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部屋へ戻ると、父親へガミガミと説教をする息子。
しかし、その姿は決して嫌悪感は無い。以前は一方的に壁を作っていた宜野座だったが、その様子は感じられなかった。
「そんなにガミガミ煩いと、舞白ちゃんに逃げられるぞ、伸元」
その姿を面白おかしく捉える征陸は満更でも無い様子で、嬉しそうに笑っているだけだった。体を大切にしろと、真面目に考えている宜野座は、その姿を見るとため息を漏らす。
「……それとこれとは別だ。」
呑気な父親に呆れているのか、説教を止めれば傍らに置かれていた椅子に座る。征陸は車椅子に乗ったまま室内を移動すると、2人に飲み物を、とゴソゴソと動いていた。
「征陸さん、私がやる……」
「いいんだ、お前さんたちはゆっくり座っててくれ。俺もじっとしているのは性に合わない。」
舞白は自分がやると言い張るも、どうやら聞く様子はなく、大人しく宜野座の隣へと腰掛ける。
そして、先程から気になっていた花瓶に生けられた真新しい花に目を向ける。そして、よく見ればその傍らには未開封のウイスキー。宜野座もそれに気づいたのか、はぁー……と更にため息を漏らしていた。
「ねぇ、絶対あれ持ってきたのって」
舞白が"あれ"に指をさす
「…狡噛だろう……」
普通アルコール類の持ち込みは出来ないはず。しかし狡噛は、どうやらそれをいとも簡単に持ち込んだらしい。
まだ狡噛と決まったわけではないが、その可能性しか考えられない。
そんなことを話していると、征陸は冷たいお茶が入ったコップを2人の目の前の机に置けば、対面側に車椅子を固定した。
「おい、なんでここに"あんなモノ"がある。」
「絶対お兄ちゃんでしょ?今、帰ってきてるし」
2人に同時に問い詰められると、思わず笑みを零す征陸。しかし、笑い事ではないと宜野座に更に問い詰められると弁明していく。
「飲むわけがないだろう?コウも、そのつもりで持ってきたわけじゃないさ。それに、ちゃんと花まで持ってきたんだぞ、あいつ…」
「……後で狡噛に文句の電話を入れてやる…」
それでも、花を持ってきた兄は、意外にも常識人らしい。普通、見舞いに酒は持ってこないが……。征陸の事を思っての、狡噛なりの考えがあったはずだと。舞白は宜野座に言い聞かすも、反応は薄く、これは後でガミガミと兄は説教されるんだろうと想像していた。
そしてふと、舞白は何かを思い出したように、傍らに置いていたあるものを取り出す。
「あ!そうだコレ。この前来た時持ってくるの忘れちゃって……」
紙袋を征陸に手渡すと、ニコッと笑みを向ける。
「ハッピーバースデー!1ヶ月くらい遅れちゃったけど。」
紙袋を受け取り、中のラッピングを解けば見覚えのある小箱。お気に入りのメーカーの溶き油だと分かれば、嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「よく分かったなあ……俺が使ってたお気に入りの溶き油、なかなか手に入らない代物だ。」
「だって、ずっと使ってたメーカーの物でしょ?何となくこのマーク覚えてて、探し回って見つけたんだよね〜」
目の前で楽しそうに話し込む2人の姿を、宜野座は微笑ましく見据えていた。まるで父娘のように、親しい2人。舞白も実の所、征陸の事は父親のように思い、接する。
両親の記憶がない舞白にとって、征陸は大切な存在であり、理想的な父親像だといつも思っていた。
「……ありがとな。
それにこうやって、わざわざ非番の日に2人揃って会いに来てくれるとは……もういつ死んでもいいさ」
冗談交じりで呑気に口にする言葉。宜野座はその言葉に眉を顰ませる。
「そんな事を軽々しく冗談でも口にするな。いつからそんなに弱ったんだか……」
「そりゃあな、こんな所にずっと居たら心は弱っていく。毎日自分のサイコパスと体に向き合う。投薬にリハビリ、医者との会話。余程、お前さんたちと、話していた方がいい薬になる」
一係にいた頃は、怒涛の毎日ではあったものの、充実した日々を送っていたと、ここに来てから余計考えるようになっていた。
「…じゃあ、休みの度に毎回遊びに来るね?」
「さすがに、毎回お前のお喋りに付き合わされるのは身体に毒だ」
「え!酷い!ノブ兄のいけず!!」
「だって事実だろう?それにお前は……」
ツーンと口を尖らせれば、ぷいっとそっぽを向く。それを隣で面白がる宜野座の姿はやけに幼くも見えてしまう。ガチャガチャと言い合う2人の姿。平穏なこの空気がやたら心地よく感じると、征陸はそっと目を閉じ、その空間に浸っていく。
そんな征陸の様子に2人は気づくと、目を合わせ、微かに口角を上げる。
「……お前さんたちが幸せなら、俺はそれだけでいいさ」
目を閉じたまま、口角を緩め、そっと呟く。
いつもより、やたら感傷的な父親の姿に宜野座はやけに心配そうだった。
「"伝説の刑事"が、今日はやけにらしくないな……」
宜野座の言葉に、そっと瞼を持ち上げれば、薄く笑みを浮かべる。目の前に並ぶ2人をじっと見据えると、小さくため息を吐き出した。
「俺の残りの人生は、お前さんたちの為にある様なもんだ。かと言って、何かしてやれる訳じゃあないが……。もうそれ以外、失うものは何も無い。願う事も……」
征陸は2人にゆっくりと手を伸ばし、そっと2人の手を優しく握りしめる。
舞白と宜野座は哀しさと、穏やかさが入り交じったような、複雑な心境で、征陸の目をじっと見つめる。
「……ただ、幸せになりますようにって。それだけなんだ、"親"の願いってものは……」
ギュッと握られる手に、舞白は何故か妙に緊張していた。理由は分からない。"親"と放たれた言葉に、嬉しさや様々な思いを馳せていた。
征陸と瞳、虹彩に吸い込まれるように、舞白はただ言葉を発せず、その優しい眼差しを見据えていた。
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