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「私、さっきの睡蓮の湖、もう一度見に行きたいから…」
面会時間も残り20分。どうやらこの後、再び投薬があるらしく、突然看護婦が現れてはそのように言われてしまい、気を利かせた舞白は部屋から出ていく。
久しぶりの親子の時間。かといってそこまで話すようなことはないと、宜野座にとっては気まずい時間が流れる。
そこで先に口を開いたのは、やはり父親の征陸だった。
「最近、仕事はどうなんだ?無茶はしてないか?」
車椅子の背にもたれ掛かり、宜野座を見据える。
「特に変わりない。だが、舞白のストッパーとして無茶をする事はある…」
危険極まりない、監視官らしい行動を全くしない舞白にいつも振り回されてばかりだと。自分が無茶をすると言うより、相手の無茶を止めるために体を貼るのも、なかなか苦労することだった。
「あいつは、執行官と監視官という線引きがない。誰にでも対等に、むしろ危険なことは監視官の役目だと、ハチャメチャだ……全く……」
「俺も、少しでもいいから一緒に働いて見たかったな」
「……やめた方がいい、本当に心臓に悪い。こっちの気も知らないで……」
本気で頭を抱える宜野座に、思わず笑いを零す。
「そんな事言いながらも、お前はその役回りを気に入ってるんじゃないか?」
満更でもなく、恐らくはそのポジションに満足しているだろう?と問い質す。昔からハチャメチャな舞白を相手にしてきた宜野座にとっては、そんな事、悩む事でも無いはずだと。
「…まあ、そうだな。」
誤魔化すように、お茶の入ったコップへと手を伸ばすと喉を潤す。本人はそばにいられるだけで、幸せだった。
「お前は、あの子を護ってやるんだ。何が何でも……」
2人っきりで舞白と会話を交えた時のことを思い出す。舞白の本音を、苦しそうな表情を。滅多にあんなことを口にしない娘が、口から溢れるように本音を漏らした事を、征陸は忘れられるはずがない。
「先はどうであれ、今1番傍にいるのはコウよりもお前だろう。舞白ちゃんは、1人で抱え込みすぎる、昔からそうだろう?それを解す事が出来るのは、お前だ伸元。」
「…言われなくとも、分かってるよ。」
微かに笑みを零す宜野座。やけに語る父親に、少し不思議な思いを浮かべる。舞白を本当に娘のように可愛がっていたのが分かる。向けている眼差しが、宜野座への視線と同じだった。
「あと、もし半端に舞白ちゃんと付き合ってるなら、サッと身を引くことだ。護る事と、あの子の将来の事はまた別の話だからな。」
「…………」
言っている意味は痛いほど分かる。
中途半端な関係性、それはお互いに分かっていることで、お互いに先のことは何も考えてなどいなかった。ただ目の前の幸せを、今を、それとなく過ごしているだけ。
あと少しすれば、舞白が外務省へと戻ってしまえば、今の夢物語は消えてなくなってしまう。
「……かと言って、今のこのシビュラ社会じゃ、先なんてものは分からんだろうが……。少なくとも、お前の気持ちを話さないといけない時が必ず訪れる。」
「そうだな……」
「……嫌な社会だ、本当に。」
2人は同時にため息を吐き出す。昔ならば、こんな事で悩むことなんて無かっただろうに。
「いつか、コウにも話せ。必ず。舞白ちゃんの唯一の肉親だからな。」
「あぁ……」
「あいつも、心配してる」
刹那、扉のノック音が響くと
戻ってきた舞白が現れる。
「話してる途中にごめんなさい。……そろそろ時間で……」
宜野座はデバイスで時間を確認する。面会終了時間。まだまだ話し足りないが、仕方がないことだった。
舞白は部屋に足を踏み入れると、征陸に体を向け、軽く会釈をする。
「また2人で遊びに来るね?
お兄ちゃんと時間が合えば、それこそ3人で。」
「そりゃあ、賑やかで楽しみだな。
……待ってるよ、2人とも。」
宜野座も椅子から立ち上がると、部屋の入口へと向かう。広い病室に、父親を1人っきりで残していくことに、寂しさを憶える。
「常守監視官たちにもよろしく伝えてくれ。それと、体には十分気をつけるんだ、無茶ばかりしないようにな」
どこか悲しそうな表情に、舞白は思わず眉を下げる。
そしてそっと、再び征陸の側へ寄れば、ギュッと体を抱きしめる。
サラッとした銀髪が顔を撫でるように当たると、征陸は少し恥ずかしそうに、舞白の体へと手を回し、トントンと背中を叩く。
「……伸元を頼んだよ、舞白ちゃん」
そっと静かに放たれた言葉は、息子を心配する父親の言葉。
「うん、任せて。大丈夫……」
抱擁し合う2人を儚げに見据える宜野座。やけに弱った父親の姿に戸惑っていた。
そして暫くして、舞白は宜野座の元へと戻ると、いつもの満面の笑みを浮かべる。
「じゃあな、親父。次来るまでにくたばるなよ」
「また来るね!」
「あぁ、またな」
互いに手を振り合い、閉じられる扉。
征陸は暫く扉を見つめていたが、寂しがっても仕方ないと、車椅子を動かし描いている途中の油絵に目を向ける。
有名な作家、クロード・モネの"睡蓮"に模した作品。
睡蓮には悲しいエピソードがあると有名だ。
ギリシア神話。勇者ヘラクレスと水の妖精ニンフの物語。
水の妖精ニンフは、勇者ヘラクレスに恋をする。そして思いが通じ、恋人同士になった二人だが、ヘラクレスが身分違いの恋を恥じ、ニンフを捨ててしまう。打ちのめされたニンフは、ナイル川に身を投げ、睡蓮へと姿を変える、という物語。
「…………」
そっと筆を握り、その油絵にあるものを描き足していく。またそれも、クロード・モネの作品を模す事になるが……
筆を止めることなく、描いたもの。それは"橋"
橋で繋ぎ合わされた湖の上。
2人の幸せを願うように、たとえ離れたとしても、対岸と対岸を渡れるように、その橋に想いを込めていた。
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