人間の街そっくりな様子に笑いが浮かびそうになる。特にそれが人間より巨大で醜悪な生物がやっているとなれば、真似のようで滑稽にすら映る。
だが、人間が亜人種に追いやられてきた歴史を考えれば、むしろ人間が彼らの真似をしているのだ。ただ彼らの手が細かい作業に向いてないので、野蛮に見えているだけである。
トロールたちの服装は原色の貫頭衣か、革で作られた素朴な鎧だ。戦士階級と思われるものは巨大なメイスを背負ったりしている。帝国闘技場の武王のように専用に作られた鎧ではないが、だからといって鍛冶技術が無いと判断するのも早計か。
暮らしぶりも悪く無いようで、人間と比較して蛮族などとは軽く呼べない。
……風が吹いてきた。トロールは嗅覚に優れる。ならばキャンプ地まで戻るべきだ。これだけは公平に判断できないと思いつつ、レイナースはトロールが女子供の肉を好むことに悪態をついた。風上に立ってしまえば、串焼き屋の肉のように連中の鼻を騒がすだろう。
「おかえり、レイナース。連中はどうだった?」
「はぁ、なんというか……文明的ですわね。人間の朝と全く変わらない様子でしたわ……ただ、牧場は見つけられませんでした。食生活を考えれば牛か豚をどこかで大量に育てているはずですけれど」
出迎えたセシルは薪を手に取り、握りつぶした。あまりの握力に折れずに細くなっている。感情が抜け落ちたような顔で、一言付け加える。
レイナースはビクリと肩を上げた。
「あるいは人間牧場がな」
これがレイナースが偵察に出ていた理由だ。セシルやレメディオスは圧倒的な強さを持つが、捕らえられている人間たちを見ればどうするか想像がつかない。
駆け出して救出するなら良い方だろう。最悪の場合、トロールというトロールを斬り殺しにかかる。また
「トロールたちは本当に人間を捕らえているのでしょうか?」
「カル様、ソレに関しては残念ながらほぼ確実でしょう」
トロールが客をもてなす際に、最高の料理は人間の胎児だという。ならば外交上必ずストックがあるであろう。例えば人間の王族が夏に冷たいものが食べたいという時、氷室に厳重に保管されていた天然物の氷が出されるようなものだ。もっとも氷なら魔法で済ませてしまえるが。
それに文明的ということは権力層や富裕層もいるはずだ。そういったトロールたちのために仕入れるルートか、自前の採集場があることは疑いない。
ふむ、とアインザックは思考に耽った。現状、魔導国冒険者一行は目的を完璧に果たしつつある。街から外れてさえいれば、敵対生物に出会うこともない状況で、植生や地理を観察できるのだから当然だ。
問題は【トロールの国】という文明と非友好的な状態で接触するからだ。血気盛んな若者たちのやり取りを一歩引いた視点で見られるアインザックは思考する。これがカルサナス都市国家連合のような国であったなら、魔導国の外交とぶつかる可能性があるため問題になる。
……だが、トロールの国との接触において、そんな気遣いが必要か? 別に我々は魔導国の旗を背負って行動しているわけではない。実際には背後につきまとうが、物質的にはただの冒険者だ。
実際に接触すれば街の名も分かるし、人間種を別の場所へ移すことも可能になる。いや、そもそも見つからないようにできないだろうか。
「セシル君、そんなに気になるならやってみるかね」
セシルは夜中に草原の端に立っていた。ここから街へと一歩踏み出せば、草の匂いが消えてトロールたちにバレてしまうだろう。
そう考えて随分と狭い考えでいたことを自嘲した。いや、無意識に思いたがっていたのかもしれない。自分は普通の人間だと。皆と一緒に行動すべきだと型にはめていた。
「〈
セシルは
だが第三位階までの力を使えば、限りなくそれに近いことができる。元々【ユグドラシル】において優れた
「〈
城壁の上にいるトロールはごくわずかだ。セシルは直刀を抜き、全力疾走を開始する。すれ違ったトロールは一瞬で切り分けられたハムのようになった。再生するまでどれほどかかるか分からない。セシルは一気に駆け抜けて、遠眼鏡で見ることができなかった街の後背を確認した。
そこにあったのは乱雑な牧場と小麦畑。そして小麦畑の方には小屋があり、そこの前でトロールがあくびをしていた。そのトロールは自分が粉微塵と言えるまでに切り裂かれたと最後まで気付かなかっただろう。
小屋の中にいたのは半裸の人間たちだった。
遅くなりました
魔法一覧見てると低位なのに便利そうなのが多いですよね