この日はセシルとレメディオスという、珍しい組み合わせで帝都を歩いていた。別行動を取る際に、二人は前衛ということがあって分かれて配置されることが多い。ところが今日はカルカの勧めもあって、このような組み合わせで町中を担当することになった。
ここ最近、セシルと会う機会が少なかったレメディオスに気を遣って……というのも理由ではある。だが、それだけではなく今日の用件にも関係があった。今日は、クーデリカとウレイリカの二人を世話してくれる人物を探しているのだ。
交渉事と考えればケラルトが向いているように思われるが、カルカは聖王女だっただけあって微妙な違いを理解していた。相手を本当に信用できるかどうか、それを判断するのは意外に戦士じみた人物の方が良いと考えているのだ。実際、過程がどうなっているのか分からないものの、セシルやレメディオスの答えが正解であることは多い。
他のメンバーは残ったわずかな領域の調査だが、レイナースが加わったことで前衛は十分だろうと考えられた。レイナースとアインザックが前衛、他三名が後衛と考えればバランスも悪くない。というより、このメンバーで対応不可能な脅威が存在するなら、帝国が平和とは言い難いだろう。
「口入屋を探せば良いのか。しかし、侍女を雇うわけでもなし。そうそう都合の良い人物がいるか? 教育係でもなければ乳母でも無いんだぞ」
「まぁ……大体どういう人物を探すのかは分かるよ。ただ、口入屋というより足で探した方が良いかもなぁ……」
現在の帝国は属国となりつつも、優秀な皇帝を戴き、活気と閉塞感を両立させた奇妙な状態にある。全体的には安定しているのだが、問題も抱えていた。貴族を粛清した結果、役職を持った人物まで減少させてしまったために文官のような専門職が不足していた。
が、それはセシルにとって逆に目的の人物を探しやすくさせていた。求めているのは専門職などではなく、侍女と乳母と教育係を一体化させたような人物だ。非常に贅沢に聞こえるが、実態を想像すればそうでもない。
要は母親のような一般人を探せば良いのである。
「クーデリカとウレイリカは育ちが良い。高級住宅街の端の方を探そう。害のある貴族が粛清されたということだが、単に職だけ追われたという家も多いと聞いた。探せば必ず未亡人か何かがいるはずだ」
「貴族か……なぁ気付いていたか? クーデリカとウレイリカは姉のことは口にするが、両親についてはほとんど話に出てこないぞ」
「俺は貴族じゃないからよく分からんが……愛の薄い家庭だったのかね。姉だけが構ってくれるような……お前たちに懐いていることからすると、そんな気がする」
セシルはそのあたりの事情にまで首を突っ込もうとは思わない。良くも悪くもセシルはクーデリカとウレイリカを一個の人間として見ている。大体にして生贄にされそうになっていた二人だ。他人にそうなった経緯など知られたいとは思えない。
それでいながら世話役を探しているあたりがセシルのおかしなところだろう。長く生きすぎた弊害か、恩恵か。穏やかに異なる面を両立させている。
レメディオスとケラルトの身の上すら詮索していないのに、深い仲になっているのが証拠だ。彼女たちも親の話などしたことはない。
「そういうお前はどうなんだ? 愛されて育ったか?」
「うん? 森に住む前の話か?」
「そうだ。思えばお前からそういう話を聞いた覚えが全然ない。何と言うか、な? 共に生きている仲間なのにそういうことを知らないのは奇妙に思える」
そんなものかね、とセシルは首を傾げる。そういうことなら、この世界に来る前の話になるだろう。だが、まさに世界観が違うのに語ることに意味はあるのだろうか。あるんだろうな、気になるぐらいだからと脳みその奥を探る。
「貴族じゃないが裕福な家の出だった。父も母も問題のない人柄で、教育も受けさせてもらえたな。兄弟姉妹がいなかったのもあったんだろうが、恵まれていた。だから、うん。愛されていたんだろう」
ひどく曖昧な答えだった。客観的に過ぎる。それも仕方ないだろう。セシルにとってこの世界に来てからのほうが長いのだ。細かいところを思い出そうにも、モヤがかかったようだ。いつの間にか一番覚えているのはユグドラシルのことという有り様だ。
「聞いておいてなんだが、そうか……としか言いようがないな」
「そんなものだろう。変わった生き方をしてたからといって、変わった育ち方をしているとも限らん。そういう意味ではクーデリカとウレイリカだってそうだろう」
距離を詰めようと思ったのに遠くなった気分を、レメディオスは味わった。どうにも男女の機微というのは苦手だ。経験豊富とはとても言えないし、真っ当な経験をセシルに当てはめられるのかも分からない。逆に言えばそういった男だからこそセシルはレメディオスたちと親しくなれたのだが。
レメディオスは自分で振っておいて、話題の転換を余儀なくされた。
「未亡人か……だが、高位貴族は駄目だろう。家事ができるとも思えないからな。となると低位の貴族で子育てをしたことがある家? まぁ報酬もそう多くは出せないから丁度いいといえばそうだが、そんなの当てはまるやつが簡単に見つかるか?」
「だから探しているんだよ。高級住宅街の端の方に行こう。男爵? とかの屋敷はそっちにあるだろう」
「ああ……比較的小さな屋敷を目当てにするのか。確かに上位の人間に挟まれでもしたら、気分も悪いだろうからな。私たちの住んでた一等地でもそんな感じだった」
それにしても空き家が多い。維持できなくなって、手放すしかなかった貴族がそれだけ多いのだろう。むしろ端にいくに従って
高級住宅街と言っても広い。長い距離を二人きりで歩くというのは、レメディオスにとってもあまり機会が無かった。真っ当な男女なら手でも繋いで歩くだろうか? いやいや戦士の装束でそれは似合わないだろうと自制してみる。得意なのは荒事でも、平和というのは悪くないとレメディオスは思った。
実際に探してみると、目当ての人材は早く見つかった。下位の貴族たちは自分たちで生活できるように、ある種のコミュニティを築いていた。質素なドレスを着た婦人を見つけて話を持ちかければ、それなら誰々が良い。となり、近所の人が集まって女の子相手で家事もできるならあの人が良いと話はトントン拍子で進んだ。
もちろん、アダマンタイト級冒険者の財布の中身あってのことだ。特に“金鎖”は装備を更新するために身銭をきる必要が無かったため小金持ちだった。
紹介された女性は品の良い中年女性だ。クーデリカとウレイリカの母親役としては些か歳が上だが、家事まで可能な人材となれば目を瞑る必要があるだろう。
レメディオスも嫌悪感を抱かなかったようで、セシルに軽く頷いてみせた。
「アーレンバリ男爵夫人……貴族ではない我々は礼儀を知らないが、よろしくお願いします」
「良いのですよ、息子も騎士として働いているので慣れています。ああ、娘たちも嫁に行って久しいですが……それにしてもフルトさんの娘さんが帰ってくるなんて」
「お知り合いだったので?」
「いいえ、ですがあまり良い噂を聞かなかったものですから……何でもご主人が借金漬けだったとかで、いなくなった時には色んな話が出ましたが……私たちは貴族といっても、元から裕福とは言えなかったので働きに出たりすることに抵抗はありませんでしたが、世の中というのは何が起こるか分からないものですねぇ」
夫人は一定期間の住み込みでの仕事に同意してくれた。結構な期間を見積もったというのに、合意した給料が予想よりかなり安かったことにむしろ驚いたぐらいだ。
こうして遠征への準備がまた進み、セシルとレメディオスのデートはますます短くなっていった。
セシルはかなり良い家の生まれです。
時々設定を話したほうが良いだろうか