“ケン”という男の話   作:春雨シオン

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 前回はたくさんの感想、本当にありがとうございました。ついつい張り切ってしまい、あっという間に書きあがりました。皆さんの応援のおかげです。

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景虎の話 其の一:戦国風チキンカツ

「それでは、語らねばならないでしょうね!ケンと私のイチャイチャにゃーんなあの日々を!」

 

「ええい、事情を知らぬお主じゃといろいろわからんじゃろうが!ここはケンの一番の理解者であり伴侶でもあるこのワシに任せて部外者は引っ込んでおれ!」

 

「は???ちょっと出会うのが早かったからって調子に乗らないでくださいよ???」

 

「……とりあえず、マスター。私から話させていただきます。」

 

 

 私がかげと……お虎さんと出会ったのは、信長様のムチャぶりがきっかけです。当時、『越後の龍』と聞けば誰もが震えあがったものです。嵐のような強さに、対峙しただけで人々を震え上がらせる威風。それは信長様においても例外ではなく、いつも手紙を送っておいででした。

 

 そんな折、私は武田の方に誘拐されたのです。

 

 

「え、さらっと言ってるけどやばくない?」

 

「激ヤバに決まっておるじゃろ。あの時のワシ、マジで武田滅ぼしてやろうかと思っておったわ。」

 

 

 まあ、結果として私はちゃんと信長様のもとへ帰ってこられました。理由としては、信玄公が逃がしてくれたからです。私は捕まりかけた時、何とか全員ぶった斬って逃げられないかとも思ったのですが、仮にそれをやって織田方との関係が悪化でもしたらいよいよ腹を切るしかありませんから。

 

 そうしてさらわれた後、私は信玄公のために料理を作りました。そのころには既に病に侵されていた彼は、食欲もあまりわかないようでしたが、『食べないと死にます』と根気強く説得し、何とか栄養をとっていただきました。……そうしているうちに信用を得て、私は個人的にいろいろな話を聞かせていただいたのです。―――それが、お虎さんを初めて知ったきっかけでした。

 

 

「越後の龍……ですか?」

 

「うむ。お前になら、語っても良いと思った。なにせ、心はいまだ織田にあるようだしのう。」

 

「……それは。」

 

「よい。それよりも、今はわしに愚痴らせろ。あの女の破天荒さには、いつもほとほと困らされたわ。」

 

 

 そこからはもう、愚痴の嵐でした。信玄公も、武田の長として弱みを見せるわけにはいかず、積もるものもあったのでしょう。思うままにしゃべった信玄公は、満足したのかゆっくり眠りました。そのうち私は解放され、信長様のもとへ帰ってくることが出来ました。最初はそっけなかったですが、私にはわかります。本当に喜んでくださっていると知って、やはり帰ってきてよかったと思いました。

 

 ところが、私はすぐに織田を出る必要がありました。上杉家との同盟をまとめる必要があったからです。

 

 当時、信長様は将軍の怒りを買って包囲網を作られていました。それに応じたのが信玄公です。私たちは対抗するため、上杉家との同盟を決めました。その交渉役に秀吉さんと私が選ばれたわけです。

 

 

「いやあ……き、緊張するでござるなあ。お、お主はないのでござるかケン?」

 

「まあ、信長様の無茶ぶりは今に始まったことでもないですし。それに、こんな大役を任せていただいたのは信頼の顕れでしょう。ならば、私は全力を尽くさせてもらいます。」

 

「……その通りでござるな!ケンの料理も頼りにさせてもらうから、全力を出すんじゃぞ!」

 

 

 正直言って、この時の秀吉さんは頼りがいがあったのですが………。お虎さんが姿を現すと、その姿は一気に頼りなくなりました。

 

 

「……お前たちが、織田の遣いか。」

 

「……は、はっ!」

 

「ならば、頭をあげい。」

 

 

 その声は高い女性のものでしたが、威厳にあふれていました。私は『まさか本当に上杉謙信が女性だったとは』と思いながら、顔をあげました。その時の驚きと言ったら。

 

 

(沖田……!!?)

 

 

 そう、あまりにも。あまりにも沖田と瓜二つだったのです。私はつい、彼女は沖田の生まれ変わりではないのかと思ってしまいました。時代を遡っているのだからおかしいと思われるかもしれませんが、現に私という例がございますので。

 

 

「では、用命を述べよ。」

 

「ははっ!我らの主君、織田信長様は、あなたとの同盟を望んでおられまする!景虎殿の方にも、既に何通か信長様からのお手紙が届いていることと思いますが………」

 

「……確かに、手紙は何通ももらった。おべっかまみれの、うさんくさいものをな。」

 

「そ、そもそも!景虎殿は義を重んじる方とお聞きしています!信長様は現在非常に窮されておりまする!どうか、義によってお助けいただけぬか……!!」

 

「そもそも義を語るのならば、将軍様に弓をひくという信長の行為自体がおかしいであろう。それによって追い詰められた挙句、助けてくれとはなんと情けないことか。」

 

「ぐ、ぐむむ……」

 

 

 私は隣で聞いていて、かなり驚いたことを覚えています。あの秀吉さんが、弁論で完全に言い負かされているのですから。そしてそれは、私の出番が近いことを表していました。

 

 

「ひ、ひとまず議論が滞ってきましたし、某の連れてきた料理人に何か作らせましょう!聞けば、景虎殿は大の酒好きとか!『織田の台所衆』という通り名は、景虎殿も聞き及びのことと思いますが、その料理頭が腕にふるいをかけて、至高のつまみをおつくりしましょう!」

 

 

 私は厨房に通され、すぐにおつまみを用意することにしました。上杉謙信と言えば、塩を舐めながら酒を吞むことを好んだというのは有名な話。だが、それ故に高血圧から来る脳出血で亡くなったと言われている。……私は、体の底からふつふつと湧き上がるものを感じずにはいられませんでした。

 

 頭によぎるのは当然、布団に横になっている沖田です。私の手を握る力がだんだんと弱くなり、次第に冷たくなっていく体。あのような思いは、二度としたくないと考えていました。

 

 

(と、なれば……血圧を下げてくれる食べ物がいいだろう。)

 

 

 私の頭の中に、レシピが浮かんでは消えていきます。普通のものを出してもおもしろみがない。それに、持参した食品にはぴったりのものがある。これを使って何か……。そう思いながら、用意していただいた食材を見ていく中で、一つの食材に目が留まりました。その瞬間、ジグソーパズルの最後のピースが嵌ったかのように、私の頭で一つの料理が決まったのです。

 

 

 

 

 

「お待たせいたしました。」

 

 確か、ケンと言ったか。織田の料理人が膳を持って部屋に入ってくる。酒は楽しみですが、料理など。塩か梅干しがあればそれで十分だというのにご苦労なことですね。だけど、出されたものを残すというのも義に反するのでしょう。たぶん。そう思いながら、目の前に差し出された皿を見て、私はうすら笑いを浮かべました。まあ、見てた家臣たちは驚いたり怒ったりしてましたけど。

 

 目の前に差し出されたのは見たこともない茶色の料理。ほかほかと湯気を立てるそれは、味噌の良い香りをさせていましたが、てんぷらにしてはあげすぎです。黄金のごとき色を通り過ぎ、まるで枯れた花のようではありませんか。

 

 

「き、貴様!!景虎さまに焦げたものを食わせようと言うのか!!かの、“軍神様”に!!!」

 

 

 家臣みーんな、魚の群れに石を投げ込んだみたいに騒いでいます。まあ、何でかはわかりませんけど。中には抜刀しかけているものもいるというのに、その料理人は落ち着き払っていました。普通は怯えて許しを乞うものですが、違う者もいるのですね。

 

 

「―――そちらの料理は、それでよいのでございます。なにせ、てんぷらではございませんので。」

 

「……ほう、では何と?」

 

 

「そちらは“フライ”です。名づけるならば、『戦国風チキンカツ』でしょうか。」

 

 

 ふ、ふらい?ちきんかつ?と毒気を抜かれたように家臣たちが混乱しています。まあ、特に何もなさそうなのでいただくとしましょうか。

 

 

 ザクリッ!

 

 

「!!」

 

 

 少し噛んでみると、小気味良く軽快な音と共に中から何かがあふれてきます!白くてドロドロのそれは、衣の上からかかっている味噌と衣に包まれた……これは、鶏肉でしょうか?それと複雑に絡み合い、うまみを何倍にも増しています!私はもう辛抱が効かなくなって、盃に注がれていたお酒を一息に飲み干してしまいました。

 

 

 ―――合う。このチキンカツという料理は、お酒にとてもよく合うのです。辛めで刺激たっぷりのこのお酒。そのひりつく舌をやわらかく幸せで包むチキンカツ。気が付けば、私はあっという間にお酒を空にしてしまい、思わず次の分を探しました。

 

 

「景虎さま。こちらにご用意しております。」

 

 

 おお!あの料理人が既に次のお酒を用意しているではないですか!いやあ気がききますね。私はつい嬉しくなって、その日は大量にお酒を呑んで寝てしまいました。だって、あのチキンカツっていうのをケンが次々に出してくるからダメなんですよ!頭の中では、『これはまたひどい二日酔いになるなあ』と思っていましたけど。

 

 

 交渉は明日改めてやればいいと思いながら、あの二人には一晩泊まる部屋を用意しました。そして、私は日が昇り始めるまでぐっすり眠っていたわけです。

 

 

 目が覚めたとき、私は違和感に気づきました。()()()()()()()()()。あんなにお酒を呑んだのに、私の二日酔いはほとんどなかったのです。

 

 

「か、景虎さま!あの料理人が、あ、朝餉を用意したと言っております!やはり捨ててしまった方がよいでしょうか?」

 

 

 朝餉。ふむ、朝餉ですか。いつもは食べる気がしませんが、今日はいつになく調子がいいですし。それに、出されたものを以下略。

 

「……いや、食べよう。」

 

「は、ハッ!畏まりました!」

 

 私が朝餉を食べると聞き、多くの人が驚愕の色を示しました。まあ、頭が痛くて朝は弱かったので当然といえば当然ですね。朝餉は米にしじみの味噌汁、焼きのりという単純なものですが、なぜか食べると心が温まるような気がしました。どうしてなのか全く分からず、思わずケンを呼び出してしまいました。しかも、二人っきりになるようにしたうえで。

 

 

「景虎さま……。何か、粗相などございましたでしょうか。」

 

「いや、お前の話を聞いてみようと思っただけだ。お前が作った料理について、興味がある。昨日は酒に酔って聞けなんだからな。」

 

「そういうことでしたら、よろこんでお話しします。」

 

 

 ケンはにっこり笑って、私に話を始めました。何故だか、また心がポカポカしてきました。

 

 

「まずは昨日の料理。戦国風チキンカツですが、あれはカモ肉の中にチーズを入れて、衣をつけて揚げたものです。チーズというのは牛の乳を固めて作られる食品で、カルシウムと脂肪分を多く含んでいます。脂肪分が高い食品は胃でアルコールが吸収されるのを防ぐため、悪酔いすることを防ぎます。また、鳥の肉はタンパク質を豊富に含むため、腸でのアルコール吸収を防ぎますから、酔わなかったのはそのあたりのおかげでしょう。」

 

 

「また、衣ですが……本当はパン粉があれば一番良かったのですが、今回はこちらの……麩で代用させていただきました。」

 

 

「麩?」

 

 

 かるしうむとかあるこーるとかのよくわからない言葉はひとまず置いておいて、私はケンの手に乗った麩をまじまじと見つめました。これがあの、サクサクとした食感を生み出すのかと。

 

 

「はい。パン粉は食パンから作ることもできますが、麩も小麦粉のグルテンから作られるため、似通った点のある食材です。麩をすり鉢で粗目に砕き、溶き卵と小麦粉を付けた肉にしっかりとつけます。そうした後に油で揚げ、味噌だれをかけて完成です。」

 

 

「もともと、味噌とチーズは同じ発酵食品ということもあり、相性が非常に良いのです。どちらも栄養価が高い食品ですので、お体にもよいことでしょう。」

 

 

「なるほど……。」

 

 

 ふぅん。単にうまいものを作っただけかと思えば、結構色々考えてたんですね。特に、私の体の事を―――。あ、あれ?またポカポカしてきました。

 

 

「な、ならば。あの朝餉はなんだ?まだ何か意味があるのか?」

 

 

「はい。しじみに含まれるオルニチンという成分が、二日酔いによく効くのです。単に食べるより、味噌汁にしたほうが効果が高いと聞くのでそのように。それから、焼きのりはマグネシウムを非常に多くふくんでいます。マグネシウムは………」

 

 

 そこまで話して、いきなりケンは話をやめてしまいました。私はつい続きが気になって、ケンをゆすって急かしました。ケンも観念したのか、ようやくポツリポツリと話し始めます。

 

 

「マグネシウムは、血圧を下げる効果があるのです。尿を排出するはたらきがあり、その尿と共にナトリウム……つまり塩分が抜けるからです。また、大豆などの豆類に多いカリウム。牛乳等に多いカルシウム。肉類のタンパク質なども、同様の効果があります。」

 

 

「……私は以前から、あなたがたくさんのお酒を、塩や梅干しで呑むのが好きだと聞いておりました。ですが、それは高血圧の原因となり、最終的には脳出血などの病を引き起こしてしまいます。」

 

 

 そこでケンは一息おいて、言ったのです。

 

 

「私は……私は、もう誰かを、病で喪いたくないのです。私の大切な、大切な人は、病で命を落としました。あなた様にそっくりの、美しい人でした。……いえ、今のは忘れてください。」

 

 

 忘れろとは言われましたが、なぜか私は引っかかっていたのです。『美しい』という言葉が頭の中に反響し、ポカポカはいよいよ強くなっていきました。

 

 

「その、とにかく私は!私は、あなたが病に倒れるようなことが、我慢ならないのです!」

 

 

 ポカポカ、ポカポカ。私のポカポカはいよいよ収まらず、気づけばケンの手を握っていました。私より弱いのに、私の手よりごつごつしていて、包丁を握った手なのかマメが潰れた後がたくさんある良い手でした。

 

 

「あの……景虎、様………?」

 

「決めました。」

 

「え?」

 

「織田との同盟。私は受けましょう。」

 

「! あ、ありがとうございます!!」

 

「ただし。条件があります。」

 

「それは一体……?」

 

「それは………」

 

 

 

 

 

「信長様!木下秀吉、ただいま帰りましてござる!!」

 

「うむ。」

 

「こちらが景虎からの返事にございまする。同盟に応じると……!」

 

「ほう、ケンがやったか。」

 

「は、ははは……。敵いませんな、やはり!ケンがすべてまとめました!」

 

「ふ、さすが我が伴侶よな。……して、ケンはどこじゃ。ワシは腹が減っておる。」

 

「そ、それが……、しょ、書簡を開いていただければと……。」

 

 

 その言葉で何かを察したのか、信長は手紙を破かんばかりの勢いで開く。そこに記されていたのは、確かに同盟の了承。だが、最後の一文には信長の逆鱗に触れることが書いてあった。

 

 

「―――なお、同盟の条件として、料理人ケンを長尾景虎の預かりとすること。」

 




「美しい人……ケンさんが沖田さんのこと、美しい人って……うへへ……」

「……ケンさんさあ。あんまりこういうこと言いたくないけど、多分自業自得だと思うよ。」

「私もそんな気がしてきました、マスター。過去の罪からは逃れられないのですね。」

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