【一区切り】レメディオスソード   作:傀儡兵C

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正義~セシル

 一人だけ連れ帰って来たセシルの話す顛末に、一行は、特にレメディオス、ケラルト、カルカの聖王国組ははっきりと混乱していた。自分たちの意思で食肉となる道を選ぶ存在など、想像もしていなかっただろう。仮に親愛なる家畜たちを説得しようとしたならば街を陥落させるしかない。だが、雇用主たる魔導国の許可なしにトロールとの戦争に突入するのは、避けるべきだ。

 全くバカバカしいことにそれが全てだ。セシルたちはトロールの国に勝てるかもしれない。だが魔導国には勝てない。好き勝手に振る舞うことはできない。

 大体、トロールの国には冒険者として来ているのだ。食用の人間たちを救いたいというのも、“わがまま”に過ぎないのだ。多種族国家たる魔導国の冒険者として贔屓し過ぎるわけにもいかない。

 

 

「大丈夫か? セシル?」

「俺はいいよ。()()()()。それより、あの少年はどうするかな……とりあえず焼き印は治しておくか」

 

 

 レメディオスの気遣いも、セシルの今の気分を解すには至らなかった。

 セシルが連れてきた少年だが、彼もまた問題だったことには違いない。連れてきて大自然に放り出す……ではあまりに人間味がない。せめてどこかの集落にでも預けられれば良いのだが、なにせここはトロールの国だ。人間の住処があるとしたら、よほど上手く隠されているだろう。

 

 

「それに……まさか名前が無いとはな。大陸中央部は人間の価値が高いのだか、低いのだか」

 

 

 それは流石に誰も予想していなかった。今まで過ごしてきた人間の国々にも奴隷はいたが、名前まで無いということは流石になかった。トロールの国は分からないでもない。人間も大量生産の牛や豚、鶏に名前を付けたりはしない。情を移すわけにもいかないのもある。

 ミノタウロスの国で名付けないというのは流石に首を傾げてしまう。存在を許容するわけではないが、奴隷に名前も無しでは単純に不便だろう。

 

 そこでケラルトがあることに気付いた。

 

 

「あんまり考えたくないことではありますが……ミノタウロスの国とトロールの国の間で貿易があるんじゃないですか? つまり……人を、嗜好品として扱っていると。それならばミノタウロスの国でも名付けが無いことにも説明ができますし、なにより人間の数という食糧的な問題も解決できます」

 

 

 その言葉にいつもの不気味な笑い声は付いてこなかった。

 それはケラルトやカルカの視座だからこそ見れたことだ。国家間の関係は複雑怪奇だ。かつての帝国と王国や竜王国と法国、あるいは魔導国と聖王国。敵対国家同士で隠れて握手することなど珍しくもない。

 つまりは中央で覇権を争い合う亜人種の国々でも同じこと。ミノタウロスの国で奴隷階級である人間を、使い倒した挙げ句、トロールの国で売るということは一石何鳥だろうか。

 もちろん奴隷にもある程度の権利はある。だが、トロールの国でどう扱われるかなどにミノタウロスの国が責任を負うことではないのだ。

 

 

「技術を保有する奴隷は手放せないが、単なる労働力の人間なら全く問題ないわけだ。自前の畑で採れる量では全く足りないから、他所から買う。感情を無視して言えば実に普通の発想だな」

「これだから亜人種というやつは! やつらに正義は無いのか!」

 

 

 セシルのボヤキにレメディオスは灼熱の勢いで応じた。彼女のような人間からすれば国家間の後ろ暗い取引だけでも許しがたいに違いない。そこに人命と亜人という燃料が加われば業火に変わる。

 だが、その業火はたった今、不条理を見てきたセシルの心には焚き火のように感じられた。何かあるとセシルはすぐ個人の自由だと諦めてしまう。だからこそレメディオスの頑なな正義感が()()()()思えてしまうのだ。

 

 時刻は夜中。あらゆる問題を明日に回して、本当の焚き火に当たる時間が来たのだった。

 奴隷の少年と組合長たちは溶け込みの天幕(カモフラージュ・テント)の中で夜を過ごしている。女性が多いチームとしては男女別に分けなければいけない。正確にはセシルだけはレイナースのテント以外は、どこにでも入れるのだが。当のセシルは夜番の一番手になって、火をぼうっと眺めていた。

 

 どうもビーストマンの国からこちら、感情を持て余している。セシルはそう考えている。

 道理で考えれば亜人種たちの国がやっていることは、人間種と変わりない。だというのに人間が虐げられれば怒りが湧き、亜人種たちにそれをぶつけてしまう。それでいて人間種に期待して、勝手に落胆している。これでは公平な視点を持った魔導国の冒険者とは言えないだろう。

 諦めた者たちも、残虐な行為も、どれもこれも見たことがある景色だというのに……

 

 

「隣、いいか?」

「レメ……早く寝ないと明日に差し支えるぞ」

 

 

 許可を出したわけでもないのにレメディオスはセシルの横に腰を下ろす。セシルは黙ってレメディオスが持ってきたカップに湯を注ぐ。

 少しだけ沈黙が落ちた。なんとなく気まずいそれを破ったのも、やはりレメディオスだった。

 

 

「またぞろ貴様が益体もないことで悩んでいると思って来てみれば、案の定だったな」

「そんなに顔に出てたかね?」

「見れば分かる程度にはな。それで? 何を悩んでいる」

「……正義?」

 

 

 それが分かれば苦労はしないことを、セシルが口にした。なまじ長く生きてきて、多くのものを見てきたから()()()正しく見えてしまう。だから今回の調査任務も半端なまま行ってきている。トロールと敵対するでもなく、肩入れするのでもなくダラダラと。

 そんなセシルの葛藤をレメディオスは背中を叩いて、吹き飛ばした。

 

 

「なんだ、そんなことか。私の場合、簡単だ。カル様の正義こそが我が正義。ならばお前もそうだろう?」

 

 

 そう、森を出たのも、国々を渡り歩いたのも、冒険者をしているのも、全てがレメディオスたちのためだった。

 

 

「お前は私の剣なのだから、人間に肩入れしていいんだよ」

 

 

 絶対に味方しろなどとは言わない。それでも平等や公平にこだわる必要はなく、それこそ少し贔屓目に見る程度。それぐらいでいいのだと、聖騎士は言った。

 その程度の方向性があれば、森で隠遁などせずとも良いのだ。

 

 

「……完敗だ。こう言ってはなんだが、レメに理屈を説かれる日が来るとは思わなかった」

「お前は訓練兵の時から小うるさかった」

 

 

 レメディオスはセシルの肩に少し寄りかかった。その日はそのままレメディオスと二人で夜番した。握った手が妙に暖かく、常と違って二人は穏やかな話ばかりした。

 

 

 

 




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