“ケン”という男の話   作:春雨シオン

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 桶狭間の戦いにて、ケンの戦いも幕を開けます。まだ桶狭間って、いつ終わるんですかね信長の話………ケンの性能も決めてあるのに………。

 よければ評価・感想等よろしくお願いします!


信長の話 其の三:桶狭間の戦い~京料理を添えて~

「さあさあ!ここからはワシ史上最もバカみたいな戦い!桶狭間の話じゃ!」

 

 永禄3年(1560年)、織田陣営は大混乱に包まれていた。あの大軍営をまとめ上げる豪将・今川義元が、尾張国へと侵攻を始めたからである。家臣団は右を左への大騒ぎ。その中にあって動じない信長の姿は、まさしく織田の総大将にふさわしいものであった。

 

「……ワシは策を練る。お主らも動じるな。」

 

「信長様!」

「……やはり、我らの君主だ。あの動じなさよ。」

 

 家臣らの尊敬のまなざしをその背に一身に受けながら、信長は自室に戻った。

 

 

 

「うわーんケンえもーん!!よしもっちゃんがいじめるよーーーーーー!!!」

 

「……あの、信長様。なんやかんやよいお年なのに、それはちょっと……」

 

 この時の信長は生まれから数えれば26歳。少女のはつらつさと大人の妖艶さが混じり合った、この時しか味わえぬ魅力を放つ女性となっていた。そこらの男など、彼女がつうと涙の一筋でも流せば『どしたん話きこか』と群がったであろう。

 

「うるさいぞケン!お主は黙ってワシの泣きつく狸に徹しておればよいんじゃ!それにこうしているのも、今川に対抗する策を講じての物よ!」

 

「それはわかっております。信長様はいつだって真剣、全力なお方。では、何か浮かばれたのですか?」

 

「うむ!ちょっとどうしようもない気がしてきた!だってあいつら多すぎるんじゃもん!」

 

「……そんなことをおっしゃらずに。」

 

 

 実際のところ、ケンはこの戦いの結末を知っている。織田信長の奇襲攻撃により、今川義元の首を取ることで決着なのだ。だが、目の前の女性にそんなことが可能なのだろうかと思う。

 

 

(しかし、それで当然なのだ。)

 

 

 ケンはずっとそばで、信長のことを見てきた。自分の料理を食べて、顔をほころばせる彼女を見た。自分の言う事が少しづつ家臣に理解され始め、嬉しそうな彼女を見た。―――信勝が腹を切ったあの日、一筋だけこぼれた彼女の涙を見た。

 

 

(信長様もやはり、()()()()()。どんなに優れた武力があろうと、先見的な視座を持とうと。この人も、怖いものは怖いのだ。)

 

 

 ケンは、理解していた。信長が、失うことを恐れていることを。既に頭の中に奇襲攻撃のことはあるだろうが、それを実行する踏ん切りがつかないのだと。その足かせになるというのなら、自分は―――

 

 

「……よし!ひとしきり泣き言を言ったらすっきりしたわ!とりあえず今日は寝るぞ!ケン!伴をせい!!」

 

「いえ、それは帰蝶さまに悪いので。」

 

 

 その後、濃姫までノリノリだったため、ケンはまさかの同衾ハーレムにぶち込まれることになった。―――それでも、耐えて見せた。

 

 

「……ケンさん……あんた、男だぜ………。」

 

「は、一ちゃんがジーンとしている!やっぱり男の人同士、通じ合うんだ!」

 

「やっぱりケンさんは沖田さん一筋なんですね!わかってはいましたけど照れますね!えへへ!」

 

 

 ―――ケンは、ちらりとマシュの方を見た。彼女から感じ取れる気配から、この先に待ち受けているのであろう修羅場を察知し、ケンは一人覚悟を固めるのであった。

 

 

「まーこれはちょっと気に食わんかったけど!それよりこやつのひどいのはこの後よ!」

 

 

 

「の、信長様!!一大事にございます!ケンが、ケンが!!」

 

「な、何じゃと!?」

 

 

 ―――ケンが、逃げ出した!

 

 

 その報はすぐさま信長の耳に届けられ、城内は一大事となった。多くの家臣が、これを機に織田家から離反する者が現れなければいいがと考えたが、信長はそれどころではなかった。

 

「――信長様、こちらへ。」

 

「!? 帰蝶……?」

 

 そんな信長の袖を掴んだのは、妻の帰蝶だった。彼女は信長を別室へと促し、そこで一枚の手紙を取り出した。

 

「―――ケン!?」

 

 その手紙の差出人はケン。彼女が今一番求める人物であった。

 

「どういうことじゃ帰蝶!なぜお主がこれを!!」

 

「うふふ。たまたま、それを書いている時に出くわしたのです。聞いてみれば、今日この時まで内緒にしてほしいと。あまぁい菓子につられてしまいましたわ。」

 

 信長は聞きたいこともあったが、とにかく手紙を読んでみることにした。

 

 

 

『信長様。何も言わず、こうして手紙を残すにとどめたことをお許しください。私は今ごろ、今川の陣にいるか、斬り捨てられて骸と化していることでしょう。私は料理で向こうの敵陣に潜り込めないかと画策しております。今川殿は京へのあこがれが強い人物とのこと。京料理ができる料理人とあれば無下にはしないだろうと、勝算を持っております。向こうでは酒によく合うつまみと、煙の上がる炊事を行うつもりです。どうか、ご武運を。』

 

 

「………馬鹿者が!」

 

「ええ、大馬鹿者でございます。まさか、言われっぱなしではございませんわよね?」

 

「当然じゃ!皆をここに集めよ!!」

 

 

 そのまま信長は具足!湯漬け!と指示を飛ばし、着々と夜襲の準備を整えた。そうして信長は、己の前に差し出されたあの飯玉を見て、頬を緩める。

 

 

 ―――死なさんぞ。ワシから逃れられると思うな、ケン。

 

 

 

 

 

 一方その頃。ケンは、今川の陣の前で見張りに止められているところだった。

 

「何者じゃ貴様!名を名乗れ!!」

 

「は、はい!俺、いや私は、ケ、ケンと申します!京で料理人をやっておりました!な、なにとぞ皆さんに料理をふるまわせていただけないでしょうか!こ、こここで働かせてください!!」

 

 図体はバカでかいくせして、小心者のでくの坊。見張りの二人ともそう判断し、ケンを中に入れた。ものの試しにと作らせた料理が非常に美味だったため、これは御大将にも報告せねばと、すぐにケンは今川義元の前に通された。

 

 

「―――貴様が、京の料理人か。」

 

「……はい。」

 

 

 強い。ケン……いや、榊原鍵吉として、そう判断せずにはいられなかった。具足に隠されてはいるものの、鍛え上げられた肉体。所作の一つ一つからは気品があふれ、それでいて一部の隙も無い。

 

 

(信長の噛ませ犬にされることも多い人物だが……流石にこの大群をまとめるだけの事はある。)

 

 

「余は京の料理に興味がある。何か作れ。」

 

「ははっ、ただいま!」

 

()()()。この魚を使え。」

 

「―――これは。」

 

 

 義元から指示された桶の中身を見てみると、ウナギのような魚が窮屈そうに泳いでいる。だが掴んでみればその口からは鋭い歯がのぞく。

 

 

「な、なぜこの魚がここに。これはハモではないですか。」

 

「然り。だが、保存の方法など料理人にとってどうでもいいことだろう。これは京の人間にとってなじみ深いものと聞く。疾くせよ。」

 

「……はい。」

 

 

 ハモ、鱧とは。ケンはこの魚を出してきた義元から、自分への警戒を感じずにはいられなかった。

 

 なにせ、この魚は非常に小骨が多いのだ。通常の魚は捌いて小骨を取れば十分だが、鱧の場合は手作業でとろうとすれば日が暮れ、夜が明けてしまうほど大量の骨がある。そのために生み出された技術が『骨切り』である。

 

 

(だが、この骨切りが難しい。)

 

 

 ケンはもくもくと鱧を捌きながら考える。目の前には、ぬめり取りをされたうえで、三枚おろしにされた鱧がまな板の上にのっている。これからこの薄い魚の身に包丁を入れ、皮一枚のみを残さなくてはならない。つまり『身には大量の切れ込みが入っているが、皮一枚で繋がっている状態』にしなくてはならないのだ。極めつけはその細かさ。『一寸につき、二十六筋入れて一人前』とされるのだ。一寸は約3.3cmなので、約1.2mmごとに包丁を入れることになる。

 

 

(しかも俺は、鱧切り包丁など持っていない。普通の包丁でやるしかない。)

 

 

 ケンの努めていたホテルは主に西洋料理を出していたため、西洋料理と比べて和食には明るくない。自分の店を持つため修行していた際に、いろいろな店を訪れる中で、何度か職人に拝見させてもらった程度だ。流石のケンの手も、震えを隠せない。

 

 

(いや、落ち着け!!こんなことでどうする!!)

 

 

 そうだ、自分は何をしに来た!わざわざ君主の元を離れ、ここまでのこのこ死にに来たのか!否!自分はここを生き延び、許されるのならば帰らねばならぬ!!

 

 

 鱧の身に包丁が入る。骨を断ちながら、勢い余って皮まで切らないよう、細心の注意を払いながらだ。ほんの少しでも力をこめすぎれば、皮は切られ、身はぐちゃぐちゃになり、料理は台無しになるだろう。

 

 

(自分の磨いた技を信じろ!自分の行いを信じろ!俺は今、この状況に対して!何の落ち目もない!!)

 

 

 

 

 

「……お待たせしました。『鱧の湯引き』にございます。」

 

「お、おお……!」

 

 

 今川の家臣団からどよめきの声が漏れる。骨切りをされた鱧は、このように熱湯にくぐらせて食べるのが常識だ。その際、鱧は牡丹のように開く。骨切りがしっかりできている証拠である。

 

 

「こちらの梅肉をつけてお召し上がりください。」

 

「おお、なんと美しい見た目か!これぞまさしく、雅を是とする京の皿!」

 

「味もさっぱりとしていて、梅肉とよく合うのう!なんという美味じゃ!」

 

「義元さま、これはますます上洛が楽しみになってまいりましたな!」

 

「……うむ。」

 

 

 義元も一切れ口に運び、頷いた。

 

 

「ケンとやら、見事である。お主を我が軍で雇おう。余と家臣らの料理、任せたぞ。」

 

「はっ!ですが、義元さま!実は私は、兵士の皆さんにふるまおうと持参したものがございます!それを供させていただけませんか!」

 

「………。」

 

「おお、感心なやつよ!それではふるまってまいれ!」

 

「はい!それでは、これにて失礼いたします!」

 

 

 ケンは陣から下がり、次の料理に取り掛かった。その心の中で、自分の策が嵌ったことに高揚しながら。

 

 

「いやあ、これはよい拾いものをしましたな!」

 

「ああ!あの者がおれば、京で田舎者となじられることもなかろう!やはり天意が、我らに京に登れとおっしゃっているのだ!」

 

「ふ、拾い物か……。まこと、その通りよ。」

 

「おお!御大将もそのように!皆のもの、今日はこの美味い魚で、早い戦勝祝いを行おうぞ!」

 

 

 陣からは笑いが漏れ聞こえ、今川軍の浮かれっぷりがはっきりわかった。ケンは持ってきた甘い酒……みりんをふるまい、兵士らからおおいに歓迎された。そうして夜が更けていき、ケンは陣の中に再び呼ばれた。

 

 

「ケン、ここに参りました。次の料理でしょうか?」

 

「否。余も酒を嗜む故、伴をせい。」

 

「……かしこまりました。」

 

 

 今川義元とケン。本来交わるはずのない二人が、今この瞬間だけは同じ時を過ごしていた。やがて、義元がゆっくりと口を開く。

 

 

「ケン。お主、織田の者だな?」

 

「!? ―――な、何をおっしゃられるのですか。」

 

「ふ、隠さずともよい。兵士らは騙せようとも、この『海道一の弓取り』はごまかせん。」

 

 

 バレていた!そうケンが気づいた次の瞬間、思わず腰の得物を確認しようとしてしまった。

 

 

「ふ、やはり貴様も武士よのう。もっとも、あくまで料理人であろうとしているようだが。」

 

「……なぜ、気づかれたのですか?」

 

「まあ、なんとなくよ。それより今、貴様は死と生の当落線上にあるのだぞ。足掻かずともよいのか。」

 

「……俺は」

 

「ん?」

 

「俺は、織田の者ではございません。野良の武士です。」

 

「ふ、ふふふ。はははは!野良の武士とな!面白いことを言う男よ!だが、安心せい。貴様が織田の者であろうがなかろうが、我が京への道の邪魔になるのなら踏みつぶすのみ。貴様の所属で、奴への態度は何も変わらぬ。」

 

「……であるなら、一つわからないことがございます。何故、俺を好きにさせたのですか。」

 

 ケンが敵方の者であるとわかっているのなら、陣中を好きに動かせるはずがない。現に、家臣団の中には酔いつぶれた者もいるし、兵士たちも同様だ。

 

「貴様が出したあの鱧の湯引きよ。鱧の調理法を知っている上、あれほど美しい骨切りが出来る男が、鱧の血に毒があることを知らなかったわけがあるまい。」

 

「―――!!」

 

 鱧の血にはイクシオトキシンという毒素が含まれている。これは摂取しても下痢や腹痛を起こす程度のものだが、大量に摂取すると死に至ることもあるものだ。故に、鱧の刺身は存在しない。

 

「貴様は出したもの全てに毒を盛らなかった。この戦国の世において、そのような正直な奴は貴重というだけよ。」

 

「………。」

 

「それに、貴様の料理は美味かった。家臣の者たちは皆、美味いだけとしか思わなかったようだが……余は違う。貴様の料理は外交の手段になる。あの大うつけが、それに気づいているかどうかは知らんがな。」

 

「で、ですが!酔いつぶれた人たちはどうするのですか!?私のせいでこうなったのですよ!?」

 

「なんだ、貴様死にたがりか?そんなにも責任を問うとはな。」

 

「……ただ、策を弄して失敗したならその報いがあって当然と思っているだけです。」

 

「ふはは、真面目だな。だがそれも構わぬ。余の覇道に、この程度の策も見破れぬ者など不要よ。貴様の小細工のおかげで、部下を選別する手間が省けたわ。」

 

「………。」

 

 

 ケンは無言だったが、心の中で感動に打ち震えていた。何という大器。何という豪胆さか。榊原鍵吉として……いや、一人の男として、今川義元という男に感動していたのだ。

 

 

「そして、それがお前をここに呼んだ理由よ。余の家臣には、能ある者と無能とがおる。お前はまさしく能ある者。なればこそ、余がやつを……織田信長を打ち破ったのならば。お主、余と共に京に登れ。」

 

「………。」

 

「ふふ、その目。聞かずともわかるわ。信長以外に仕える気はないという顔じゃな。」

 

「……はい。もしこの場で斬られるのならば、死に物狂いで逃げまする。」

 

「ははは、よい!それでこそよ!そういう頑固な男を口説き落としてこそ、天下人というもの!では、こうしようぞ。貴様は地図のここ……陣の一番端に隠れておれ。そしてこの地図を、一番目立つここに掲げておく。」

 

 

 言いながら、義元は陣中を現したであろう地図を、天幕の内側に濡れないよう掲げた。

 

 

「これで、仮に信長の奴が余を殺せたのならば……貴様の元に向かえるだろうな。だが余が勝てば、当然余が貴様を迎えられる。」

 

「……私は、戦勝品ですか。」

 

「ふふ、そういうことよな。だがこれでこそ、燃えるというもの!」

 

 

 義元はケンの顎を下から持ち上げる。男であるはずの彼からは、くらりとくるほどの色気が漏れ出ていた。

 

 

「大人しく待っておれ。すぐに、迎えに行くからのう。」

 

「……私が察して、腕の腱を切るのに間に合うといいのですが。」

 

「ふはは、言う奴よ! ―――では、行くがよい。」

 

 

 ケンは頭を下げ、天幕を後にする。わかっているのだ。彼は信長に敗れ、ここで命を散らす。それの手引きをしたのは自分だ。 ―――だが、わかっていたとしても、彼に死んでほしくないと願ってしまった。それは信長の敗北を意味すると分かっているのにだ。

 

(―――嗚呼、だがどうか。)

 

 どうか、その死が誇りに満ちたものでありますように。ケンは、真っ暗な布の下でそう願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 今川義元は、一人だけ具足も外さずに外にたたずんでいた。その手には体ほどもある大弓を抱えている。

 

 その鼻に、ポトリと水滴が落ちる。一つ、二つと落ちてくる水滴はやがて雨となり、一寸先も見えないほどの豪雨となった。

 

 

「………そうか。」

 

 

 今川義元は一人、ポツリと呟いた。

 

 

「―――天は、奴を選んだか。」

 

 

 夜にこの豪雨。奇襲に絶好の機会。これを信長が見逃すはずがない。奴は、天運に恵まれているらしい。

 

 

「ふ、ははは!だからといって、最後の勝ちまで譲る気はない!さあ来い、『尾張のおおうつけ』!!この『海道一の弓取り』、今川義元の首!!そう簡単にくれてやるほど、甘くはないぞ!!」

 

 

 突然響く、リズムの違う雨の音。いや違う。これは、馬の蹄の音だ。陣の幕を破って雪崩れ込んでくる織田軍。義元が能あると判断した者以外は、突然の奇襲に驚き総崩れとなった。

 

 

「いまがわあああああ!!!」

 

「よい目をするではないかうつけ!!ここに、雌雄を決しようぞ!!!」

 

 

 『尾張のおおうつけ』織田信長。『海道一の弓取り』今川義元。勝敗のわかりきった、それでいて全く行方の分からない戦いが、今幕を開けた。

 

 

 

 

 ざあざあと天井を雨粒が打つ。戦場の怒号が聞こえてこないのはその雨音ゆえか、あるいは義元殿が離れたところに隠してくださったからか。ただじっとその時を待っていた私の目の前で、天幕の扉が開かれました。火も、月明かりもない暗闇では誰か判別できず、俺はゆっくりとろうそくに火をつけました。

 

 

「………ケン。」

 

 

 そこには、信長さまがいました。お美しい黒髪を濡らし、ボロボロになった鎧は血まみれでありました。私は慌てて、信長様に声をかけました。

 

「信長様!お怪我はございませんか!」

 

「………。」

 

 俺はなんて愚かだったのだろう。桶狭間の戦いで信長が勝つとしても、無傷かどうかはわからないではないか。ひょっとしたら、ここまで無理をさせてしまったのかもしれない。そう思うと、恥のあまり腹を斬りたいほどでした。ですが、信長様の行動は私の想像を超えていました。

 

「ケン……ケン……!!」

 

「の、信長様!?」

 

 信長様は、抱き着いてきたのです。あ、沖田はそこで抑えておいてください。はい、ありがとうございます。やがて信長様もそれに気づいたのか、慌てて離れて私を叱りました。

 

「お、お主、こんのクソボケが!何を一人で敵陣に行っとるんじゃ!殺されたりしたらどうするつもりだったんじゃ!!」

 

「……申し訳ありません。」

 

「お前のせいで……!いや、お主のおかげで、か……。」

 

「……ありがとうございます。」

 

「まあよい。生きて帰っただけでなく、戦の勝ちまでもたらしおったわ。じゃがケン!これからはこき使ってやるから覚悟せい!!」

 

「はい!よろしくお願いします!!」

 

 

 私と信長様は、こうして本陣に帰り……

 

 そこまで話してケンはようやく気が付いた。マスターの立香を含め、信長以外の聴衆がきょとんとした顔をしていることに。

 

「あ、ああ。失礼しました。帰蝶さまにもよく言われたのです。『あなたたち二人は言葉が足りない』と。」

 

「まあワシとケンなら言葉ではなく心で通じ合った仲じゃし?今更言葉にせずとも、熟年夫婦の如く以心伝心が可能なわけよ!」

 

「放してください斎藤さん!!私は奴を、奴を斬らなくては!!」

 

「こらこら今は信長公のターンなんだから……。あーもう、あとでケンさんにやってもらえばいいでしょ?」

 

「言質とりましたからね!!耳元で囁きオプションももちろんつけますからね!!!」

 

 

 ……まあ、私と信長様は帰ったわけです。そしたら当然、私の行いについて紛糾するわけですよ。なにせ、勝手な行いをしたわけですからね。ですがそれも、信長様が私を派遣したという形にすることでむしろ評価していただきました。それと同時に、信長様も私の料理の美味さ以上の価値にお気づきになられたらしく。これから散々にこき使われるわけです。今思えばこれこそ、私の独断専行への報いなのでしょうね。ですが、私は何も後悔はしておりません。信長様のお役に立てた上、今川義元という偉大な男にも出会えたのですから。

 

 

 これが、桶狭間の私から見たすべてです……そう話を締めくくったケンは、すっかりぬるくなった自分の茶をすする。周りを見れば、あの時の再現をするぞケンと騒ぐ戦国武将。そうはさせません今度は沖田さんのささやき添い寝いちゃいちゃナイトですと押さえつける剣豪。そしてそれを、ケラケラ笑いながら見つめる今生の主君。

 

 ――見ていますか、義元さま。ここは、いいところです。ご縁があれば、今度はもっとしっかりした京料理をご馳走いたします。そう思いを馳せながら、ゆっくりと喉を潤すのであった。





 ―――英霊の座

???『ふ、ははは!相も変わらず、生意気を言う奴よ。』

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