楽園異聞録 ~ Metaverse地上編外伝   作:μtos

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執筆時期は2022年10月。
2025年3月08日 レイアウトを公式準拠に変更&細かい文章校正

★当作品はSEGA様の大人気アーケード音楽ゲーム『CHUNITHM』の二次創作作品です
★この物語には、版権オリキャラ、拡大解釈などなど、オリジナル要素が多量に含まれています
★原作とは違う年代/世界軸での物語です。なのでほぼオリキャラしか出てきません
★世界観の基礎基本は原作から引用していますが、数百年先の未来でのお話なのと、自己解釈や欲望をふんだんに使っているので殆ど独自の世界観で構成されています。原作知らなくてもほぼほぼ大丈夫……だと思います(一応めちゃくちゃにざっくりとした振り返りは入れています)
★作者自身の独自解釈や自由な発想、そして欲望の下、制作されています
★原作の書式や書き方をリスペクトして書いています。なのでみなさんがいつも読んでる小説やSSよりも特殊な構成です
★ぐ だ ぐ だ で す
★作者自身は原作であるSEGA様とは一切関係ありません。私は只のしがないチュウニズマーです

特に『版権オリキャラアレルギー』をお持ちの方は今すぐこのページから離れることをお勧めします。原作から引っ張ってきたゲストキャラはいますが、基本うちのオリキャラしか出てきません。心が寛容な人だけ、よろしくお願いします。


私は元々自分の想像を具現化することが苦手な人間です。
まだまだ発展途上なので、所々拙い部分や雑な部分があるかもしれません。
それでも見てくれるモノ好きな方だけ、ボジョレーヌーボーでも嗜みながらどうぞ。


クラウディア・ドナーティ STORY

―――――――――――――――――――――――――

 

1.月光の巫女「世界の広い景色をこの目で見たいとずっと思っていたの。この争いが終わったら、姉さんと一緒に色んな場所を巡りたいわね」

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 名前:クラウディア・ドナーティ

 年齢:16歳

 所属:仙星十天『月天』

 職業:シスター/魔法使い

 規律:秩序・善・月

 

 イメージ曲:翠雨の祷 / Cororo feat.Yuria Miyazono

 スキルシード:ゲージブースト

 トランスフォーム:「クラウディア・ドナーティ/聖なる月神の末裔」

 

 

 ネオペルセスに住む少年『ハンニバル・アリギエリ』は、仙星十天の恒星天『ペトロ・デルモンティ』が待つエンピレオ宮殿へと向かう為、友人『バージル・ゲルフ』、そして運転手の『カロン・エレクトラ』と合流し、故郷を離れて欧州の地へと出発した。

 道中、独裁派〈ドミネイター〉との接敵もあったが、奪還派中枢都市の衛士であるラウィニア兄妹の増援によって数々の障害を潜り抜けていった。

 

 モスールコロニーにて正体不明の追跡者と接触した一行は、ダフークコロニー到着後に『糾弾教会』の衛士であるカトとマルコの二人組によって窮地を救われる。

 その後、カロンの車は物資を受け取る為にエアロクラフトへと向かった。

 

 

 程なくして車はエアロクラフトの付近に到着。

 カロンは荷物の出し入れをする為に車を傍に止めて、後部座席にいる4人を呼び出した。

 後続していたカトも車を降り、手渡しする物資を引渡す為、エアロクラフトの内部へと入っていった。

 

 そんな最中、ハンニバルは偶然、エアロクラフトのドッグの後ろに広がる湖が視界に入った。

 一層目を引いたのは、艇を逆光に照らす紅い夕焼け。

 それに引き込まれるように、ハンニバルは湖の傍へと足を運んだ。

 

 「わぁ……綺麗……」

 

 地平線に沈みゆく、黄昏時の太陽。

 夕日の光を水面に映す湖の神秘的な光景に、彼は心を奪われてしまった。

 

 ふと、夕日が照らす空に何か飛んでいるのが見えた。

 それは、歴史の教科書や書籍の写真に掲載されている、400年前に使われていたモデルの戦闘艇――そのシルエットによく似ていた。

 自分のすぐ隣に停泊しているものとは少し差異はあるものの、間違いなく旧式のエアロクラフトだろう。

 

 不覚にもそれを見た瞬間、とある“記憶”がハンニバルの脳裏を、あたかも早送り再生をしているかのように駆け巡った。

 

 …………。

 

 “記憶”の中にいる誰かが、その“持ち主”と思しき人物の肩に寄りかかって何かを呟いている。

 

 『私も……も独り……ないわ。私……は……で……』

 

 記憶の持ち主――“彼”の頭を撫でる、ブロンドの髪を靡かせる女性。

 “彼”の目に映っているものはわかる。

 それでも女性の言っていることはぼやぼやしていて、断片的にしか聞き取れない。肝心なその名前でさえも、ハンニバルには聞き取れなかった。

 

 この“記憶”は一体誰のものなのだろうか。無論、ハンニバル自身のものではない。自分にこんな知り合いはいない。

 

 (これは一体誰の……)

 

 そんなことを考えている時――。

 

 「おーい、バル!」

 

 バージルが遠くから声を掛けてきた。

 

 (あれ……? 俺は一体何を……?)

 

 友人の声に反応したハンニバルは、自分の意識が向こう側に飛んでいたことに気づき、ハッとして目をパチパチさせ、首を横に振った。

 念のためにもう一度空を見て確認したが、あの影はもうどこにも見当たらなかった。

 

 彼の傍に寄ったバージルは、空と同じ髪色を持つ友人を気に掛ける。

 

 「何ボーっとしてるんだよ、こんなところで」

 「あぁ、ごめん……湖が綺麗で、ちょっと気になってさ」

 「なんだ、そんなことか」

 

 気になっていた景色とは何なのか、バージルは沈みゆく太陽の方へと視線を向けた。

 ……その光を鏡のように反射し波打つ水面と黄昏の空が、彼の目を輝かせる。

 ハンニバルが見とれる理由も納得できるものだった。

 

 ――いや待て、自分はそんなことの為にバルを呼んだんじゃない。

 バージルは思いがけず景色に見とれてしまった自分を恥ずかしく思って咳払いし、気を取り直して要件を話す。

 

 「と、とにかく……カロンさんが呼んでるから、こっち来いよ」

 「はいは~い、わかりましたよ――って、ちょっと引っ張らないで転ぶ転ぶ~!」

 

 ハンニバルはバージルに腕を引っ張られて、カロン達がいる場所へと戻っていった。

 

 ――

 ――――

 

 「……ふふっ、噂には聞いていたけれど、あの子達ってほんとに仲が良いのね」

 

 そんな2人の様子を、艇の窓から眺めるひとりの少女。

 その少女がいる広間に、要件を終えて帰ってきた司祭服の青年が入ってきた。

 

 「ご機嫌いかがです? クラウディアお嬢様」

 「もう、カトさんったら、そんな呼び方しなくてもいいのに……まぁいいわ。上々よ」

 「それはよかった」

 

 司祭服の青年――カトは少女の傍らでガラス張りの壁へと寄りかかり、彼女の視線の先にある外の景色にチラっと目をやる。

 

 「……運転手の方の“許可”は取れたの?」

 「それはもう、問題なく」

 「よかったわ。うふふっ」

 

 少女はたおやかに微笑み、何かを待つように手を胸のあたりにやさしく添える。

 

 「“最後のひとり”……ようやく会えるのね。楽しみだわ」

 

 その横顔は、月の女神のような美しさをたたえていた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

2.月のティアラ「こんなに早く会えるだなんて! これも神様の思し召しかしら?」

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 日没のダフークコロニーで、半人半精の輸送屋の女性『カロン・エレクトラ』は、約束通り教会のエアロクラフトが輸送してきた物資を愛車の中に詰め込んで整理していた。

 

 「さて、このまま順調に行けば、フィレンツェコロニーまでは何も買わずに大丈夫だろう」

 

 作業がひと段落付き、腰を持ち上げてパッパッと手を払う。

 車は先程の戦闘の影響で多少故障してしまったが、最低限動いてはくれるだろう。

 そう思って、少し休憩に入ろうと思ったその瞬間――教会に所属する司祭服の青年・カトから声を掛けられた。

 

 「カロンさん、お疲れ様です」

 「こちらこそお疲れ、カトくん」

 「これからどうなさる予定ですか?」

 「あぁ、そこら辺の宿にちょっと泊まってからここを出ようかなと」

 「……そうですか」

 「ん? それがどうかしたのかい?」

 「いや、その、もしよろしければなんですが――」

 

 カトが何かを言いかけた直後、カロンの車から何かが故障する音がした。

 

 ――

 ――――

 

 「うっわぁ、すっげ~! めっちゃ広い!」

 「比較的大型の戦闘艇に二人で乗るなんて何年振りだろうな――って、もう向こうに行っちゃってるし……」

 

 そんな経緯があって、ハンニバル一行は教会のエアロクラフトでフィレンツェコロニーまで運んでもらうことになった。

 久しぶりに大型の戦闘艇に乗せてもらえたハンニバルは、子供のように大はしゃぎしている。

 バージルやラウィニア兄妹は身分のこともあってこのような艇には乗り慣れているが、特にバージル自身もまた、友人と乗るのは数年振りのことであった。

 

 「――あぁ、なるほど、わかったよ。それじゃあ車がなおったら寄ってくからね」

 

 その遠目に誰かと話しをしていたカロンは電話を切ると、子を見守る親のように4人の様子をあたたかい目で観察する。

 彼女の隣には、カトが立っていた。

 

 「あっはは、あたしもこんなだだっ広い艇に乗るのは、アメリカ旅行に行ったときくらいだね。……それにしても、本当にいいのかい? お前さんたちの艇を借りちゃっても」

 「いいんですよ。そのかわりにお宅の車はちゃんと修理させていただくってお約束しましたから。それに、うちのシスターはそんなにお堅い人じゃないんで」

 

 カトがカロンたちを艇に乗せたのには、ちゃんとした理由がある。

 ひとつは、欧州の境目にあるアナトリア半島付近において、派遣されているドミネイターの妖精の数が大幅に増えており、危険度がかなり高くなっていること。このままの状態で陸間での移動を続けていれば、対処しきれなくなるのも時間の問題だという。

 そしてもうひとつは、ドミネイターの部隊編成の特性を利用したとある策だ。

 カト曰く、ドミネイターの軍勢にはとある“欠陥”があるという。その弱点を活かせば、襲撃を受けることなく安全に目的地に向かえるらしい。

 

 (……まぁ所詮は妖精が組んだ軍隊だから、考えが幼稚で向こう見ず。浅はかなのは目に見えてわかるんだが)

 

 地球の生物の頂点に立つ人類にとって、妖精というのは元来、自己本位で刹那主義的な生物だ。それがこのような面でも顕著になっているのは、カトからしてみれば呆れるものだった。

 妖精種は神秘的な生物ではあるものの、一歩間違えれば非常に危険な存在になりうるものだ。自分達に牙を剥いている時点で、彼らを見逃したり容赦したりするのはもう以ての外だ。

 カトの慧眼は、どんな蟻の一穴をも捉えて離さない。『ヒト』という種族を護る為に、敵の欠陥や弱点を利用しない手立てはなかった。

 

 「やれやれ、流石は教会のエリートさんだこと。敵の弱点もちゃんと把握しているんだね」

 「あくまでもオレ様の見解に過ぎませんがね。奴らが裏で何か用意しているかもしれませんし……でも、彼の身の安全は確実に保証されるのでご安心を」

 

 このような現状を考慮して、カトは車が壊れて動かなくなる前にこちらの方で修理し、その間に一行を艇に乗せて安全に移動させることを決めたのだ。

 

 ふと、カトの隣から誰かが顔を覗かせた。

 

 「あらあら、二人で何をお話ししているの?」

 「おや……これはこれは、月天のお嬢ちゃんじゃあないか。ご無沙汰してるね」

 「こちらこそ、カロンさん」

 

 紫色の髪を靡かせる少女の正体は、『クラウディア・ドナーティ』。

 仙星十天の第一天『月天』の席に座る者。

 普段はフィレンツェコロニー市街にある大聖堂でシスター達の長として振舞っているためか、仕事で付近を通過するカロンとは少々面識があった。

 

 「お嬢は、どうしてここに? シスター達のことは大丈夫なの?」

 「あぁ、それなら他の子に任せているので何も問題ありません。それに……」

 「それに……?」

 

 クラウディアは艇の最前面を見て、楽しそうに微笑む。

 その様子を、カロンは不思議そうに見つめるが、彼女の事情を知るカトは肩をすくめ、やれやれといった顔をする。

 

 「……うふふっ、久しぶりに外へ出てみると、やはり不思議な発見がありますね」

 

 ――

 ――――

 

 一方、クラウディアの視線の先にいるハンニバル達4人……いや、正確にはそのうち元気な3人組は、大きな広間で子供のようにはしゃいでいた。

 ふと、パオルが何者かの視線を察知したのか、その方向をチラッと見る。

 

 (ん? 誰かオレ達のこと見て……る……うげっ!?!?)

 

 付近にいた少女と視線が合うと、緊張からか体がガッチガチになり、口を開いたまま気まずそうな顔をした。

 彼らを見ていた少女は、パオルの姿を見るな否や穏やかな笑顔で上品に手を振っている。パオルもその様子を見て頭を掻きながら照れ臭く「うっす……」と小さく返事をした。

 兄の様子を見た妹のフランチェスカは、何が起こったのか知るために話しかける。

 

 「お兄ちゃん、どうしたの?」

 「フラン、やべぇよ……やばいって……」

 「……え?」

 

 妹は兄から、ここにクラウディアが乗っている情報を聞く。

 その瞬間、彼女の脳内に電撃が走った……。

 

 ――

 ――――

 

 「なんで……なんで……」

 「「なーーーんで大聖堂のシスター様がここにいるんですかぁーーー!?!?」」

 

 大御所の予想外の訪問に、兄妹は揃って衝撃を受けた。

 それもそのはず、2人は奪還派中枢都市の兵で、その騎士団長もクラウディアと同じく仙星十天の真人だ。騎士団長の同僚というのは、2人にとっては彼と同等かそれ以上の慎重な扱いでもてなさなければいけない存在なのだ。

 

 「あらら? 二人を驚かせてしまったかしら……ごめんなさいね」

 「あぁ、いやいや、シスター様が謝る必要はないっス……」

 「そう? ありがとうね。……ところで、ラウィニアのお二人こそどうしてここに? エクトルからのお仕事かしら?」

 「まぁ、はい……そんな感じです……」

 「それで、そこにいるオレンジ色の男の子は……」

 

 クラウディアがハンニバルと目を合わせる。

 普通のヒトとは違う異質で神秘的な雰囲気の目に捉えられたハンニバルは、その場で固まってしまった。

 そんな彼をフォローするように、パオルが懸命に事情を説明する。

 

 「はい、エクトル様から『護るように』と言われた方でございます」

 「そう……この子が……」

 

 ペトロさんが言っていた、“希望”の少年――。

 

 ペトロ・ベルモンティの言葉の意味を脳内で咀嚼したクラウディアは、目を輝かせてハンニバルに接近し、両手を掴む。ハンニバルはそんな彼女の対応に、少したじろいそうになる。

 

 「貴方なのね!? 新しく見つかったディバインハートの持ち主で『英雄』の最有力候補の少年って! 私、ずっとずっと会いたかったの!」

 「え? え? それってどういう――」

 「あら? お父様から聞いていなかったかしら? 新時代の『英雄』の最有力候補として、ペトロさんが貴方を呼んでるって」

 「あ、あの……君は一体――」

 「――クラウディアさん、まだハンくんは何も知らないんですから、そうはしゃぎ過ぎないで……」

 「……そうだったかしら? だったら、突然驚かせてしまってごめんなさいね」

 「はぁ……全くこの御方は……」

 「え? え?」

 

 (――全く何もわからないんだけど……)

 

 会いたかった人物を目の前にして衝動のままに行動するクラウディアに対して、パオルが待ったをかけた。それを見て、ハンニバルはさらに困惑する。

 クラウディアはまだ、ハンニバルの前で自分の身分を明かしていない。ハンニバル自身も、彼女のことはさっき聞いた『大聖堂のシスター』という情報しか耳にしていない。

 自分の親父のことや、ペトロのことについて知っているという事実に困惑するのは当然のことであった。

 クラウディアは気を取り直して、ドレスの裾をたくし上げて腰を低くし、お嬢様然として優雅に自己紹介をする。

 

 「私の名は『クラウディア・ドナーティ』。先程ラウィニアの御二方が申し上げた通り、フィレンツェコロニーの大聖堂でシスター長を務めております。そして、仙星十天の第一天『月天』。貴方と同じ『英雄』の候補者のひとりですわ。改めて、よろしくお願いいたします」

 

 クラウディアはにっこりとたおやかな笑みを浮かべて、ハンニバルに挨拶をした。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

3.おてんば聖女様「聖堂の中にずっといるなんて耐えられないわ! 私やっぱり外に行きたいの!」

 

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 ――16年前。

 

 「……はぁ、儂ももう老いぼれじゃな。次代に仕事を受け継ぐ時が来たかのう」

 

 私の親戚のおじ様は、当時フィレンツェコロニーで司祭を務めていた方でした。言わば、私の先代です。

 持病によって日が経つにつれ身体が弱ってきていたおじ様は、やがて司祭の仕事を続けるのは難しい状況となり、次世代の人間に後を託す覚悟を決めました。

 

 ここでひとつ、私の身の回りの話をしましょう。

 『大聖堂』というと……それは世界の各所に同じような建物なんて幾つもあります。私が勤める場所は、その内の一括りでしかありません。しかし、たかが一括りではありますが――小さな場所ではありません。旧時代から長年、地元の人々に愛され続けている場所です。歴代の司祭には、地元の人々と共に、フィレンツェに遺された神聖な文明や遺産を護る義務があります。

 

 司祭になるには、特定の3つの家系の出である必要があり、それぞれ持ち回りで任命されます。これは真人の時代から始まったものですが、私の先祖の一人である帰還種様がいた世界の文化を取り入れたものでもあります。当初は試験的なものでしたが、長年の間にいつの間にか、当たり前のように定着してしまいました。

 私の出身である『ドナーティ家』も、その家系のひとつ。

 おじ様は別の家系の出身でしたが、私の家とおじ様の家を含め、この三大家系は親睦も深いため、よくお茶会やパーティを開いたりしているんですよ。うふふっ。

 

 ――と、話が逸れましたね。ごめんなさい……。

 とにかく、私のおじ様は持病の影響で近々引退を余儀なくされていましたが……肝心の後継ぎは、そう簡単に見つかる状況ではありませんでした。

 残りの2つの家では、不幸にも様々な事情があったからです。

 ちなみに、私の父はドナーティ家の真人、母は帰還種です。基本は父が継ぐことになるはずだったのですが、二人は既に結婚していてお姉様や私を授かっていたので、後を継げられない。もう片方の家は……2年ほど前に身内で何かあったらしく、継承者最有力候補だった子を引き連れてどこかへ行ってしまいました。

 

 「最悪な状況に見舞われてしまうとは……かくなる上は、掟破りをするしかないのだろうか」

 

 相応しい後継者が見つからない中、日に日に身体だけが弱っていくおじ様は、遂には掟破りの手段も視野に考えはじめました。

 そんな中で生まれたのが――私だったのです。

 しかし、私がお母様のお腹から生まれた頃には、おじ様はもう自分の足で歩くことは出来ず、車椅子で生活することになってしまっていました。

 それでも私は、何故か覚えているんです。

 おじ様が私を抱いた時に、涙を流しながら喜んでいたのを……。

 

 「あ……あぁ……この子だ……」

 「……司祭様、どうかなされましたか?」

 「……この子だ! この子こそが、神の御子なのだ!」

 

 ……後におじ様から聞いた話ではあるのですが、おじ様が私を抱いた瞬間、心臓の部分が紫色にほんのりと輝いたそうです。

 それは、他のなにものでもない『ディバインハート』の輝き。つまり、私は赤子だった頃から『英雄』になる資格を与えられていた――ということ。

 その様子を傍で見ていた私のお父様は大層驚き、ついお母様と目を合わせてしまったらしいですね。うふふ。

 

 ――

 ――――

 

 そのようなことがあって、私はおじ様の後を継ぐことになりました。

 だからこそ――といいましょうか、上流階級の身分ではありましたが、一日一日の生活は、そんなに楽なものではありませんでした。

 人類の歴史や聖書の学習、名門校に通うための受験勉強。お歌のレッスンやマナー講習などなど――。とにかく勉強漬けの毎日でしたね。

 物心がつく前からそのような生活をしていたので別に苦ではありませんでしたが……民衆の皆様が思う以上に、制限も厳しかった記憶があります。

 それでも私は、小さい頃から外で散歩をするのが楽しくて好きなんです。だから、お屋敷の廊下を走り回ったり人目を盗んで裏口からこっそり屋敷の外に出たりとかしていました。その度に召使い様からよく怒られていましたが、両親はそんな私を見て穏やかに微笑んで許してくれていました。今思い返してみると、とても懐かしい日常ですね。

 

 そうそう、バヴァリアコロニーのバージルくんも、同じ学校の先輩で、知り合いだったんですよ?

 まさか今日ここで再会出来るなんて、私は思ってもいませんでした。とっても嬉しいです!

 彼もきっと、私とまた会えたことに驚いているのだと思います。お友達の話は学生時代に彼から少し聞いたことがありますが、まさかその友達が、ペトロさんが言ってた子だったなんて……私、感激です!

 やっぱり外の世界は広いですね。卒業後は聖堂の中でずっと仕事詰めの日常を送っていましたが、私は相変わらず幼い頃からの気持ちは変わっていないので、暇が出来たらお姉様と世界中へ旅行に行きたいなぁなんて、ずっと考えていたんです。残念ながら今回はお姉様と一緒には行けませんでしたが、彼女はその代わり仕事を片付けてくれると約束してくれたので、本当に頼もしい気持ちでいっぱいです。

 

 この機会に私を誘ってくれたヴァチカンの方々には、本当に感謝しています。だって、世界の広大さや美しさ、そして素晴らしさを、この目に直接焼き付けることが出来るのですから。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

4.至上なるエンピレオ「この宮殿はペトロ様の屋敷でもありながら、私達の集会場でもあるんですよ。……あら? あそこにいるのはもしかして――」

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 教会の飛行艇に搭乗させてもらったハンニバル達が遭遇したのは『仙星十天』の第一天『月天』である『クラウディア・ドナーティ』という少女。ハンニバルにとっては、初めて顔を合わせた十天の真人だ。

 バージルにとっても顔見知り程度のスクールメイトだが、彼女の噂や評判はよく耳にしていた。

 

 「そんな……いつもお忙しい筈のドナーティ家のお嬢さんが、どうしてここに……」

 「あら、バージルくんまでそんなことを聞くの? みんなして、珍しそうな顔をするのね。私はただ、ペトロさんが言っていた凄い子ってどんな子なのかな〜と、気になっただけなのに……」

 「そりゃあ、大層な身分の人間が一人で出歩いてたら誰だって驚くッスよ!?」

 

 パオルが口を突っ込んでも尚、クラウディアはきょとんとした様子を崩さない。

 そんな彼女を見て、せめて自分の身分を少しは考えて欲しいと、パオルとフランチェスカは呆れた顔をして溜息をついた。

 

 そんな二人の反応もいざ知らず、クラウディアは手を叩いてひとつ提案した。

 

 「さて、せっかく顔を合わせられたことですし、何かパーティでもしませんか? みなさんと会うのが楽しみすぎて、食糧を沢山持ってきてしまって……」

 

 本当に大物なのか疑わしく思えるクラウディアの自由奔放さや暢気な振る舞いに、兄妹はズコーっと思いっきりずっこけた。

 

 ――

 ――――

 

 その日は結局、乗組員全員で食事をすることになった。

 そして束の間の楽しい宴はあっという間に過ぎ去り――朝が訪れた。

 

 「ん……むにゃむにゃ。……今どこだー?」

 

 寝起きのハンニバルは、割り当てられた個室の窓の景色を確認する。

 するとそこには……故郷周辺の砂漠とは打って変わった、緑溢れる景色が広がっていた。

 壮大である一方で儚さも感じられるような美しい風景に、ハンニバルは目を輝かせる。

 

 ――バージルがいつも見ていたのって、こういう景色だったのかな。

 

 緑の大地を見ながら、ふとそんなことを思うのだった。

 

 ――

 ――――

 

 それぞれ身支度を整え、広間で合流した一同は、もうすぐ目的地に到着するという報せをカトから聞く。

 ……が、何か違和感を感じたのか、バージルがカトに話しかけてきた。

 

 「……ねぇ、神父さん」

 「何?」

 「なんか、あと一人足りない気がするんだけど……」

 

 …………。

 

 一時の静寂。

 すると、カトが目を逸らして何か気まずそうな顔をしているのを、バージルはその時、見た。

 何かあったのだろうか……と、その様子を慎重に窺う。

 

 「えぇっと……どうかしました?」

 「……たい……つだ……」

 「え?」

 「あ、あはは〜! 何でもないですよそんなぁ気の所為ですきっとはい」

 

 確実に何か知っているであろうカトが棒読み早口でストレートに誤魔化す。

 

 「と、とにかく! そんなことより、目的地まであと少しなんだし今は色々準備とかしておかないと〜あはは〜……では皆さん一旦、解散ってことで――」

 

 そう言ってカトは一同を解散させてから、ぶつぶつ何か独りごとを言いつつ客室の廊下の方へズカズカと早足で向かっていった。

 暫くして、向こう側から物凄い怒鳴り声が船内に響いたのであった。

 

 ――

 ――――

 

 程なくしてエアロクラフトはフィレンツェコロニーのとある庭園へと到着した。

 一行は艇を降り、その土地へと足を踏み入れる。

 目に映るのも真新しい光景に、ハンニバルは興奮冷めやらぬ様子だった。

 

 「うわぁ〜! 綺麗……それに、なんかいい香りがする……」

 「着眼点が本当に世間知らずだね、バルったら……」

 「じゃあ、バージルはどうなんだよ」

 「僕はもう慣れた」

 「あー……まぁそっか。お前も王宮暮らしだもんなぁ」

 「まぁ流石に……ここまで大きくは無いんだけどね……」

 

 バージルはそう言いながら、目の前に聳え立っている豪華絢爛な宮殿を見据える。

 彼自身も一応第一王子という身分ではあるものの、コロニーの管理者の身分という名目上のひとつの名称に過ぎない。言わば、貴族であって貴族でないといったような立ち位置の階級に属しているためか、大きな邸宅を持ってはいても、ここまで豪奢な規模のものではない。

 

 仙星十天の集合拠点『エンピレオ宮殿』。

 管理者の身分であるバージルも、ここへ実際に訪れるのは初めてのことであった。

 

 「おやおやお二人さん、ここに来るのはやっぱり新鮮ですか?」

 「あ、カトさん。どうも――あれ、クラウディアとカロンさんは?」

 「カロンさんは市街地の方に用事があるみたいなのでさっき勝手に行っちゃって……あ、月天のお嬢さんならさっき送り届けてきましたよ。あそこの門のところまでね」

 

 二人が話をしていると、カトがマルコを連れて話しかけてきた。

 元気で気分は上々という感じのカトだが、一方のマルコは相棒とは逆に無気力で、何だか眠たそうにしている。

 

 「……おはようさぁん。――ふぁ〜……むにゃむにゃ」

 「いつまでボサッとしてるんだよ、いい加減起きろ! このアホンダラ……」

 「いってぇ〜! そんな強くゲンコツするこたぁないだろ〜!?」

 「お前の目が覚めるまで何度でもぶっ叩いてやるよ脳天バナナ野郎」

 「脳天バナナって……俺はサルじゃねぇ!」

 

 マルコが頭上からカトのゲンコツをド直球に受けた様子をハンニバルとバージルは横目に見る。

 カト曰く、先程気まずくしていたのはマルコがまだ起きていなかったからだという。

 

 「コイツったら、いっつもいっつもこうやってドがつくくらいマイペースで自己中な奴でしてね……。どうしようも無い馬鹿野郎だし、いずれお宅にも迷惑を掛けてしまうかもしれませんが、その時はどうかご容赦頂ければ――ほら、お前も頭下げろ」

 「え〜なんで……俺まだ何もしてな――」

 「い・い・か・ら・下・げ・ろ!!」

 「うげー」

 

 相棒の悪態に関してカトが頭を下げる。すると隣にいる相棒にも頭を下げるように言うが、なかなか下げてくれない。仕方なく力ずくで頭を押して強制的に下げた。

 

 「それじゃ、お宅らとオレ様とその他大勢の、他の客人を招待するための確認と直談判をしてくるので、ちょっと待っていてくださいね。――ほら、いくぞ」

 「うぃ〜っす」

 

 そう言い残して、二人はそそくさと門の方へと戻っていった。

 

 例の二人のやりとりを間近で見ていたバージルは、(大丈夫かな、あの二人……)と密かに苦笑していた。

 

 暫くすると、二人が門から引き返してこっちに戻ってきた。

 

 「カトさん、何か進展はあったんですか?」

 「あぁ、それがね――」

 

 客人を連れてきたのでここを通せないかと直談判しに行った二人だったが、どうやらハンニバルとクラウディア以外はここを通せないらしい。……それもそのはずである。何故ならここは世界の命運を握っている組織の拠点だ。諜報活動による情報漏洩を防止するために、部外者はお断りしているという。

 しかし、カトが“友人”から聞いたという見立てに依れば、このままではあの二名の身に万が一何か起こった時に対処出来ず困る。

 何とか対処出来ないかと4人で話し合う為に一旦引き返すことにしたという。

 

 「なるほど……」

 「うーん。そうなら別に俺は一人でも大丈夫だけど」

 

 「一人でも大丈夫」というハンニバルの一言を聞いたバージルは、彼の軽率で浅はかな思慮の相変わらずさに溜息をつく。

 

 「あのなぁ、バル――」

 「だって、ここ一般の人は立ち寄れないんでしょ? 過去に何かあったわけでもないみたいだし、バージルが後ろにいなくても大丈夫だよ。それにほら、俺は強いし――」

 「ほんっと、お前のそういうところが――」

 「――ほんとそれな~。なんで自分達だけしか立ち寄れないんだよ。妖精寄りの価値観の真人様が物を語ったところで、おれ達に意味なんてないのに」

 「あーわかる。ほんとにそれ……って、えぇ!?!?」

 「おー、気が付いたか。よっ、カトさん、新人」

 

 話の輪に割って入ってきた乱入者。

 それは、ハンニバルの知らない男の姿。

 

 「えーっと……どちら様で?」

 

 その姿を見て、カトは驚きを隠せない様子を見せていた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

5.風の男「ステファン! やっぱりステファンもここにいたのね! 久しぶりに会えて凄く嬉しいわ!」

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 どうするかハンニバル達4人が話し合っていると、傍から一際異彩な雰囲気を放つ男がその場に突っ立っていた。無意識下から自分の傍に立っていた男を見て、カトは驚愕する。

 『自分達だけしか立ち寄れない』と口にしていたことから、恐らくクラウディアと同僚なのだろう。何者かもわからぬ長身の青年を前にして、ハンニバルは恐る恐る名前を訊ねてみる。

 

 「えっと……どなた様ですか?」

 「あー、おれ?」

 「はい、そうです……」

 「そういえば、自己紹介してなかったな」

 「当たり前だろ、さっきばったり出会ったばっかりなんだから……」

 

 この男と知り合いなのだろうか、カトはあたかも友人と接するように遠慮なく突っ込む。

 

 「まぁ、それもそうか! あっはは! ――っと、おれは『ステファン』。『ステファン・マルテル』。仙星十天の『金星天』だ。“一応”な。……よろしく、新人」

 「あ、はい! よろしくお願いします!」

 

 ステファンと名乗った陽気な男は、ハンニバルの前に手を差し出してきた。ハンニバルも彼に応えて、お互い握手を交わした。

 

 「……んで? なんであんた達4人はここでペンギンみたいに固まってるんだい?」

 「あー、それが……」

 

 4人の様子を伺ったステファンに、カトが事情を説明した。

 

 ――

 ――――

 

 「あー! なーんだ、あっはは! そうなら早く気づけばよかったぜ畜生~」

 「……そういえば、いつからここにいたんですか?」

 

 突然現れては常にニコニコしている先輩に、ハンニバルは丁寧に疑問をぶつける。そんな後輩の質問に対し、ステファンは大きなリアクションを取ることなく率直に質問を返す。同じことを思っていたカトは、そのやり取りを横目に聞いていた。

 

 「なんだ新人、気づかなかったのかよ、あんたらのフネがここに到着した頃からず〜っといたぜ?」

 「最初からずっといたのかよ!? じゃあオレ様達がシスターと一緒に門前に来た時も……」

 「あぁ、そこで盗み聞きさせてもらったよ。全て、ね。あ、神父くんが見てない内にクラウディアもおれに手振ってたよ」

 「なんだよ、ずっとそこにいたんかよ……オレ様としたことが、気づかなかったな……」

 

 ステファンは、エアロクラフトが到着する前からずっと庭で花の世話をしていたらしい。

 カト曰く、普段はエンピレオに寄り付かずにずっと各地を放浪しているため、ここで滅多に見かけることもないような男だという。

 奇遇にも現地に居合わせていた顔見知りの存在に気づかなかったカトは、片手で額に手を当てるようにして頭を抱えた。

 

 「んで? あんたらはここ通りたいんだっけ?」

 

 マルコ以外の素直な3人は首肯した。

 

 「りょーかい。事情は大雑把に理解したぜ。今から話つけてくるから、ちょっと待ってな」

 

 ステファンはそう言うと、一同の返事を待たずに門前へと向かっていった。

 

 ――暫く経つと、一度は閉じたアンティーク調の門が、金属質な音を立てて開いた。

 

 「これって……もう通っていいよってことか?」

 

 念の為、カトがステファンの顔を伺う。

 すると、片手で親指を立て、片目でウインクをして決め顔で合図を取る友人の姿があった。

 その様子を見たカトは状況を理解し、どこか呆れたような笑みを浮かべて片手の親指を立て返した。

 

 ――

 ――――

 

 ステファンの協力を経て、ハンニバル達は宮殿の庭園に足を踏み入れる。

 一面の緑を、色とりどりの花が差し色となって彩る。

 外側から見た時以上の美しさに、ハンニバルは目を輝かせていた。

 

 気づけば、宮殿の入口の大きな扉の前まで来ていた。

 客人一行を先導していたステファンは扉の前で足を止め、一同に声を掛ける。

 

 「さて……扉を開ければ、この先は宮殿の内部だ。おれは入らないから、後は中にいるクラウディアに色々聞いてくれよ」

 「え、どうしてですか? ステファンさんも十天のメンバーなんじゃあ――」

 

 ハンニバルの口を、ステファンがそっと、人差し指で塞ぐ。

 男の、凍りついた水晶玉の様な冷たい瞳の奥を、少年の目が捉える。まるで、それを強制されているかのように。

 その目を見て、少年の身体は一瞬にして凍りついてしまった。

 

 「ごめんよ新人さん、おれは“あの人”がきら――あぁいや、ちょっと苦手なもんでね。そりゃもう、顔を合わせたくないくらいには……」

 

 男はそう言って、ハンニバルの唇から指を外す。

 

 言い回しは落ち着いているが、彼の目が途中で泳ぎ出したのをハンニバルは間近で見ていた。

 あの瞳を見た瞬間、彼が多くの苦しみや責任というものを背負っている存在であることを強制的に認識させられたような気持ちになったハンニバルは、そんな男に対して、何も言い返すことが出来なかった。

 

 横にいた他の面子はみんな知っているのだろうか、あたかも「当然だ」と言っているかのように、溜息をついたり舌打ちをしたり複雑な顔をして目を逸らしたりと、それぞれ違うようで同じ反応をしていた。

 

 その様子を見ていたステファンは微笑むと、あっさりと扉に手をかける。

 

 「んま、あんたも会ってみりゃわかる。……よっ」

 

 いつもの陽気な声色で、先程の言葉とは裏腹に飾り気なくそう言った彼は、手をかけた扉にひとつ力を入れて押すと、大きな音を立ててゆっくりと扉が開き、豪奢な宮殿のロビーが露わになった。

 

 扉が開いたことを確認すると、ステファンはパッパッと両手をはたく。

 そして両手を上着のポケットに入れ、一同に背中を向けた。

 

 「そんじゃ、あとは任せたわ。おれはこれで失礼するよ」

 「……は? ちょっとお前、それは後輩に見せる態度じゃ――」

 「今日は噂の男の子に会えて嬉しかったよ〜。先輩として言っておきたいこと色々あるけど、そこはまた会った時にでも、ね?」

 

 カトの言葉も耳に入れず、ステファンは勝手にペラペラと喋る。

 すると、周囲の木々が徐々に、ザワザワと音を立てていく。

 これこそが、金属性の操る『風』の力が強くなっていっている証拠。

 それをいち早く感じ取ったマルコは空気を視認するように他所を見ながら「アイツ、本当に帰るつもりだな……」と呟いた。

 

 「えっと、ありがとうございます! 俺もまだ聞きたいことがあるので、また必ず会いましょう!」

 「よしよし! 偉い子だね。きっといい“使い手”になるよ。あんたは」

 

 ステファンは「それじゃあね〜」と言い残すと、指を鳴らして風と同化し、何処かへと華麗に消え去っていった。

 

 「やれやれ……相変わらず自由奔放な奴だな」

 

 彼が立っていた場所を見ながら、カトはそう呟いた。

 

 ステファンを見送った一行は、宮殿の広いロビーに足を踏み入れる。

 鏡のように風景を反射する大理石の床と、奥にある左右対称の階段。シャンデリアが照らす黄金のような内装は、旧時代の遺産を流用したものである。普通の家で暮らしてきたハンニバルと、無機質な機械と光の都市に囲まれて暮らしてきたバージルにとっては、新鮮なものだった。

 ふと、ロビーにある階段の奥から足音が聞こえた。それは、先んじて宮殿に入っていたクラウディアの姿だった。

 

 「ようこそ、エンピレオへ。先程は私の行動不足で皆様を置いていくことになってしまい、大変失礼致しました……」

 「いやいや、いいんです。さっきステファンが助けてくれたので」

 

 先程のお詫びを口にし、クラウディアは軽く頭を下げる。まだ誰か足りないような気がしたが、彼女の真摯な対応に対し、とりあえずカトは優しく宥めた。

 

 「さて、皆さんが揃ったところで、周辺の案内でもしつつ、まずは客間に向かいましょうか」

 

 宮殿内を、クラウディアの案内で進んでいく。

 噴水のある広い庭園や鏡面のような床の回廊に、一行は言葉を失いながらも歩みを進める。

 一通り案内を終えると、クラウディアは二階にある広い客間へと彼らを招き入れた。

 

 「では、ハンニバルくんと、その御友人様は私についてきてください」

 「おいちょっと待てよ、オレ様達は――」

 「いい加減落ち着けよ神父。それとも、また“アイツ”と顔を合わせたいっていうのか? あんなヒトデ――ゲフン……あんな奴と」

 

 クラウディアは一行を客間に入れると、ハンニバルとバージルだけを呼び寄せ、ペトロの部屋まで案内すると説明した。

 それに異議を唱えたカトだったが、マルコに制止させられる。

 

 「それに、いつまでもヒヨコみたいについて行ったら万が一の時に対応出来ないし、見たくもないものを視界に入れてしまうかもしれないだろ? 教会がいくら中枢機関だからといって、他の連中の機密事項は何聞いてもいいってわけじゃない。他所には他所の事情ってのがあるんだ。……いつものインテリらしい冷静さはどこへ行った? なんでここで俺がお前に説教垂れなきゃいけないんだよ、全く……」

 

 マルコはそう言って、面倒くさそうに頭を搔いた。

 

 「……それもそうか」

 

 マルコの言葉に納得したカトは、一歩出していた片足を退けた。

 カトの右肩に手を置いたマルコが、相棒の代わりに二人を見送る。

 

 「ごめんな〜。コイツはいつもこんなんじゃないんだけど、なーんか変なところでピリピリする質でさ。……後の面倒は俺が見とくんで、アンタ達は安心して向かうといい。そんじゃ、行ってらっしゃい」

 

 彼はそう言って扉を閉めた。

 カトとマルコのやりとりを微笑ましく見ていたクラウディアは「では、こちらもさっそく向かいましょうか」と、ペトロの待つ執務室へスタスタと向かい始めた。

 ……暫くしてから二人が喧嘩を始めたのは、言うまでもないだろう。

 

 ――

 ――――

 

 「……なんなんだ一体。ここ数日変な人にしか会ってない気がする……」

 

 部屋に向かいながら、バージルは考える。

 先程の二人の様子を回想し、今日まで会ってきた人間と出来事を振り返ってみた彼だが、頭痛を抑えるように頭を抱えて複雑な表情を浮かべていた。

 

 (あいつのまわりって、変な奴しか集まってこないのか……?)

 

 ハンニバルの顔を見てふと、そう思ったバージルなのであった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

6.ペトロ・ベルモンティ「彼は……まぁなんて言うか、ちょっと変わった人よね」

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 一方その頃、ハンニバルらよりも先にペトロの執務室付近をうろついていた者がいた。パオルとフランチェスカの、ラウィニア兄妹だ。

 彼らがカト達について来なかった理由は、一足早く乗り込んでいたからだった。何故彼らがクラウディアと一緒に先に宮殿内に入場出来たのかというのは……まぁ、上司のコネのようなものなのだろう。

 その証拠を示すように、二人の手元には、何か身分証明証のようなものが握られていた。

 

 「イッヒッヒ……流石ッスねぇ、効果抜群ッス」

 『でしょでしょ〜? 俺のオーダーメイドで作って貰った価値があるってもんだな〜』

 「あーエクトル様、またイキってる〜」

 「言ってあげてもいいんスよ? 先祖のナナヒカ――」

 『あー! それだけは絶対にやめて〜!』

 「クスクスクス……」

 「へへへ……」

 『……全く~、俺は俺なりに、ちゃんと頑張ってるんですからね~?』

 

 二人は耳に付けられたイヤーカフ型の通信端末越しに、誰かとコソコソ話をしていた。

 フランチェスカが『エクトル』と呼んだその人物こそが、バルディアコロニーの騎士団長にして仙星十天の『太陽天』でもある『エクトル・ボナベントゥール』その人だ。

 エクトルは事前に二人に対して、ペトロの近くに来たら必ず彼を監視しに行くように頼んでいた。そのセキュリティ対策の一環として特別な身分であることを証明するエンブレムを彼らに手渡していたのだ。

 

 『ハンニバルくんにあの人が何するかわからないから、ちゃんと見ていてくださいね? もし怪しいことしようとしていたら、ポコポコ叩いてしまっていいので』

 「りょ〜かい。……それにしても、本当に誰からも信用されてない人なんスかね? テレビを観る限りじゃあ、穏やかで優しそうッスけど……」

 『話をこっそり聞いていればわかると思いますよ……彼がどんな人なのか』

 

 その後も幾らかやりとりを交わし、エクトルからの通信が切れてから物陰で扉付近の観察を再開すると、丁度クラウディアがハンニバル達二人を引き連れてペトロの待つ執務室の扉の前へと到着した頃合になっていた。

 クラウディアは二人になにか軽くひとこと言うと、少しだけ扉を開いて中の様子を確認する。室内にペトロがいることを確認すると、お目当ての客人が来たことを報せ、彼が了承したことを受け入れると再度扉を閉めて、ペトロの許可が降りたことをハンニバルに報告した。

 ……その最中にバージルが周囲にチラチラと目を泳がせていたことを、物陰にいた兄妹は知る由もなかった……。

 

 クラウディアはゆっくりと扉を開けて、室内に誘導するように手ぶらな方の手を差し出す。

 

 「さぁ、ペトロ様がお待ちです」

 

 室内にハンニバルが入ったことを確認すると、クラウディアは扉を閉めた。そして、バージルを連れてどこかへと向かっていく。

 

 しかし、その道中……兄妹の傍を通り過ぎたところでバージルが突然立ち止まり、こっそりと物陰に隠れていた二人に目も合わせずに声をかける。

 バージルは既に、二人の真人の気配を察知していたのだ。

 

 「そこで何してるんだ? ――おふたりさん」

 

 お前たちがいることにはもう気づいてるんだぞと言わんばかりの言い回しで台詞をぶん投げられたラウィニア兄妹は、ギクッとした様子でその声に反応する。

 ノコノコと顔を覗かせた二人に愛らしさを感じたのか、バージルは表情を弛緩させた。

 

 「はぁ……全く、なんかいないなぁと思ってたら、こんな所でなにをこそこそと……」

 「えへへ……ごめんなさい……」

 「えっと、実はッスね……」

 

 ――

 ――――

 

 「へぇ……ペトロ・ベルモンティが随分と問題児扱いされてる人物だから、観察してこいと」

 「はい、その通りッス……」

 

 二人の事情に納得したバージルは、ペトロと身近な関係者であるクラウディアにも声を掛けてみる。

 

 「クラウディアさん、貴女から見ても、やっぱり彼は“そういう人”なんですか?」

 「おいおいちょい待ちッス……クラウディアさんに聞いても分かりづらいだけなのでは……」

 「確かに彼はそうね」

 「自分で言っちゃうーー!?」

 

 フランチェスカのツッコミにも、クラウディアはほわほわとした様子で微笑むのみ。

 しかし、ペトロが“そのような人物”であることを肯定したということは、彼女も彼に対して思うことがあるということが証明されたも同然だった。

 

 「そうね……まぁなんて言うかしら、忖度無しで言ったとしたら、確かにあの人の言動は問題だらけっていうのは否定できないのは確かなんだけれど……そう言われているのにはね、あの人の生まれが大きく影響しているところがあるから。仮に矯正しようとしても、こちら側としては何も言えない状況なのよ」

 「“生まれ”……? それって一体……」

 

 バージルが考え込み始めたところで、パオルの横にいたフランチェスカが肩を優しく叩いて兄に声を掛けてきた。妹の一言に兄が頷くと、残りの二人に対して断りを入れた。

 

 「気になることやまやまだけど、話は後ッスね……オレ達は話をこっそり聞かないといけないんで、ちょっと失礼するッス」

 「あ、待って!」

 「おう、なんスか?」

 「……バルのこと、頼んだよ」

 「……おう! 当たり前ッス!」

 「当たり前だよ!」

 「……そっか、じゃあ、後はよろしく」

 

 エクトルの指示に従うために、兄妹は踵を返す。

 バージルは扉に向かっていく兄妹を呼び止めると、友人の後を託してクラウディアとその場を去っていった。

 

 一方、扉の奥では、ハンニバルとペトロが顔を合わせていた。

 

 「さて……ようこそ、エンピレオへ」

 

 ハンニバルの目の前には、机越しの椅子に腰掛けている一人の男が映っている。

 それは、この世界に生きる普遍的なヒトではなく、物語の挿絵などの幻想的な存在が具現化したような『何か』。

 ……彼を初めて目に映した者は、誰だってそう感じるだろう。その姿を見れば誰しも、目の前にいるのは夢の中の人物だと錯覚させられてしまうのだ。

 ましてや、ハンニバルは身分上、普通の少年だ。初対面の相手に対して緊張する癖は当たり前のようにあるものの、今回出会った人物はその中でも飛びっきりの獲物だった。

 

 「ふふ、そう固くならないでいいのに」

 

 目の前にいる人物はただ目を細めて微笑んでいるが、客人の少年は今まで異常に緊張している様子を隠せていない。

 それはそれとして、ペトロは改めて自己紹介を始めた。

 

 「私こそが、仙星十天の『恒星天』の席に座る、ペトロ・ベルモンティ。ベルモンティ家の当代の主も兼任していてね、こう見えて忙しいんだ。……ゼノンさんから名前くらいは聞いているかもしれないけれど、改めて名乗らせていただくよ。よろしくね、ハンニバル・アリギエリくん」

 

 「あっ!? は……はいっ! よろしくお願い、します……」

 

 ハンニバルはぎこちない様子でペコペコと頭を下げる。

 

 「ふふ、私に出会った人はみんなそういう反応をするんだよね。何故かはよく分からないんだけど……」

 

 ペトロは可愛らしい子供を見るような微笑みを崩さぬまま、要件を話していく。

 

 「……さて、君をここに呼び出したのは他でもない、君自身にあることを問いかけたいからだ」

 

 ハンニバルの返答を待たずに、ペトロはひとつ息を吸って、言った。

 

 「では、今から質問を始める」

 「……はい。――え、はい?」

 

 少年は突然の出来事に遭遇し、思考が一瞬で砂に変わった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

7.神造の大剣「聖職者としての直感でしょうか……長年管理してきた私には、この剣があの子に会いたがっているような気がしてならないのです」

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 暫くして、ハンニバルが部屋から出てきた。

 執務室の扉にぴとりと耳を合わせていたラウィニア兄妹は、突然出てきたハンニバルにびっくりして尻もちをついてしまった。

 フランチェスカが彼の顔色を覗くと、まるで魂が抜けたようにゲッソリとしていた。

 

 「お、お疲れ~ハンくん。そんなにゲッソリして、一体どうしたのかな……?」

 

 刺激しないようにそっと声を掛けてみる。

 すると、彼の口がゆっくりと開き、誰に言うまでもなく何かぼそりと呟いた。

 

 「……だ」

 「え?」

 

 よく聞こえなかったパオルが聞き返す。

 すると突然ハンニバルは頭を抱えて叫びだした。

 

 「ダメだ~~~~!!!」

 

 ――と、急に大きな声で叫び出した彼に兄妹はびっくりした。

 

 「な、なになに!? やっぱりそんなにヤバタンだった系!?」

 

 フランチェスカが質問する。

 二人がコッソリ聞いた程度ではあるが、扉の向こう側で“質問攻め”というとんでもない精神的な拷問が繰り広げられていたことは判明している。

 戦慄しながら聞いていた彼らだが、それをされていた本人であるハンニバル自身は、予想以上のダメージを受けていた。

 ハンニバルは落ち込みながら、二人に結果を報告する。

 

 「俺、資格なしって言われた……」

 

 初対面の相手に向かってそんなことされたら当たり前と言わんばかりの回答に、兄妹は呆れるしかなかった。

 落ち込むハンニバルに、パオルが肩を優しく叩いて「どんまいどんまい」と励ましの言葉をかける。そんなパオルの対応に、ハンニバルは「ありがとう」と感謝の言葉を返した。

 すると、幾らか元気を貰ったのか、何かを思い出したようにハンニバルは「でも……」再度口を開いた。

 

 「資格なしとは言われたけど、俺自身の気持ちは認めてもらったみたい」

 

 ペトロ曰く、「……残念だけど、“今の”キミには、英雄になる資格はない。でも、意思の強さは認めてあげよう」と言われたらしい。

 ハンニバル自身、まだ何もわからない中で突然呼び出された挙句質問攻めまでされたが、彼と話をしていくうちに気持ちの変化が起こってきたのではないかと自分でも感じているらしい。

 そして、意思を汲み取ったお礼として、最後に彼から『仙星十天』に関連する様々なことを教えてもらったという。

 

 「……あ、もし聞いてしまっていたらだけど、二人はこのことに関して内緒にしておいてね? あの人の笑顔、ちょっと怖かったから……その……」

 

 兄妹も扉越しに話は聞いていたが、機密情報であるため黙っていることを約束してくれた。

 

 客間の帰り際に、ハンニバルはペトロに言われたことを話していく。

 彼の強い意思を認めたペトロは、彼を見込んでとある任務を『試練』という形で頼んだ。

 それは、数百年前に起こった妖精凶暴化事件の欠片の回収。

 クラウディアの説明を経由してテホムに出向き、それを回収してくるという一見簡単なものだった。

 

 「『妖精凶暴化事件』ねぇ……」

 「そんな何年も前の大事件を今更掘り起こして、何を企んでいるんスかねぇ」

 「うん……」

 

 三人は移動しながら脳内で色んな考えを張り巡らす。

 しかし……。

 

 「ところでさ……」

 「ん? なんスか?」

 

 ハンニバルが突然兄妹に対して口を開いた。

 

 「その『妖精凶暴化事件』って何?」

 

 兄妹は立ち止まって、絶句した。

 欧州では教科書に必ずと言ってもいいほど掲載されているあの事件について、ハンニバルは何も知らないという素振りを見せたからだ。

 

 「マ、マジかよ……」

 「や、やっぱり、地方だから……教科書の内容も違うのかな……」

 

 わなわなとしている二人に、ハンニバルはキョトンとしたまま。

 すると、二人の後ろから更に2つの人影が割り込んできた。

 

 「あらあら、三人でなにをお話しているの?」

 「……あ、クラウディアさんだ。お疲れ様です」

 

 その正体は、バージルとクラウディアだった。

 目の前にいる少年の対応に困っていた兄妹は、クラウディアと合流できたことにどこか安心したような素振りを見せた。そして、彼女に縋るようにそっと一言頼みごとをする。

 

 「あの~……ちょっとびっくりされるかもしれないんですけど……いいですか?」

 「? いいわよ?」

 

 『妖精凶暴化事件』というのは、今から300年ほど前に起こった、復活した妖精種が起こした反乱のことである。

 用件を聞いたクラウディアは、あっさり了承し、何も知らぬ少年に対してざっくりと説明してあげた。

 

 「今回の任務にも深くかかわってくるから、詳しいことは後で説明するわね」

 「……丁寧なご説明ありがとうございます。なんか、すみません……東の砂漠から来たもので、この地域の事情にまだ疎くて」

 「いいのよ、私はそんなに気にしないから」

 「……優しいね、クラウディアさんは」

 「だって、遠い所からわざわざ来てもらったんだもの。知らないことのひとつやふたつ、あるに決まっているじゃない」

 

 ハンニバルの知らなかったことについてクラウディアは、丁寧に分かりやすく説明してくれた。

 『優しすぎる』と言わんばかりの慈悲深い対応に、バージルも何かを感じていた。

 

 部屋に戻っていた一行は、留守番していたカトとマルコも含めて状況を報告すると、クラウディアはハンニバルに、自分はこの後何をすべきかというのを問いただした。

 

 「……さて、貴方がこれから何をすべきか……分かっていますよね?」

 

 クラウディアの真っ直ぐな視線に、ハンニバルは正直に「勿論」と答えた。

 納得したクラウディアはひとつうなづくと、一行にもこの後の動きについて説明した。

 

 「バージルくんにはさっき少し話しておいたけど、ここで改めて説明するわね」

 

 先程、ハンニバルがペトロから頼まれた依頼は『数百年前に起こった妖精凶暴化事件で発動した兵器――その欠片の回収』。

 ペトロは近い将来、妖精種が大地を独占するために、この世界の人類種を全て滅ぼすことを危惧していた。

 その考えに至った経緯は、妖精種の急激な進化だった。現世代の妖精種は何の因果か旧世代のそれとは一線を画した強さと凶暴さを保有しており、彼らが人類に牙を剥いているとするのであれば、その性質も相まってそのうち必ず人類種が彼らの支配下に置かれる……最悪の場合絶滅するかもしれないと、彼は判断したらしい。

 

 「でも、今の真人も昔より身体能力は強くなっている筈ですよね。妖精くらいなら、俺達だけで片付けでられるんじゃないですか?」

 「そこが甘いんだよ、ハンニバル少年」

 「カトさん……」

 「奴らをナメちゃいけない。オレ様はこの目で見たことあるからね……奴らがどれだけ厄介な集団かってのを」

 

 カトが見てきた妖精種とは何だったのか、ハンニバルは知る由もない。でも、今の妖精種は言い伝えの事柄よりも警戒すべき存在ということは理解できた。

 

 クラウディアは話を続ける。

 この大地の自然を守護してきた妖精種は本来、旧人類種の文明構築や旧時代の大災厄で被害を受け、絶滅したとされていた。

 無論、その後は大地を真人が跋扈し始め、支配権を誇示。そして帰還種が再生されてから戦争が白熱化。やがて世界が存続の危機に遭う事態まで悪化し、破滅を推し進める“魔女”と、生存圏を守護する“初代陛下”の勢力が激突。“初代陛下”が勝利を勝ち取り、彼の視線が降り注いでいる間、世界は平和と安寧を取り戻した。

 

 “初代陛下”が亡くなってから暫く経ったある日、ブリテン島の湖で異変が発生する。そこから自然的にヒトと似て異なる生命体が次々と誕生し、島全域から人類種を追放した。

 それが現世代の妖精種のはじまりとされている。

 彼らの侵攻は大陸にまで広がり、大陸にいる帰還種や真人達は抵抗したもの、戦闘態勢は百数年のブランクがあったせいで整っていないままだったという。そのせいで侵攻を許す形となり、多大な犠牲と損失を出すことになってしまった。これが事件の発端である。

 しかし、彼らの手を止められる手段が、ひとつだけあった。

 それが、かつて“初代陛下”の子孫・ベザレルが使用し、妖精種を鎮めたとされる神造兵器の大剣『ジュワユース』。

 ベザレルがその剣を振るったことで、やっと戦争は終息したという。

 

 「へぇ~、初代陛下の子孫って不思議な力を持っていたんだなぁ。凄いや」

 「ふふっ、そうですね。でも、話はまだ終わっていませんよ」

 

 ベザレルの手によって起動したジュワユースは、超過駆動要請によって最大クラスの出力で妖精の大群を薙ぎ払うと、その刀身は錆びてバラバラになり、世界各地に散らばったと言い伝えられているという。

 

 「――これが、妖精凶暴化事件の全貌です」

 「じゃあ、俺がペトロさんに頼まれたことって、その……」

 「……そう。その『ジュワユース』の欠片の回収を、貴方に頼んだの」

 

 クラウディア曰く、欠片の回収は以前から行われており、エクトルが所属しているバルディアを中心として、各地のコロニーが調査員や兵を派遣して大陸を横断していたらしい。

 そんな中、複雑な事情で回収に赴けない地域が存在し、ハンニバルはそこに向かってもらうという。

 

 「なるほど……その場所って、一体どこなんですか?」

 「大陸の北西部……北海を渡ってその最南端に位置する、クリスティアコロニーよ」

 

 大陸の北西部にある半島は、妖精の生体反応が顕著に表れており、凡庸な人類種が向かうには危険だとして一般での調査が断念されている地域だという。そこで仙星十天の者達に話が振られたが、誰も彼も多忙か気が向かないかで赴こうとしない。

 だからこそ、意思の強いハンニバルにこの仕事を託したのだ。

 

 不安そうな顔をする少年を見て、クラウディアは穏やかに微笑み、励ましの言葉をかける。

 

 「そんなに心配することはないわ。貴方が“気づいてくれた”だけでも、私は嬉しいの。だって初めて顔を見たとき、どんな同僚の方々よりも一層違う輝きを感じたから」

 

 彼女の言葉を聞いて、バージルも少年の肩を叩く。

 

 「ほら、お前の先輩が背中を押してくれているんだ。行って帰ってくるだけなんだから、そこまで不安にならなくてもいい。それに……僕がついてる」

 

 二人の言葉を背に受けたハンニバルは、少しずつ肩の力が抜けていった。

 

 「……そうだよね。ちょっとの噂で心配になってちゃいつまでも弱いまんまだ。まずは、自分の目で見て確かめないと」

 「なんだ、いいこと言うじゃんかお前も」

 

 仲睦まじい二人の様子を、クラウディアが微笑ましく見つめる。

 

 「さて、丁度話がまとまったところで、振り返りはこのくらいにしておきましょう。ハンニバルくんは、クリスティアに向かう前に一度、大聖堂に寄っていただけませんか? 見せたいものがあるんです」

 「見せたいもの……?」

 「はい。……ですが、こちら側でもセキュリティの設定についてちょっとした処理が必要になるので、明日寄っていただけませんか?」

 

 ハンニバルは首を縦に振って了承した。

 

 「うん、わかった。それにしても、そっちの聖堂って一体どんなのを保管しているの? セキュリティの設定に手を掛けなきゃいけないってことは、それほどの大物が眠ってるってこと?」

 「その通りです。今回の依頼と大きく関係しているものになっているので、貴方に気を引き締めてもらうためにも、是非訪れていただきたいのです」

 「ちゃんとこの目で確かめとけよ~少年。どれ程のデカブツが眠っているのかをね」

 「ありがとうございます。……あれ? カトさんは見たことあるんですか?」

 「そりゃ当然だ。同職の特権ってやつさ」

 「へぇ~……凄いなぁ聖職者の人って」

 

 聖職者という身分は、旧時代から上位の階級として位置づけられている。

 この時代においては神との繋がりに加えて、旧時代の文明や歴史の管理など、世界の中枢と近い距離に置かれていることから、重要な聖遺物や遺産の管理は厳重に執り行い、共有していかなければいけない。

 二人の身分の凄さにハンニバルは驚きつつも、どこか羨ましがっていた。

 

 客間で一通り話を終えると、コンコンッと、扉をノックする音が聞こえた。

 念の為、クラウディアが扉の向こう側に話しかけると、ハンニバル達にとって聞きなれた女性の声がした。

 声の主は、用事から帰ってきたカロンだった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

8.そして、鐘の音が鳴らされる「彼らが私の命を奪いに来る……それが“始まりの合図”なのだとしたら、受け入れる覚悟は出来ています」

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 「……あら、どちら様?」

 「あたしだよ」

 

 突如聞こえたノックの音。

 念の為、クラウディアが扉の向こう側に話しかけると、ハンニバル達にとって聞きなれた女性の声がした。

 扉の向こうには、用事から帰ってきたカロンがいたのだ。

 

 「さて、ご一同様の本日のご用件は終わったかな?」

 「ええ、さっき丁度一区切りついたところですわ」

 

 クラウディアは首肯した。

 

 「そいつはよかった」

 

 カロンがハンニバルの方に向き直る。

 

 「さてハンくん、お嬢様は調整の為に、一度聖堂に帰らなくちゃいけないんだ。あんた達は他のみんなと一緒に、フィレンツェのホテルにお泊りだよ」

 「へぇ~フィレンツェのホテル……え? ここじゃなくて?」

 「うん。ここじゃなくて」

 

 ハンニバルの質問に、カロンは当たり前だと言わんばかりの素っ気ない返答をする。

 だって、今日はここに泊まれると思っていたから。

 少年がまわりを見てみれば、それぞれ個性的な態度で「当然だ。お前も家の主をさっき見ただろう」とひっそり言い聞かせているような様子だった。

 状況をやっと理解した少年は、軽くショックを受けた。

 

 「なんだぁ、お泊まりは無しかよ~」

 「あの人は客人に対して十分なもてなしをすることを考えていない人だから、しょうがないのよ」

 

 こんな贅沢な雰囲気に囲まれた場所で気軽に住めると思ったら大間違いだ。だって、家主が家主なのだから。

 ハンニバル以外のみんなが、そう思っていた。

 

 「で~も、あそこのホテルは食事が食べ放題で美味しいから、不便はしないと思うよ。今日はこれ以上、特になんも決まってないから、ホテルに着いたら自由に街を歩き回ってもヨシ! そのまま寝てもヨシ! あとはそれぞれに任せるよ」

 「いいの!? やったー!」

 「ははっ、御機嫌がなおったようだね、少年」

 

 今日一日、フィレンツェコロニー内での自由行動を許されたハンニバルは、さっきの落ち込み具合はどこへやら、一転して大変喜んだ。

 

 「それじゃあ退去する準備が出来たらまた落ち合おう。あたしは先に外で待ってるね」

 「あ、待ってくださいカロンさん」

 「おや、なんだいカトくん」

 「オレ様達が用意した艇は……」

 

 カトはカロンを呼び止め、自分達の乗ってきた艇はどうするかと質問した。

 カロンはそれについては問題ないとして、宮殿敷地内は安全な場所な為ここに停めておいてもいいと返した。

 

 「ペトロの旦那も一日くらいは許してくれたから大丈夫さ」

 「そうですか、ありがとうございます」

 「いえいえ、こちらこそとんでもない。礼ならあの人に言いな。あ、修理ありがとさん。おかげさまでピッカピカになった!」

 「あ、あはは……」

 

 ――チッ、他人は泊めないクセに乗り物は停めるのか……。

 カトは心の中でそう思いながら「礼なんて言えるわけねぇだろバカ……」と、ペトロのことを陰でこっそり愚痴った。

 

 ――

 ――――

 

 エンピレオを離れ、一行と別れたクラウディアは、聖堂に帰って所属しているシスターや牧師達に、明日の支度を手伝うよう指示を出した。

 暫くして一仕事終えると、屋上へと足を運んだ。

 

 「この美しい街並みは、本当に昔から変わっていないわね……」

 

 紫髪の少女は、フィレンツェコロニーの市街を屋上テラスから見下ろす。

 時代が経過するにつれて、旧時代の遺産はその形を崩し、塗り替えられてきた。しかし中には、そんな時代の変化と風化の嵐に晒されながらも、なんとか形をとどめてきたものがある。

 このコロニーもそのひとつだった。

 クラウディアの手元には、ボロボロになった写真がある。

 所々建て直された場所はあるものの、象徴的な建造物は綺麗に修復されて今も残っている。すべては、旧時代の文明に心奪われ護り抜いてきた『アンティレクター』と呼ばれる真人達のおかげでもある。

 戦争が終結して以降、街は着々と活気を取り戻してきている。

 旧人類種が撮影したと思しき、その風景と重ね合わせるように、少女は先人達に思いを馳せていた。

 

 「――やぁ、そんなとこにひとりでいたら危ないよ」

 「あら、姉さん」

 

 いつも通り変わらない活気に微笑んでいると、ふと後ろから姉であるカトレアに声を掛けられた。

 クラウディアの傍にカトレアが肩を並べる。

 

 「……そういえば、昔はよくここへよく遊びに来てたよね」

 「懐かしいわね。かくれんぼしたり、手遊びしたり……」

 

 そんな昔の思い出をお互い語り合いながら、二人は市街地の賑わいを眺めていた。

 

 「そういえば今日、マティウスが来てたよ」

 「あら、珍しいじゃない。どうして?」

 「特に理由はないらしいわ。ただ、あなたが元気にやっているか様子を来たんだと」

 「……」

 「ん? どうかしたの?」

 「本当にそれだけかしら?」

 

 カトレアはクラウディアがいない間に十天の土星天であるマティウスが聖堂へ訪問しに来ていたことを伝える。特に理由はないらしいと伝えたカトレアだが、何か隠しごとをしていることをクラウディアは見抜いていた。

 

 「……流石は月天の聖女様だね、お手上げだよ。わかった。あんたのとこにきた本当の目的を教えてあげる」

 

 カトレアはひとつ瞬きすると目の色を変え、妹の目をじっと見つめなおす。

 その時、周囲の空気が一気にヒリついたのをクラウディアは感じた。

 

 「クラウディア」

 「……っ」

 

 姉の一言に込められた重みに対し、クラウディアは息をのむ。

 

 「マティウスが言ってたんだけどね……どうやら今回の戦争、あんたは暇じゃなくなるわよ」

 「……どういうこと?」

 

 『あんたは暇じゃなくなる』

 その言葉に、クラウディアは既に嫌な予感がしていた。

 そして不幸にも、その予感は的中した。

 

 「ドミネイターの連中が予想よりも早めに、フィレンツェコロニーに来るかもしれないんだってさ」

 

 クラウディアは目を見開いて固まった。背中に悪寒がはしる。

 

 「……あと何日で来るの」

 「正確な詳細までは判明していないけれど、エクトルくんとこの兵士が捕まえた妖精から、それを仄めかすような情報を聞いたらしい」

 

 バルディアの特殊部隊が遭遇した妖精を捕獲し、コロニーまで連行したところ「月天の魂を鹵獲するために、数日以内にフィレンツェコロニーへ侵攻する」というような発言をしていたという。

 

 月天の魂というのは、クラウディア自身が持つ紫色のディバインハートのこと。

 

 ディバインハートとは、英雄の後継者に与えられる特別な力を携えた心臓のこと。真人の遺伝子を持つ者にしか持てないという、希少価値のある宝石の魂。

 中でも仙星十天が持つディバインハートは、特殊な輝きを持っていることから希少価値が高く、ドミネイターの指導者はこれを求めて各地に兵を出して探し回らせている。

 つまりこれは個人の命に関わる緊急事態であるため、エクトルからマティウスへ、そしてカトレアからクラウディアへと迅速に伝言を頼まれたという。

 

 自分の命を狙われていると理解したクラウディアだか、意外にも彼女はいたって冷静なようだった。

 それもそのはず、英雄候補者として今までこの街を何度も守護してきたし、妖精から命を狙われるのも日常茶飯事だったからだ。彼女の頭と体は、既に対処法は熟知している。

 

 「そう心配しないで大丈夫よ、姉さん。またいつものように、やればいいだけだから……」

 「いや、今回の相手は並大抵の雑魚妖精じゃない。“いつものように”なんてあんたは言うけど、あっちは本気であんたを殺しに――」

 「そんなのは承知の上よ。……今回は“あの子”がいるから」

 「それって……東から来たっていう例の子かい?」

 「そうよ。あの子の力を借りれば、大丈夫」

 

 確かに今度やってくる相手は、自分の力では捌ききれないだろう。

 しかし、クラウディアには、ひとつ確信めいたことがあった。

 どんなに自分が不遇な状況でも、ハンニバルがいれば必ず助けてくれる――と。

 そう信じている――その様子をクラウディアの目から感じ取ったカトレアは、これ以上の反論を止め、好きにさせることを決めた。

 

 「……あぁ、そう。わかったわかった。今回もあんたの好きにさせてあげるよ。全く、まいっちゃうわね」

 

 こういう口論や喧嘩になると、妹にはいつも負かされる。

 その心の強さに微笑ましく思いながらも、カトレアはやはり妹のことをいつも心配していた。妹自身も、彼女の心情は理解しているはずだ。

 これ以上何を言っても仕方がないと判断した姉は、とりあえず「気を付けるんだよ」とだけ言って自分の持ち場に戻っていった。

 

 再び自分しかいなくなった場所で、心を落ち着かせるようにクラウディアは胸に手を当てる。

 

 「……もうそろそろ、すべてが決まってしまうのね」

 

 自分に与えられ、自分で選択した運命に対し、腹をくくり気を引き締める思いで、クラウディアは街を見ていた。




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次回更新→早くて11月。遅くて1月を予定
※この予定は100%変更されます



8月更新と書いたのに遅れてしまい申し訳ありません。理由は本家の更新が異例の8月更新だったので遅れさせざるをえなかったからです。いつもバージョンの終わりのほう(ep.VIくらい)にボスマップ担当として来ていたのですが、今回はその前のep.Vだったのでちょっとイレギュラーな対応になってしまいました。
……とはいってもまぁ、私も遅筆なのでそこまで影響はないに等しいんですが(??)
それに加えて新しい職場も決まった影響で次の次の話は多分めちゃくちゃ遅刻するかもしれません。いつもごめんなさい……。


次回はちょっと過去に戻ります。Extra的な立ち位置の話を少しだけ。
何の話をするのかっていうと、先述したように次の次の話のキャラクターに関連する内容のものになります。
原作の関連要素もちょっとだけ出てくるのと、この創作で最初に書いた話でもあるので、読解難易度はちょっと難しめかなという感じです。そんなのいつものことだろと言われれば否定できないですね。はい……。

最初に書いた話なので、書式もNEWへのバージョンアップ前の11話制になっています。ご理解とご協力をよろしくお願いします。
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