楽園異聞録 ~ Metaverse地上編外伝   作:μtos

5 / 7
執筆時期は2023年6月

★当作品はSEGA様の大人気アーケード音楽ゲーム『CHUNITHM』の二次創作作品です
★この物語には、版権オリキャラ、拡大解釈などなど、オリジナル要素が多量に含まれています
★原作とは違う年代/世界軸での物語です。なのでほぼオリキャラしか出てきません
★世界観の基礎基本は原作から引用していますが、数百年先の未来でのお話なのと、自己解釈や欲望をふんだんに使っているので殆ど独自の世界観で構成されています。原作知らなくてもほぼほぼ大丈夫……だと思います(一応めちゃくちゃにざっくりとした振り返りは入れています)
★作者自身の独自解釈や自由な発想、そして欲望の下、制作されています
★原作のレイアウトや書き方をリスペクトして書いています。なのでみなさんがいつも読んでる小説やSSよりも特殊な構成です
★ぐ だ ぐ だ で す
★作者自身は原作であるSEGA様とは一切関係ありません。私は只のしがないチュウニズマーです

特に『版権オリキャラアレルギー』がある方は今すぐこのページから離れることをお勧めします。原作から引っ張ってきたゲストキャラはいますが、基本うちのオリキャラしか出てきません。心が寛容な人だけ、よろしくお願いします。


私は元々、自分の想像を具現化することが苦手な人間です。
まだまだ発展途上なので、所々拙い部分や雑な部分があるかもしれません。
それでも見てくれるモノ好きな方だけ、スコーンでも嗜みながらどうぞ。


エリオス・ユニウス・ブルータス STORY

―――――――――――――――――――――――――

 

1.100年の想いを繋いで「どんなに無謀な夢物語だろうと、“いつか”と、明るい未来を望んでいる者がいる限り、俺は信じ続けるよ」

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 名前:エリオス・ユニウス・ブルータス

 年齢:容姿年齢25歳(誕生後100年以上)

 身分:人類守護機構『テホム』の代表

 規律:中立・中庸・水

 

 イメージ曲:Mazy Metroplex / aran

 スキルシード:オーバージャッジ

 トランスフォーム:叛逆の青涙 ブルータス

 

 ネオペルセス出身の少年『ハンニバル・アリギエリ』は、仙星十天の恒星天『ペトロ・デルモンティ』が待つエンピレオ宮殿へと足を踏み入れる。

 そこでペトロと顔を合わせた少年は、世界の現状の重さと、自分に背負わされていた期待の大きさを改めて実感することになる。

 理不尽な性格であるペトロが少年に課した仕事は、聖遺物の欠片の回収。

 保管されているのは、妖精達が跋扈する文字通りの“死地”。

 誰にも任せられないこの仕事を少年に依頼したのは、そのペトロ自身もまた、少年の内に眠るありとあらゆる可能性を信じているからかもしれない。

 

 「大変お待たせいたしましたわ。ようこそフィレンツェの大聖堂へ」

 

 翌日。

 ハンニバルとバージルはクラウディアに呼ばれ、大聖堂に招待される。

 ゴシック建築の彫刻が囲う、美しさと威圧感を与える外観。その内部にある、日の光がさす壮麗な回廊を二人は進んでいく。

 聖女の手引きで聖堂内を進んでいくと、いつの間にか中央祭壇の下にある地下礼拝堂へとやってきた。

 そこは日の光も一切届かず、蝋燭の火と床の照明だけがほんのりと空間を照らしていた。

 

 「お見せしたいものは、この“下”にあります」

 

 クラウディアが静かにそう言うと、礼拝堂中央のアプスの壁に手をかざした。

 すると部屋の壁一面に青い光の線が走り、隠された扉が露わになった。

 

 「うわぁ!」

 「バル、声が大きいぞ……」

 「あはは、ごめん」

 

 光に驚かされたハンニバルが反射で声を出してしまったものの、親友のバージルがなんとかフォローする。

 

 「うふふ、そう驚くのも無理はないわよね。さて、時間はありませんよ。先へ進みましょう」

 

 地下礼拝堂の最奥部にある、さらなる地下へと続く隠し扉。

 三人は、その内部を進んでいく。

 それは先ほどまで見てきたようなアンティーク調の構造ではなく、青い光の線が薄暗く光る機械的な場所だった。

 長く薄暗い廊下を進む途中で、ハンニバルは気になっていることを聞き出してみた。

 

 「そういえば、あれってどうやって――」

 「あれ? ……あの扉のことですか?」

 「そうそう。それってどうやって開けたの?」

 「それは……」

 

 クラウディアは先ほどかざしていた左手を振ると、その手首には黒い腕輪がある。

 

 「これは、この部屋の鍵のようなものです。私にしか使えません。保管されているのはそれくらい重要機密なものですから、あなた達をここに通したということは、私がそれくらい信頼における相手として認識している……ということでもあるんですよ」

 「ひとりに任せるくらい、大事なものって……」

 

 他の守衛も雇わず、重要人物ひとりに管理を任せる聖遺物とは、どれほど重要なものなのだろうか……ハンニバルは想像を張り巡らす。

 そうこうしているうちに、青い光だけが照らす暗い空間の先に光が見えてきた。その空間こそ、欠片が保管されている最奥部だ。

 その空間は、太いチューブが壁から伝って中央へと繋がっている。管だらけの部屋にぽつんと、博物館の台座のようなものが、ライトに照らされて設置してある。

 

 (あれ? 何も置いてない……?)

 

 どんなものが見られるのだろうかと心が踊っていたハンニバルだが、肝心の台座の上には何もない。しかし、何かが置かれていたであろうことは伺えた。

 

 「クラウディアさん、台座の上には何もないんだけど、これってどういうこと?」

 

 疑問に感じたハンニバルは、真っ先に質問を切り出した。

 

 「あぁ、ごめんなさい。それはトラップよ。本物はこれ」

 

 クラウディアが腕輪をタッチして操作すると、台座の上には特殊迷彩で隠されていたジュワユースの欠片が顕になった。

 

 「これが……ジュワユースの半身……」

 

 目の前にあるのは、バージルが教科書で一度見たモノの実物。自分が今貴重な体験をしていることに、彼は現実感の無い気分になっていた。

 

 その姿形を初めて目にしたハンニバルは、剣をよく観察してみる。

 形は綺麗に半身を残しているものの、ところどころヒビが目立ち、全体は青銅色に錆び付いている。目に映っているのは、かつて虹色に輝いていた剣とはとても思えぬ地味なものだった。

 綺麗に繋ぎ合わせられたヒビからは、各地にちらばっていた細かな欠片を接合して保管している現状が伺えるようだ。鍔(ガード)の中心部には、何かが嵌められていたと思しき窪みがあった。

 

 「ハンニバルくんには今日、その片割れを回収しに行ってもらいます」

 

 剣の半身に視線を奪われている2人をよそに、クラウディアは淡々と口を開いた。

 ハンニバル自身も自分の仕事は概ね理解出来た。

 

 「場所はクリスティアコロニーの……どこだっけ」

 「あぁ、それを言わなきゃいけないわね。……人類守護機構『テホム』の要塞よ」

 「『テホム』……? 聞いたことない名前だなぁ」

 

 人類守護機構『テホム』――ハンニバルにとっては聞き慣れない名前だ。

 しかし、バージルはその組織についてなにか知っているらしい。

 

 「まぁ、お前が聞き慣れてないのも無理はないだろう。何せ、僕達の“業界”でしか有名じゃないんだから」

 「へぇ〜。どういうところなんだ?」

 「僕も名前だけ聞いたことあるから、詳しいことはよく知らない。ブリテン島と大陸のどっかでたまーに慈善活動っぽいことしている噂は聞いてるけど、あくまでそれは噂話。父さんは昔から組織の人と親交があるみたいだけど、その話は僕にも教えてくれないんだ」

 「なぁんだ。バージルも知らないのか……クラウディアさんは?」

 

 バージルでさえも何も知らないならばと、今度はクラウディアに聞いてみる。

 クラウディアは何かを知っているかのようにクスッと微笑んだが、人差し指を口元にあてて「内緒よ」と答えた。

 

 十天の人すら教えてくれない『テホム』という組織は、一体何なのか……。

 考えれば考える度に益々ペトロへのヘイトがたまるハンニバルだが、クラウディアの話に引き続き耳を傾けていく。

 例の欠片があるクリスティアコロニーはフィレンツェコロニーからかなり遠いため、教会のエアロクラフトを使って向かうという。

 

 「先程別れたカトさんやラウィニアの御二方達が、今頃準備を進めてくれている筈ですわ。私は仕事が忙しくて一緒に来られないので、あとは任せます」

 「りょーかい。任された!」

 「頼んだわ、ハンニバルくん。あぁそれと……」

 「なに?」

 「……私のことは呼び捨てでいいわ。同い年なんだし、カッコ悪いもの」

 「え、いいの?」

 

 クラウディアは素直にうなづいた。

 確かにハンニバルはクラウディアと同期だが、彼にとっては目上の存在だ。格の高い人間を呼び捨てで呼ぶことは、敬意がないとして避けていた。

 しかし、クラウディアにとって既に彼は“客人”ではなく“友人”になっている。そこまでかしこまる必要は、もうない。

 

 「そっか……じゃあ今度会った時は、遠慮なく呼ばせていただくね」

 「うふふ、ありがとう」

 

 こうして、三人は話を終えた。

 

 ――

 ――――

 

 クラウディアがハンニバル、バージルと大聖堂の門前で別れてから暫くして、彼女のもとにカロンからエアロクラフトが出発したという連絡が入った。

 

 『ハンくん達は無事出発したよ、お嬢さん』

 「連絡ありがとうございます」

 『そんじゃ、あたしは別の仕事があるんでこれで。“あの人”への連絡も、忘れるんじゃないよ~?』

 「うふふっ、忘れてませんよ。……では」

 

 クラウディアはカロンからの電話を切ると、すぐさま別の相手へと発信を切り替える。

 

 「――お客様が出発しました。今そちらに向かっているそうです」

 『……そうか、わかった』

 

 電話越しに、青年の声が聞こえる。電話の相手はどうやら男性のようだった。

 

 『――あぁ、そうだ。きみにひとつやふたつ、言っておきたいことと聞いておきたいことがあるんだけど』

 「えぇ、どうかなさいましたか?」

 『それが……』

 「それが……?」

 

 直前で、男は言葉を詰まらせた。

 それは彼にとってきっと、気軽に言葉に出来るはずがないようなことなのかもしれない。

 

 『……いや、なんでもないよ。きみのことがちょっと心配になっただけさ』

 「ふふ、そんなことでしたらご心配なく。私はこんなところで命の花を散らすような女ではありませんよ」

 『……その心の強さには感心するよ』

 

 電話越しの少女の未来について案じるのは、本人のためにも、手短に済ませておいた方がいい――そう判断したのだろう。

 二人は互いの健闘を祈ると、通信を切った。

 

 男は携帯端末を持つ方の腕を下ろすと、事務室の窓の向こう側を眺める。

 蒼穹のような青い髪に、深海のように美しく愁いを帯びた、青い瞳。

 男の儚げな表情を傍で覗き見てしまえば、きっとしばらく虜になってしまうかもしれない。

 しかし、男には他の人間とは異なる特徴を備えていた。

 ――大きく、尖った耳。

 ハンニバルに同行したカロン・エレクトラにも見られるその特徴は、自分自身の体に妖精種の血が混ざっていることを示すものだ。

 

 「大丈夫だ。彼らはまだ小さいけれど、何れ立派な大輪の花を咲かせるさ」

 

 男は自分の拳を見つめて握りしめ、腹をくくるように自分に言い聞かせる。

 

 「……俺達の大仕事はここからだ。行こう、ブルータス」

 

 人類守護機構『テホム』代表『エリオス・ユニウス・ブルータス』。

 彼は窓に映る自分を強く見つめ返す。

 未来の英雄たる彼らの来訪、そして――自分の身体と、それを譲ってくれた兄に、思いを馳せて。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

2.歴史は繰り返す「なぜ、地上の再生を担う者同士が言葉も使わずいがみ合うのだろうか?」

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 俺はシェフィールドコロニーで生まれたらしい。之も、しばらく経って両親から聞いた話だ。俺にとっての家族の記憶は、オークニーにある小さな離島での生活が全てなんだ。

 

 俺の身体は人間と妖精種の血を引いていて、おまけに『湖』の成分まで入っているときた。すぐにチェンジリングで取り替えられて、妖精の両親のもとで、妖精として俺は育てられてきた。

 『湖』の妖精は人間の社会から弾かれる……それが当時の習慣だったのだ。まったく、理不尽にもほどがある。

 だから、両親も俺も、俺の兄さんも、血が全く繋がっていない。それでも義理の父さんと母さんは俺を本物の子供のように愛してくれたし、俺自身も毎日幸福を感じていた。

 一緒の島で暮らしている動物や友達と遊んだり、魔法の勉強をしたり、周囲の緑や花、農作物を世話をしたり……。妖精種として過ごす日常は、とても充実したものだった。

 

 しかし、その生活は、赤い炎によって根こそぎ奪われてしまった。

 

 その日は、俺が住んでいた村で豊作祭が行われていた。その後片付けを終えて眠りに就いていた最中での出来事だった。

 肌に熱、瞼に光を感じた俺は、無性に胸騒ぎがして目を覚ます。

 リビングに行くと、真っ赤な炎が燃えていた。両親は家にいなかった。

 最初はただの火事かと思ったのだが、まだ火の手がのびていない隙間を縫ってなんとか外に出た瞬間、俺はとんでもない光景を見てしまった。

 村全体が、大きく燃え上がっていたのだ。

 遠くでは、複数の人影が武器を持って争っている。

 まさかと思って両親を探しにまわったが……二人は既に事切れていた。

 傍に落ちている旗をみる限り、村に侵入したのはブリテン島の人間達であることが伺える。

 

 「なんで……? どうして言葉で分かり合おうとしないの……? 今の人間さんたちには、それが出来る筈……」

 

 まだ純粋な子供だった俺にはわからなかった。

 地球の環境の再生を担われた真人の末裔と妖精が、手に武器を持って殺し合っている。

 本来同じ目的を持つ者同士として共存すべきはずの二種族が醜い顔をして傷つけあっている。なぜ?

 

 かつて真人は、対立した種族と最終的に手を取り合い、和解した――先生や家族から、そう聞かされていた。

 なのに、自分の目で、最初に見た彼らの様相は――。

 

 俺は無意識のうちに恐怖で身震いして、村を離れて暗い森の中に逃げていった。

 

 「おい、妖精がまだ一匹いるぞ! 殺せ!」

 「我々から“平和”を奪った虫を潰せ! 一匹も残して帰すな!」

 

 案の定、森に潜んでいた連中に見つかってしまった。それでも、とにかく人目のつかないところに逃げようと必死だった。

 たとえ自分の脚や腕が荒れようとも傷つこうともお構いなしに、俺は無我夢中に走り続けた。

 だって、常に平和的な営みを続けてきた自分には、戦う力なんてないから。こんな小さな体で、あんな奴らに勝てっこないから。

 今更急に強くなることなんてできない。出来る事なら神様に頼んでお願いしたいくらいだけど、もうこんな世界に神様なんている筈がないから、そんなことしても何の意味もない。

 だから、逃げるしかないんだ。弱っちい今の俺には、そうすることでしか生きられないんだ。

 そう思って、走り続けた。真っ暗でどこなのかもわからないような森の中を、恐怖の涙を流しながら必死に走っていた。

 

 「はぁ……、はぁ……!」

 

 やがて走りつかれた俺は、足を引っかけて転んでしまう。

 

 「はぁ……はぁ……痛い……痛い、よぉ……」

 

 身体中から走る痛みに咽び泣き、心も壊れかけようとしていた。

 

 その時だった。

 自分の背後に一点の灯が照らされているのが見えた。その灯は、こちらの方にどんどん近づいてくる。

 ――もしかしたらあいつ等の追手かもしれない。

 ああ、終わりだ。

 

 そう思って、もう何もかも諦めていたのだが……。

 

 「――大丈夫か、エリオス!」

 「……え?」

 

 聞き慣れた声が自分の名前を呼んだ。

 

 「にい、さん……?」

 「わかるか、エリオス。俺だよ、ユリウス兄ちゃんだよ。あぁ……こんなにボロボロになって……馬鹿野郎」

 

 光を照らしていた者の正体は、大陸側のコロニーで衛士として働いていた俺の兄『ユリウス』だった。

 オークニーでまた紛争が発生していると聞いて鎮圧のために急いで駆け付けた兄さんは、村の様子を見てから早々に自分の弟の行方をずっと探し回っていたという。

 なぜこの森の中に入ったのかというと、それは昔よく二人でかくれんぼや果物の収穫などをして遊びに行っていた場所だからだった。

 

 「あはは……いつの間にここに来てたんだ……懐かしいね。兄さんと一緒に、よく遊んだよね……」

 「父さん母さんが死んじまったからお前まで消えてたらどうなるかと思ってた! まだ生きていて、本当によかった……!」

 

 無事を確認できてホッとした兄さんは俺を優しく抱き締め、当の俺は久方ぶりに再開した兄さんの腕の中で大粒の涙を流して、泣きじゃくった。

 

 そんななかで、俺の身体の限界は、着々と近づいていた。

 足も動かせず、身体中に刻まれた傷からは細菌が入り込み、四肢を壊死させていく。

 意識はまだあっても、既に朦朧としていた。

 仮に助かったとしても、身体を動かせないまま数百年も生きていかなければいけない。

 そうなるなら、このまま兄さんの腕の中で死んだ方がマシなのではないかと思っていた。

 

 兄さんは俺を抱き締めたまま、離そうとしない。

 不思議な時間が流れつつあるなかで、周囲の空気がだんだんと変わっていく。

 兄さんの様子が何かおかしいことに気が付いた俺は、その顔色を覗こうとした。

 

 「エリオス……」

 「兄さん……? あ――」

 

 兄さんが俺の名前を呼ぶ。

 その時、彼の身体は光を帯びはじめた。

 よくない予感がした俺は不安で焦りだしたが、兄さんは強く俺を抱き締めたまま離さない。ヒトという種から外れた妖精の力には、抵抗できるはずもないのだ。

 

 「お前、もう今にも死にそうなくらいズタズタになっちゃってるじゃないか……だから、俺の身体をくれてやるよ」

 「……は?」

 

 何を言っているの……?

 それってつまり、兄さんも死ぬってことだよね?

 そんなのは嫌だ……嫌だ!

 ひとりぼっちになんて、なりたくない!

 

 俺は嫌だと駄々をこね続けた。だって彼がやろうとしていたことは、妖精種が扱う魔法のうち、最上位に位置する“変革魔法”のひとつだったからだ。

 自分の肉体に他者の意識をうつすかわりに、使用者の魂は肉体から追い出される……。

 魔法の授業でも聞いたことがあって、先生曰く生まれつき誰でも使える魔法のひとつだという。

 それでも……自分の命を犠牲にする行為であることには変わりはない。

 そんな危険なことをしようものなら、いくら自分が今わの際だからといって黙って受け入れるわけにはいかなかった。

 

 「……俺だって怖いさ。でも、こんな身体で数百年生きるお前を、俺は見たくない。今の弱った身体よりも、衛士として鍛え上げられた俺の身体を使った方が逃げ切れるだろ……」

 

 俺が今わの際に立っていることを、兄さんは既に感じていた。

 ――ボロボロになった身体は、治療を施しても一生残る後遺症が発生する可能性もある。それでもどうか、弟だけは生き延びて欲しい。

 兄さんは意を決して、自分の身体を俺に託すことを決めたという。

 

 「――そう言う割にはさ、なーんか俺も、お前の顔見てたらもういいかなって思っちゃったんだ」

 

 彼にはもう、この世でやり残したことなんて無かったのだ。

 大陸の街で人間として生き、そして衛士になるという夢は、もう既に叶った。もうそれ以上にやりたいことはない。

 自分が今願えることといえば、大事な家族が平穏に暮らせること。たったそれだけ。

 兄さんは俺にそう言った。

 

 その間にも、兄さんの身体はだんだんと光に包まれていく。

 

 「……エリオス、お前にお願いがあるんだ」

 「やだ……兄さん、行かないで……!」

 「父さん母さんの言う通り、真人はみんながみんな、悪い奴じゃない。妖精だってそうだ。大陸に来たとき、俺はこの目でしっかり見た。そして思ったんだ。父さん母さんがお話してくれたことは、本当だったんだなって……」

 「うぅ……ぐすっ」

 「……そう泣くなよ。大丈夫だ。俺はお前の中で生き続けるよ」

 「ほんとに……?」

 「あぁ、本当だ。だから――」

 

 ――真人の末裔達と妖精が、仲良く共存できる世界をつくって欲しい。

 それが兄さんから託された願いだった。

 

 その言葉を皮切りに、兄さんの身体は今にも消えようとしていた。

 これはもう、受け入れなければいけない現実なのかもしれない。

 腹を括った俺は、兄さんの言葉を受け入れ、その願いのバトンを受け取るように首を強く縦に振った。

 

 「そうか……ありがとうな」

 

 兄さんは最後の力を振り絞るように、小さな俺の頭を優しく撫でてくれた。

 それと同時に、俺の意識も微睡の中に沈んでいく。

 

 「……願わくば、妖精が恨みを背負うことなく真人と共存している世界に、生きてみたかったな……」

 

 兄さんは最後にそう言い残して、魂を天に還した。

 

 ――

 ――――

 

 夜明け。

 

 「う、ん……兄さんどこ……? それに身体も何だか重いような……」

 

 目を覚ますと、自分の身体に大きな違和感を感じた。脚や腕の痛みは、どこかへ行ってしまったかのようにさっぱり無くなっていた。

 周囲を見渡し、そして地面に視線をやると……足元には、ボロボロになったかつての自分の肉体が転がっていた。

 

 「あ……ああ……」

 

 その瞬間、俺は気づいてしまった。

 自分は、本当に兄さんの身体と入れ替わってしまったのだと。

 

 夜明けの森に、慟哭が響いた。

 

 

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3.兄と弟「兄さんがみてきた世界には、俺の知らなかったものがたくさんある……」

 

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 本当に兄さんの肉体に俺の意識が宿った。兄さんの大きな身体を、俺が動かしている。

 その足元に転がっていたのは、ボロボロになった小さな男の子の肉塊。

 

 当初、俺はそれを受け入れるのに時間がかかった。

 兄さんが夢見た理想も聞いた。それを受け継ぐ覚悟も決めた。確かにそうだ。

 しかし、小さい俺にずっと寄り添ってくれたかけがえのないものが、またひとつ消えた。

 いつも一緒に遊んでくれたし、俺が怪我をしたりからかわれたりして泣いて帰ってきた時は、優しく抱き締めてくれた。寂しい夜は、一緒に寝てくれた。お互い喧嘩をしたことだってあった。

 

 ――そんな兄さんが死んだ。

 身体だけ残して消えた。

 すぐに受け入れられるわけがなかった。

 

 「あ……ああ……」

 

 俺は空に向かって、泣いて泣いて哭いた。

 

 「隊長~! 隊長ー!」

 

 その声を聞きつけたのか、誰かが兄さんの名前を呼びながらこちらに近づいてきている気配を感じた。

 その正体は、兄さんの同僚か部下と思しき衛士だった。

 

 「――隊長、ご無事でしょうか!?」

 「……あ、あぁ。大丈夫だ」

 「よかったです。叫び声がしたのでどうしたのかと……」

 

 俺は頑張ってユリウスを演じ、振る舞う。兄さんとの付き合いは長いし、俺とそう大差ないから、多少違和感なしに振る舞えるはずだ。

 

 「おや? その少年は……」

 

 駆け付けた部下は、ふと地面に転がっている俺だったものの存在に気がつく。

 

 「……それは、俺の――」

 

 本来は俺の死体だが、正直に説明すると、今の俺をユリウスとして認識している部下を混乱させてしまう。

 

 「――弟だよ」

 

 そうだ。これでいい。

 

 「……そうですか。それで先ほど……あぁ、お気の毒です」

 

 俺は部下と一緒に、少年の亡骸を土の下へと丁寧にかくまった。

 埋め終わると、近くに生えていた綺麗な花をその上にそっと置く。

 部下は少年を弔いているのかもしれないが、俺にとってそれは……過去の自分と、自分の兄さんに捧げる弔いだった。

 

 ――

 ――――

 

 兄さんが所属するベルゲンコロニーに到着/帰還した俺はすぐさま、兄さんが世話になっていたという武官の下を訪れた。

 

 「お疲れ。この度の任務、誠にご苦労だった」

 「恐悦至極に存じます」

 「……それで? 話とはなんだね」

 「はい。それが――」

 

 俺は“弟”を喪ったこと、そして精神の不調による軍務退職を申し出た。幸いにも武官の人は、俺の言葉を素直に受け入れてくれた。

 これでいいのだ。記憶だけで見知った人に心配されるより、暫く一人で向き合った方がいい。それに、今の俺はエリオスだ。兄さんのユリウスは死んだ。無理に演じるのも自分にとってはあまり乗り気にはなれない。

 そうして俺はこのコロニーから出ていき、兄さんと知り合いの仲間へと会いに行くことを決心した。

 

 ――

 ――――

 

 軍を離れて数日後。

 俺はベルゲンから遠く離れたヴァチカンコロニーへと引っ越し、大学の図書館の司書として生計を立てながらなんとか生きていた。

 

 ここを選んだのにも理由がある。

 兄さんの親友である『オリバー・シーザリオ』に会う為だ。

 彼は俺がオークニーに来る前から現地で兄さんと親しくしていた吟遊詩人らしい。

 ブリテン島のコロニー各地の酒場を渡り歩いて演奏会を開いていたが、妖精王インテルミネが率いるハト派閥の異端者として島間の問題に巻き込まれ、女王セミラミス率いる敵対派閥の者達から追放された身らしい。

 女王の魔の手から逃れながらも傭兵として各地で雇われていくなかで、兄さんと再会。良好な関係は今も尚続いている。

 

 そんな彼は今や、このヴァチカンコロニーの騎士団長に任命されているという。俺はその噂を聞き付け、新しい住処としてここを選んだというわけだ。

 

 コロニーの城である神殿へと足を運んだ俺は、騎士団長との謁見を申し出た。幸いにも兄さんの顔はここの方たちも認知していたようで、遠慮なく入城を受け入れてくれた。

 行く先々で丁寧に挨拶してくれた人が何人もいたことから、兄さんは余程ここの住民や働いている人達と顔見知りということなのだろう。

 そんななか、俺は兄さんの記憶を頼りに、シーザリオがいつも籠っているという騎士団長の執務室の扉の前に立った。

 

 「えーっと……兄さんはここで確か……」

 

 ――記憶に寄れば、一定の拍でノックを2回。そして、「シーザリオ、いる?」と声を掛けていた。

 とりあえず、その通りにやってみた。

 すると扉の向こうから「いるよ」と、青年の声がした。兄さんは「失礼するよ」とは言わずにそのまま開けて入っていったらしいので、俺もそうした。

 

 扉の向こう側にいたのは、赤い短髪の青年。彼は、だらしなく椅子に腰かけて窓の向こう側を呑気に眺めているようだった。

 自分でも信じられないが、その青年こそが紛れもなく『オリバー・シーザリオ』本人だ。

 

 ところで、部屋の中に入ってこれたのはいいものの、肝心のシーザリオは窓の外を眺めたままでこちらの方に振り向きもしない。

 このままだと空気が気まずくなるので、“いつも通り”の調子で彼に話しかけてみる。

 

 「やぁ、久しぶりだね、シーザリオ。最近の調子はどう――」

 「いつも通りだよ」

 

 …………。

 即答で返ってきた言葉は、素っ気ないものだった。あまりの素っ気なさに俺はそれ以上の言葉が出なかった。ここまで不機嫌そうな態度の彼は、兄さんの記憶の中には存在しなかったからだ。

 急にアドリブを注文されたような気持ちになった俺は、とりあえず“気の許せる親友ユリウス”としてなんとか言葉を絞り出して振舞った。

 

 「……なんだお前、それにしては随分不機嫌じゃないかい。俺にもそんな態度見せたことなかっただろ。一体どうした?」

 「……そういえば確かに、お前にはこんな顔を一度も見せたことはなかったな。――“ユリウス”には」

 

 彼は兄さんの名前を呟いた瞬間、その瞳で俺をじっと見据えた。

 

 「あ――」

 

 鋭い紫の瞳と、視線が合った。

 捉えて離さないその瞳へと吸い込まれそうになって、一瞬背中が凍り付いたような感覚になった。

 

 「はぁ……お前、演技が下手くそ」

 「え?」

 「態度がぎこちない、目が泳いでる。それだけでも疑える予知はあるけど……お生憎様、俺の前ではどんな奴でも嘘はつけないんでね」

 

 シーザリオが持つ洞察眼は、特別な血統しか所有できない希少な能力だ。

 まさかもうバレていたなんて――想定外だった俺は、気を抜いて“ユリウス”を演じることを諦め、素直に接することにした。

 

 「……すみません。兄の身勝手で、こんな複雑な事情になってしまって――」

 「ちょ……お前、マジで弟だったのかよ!? 感じるオーラは同じなのに、どこか違うなぁと思ってたら……まぁ~どうりで」

 

 どうやらシーザリオは、兄の肉体から感じた別人の気配が俺だということに薄々勘づいていたらしい。何者なんだこの人は……。

 彼からはそのような――まるで、何もかもを全て見透かされているかのような得体の知れなさを感じる。

 

 「その……急に説明しても、受け入れてくれないんじゃないかと思いまして」

 「いや、弟が死んで軍隊を退いた話っていう話は聞いたよ。でも、ユリウスは仲間を見捨てて自己本位で逃げ出すような奴じゃなかった。なんかおかしいな~とは思っていたが、その真相がこれだったってことだね」

 「え、えっと、なんか、ほんとに申し訳ないです……」

 

 ――もしかしたら、親友たる兄の顔に泥を塗ってしまったのかもしれない。

 そんな罪悪感から俺は申し訳なく思って、つい頭を掻いてしまった。

 しかし、シーザリオからは予想外な反応が返ってきた。

 

 「なんだよそれ、かしこまっちゃって。いつものように、気を楽にしてくれていいんだよ」

 「え、いいんですか!?」

 「うん。だって……ユリウスが大事にしていた弟くんなんだからな」

 

 そう言って、シーザリオは優しく微笑んだ。彼は予想していたよりも、ずっといい人だったのだ。

 

 「あ、ありがとうございます!」

 

 こうして彼が心を許せる存在だと判断して以降は、自分自身――エリオスとして振舞うことにした。

 

 ――

 ――――

 

 シーザリオと仲良くなってしばらく経ったある日のことだった。ヴァチカンコロニー陥落の報せが突如周辺の都市に舞い込んできたのだ。

 出先で訪れていたコロニーの街頭のビルにある大きなテレビジョンで、速報として映し出されたヴァチカンの街並みには、灰色の煙と崩れた建物の跡がはっきりと映し出されていた。

 慌ててレポートをするアナウンサーの音声が街中で響く中、俺はシーザリオの安否を確認しようと急いで電話をかけたが……何度掛け直しても、一向に彼が応じてくれる気配がなかった。

 ――恐らく街中の対処に追われているのだろう。

 自分の脳内で渦巻く様々な思考を鎮めるようにそう判断した俺は、ヴァチカンに直接出向いて彼を探そうとした。

 しかし、付近に到着したところでその先には黄色いテープと防御障壁が張り巡らされており、街に入りたがっている人達を、警官や衛士達が宥めていた。

 ……これではどうしようもない。

 諦めかけた瞬間、俺の携帯から着信音が鳴った。

 もしやと思い相手を確認すると、それは紛れもなくシーザリオからのものだった。

 

 「おいお前、大丈夫か!? ずっと探してたんだぞ!」

 『……あぁ、人の心配をしてくれてありがとう、ブルータス』

 

 電話越しに聞こえる彼の声色は、どこか沈んでいるようだった。

 

 『なぁ、少しいいか』

 「……どうした」

 『今俺がいる場所の座標を送る。まずはそこで落ち合おう』

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

4.シーザリオ、お前もか「これは協調への道標。将来訪れる変革の時代まで、一緒にこの意志を運んでいこう」

 

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 ブルータスは、送られた座標の付近に到着した。すると、その人気の無い丘の上で空を眺め佇む人影が視界に入る。その背中の正体は、髪の色を見れば一目瞭然、シーザリオのものだ。

 足音を聞いた彼はゆっくりと振り返り、その向こう側にいるブルータスをじっと見据えた。

 

 出会い頭、最初に口を開いたのはブルータスだった。

 

 「……どうしてこんな所に呼んだんだ。そもそも、何故アンタはここに――」

 「……知りたいかい?」

 

 ブルータスはさも当然であるかのように「当たり前だ」と答える。そして、相手の返事を聞いたシーザリオが左右に目を泳がせていることを、この時ブルータスは見ていた。シーザリオは確かに気分屋な一面があるが、今回はただ気まぐれでここを選んだわけではないということは、彼には察しがついた。

 

 「まず、今の状況を率直に言ってしまうと……俺自身の状況は、あまり良くない。というか寧ろ、危険なまである」

 

 ――直後、ヴァチカンコロニーの内部で大きな爆発音が鳴り響いた。

 その方角を見ながら、シーザリオは今の状況を淡々と語る。

 

 「……よく聞いてみろ、パトカーのサイレンの音があちこちで鳴ってるだろ。真人の連中が、テロを起こした妖精種を追い払う目的で突撃しに来たんだ」

 「……だったら、騎士団長のアンタが連中と手を組んで対処しに行けばいい話じゃないか。どうしてわざわざ人里離れたところに来て、俺を呼んだんだ?」

 

 ブルータスはシーザリオと目を合わせる。

 しかし、彼は悲しい顔をして、首を横に振った。

 

 「……おい、それって――」

 

 まるで、頭の中の思考が段々と砂に変わっていくような感覚。嫌な予感が胸を過ぎる。

 ――もしかしたら、都市は既に降伏して、監督官も撤退してしまったのだろうか。

 しかし……。

 

 「お前が想像している以上に、事態は深刻だ。……さっきも言ったように、特に“俺自身”はな」

 「……」

 

 想像以上の事態とは、一体何どれほどのものなのだろうか?

 そんなこと、彼は想像したくもなかった。

 

 「ブルータス、まず今の状況と、俺の身分について考えてみろ。賢いお前なら、わかるはずだ」

 

 試しているのかふざけているのか……シーザリオは一方的に焦らしていくだけで、一番重要なことを口にしない。

 ブルータスは考える。

 確かに今回のテロを引き起こしたのは、“現時点では”妖精種とされている。そしてヴァチカンコロニーは、言わずもがな人間達の領土である。ヴァチカンの中枢機関に所属しているのも、大半が純粋な人類種だ。妖精種がヒトに牙を剥いたその日から、お互いの関係はギスギスしている。

 幾つもの答えを考察していくなかで、とあるなにかに引っかかった……その瞬間だった。

 

 「あ…………」

 

 ブルータス自身の顔色が、どんどん真っ青になっていく。

 

 「そうか……アンタも……」

 「……気がついたか、流石だな」

 

 人類の領域に、妖精の血を引く存在がトップに立っている。

 そこから考えられる答えは――。

 

 「俺、アイツらにレッテル貼られて追い出されたんだよ。裏で手を回していたんじゃないかっていう変な噂が出回ってさ……ははっ、ふざけんなよ」

 

 シーザリオは瞳を傾け、やつれた顔でそう言った。

 

 「……そうか」

 

 ブルータスは、自分が考察していたありとあらゆるピースが繋がっていくのを感じた。

 確かにヴァチカンは人類にとって黄金時代から神聖な場所とされてきたが、まさかここまで徹底して“妖精”というモノは愚か、その概念までをも排除しにいっているとは、彼自身も予想外だった。

 妖精にも善と悪があり、それらは人間社会の構造にも通づるものがある。今回反乱を起こしたのも、悪の妖精――『アンシーリーコート』達……そして彼らを従えるドミネイターの仕業と見て違いないと、ブルータスは判断した。

 しかし、人類の聖地でもあるヴァチカンにとってはもはや、善も悪も関係なく、「妖精種は混血児含めて悪魔の化身」という偏見思想が定着化していってしまったのだろう。

 これを広めた人間がいるとするならば、それはシーザリオではなく、彼よりも上位の階級にあたり思想を管理する教皇の仕業――ブルータスにとっては、そうとしか考えられなかった。

 ……腐っている。

 彼を拾ったのも彼奴らの筈だ。

 ブルータス自身の記憶によれば、兄はシーザリオを経由して一度だけ教皇に謁見したことがあるという。その時の彼は、とても慈愛に満ちた優しい御方のように感じていた。普段でもテレビの情報番組で随時特集されていたが、悪い噂は何ひとつ、見たことも聞いたこともないような人だった。

 

 ――だというのに、これはなんだ?

 もしかしたら、気づかないうちにすり替わっていた?

 そんな可能性も……無いことは、無い。

 だとしたら、一体いつ、どこで、どうやって?

 本物の教皇は何処に――。

 ブルータスは困惑していた。

 

 いや、ダメだ。

 そんなことを考え始めたらキリがない。

 ただ……そうだとしても、そうでなかったとしても、行き着く先は、やはりシーザリオにあるのだ。

 事件が起こってしまった以上、彼が追い出されるのは必然だった。

 

 ――にしても、どう会話を繋げようか悩ましい。

 ブルータスにとって、シーザリオ普段からお気楽者なのは百も承知の事実だ。

 しかし、この状況の中、もしここで「思想を重要視するこの都市で、順風満帆な人生を送れると本気で思っていたのか?」などと言ってしまえば本人を刺激しかねない。

 それでも――。

 

 「……アンタはこの状況を、どう思っているんだ?」

 

 一番安全なのは、まず本人に聞くこと――ブルータスはそう判断した。

 すると、シーザリオにしては意外な返答が返ってきた。

 

 「……仕方がない。と言ってしまえば、それは本当のことなのかもな。どうせお前もそう思ってるんだろ? ブルータス」

 

 彼も自分の身の上を考慮すれば、避けられなかった道だということを受け入れていたのだ。

 だとすれば当然、自分が返せる言葉は無い。ブルータスは相手の答えに「……まぁな」と相槌を打つしかなかった。

 ただ、シーザリオ自身も自分を受け入れて優しくしてくれた人達が、急に態度を変えて裏切ってしまったことに対して大分ショックを受けているもの事実だった。

 各地を渡り歩いてきた中で、やっと導かれた安寧の地。

 そこからも追放されてしまったという現実を突きつけられた彼は、妖精の影響が及ばない場所へと身を寄せることも考えているらしい。

 

 「……ま、治安は大分悪いみたいだけどな。それでも、ここで後ろ指さされるよりかはマシだろうよ」

 

 ニヒルな笑みを浮かべて、シーザリオはそう言った。

 それなら、自分も一緒に行こうかとブルータスは考えたが、多分相手は拒絶するだろう。

 そこで彼は、ひとつ提案を持ちかけることにした。

 

 「……なぁ、ひとついいか」

 「あ? なんだよ急に……」

 

 ブルータスはシーザリオに、「お前は、この世界の現状がこのままでいいと思っているのか」と質問した。

 相手はさも当然かのように、変わって欲しいに決まっていると返した。

 ならば、このチャンスを逃す訳にはいかない。

 

 「――だったら、一緒に手を組まないか?」

 「なんだよ急にニヤついて……気持ち悪いなぁ」

 

 そして、手を差し伸べて、こう言った。

 

 「組織を作ろう」

 「は? でもどうやって――」

 「仲間を集めるんだよ。……同じ志を持つ者達を」

 

 それは、ブルータスがかつて兄と交わした最高の約束。

 人類と妖精の、共存共栄を目指す組織の、始まりの一歩だった。

 

 

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5.神秘の大地「はじめまして、未来の英雄さん」

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 ――現代。

 ネオペルセスの少年、ハンニバルを中心とした一行を乗せたエアロクラフトは、人類守護機構『テホム』の本部要塞を目指し、クリスティアコロニーへと到着した。

 艇を降りた一行が目にしたのは、ペルセスのような砂漠でもなく、バヴァリアやパリスのような華やかな街並みでもない、森林や極彩色の花々がどこまでも広がる牧歌的な野原だった。

 

 穏やかな風景に気が緩まりそうになるが、この周辺は妖精の活動が活発な地である。真人と帰還種を中心とした人間達も当然、平和ボケしている心の余裕というものを持ち合わせていない。

 それを身近で感じられる人物が、彼らの前に立ちふさがった。

 

 「動くな!」

 

 一行の前に槍先を突き立てたのは、クリスティアの門番を務めているという人物だった。

 

 「お前たち、何者だ? この地は危険だ。今すぐ引き返せ」

 「え、えぇっと……」

 

 ぎらついた視線で見つめられたハンニバルは、返す言葉が思いつかずどぎまぎしてしまう。

 どこか厳粛そうな場所に来ると、こいつはいつもそうなる……と、そこでフォローに出たのは、バージルだった。

 

 「申し遅れました。僕達は仙星十天の方々の使いです。クラウディア様からお預かりしている重要機密をテホムの方々に繋ぐため、この地へと足を運びました」

 「『仙星十天』だと……? ならば――」

 

 「少し待っていてくれ」――そう言って彼が通信端末を取り出すと、誰かと連絡を取り始めた。暫くして、何か納得したかのように通信を切ると「これは失礼いたしました。どうぞお通り下さい」と言ってゲートを通してくれた。

 

 「……さっきの人、何だったんだろう」

 「まっ、そう思うのも無理はないよ、少年。なんてったってここは、妖精達のテリトリーみたいなもんだからな~」

 「真人とアンシーリーコートが接触したら危険だ。みんながみんな、人間がここに入るのを嫌がっているわけじゃないが……このご時世で万が一何か起こったらヤバい。だからああやっていつも以上にピリピリしてるんだ」

 

 門番の態度を不思議がっていたハンニバルに対して、マルコとカトが周辺の現状を説明する。

 

 「……そうなんだ」

 「なーに、怖がる必要は無いさ。妖精は良くも悪くも素直な奴が多いし、悪い奴よりいい奴の方が断然――」

 「おい待て、カト」

 

 マルコがカトを呼び止める。

 それは、微かに声と手が震えていた少年の様子を見て、カトが心配ないとフォローしている最中のことだった。

 

 「何……どうした?」

 

 マルコは、確かに見た。

 人影が、カトの傍を素早く通り過ぎていったのを。

 次第に人影の数は増えていき――やがて彼らを囲うようにして壁を形成していった。

 

 「チッ……アンシーリーコートか。面倒だな」

 「あ~あ、カトったらさっきまで少年に優しいお兄さんみたいな顔してたのに、途端に怖くなっちゃって」

 「二人共、無駄話はそれくらいにしよう。数では……圧倒的にあちらのほうが有利みたいだ」

 「取り囲まれていて、逃げ道もないし……ジル、強行突破する?」

 「いや、流石にやめとけ……まずは様子を伺ってからだ」

 

 こちらには僅か4人しかいない。どれも頼りになる戦力ではあるが、いずれ武器のエネルギーや体力を削られてジリ貧になるだろう。ハンニバルの言う通り、逃げ道も塞がれている。

 相手も様子を伺うだけで、一方的に攻撃してこない。

 

 (妙だな……。奴らは普通の妖精よりよっぽど凶暴な筈だ。なぜ襲ってこない?)

 

 悪の妖精の相手を何度も経験してきたカトにとって、彼らの動きには違和感を感じていた。

 すると、進行方向からどこか神妙で軽快な青年の声が聞こえてきた。

 

 「おっと、ここら辺に人間のお客さんなんて、珍しいねぇ」

 「――っ!? 誰だ!」

 

 周囲を観察していたカトは声に反応し、その主を炙り出そうとこちらも返事を返す。

 カトの呼び声に反応して向こう側から姿を現したのは、どこかミステリアスな雰囲気を纏った青年だった。

 フードを被っているせいで顔や耳元はよく見えないが、桃色の髪だけは一際目立っている。

 まわりの妖精とは異なるタイプの特徴的な容姿をもつその青年は、一歩近づいただけでもすぐに剣で貫かれそうなほどの鋭利なオーラを放っていた。

 下手したらハンニバルの身に危険が及ぶかもしれない――彼を見てすぐさまそう判断し、より一層警戒態勢に入ったバージルは、本能的に剣の鞘に手を掛けていた。

 

 「おっと、攻撃はしないでくれよ。アンタたちの相手をしている暇は、こっちにはないんでね」

 

 こちら側が警戒したところで、相手は攻撃の意思を示さない。それを表現するかのように、桃色の青年は無気力そうに両手を上げて左右に振った。

 

 「……どういうことだ?」

 

 相手を警戒しつつ、バージルがそう質問すると、青年は「我々はどこかに移動している最中だ」と答えた。

 

 「だから、そこを通してくれないかな? キミたちのような優しそうな人間なら、喜んで道を譲ってくれるよね?」

 「……通してもいいが、もうひとつだけ問いただそう。何が目的だ」

 「どこに行くのかってこと? ただの物資の補給だよ。そんな大したことじゃない」

 「その“物資”を使って、どこへ向かうつもりだ?」

 「え~、なんでそんなこと言わなくちゃいけないの? ここから先は情報漏洩になるから言えないよぉ?」

 

 人を試すような、怪しい物言いと笑顔。

 青年の裏がありそうなわざとらしい言い回しに何か危険を感じたバージルは、ついに鞘から剣を抜いてすぐさま男にその刃の先を突き立てた。

 

 「だーかーら~、攻撃するなって言ってんじゃん。聞こえなかったか?」

 「お前、ベアトリーチェの部下か? 他のコロニーに手を出すつもりなら、今ここで戦ったって構わない!」

 「落ち着け! 青いの、この場でドンパチ押っ始めたら、お友達も大変なことになるかもしれないぞ」

 

 マルコが宥めようと試みたものの、一向に話を聞いてくれない。

 それもそのはず、バージルはシュタウフェンで起こっていた惨劇の成れの果てをこの目に直接焼き付けているのだ。自分が目撃した光景も、目の前にいる人物がやった可能性だってある。

 そんな危険分子を、黙って見逃すわけにはいかなかった。彼の内に眠る本能が、そう告げていた。

 

 「へぇ~、そう。……“言った”ね?」

 「……は?」

 「だから、今“言った”かって言ったんだよ、少年」

 

 場の空気が瞬く間に変わったのを、バージルは感じた。

 先程の温厚な声色とは打って変わった冷酷な声を聞いた瞬間、背筋をなぞられたような悪寒が全身を駆け巡る。足もすくんで動けない。

 相手は対峙しようものなら、本気で殺しにかかってくるかもしれないほどの殺気を放っている。

 彼が首を傾げた瞬間、フードの奥――前髪というカーテンの隙間に隠れる、あらゆる感情が綯い交ぜになったような瞳と目が合う。

 ちらりと見えた瞳を見たバージルは、己が行ったことの愚かさに気が付いた。

 ――相手に売られた喧嘩を、買ってしまったと。

 

 「なぁ、相手しようもんならこっちは本気だぜ」

 「っ……!」

 「なんだ、今更後悔しても遅いぞ?」

 

 「やれ」と指示を出すように青年が伸ばした右手で空を切ると、周囲にいる妖精が戦闘態勢に入る。

 その動きは恐ろしい程に統率がとれており、どの個体も無駄がなく洗礼された“同じ動き”をとっていた。

 

 「あぁ、そうだ、おれっちが勝ったらアンタの思っているように、住んでるとこ燃やして――」

 「――いい加減にしろ!」

 

 もう逃げられないぞと言わんばかりの相手の言動に対し、こうなったら相手をするしかないと、一行は判断。

 カトやマルコもやぶれかぶれで銃を手に取り、ハンニバルも双剣に手を掛けた――その時だった。

 どこかから、また違う男の声が聞こえた。

 最初はこの場にいる誰かが吹っ切れて叫んだのだろうかと4人はそれぞれ思ったが、その直後に森の中から妖精が身体をくの字に曲げて勢いよく飛び出してきたのを見た。それが地面に勢いよく倒れると、誰かが4人の目の前に着地した。

 キラキラと光る青い髪と尖った耳、そして彼らを優に超える身長。突然空から舞い降りたそれはまるで、どこかの異世界や惑星から来た王子様のような、ペトロとはまた違った幻想的な雰囲気を漂わせていた。

 この場にいる人物を確認するように、彼は周囲の状況を一瞥する。

 こちら側を振り向いた瞬間に見えた瞳の色は、バージルが持つそれよりも深く、ラピスラズリのように鮮やかだった。

 

 「お前たち、ここで何をしている? 騒がしいと思って覗いてみれば、好き勝手しやがって……」

 

 青い男が目の前に現れた瞬間、目の前にいる桃色の青年と妖精達は、目に見えて動揺していた。

 

 「……ちっ、テホムかよ。しかも、よっぽどの大物に出くわすとはね……」

 

 このままでは埒が明かないと判断した青年は、妖精の部下達に指示を出して、ここから早々に撤退することを選んだ。青い男は、それを引き止めはしなかった。

 

 「ありがとうお偉いさん。お陰様で物資の補給が出来るよ」

 

 ニヒルに笑った桃色の青年は去り際にそう言い残し、妖精達と共に颯爽とこの場を去っていった。

 

 周囲に妖精がいなくなったことを確認した男は後ろを振り向いた。そして、先程の威厳を含んだ凛とした声色とは一転し、子供を相手にするかのように優しく微笑んで少年達へと声をかける。

 

 「大丈夫かい? きみ達」

 

 彼の瞳と目が合った瞬間、ハンニバルは、まるで気になる相手から声を掛けたれたかのようにびっくりしてしまった。

 

 「あっ、い、いえ……こちらこそ! ありがとうございます! 助かりました……」

 「先程はすみませんでした。僕が不甲斐ないばかりに、挑発に乗ってしまって、それで……」

 「あはは、いいんだよ。たまたま近くに用があって丁度その帰り道だったし、それに――」

 

 男は、一行の顔を改めて一瞥する。

 

 「きみ達が、クラウディアの言っていたお客さんだね?」

 「はい……え? どうしてクラウディアの名前を知っているんですか?」

 

 彼がクラウディアの一件を知っているという話を聞いた瞬間、ハンニバルの脳内にとある考えが過ぎった。

 もしかして、この人が――。

 

 「……あ! 今“もしかして、この人が”って思ってたでしょ」

 「えっ!? な、なんでわかったんですか!?」

 「人の目とか挙動とか見てると、大体何考えてるかがわかっちゃう質でね。昔からそうなんだ」

 

 学校の先生から考えを言い当てられたようなことを言われてしまい、ハンニバルはまた驚いてしまった。

 なんというか、彼の前では、あまりいつものように振る舞うことが出来ない。まるで、学校の理事長やコロニーの監督官を相手にするときと同じような“気品のある大物”のオーラを、少年は感じ取っていた。

 

 青い男は一度軽く咳払いすると、右胸にある結晶のブローチ付近に左手を当て、改めて彼らに向き直った。

 

 「俺の名前はエリオス。エリオス・ユニウス・ブルータス。人類守護機構『テホム』設立当初からの主席だ。よろしく頼むよ、ハンニバル・アリギエリくん」

 

 

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6.仮想世界の魔力「エーテルは不思議だ……超常的な現象を、この世界でも起こしてしまうのだからね」

 

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 道を塞がれたハンニバル達の目の前に現れたのは、深海や蒼穹のように青い男だった。

 その彼こそがブルータス。ハンニバル達の目的地である、テホムの主席――事実上の組織の長である人物だった。

 

 ブルータスと合流した一行は、彼が所有する車両に乗って、ヌールランコロニーにあるというテホムの本部へと向かうことになった。

 運転している最中、ブルータスは口を開く。

 

 「すまないね……来てもらって早々、修羅場に巻き込んじゃって……」

 

 妖精たちの非礼を詫びるブルータスだったが、そんなことは無い。自分達の責任だと、行き過ぎた友人を庇うようにハンニバルは返した。

 

 「いえいえ、いいんですよ! 俺たちの判断が甘かっただけで……」

 「ちょっと! 何回もお世話になってるオレ様達まで巻き込むなよ!?」

 「あ、ご、ごめんカトさん! ごめんったら!」

 「別に謝らんでもいいぜ。何回といってもほんの数回くらいだし、そんな何十回も来てねぇよ。なぁ、カトさん?」

 「うっ……確かに、マルコの言う通りだな……」

 

 ブルータス曰くハンニバル達は運が悪かったという。普段はこの付近にはあまりアンシーリーコートが出現しないものの、数日前から何らかの原因で活発化しているらしい。

 その話を聞いているなかで、それを先程彼が見逃したのには、きっと何か理由があるに違いないとバージルは感じていた。

 「そういえば……」と、バージルは自分が気になっていることをブルータスに聞く。

 

 「どうしてあいつを見逃したんですか? さっき質問したとき、他のコロニーに侵攻することを仄めかしていましたが……」

 

 率直な質問に対し、ブルータスは誠実に、そして正直に答えた。

 

 「彼を見逃したのは、いまのきみ達では絶対に敵わない相手からだ。それに、いずれにせよ似たような連中はいつか必ず相手することになるからね。今は好きに泳がせておいたほうが、きみ達の身にもなる」

 「じゃあ、他のコロニーがこいつらに占領されたらどうするんですか? ……責任とってくれるんですか?」

 「そう焦らないで、バージルくん。“彼なら、大丈夫”だから」

 「……そうですか」

 「なにか疑問が?」

 「いえ、何も」

 「そっか。まぁ、今きみ達が知っても面白いことじゃないしね」

 

 「彼なら、大丈夫」――その言葉に何か引っかかったバージルだったが、今そのことを聞いても仕方がないと、心の奥にしまっておくことにした。

 

 ――

 ――――

 

 暫くして車両は巨大な要塞の前にある駐車場へと停車した。

 車から降りたハンニバル達は、荘厳な宮殿や要塞のような巨大な建物を目にする。その姿はさながら、領地と領地を隔てるゲートや城壁のようだった。

 その屋上には大小様々な砲台が何台も設置されており、まるでこの先やこの要塞に侵入しようとする者を、ひとり残らず徹底的に排除しようとする意志のようなものを感じさせられる。

 

 「ようこそ、人類救済機構『テホム』の本部へ。君達を歓迎しよう」

 

 ブルータスは、この施設こそがテホムの本部だと明言した。

 エンピレオとは対照的な、無機質で堅苦しい印象の建物。初めて目にしたハンニバルは、なにか怪しい施設のようなものにしか見えず、ここに本当に目的の品があるのかと少々懐疑的になっていた。

 その表情を見ていたブルータスは、ハンニバルの気持ちを落ち着かせるためにと優しく声を掛けた。

 

 「……まぁ、怖がるのも無理はないさ。デカいし、華やかでもないしね」

 

 彼がゲートを開けるための認証を完了させると、プシュー……という音を立てて鉄のゲートが開いた。

 そのエントランスの中はレッドカーペットが敷かれており、エンピレオと大して変わらないものの、どこか大人しい雰囲気の空間が続いていた。

 回廊の壁には風景画や肖像画などの様々な種類の絵画が、金細工の額縁に入れられ、等間隔に飾られている。その床に置かれた台座には、花が生けられた花瓶や生け花が飾られており、さながら小さな美術館のようだった。

 鋼鉄のゲートの前で「さぁ、入って」とブルータスが言ったのを合図に、ハンニバル達は要塞の内部へと足を踏み入れる。

 大広間はエントランスの回廊とは打って変わって、緑と硝子で彩られた透明な雰囲気の空間が広がっていた。

 現代の科学技術を最大限に活かしたようなそのつくり。円状に広がる空間の中心には、地球の惑星を模した巨大な青いホログラムが投影されており、各地の天気や時間、地震の情報などが規則的に切り替えながら表示されている。階段の上にある開放型の廊下には各フロアに繋がる扉があり、ところどころに植物の植木が点在している。

 まるで宇宙ステーションにでも来たような感覚に、ハンニバルの好奇心は刺激されていく。

 そのなかでも、中心のホログラムが気になっていた彼に対し、ブルータスが口を開いた。

 

 「おや、あれが気になるのかい? ハンニバルくん」

 「……え? あ、はい!」

 

 曰く、テホムはあの地球型のホログラムに表示されているような、世界中の異常気象や災害にも対応している……言わば、世界を危機から守るための組織であるという。

 世界の危機というのは、災害だけでなく、有事の対処や滅亡から守ることも役割のひとつだと、ブルータスは語る。

 

 「……まぁ、妖精と人間の種族間の問題を解決したいっていうのが、この組織をつくった元々の動機ではあるんだけどね。“世界平和”を掲げているという目的においては、何年経っても変わらない」

 「へぇ、なるほど……」

 

 その後も、どこか気になったところがあればブルータスが説明を挟んでくれた。

 目を輝かせて話に耳を傾けてくれるハンニバルに対して、傍にいるバージルはどこか安心し、微笑ましい気持ちになっていた。

 

 施設内を歩いていると、気がつけば地下室へ続くゲートの前へと来ていた。

 ブルータスがゲートを開くと、目の前に異様な雰囲気を放つ洞窟が出現した。彼曰く、この先に地下室があるという。

 内部を進みながらその場を観察していくと、その外壁に奇妙な特徴があることをハンニバルは発見した。

 その岩には、子供の描いたような奇妙な絵が彫られていた。

 一見何の手も加えられていない岩のようだが、内部は仄暗い松明の光で照らされている。そのおかげで全体はよく見えないものの、ほんの一部分だけはっきりと認識できる。

 「あの、この絵ってなんなんですか?」と、気になって足を止めたハンニバルがブルータスに質問する。彼はハンニバルの傍で火の魔法を使って松明の炎を若干大きくし、絵の全体像が見える程度にその場を照らした。

 ブルータスはこれについて、数百年前に発生した妖精復活と、世界混乱の歴史が描かれた壁画で、当時ここに避難していたブリテン島の真人が彫ったものだと答えた。

 よく見ると、壁画は場面を切り替わるように道の先へと続いている。ブルータスは折角だからと、妖精族の起源の話と現代の妖精族の話、妖精凶暴化事件の詳細の振り返りや、なぜ真人に牙を剥いているのかということについて、壁画を順に追いながら淡々と説明していった。

 黄金時代の妖精種の苦悩と滅亡、最後の女王の置き土産、湖と魔法の起源、真人に取って代わられた彼らの役割、そしてジュワユースの一撃から生き延びたアンシーリーコート達の復讐計画……。

 事情を知っているバージルやカト、マルコは素知らぬふりをしていたが、その話を生まれて初めて聞いたハンニバルは、衝撃の事実の数々に言葉を失い、唖然とするばかりだった。

 

 「……そんなことがあったなんて……」

 「まぁ、あいつらにとって、この世界の自然を管理するのは元々自分達の役割だったからな。同じような存在である真人の存在を、人工の神から突きつけられたのが納得いかなかったんだろう」

 「みんなが仲良くなれる方法って、ないんですか?」

 「おいお前、さっき話を聞いただろ!? 過激派がいる限り、妖精と完全に分かり合うだなんて――」

 「落ち着きなさい、バージルくん。……ハンニバルくん、きみの言っていることや考えていることは、俺もよくわかるよ」

 

 「それこそが俺達の仕事だ」と、ブルータスはハンニバルに言った。

 無論、種族間のわだかまりを消し去りたいという気持ちは、彼も同じなのである。

 

 「ま、そんなこと今話したところでわからないか。――さて、着いたぞ」

 

 壁画を辿っていると、いつの間にか地下室の入り口にまで辿り着いたようだ。ブルータスの魔法の干渉が切れ、松明は元の大きさへと戻っていく。

 ブルータスが地下室の扉を開けると、そこは壁一面の本棚に囲まれた資料保管室のような場所だった。

 しかし、聖遺物の欠片らしきものは見当たらない。

 

 「おっと、当然ここにはないよ。ご注文の品は、この奥さ」

 

 また騙されたのかと一瞬心配になったハンニバルだが、どうやらここにはないらしい。

 本棚に収納されている一冊の本をブルータスが人差し指で押すと、その本棚の一部が轟音をたてて引き戸のようにゆっくりと開き、奥の部屋が露わになった。

 内部は、以前フィレンツェの大聖堂で見たものとそう変わりない。殺風景な内部にただひとつ、真っ二つに割れた青銅色の剣柄と、割れた赤い宝石の大きな破片が、ケースのなかに保管されていた。

 ブルータスは、これこそがテホムの発見したジュワユースの破片――その全てだと説明する。

 

 「我々が発見できたのはこれが全てだ。あとは……きみ達奪還派のひとに任せよう」

 

 目の前にある聖遺物をハンニバルが眺めていると、不意に赤い宝石と視線があったような、そんな感覚がした。

 それは、涙を流して自分を見ているようで――そして、何か助けを乞いているような気がして、不思議と目を離すことが出来なかった。

 

 「おや、その宝石が気になるのかい?」

 

 その様子に気が付いたブルータスが声をかけると、少年は正直に頷いた。

 ハンニバルが興味を持っていることを認識したブルータスは、そんな少年に対し、ちょっとしたトリビアのような話をしてみようと口を開いた。

 

 「この宝石はね、実は地上《ここ》で生産されたものじゃなくて、仮想世界から送られてきた贈物のようなものなんだ」

 「仮想世界……? もしかして、親父が話してくれた『メタヴァース』ってところのことですか?」

 「ご名答。流石によくわかってるね。……そう、きみ達がずっと昔から見てきた、黒い塔からやってきた人間が持ってきた聖剣なんだよ」

 「メタヴァースにある聖剣って、破邪の剣といわれた、あのゼーレタクトがありますよね? あれとは違うんですか? 聖剣が二つもあるだなんて、びっくりだ……」

 「ジュワユースは基幹システムが造ったものじゃなくて、あの世界に生きる人類の強き意志から鋳造されたものなんだ。だから、ゼーレタクトとはちょっと違うかな」

 

 ブルータス曰く、この剣は『レムリア』と呼ばれる世界の住民が最初に鋳造した武器らしい。

 当時、レムリアの民には『七虹剣ジュワユース』として伝えられており、その刃は七度輝き、色を変えていたという伝承がある。

 そしてジュワユースの宝石には、メタヴァースの魔力の源である『エーテル』の力が宿っており、その超自然的な力によって輝きを保っているという。

 ゼーレタクトは基幹システムが鋳造し、ジュワユースはメタヴァースに数ある世界のひとつに過ぎない、レムリアの住民が鋳造した。造られた本来の役目を終えた二つの聖剣はその後、各世界に流れては人を伝って伝説を増やし、繋げていったとされている。

 

 「この剣がなぜ我々の住む現実世界に流れ着いたのかは、話すと長くなるんだけど……とにかく、この宝石が宿していたエーテルの力は本来あるべき場所から離れても、奇跡的にまだ宿っていたという。この剣はそのエーテルによって守られているから、数百年経った今も形をとどめているんだ」

 「そうなんですね。やっぱり、誰かが証を残して……」

 「……つい熱くなってしまってすまなかったね。どうかな、興味を持ってくれたかい?」

 「はい、聞かせてくれてありがとうございます。……昔、親父も言っていました。この世界はずっと、時代を超えて誰かが誰かの意志を受け継いで成り立っているんだって。今、その証拠を間近で見られただけでも、俺はもう……」

 

 ハンニバルは目を輝かせ、何かを決意したかのように、心臓の辺りに添えた右手の拳を握りしめる。

 今は錆びついてしまっているが、形を取り戻せば、いつかは――。

 そして、それを取り戻すことが、もしかしたら自分自身に与えられた役割なのかもしれない――自分にしか、出来ないことなのかもしれない。

 そう考えると、自然と目頭が熱くなってくる。

 ブルータスが話してくれたことは、少年を感化させ、彼自身の意欲を更に強固なものにする内容となった。

 

 「……問題なさそうだな」

 

 その様子に安堵したブルータスは、親友であり護衛であるバージルとアイコンタクトをとる。

 アイコンタクトを取られたバージルは、その様子に気が付くと控えめに頷き、「きみ親友は納得している」という相手からの意思表示を受け取った。

 

 「じゃあ、そろそろ行こうか、バル」

 「うん、そうだな。――ブルータスさん」

 「あぁ、わかっているよ。……その為に、きみ達はここに来たんだからね」

 

 ハンニバルは大切に保管することをブルータスと約束し、ブルータスはジュワユースの欠片をハンニバルらに託す。

 その後、少年達の無事を祈って、蒼き半妖の青年は彼らを見送った。

 

 そして、無事に仕事を終えたハンニバル達は、フィレンツェコロニーへと帰還しようとエアロクラフトに乗っていたが……その時、思いもよらぬ報告を、ラウィニア兄妹から聞いてしまった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

7.悪魔の侵攻「あの人は誰……? 『約束の子』って、何?」

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 『カトち、大変! フィレンツェがピンチなの!!』

 

 それは、ハンニバル達がクリスティアを出発してから少し経過が経過したときことだった。

 フィレンツェコロニーに残っていたラウィニア兄妹から、突如通信が入ったのだ。

 ピアス型の通信機に触れたカトが応対する。そして二人にどうしたのかと聞くと、フィレンツェ周辺に黒い影がわんさか湧いているという連絡を聞いた。彼らの焦燥している様子から察するに、かなり危機的な状況であろうことが伺える。

 フランチェスカから聞いた話によれば、都市のゲートにいた門番たちは一人残らず惨殺されたらしい。それ以降は何かしてくる様子もなく、ただ様子を伺うようにその場に停滞しているという。

 何か嫌な予感がしたカトだったが、下手にこちらが急ぐとどんな事態に遭遇してもおかしくないと判断し、しばし冷静に立ち回ることを判断せざるをえなかった。

 

 暫くしてふと外の様子を見ると、フィレンツェコロニーの発着場がもうすぐ近くに見えるところまで来ていた。特に気にしていたカトにつられて、バージルも外の様子を見る。都市のゲート付近には、確かに大きな軍勢が待ち構えている。

 

 「お外はあんな感じらしいぜ。全く……参っちまうよ」

 

 頭を掻いて気怠そうな態度をとりながら、カトはそう言った。

 

 「これからみんなで、どうするか話し合いましょう」

 「そうだな」

 

 そして、これからのことについて四人で話し合い、対処することにした。

 

 ――

 ――――

 

 外にいる連中を刺激しないよう、関係者しか入れない裏門をつかってクラウディアが待つ大聖堂へと向かうことにした四人。

 建物の裏庭で見張りをしていたラウィニア兄妹と合流した彼らは、なるべく物音を立てないように彼女のいる場所へと向かった。

 

 「残念スけど、オレ達は一度エクトルさんのとこに戻らなきゃいけなくなったんで、後のことはよろしく頼むっス!」

 「あたし達はすぐこっちに戻るから、それまでなんとか持ち堪えといて!」

 「……そうか、わかった。何か起こったら俺達で対処しておくよ」

 「……それまで無事でいてね。ハンくん」

 「よろしく頼んだっス!」

 

 礼拝堂に到着したとことろで、ラウィニア兄妹は一度バルディアに戻ることを伝え、ハンニバル達と別れる。

 クロッシングに描かれた魔法陣の上で杖を立て、精神を集中していたクラウディアは、ハンニバル達が来たことを察知すると、いつものように穏やかな振る舞いに戻った。

 

 「皆様、戻って来られたのですね! お疲れ様です。遠くまでご足労いただくことになってしまい、申し訳ございません……」

 「大丈夫! 色んなことはあったけど、いい経験になったよ。寧ろ、たくさん元気を貰えたかも?」

 「お前は元気そうで何よりだな」

 

 ハンニバルの普段通りの元気な振る舞いを見て、バージルはどこか呆れているようで、安心したような気持ちなった。

 しかし、今は一刻も争う事態になっている。

 カトが気を取り直してクラウディアに作戦会議を提案しようと口を開いた……その時だった。

 彼は何かを察し、後方を振り向く。

 大聖堂の門の向こう側から、大きな轟音が聞こえたのだ。その衝撃で、内部も微かに揺れている。

 恐らくハンニバル達が都市内に入ったことを皮切りに、敵が侵攻を開始したのだろう。

 

 (不味いな……)

 

 不慮の事態の連続に対し、カトの表情には焦りが見えていた。

 外の様子を伺うように閉じられた門を見ながら、カトはどうするか考えていた。

 その時、不意に誰かが自分の肩を軽く叩いてきた感触を感じた。叩かれた方に視線を向けると、そこにはマルコがいた。

 マルコは何も言わず、自分が所持しているスマートフォンの画面をカトに見せた。そこには、管理者であるソフィーアからのメッセージが綴られていた。

 傍から見れば大したことは書いてないように見える文章だが、それも彼らにとっては暗号であり、独自の伝達方法である。

 

 「これは……?」

 

 カトは彼女から受け取ったメッセージを速読し、その場にいる者達へ話す。

 まず、男4人は外に出て事態の対処を優先すること。そしてその中でもマルコとカトは偵察のために一度聖堂の屋上で待機し、ハンニバルとバージルの2人で市街にいる敵の排除に向かうことを伝えた。

 クラウディアは月属性の性質上防衛や回復に長けているため、大聖堂の中に敢えて残り、最後の砦であるこの建物と保管しているジュワユースを守護してほしいという指示を出した。

 しかし、カトにはひとつ、個人的に気に掛けていることがあった。

 

 「しかし……クラウディアさん、大丈夫でしょうか? この場に貴女ひとりでは心もとないのでは……」

 「そこに関しては、心配いらないわ」

 

 戦闘が苦手な彼女自身のカバーに関しては、クラウディアと特に仲が良く、戦力でもあるマティウスが現在こちらに向かっているという情報を聞いているため、彼一人で問題ないらしい。

 

 「正直、オレ様はこんなんでいいのか不安なんだが……防衛網やバリアが突破された以上、今のところ動ける戦力はオレ様達しかいないと考えれば、仕方のないことなのかもな。ま、姐さんも妖精と鉢合ったことないしな。完全に“ナメてる”よ」

 「……それほどヤバい相手なんですか?」

 「実際に戦ってみりゃわかる」

 

 ハンニバルの質問にカトはそう言うと、一つ手を叩き「さて、もう時間がない」と言った。

 

 「オレンジ、王子様、無理はすんなよ」

 「……わかってます」

 「あぁ! 行こうぜ、ジル。この間トドメを奪われたから、仕返ししてやるよ!」

 「まだ根に持ってるんだ……」

 「なんだ二人共、なんかあったのか?」

 「この前、ドミネイターと鉢合わせしたんです。そしたらジルが……」

 「なんか知らないけど、僕がトドメを奪ったとかなんとかこいつが言って……」

 「なんだ、そういうことか。だったら問題なさそうだな、お前さん達なら」

 

 カトは2人の肩を叩いて「さ、行って来い」と催促した。彼らは揃って頷き、走って大聖堂の外へと去っていった。

 

 2人が去った後。

 カトはマルコと屋上へ行こうとしたが……何か思うことがあったのか、その前にクラウディアへと話しかけた。

 

 「お嬢さん」

 「何かしら?」

 「……全く、あんたは強い女だよ。呆れるくらい、ね」

 

 カトは優しくそう言って、マルコと共に所定の場所へと向かった。

 覚悟に満ちた輝きを放つ彼女の瞳を見たその表情は、どこか悲しい面持ちをしていた。

 

 「あら……ふふっ。その言葉、有難く受け取っておくわ」

 

 ――さようなら。

 

 誰に言うまでもなく、彼女がそう口を動かしたことは……誰も知らない。

 

 ――

 ――――

 

 一方その頃、ハンニバルはバージルと二手に分かれて周辺の観察にあたっていた。

 少年は、初めて見る灰色に染められた市街の惨状に、顔を顰める。

 

 「……こりゃあ酷いな」

 

 草木や土が焼けるような臭いが、嫌でも嗅覚に侵入してくる。

 火の扱いは山や森のキャンプなどで何度も経験しているはずなのに、今回は流石に見ていて、いい気分にはならなかった。

 

 「とにかく、敵がいたら排除しないと」

 

 ハンニバルは外の状況を確認するために、市街の巡回を開始する。

 所々に血を流した人間の死体が転がり、植えられていた木々も葉を枯らしている。旧人類種の黄金時代を感じさせる華やかで芸術的な街並みは、どこもかしこも灰色に汚されていた。

 これが、初代陛下達が見てきた戦争の風景なのだろうか――そんなことを考えながら、少年は周囲の状況を確認していく。

 

 「た、助けてくれぇ! 誰かー!!」

 

 ふと、誰かの叫び声が耳に入った。

 

 (誰かが助けを呼んでる……? 行かないと!)

 

 声がする方向を探っていくと、とある大劇場の中庭へとたどり着いた。そこには、瓦礫に下半身を敷かれて動けなくなっている男性がいた。

 

 「大丈夫か!? 今助けるからな!」

 

 ハンニバルは男性のもとへ駆け寄ると、自分のご自慢の力で投げたり蹴ったりして瓦礫を退かした。

 瓦礫を退かし終わった彼は、慣れた手つきで負傷している部分に応急処置を施すと、男性の手を掴んで立ち上がるのを補佐した。ある程度片付いてから軽く手を払うと、男性は泣きながら感謝の言葉をかけた。

 

 「本当にありがとう、少年。死ぬかと思ったよ……」

 「いえ、それほどでも……昔から無駄にタフなのが、俺の取り柄なもんで」

 

 自分で言うのもどうだろうかというのはさておき、礼を言われた当の本人は嬉しくて、つい頭をかいてしまった。

 

 「――みーつけた♪」

 

 しかし、そんな和やかな雰囲気もつかの間。

 ゆっくりとわざとらしく、遠くからどこか聞き覚えのある声が聞こえた。

 声のした方向へとハンニバルが振り向くと、そこには建物の屋根の上に足を組んで座る人影があった。しかし、彼がひとつ瞬きすると、その姿は消えていた。

 不意に目の前に誰かの気配を感じて視線を移すと、そこには、髪の色に反してどこか退廃的な雰囲気を漂わせる、細身の体躯の青年がいた。

 男は中庭を囲む回廊に並ぶコロネードの柱に寄りかかっており、少年がこちらに気が付いた瞬間、軽く手を振ってきた。建物の端にいることから、ハンニバルがいる位置とは少しだけ距離がある。

 

 「やぁ、また会ったね」

 「お前……もしかして、あの時の?」

 「ご名答」

 

 最初に会った時にはフードを深くかぶっていたせいか、服装や顔はよく見えなかったが、その聞き覚えのある声色や抑揚から、クリスティアにて出会った人物で間違いないようだ。

 前髪の長い桃色の髪にアクセサリーで着飾ったゴシック系の出で立ち。しかし、妖精の特徴である耳の形だけは、軽くかぶったフードや、ヘッドホン型のイヤーマフをつけているせいで識別出来なかった。

 

 「……あんたはここから離れてくれ」

 「でも、まだ外には――」

 「外には俺の友達がいるから大丈夫だ。それに、これは俺とアイツだけの話からな」

 「……わかりました」

 

 ハンニバルは救出した男性を逃がすと、気を引き締めて目の前にいる男へと向き直った。

 

 「さて、この場は俺とお前の2人だけになったぞ。俺に何の用があるのか、聞かせてもらおうか」

 

 いつ臨戦態勢をとってもいいように、警戒しつつも慎重に問いただすハンニバルを見て、男は嘲笑するかのように「フフッ……」と乾いた声で、肩をすくませて笑った。

 

 「アンタがベアトの言ってた『約束の子』って本当かい?」

 「『約束の子』……? どういうことだ?」

 

 男は、ハンニバルこそ『約束の子』――ベアトリーチェが探していた特別な存在だという。

 しかし、そのような単語は、ハンニバルも聞いたことがなかった。

 その様子を見て、男は淡々と少年に対して説明する。

 

 「黄昏色の髪、『神』とよく似た顔立ち……そして、剣の使い手。さっき会ったときにピンと来たんだ。あぁそうそう、名前は確か、――――」

 

 相手が割入る隙も無く、男は勝手に喋っていく。そして、その名を口にした瞬間――ハンニバルは、ようやくそれが自分自身であることを認識した。

 予言書に書かれた名前が自分の名前と同じとはなんとも皮肉なものだが、男が言った特徴と自分自身に心当たりがある以上、彼も動揺せざるを得なかった。

 

 「……まさか、俺自身が……?」

 「あっはは! やっぱりアンタだったか」

 「何が可笑しい」

 「いや~、実はおれっち自身も個人的な事情でアンタを探していてね……と、そんなことは今、どうでもいいか」

 

 男が指を鳴らすと、その背後から武装した妖精達がぞろぞろと少年の前に姿を現した。

 

 「こいつらを全員倒したら相手をしてあげる。それまで時間稼ぎさせていただくからね~。それじゃ」

 「あ……おい、待て!」

 

 ハンニバルが呼び止めるのも束の間、男はそう言って身体を透明化し、去っていった。

 

 「畜生……仕方ないなぁ」

 

 目の前にいる大勢の武装集団を見てハンニバルは苦笑したが、その表情はすぐに、いつもの自信に満ちた笑顔へと切り替わった。少年にとってこれくらいの連中相手は、既に経験済だ。

 

 「カリバーン、ガラテイン……やるよ!」

 『駆動要請承認――』

 

 少年は双剣に手を掛け、その刃を抜いた。

 

 「さぁ、まとめてかかってきな!」

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

8.地獄の魔女「私には力が必要なの。自分の過去のためにもね」

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 「さぁ、まとめてかかってきな!」

 

 眼前の敵に剣先を向けたハンニバルは、その一言を皮切りに妖精の群れへと飛び込んだ。

 

 一度相手をしたことがある少年にとっては、彼らなど既に自分の敵ではなかった。

 音素兵器の力を利用し、勢い任せに敵を駆逐していく。

 風のように敵を切り裂いていくその様は、剣舞ように美しく無双のような力強さを秘めている。

 

 「あ、はは……!!」

 

 そして何よりも……本人は今、この状況を楽しんでいる。

 それはもしかしたら無意識のうちに、剥き出しになってしまった感情なのかもしれない。

 その表情は第三者から見れば、どこか超然としているようだったが、不思議と異常さは感じられないものだった。

 

 敵を蹴散らしつつ、男の姿を探すハンニバル。

 気が付くと、何故か聖堂の前まで戻ってきていた。

 

 「あれ? もしかして俺、戻ってきちゃった?」

 

 一瞬困惑したハンニバルだったが、そんな考えは杞憂に終わった。

 聖堂の中から爆発音が鳴り響き、屋根の一部が破裂するように崩壊。そして空いた穴の中からは、灰色の煙と炎が貫いていた。

 これはまずいと考えたハンニバルは、急いで聖堂の扉を開いた。

 

 その中は、さながら地獄の様相を成していた。

 真っ赤に燃え広がる礼拝堂の内部。視線の先には、三つの黒い影と、倒れたクラウディアがいた。

 そこでは誰かが膝をついており、クラウディアを抱きかかえている。

 そしてその目の前には――死神と少女が立っていた。

 

 (誰だ……?)

 

 赤く燃える礼拝堂。そして初めて目にする人物が三人もいることに、ハンニバルは状況をよく飲み込めなかった。

 しかし、この場で平然と立っていられるあの二人が只者ではなさそうだということは、本人にも薄々察しがついていた。

 一体何が起こったのだろうか――。

 すると、黒い少女がこちらに気が付いたのか、赤い瞳が少年のいる方向を見据えた。

 

 「……あら、お客さんかしら?」

 

 どこか余裕のある言い回しでそう口にした少女は、ハンニバルに向かってたおやかな微笑みを浮かべた。

 そして少年と少女の、目と目が合った瞬間――。

 

 「……え?」

 

 まるで自分の脳内へ強引に侵入してくるかのように、ハンニバルの視界に不思議なビジョンが浮かび上がった。

 自分ではない誰かの記憶が、高速で再生されていく。

 それはとても理不尽で、無慈悲な少女の物語。

 ほんの一部だけが再生されているというのに、まるで自分事のように感じてしまう――否、感じざるを得ないその映像は、“逆流”するほどの衝撃をハンニバルの五感に与えてしまった。

 

 「ぁ――うっ、んぐ、……」

 

 彼にとっては数秒数分の体験だったとしても、現実ではほんの1秒に過ぎない。

 少女が自分に向かって微笑んだ直後、少年は突発的に口を抑えて噎せ返り、膝をついてしまった。

 視界がぐらつく。心臓が痛い。息が上がる。苦しい。

 まるで身体の奥から締め付けられるような感覚に、どうしようもなく支配されている。

 自分の体験した記憶じゃないのに、どうしてこんなにも心が痛むのだろうか――。少年には、不思議でならなかった。

 

 「――バル! 大丈夫か……は?」

 

 幸いにも、バージルが現場に戻ってきたのはその直後だった。

 目の前に映る惨事を見て、彼も驚きを隠せないでいた。

 そして何よりも衝撃を受けていたのは――そこにいる人物だった。

 

 「ベアト……リーチェ?」

 「……へ? あれが……?」

 

 ――あの小さな女の子が……?

 ハンニバルは、予想外の出来事を目の当たりにしている。

 それは、自分よりも背が小さく年齢も低そうな女の子が、ドミネイターの指導者であり、自分達の敵であるということだった。

 

 「……フフ」

 

 少女――ベアトリーチェは微笑むだけだが、他者にその意図を汲み取ることはできない。

 

 ハンニバルが暫くその様子を伺っていると、いつの間にか目の前に彼女が立っていることに気が付いた。

 少年はその禍々しいオーラを目の前にしてようやく、白い肌の華奢な少女が自分たちと相容れない存在であるということを、改めて認識させられた。

 

 「貴方達は初めましてね。そうよ、私こそがベアトリーチェ。ベアトリーチェ・ギッベリーニよ」

 「……お前がドミネイターのボスってわけか」

 「正解」

 

 人を見下すような言い回しでそう言ったベアトリーチェは、おもむろにしゃがみ込み、膝をついて腰を抜かしているハンニバルをじっと見つめる。

 

 「貴方こそ、神の系譜の末裔よね?」

 「……」

 「あらまぁ、健気に睨み返しちゃってカワイイ。何の恨みもないのに、どうして憎む必要があるのかしら?」

 「……親父とおふくろに手出しはさせない」

 「そう言っているということは、間違いなく神の末裔ね。――“偽神”と罵られた、愚かな“プログラム”の」

 「っ、テメェ! 御先祖様になんてこと――」

 「“跪け”」

 「あ――あれ……?」

 

 ベアトリーチェが言霊を唱えた直後、ハンニバルは、自分自身の身体が重力に押しつぶされるような感覚に襲われた。

 言霊の力で片膝をついたまま動けなくなり、これ以上身動きがとれない。

 

 「バル! つ……畜生!」

 「少しじっとしていなさい。――私、この子のことずっと前から気になっていたんだから」

 

 バージルもハンニバルを助けようとしたが、影縫いで動きを封じられてしまう。

 冷たい声で神を軽蔑する言葉を吐いたベアトリーチェに対し、二人は何もできなくなってしまった。

 この場を掌握し、完全に有利となった少女は、ハンニバルの顎に手を添えて持ち上げ、物色するかのように動かしながら観察し始めた。

 

 「……ふーん。意外にも、先祖やアイツとよく似ているわね。私のフィアンセ候補に加えてあげてもいいわ」

 「っ……!」

 

 少女の、貞淑で、それでいてどこか人の背筋をなぞるような逆撫で声。

 取り付く島もなく、相手のされるがままの状態になった少年。しかし、敵意を向けた表情だけは何をされても崩さなかった。

 恐らく相手は、自分に対してある種の興味を示しているのだろう――それは少年も理解していた。

 すると突然、少女が少年に対してゆっくりと顔を近づけ始めた。

 

 「……え?」

 

 予想外の行動に、ハンニバルの思考はストップした。

 得体の知れない相手に突然自分を物色されたのだから、今度は何をされるかわからない。

 もしかして、自分を手玉に取ろうとしている? それとも、それとはまた別の――。

 嫌だ。だって自分には、昔“約束”した大切な存在が――。

 普段から感じてきたものとは違う複雑な恐怖が、少年の思考を支配し、呼吸と鼓動を早めていく。

 ハンニバルが咄嗟に目を閉じた――その時だった。

 

 「――ベアト、だめ」

 「……」

 

 すんでのところで誰かがベアトリーチェを止め、彼女は少年から距離を取った。

 

 「え……?」

 

 ゆっくりと目を開けた少年は、自分の恐れていたことがあっさりと、誰かの声かけひとつで止められたことに対してほんの少しだけ困惑していた。

 

 「……そうだったわね、プルート。ごめんあそばせ」

 

 ベアトリーチェを止めたのは、ハンニバルの背後にいる、プルートと呼ばれた死神だった。

 そして彼女が手を離した隙、ハンニバルは警戒しながらも、気になっていることを少女に質問した。

 

 「クラウディアはどうした」

 

 素朴な質問に対し、ベアトリーチェは相手を馬鹿にするかのようにせせら笑った。

 

 「ハッ、そんなこと気になってるの? あの女なら、さっき“殺した”わ」

 「……は?」

 「だってほら、ここにあるもの――月属性の“冠”が」

 

 そう言ってベアトリーチェが魔法で掌の上に出現させたのは、紫色の光を放つ冠だった。

 

 「これが、冠……?」

 (は……? こいつの分際で、これを知らないの?)

 

 ディバインハートの話は聞いたことあるが、冠に関しては父から聞かされた程度しか知らない。

 未知を目の当たりにして驚愕したような少年の様子を見て、神妙な面持ちになった少女は、相手をばかばかしく思いつつも、仕方なく説明してやることにした。

 

 「七曜の頂点を司る“戴冠者”は、その生涯を終えるまで冠を持ち続ける。継承する際は、その力を自らの意思で“手放す”か、命を落とすしかない。だから私は“奪った”の。彼女の冠をね」

 

 それは即ち、クラウディア・ドナーティが“死んだ”ということ。

 ベアトリーチェが返した答えは、まだ未熟な少年に対して残酷な事実を突き付けたも同然だった。

 

 「そ、そんな……。そんなの、どうやって……」

 「簡単よ。“心臓をえぐれば”いいだけ」

 

 「あいつに頼んだわ」と言いながら、ベアトリーチェはプルートに対して指をさした。

 

 「ま、ここでも同じような奴に丁度居合わせちゃったから、苦労したけどね」

 

 そして、自分の後方にいる、クラウディアを抱きかかえたまま動かない人影をちらりと一瞥した。

 

 「それでもなんとか収穫できてよかった。これでまた一歩、近づいたわね――アッハハ!」

 

 ベアトリーチェはプルートに対して帰りの合図を出すと、死神は砂鉄と同化して彼女の傍へと寄り添い、そして抱きかかえた。

 そして、砂鉄の渦が二人を徐々に包み込んでいく。

 

 「ベアトリーチェ!!」

 「それを返せ! 畜生……このっ……!」

 「嫌よ。だって欲しかったんだもの」

 

 このままじゃ、クラウディアが……!

 ハンニバルは強引に拘束を突破してベアトリーチェを止めようとするが、物理的なものではなく魔法で生成されているためか、上手く力が入らず、解けない。

 そうやって抵抗している間にも、二人が黒い渦にどんどん呑まれていく。

 無駄に足掻いている相手に対し、ベアトリーチェは冷たい目でその様子を見つめている。

 

 「貴方達って本当に馬鹿ね。何も出来ないのに足掻いて……愚鈍な種族だこと」

 

 この場から消える直前、少女はそう呟いた。

 

 「おい待て! あ……」

 

 彼らが黒い渦と同化する直前に拘束を解いたハンニバルは、なんとか間に合えと急いで手を伸ばしたが、それはあっけなく消滅し、手は空を切ってしまった。

 少年は空を切った手を見つめながら、逃がしてしまったことに気を落とす。

 

 「消えちゃった……」

 「仕方ないよ。成す術も封じられた状態じゃあ、もう……」

 

 しかし今は、間に合わなかったことを悔いている場合ではない。

 見つめていた手を強く握りしめた少年は、二人でクラウディアの様子を確認するために急いで彼女のもとへと駆け付けた。

 

 「クラウディア!」

 

 ハンニバルはまず、青年に抱きかかえられたクラウディアの顔を確認する。意識が事切れているようにも見えれば、安らかに眠っているようにも見えた。

 次に、何が起こったのか把握するため、ずっと彼女の傍にいたであろう見知らぬ青年へと声をかけた。

 

 「あの……貴方は?」

 「ん……ぼく?」

 

 声を掛けられた青年はゆっくりとハンニバルに視線を合わせる。その風貌は、どこか眠たげなようで、不思議な面持ちをしていた。

 左右で色が違う編み込まれた髪と、土色の瞳。その瞳の奥は、凡人には計り知れないような底知れぬ何かが顔を出しているようだった。

 

 「ぼくはマティウス。クラウディアの、友達……だよ」

 

 マティウスと名乗った少年は、どこか寂しげな微笑みを浮かべた。

 

 「そういうきみは……ペトロが言ってた、子?」

 

 マティウスはマイペースにこくりと首を傾げる。

 

 「まぁ、そうだけど……それがどうかしたのか?」

 「別に……なんともないよ。でも――」

 

 ――“きみなら、もう大丈夫そうだね”。

 彼の単調で、何処か含みがあるような独特な言い回し。

 少年には、彼の言っていることはよくわからない。

 それでも、どこか心の痒い所に引っかかる気はしたが、そんな相手の様子を見てマティウスはどこか安心しているようだった。

 

 「クラウディアなら、安心して。さっき捕まって力は奪われちゃったけど、意識を失っているだけだから」

 「じゃあ、死んでないってことか?」

 

 マティウスは頷いた。

 

 「この子とぼくの力を使って、精神を夢の中に一旦避難させたんだ」

 「あー……つまり、どういうことだ?」

 

 精神を夢の中に移動させたと言われても、ハンニバルには超自然的な現象すぎてよくわからなかった。

 そんな少年に対し、マティウスは丁寧に説明を始めた。

 曰く、クラウディア自身のディバインハートは辛うじて助かり、は完全に死んだ状態にはならずに済んだという。

 それは、彼女が持つ最上位級の月属性の力――ディバインハートが持つスキルを利用したおかげだった。

 月属性の力は防衛や回復などのサポート面に特化している。特に月の冠が持つ力は、それらを更に誇張させたものだという。

 月属性の冠位者は自身の生命力が大幅に強化されており、代償として冠を手放すまで不死身の肉体となる。

 そこにマティウス自身が持つ魂の行き先を決める力を併せ、一時期ではあるが夢の中に魂を避難させることで、何とか死なずに済んでいる。

 とはいっても、肉体の状態に関しては良好ではないらしく、力を行使しすぎたお陰で疲労が蓄積している状態だという。

 ジュワユースも彼女のお陰で難を逃れてたらしい。ハンニバルはそれを聞いて少し安心した気持ちになり、ほっとして胸を撫で下ろした。

 

 「でも……冠がなくなっちゃったから、自己再生も出来ないんだ」

 「身体が元気になったら、夢の中から呼び戻せばいいんじゃないのか?」

 「本当はそうしたいけど……“やりたいことがある”って言ってたから」

 「“やりたいこと”……?」

 「うん。それがね――」

 

 マティウスが説明しようとした――その時だった。

 誰かから着信が入ったのか。マティウスは急遽話を中断し、通信に応答した。

 

 「ぼくだよ――え? う、うそ……うん、うん……わかった」

 

 連絡を一通り聞いた後、彼はゆっくりと通信を切った。衝撃の事実を聞いてしまったのだろうか、その声は微かに震えていた。どちらにせよ、あまり良くない報せを聞いたのだろうということは分かる様子だった。

 

 「……何があったんだ」

 

 ハンニバルは慎重に聞く。

 

 「うん、それがね……」

 

 マティウスの声は徐々に湿り気を帯びていき、しまいには嗚咽し、涙を流し始めた。

 

 「ごめん……ごめん……守れなかった……」

 

 彼は震える身体を抱く。

 すると、続いてバージルも誰かから通信を受け取ったようだ。

 その反応から察するに、奪還派の陣営に対して不利、もしくは中枢が攻撃を受けるレベルの報告を聞いたのだろうか――。

 ハンニバルはその時、そのように考えていた。

 だとしても、まだ自分に影響を及ぼす範囲内ではないだろう――少年は、そう判断していた。

 

 「……本当に何があったんだ? 教えてくれよ! 俺が出来ることだったら、何だってするからさ……」

 

 何も知らない少年は、何が起こったのか改めてマティウスに聞いた。

 お前は覚悟を持って聞いた方がいいという、バージルからの視線が注がれる。

 

 「……ごめんね、ハンニバル。実はさっき――」

 

 ひとつ謝ってから、マティウスは正直に伝えようと重い口を開く。

 

 「……いや、いい。きみが今知っていいことじゃないからね」

 

 結局、その事実を少年に対して伝えることを諦めた。

 その方がいいと判断したからだ。

 すると彼はクラウディアを抱きかかえて立ち上がり、出口へと踵を返した。

 

 「ぼくはこれからのことについて話し合うために、クラウディアと一緒にエンピレオへ戻らなくちゃいけない。きみは、そのまま旅を続けていてほしい」

 

 マティウスはハンニバルに対し、クラウディアと一緒に一旦エンピレオ宮殿へと向かうことを伝えた。

 すれ違い様、少年はマティウスを呼び止め、相手を気遣うように謝った。

 

 「……ごめんな。無粋なこと聞き出そうとして」

 「……問題ないよ。きみがこれからも元気でいてくれれば、それで十分」

 

 ――きみはいつまでも、みんなの笑顔を守る存在であり続けてね。

 マティウスはそう言い残して、この場を去っていった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

9.二人の決意「希望は捨てない……たとえどんな苦しみが立ち塞がっても!」

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 「酷い有様になっちまったな……」

 「そうだね。……僕が間に合っていれば、こんなことには――」

 「いや、お前のせいじゃねぇよ、俺も悪い。……全く、お互い様だな~俺達は」

 

 二人だけの空間となった、焼かれた大聖堂。

 神聖な空間は、神に打ち棄てられたかのように身を潜め、かつて華やかだった面影だけが、そこに残されていた。

 

 「そういやぁさ、あの人が言ってたことって――バージルも同じような話、聞いてたのか?」

 「……それがどうかしたの?」

 「いや、アンタなら話してくれるかもって……」

 「駄目だ」

 「はぁ!? じゃあなんなんだよ~。俺、そういうの放っておけないんだけど!」

 

 ハンニバルは、ワンチャンあるかもしれないと思ってマティウスから聞いたことをバージルにも聞き出そうとしたが、彼も口を噤んだ。

 

 (……まぁ仕方ないか。そのうち分かるっしょ)

 

 誰も彼も明かしてくれないことをいちいち引き摺っていても仕方がないと、少年は気になっていることを、一旦頭の片隅に置いておくことにした。

 

 少年は改めて、自分が遭遇してきた出来事や、出会ってきた人物を振り返る。

 中枢都市の衛士である兄妹、自分を殺そうとした執事、糾弾教会の人達に、英雄候補とされている少し変わった人達。そして、ベアトリーチェ――。

 奇妙な点は多々あれど、外の世界の広さを実感できる。そんな体験をしてきた。

 みんな自分を巻き込んでいて、守ろうとしている人もいれば、排除しようとしている人もいる。

 そういう人達に対して自分はどうすればいいのか――。

 当然、自分が出来ることで恩返しをするしかないのだ。

 “初代陛下”――ソロ・モーニアが亡くなり、あの事件が起こってから300年。

 世界は佳境を迎えている。

 少女の、あの強大な力を前にして、自分たちは立ち向かえるだろうか?

 ハンニバルは、今のままでは苦戦を強いられるのではないかと考えていた。それは、先程初めて鉢合わせしたときに実感していたからだ。

 彼女が全ての冠を集めてしまったら、きっと自分達人類はまた滅ぼされてしまうかもしれない――そんな考えが彼の頭を過ぎっていた。

 それが出来るのは、誰だ?

 みんなが言っている、予言の英雄とやらかもしれない。

 もし……それが本当に――“本当に”自分だったとしたら?

 そんなことを考え始めると、自然と、少年の口元の口角が上がっていく。

 彼が自分自身でそれに気が付いたのは、バージルに声を掛けられてからだった。

 

 「おい、にやけてるぞ」

 「え? あ……ごめん」

 

 うわマジか……と、ハンニバルは自分の口角が無意識に上がっていたことに今更気が付いてしまう。

 友人に恥ずかしいところを見られてしまい、少年は照れ臭くて無意識に頬を掻いてしまった。

 

 「それで? ……何考えてたんだ?」

 「あぁ、それが……」

 

 バージルは先程とは違って穏やかに少年へと声を掛ける。

 友人の優しい気遣いに応えるように、ハンニバルは正直に口を開いた。

 

 「俺、やっと自分のすべきことが、わかった気がするんだ」

 「へぇ……それはなにかな?」

 

 バージルが試すように問いかける。

 

 「あの剣をテホムで見て、ブルータスさんからいろんな話を聞いたとき、聖剣《あいつ》の新しいご主人様になりたいって、ちょっとだけ思ったんだ。だから――」

 

 ハンニバルはいつもの笑顔で、天に手を伸ばしてこう言った。

 

 「親父みたいになるんじゃなくて、親父を超えたい」

 

 「親父を超えたい」と言うと当時に、決意するように伸ばした手を強く握りしめる。

 

 「ジュワユースは、俺が“連れていく”。誰にも奪わせない」

 

 少年の心には、ただみんなを助けたいという強い意志が元からあった。

 みんなを助けられる存在になるため、少年は今まで努力してきたのだ。それなら、自分自身に出来ることをしたいと考えるのは当然。クラウディアやブルータスのようにロクに魔法すら使いこなせないが、強くなるためにと今まで培ってきたものなら、誰にも負けない自信があった。

 

 ハンニバルは、テホムでジュワユースの宝石を見たあの時、直感で何か特別なものを感じたということを、バージルに伝えた。

 初めて赤い宝石と目が合ったとき、より一層輝き、まるで自分を探していたかのような“何らかの意思”を感じたということを。

 

 「……そうか。なら、頑張れよ」

 

 バージルは珍しくはにかむように微笑んで、そう言った。その表情には、心配事が無くなったような、晴れやかな気分すら感じさせられる。

 しかし、ハンニバルはそれでは満足しないのか、わがままを要求してきた。

 

 「は!? それだけ!? それはねぇよ! もっとあるだろ、なんかこう――」

 「あーはいはい。いつまでも他人の脛かじってたら強くなんかなれませんよ~だ」

 

 ハンニバルはバージルに迫ったが、顔の距離が近くなったところでそれを片手で制した。

 

 「とっくに覚悟ついたんだったら、これからはいつもより数倍くらい頑張らないと」

 「なっ……お、お前が出来たからって、俺に出来るとは限らないだろ!?」

 「お前、衛士のクラスいくつだよ」

 「金だよ」

 「ほら、自己評価と自己研鑽出来る才能なんて僕よりあるんだから、バルなら出来るって」

 「……」

 

 自分よりも努力家で優秀な友人にそれを言われると、返す言葉が思いつかない。

 根幹を突かれるようなことを相手に言われてしまったハンニバルは恥ずかしくなって、ぷいっと目線を逸らしてしまう。

 自分の実力に自信がないと言えば嘘になるが、特別誇れるものでもない。ましてや、あの少女相手に今の自分が通用するはずもなかった。

 バージルは既に一人でどうにかなるかもしれないが、俺自身は――。

 

 「何? 困ったら誰に頼ればいいかって?」

 「な、なんでわかるんだよ!?」

 

 そんな少年のそんな考えだって、親友にとってはお見通し。

 

 「顔と目見ればわかる。お前って本当に分かりやすい奴だよな~」

 

 からかうようにそう言いながら、バージルはハンニバルの両頬を軽くつねった。

 

 「う~……ジルに言われたくはないな……」

 

 バージルは両頬から指を離すと、今度は少年の肩をぽんぽんと軽く叩いた。

 

 「とにかく、困ったら僕やまわりに頼ればそれでいい。いつまでもひとりで抱え込んでいたら、破滅するよ」

 「……ありがとう、ジル。お前やっぱ優しいな」

 「やめてよ、照れるから……」

 

 突然優しく笑いかけてきた友人に対し、バージルもまた、どこかむず痒い気持ちになって少し照れ臭く笑い返してしまった。

 ふと、ハンニバルが拳を突き出す。バージルは一瞬戸惑ったが、相手の瞳の輝きと目が合った瞬間、すぐにその意図を理解できた。

 

 「さ、こんなくだらない戦争、絶対終わりにしようぜ! ジル」

 「言われなくてもわかってるさ、バル」

 「あぁ!」

 

 「「二人で一緒に」」

 

 お互いの拳を突き合わせ、二人はそう決意した。

 必ず戦争を止めて、平和な世界を取り戻すと。

 それは決して、一人の力だけで成し遂げられるものではない。

 二人でなら、絶対に――。

 お互いには、そうやって信頼しあえる、絶対の絆があるのだから。

 

 ――

 ――――

 

 その少し前。聖堂の屋上にて――。

 マルコと偵察にあたっていたカトだったが、予想外の出来事に遭遇しまくり、頭を痛めていた。

 自分達があまりにも使えなくてキレているわけではない――いやそれもあるかもしれないが、そんなことよりも、ドミネイターの幹部2人+首領1人がかちこんでくるという有様が実際に発生したということに対して、カトは怒らずにはいられなかった。

 実際、糾弾教会に所属しているもう一人の衛士が現地に居合わせている……はずなのだが、彼がポカをやらかしたせいだとカトは最初予想していた。

 そう考えて急遽彼に通信を入れたものの、返ってきたのは明らかにこちらを舐め腐ったような返事だった。

 

 「エピクロス……お前、なにしてんだ!! 事前に共有しておいたプランはどうした! あぁ!?」

 『え~、しょうがないじゃないすか。こっちもそんな、女王様が直々にこっち来るなんて聞いていなくて……あ、反省してま~す』

 「“聞いてなかった”? あーそうですか。正体ばれたらキャリアに響くからこっち側の支援にも行けないもんな~あーそうだもんな!」

 『あの子がどんくらい強いのか間近で確認できる絶好のチャンスだったのにな……残念』

 

 電話越しの相手――エピクロス曰く、“上手く撒いた”際に丁度大聖堂内部でひと悶着起こったらしく、自分よりもそっちの対処のほうに相手を誘導しておいた方がいいと判断し、一時撤退したらしい。

 結果的に対処は間に合わなかったものの、両者の顔合わせくらいは収穫できたという。

 そんな同僚の何気なさそうな報告は、カトにとって何気ないものであるわけがない。

 自分達が検討に検討を重ねまくって考えたプランとあまりにもかけ離れて、自分勝手に動くエピクロスに対し、カトも頭を悩ませていた。

 

 「あのなぁ……お前はそうやってヘラヘラしているがこっちは大変なんだぞ? わかってるのか?」

 『うわ~! 嫌な言い方。“あっち”の方が全然マシだわ』

 「ンあ゛ー畜生! お前は一体どっちの――」

 「カト、何してんの?」

 「え? あぁ、マルコか。どうした」

 

 今度は横からまた一人手のかかる「ベルトラン・マルコ」という名前の、白いチンパンジーが話しかけてきた。

 

 「姐御から通信」

 「は? 今オレはなぁ、こいつの――って、あれ?」

 

 マルコが話しかけてきた隙に、どうやら相手は勝手に通信を切ったみたいだ。

 カトは釣り竿にかかった獲物を逃がしたような気持ちになったが、相手が相手なので仕方がない。

 

 「まいっか……さて、姐さんがなんだって?」

 

 こいつらの相手をしているだけでも疲れるが、だからといって仕事中に気を抜いてはいけない。

 カトは気を引き締めて、上司――ソフィーアからの通信を許可した。

 

 「どうしましたか、クイナさん。なにか報告でも?」

 『突然ごめんね~。で、状況は?』

 「なんだ、ただの状況報告か……えっとですね――」

 

 どんなことかとハラハラしたカトだったが、そんなものは自分の考えすぎの範疇だった。

 カトはソフィーアに対し、丁寧に、淡々と状況報告をしていく。

 それを電話越しに聞いていた彼女は、全て聞き終わった後、個人的に気になっていることを質問した。

 

 「――報告は以上です」

 『ふ~ん、成程ねぇ。それで? あの子はどうだった?』

 「……ハンニバルのことですか?」

 『その子以外に、誰がいるってのよ』

 

 ソフィーアは、さも当然だと言わんばかりにハンニバルの様子を聞き出そうとしている。

 そんな彼女の様子を伺ったカトは、珍しく嬉しそうに「いい子でしたよ」と答えた。

 

 「彼なら大丈夫そうです。きっと、こんなクソくだらない戦争を終わらせてくれますよ」

 

 「マルコもそう思うだろ?」とついでに、横にいる本人をチラッと見る。マルコは一度怠そうにため息をつくと、首を縦に振った。

 

 「ま、そこら辺のオカピよりかは優良なんじゃないんすかね~」

 「どんな例え方だよ……」

 

 カトのツッコミを頂いたマルコは、満足そうな顔をした。

 

 『……そっか。二人が認めてるんなら、私も期待しちゃおっかな』

 

 電話越しに二人のやりとりを聞いていたソフィーアは、その様子を微笑ましく見守っていた。

 

 『――さて、二人共、一旦こっちに戻ってきなさい』

 「……え? 待ってください。今この状況で、ですか?」

 『こっちはエクトルとカトレアさん達でなんとかするってさ。だからご心配なく』

 

 上司から仕事を終えるよう指示をもらったカトだったが、この状況で一旦区切りを付けるのには少々疑問が残っていた。

 しかし、どうやらバルディア側で支援部隊を派遣することが決まったらしく、後のことはあちらが全てやってくれるという。

 

 「……そうですか、ならよかったです」

 

 その人達なら任せて大丈夫かもしれないと、カトは安心した気持ちになった。

 

 『話をわかってくれたみたいでよかったわ。それじゃ、引き継ぎよろしくね』

 

 ソフィーアはそう言って通信を切った。

 

 教会へ戻ろうとしたカトだったが、マルコの様子がどこかおかしい。

 ふと彼の様子を見てみると、東の方角をじっと見つめていた。

 

 「どうした、マルコ。何か気になることでも?」

 「……」

 

 カトが何度声を掛けてもずっと向こうを見ていたが、気のせいだと判断したのか「いや、別に」と言って、途端に目を逸らしてしまった。

 

 もしかしたら、勘のいいマルコだけが“気づいていた”のかもしれない。

 何故なら……その視線は、ネオペルセスがある方面を、向いていたのだから――。




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次回更新→不明



お久しぶりです。
本来は8話で終わるつもりだったのですが、話さなきゃいけないことが増えてしまい、結果的に9話分になってしまいました。
あと2年も空いてしまいました。誠に申し訳ございません。

なんでこんなに空いたんだよっていうのには。理由がないわけではないです。ちゃんとあります。色々と。

ひとつは、2年前くらいから生活上の様々なの事情で、文字と向き合う時間が減ったこと。
もうひとつは、自分の将来について考えた結果、文字よりも絵を優先的に伸ばすことを決めていたからです。
そしてあともうひとつは、文字を書くことに義務感を抱いていたからです。
2つめと3つめの順番逆だろって感じですね。すまん。

特に大きかったのが、文字に対する義務感についてです。
とある時期から文字を書いていてイライラすることが多くなり、無理にひねり出してもキモいしくだらないなと考え、昨年のほんの数ヶ月程度ですが、文章から一旦身を引いていました。
結果的にイラストを伸ばす余裕ができましたし、絵に対する向き合い方や心構えを変えるいい機会になったので、収穫は多かったです。
文字に関しては、気が向いた程度のときに手を付けることにしました。
私の趣味中の趣味で書いているので、作家になったりとか、そういう考えはないです。だってほら、日本語下手くそな奴が一次創作でコンテストとか応募しても……ねぇ?

ということがあって、絵を優先することになったので、また次回も100年後とかになると思います。
あと絵といえばブルータスの立ち絵がすでにありますが、今の自分基準で見たらあまりにもあんまりなので、描きなおします!!!!!!はい。
地獄編はあと2キャラ分でおわりになります。
それが終わったら次は煉獄編です。
ではまた。あばよ。
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