【一区切り】レメディオスソード   作:傀儡兵C

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救出~ただ一人

 一ヶ月に一人。一ヶ月に一人だ。

 

 【トロールの牧場】では基本的に自給自足だ。だから小麦をはじめとした作物を栽培し、自分たちの食い扶持は自分たちで作っている。

 肉の類は全て持っていかれてしまうが、穀物や乳製品は自分たちの口に入る。下手な小作人よりよほど恵まれていると言えるだろう。

 自分たちの生活に不足が無いのでここで生まれ育った者は、何一つ気にしないで人生を謳歌する。

 

 ただし、何事も例外が存在する。目も髪も栗色の目立たない少年がそうだった。彼はミノタウロスの国で奴隷だった少年だ。奴隷としての生活に耐えかね、一族郎党で脱出を敢行。そして国境を超えることに成功した。

 たどり着いた新天地で、新しい生活を始めた彼らだったが、そこがトロールの国というのは笑えない冗談だろう。作った集落はトロールたちに襲われて、あっさり瓦解。皆が散り散りになる。

 少年は運が良いのか悪いのか、捕まりはしたが、その場で食われずにここに連れてこられた。

 

 【トロールの牧場】の人々は少年を喜んで受け入れた。だが、少年は牧場の人々に馴染めなかった。気持ちが悪いのだ。トロールの下で働いているのに、何一つ気にすることは無いというような澄んだ瞳が。

 少年はそれでもそこで働かざるを得なかった。牧場の周りは常にトロールが巡回していた。亜人種の身体能力の高さを知る者として、無計画に脱走しても捕まることが目に見えていた。

 毎日を黙々と過ごしていく少年は気付いた。

 

 一ヶ月に一人。一ヶ月に一人だ。

 【トロールの牧場】の顔ぶれが一ヶ月に一人、入れ替わっている。

 

 入れ替わってどこに行ったかなど、考えるまでもない。恐ろしいのは牧場の人々だ。顔見知りがいなくなって、知らない人間になっているのにそこに疑問など覚えていなかった。

 彼らにとってはそれが当然なのだ。顔ぶれが変わるのも、それまで一緒にいた誰かがいなくなるのも、生まれたときからそうだったから疑問に思うこともない。吐き気がする思考だった。少年も少年の仲間もミノタウロスの国で奴隷だった頃、それが当然などと思わなかった。いつか見てろよと怒りを積み重ねていったのだ。

 

 少年は冷静だった。最初は自分の番がいつ来るかと怯えていたが、それでは逃げられる時にも逃げられない。

 おそらくここは食糧倉庫のようなものなのだと考えられた。一ヶ月に一人、というのはトロールの食うペースとしては遅すぎるだろう。自分たちの仕事である牛や豚の世話。そこで育てられた家畜が連中の普段の食事。

 そして、何かの機会に使われるのが自分たち……育てられている人間だ。

 

 来る日も来る日もない知恵を振り絞って考える。ここから逃げるにはどうしたらいいか。やはり騒ぎに乗じるのがいいだろう。ここの人々を苦しめることになるが、それは不思議と気にならなかった。

 ……小麦畑か牧場に火を点ける。可能なら牧場のほうだろう。小麦畑はあくまで人間の食糧なのでトロールもそこまで慌てない可能性がある。

 夜を待って家畜牧場に火を点けて、その隙に脱出する。問題は小麦畑に隣接して建てられた寮舎にある。そこにプライバシーなど一片もなく、二段ベッドが敷き詰められた空間だ。扉を開ければ誰かが目を覚ますであろう……ひょっとしたらベッドから降りるだけでも気付かれるかもしれない。

 最低でも火を点けるまでは追いつかれて捕まることは許されない。時間との勝負だ。

 

 そして、いざ決行の夜となり、床を踏みしめた時。扉が向こう側から開いた。

 

 

「……ん!?」

「……え!?」

 

 

 顔を突き合わせたのは全く見知らぬ人物同士。入ってきた人物はもちろんセシルであった。少年は思わぬ事態に脱走を見送ろうと考える他なかった。すでに他の住人もいくらか目覚めている。

 続々と起き上がり床に敷き詰められていく住人たち。彼らの目にあるのは一様に困惑だ。ちょっとした方向性の違いを含めるのなら少年もそうだ。

 

 乱入してきたセシルの格好は、明らかに住人たちと違いすぎる。ズボンだけ履いた男どもに対して、セシルは胴当てから装飾品まで隙無く揃えている。明らかに連帯感を欠いた男に住人たちは不信感を抱いた。

 セシルも男たちの姿に違和感を覚える。まず男しかいない。さらにはこうした場で酷使されてきた者たちに共通する体にまで滲み出る不満がない。かつては助けようとも考えなかったが、奴隷などの虐げられている人々は腐る程見てきているのだ。これはひょっとすると……という考えがセシルの頭に浮かんだ。

 

 

「外のトロールは片付けた。逃げ出すなら今だ」

 

 

 一応、希望を込めて告げてみるセシル。ただ、こういうケースだと返ってくる言葉は想像できた。すなわち、ふざけるなである。

 

 

「片付けた!? 殺したのか! なんてことを!」

「トロールの人たちが何をしたっていうんだ!」

 

 

 ほら来た。そうセシルは思ってしまい、カルカたちと出会って温まっていた心が急速に冷えるのを感じた。トロールが喋れる以上、彼らが言葉を持つことも予測できていた。そして、言われるであろうことも。

 そう。幸せな奴隷と不幸な自由人というものだ。はるか昔から続いてきたことだ。

 “自分で考えて生きていくのは辛いから”待遇の良い奴隷は自分の社会的地位を上げようとか、未知の世界へ飛び込んでみようとかそういった発想は無いのだ。まぁ恐らく、自分たちが物理的に食われている立場ということを知らないのだろう。そこに目を瞑るのであればトロールは良い隣人であり、主人である。

 

 

「……なら、ここから離れて生きたいというやつはいない、ということで良いのか?」

「ふざけるな! なにをわけのわからねぇことを言ってやがる! 出ていけ!」

 

 

 手元にあるものを投げ始める住人たち。セシルはそれを避けようとは思わなかった。ただ一から説明する時間が無いのだけは惜しかった。

 けれどもまぁこんなものだろう。そう思ってしまったのがセシルの精神的後退だった。

 

 

「待ってくれ! オイラは連れて行ってくれ!」

 

 

 予想外の声をセシルは聞き逃さなかった。みればガリガリの体形で体に焼き印を押された少年だけが両手を開いていた。脱走を計画していた少年だった。

 

 

「食われるのはゴメンだ! 頼む!」

「分かった。お前だけは連れて帰ろう」

 

 

 セシルは後ろから罵声を浴びせかけられながら、少年を肩に担いで飛び去った。後には再生しようとする肉塊と食糧だけが残った。

 

 

 




女子供はもっと厳重な場所に保管されていた
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