人の倍の大きさの種族のための部屋というのは、ひどく奇妙なものだ。使えないわけではないし、山のような威圧感を覚えるわけでもない。いっそのことミニチュアサイズぐらいに離れていたら受け入れられるものだろうに、ひどく半端だ。もちろん通常の人間種にとってはだが。
セシルは自分の目線とちょうど重なる机に飛び乗り、椅子に座っていたトロールに刃を突きつけた。対するトロールは赤褐色のベルベットじみた貴族服を着ている。この街の富裕層、それも街の代表を務めるような地位にあるものだ。
「解放されたいと願う人間種を俺に差し出せ。さもなければ首を飛ばした後、傷口を焼く」
「人間がどうしてここまで……警備の者たちがいたはずだ! やつらめ! 昼寝でもしておるのか!」
「彼らに責任を問うのは酷だな。いくらトロールといえども、ひき肉になった状態からの再生は時間がかかるだろう。今のところただ切るだけで済ませているが、お前の態度次第では酸や火も使う。そして、街は俺の仲間が占拠している。どうする?」
トロールは動けなかった。生まれつきの戦闘能力があるから分かってしまうのだ。彼我の能力差というものを、肌で感じる。背丈は倍以上高いのに、机の上の男がさらに大きく見えてしまう。
「……分かった。だから住人たちを焼くのはやめてくれ……」
「約束は守る。同じ人間を解放する以上のことは求めない。ああ、後は干し肉を付けてくれると嬉しいな。もちろん人間の肉じゃないやつ」
「……お安い御用だ」
セシルは
覚悟を決めたセシルは、地理を調査しながら各街を回り、己の意に反して捕らえられた人間を解放して回っていた。その覚悟とは下手をするとアインズの不興を買いかねないということも含まれる。だがレメディオスはもとよりカルカもケラルトも意思を同じくしてくれた。
ならば後はやり遂げるだけだ。己という無骨な剣に命を預けてくれるのなら、なおさらだ。
解放された人々の健康状態は悪くない。皮肉なことに食用だからこそ、徹底して管理されていたのだろう。人数がある程度集まると、帝国の陣地までセシルが護衛していく。もっと難色を示されるかと思っていたが、師団長は「いくら人手があっても良い」と預かることを承知してくれた。ただし、追跡隊が追ってきていない場合のみだ。そうしなければ今度は防衛隊がいくらいても足りなくなってしまうから、致し方なかった。
もっともセシルが護衛をする限り、追われてしまうことはない。人間を超えた感覚と身体能力が周囲の状況を把握しているのだ。世界最高の護衛と言っていいだろう。
「それでもたったこれだけか……」
帝国が避難民を受け入れてくれるのは、理由の一つに人数がそれほどでもないということが含まれるだろう。押し寄せるように来られたら、流石に止められていたはずだ。
それほどトロールに育てられ、見ている世界が違う者が多いのだ。陣地を往復するたびに思い知らされる。だが、それでも助けられたい者を助けているのだ。そう思い、セシルは助けられなかった人々のことを頭から追い出した。
彼らの管理をお願いして、セシルは調査拠点に戻るために走っていく。転移のアイテムは使用数が限られる。セシルはそれをカルカたち三人が危機の時に使うことにしている。他の場合には温存していく。それが身内贔屓だということもセシルは受け入れられるようになっていた。
「お疲れさまでした。セシルさん。無事に送り届けられたようですね」
「まぁな。トロールたちも食糧を取られたぐらいの感覚なのか、軍勢を整えたりはしていないからな」
「そのあたりは見栄もあるのでは無いでしょうか? 食用にしている種族相手に怖くて引き下がったなんて……言えませんわよねぇ。うっふっふ」
セシルはカルカが差し出してくれた水を一気に飲み干した。
拠点内では組合長二人とレイナース、ケラルトが魔導国に出す報告書の制作に取り掛かっている。今回の行動に少しでも正当性を持たせるべく頭をひねっているのだ。
こうした時、意外に役立つのがレイナースだ。帝国武官の中でも最高位に近かったためか、報告される側の反応などを教えてくれる。武にも文にも寄り過ぎないバランス感覚があるのだ。
「お師匠と立場が逆転している気がしますわ」
「槍の相手もちゃんとしてるからイーブン……確かに師匠じゃないな」
「レイナース君は私とラケシルの稽古相手もしてくれているからな……セシル君やレメディオス殿とは差がありすぎて勝負にならないのでな……現役の頃に戻るにはまだ時間がかかりそうだ」
調査に稽古、キャンプ地の移動。そして人間の解放運動と、一行の一日はなかなか忙しない。トロールの国は広かった。不思議なのは軍勢のような集団や巡回が見当たらないことだが、どこかに集中しているのかもしれない。トロールの国は中央で覇を唱える一国なのだから。
しばらくしてトロールの街をまたもや見つけた。遠目に見ると、今までの街より大きく、家屋には装飾が施されているものも多い。裕福な街か要衝なのだろう。それでも一行は今まで通り、人類種の解放を狙う。
しかし、これまでの街とは違ってここまで広いと、正面から占拠して解放を狙うというやり方は現実的ではない。これまではトロールの国側が躍起にならないよう、住人に死者が出さないために酸と炎を温存していたのだ。
時間がかかればかかるほど、トロールの復活に繋がり、死者を出さずにはいられなくなる。
こうなるとセシルによる単独での潜入が一番になる。問題はどこが街の長の館なのか分からない点だが、こればかりは聞いて回るわけにもいかない。結局は一番大きな建造物に突入ということになる。
レメディオスたちに見送られ、一人空挺降下と洒落込むセシル。一番大きく、一番豪華な建物へと、とりあえず侵入してみたものの、どうやらあっさりと当たりを引いたらしい。
警備兵が喋っているのを聞いてみても、ここの住人が相当の権力者であることは疑いなかった。一応〈
幸いにして誰にも足音を咎められずに、奥の部屋へと侵入を果たした。
部屋の中にいたトロールは三メートルほどの背丈でたっぷりとした豪奢なローブを身に着けている。その指にはいくつもの宝石指輪がはめられていて、トロールにしては珍しい商人のような風情だ。
誰の影もなく開いた扉を訝しんでじっと見ている。
その間にセシルはすでに首にシチセイを刃を押し当てていた。〈
「解放を望む人間種を解放してもらおうか。街の外まで連れていけば五体無事でいられる」
「……ほっほう。最近裏で話題のもの好きとはお前のことか。なんでも我々よりも強いのに、弱者を救って回るとか……」
「光栄だね。で、どうする? この屋敷の警備兵全員より、俺のほうが強いよ」
「分かった。人間たちは解放する。ところで、俺様はハゴという。そちらは……名乗れないだろうな」
「残念ながら、その通り。そう決めたのならハゴよ。先頭に立って案内してもらおうか」
するとハゴは四角い顔に笑みを浮かべているではないか。自分の命がかかってるというのに、ふてぶてしいまでの度胸だ。ハゴは指を左右に振ってみせた。
「待て待て。人間の戦士は性急だ。俺の命と引換えでもなく、サービスで人間たちは解放する。そして、他の街からそういった人間を買ってきても良い……人間の戦士よ。取引といかないかね?」
予想だにしなかった言葉で、顔色を変化させなかった自分を褒めてやりたいとセシルは思った。
どっちが悪役なんだ…