馬繋場に繋いであった簡素な馬車が役立つときが来た。トロールの国は帝都から南東に行った先にあるが、その距離はエ・ランテルから帝都までとさほど変わりない。それだけの距離を歩いていく気にはなれないし、走っていくのはどうかと思われる。
まずは馬車で帝国の南東方面陣地を目指すことになる。長くのんびりとした旅だった。ついでに言えばギチギチとした旅だった。レイナースが増えたので馬車内は女性陣でいっぱいになり、御者席は男三人で肩をぶつけ合っている。二頭いる馬はこころなしか迷惑そうだった。
「セシル君は中でも良かったんじゃないかね? 彼女たちは文句など言わないだろう?」
「随分とアクロバティックな体勢になりそうですね。それをおいておくにしても女性四人に男一人は空気的に辛いんですよ。彼女らではなく俺が」
「モテる男にも相応の苦労があるというわけだ。実際、以前は冒険者が女性絡みの問題を起こすことは多かったんだ。魔導国に取り込まれてからはだいぶ減ったがね」
仕方のないことだろう。以前は一獲千金を狙う冒険者も多く、同時に羽振りの良い者もそれなりにいた。ところが現在の魔導国冒険者は公務員に近い。安定して金持ちなのだが、その分身持ちが固い。面白いのは方針として未知の探求をかかげているため、ロマンを求めてもいるというところだ。いわば冒険バカの集まりである。女性が寄ってくる確率はだいぶ下がっただろう。
一方でチーム内に異性の冒険者がいる場合の問題は改善されていない。これは“金鎖”が代表的とも言える。現在のところ、女性メンバー同士の仲が良いから成立しているものの、爆弾を抱えているようにも見えるだろう。
「……問題というほどのことは起こらないかと。我々はちょっと特殊な集まりですからね」
「そうかね。まぁ君等が納得しているのならいいんだ。現状、戦力としては君たち頼りだからねぇ」
まぁ時々こうして別行動を取るのも、気兼ねなく文句が言えていいだろうとセシルは思っている。誰からも常に愛される性格ではない……どころか、不快に思われる気質なのは十分に理解していた。カルカたちの懐が深いからこそ受け入れてもらえるのだと考えている。
「今回はセシルさんのお役に立てそうですね」
「カル様、というと?」
「物の本によればトロールはとても強力な再生力を持ち、火や酸で阻害しなければ肉片からでも蘇るとか。そこで
「そういえばセシルさんが攻撃魔法を遣っているところを見たことがありませんね。魔力系魔法も第三位階まで使えるようですが……まぁ何であれ私たちが足手まといにならないのは良いことです」
馬車の中ではカルカたちが作戦会議を開いていた。トロールのような種族は侮って良い相手ではないということを、ビーストマンの国との戦いで学んでいた。トロールは一般的には金級冒険者や
「闘技場の前武王……チャンピオンのことですが、彼もウォートロールでした。流石にウォートロールの中でも上の方だとは思いますが……ああした相手ならレメ殿でも苦戦は必至ですわ」
「ふん。亜人種とはよく戦ったが……そういうことなら一応は気をつけよう」
「姉様が人の言うことを聞いた……」
「ふふん。私も成長しているということだ。ケラも精進していかないと、戦いについていけなくなるぞ」
「姉様が成長して、マトモなことを言う……嬉しいはずなのに理不尽と感じるのはなぜでしょう……」
ケラルトは嘆息して、予定を頭の中で組み立てる。戦いに対してはまぁ良いだろう。だが、トロールは【人喰い】である。人間種は彼らの中では奴隷ですら無い。となれば、当然に街を訪問して調べるというような真似はできない。個体との交流も望めない以上、詳細な地図の作成が魔導国の冒険者がやることだ。
セシルなら一人で国を崩せそうな気がするが、そうまでする気はないだろう。
いや、案外少数に対しては彼の存在は有効なのではないか。トロールは人間とは相容れない存在だ。だが一方で圧倒的な力に対してはどう反応するだろうか? 特にウォートロールのような戦闘に特化した種族ならば、敬意か服従が得られるのではないだろうか。
例えば群れを離れて暮らす個人、小さな集落……そういったものを捕らえるか屈服させる。そうすれば彼らの文化に対して理解も深まるというものだ。
「ああ、見えてきましたね。トロールの国に備えた帝国軍陣地ですわ。と言っても帝国の方にはトロールは散発的にしか来ないのですが……」
「それはまた何でだ。連中は人を食う亜人種なんだろう? もっと来ないとおかしいではないか」
「トロールの国はミノタウロスなどの、他国家との覇権争いに忙しいのだとか。もっとも少数とはいえトロールが来るというので軍団並みの警戒網を敷いていますわ。指揮官は確かバルテルス師団長でしたかしら」
ケラルトは自分の悪意あふれる計画の思索を止められて、感謝した。いくら相容れないと言っても向こうからすれば民草だ。それを害して利用するなど相手の野蛮さとさして変わらなくなるではないか。
ここを通る馬車などいるはずもない。当然、騎士たちに止められることになった。どのみち馬車はここで預かってもらう予定だったので全員が荷物を持って降車した。騎士たちの鎧は傷つき、兜には凹みも残っている。ここの職務が過酷である証だろう。
「我々は魔導国の冒険者です。ここへはトロールの国調査のために来ました。こちらが皇帝陛下の書簡になります」
「お聞きしております。書簡を開封する権限がないため師団長に知らせて来るので、少々お待ちを……」
「その必要はない。すでに来ているからな。ようこそ、魔導国の方々。師団長のバルテルスであります……命令を受諾しました。ここは自由にお通りください」
いかにもな強面の師団長は、顔に個人的には正気を疑うというような顔をしていた。彼らからすれば確かにそうだろうし、一行も少しそう思っている。
「便宜を図るよう言われていますが、何か必要なものはありますか」
「では、逆に馬車を預かっていていただきたい。馬の世話まで任せてしまうことになりますが……」
こういう時、一行はアインザックに任せてしまう。まだ年若い連中に言われるよりは、そうした交渉に慣れていて年齢も上の者の方が良いだろう
その後、厚意で
ここからはいよいよトロールの国。人間種が足を踏み入れない領域に、新興国の冒険者たちは旅立つのだった。
地味なオリ展開になりそうだ…