“生”を求めて   作:にわとり肉

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第壱話

 生きとし生けるもの、全ての存在は、この世に生まれた瞬間から“縛り”を受ける。痛みを、苦しみを感じる肉袋に閉じ込められるのだ。

 解放されるには特大の苦しみを味合わなくてはならない。故に生き物は生を全うしようとする。その過程で、生き物は子を育み、進化を遂げてきた。そして、“ヒト”、そして“ウマ娘”という存在にまで進化した。

 高度な知性を有した我らに振りかかる苦しみは大幅に減った。そのおかげで、地上の支配者はこの二種属が担っていると言っていいだろう。

 しかし、降り注ぐ苦しみが減った今や、我らが二種属は“生きる”という命題を持て余している。

 苦しみは同時に、生きることを実感させてくれる。

 故に。

 

 「人生は縛りプレイなんだよ。わかってくれました?」

 「は?」

 

 半ば条件反射的に飛び出た、ごちゃ混ぜな感情が入り混じった渾身の呟きは、無情にも澱んだ地下バ道の壁や床に反響し、流されていった。

 声の主、今年から“日本ウマ娘トレーニングセンター学園”、通称トレセン学園に所属することとなり、未来への期待と不安に武者震いをしていた若人であるトレーナーは、宇宙の深淵を覗き見た猫のような表情となっていたのだった。

 そして、その彼の目の前に立っていたウマ娘は、白銀に煌めく芦毛の髪を靡かせ踵を返し、こう曰った。

 

 「んじゃ、蹄鉄無しシューズ+手足に10kgの重り+残り4ハロン通過まで最後尾の縛り……あ、練習ほとんどしてないもか。で、華々しくデビューしてきまーす。はぁ〜生きてるを実感〜」

 「ちょっと待てェ!!!」

 

 飛びかけた理性を捕まえたトレーナーが、ついで、暴走を敢行しようとしたウマ娘の肩を捕まえるのは、自明の理であった。

 これが、このトレーナーと、その担当ウマ娘__アサナトスの出会いから続く、にぎやかな日常の一部分である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何をしているのですか、サナ」

 「裸ノーダメージ縛り」

 

 トレセン学園のとある一角。元々トレーナー室であった埃まみれの空き部屋に、よく彼女は忍び込んでいる。腰まで伸びた白銀の髪、見るものを和ませる垂れた目、そして、どこか浮世離れした雰囲気。それが、アサナトスというウマ娘である。

 ソファーに深く腰掛け、赤みがかった瞳が向くはゲーム機の液晶パネル。傍に立つ存在に対して、まったく興味を示そうとしていない。

 それは、彼女なりの信頼の証なのである。

 その厚意に甘え、隣に腰掛けたウマ娘は、金色に輝く瞳を伏せ気味にし、

 

 「ブレないですね、流石に通告を無視し続けて、四戦あった選抜レース全てをサボっただけあります」

 「……」

 「このまま退学でもするつもりですか?」

 

 ガン、と鈍い音が、むせ返りそうな部屋を支配する。アサナトスの手に握られたゲーム機が、木製のテーブルに叩きつけられた音である。

 液晶画面には、クエストリタイアの文字が描かれていた。

 

 「はあークソゲー。クソゲーだわこれ……んで、スフィちゃんは私にどうして欲しいのかなぁ〜ん」

 

 次の瞬間、金色の瞳のウマ娘の肩に、アサナトスの腕が絡む。しかし、眉ひとつ動かないウマ娘は、間近に迫った赤い瞳に向き合った。

 

 「友人として、私が貴女に対して思っていることは、分かると思いますが」

 「だったら愚問だなー」

 

 次に部屋に響いたのは、疲れ切ったため息である。

 

 (貴女の“縛り”……本当に面倒くさい)

 

 と、口に出さないだけ褒めて欲しいと、肩を組まれたウマ娘は思考の片隅で愚痴りつつ、徐に、口元に笑みを浮かべる。

 

 「……であれば____」

 

 その時である。

 薄暗闇のベールが剥がされ、ドアノブが弾け飛ばんばかりに、重厚な扉が開かれた。

 

 「……うえっ!?スフィダンテ!?どうしてここに!?」

 

 現れたのは一人。ぴっちりとした黒スーツをぎこちなく身につけ、ボード片手に忙しない表情をした女である。

 そして、彼女の胸には、“トレーナー”の証たるバッチが、新しき輝きを放っていた。

 

 「……」

 「では、私は邪魔なようなので」

 

 惚けた表情をしたアサナトスを尻目に、組まれた腕を払い除けて立ち上がり、制服のスカートについた埃をポンポンと払ったウマ娘__スフィダンテは、嫌に澄み切った笑顔を湛え、軽い足取りで部屋の外へ進み出た。

 そして、あっという間に、空き部屋の空気は底冷え状態となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「アンタ新人だろ」

 「ヘッ」

 

 沈黙の布切れを蹴り飛ばしたのはアサナトスである。突然の質問にしどろもどろする様子のトレーナーは、アサナトス自身が手玉に取られたことの証左であった。

 アサナトスは天井をみやった。灰に青を足したような薄暗闇が、彼女に決断を急かす。いや、答えは一つしかないと嘯いているようである。

 眉間に皺を寄せていたのが、途端に挑戦的な笑みに変わった。

 

 「おいアンタ!契約だ契約!!だが条件があーる!!」

 「うぇ!?え!?は!?条件は!?!?」

 「私の言うことやることなすことにはケチつけないこと!!後、来週の新バ戦に私を出すこと!!以上っ!」

 「わかった……へ?らいしゅう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面は、冒頭の地下バ道である。

 

 (わからない!!このウマ娘のこと、全っ然わかんない!!!!!)

 

 呼び止めたは良いものの、新人であるトレーナーは、目と鼻の先の不機嫌そうなウマ娘、アサナトスに対する感情は乱されっぱなしであった。

 全然スカウトできないからって、“世代最強”ともくされたスフィダンテの推薦(?)に従い探してみたのがいけなかった。練習には参加しないし、試しにコミュニケーションを図ろうとしてもそもそも取り合ってくれない。トレーナーやめようかな。

 脳内に湧き上がるのはひたすら辛かった一週間と後悔。胃がギュッとして何か込み上げる感覚すらある。

 しかし。

 

 「あ゛ーんだよトレーナーァ、口答えすんなっつったろ」

 

 不愉快そうに、しかし律儀にトレーナーの言葉を待つ、自身のはじめての担当ウマ娘をしっかりと捉え、彼女はハッと顔を上げた。

 

 (い、いかん、こう悲観的になっては……!!それに、こ、これはチャンス……!)

 

 ゴクリ、と嚥下音の後、ブルブルと顔を振ったトレーナーは、震える口を開いた。

 

 「重りはダメだよ……!!脚壊すかもしれないから……!!」

 「……」

 

 微妙な空気感が、賭けに出たトレーナーの心臓を撫ぜた。

 そして、その言葉は、確かにアサナトスの好奇心を揺らすことに成功した。

 

 「……じゃ、これ持っといて」

 「うぎゃ」

 

 重りを全て外したアサナトスは、今度こそ踵を返して、計40kgに苦しむトレーナーを尻目に、軽い足取りでコースに向かった。

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