楽園異聞録 ~ Metaverse地上編外伝   作:μtos

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執筆時期は2025年2月
2026年3月15日 現在の設定と矛盾が発生する為職業欄を変更(間違ってはいないので残しておこうかなと思いましたが、結局変えました……すみません)

★当作品はSEGA様の大人気アーケード音楽ゲーム『CHUNITHM』の二次創作作品です
★この物語には、版権オリキャラ、拡大解釈などなど、オリジナル要素が多量に含まれています
★原作とは違う年代/世界軸での物語です。なのでほぼオリキャラしか出てきません
★世界観の基礎基本は原作から引用していますが、数百年先の未来でのお話なのと、自己解釈や欲望をふんだんに使っているので殆ど独自の世界観で構成されています。原作知らなくてもほぼほぼ大丈夫……だと思います(一応めちゃくちゃにざっくりとした振り返りは入れています)
★作者自身の独自解釈や自由な発想、そして欲望の下、制作されています
★原作のレイアウトや書き方をリスペクトして書いています。なのでみなさんがいつも読んでる小説やSSよりも特殊な構成です
★ぐ だ ぐ だ で す
★作者自身は原作であるSEGA様とは一切関係ありません。私は只のしがないチュウニズマーです

特に『版権オリキャラアレルギー』がある方は今すぐこのページから離れることをお勧めします。原作から引っ張ってきたゲストキャラはいますが、基本うちのオリキャラしか出てきません。心が寛容な人だけ、よろしくお願いします。


私は元々、自分の想像を具現化することが苦手な人間です。
まだまだ発展途上なので、所々拙い部分や雑な部分があるかもしれません。
それでも見てくれるモノ好きな方だけ、レモネードでも嗜みながらどうぞ。


アリス=メイリア・イシュメイル STORY

―――――――――――――――――――――――――

 

1.大地の後継者の末裔

 

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 名前:アリス=メイリア・イシュメイル

 年齢:18歳(ゼノンと初めて出会った当時)→41歳(現在)

 職業:元機械種の研究者・衛士/現在は専業主婦

 規律:秩序・善

 

 イメージ曲:Destiny / Yooh

 スキルシード:道化師の狂気

 トランスフォーム:アリス=メイリア・イシュメイル/someone I should love

 

 第一次帰還種「レナ・イシュメイル」。

 彼女は400年ほど前に、メタヴァースという仮想世界から現実世界に降り立った最初の帰還種だった。

 しかし、当時まだ幼かった少女が初めて目に映した光景は、反乱や奪い合いなどという絶望に満ち溢れ、語り継がれた伝説の楽園はどこにも存在しなかった。

 多くの仲間に守られ、そして多くのものを失っていった彼女だったが、ただひとつ、その優しさと希望だけは捨てなかった。

 少女は誰よりも慈悲深く、そして感情を共有しあえる存在だったからだ。

 やがて大人になった彼女は、当時真人の代表を務めていた人物と接触する。

 聖女「レア・エ・フラータ」。

 レアもまたレナと同じく、この絶望的な未来を変えたいという考えを持っていた。

 聖女が同志であると判明した瞬間、彼女らはお互い和解し、終戦後にペルセスコロニーを共同で管理することとなった。

 

 これが、かの有名なイシュメイルの先祖様のお話。

 私――「アリス・イシュメイル」は、そんな数百年も前から続いている系譜の末裔。今現在、カンダールコロニーの領主を務めているお父様の一人娘。

 イシュメイルの家系は、レナ様が就いた時期から暫くの間、ペルセスコロニーの監督官を繋いでいたみたい。しかし、ある出来事を境に、一旦カンダールコロニーに戻ってきたという。

 それからというものの、特別変わったことは特に起こらず、成り行きで代々その座を繋いでいった。

 私も、多分死ぬまでは普通のお嬢様として生き続けるんだろうなと、その頃はなんとなく考えていた。

 

 “彼”に、出会うまでは……。

 

 ――

 ――――

 

 「アリス様、お父様がお呼びです」

 「……あのお父様が? 珍しいわね。一体何の用かしら……」

 

 話は、私がまだ“彼”と出会う前――まだ少女だった頃まで遡る。

 ある日、召使いの女の子から、お父様が何か私に話したいことがあるという連絡をもらった。

 いつも仕事ばっかりで無口なものだから、普段はあまり話を聞いてくれないし、話しかけてもくれない――そんなお父様から積極的な行動が出たのはレアケースだった。

 半信半疑で執務室にお邪魔すると、向かい側にはいつも通りお父様が座っていた。

 

 「……本当に珍しいわね。何か私にやってもらいたいことでもあるの?」

 

 何も言わずに私をじっと見つめていたお父様だが、しばらくしてようやくその口を開いた。

 

 「あぁ、そうだ」

 

 「それは何?」と私が返事をそのまま返すと、どうやらカンダールコロニーの地上の調査班から、ある変わった報告が入ってきたらしい。

 私の目の前に投影された写真には、奈落をそのままそっくり再現したかのような光景が映し出されている。

 お父様曰く、彼らが任務終わりの帰路についている途中、地上のネットワークに登録されていない謎の廃棄都市を発見したという。

 調査班の推測によると、地名の登録されていなかったのは、環境の問題などによってその都市周辺地域の再生が、長らく後回しにされていたことが主な原因とみられている。

 とはいえ、かつてどこだったかわかる記録も曖昧な場所だ。危険が潜んでいる可能性も十分考えられることから、彼らは一旦、調査を諦めたという。

 

 ……一通り話は聞いたものの、どうしてお父様が私にその話をしたかったのかは疑問が残る。

 

 「……ところで、どうして私にその話を持ち掛けてきたの?」

 

 私自身は、旧人類種の黄金時代や、この地上の歴史についての知識を幼い頃から読み漁っていた。

 だからこそ、正体不明の地域に関して一定の興味こそあるものの、お父様がその調査を直接命令してくることは無い筈だ。

 

 「あぁ、実は……そのことについて、今丁度話そうとしていたところなんだ」

 「何よ。ほんと舌足らずな人ね」

 「……そこは謝ろう。本当に、すまない」

 

 調査班によると、あの都市の正体に関してかなり有力なソースがあるという。

 それは、私たち真人が生まれるかなり前の時代。

 その時代にかつて旧人類種が住みつき、そして滅ぼされた都市である可能性が十分高いという。

 ……しかし、そんな前にとっくに滅びているのであれば、都市の様相は原型を留めていない筈。

 それをお父様に質問すると、どうやら当時の真人の“変わり者”達が密かに集まり、そして発展/修復させた可能性も十分考えられることが指摘されているらしい。

 その為、ネオペルセス側の調査が終わり次第、結果によっては探索許可が出ることもあり得るという。

 

 「あくまでも可能性の範囲内の話だが、興味があるなら、お前も調査班に同行してみないか? ここ最近は外に出してないからな……お前自身にも、何か得られるものがあるかもしれないぞ」

 

 正直のところ、かなり迷っていた。

 自分の趣味の範疇でしかないが、こんな貴重なチャンスを逃がすわけにはいかない……でも、万が一自分の身に危険が及ぶ場所だったらどうしよう?

 その2つの考えの狭間で揺れていたが、優先すべきはやっぱり――。

 

 ――行けるんだったら、行くしかないじゃない!

 心の中にいる天使の私が、そう告げている気がした。

 

 「えぇ、同行しましょう」

 「……わかった。調査班には私の部下を繋いで連絡させよう。その間に、事前の準備を怠るんじゃないぞ」

 「ふふっ、言われなくてもわかっていますわ」

 

 行けるなら行く。見られるなら見る。気になることがあるなら、何が何でも機会を逃さず自分の五感で確かめる。それが私の信条だから。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

2.忘れ去られたもの

 

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 アリスが父親と対談した数日後、ネオペルセスから都市の安全性が確認できたことを証明する連絡がカンダールに届いた。

 これを皮切りとして、カンダールの調査班は廃棄都市の調査を正式に行うこととなった。

 

 調査班と合流したアリスは、枯れ木とカラスで飾り付けられた道を辿って、ようやく例の廃棄都市の前に到着した。

 都市の内部は荒れ果てており、今日の天気である曇り空と相まって、終末後の世界を彷彿とさせる雰囲気を醸し出している。

 建物の壁も朽ち果て、かつて高層ビルだったであろう構造物も、経年劣化や暴徒たちの手によるものだろうか――窓硝子が割れていたり、痕跡も無くなってぽっかりと穴が開いていたりしていた。

 道端は破れた新聞紙や空き缶などのゴミが散乱しており、まるで今も尚深刻な環境汚染に晒されているようだと、アリスは感じた。

 ふと何か持ち帰られる資料が無いかと考え、自分の目に留まった新聞紙を一枚拾ったが、既に文字が所々掠れていて到底読めるような状態ではない。

 新聞紙を風に渡すと、改めて自分の目の前に映る世界を一瞥する。

 この場所の有様を見て、アリスはつい溜息が出してしまったが……まだ何かあるかもしれないという予感だけは、何故か諦めきれなかった。

 

 ――

 ――――

 

 「う~ん……やっぱり何も無さそうね。時間の無駄だったかしら」

 

 その後も都市の調査を進めては新聞紙を拾い漁っていたが、目ぼしい収穫は今のところ何も見つかっていない。

 

 「もう帰ったほうがいいかしら――って、あら?」

 

 今後は調査班に任せて、自分は諦めて退散すべきかと考えたアリスだったが、ふと猫の鳴き声が耳に入ってきた。

 

 「にゃ~ん」

 「この場所に猫? 生きている生物がまだいたなんて信じられないわね……」

 

 いよいよ頭が痛くなってきたアリスだが、鳴き声がした方角を確認するため、周囲に目を配る。

 猫は、自分が立っている位置から右側――路地裏の方面にいた。

 

 「黒猫……私に何かを感じたのかしら」

 

 その真っ黒な姿を見た瞬間、そういえば路地裏をまだ調査していなかったことをアリスは思い出した。

 彼女がそれに気づくと、猫は路地裏の向こう側に走っていったが、何故か途中で立ち止まった。

 そしてそのまま動かずに、じー……っと彼女を見つめる。

 

 「もしかして、付いてきてほしいの?」

 

 アリスがそう呟くと、それに答えるように、猫は「にゃ~ん」とひとつ鳴いた。

 

 「はぁ……全く、しょうがないわね」

 

 猫が案内してくれる先に、きっと何かある筈。

 そう考えたアリスは、その後を付いていくことにした。

 

 一面に色とりどりの土管やパイプが張り巡らされた、路地裏の迷路。

 それを縫うように歩く猫の後を、アリスは付いていく。

 その道中にて、その迷路の向こう側にとある人影が目に入った。

 

 「人間……? もしかして、この猫の飼い主?」

 

 アリスは少し困惑していた。

 猫ならまだ理解できるが、この環境下で人間が住み着いているとは考えにくかったからだ。

 人影はだらしなく座ったまま壁に寄りかかって力なく項垂れており、動く気配が全く感じられない。

 気づけばその場に留まってずっと様子を伺っていたが、猫はその人影の前で足を止めていた。

 

 猫がいる場所まで移動し、更に近くでその人物を観察してみる。

 性別は体格的に男性だろうか。鮮やかな赤い髪を持ち、首を垂らして頭を下に向けている。首元にそっと触れてみたが、息をしている気配がない。寧ろ“冷たい”。

 もしかしたらもう死んでいるのではないかとアリスは思ったが、判断するにはまだ早いと感じ、観察を継続していく。

 しゃがみこんで顔を覗くと、眠るように目を閉じているが、その時点から既に端正な顔立ちであることが伺える。

 人形めいた美しさにアリスは一瞬どぎまぎしてしまったが、それよりも一際気になっていたのが、片目が布で覆われていることだ。

 これがもし人間の死体ならば、持ち帰って監察医と共に観察したいところではあるが……彼女はそこを思いとどまった。

 人間の死体特有の腐乱臭も無く、ハエも集っていないため、その場に放棄されたままの機械種の可能性も十分高いからだ。

 アリスは試しに、男性の首にもう一度手を伸ばす。そして掛かっていた髪をどかし、うなじの辺りを確認すると――。

 

 (――あぁ、やっぱり! これは機械種だわ)

 

 ――彼女の予感は的中した。

 男性の正体は、動かなくなった機械種だ。

 仕事や趣味の関係でアリスは今まで多種多様な機械種を見てきており、彼らの一致する特徴として首元に接続端子があることを、その経験則から熟知していた。

 いつ頃から動かなくなったのかはわからないが、この機械種の端子は、今の世代にはない特徴的な形をしているため、長い間停止していたことも考慮できる。旧世代種の素体ともなれば、研究資料として大分貴重だ。

 

 「どうしましょ……」

 

 アリスは一度身体を引っ込め、顎に指を添えて考える。

 このまま持ち帰って観察すべきか、それともそっとしておくべきか……。

 

 「……いいえ。判断するにはまだまだ早いわ。だって――」

 

 これがあるんだから――。

 そう言って荷物から取り出したのは、アタッシュケースの中に直接取り付けられたノートパソコンだった。

 周囲に誰もいないことを確認すると、アリスはパソコンを起動する。続いてコードを取り出してパソコンに繋ぐと、機械種の前でひとつ手を合わせる。

 

 「失礼いたします……」

 

 小さな声でそう言うと、彼女は対象のうなじにある端子へとコードを接続する。その瞬間からすぐに、パソコンのモニターにデータの羅列が映し出された。

 アリスはすぐにデータを閲覧し、この機械種の正体に関して何かわかることが無いか調べた。

 すると、驚くべき事実が彼女の目に入った。

 アリスは思わず目を丸くしてしまったが、改めてその機械種を見る。

 

 「驚いたわ……でも、こう見ると確かにそっくりね……」

 

 そう思いに更けてはいるが、心の奥底では、自分がこの事実を知ってしまったことへの複雑な気持ちも抱えていた。

 このままでは、持ち帰ってもその場に置いて行っても、どっちに転がっても罪悪感が残ってしまう。

 それに……彼女はその機械種の顔を見た時に、“ある感情”が芽生えてしまっていた。

 アリス自身もそれは自覚していたが、なんとなく受け入れ難いというか、その正体が機械種だと知った時にどこかつっかえたような感覚がして、考えるのを一旦やめていた。

 

 「……ううん、そんなの関係ないわ。細かいことを気にしたって、何も進まないんだもの」

 

 そう言ってアリスは再度荷物を確認すると、その懐から細長く透明な管を取り出した。

 そしてひとつ深呼吸をし、唇をきゅっと結ぶ。

 

 「よし。やるわよ、アリス・イシュメイル。だって、目の前で倒れている人を、放っておくことなんて出来ないもの」

 

 アリスは手に持っている管をもう1つの端子に差し込むと、自分の腕の肘――その内側に管と繋げられた注射針を刺し込んだ。

 彼女は、機械種が動かない原因について、エネルギー不足によるものだと断定した。

 そこで、メタヴァースシステムを起点とした都市のネットワークと繋がりのある自分の血を流すことで、意識の再起動を試みたのだ。

 

 そのままじっと様子を見ていたアリスだが、目が覚める気配もない。

 流石に意識が朦朧としてきたところで諦めようとした――その時だった。

 機械種の手が、一瞬ピクリと動いたのだ。

 

 「え……?」

 

 驚いて機械種の方を見たが、それどころか両肩にも一瞬動きが見えた。

 そして「うぅ……」という唸り声を聞いて、アリスは自分の血を流すのを止めた。

 目の前の相手はまるで蹲るかのような唸り声をあげていたが、それも覚醒してから少しの間だけだった。

 

 壁に寄りかかったまま、魘されたようにして額に片手を当てた彼は、ゆっくりとその目を開けて、目の前にいる女性を見た。

 

 「……ってぇ……誰だよ、俺と“繋がった”の……は――」

 

 そして、その片腕に貼られたバンドエイドを見る。

 自分と“繋がった”のが、まさかの人間の女性であったとは思わず、彼は目を見開いてしまった。

 

 互いの目と目が合った一瞬。その場が静寂に包まれる。

 それが、彼と彼女の、初めての出会いだった。

 

 

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3.その出会いは、奇跡か運命か

 

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 眠っていた機械種を起こしたアリスは、その時初めて彼の瞳を見た。

 人が持つものとは思えないほど、ガラス玉のように輝くエメラルドの瞳。

 一流職人が粘土で細工したビスクドールのような、鋭さと美しさを兼ね備えた顔立ち。

 寝顔を見ていたときはまだ確信に至っていなかったが、今改めてこうして見ると、自分達人間とは違う生き物であるということを一目で見せつけられる。

 

 2人は言葉を交わすことなく、互いの目を離さず見つめている。

 ふと自分が見入ってしまっていたことに気づいたアリスは顔を真っ赤にして目線を逸らし、ひとつ咳払いをしてから改めて彼に話しかけた。

 

 「え、えっと……ご、ごめんなさいっ! ここに機械種が眠っていたのが珍しくて、つい……」

 「お、おう……」

 

 彼女は何かから逃げるように、外に出していた荷物を急いで纏め始めていた。

 そして開いていた蓋を閉めると、背中に背負ってその場を去ろうとする。

 

 「わ、私帰りますんで! 助かってよかったです! それでは――」

 「おいおい待て待て! 待てって!」

 「……え?」

 

 彼に呼び止められたアリスは、不意にパイプに足を引っかけてしまう。

 

 「ちょ、危な――」

 

 機械種の男は転びそうになっている彼女を急いで助けようと手を伸ばし――その身体を抱きかかえた。

 

 「おい、大丈夫かよ」

 

 焦っていた心がそろそろ落ち着いてきたところで、アリスは今自分が置かれている状況を把握するために目を開けてまわりを見る。

 すると、自分自身の腰に誰かの腕が回されていることに気が付いた。

 背中には、誰かと近くで触れている感覚。呼吸している感触とその吐息が、彼女の五感を嫌でも刺激していた。

 その正体を確認するべく後ろを振り返ると、そこには自分が助けた機械種の男――彼の顔があった。鼓動が早まり、胸がドクンと詰まる。

 

 「……大丈夫じゃなさそうだな、この調子じゃあ」

 

 男は呆れたような顔をしてそう言うと、アリスの身体を起こし、素直にその手を離した。

 当のアリス本人は、彼といきなり近距離で接触した現実を受け入れ難く、恥ずかしがるように自分の腰に腕を回した。体の震えが止まらない。

 

 「へ……変態!」

 

 口から出まかせで吐き出された言葉は、自分の奥底に芽生える感情と正反対のものだった。

 

 「はは、なんだよそれ。顔まっかっかになってるクセにか?」

 

 例の相手は、彼女のシンプルな罵倒暴言にも動じずヘラヘラしている。

 顔色を指摘されたことが恥ずかしくて、アリスはしゃがみこんでしまった。

 

 「ほら、そろそろ落ち着けよ少女さん。俺はお前ら人類に攻撃したりはしないから、安心しろ」

 

 男は彼女の目の前に回り込み、そう言いながら少女の頭をポンポンと優しく叩いた。

 

 「そんなに俺のこと直視できないのかよ。だったら――」

 「……へ? ひっ――あいたっ!?」

 

 男はアリスの顎をクイっと持ち上げ、なんとその頬に1回バチンと一撃をお見舞いした。

 

 「ほら、これで落ち着いたか? 落ち着いたなら、事情をゆっくり話し合おう」

 

 ――

 ――――

 

 「さっきはすみませんでした……最近こんなに綺麗な人を見掛けなかったもので、つい……」

 「あー……そっか。なんか、照れ臭いな。そう言われると……」

 

 彼がかましてくれた一発のお陰でなんとか落ち着きを取り戻したアリスは、先程の無礼を謝り、改めて自己紹介をした。

 

 「私はアリス。アリス・イシュメイルです。メタヴァースから地上に帰還した、帰還種様の末裔です」

 

 「あなたは?」とアリスが問うと、男は自分の名を名乗った。

 

 「俺は……ゼノン。ゼノン・ヴァンジェーロ。遥か昔に地上を再生していた管理プログラムの、最後の系譜に属する者だ」

 「遥か昔の管理プログラム……」

 「……それがどうかしたのか?」

 「いえ、いずれそのことについて話す時が来たら、話を聞きましょう。それより、今まではどこでなにを?」

 「あぁ、そのことなんだが……」

 

 機械種の男――ゼノン曰く、自分には今身寄りがない状態だという。

 それは彼が生まれた時から続いていて、誰かと出会うことも、馴れ合うこともなく過ごしてきたという。

 

 「そう……だったら――」

 

 罰が悪そうに話すゼノンを見て、アリスはすぐに決心した。

 彼女は彼に左手を伸ばし、こう話しかけた。

 

 「私と一緒に行きませんか?」

 「……え?」

 

 ゼノンは、ありえないものを見るような顔で相手の目を見た。

 そんなことを他人にされたのは、数百年生きてきたなかで一度もなかったからだ。

 彼女の目は、その強い意志を示すように輝いている。恐らく本心なのだろう。

 

 「さっきも言ったじゃないですか……あなたに惚れちゃったんです、私。だから……」

 

 ――あなたを連れていきたい。この限りなく広い世界へ。

 アリスはゼノンに対して、正直に言った。

 これでダメなら、諦めて帰るしかないのだ。

 そんな人間を目の前にして、ゼノンの顔からは笑いがこぼれた。

 

 「……はは、お前っておもしれー奴」

 「……え?」

 

 そして、男は少女の手を取った。

 

 「いいぜ。お前についていってやるよ」

 

 アリスの目がより一層煌めく。

 その一言だけで、もう充分なほど満たされたのだ。

 

 「あ……ありがとうございます!」

 「いや、礼を言うのはこっちの方さ。あと――」

 「……あと?」

 「……そんなにかしこまらなくてもいい。他者との上下関係なんて、仕事の時だけで十分だからな」

 

 

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4.ふたりの誓い

 

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 二人が廃棄都市の外に出た頃には、調査班はいなくなっていた。きっと先にコロニーへ帰ったのだろう。アリスはゼノンを引き連れ、調査班より遅れてカンダールに帰還することとなった。

 自分の邸宅に帰ってきたアリスは、父親にゼノンのことを紹介した。

 彼本人はかなり古い時代の機械種のため、何かの研究材料にされることを若干恐れていたが、父はそのようなものに興味が無い(寧ろアリス自身のほうが興味は大きい)ため、それならばと顔合わせを了承してくれた。

 

 「なるほど、君が例の……」

 「恐縮です、領主殿。しかし誠に申し訳ない。このような成りで――」

 「いや、私もさほど気にしていないから問題ないさ。さて、アリス」

 「はい、お父様――」

 

 父親はゼノンの身の上を知るや否や、快く歓迎してくれた。

 そして彼は娘であるアリスに対し「現代のこの世界を案内しろ」と、たった一言だけを残した。

 それは即ち「旅に出ろ」と、遠回しに命令していることに近しい。

 相も変わらず舌足らずな父だが、恐らくゼノンと自分自身の身を案じているのかもしれないとアリスは考えて、父の考えを信じていた。

 

 そんなこんなで、世界を巡ることになったアリスとゼノン。

 その最中に彼女は、ゼノンの生まれや過去についての話を聞く。

 彼曰く、覚醒したのは120年ぶりで、ソロ・モーニア様や先祖様の姿を見たことがあるという。

 まだ真人がメタヴァースの傀儡だった頃も知っているらしく、そのようなものに興味津々なアリスは、彼に出来る限り沢山の質問をした。彼女にとっては、このような話なんていくらあってもいいものだからだ。

 

 こうして2人が旅に出てから、数年の月日が経った頃。

 彼らは、とある遺跡の内部に足を踏み入れていた。

 地下へと続く暗い通路をランタンで照らすと、一面には壁画が描かれており、まるで壁の末端にいる“誰か”へと何かを運んだり捧げものをしたりしているように見えた。

 

 「これは一体……ゼノン、何か知らないの?」

 「……さぁ」

 

 アリスが謎の壁画について尋ねてみたが、ゼノンも特に詳しいことはよくわからない様子だった。

 しかし、まるで絵に隠された何かを探すかのように、ゼノンはそれをじっと見つめていた。すると――。

 

 「あぁ、でも――」

 「……でも?」

 「この先に行けば、わかるかもしれない」

 

 ゼノンは「確証は持てないが、これはかつてこの地上に存在していた“神”にまつわるものの可能性がある」とひとつの考察を述べた。だが、その“神”を崇拝する者達はもうこの世から全て消えているはずとも言う。

 アリスはゼノンの先祖のことなのではないかと考えたが、その予感は的中した。

 

 遺跡の最奥部にある祭壇。

 ランタンの灯りが必要のないくらい仄暗い光が、いつまでも部屋を下から照らしていた。

 そして、本題である目の前の壁には、二対の角を持つ若き雷神の姿が描かれていた。

 

 「……俺の先祖の姿だ」

 「そうなのね。これが、神祖と呼ばれる存在の……」

 「しかし、俺の知る『彼』の姿はあんなんじゃなかった。もっとこう、神としての意識が高そうな奴でもなかった記憶がある」

 

 「それにしても不思議だな」と、ゼノンは辺りを一瞥する。何か不思議な縁の力でここに導かれたのかもしれない――彼はそう、密かに感じ取っていた。

 

 「――あぁ、そうだ。折角だからこの場で、お前に面白い話をしてやるよ」

 「あら……興味深いわね。どんな話?」

 「“予言”の話だ」

 

 アリスは彼から、初代陛下の置き土産である『予言』についての話を聞いた。

 300年に一度、世界が大きな変化を齎す時代に現れる『変革の英雄』。

 救世主を統べ、頂点に君臨する者として、数多の英雄の中でも時代を塗り替える神のような存在。

 にわかに信じがたい話だったが、楽園事変を終わらせた初代陛下ことソロ・モーニア様こそが、その『変革の英雄』の立ち位置に属する人物であるという。

 そして今まさに、あれから300年の周期が経過しようとしているのだが――。

 

 「……その話って、何年前からあるのかしら」

 「さぁな。俺も他人から見聞きした話だから、よく知らない」

 「じゃあ、なんでさっき自信満々に話していたのよ」

 「♪~」

 「あ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

 口笛を吹きながら踵を返す機械種の男を、アリスが急ぎ足で追う。

 相手は何か知っているような素振りだったが、アリスが抱いたその疑問の中身をゼノンが回答することはなかった。

 

 ――

 ――――

 

 それから少し経過した、ある冬の日。

 アリスの父からクルーズ飛空艇の招待券を貰った2人は、終点のアメリカ大陸に到着するまでの間、暫くそこへ滞在する時間を与えられた。

 現代の高度なテクノロジー技術の集大成ともいえるこの艇体は、古典に出てくる巨大な鯨を彷彿とさせるデザインをコンセプトとして設計されている。

 巨大なゲームコーナーとカジノに、バーや浴場……そして劇場などを備えたこの遊覧飛空艇へ搭乗することは、欧州に住む人間たちにとって唯一無二の憧れとなっているのだ。

 そんな貴重な機会をアリスが見逃す筈もなく、ゼノンは彼女の欲に同行する形で乗船することになったのである。

 

 その黄昏時、日が地平線に沈む頃。

 アリスはバルコニーで独り、吹き付ける向かい風を浴びていた。

 

 (…………)

 

 最近になって、外の気温が一気に下がってきている。気が付けば、今年がもうすぐ終わる時期まで迫ってきていた。

 そうして時の流れの早さをこの身で実感しながら、冬の星空をぼんやりと眺めていると――背後からゼノンの声がした。

 

 「おい、そんなところで何してるんだ?」

 

 聞き覚えのある声が聞こえたアリスは、ハッとして後ろを振り返る。そこには、片目を隠した赤髪の男が立っていた。

 

 「風邪ひくぞ。中に入ったらどうだ」

 

 特に相手を気の毒に思うような気配もなく、率直な言い回しでゼノンはアリスに話しかける。心配する彼を他所に、アリスは首を横に振った。

 ゼノンがアリスの隣を取る。彼女は落下防止のために設けられた柵へ腕を添えて、何か物思いに更けているような表情をしていた。

 

 「元気のない顔してどうしたんだ? そんなに気に障ることがあったなら、俺に言えばいいのに」

 「……別に、大したことじゃないわ」

 

 そう言って伏し目がちに微笑んでいたアリスの顔を、ゼノンは見逃さなかった。

 自分が傍にいるというのに、彼女は一度も自分に顔を合わせてくれない。それどころか、わざと視線を逸らしているようにも見える。一体何を考えているのだろうかと、彼は気になって仕方がなかった。

 「俺と一緒にいて楽しいか?」とゼノンが念のために一度問うと、今度は首を縦に振った。それでも彼女の視線は、艇の行き先に在るままだ。

 

 「……そうか」

 

 一時の静寂が訪れる。

 気まずい空気感の中、風の音と鯨の鳴き声だけが、二人を包み込む世界で音を奏でていた。

 その鳴き声に、彼らは自然と耳を傾ける。

 暫くして空飛ぶ鯨が鳴くのを止めると、ゼノンは気になっていることを隣の相手へ聞く決心を固め、口を開いた。

 

 「なぁ!」

 「ねぇ!」

 

 口を開いたのは二人同時だった。そして今この瞬間、彼らは初めてこの場で目と目を合わせた。

 

 「あ――」

 

 なんとか雰囲気を紛らわそうとしたものの、彼らの間にまたぎこちない空気が流れてしまった。

 そんな中で、開口一番に口を開いたのはアリスの方だった。

 

 「……ゼノン?」

 「え、あぁ……さっきは、すまなかった――」

 「それはいいの! 私もだから……」

 

 アリスはそう言ってゼノンの手を半ば強制的に握り、自分の胸のあたりに添えた。唐突に積極的となった彼女に対し、ゼノンは少しだけ顔を赤くして困惑する。

 

 「えっとね、私……」

 

 そう言葉を前置きすると、アリスはひた隠していた本当の想いを彼に打ち明けた。

 

 「やっぱりあなたのこと、心の底から好きみたい」

 

 一際強い風が吹く。

 

 見開かれたゼノンの瞳を見据えながら、彼女は話を進める。

 初めて出会ったときから心惹かれていたのは勿論のこと、一緒にいる中で過去の辛い境遇や色々な話を聞く度に、一生を賭けて傍にいてあげたいという気持ちが強くなったこと――。

 これで終わってもいい。彼が自分から離れてもいいという覚悟の上での告白だった。

 

 「あなたを起動出来たのも、私の体にメタヴァースの血が流れていたからだもの。だから、あなたに何かあったときは、私が――」

 「もういい」

 「え?」

 

 彼を怒らせてしまっただろうか――その考えがアリスの頭を過ぎり、恐る恐る顔色を窺うと……。

 

 「もういい……それだけで、十分だ」

 

 その目には涙を浮かべていた。そして涙が決壊すると、ゼノンは自身の瞳から溢れたそれを拭う。

 

 「……どうしたの? そんなに感動することだったかしら……あはは」

 「うぅ、わりぃ……誰かから必要とされるなんて、生まれて初めてのことだったからさ……はは……」

 

 嗚咽を漏らしながら感情を吐露する機械種を見て、アリスは若干引いていたが、彼の境遇を考えるとそのような反応が返ってくるのは、かえって当然だろうか。

 しかし、自分があの時助けていなかったら、彼はどうなっていたのだろうか。もうずっと動かないまま雨に濡れて錆びついて、破棄される未来だってあったのだろう。

 ゼノンはいつの間にか、彼女の肩に顔を預けて大泣きしていた。そんな彼が満足するまで、アリスは彼の背中を優しく叩いていた。

 

 「……お前と出会えて、本当によかった」

 

 涙が止んだ頃。

 アリスに向き直ったゼノンはそう言うと、目を細めてはにかんだ。その目は、とても優しい眼差しだった。

 

 「俺もお前がいないと、多分無理だわ」

 「ふふっ……でしょうね」

 「「あははは!」」

 

 二人でひとしきり笑いあうと、アリスはゼノンに視線を合わせる。水晶のような綺麗な瞳を見つめながら、右手を彼の右頬にそっと添えた。

 

 「綺麗……」

 

 アリスは微笑んだ。

 彼女にとっては相変わらずのお気に入り。それも、今は一段と輝いて見える。

 

 「いや――」

 

 ゼノンは不思議そうな顔をして彼女の行動を見つめていたが、相手の意図を汲み取ったのか、アリスの左頬に自身の左手を添え返した。

 

 「お前の方こそ、綺麗だ」

 

 彼女の瞳は、先祖から代々受け継がれる淡い虹色を宿している。

 それはゼノンにはないもので、自分が持つものより余程価値のあるものだった。

 

 テラスに飾り付けられた花瓶の花びらが舞う。

 髪が風で揺れるなか、彼らを祝福するかのように、赤い星が一際強くキラリと煌めいた。

 

 「あなたと私、無機と有機。身体は違くとも、こうして想いだけは交わし合えるもの」

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

5.福音の寵子

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 ふたりが初めて互いの想いを打ち明けてから数日が過ぎた頃。

 アメリカ大陸の旅行を終え、故郷のカンダールコロニーに帰ってきたアリスとゼノンは、久方ぶりにこの地で過ごしていた。

 

 数百年に一度の珍しい流星群、その観測日。

 カンダールコロニーの都立公園では、深夜にもかかわらず多くの人で賑わっていた。

 シンボルでもある噴水――その傍から離れた森林地帯に置かれているベンチに、ふたりは腰掛けていた。

 

 「みんな、楽しそうね」

 「……そうだな」

 

 噴水広場から離れていても、人々の喧騒が聞こえてくる。

 カンダールは一面が砂漠だ。しかし、近年の環境保全活動によって一部の区画に限定する形で、自然保護や生態系の研究を目的としたエリアが設けられている。

 元々建築物だけが近代化したような寂れた都市だったが、入念な都市開発の結果、あのような賑わいを見せるまで発展を遂げたのだ。

 

 「あ……」

 

 そんなふたりだけの空間。

 アリスがぼうっとと空を眺めているうちに、既に星が降り始めていた。

 地球から見れば小さなものにしか見えないが、遠い星々や隕石が輝きを持ってどこかに落ちていく。

 生きているうちに一度見れるか見れないかの、貴重な大流星群だ。

 

 「……なぁ、アリス」

 「なに?」

 「あぁ、いや」

 

 見惚れている中、ゼノンが口を開いた。

 しかし、何かを口に出そうとしたっきり、言葉を詰まらせて誤魔化してしまう。その様子が微笑ましく感じたアリスは、つい小さく笑ってしまった。

 何事もなかったかのように、ふたりは視線を空に戻す。先程よりも、軌道の光がより一層強まってきているように感じられた。

 ふと茂みの向こう側から、誰かの声が聞こえてきた。それと同時に柔らかめのボールがアリスの頭を目掛けて飛んできた。

 

 「痛っ! ちょっと誰――」

 「あははっ! ボールさんまって~!」

 

 すぐにそこから姿を現したのは、10にも満たない子供だった。

 近場ではあまり見かけない髪色の子だったが、恐らく観光客だろう。

 続けて両親と思しき人物が、我が子を心配するように姿を見せる。

 母親は子供と目線を合わせるようにしてしゃがむと、一発頭を引っ叩いた。

 

 「もう、なんてことしてるんですか! ……ごめんなさい、うちの子が」

 「あ……いえいえっ、こちらこそ!」

 

 アリスは髪型を整えると、手に持っていたマゼンタ色のボールを子供に返した。

 

 「はい、ちゃんと大事にするのよ」

 「……」

 

 子供はアリスを真っすぐ見つめる。そして緑色の瞳をキラキラと輝かせると、満面の笑みで「ありがとう、おねえさん!」と感謝の言葉を伝えてその場を去っていった。

 見えなくなるまで、ふたりは親子の背を追う。

 考えていることは、著しくも同じことだった。

 

 「もし――」

 

 アリスが口を開く。

 

 「もし、あなたが人間だったら、今頃はきっと――」

 「……」

 

 結婚式を開いて、家族や知り合いに祝ってもらって、新しい家族と新しい家庭を築く――。

 ゼノンは機械種であって、かつての真人でも帰還種でもない。違う種族同士で恋をするということは、愛情や幸福と引換に、それ以上のものを得る権利を放棄することに等しかった。

 当たり前のことが出来ない――彼らにとって、これほどもどかしいことを目の前で思い知らされることになろうとは、考えてもいなかっただろう。

 

 アリスは顔を上げ、星空を仰ぎ見る。

 流星群はこれ以上ない輝きを放ちながら、空を渡っていた。

 

 「私たちの間に子供が出来たら、きっと今より幸せな気持ちになれるかしら」

 

 星に願いを口ずさむ。

 その時、不思議なことが起こった。

 

 ――キィィィィィン……。

 

 「……え?」

 「なんだ……?」

 

 どこかから、神秘的な音が聞こえる。

 不快な音ではない。逆に心地が良い。

 その音を聞いたふたりは、出所を探るために周囲を見渡す。

 音は止まない。寧ろ、鳴る度に木々が騒めきを強めていた。

 

 「一体どこから――いっ!?」

 「ゼノン……!」

 

 ゼノンが反射的に頭を痛め、ベンチに座り込んだ。アリスが彼を介抱しにいくと、またもや異変が発生した。

 騒めきが一気に強くなり、嵐のようにふたりを翻弄する。ここに立っているのも精一杯だ。

 アリスはゼノンに身体を寄せて突風が止むのを待っていたが、その気配は一向にない。

 暫くすると、より一層強い光が彼らを照らした。

 視界を再度確認すると、光は流星から発せられているものだとわかった。しかしその星は、他のものと比べても一線を画す光を放っていた。

 強い存在感を放ち、圧倒せんとするような、大きく、虹色に輝く流星。

 それはアリスたちの目の前に浮かび、そして彼らを待つようにしてずっとそこに留まっていた。

 

 「一体何なの……?」

 

 ゼノンの頭痛は止まない。

 アリスは彼にベンチでゆっくりしているよう唆すと、引っ張られるようにして、一歩一歩それに近づいていく。

 距離を詰めるにつれ、光と風は強まり眩ゆさも増す。しかし、不思議と目を焼かれるような感覚はなかった。

 

 気が付けば、星の核にまで手が届くほどの距離まで近づいていた。すると、アリスの脳内に不思議な声がこだまする。

 

 ――星を掴め。

 

 優しい声色だった。

 声の言うままに、アリスは星の核に触れようとする。優しく包み込むようにしてそっと両手で触れた瞬間、一層眩しい光が星から放たれた。

 あまりの眩しさで咄嗟に両目を閉じる。少し経つと光は消え、それと代わるように赤子の泣き声が聞こえてきた。

 目を開けると、柔らかいおくるみに包まれた人間の赤ん坊が、自分の両手の中で産声を上げていた。

 アリスは思わず目を丸くした。あの星の中に幼い子供が入っているという非現実的な現象を目の当たりにし、受け入れがたい気持ちになっていた。

 

 「ゼノン、どうしよう! 私……」

 「ったく、何事だ? え――」

 

 彼女はベンチで座るゼノンの元へと駆け寄る。彼にその赤ん坊を見せると、当たり前のように同じ反応が返ってきた。

 

 「おいおい嘘だろ、ここはメタヴァースじゃないんだぞ。あり得る筈がない……」

 

 ゼノンが恐る恐る赤子の素肌に触れる。少し触っただけで赤子は泣き止み、目を開いてこちらに目線を合わせてきた。

 その瞳はまるでふたりとそっくりで、穢れを知らぬ綺麗な緑に陽の光を灯している。

 その子が無邪気に笑うと、今自分たちの目の前にいる存在は、幻なんかじゃないと断言出来た。

 

 「でも、この子は一体……」

 

 アリスがそう呟くと、彼らの脳内に先程の声が応える。

 

 『その仔は貴方達の仔だ。我が子のように育てて欲しい』

 

 ふたりは思わず目を合わせてしまった。そして息を合わせるように、全く同じタイミングで赤子の顔を見る。

 赤子はそんな彼らの仕草を見て無邪気に笑う。恐らくこの子供は、ふたりを親として認識し始めたらしい。

 その面影が“ある人物”と重なったゼノンは、どことなく空を見上げる。そして何処にいるかもわからぬ声の主に対して、こう問いかけた。

 

 「なぁ、俺達でいいのか? 俺なんかがお前の系譜を受け継ぐなんて……」

 

 叫んでも、答えは返ってこない。直接伝えなくてもわかっている筈……ということだろう。

 確かに『神』の系譜を現代まで繋いでいる者は、自分しか存在しない。“だからこそ”なのだろうと、ゼノンは考えることにした。

 彼の不思議な行動を、アリスは横目に見ていた。真意こそ読み取れなかったものの、ある程度推察することは出来た。

 

 「『彼』とはお話出来た?」

 「……なかなか素直になってくれないけどな」

 

 ゼノンがきまり悪そうにそう返すと、ふたりして小さく笑い合った。

 

 「さて、名前はどうしようか」

 「そうね……」

 

 試しにおくるみを少し動かして確認してみたが、赤子の性別は男の子だった。

 

 「ふふっ、元気な男の子を貰っちゃったわね」

 「まさか、こんなことになるなんて思っていなかったが……」

 「えぇ」

 「で、決めたのか?」

 「あなたはどうなのよ」

 「……別に。そういうの苦手だし、お前が決めていいよ」

 「あらそう……だったら、もう決めてあるんだけど、いいかしら?」

 「気が早くて恐ろしいな……で、どんな名前だ?」

 

 アリスは一呼吸すると、ゼノンの目を見てこう言った。

 

 「『シャルル』……この子の名前はシャルルにしましょう」

 

 実はこの時までに、アリスは既に子供の名前を考えていた。

 男の子なら「シャルル」、女の子なら「ベアトリス」。それぞれ、自由と幸福の意味を持つ名だ。

 

 「……良いじゃないか。素敵な名前だな」

 

 『神』が授けた赤子――シャルル・ヴァンジェーロは、こうして未来へと『神』の系譜を受け継ぐ存在として育てられることになった。

 ――しかし、後に大いなる伝説の一端を担う存在になろうとは、当時の彼らは夢にも思っていなかった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

6.『自由』の名を持つ者

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 後日、アリスは赤ん坊の件について両親に明かした。

 彼女の母親が珍しく父親の執務室に居合わせていたタイミングを狙って、ふたりはシャルルの存在について包み隠さず話す。彼らは大層驚いた顔を見せたが、一方でアリスの母親は赤ん坊に興味津々な様子を見せていた。

 アリスの父親は相変わらず素直なリアクションを見せなかったものの、これからどうするのかとアリスに問いかけた。

 

 シャルルの親となったアリスとゼノンは、彼らと共にこの先のことについて意見を交錯させる。その中でふたりは、カンダールを去って新しい場所で3人一緒に暮らしたいと正直に伝えた。

 アリスの両親はそれを認めたが、どこで暮らすのかと父親が尋ねると、ふたりはそのことについて特にまだ決めていないことが判明した。そこで彼は、ブリテン島の悪妖精〈アンシーリーコート〉の手が及んでいない中東の地域を薦めた。

 特に『人民象徴都市ネオペルセス』――かつてのペルセスコロニーはゼノンも世話になったことがあるらしく、それならばと、アリスの父親の紹介状を監督官に手渡すことで、新居への移住も通常より手間をかけずに進めることが出来るようになった。

 

 かくして彼らはネオペルセスに移住することが決まり、そこで暫く一般市民に混じって生活することになった。

 ゼノンは都市監督官の上級管理職のひとつである外交官の席に就くことが決まり、アリスは専業主婦の傍ら、都立指定施設――博物館や記念館の管制室で警備員として働くことになった。

 最初こそ慣れるのに苦労したものの、ゼノンの経歴のお陰で人脈や生活資金に困ることはなかった。

 周囲の支援にも恵まれた結果、ふたりの子供であるシャルルも目覚ましい成長を遂げていく。

 その人懐っこく明るい性格で友人も日に日に増え、両親がいない時間帯でも特に仲の良かった家庭が彼の面倒を見てくれていた。

 同年代の子供たちと公園で仲良く遊ぶ姿を横目に見ることがあったアリスは、その様子を見る度、心が温まる気持ちになっていた。

 

 しかし、そんな普段通りの日常を送ることにも徐々に限界が近づいてきていたのを、彼らはこの時知る由も無かったのだ。

 

 それは、3人で暮らし始めてから数年の月日が経過したある日のことだった。

 

 「ただいまー」

 

 日没の時間帯、いつものようにシャルルが家の鍵を開けて帰ってきた。

 

 「はーい。おかえり、シャルル」

 

 息子の声を聞いたアリスは、食器を洗っていた手を拭くと、駆け足で玄関に顔を出した。

 

 「今日はいつもより遅かったじゃない。お友達とどこに行って――え?」

 

 アリスはその場で固まった。

 あり得ないものを目にしたような表情で息子の手元を見た。

 

 「ちょっとあんた……ズタボロじゃない! どうしたのよ、それ!」

 「――え?」

 

 ――

 ――――

 

 出血で真っ赤になったシャルルの手を、アリスは綺麗に洗い流した。傷痕が所々に残っているが、彼は痛みに顔を歪めることなく、寧ろ平気な顔をして不思議そうにしていた。

 その様子を見て、胸に引っかかるような違和感を覚えたアリスは、夕飯を食べさせる前にダイニングの椅子に彼を座らせ、その向かいに彼女も座った。

 

 最近、シャルルはこの年頃にしては妙な言動を取ることが増えていった。

 占い師でもないのに未来を知っているようなことを言ったり、今のように致命的な怪我をしても何も感じなかったり――そのくせテストの点数には毎度大きなムラがあるのだから不思議だ。

 何かおかしな幽霊でも憑りついているんじゃないかと思い、アリスは普段頼ってもいない霊能者に相談しようとしたときもあったが、それもシャルル本人に潔く止められた。

 様々な考えが交錯する中で、アリスは息子に問いかける。

 

 「……その指の怪我は?」

 「え? あぁ、これはオレのだから、母さんは心配しないで」

 

 母親が訝しんでいるにも関わらず、シャルルはいつもの様子で答えを返した。そして「あ、そうだ」とついでに付け加える。

 

 「最近何故か知らないんだけど、転んだり切ったりしても全然痛くならないんだよね。あと……」

 

 これだけならまだアリス自身でも知っているが、問題はその次の言葉だった。

 

 「最近、銀色や真っ赤な髪色の女の人とか、金髪のお兄ちゃんたちをよく見かけるんだよね。でも、いっかい目を離すだけでどっかいっちゃって……」

 

 自分にしか見えないという人々。

 話し声も聞こえるらしく、瞬きを我慢して近づいてみたこともあったそうだが……手を伸ばすとすり抜けてしまい、触れることが出来なかったらしい。

 

 「……そう。それで、その人たちが何をお話していたのかもわかる?」

 「うん、なんかピースメイカーがどうとか、ニアって人がどうとかなんとか……」

 

 「ピースメイカー」「アイザック」「ニア」

 アリスは、これらの単語に聞き覚えがあった。

 しかし、このことについてこれ以上は詮索してはいけない領域に踏み入ってしまう予感がしてしまった。

 特に心当たりは無い筈だが、アリスには何か引っかかる感覚がしたのだ。

 

 「……わかったわ、今日はありがとう。また何かあったら、お話を聞かせてちょうだい」

 「うん、わかった!」

 

 暗い顔をする母に対し、シャルルはニカッと笑いかけた。

 そんな息子に応えるように、アリスは夕飯の支度を再開する。

 いつも通りの日常に戻った中で、彼女はその合間にも息子のことを心の中でずっと気に掛けていた。

 

 (やっぱり何か変よ……。今度この子がいない時、ゼノンに聞いてみましょうか)

 

 ――

 ――――

 

 休日。

 シャルルを午前中から外に出すと、アリスはゼノンに先日息子から聞いたことを共有した。

 その際に、最近ゼノンが息子に対して過保護気味になっていた事実を突き止める。

 

 「……あなたも何か隠しているわよね? あの子も最近家にいることが増えてきたわ。今日みたいに近所の子たちと遊べなくなってきているし、少し機嫌が悪かった日もあるもの」

 「はぁ……お前にバレちゃ仕方が無いな」

 

 ゼノンはいつものように頭を掻くと、最近明かされた“ある重大な事実”をアリスへ明かすことにした。

 彼は言う。

 最近発表された研究により、予言書に書かれた英雄の特徴と名前が『シャルル』と明かされたこと――そしてその英雄譚に記された英雄の名前が、息子と完全に一致していることが判明したという。

 情報源は、主に中東地域の死海周辺を塒にしていた研究考古学会だった。

 予言書の全貌は黄金期末期から真人黎明期に書かれた偽典であり、その挿絵共々彼とよく似ていたという。

 偶然とはいえ、背中をなぞられるような寒気をゼノンは感じたらしく、以降シャルルの動向を注視し、彼の安全を最優先に世話をしていたのだ。

 

 「なんで……それをもっと早く言ってくれなかったのよ……」

 

 アリスは震える声で、懸命に気持ちを吐き出した。

 長年信頼に置いていた筈の相手にずっと隠し続けていた事実。彼女がそう言うのも無理はなかった。

 そんな妻の気持ちを他所に、ゼノンは話を続ける。

 曰く、自分が初めて息子の奇妙な言動を目撃したのは5歳くらいのときで、アリスが仕事で外出している際にゼノンがその世話を任されていた日のことだった。

 

 「大したことではないかもしれないが、俺の部屋に仕舞ってあった騎士王伝説の列王史を丸一日で暗記して、俺に聞かせてきたんだ。ヤケに頭のいい子だとは感じていたが……今思えば、寧ろその上を行く“何か”なんじゃないかとしか、考えられない」

 「……」

 

 アリスは一周回って黙り込んでいた。今のシャルルは、自分の思考の範疇を優に超えていて、出てくる言葉が思いつかなかったからだ。

 

 「とりあえず……これからどうするか、話し合いましょう」

 「偶然だな、俺も同じことを考えていたよ」

 

 そんな頭の中で真っ先に思いついたのは、これからのシャルルについてふたりで相談することだった。

 こんな時に喧嘩なんてしたら、彼を泣かせてしまう。そうならないように、まず“話し合う”ことが重要なのだ。

 

 ふたりは意見を交わし合う。

 ああでもないこうでもないと言い合う中で真っ先に決まった約束は、シャルルをこのコロニーから安易に出す決断をしないということだった。

 ゼノンは仕事の関係上、欧州を中心とした別のコロニーへと、仕事ついでに旅行へ行くことも少なくなかった。シャルルには現地で出来た友人も少なからずいるが、特にゼノンに至っては、今やニュース記事にも名前が載るほど著名な外交官となっている。

 その為、これからはシャルルの安全を考慮し、郊外へ出向くときは慎重な判断をして連れていくこと。今通っている学校もいずれ中退し、通信制の学校へ転入して学習を継続させること。そして彼の名前も秘匿し、シャルルという名を隠すための“もう1つの名前”を付けることもここで決まった。

 

 こうしてシャルルは普通の子供たちとは違う生活を歩むことになり、いつも遊んでいたグループの友人たちとは別れざるをえなくなってしまった。

 案の定、彼はいつも見せないような反抗的な態度を示して抵抗したものの、ゼノンが「お前の安全のためだ」と必死に説得すると、泣いて抱きついてきた。

 そして、後日招待されたバヴァリアの親交会に父親共々招待されたことがきっかけで、今も彼を支えている唯一無二の親友と出会うことになる。

 少年が心優しく明るい子に育ったのは、せめて自分たちだけはシャルルの心の支えになりたいと、両親が懸命に努力したおかげでもあるのだ。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

7.脅威を打ち抜く閃光

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 時は現在へ進む。

 成長したシャルルは学校に通いながらもネオペルセスの衛士のバイトに就き、父親のような偉大な存在になることを夢見て日々修練を重ねていた。

 そんな彼にも、故郷を離れる運命は避けられない。

 『予言の英雄』と同じ名前と髪色、そして双剣を持つ彼に目を付けた仙星十天のペトロ・ベルモンティは、ある日唐突にシャルルの父であるゼノンとの交渉を申し出る。その結果、歳若くしてシャルルをペトロ側に引き取らせることが決まってしまったのだ。

 これはゼノンにとっても半分不本意であったが、いつか自分の手から離れていってしまうことは理解していたらしく、アリスも彼の話を聞いて納得せざるをえない状況だった。

 だからこそ、息子がこの地を去る直前、アリスは自分がかつて愛用してたピアスをゼノンに託したのだ。

 

 「彼が寂しくならないように……お願いね、ゼノン」

 「お前……あぁ、分かったよ」

 

 子供の別れを目の前で見たくなかったアリスは、その場から足を動かすことが出来なかった。

 そしてゼノンが見送りに向かい、一人になった家の中で、彼女は声を抑えて涙を流し、息子の巣立ちを静かに見送るのであった……。

 

 そして、あれから日数がそう経たない頃。

 

 「――はい、今日は楽しんでくださいね」

 「ありがとう、お姉ちゃん!」

 「ふふっ、きっとあなたにとって大切な思い出になるわ」

 

 コロニーの監督庁舎に派遣されたアリスは、いつものようにゲート前で管制の仕事をしていた。

 中央の管理区画にあるこの庁舎には、かつてこの世界の治安を護っていた組織『ピースメイカー』の記念館が併設されている。

 彼らの活躍を一目見ようと、毎日多くの人々がこの建物にやってくるのだ。

 

 「今日もペルセスは穏やかね。ずっとこういう日が続いたらいいのだけれど、暇ばっかりなのも少し……」

 

 それは、毎日が平和であることを実感し、たまには何か起こらないだろうかと軽い気持ちで物思いに耽っていた時の出来事だった。

 

 ――ピー! ピー!

 

 携帯していた通信端末からけたたましい緊急アラートが鳴り響いた。彼女はそれに驚きつつも冷静に応答する。

 発信源から通達されたのは、ビジネス街区画で原因不明の爆発が発生したという連絡だった。

 普段ならば消防隊員が駆け付けるため、彼女はこの場から動くことが出来ない。どうでもいいことこの上なかったが、次の瞬間、今度は繁華街区画から大きな爆発が発生したという。

 

 「何が起こっているというの……」

 

 アリスは念の為外を覗いたが、その後も小規模な爆発と火災が立て続けに発生していた。

 その原因を突き止めるべく、アリスは「私もそちらに向かいます」と発信源に一言残すと、ビルのゲートを出てすぐに市街へと繰り出す。

 既に街中は、あちこちに火の手が回っていた。アリスはどこから手を付けようか一瞬迷ったものの、まず懐からレーダーを取り出す。

 レーダーがキャッチした異常な周波数を確認したアリスは、内部に侵入者がいることを確認する。

 ただちにそれらの数が最も多い場所へ直行しようとしたが――今すぐそうする必要はなかった。

 

 「……仕方ないわよね。よし、やってみましょう」

 

 アリスは両手の指の骨を音立てて折ると、漆黒に塗られた小さな銃を取り出す。

 音素兵器「トランクィロ」――それは、ペルセスコロニー象徴化100周年を記念して、メタヴァースの国家「青の国」の王家から賜られた記念品だった。

 ――実は今日、このトランクィロが窃盗されるかもしれないという話が館長から寄せられ、その対策として、アリスに一日託していたのだ。

 そして今、その銃をアリスが構えようとしている。本人は一瞬躊躇ったが、世界を護るために覚悟を決めて銃を構えた。

 

 「トランクィロ、今こそ世界の平和を護る時です」

 『――使用者認証完了。禁圧解除』

 

 カチャリ――という音が鳴ると、漆黒の銃身はその装甲を変形させ、予め掛けられていた拘束を解いた。

 アリスが照準を決め、そこにピタリと合わせる。

 

 「さぁ、平和を乱す者たちを蹂躙しなさい」

 『――超過駆動要請完全承認』

 

 銃と連動するように、アリスの瞳がキラリと煌めいた。

 ――閃光が放たれるまで残り十秒前。

 段々と増えていく心拍数。全身という全身に血が昇る。

 正直なところ、何が起こるのかアリスにもよくわからなかった。

 この銃が仮想世界から送られてから幾星霜、今までその力を誇示することはなかった。そんな謎に満ちた兵器が今、他ならぬ自分自身の手によって力を解き放とうとしている。

 どのくらいの被害が及ぶのだろうか。イオニアのクレーター以上だろうか? それとも――。

 そんなことを考えているうちに、気が付けば銃口から青い光が既にある程度集束していた。

 エネルギーを全て集めきると、十字型の眩しい光がアリスの視界を照らす。衝撃破や突風を伴って、超音速の巨大な粒子砲が一直線に空気を貫いた。

 

 「くぅ……っ!」

 

 あまりの衝撃に、アリスは目を開けていられなかった。何とか立ってはいられたものの、一歩でも地面から動けばそのまま吹き飛ばされてしまいそうだ。

 そして……ようやくそれが収まった頃。

 周囲の騒めきに気を取られて、彼女はようやく構えを落とし、両目を開けた。

 

 「……は?」

 

 その視線の先には、大きな穴が開いていた。

 先祖の所持していた音素兵器がイオニアコロニーの市街大規模で焼いた事件は歴史に残っているが、それ以上のものが今自分の目の前に映し出されている。

 アリスは、思わず目を丸くしてしまった。レーダーを確認するために、震える手を懸命に持ち上げる。

 敵の気配は、確かに無くなっていた。それでも、彼女には少し引っかかることがあった。

 それは、自分が都市を破壊してしまったことだ。

 そして、彼女はあることをようやく思い出した。

 都市を守護することに集中しすぎたあまり忘れていたが、この銃は“一度しか使えない諸刃の剣”だったのだ。

 

 ――やってしまった。

 

 冷静な判断が出来ず、一度きりしか使えないような切り札の力を早期に発動してしまったのだ。

 思考回路が真っ白になる。なんて自分は愚かなのだろう。

 空いたクレーターに視線が釘付けになる。予想以上の甚大な被害に、気を落ち着かせることが出来なかった。

 その場から一歩も動かない彼女を他所に、人々は障害物を突っ切るようにして逃げ惑う。

 様々な音が奏でる騒音の中、その空気を読まずに通信機から着信が入る。アリスはゆっくりと通信機を手に取ると、受信ボタンをピッ……と慎重に押した。

 

 「……もしもし」

 『平和記念館管制室のアリスくんだね、私は都市防衛軍司令官のハザックだ』

 

 電話の主は、コロニーの防衛に当たっていた者たちの司令官だった。

 彼は言う。あの場にいた者たちは皆地下シェルターに避難していたらしく、奇跡的に被害者は誰一人出なかったという。

 

 『つまり、君のお陰で街は守られた……ということだよ』

 「そう……ですか」

 

 アリスにとっては感無量だった。まさか自分の失態だと感じていたことが、幸運にも犠牲を出すことなく街を護ることが出来たという事実に、目から涙が溢れて止まらなかった。

 

 「うぅっ、ありがとうございます……ぐすん」

 『そう気に病むことはない。どれもこれも、君の先祖であるレナ様だけでなく、君自身が努力を重ねてきた結果でもあ――』

 

 司令官からの思わぬ激励にアリスが安堵する中――司令官からの通信が、突然プツリと途切れた。

 

 「え?」

 

 アリスが再度かけ直して何度も呼びかけるが、それでも応じる気配はない。その代わりに聞こえてきたのは、甲高い少女の声だった。

 

 『あーもしもし、でいいんだっけ? まぁいいや。誰か~、聞こえまぁすかーーー!!!!』

 

 陽気だが、どこか歪んだものを感じる。

 アリスはその声を聞いた途端、自分自身にとって最悪な事態が起きる予感を、この時察知してしまった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

8.グッバイ・イン・ワンダーランド

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 「……あなたは誰?」

 『アタシ……? やばっ、このアタシのこと知らないとかウケる~! 人間ってほんとバカばっか!』

 

 ケタケタとけたたましい笑い声がアリスの通信端末から響く。その声を直で浴びた彼女はびっくりして、反射的に耳を引いてしまった。

 

 『アタシの名前はメガイラ! ベアトリーチェ様率いるドミネイターのスナイパー部隊指揮官でぇ~~っす!!』

 

 通信先の声の正体はドミネイターの幹部だった。まさか悪妖精たちがペルセスを攻めてくる時が来るとは思いもしなかったアリスは、予想外の出来事に出くわし驚きを隠せないでいる。

 

 『ねぇお姉さん、メガイラと一緒に遊ばない!?』

 「――は?」

 

 メガイラはそんな相手の様子も伺わず勝手に喋り続ける。

 

 『え、もしかしてアタシが今どこにいるのか知らない?』

 

 相手にそう言われ、アリスは周囲を見渡す。

 その隙に何かがヒュン――と音を立てて、彼女の真横を勢いよく通過した。

 

 (何事……?)

 

 アリスは頭を止め、“何か”が通った方向に目線を向ける。するとそこには、小さな弾丸が煙を出して地面に突き刺さっていた。

 こうなってしまったら、動こうにも動けない。また撃ってきたら今度こそ自分の命が無いだろう。

 変な汗が噴き出る。息が荒くなる。

 自分を逆撫でするような声と不気味な予感が、彼女の動きを完全に止めていた。

 それと同時に彼女は、今相手がどこにいるのか分かってしまった。

 

 (このスピードなら、自分が今いる位置から相当の距離がある筈……)

 

 ――メガイラは確実に、自分の後ろの何処かにいる。

 アリスがゆっくりと後ろを振り向くと、相手がいると思しき方角を睨みつける。

 一方、その様子を狙撃眼鏡越しに見ていたメガイラは、その目を見て大層興奮鳴りやまぬ様子だった。

 

 『あはは、見つかっちゃったぁ~~っ!!』

 「耳障りな声で笑わないで」

 『は? 耳障りなのはそっちの方なんじゃないの~? 醜い顔して気持ち悪い目つきで、そうやってアタシのこと見ないでよ~』

 

 まるで、天邪鬼のような言いぐさだった。

 そんな相手の罵倒雑言に気を乱すことなく、アリスは自分自身を挑発した理由を問いただす。

 

 「なぜ私に話しかけたの? ハザック司令はどこ?」

 『え、司令官? あぁコイツのこと』

 

 メガイラはそう言いながら、通信越しに雑音を鳴らす。

 

 『喜びな? もう息してないから。あははははっ!!!』

 

 けたたましい笑い声が再び響く。

 何かが叩きつけられ、潰される音が容赦なくアリスの耳元で現実を伝える。

 見るに堪えない相手の挑発方法に対し、怒りは既に沸点へと達していた。

 眉間にしわを寄せ、歯を食いしばる。そして血が出そうなほど拳を握り締めて、彼女はその怒りを抑えるのに精一杯だった。

 ここは敢えて冷静に――片手で持っていたトランクィロをホルスターに仕舞う。代わりにもう片方の手で取り出したのは、自分が幼少期から愛用していた音素兵器「プロトポロス」。

 アリスは武器を切り替えるまでの一連の動作を無駄なく済ませると、メガイラがいると思しき構造物の屋上へと素早く照準を合わせた。

 

 『待って待って、今から戦うの? それはちょっと嫌だなぁ~』

 「その気が無いなら、今すぐにでもあなたを始末できるわ」

 『話くらい聞いてよ~。この世界で一番偉い人間様なら、平和的な解決方法もすぐわかってくれるよね?』

 「……どういうこと?」

 

 相手の思わぬ提案に、アリスは思わず息を飲んだ。

 

 『アタシは元々アンタを探していてね、アンタを探して連れてこい~って、誰かさんに言われて……平たく言えば、“ヒトジチ”に取られてる~ってワケ』

 「……人質? そんなの誰に――」

 『誰って……名前なんて知らな~い。なんか古臭い機械種さんが探してるっていうから』

 

 メガイラがクドクド言う“古臭い機械種”には幾つか心当たりがある。何なら、300年前から今現在までこの都市で稼働している機械種も何体か存在している。

 しかし、今アリス自身を探して回っている者がいるとしたら――“約一名”しか存在しえない。

 

 「嘘、もしかして――」

 『アハッ、折角だから正直にぶちまけちゃうね? アタシたち、あの古臭い機械種を殺すためにここへ来たんだ。なんかそいつが“アリス”とかなんとか何度も言ってたから、その“アリス”って人を探してたんだけど……アリスってあんただよね?』

 「っ……」

 

 自分が持つ特殊な瞳や髪の色は、ほぼ全て先祖代々譲り受けてきたものだ。

 アリス本人にとっては、嘘をつこうが否定しようが、言い逃れは不可能だった。

 

 『キャハハハハハハッ!! やっぱりアタシてぇんさ~い! てかアンタら二人して“脈あり”だったカンジ? うわぁ、違う種族同士で付き合ってたとか変なの~』

 

 メガイラが銃弾を装填し、アリスの頭上に照準を合わせる。

 アリス本人は諦めたように構えていた銃をそっと降ろし、潔く背を向き直した。

 

 「殺したいなら、どうぞ勝手に殺せばいいわ。死ぬのなんて、何も怖くないもの」

 

 ――終わった。

 自分の人生はここで終わりだ。

 これはもしかしたら、機械種に恋をした自分への罰なのかもしれない。

 そう考えたアリスは、自分の終わりを受け入れようと両目を閉じた――その時だった。

 

 『好きだったヒトに会えなくて残念だったね――って、あれ?』

 

 今にも銃弾が放たれとしたその最中。メガイラがいる構造物の遥か後ろの方角で、大きな音を立てて爆発が発生したのだ。

 集中に邪魔が入った少女は立ち上がり、驚いた様子で後ろを振り向いたが、特に慌てる様子もなく、寧ろその状況を見てぴょんぴょんと大喜びしていた。

 

 『キャハハハ! やったぁー! 間に合ったーーー!!!!』

 

 少女の声を聞いたアリスも釣られるようにして後ろを振り返る。そして火の手が上がる場所を見て、彼女は目を丸くした。

 爆発が起こったのは、自分が元いた場所である都市の管理区画だった。

 そしてそこには――まだゼノンがいる。

 

 「ゼノン、まさか――」

 『残念だったねぇ~! 古い機械種だからすぐ燃えて死んじゃったかもっ、あっはは』

 

 アリスの脳内に“絶望”の二文字が過る。

 両膝をついて立ち尽くす相手を他所に、メガイラは相手の様子を愉快に楽しんでいた。

 

 『というワケで時間稼ぎおーわり! 精々アンタも足掻いてガンバレ~! じゃ!』

 

 メガイラはアリスを気遣うことなく勝手に通信を切った。

 

 ネオペルセスの景色が赤く染まっていく。

 焦げた匂いと灰の味のする空気が、辺り一面に充満する。

 煙で黒に覆われた空。泣き出す幼子と、何処かへと走り去っていく人々。

 人々が長年かけて守り抜いてきた平和の象徴は、今混沌の使者たちの手によって2度目の滅びを迎えようとしていた。

 その光景を前にして、アリスは何をすべきか、その場から一歩も動けないまま呆然と考えていた。

 仮想世界の中でもないのに、この世界は不思議な出来事に満ち溢れている。

 普段ならば好奇心を抑えきれない彼女であるが、今悠長にそんなことを考えている余裕は無い。

 それに、自分一人この事態をただ傍観しているだけなんて、どう考えても出来なかった。自分の血が、それを許さないのだ。

 彼女の心の中から、ふつふつと気持ちが湧き上がってくる。

 数百年もの間眠り続けていた血が呼び覚まされる。

 

 「――そうね、レナ様。だって私は、イシュメイルの名を受け継ぐ女だもの」

 

 アリスは胸元付近で握り締めた自分の拳を見つめる。

 今の彼女に出来ることは、出来る限り自分の目の前で困っている人たちを助けること。そして何より……ゼノンの元へと一刻も早く駆け付けることだった。

 

 (彼の身に何か起こる前に、私が隣にいなくちゃ。目の届かないところで勝手にいなくなられたら、一番困るのは私だもの)

 

 自分の行動を遮る全てを心の中から断ち切った彼女は、意を決して立ち上がる。

 

 「私がそっちに駆け付けるまで、どうか待っていて……ゼノン」

 

 ゼノンがいるのは、管理区画の中枢棟――400年前から監督官たちが死守してきた、ペルセスのコアたるシンボルタワーだ。

 必ず迎えに行く。それまでどうか生きていて欲しい――。

 アリスはそう願いながら、中枢棟を目指して駆け出した。

 その瞳に、決意の光を燃やしながら。




チュウニズム公式サイト→ https://chunithm.sega.jp/
チュウニズム非公式wiki→https://wikiwiki.jp/chunithmwiki/

次回更新→1年以内
後書きはサイトの方で書ききってしまったのでそちらで↓
https://plus.fm-p.jp/u/mutos1201/diary/article?sid=572719



【Tips】
-音素兵器『トランクィロ』

ペルセスコロニー象徴化100周年を記念して、メタヴァース内の世界「超大陸エマーグ」にある国家「青の国」の王家から賜られた記念品。
第九音素臨界加速装置から大きくアップデートされたものであり、その正式名称は「第十三音素臨界加速装置」。
基幹システムと神話教国、そして別世界の巨大企業「リブラダイナミクス」による協力/監修のもと、世界を守護する切り札として製造され、デイブレイカーやナイン以上の高火力な一撃を放つことが出来る超強力な銃だった。
しかし、記念品として製造されたためかその力は諸刃の剣であり、一度使用するとそれ以降使い物にならなくなってしまう。
もう二度と使うことのないようにという願いを込めて「13番目の音素兵器」の名を賜ったのだ。
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