを、ケンとモードレッドは少し離れたところで見ていた。ケンはモードレッドの方をちらりと見て、彼女が騎士として認められた日のことを思い出す。モードレッドを殺しかけたことと、それを唆したあの黒い声。せっかくめでたい場面だというのに、心が沈んでしまう。

 

 

(転生、神秘、滅びの定め、黒い声……。解決するべきことだらけだ。)

 

 

 思わず頭を抱えたくなるような状況だが、それでも諦めるわけにはいかない。ともかくブリテンの滅びを回避することを第一目標とし、ケンは心の中で兜の緒を締めなおした。

 

 

「……何見てんだよ。」

 

「ああいや、お前が騎士になったころを思い出してただけだ。あの頃と比べると、本当に立派になったな。」

 

「な、何だよ。急に褒めてきやがって、何か気持ち悪ぃな。」

 

「いいと思ったところは素直に褒める。コミュニケーションの第一歩だ。」

 

 

 モードレッドと会話するケンのもとに、ガレスが仔犬のように駆け寄ってくる。

 

 

「師匠! 私、私ついに、騎士になれたんです!!」

 

「ああ、おめでとう。お前が頑張っていたことは俺が誰より知ってる。本当によく頑張ったな。ほら、お前からも何かないのかモードレッド。」

 

「な、何でオレに振るんだよ。んなもん、適当にやってりゃ……。」

 

 

 どうしても素直になれず、つい逆らってしまうモードレッド。それでも暖かい目で見つめるケンに毒気を抜かれ、真っ赤になりながらも言葉を紡ぐ。

 

 

「……あああもう! わーった、わーったよ! おめでとう!! これでいいのか!」

 

「わあ……! あ、ありがとうございますモードレッド!」

 

「うわっこの、抱き着くな! やめろこら、離れろよ!」

 

 

 ブンブンと振られる尻尾が見えそうなほど、モードレッドにじゃれつくガレス。ケンとランスロットはその様子を微笑ましく見ていた。

 

 

「……あんなにも純粋な子供のように見えるのに、騎士の誇りと矜持を持ち合わせている。彼女はきっと、ブリテンを背負う騎士となるのだろうな。」

 

「ああ。そこにはきっと、モードレッドもいるはずだ。俺や騎士たちが老いて引退しても、あいつらがいるなら大丈夫だと思える。」

 

「本当に。君の言葉を借りるのならば、私は彼らの代わりに死ぬべきなのだろうな。」

 

「……聞いてたのか。クサい台詞だったかな。」

 

「いいや、私の心にも響いたさ。それに私は、彼女たちを守って死ねるのならそれでいいとさえ思える。」

 

「……そうだな。俺も同じ気持ちだ。きっと理解してくれるはずだしな。」

 

「理解? ……なるほど、確かに。残されることを悲しむほど、弱いお人ではないだろうな。」

 

「お前の方はわからん。大切にしてやれ。」

 

「無論だとも。」

 

 

 会話をして笑い合うケンとランスロットだったが、それに熱視線を送る新米騎士が一人。

 

 

「……す、すごいです。こ、こここれは私の心に刻印しておかなくては!! 憧れのお二人があんなサービスなんて、ひょっとして夢ですか!? え、騎士のお祝い??」

 

「……たまにお前が何言ってんのかわかんねえな。」

 

 

 必死に目を見開き光景を目に焼き付けるガレスだったが、やがてランスロットに連れられて森を離れた。残されたケンとモードレッドも、並んで城への道を歩く。キャメロットまではまだかかると考えたケンは、ごく自然に話を切り出した。

 

 

「……なあ、モードレッド。」

 

「あ?」

 

「……モルガン様のところ、どうだった?」

 

「……。」

 

 

 ケンは正直なところ、殴られることくらいは覚悟していた。モルガンがアーサーと敵対しているのは有名な話だったし、当然モードレッドの耳にも入っている。自分の母が王の敵であると知ったモードレッドは、意外にも全く取り乱すことがなかった。ただただ、『王の敵なら殺す』とだけ言った彼女に、ケンは危うさを感じずにはいられなかった。

 

 そんな彼女に、モルガンの城に行くようにと言いつけたのだ。いくら彼女のためとはいえ、王の命令として無理矢理言う事を聞かせたため、彼女にはきっと恨まれているだろう。

 

 それでも聞かなくてはならないと思った。アルトリアを憎むモルガンと、叛逆の騎士モードレッド。その二人に繋がりがある限り、把握しておかないわけにはいかない。

 

 

「……。」

 

 

 だがモードレッドは黙って隣を歩くばかりだ。少しばかり性急すぎたのかもしれない。

 

 

「……話したくないなら、別の機会でも」

 

「―――オレは!」

 

「!」

 

 

 ケンの言葉を遮り、モードレッドが口火を切った。

 

 

「……オレは、本当は行きたくなかった。今更あいつと顔を合わせるなんざ、まっぴらごめんだと思ってた。」

 

「……すまない。」

 

「最後まで聞けって! ……それでも、オレが本物の人間になれるってなったら、行くしかないだろ。」

 

「……オレ、あいつの顔、絶対見ないようにしてたんだ。挨拶もしないで、態度も適当で……。」

 

「それでも淡々と進むから、黙って待ってたんだ。そしたらなんか、妙な陣の中に立たされた。『これでお前の寿命を延ばせるから』って……。」

 

「……それからのことは、あんま覚えてねえんだ。ただなんか、すげえ魔力が流れ込んできたことと、体ががーって熱くなったのだけは覚えてる。」

 

「それで結局、ぶっ倒れたんだよ。目の前が真っ暗になったっつーのか?」

 

「な……! だ、大丈夫だったのか!?」

 

 

 思わず隣のモードレッドに掴みかかるばかりの勢いで、ケンは問いかけてしまう。モードレッドは少し驚いた顔をしたのち、何故か笑い出した。

 

 

「な、何かおかしいこと言ったか?」

 

「いや、くく、あんまりにも予想通りだったから、何か面白くなっちまった。」

 

「……。」

 

 

 一通り笑った後、モードレッドは再び話し始めた。だが、その目はいつの間にか真剣味を帯びている。

 

 

「そしたらさ。その、モルガンのやつがさ。オレのこと、本気で心配してくれたんだ。」

 

「―――!」

 

 

 ケンは思わず息を呑んだ。モルガンが、誰かを本気で心配したのか?

 

 

「オレの目を覗きこんで、何度も名前呼んでくれてさ。『大丈夫』って返事したら、すっごい安心した顔してくれて……。」

 

「モードレッド……。」

 

「―――オレさ! 何か最近、全部上手くいくんだ。父上もオレの話、嬉しそうに聞いてくれるしさ。剣も料理も、すっげえ成長してると思う。 ……それから()()ともなんか、いい感じになれる気がするんだ。」

 

「それは多分、その、お前のおかげだと、思うから……。」

 

「……。」

 

「……どうした?」

 

 

 何故か俯いて黙り込んでしまったモードレッド。ケンは思わず尋ねる。

 

 

そ、その……だから……オレと、ずっと一緒に……。

 

「……聞こえんぞ。」

 

「う、うっせえ!! オラ、とっとと帰るぞ!!」

 

「うわっ、おい!」

 

 

 叫びながら、モードレッドはケンの手を無理矢理とって駆けだした。強引に手を繋がれる形になったケンは、モードレッドの走るのに引っ張られるようにして走り出した。前を走るモードレッドの顔を見れば、耳の先まで真っ赤にしている。さっきの言葉は、彼女にとって一世一代の大勝負だったらしい。

 

 

(―――すまない、モードレッド。)

 

 

 本当は、さっきの言葉は聞こえていた。モードレッドの想いにも気づいていた。それがストルゲー(家族愛)なのか、アガペー(無償の愛)なのかはわからない。だが、どちらにせよその想いに答えるわけにはいかなかった。モードレッドは今や普通の人間と同じ寿命を持っているのだから。おそらく、ケンの方がずっと早く死ぬのだろう。

 

 先ほどモードレッドの想いが分からないと言ったが、実はもう一つ候補がある。それがマニア(偏愛)だ。これはいわゆる共依存と言われる愛の形で、不健全な愛だとされる。もしモードレッドがこれを抱いていた場合、ケンの死によって暴走する可能性がある。強い愛は裏切られた時、強い憎しみに転化することが多々ある。それが叛逆の騎士のものとなれば、うかつな返答は出来なかった。

 

 

 その結果、ケンは己の心を隠した。箱を開けさえしなければ、その中で猫が生きていると信じられるから。

 

 

 ケンはモードレッドに握られた手を、強く握り返した。籠手に包まれた硬くて冷たい手だったが、それでも強く握りしめた。繋がれた手が離れないことを祈るかのように。あるいは彼だけが知る真実が、手から零れ落ちないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、行ってくるわねアルトリア。あなたの方も、今日で決めるつもりで頑張るのよ!」

 

「あ、ああ。」

 

 

 キャメロットの塔の最上階。王とその妃の寝室では、奇妙な光景が広がっていた。窓から身を乗り出し、飛び降りようとしている王妃ギネヴィアと、何故か彼女に怒られているアルトリア。何も知らない者が見たらひどく困惑するであろうが、彼らにとってはいつものことなのだ。

 

 

「だ、だがその、やっぱり今日は吉日ではないというか……。」

 

「あのねアルトリア。あなたいつまでそう言っているつもりなの? あなたは知らないかもしれないけど、あの方本当に人気なんですからね。どこか適当な町娘にかっさらわれてから、後悔したって遅いのよ?」

 

「そ、それはそうだが……。」

 

「それに! もうすぐ遠征を行うつもりなんでしょう? 最近、着々と準備が進んでいるようだったから。」

 

「……はい。ローマに侵攻します。何とか騙し騙しやってきたものの、領民を食べさせていけないという諸侯も増えてきましたから。こうなった以上、外の国に食い扶持を求めるしかありません。それこそ、まだ動けるうちに……。」

 

「アルトリア……。」

 

 

 ギネヴィアは、心の底から自分の夫に同情した。本心を言えば、戦争などしてほしくはない。彼女の愛するランスロットが危険にさらされるからというのもあるが、友人としてアルトリアを本当に大切に思っていたからだ。アルトリアの優しさを良く知るギネヴィアは、アルトリアは自分たちのために誰かを踏みつけにすることを、きっと心苦しく思うだろうと確信していた。

 

 

「……ですが、私は迷いません。ローマの民を哀れに思いはしますが、私にはブリテンの民を守護する義務がある。例え世界の全てを敵に回してでも、ブリテンの民のために戦うでしょう。」

 

「……。」

 

 

 ギネヴィアは自分の夫のことを、今日ほど誇らしく思った時はなかった。だがそれは、悲痛な覚悟でもあった。ローマは大国であり、いかに円卓の騎士たちが強力といえど、負ける可能性も高いだろう。それどころか、侵略をよしとせず王に従わない者も出るかもしれない。

 

 だが、きっと大丈夫だ。だって彼女には、ケンさんがいるのだから。例えどんなことがあっても、あの方だけはアルトリアの味方でいてくれる。アルトリアを、一人にしないでいてくれる。

 

 

「……それならやっぱり、早いところ勝負を決めなくちゃ! 愛する人が待ってくれてると考えたら、きっと戦場でも力が湧いてくるわ!」

 

「……そうですね。その通りです!! よーし、絶対今日、はいと言わせてみせます!」

 

「その意気よアルトリア! 頑張れ、頑張れ!」

 

 

 ようやくやる気になってくれた親友を見届け、ギネヴィアは窓のへりに足をかけた。実はこの窓、地上まで縄梯子がかけられていて、下でランスロットが待機しているのだ。彼女らは表向きには夫婦であるため、愛する人に会うだけでもこのような苦労を強いられていた。もっとも、アルトリアが風の魔術を使えるため、それで落下死などを防ぐ命綱の役割を果たしているのだが。

 

 

「それじゃあ改めて、行ってくるわね。応援してるから、アルトリア!」

 

「はい! どうか、素敵な時間を!」

 

 

 今度はしっかり返事を返してくれた。これなら、きっと大丈夫だろう。そう信じながら、ギネヴィアは外の闇に溶けて行った。現代と違い、文字通り真っ暗な闇の中だが、彼女に恐れはない。この世の全てを照らしてくれる、愛する人が待っているのだから。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「よ、よし……。ギネヴィアも行ってしまったし、私も準備をしなくては……。」

 

 

 うるさく跳ねる心臓を抑えながら、今日も今日とてケンを迎えるのに不足がないかを確認する。寝間着はわかりやすく言えばワンピーススタイルのゆったりとしたものだが、ギネヴィアに助言を受けて、ちょうど骨盤の上あたりを帯でしばってある。こうすることでボディラインがはっきりとわかり、私の豊満なバストが強調される。

 

 ……まあ正直、普段からかなり露出してると思うのだが、今までなびいてくれたことはない。そんなにも、前の人生で出会った女性がすごかったのだろうか。

 

 

「で、ですが私も、殿方の喜ばせ方くらい知っています。ええ、しっかり勉強しましたとも!」

 

 

 ―――誤解のないよう言っておくが、情報源はギネヴィアである。ギネヴィアはもともと貴族の娘であり、それにふさわしい教育を受けてきた。その中には妻として夫を喜ばせるいわゆる性技も含まれるのだ。貴族の娘にとって、最も恐ろしいのは夫から離縁されることである。家同士の関係が悪化するだけでなく、実家に帰ればなじられ、周囲からも役立たずとして扱われる。それを苦にして自ら命を絶つ者までいる。

 

 つまり、貴族の娘たちにとって円滑な夫婦関係というのは必須条件であり、そのために夜の性活を学び身に着ける必要がある。性交渉が上手くいかないというのは、現代でも意外と多いことからわかるように、夫婦にとってまさに死活の離婚の理由であるのだから。

 

 話を戻すと、貴族の娘であるギネヴィアも当然これを修めており、彼女はそれを親友のアルトリアに惜しげもなく教授した。W不倫という大きな秘密を共有する女性が二人、仲が深まらないわけがなかった。結果として、経験はないおぼこの癖に知識と技術だけは豊富という、なんとも歪な王様になったのは果たしてよかったのか悪かったのか、それはこれからわかることであろう。

 

 

 コン、コン、コン。ノックの音が三回鳴る。これこそ、ケンがやってきた合図。通常欧米ではノックは二回なのだが、ケンはもともとが日本人である。染みついた習慣は抜けず、いつの間にか二人の秘密の合図と化していた。

 

 

「あっ、どっ、ど、どうぞ。入ってください。」

 

 

 い、いけませんね。いきなり他人行儀になってしまいました。確か、行為に至るにはそういうムード作りが肝要とのこと。

 

 

「こんばんは、アルトリア。今日も一日、お疲れ様だったな。」

 

 

 ケンの声が私の鼓膜を震わせ、その振動が脳にダイレクトに伝わるみたいだ。甘い痺れにとろけそうになるのを何とかこらえ、平静を装って声を出す。

 

 

「い、いえこの程度。あなたの苦労に比べたら、全く……。」

 

「そうか? だが俺の苦労など、お前のためと思えば辛くなどないさ。」

 

「ッ……♡」

 

 

 ……はっ、いけないいけない。ハートマークなど浮かべてうっとりしている場合ではないのです。だがこれも全て、ケンが悪いんです。裏表なく、正直に思いの丈を告げてくれる。それだけで貴重なのに、ケンは本心から私のことを案じているのだ。これほど大切に思われたら、こちらが多少意識するのも仕方のないこと……な、はずだ。

 

 

「それで、今日は何の御用なんだ? また按摩でもしてほしいのか?」

 

 

 按摩、というのはケンが時々やってくれる筋肉をもみほぐす行為だ。熱したチーズみたいになってしまうので時々しかしてくれない。それも魅力的な提案だったが、それよりも今日は話をしたい。ともすれば騎士道に反するのかもしれない、ずるい話を。

 

 

「……いいえ。今日は少し、話でもしたいなと。」

 

「そうか。なら、隣失礼するぞ。」

 

 

 言いながら、ケンは私のすぐ隣に腰を下ろした。二人ならんでベッドに腰掛けていると、すごく夫婦のようで嬉しい。だが、今からする話は楽しいものではないため、あまりはしゃぐことはなかった。

 

 

「ヴォ―ティガーン討伐のこと、覚えてますか?」

 

「忘れるわけないさ。あんなにボロボロになって帰ってきたの、後にも先にもあれ一回だった。」

 

 

 そう、私が最も追い詰められた戦いでした。それと同時に、とても大切な転換点でもあったんです。ただ単に、恋に恋するだけの少女から、運命の人を見つけたと確信する大人になった瞬間だったんですから。

 

 

「あの時、だと思うんです。私があなたのこと、本当の意味で好きになったのは。あなたがいなければ、生きていけないほどになったんですから。」

 

「……。」

 

 

 ああ、黙り込んでしまった。王になってから、今までずっと一緒に生きてきたんだからわかってしまうんです。この沈黙が、何を意味するのか。

 

 

「……やっぱり、駄目、なんですか……?」

 

「……すまないな。日に日に死が近づいてくるのがわかる。後もう、一年ももたないと思う。」

 

 

 

 ケンは、幾度もの死を経験した。普通の人間ならば、一度しか体験しない死をだ。その結果、彼の魂には不思議な感覚が刻み込まれていた。彼が言うには、死には前兆があるのだという。その前兆は全ての死の前に訪れるが、ほとんどの人間はそれを感じ取ることが出来ない。

 

 なぜならば、()()()()()()()()だ。当然の話だが、人は死んだらそこで終わりであり、例え人生の終わりに死の前兆を感じたとしても、それを活かす機会がない。それこそ、自分を何度も死線ギリギリにおいて、その都度生き残った人間でもなければ、それを感じ取ることは難しい。それを感知することが出来た人物は、口をそろえてそれを『殺気』と呼ぶ。

 

 だが逆説的に、何度も死を経験したケンはその死の前兆と殺気に異常なほど敏感になった。それこそ、目で見なくとも殺気を感じ取れば、攻撃を察知できるほどにだ。モードレッドの不意打ちを防いだカラクリもここにある。計算して行った部分もあるが、ほとんどは感覚だよりだ。

 

 もっとも、万能というわけではない。死に敏感になったということは、死に至らないものには鈍感になったということでもある。現に、モルガン城では殺気頼りで進もうとした結果、魔術の攻撃をくらってしまった。これはおそらく、魂が魔術では死なないことを理解しているのだろうと、ケンは考えていた。

 

 

 

 話を戻すと、ケンは死の前兆―――おそらくは神秘の高さによる寿命によるもの―――を感じ取っていた。それをアルトリアに隠すことだけは忍びなく、教えていたのだ。

 

 聞かされた時のアルトリアのうろたえようはひどかった。王であることすら投げ出して、ケンを治す方法を探そうとさえしていた。だがそれは、彼女に許された行いではない。ケン自身もそれを望まなかった。ただ天命として、受け入れる準備は出来ていた。だってもう、慣れっこだから。

 

 

「……そう、ですか。やっぱり、駄目なんですね。」

 

「……すまない。」

 

「謝らないでください。今はもう、私だって覚悟が出来てますから。」

 

 

 うろたえ、受け入れようとはしなかったアルトリアだったが、最後には何とか呑み込んだらしい。それよりも今は、残った時間をどれだけ有効に使うかを考えることに専念していたようだった。おそらく、今日の話だってその一環なのだろう。

 

 

「……本当は、子供が欲しかったんです。あなたと私の血を引いた、愛の結晶が。そうすれば、あなたの事を諦められるんじゃないかって。」

 

「―――アルトリア、それは……。」

 

「わかってます。この国は、いずれ滅ぶ。神秘の低い人間の血が混ざるならまだしも、私よりさらに神秘の高いあなたとの子供は、間違いなく幸せになれない。 ……私の幸せのためだけに、子供を不幸に出来ない。」

 

 

 次第に肩を震わせ始めたアルトリアを、ケンは反射的に抱き締めた。どれだけ力を込めても、まだ足りないと思った。どうして、この時代に生まれてしまったのだろうか。王と臣下ではなく、一般人として出会えなかったのだろうか。

 

 悲しみはやがて衝動へと変わる。アルトリアはいつの間にか、ケンを押し倒す形になっていた。

 

 

「え……?」

 

 

 まだ状況を受け入れ切れていないケン。アルトリアの決意したような瞳は雫に濡れていた。ケンは彼女の涙を拭ってやりたったが、両手を押さえつけられて動けない。

 

 

「―――本当は、わかってるんです。あなたの事を、深く知るべきじゃないって。知れば知るほど好きになって、あなたが死んだ後も求め続けてしまうって。」

 

「……。」

 

「でも……、それでも……。」

 

 

 アルトリアは小さく息を吸い、一息に告げた。

 

 

「―――それでも、私はあなたが欲しい。思い出を追いかけるだけの亡霊になってしまうとしても、あなたを愛していたい。」

 

「アル……。」

 

「あなたがもし、反対したとしても。私はもう、止まりません。……だけど、その……」

 

 

 ケンにだって、わかる。アルトリアとは、長い付き合いだったから。

 

 

「―――。」

 

 

 ただ黙って、抱き締めた。間違っていないと、示すかのように。

 

 

「……ケン。ケン、ケン―――!!」

 

 

 そこから先の話を、語るのは野暮というものだろう。それに何より、つまらない陳腐な話でしかない。互いに愛し合う二人が、結ばれただけのこと。世界中どこでだって起こっている、ありふれた普通の話だ。

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