セシルはまったく奇妙なことに、ハゴと名乗るトロールの客になっていた。多少特殊な部類ではあるが、とりあえず人間種であるはずの自分がトロールの客! 視点を逆にしてみれば、牛や豚に席を勧めてもてなしているようなものだ。実際、トロールの使用人たちはなんとも言えない顔でうろついている。主人がやることに理解ができないのだろうが、牛や豚と違うのはセシルはとりあえず口が利けるということにあるか。
ハゴが変わり者だということに疑いは無いだろう。仮に罠にかけるつもりにしろ、それ自体がトロールの印象に合わない。
それはともかく、倍の大きさの家具というのは不便極まるといういらない知識を得てもいた。そこから思えば、ハゴも日頃から人間の客を迎え入れているわけではなさそうだ。
セシルはテーブルの上に置かれていく料理の数々……一皿で満腹になりそうなサイズがある……を眺めながら言った。
「トロールは客を迎えるときに、人間種の肉を出すと聞いたことがあるんだが……」
「おいおい。俺様はトロールだが馬鹿じゃねぇ。ホストとして客によってもてなし方を変えるのは当たり前のことだ。当然、ここにあるのはお前さんが食っても問題ないやつだ……人間が人間を食うって問題になるのか、という疑問はちょっとあるがな」
「脳とか食うと病気になるって聞いたことはあるな」
トロールがトロールを食うこともあるのだろうか? そんな疑問を浮かべては消してセシルは明確に牛のものだと分かる料理を食らった。温かい食事というのは旅の最中でも魔法で実現できるが、凝った料理というのは中々お目にかかれない。
セシルは饗応にあずかりながらも、ハゴという人物を観察する。トロールが商売をするという感覚が無かったのは、偏見だった。考えてみれば人間種を食糧として見ていようが、亜人種には亜人種同士の付き合いがあるのだから、そうした存在がいるのは当然でもある。
見たところハゴは厄介なタイプの人物だ。金になるのなら偏見もなく、甘くみない。交渉事でセシルが有利になることはまず無いだろう。
「ハゴは人間を相手に取引するのか?」
「いいや、普通はしねぇな。俺様だってトロールであることに変わりはない……というのもあるが、単純に近くに商売ができるような人間の集まりがねぇんだよ」
「それがなぜ、俺と取引しようと?」
「強いからだ。俺様は少しばかり視点を広げたが、それでもトロールだ。強者というのは価値があり、味方にしておきたい。そして、商人でも力ずくで野心を遂げようとすることがあるってことだ」
野心、それが持てるまでにトロールの国には柔軟性があるらしい。しかし、それを依頼するというのはどういうことか。やはりハゴは信用ならないが、話を聞いてみなければ判断はできない。人間種や魔導国の利益に反するようなら当然受け入れられないし、その場合話を聞いたセシルと戦闘になるだろう。
使用人がいるなかで話をするということは、ハゴがよほど慕われているか影響力を持っているか。
「それでハゴの依頼は何だ? 当然、受け入れられるものなんだろうな」
「ああ。この国で暴れまわっている、お前なら問題にならないだろう。潜入もお手の物だということは見せてもらったしな。依頼は首都で御用商人をしているギーハという男の殺害だ。人相書きを後で渡す」
「……不可能とは言わんが、随分とリスキーな依頼に聞こえるな。見合う報酬は出るんだろうな」
「人間を百人。護衛や食糧付きで引き渡そう。それとこれから起こるお前さんの救助活動に対して口出しはせんし、協力が欲しいのなら応じよう」
「まだ弱いな……この国をはじめとした国々のできるだけ詳細な地図をよこせ」
「お前さん、それがどれだけ無茶なことか分かってて……言ってるんだろうな。報酬を渡した途端、俺様は売国奴だな……」
「信じられんだろうが、俺が立場に縛られない行動を取ったら……トロールを全滅させるぐらいはできるだろう。こっちとしては最悪の場合、それで良いんだ」
セシルからすれば、他のプレイヤーがいなければ可能であることだ。トロールの常識には反するだろうが、取引や交渉が成立するのはセシルがあくまで、ただの探索者であるうちだけだ。ハゴは確かに交渉事で有利だろうが、圧倒的な暴力の前には意味が無かったのだ。
その後、その大言に相応しい力を持っているということの証明として、街一番の戦士を粉々になるまで切り刻んで交渉は成立した。
「それで依頼を受けて帰ってきたのか!?」
「ちゃんとできる限り人間は連れ帰ってきたぞ。あの男のサービスで近隣の人間も含めてな」
「しかし、亜人種の依頼で暗殺者の真似事など……それは私の剣として相応しいことだと思うか?」
野営地に帰ってきたセシルだったが、時間がかかったため気をもまれていた。そこでハゴとのやり取りを聞かされて、レメディオスがお冠になったわけだった。カルカとケラルトもなんの相談もなかったため、やや不服といったところだ。
確かにセシルとしては考えが浅かったかもしれない。軍事機密の塊である地図という報酬か、あるいはハゴというトロールの人柄に酔っていたのか。
「暗殺者をやるのは俺だ。ここにきてトロールの国を多少、怯えさせるぐらいは問題ないと思った」
「セシルさん! 自分がやるからいいと思っているのですか!」
今度はカルカが声をあげた。依頼の内容も、トロールの殲滅も確かにセシルなら可能だろう。自分たちの顔が売れているわけではないから問題もない。
「それでは私たちが不要と言われているようで、面白くありませんよ。私たちはチームなんですから、あなた一人が汚れ仕事をしてて笑っていられるわけではないんです」
ケラルトも言う。確かに戦力的には不要な存在かもしれない。だが、それはセシルの人間性を切り離すことも同じこと。彼女たちは要不要で語る関係ではないはずだろう。互いに身を繋ぎあった“金鎖”なのだから。
レメディオスは他ならぬセシル自身の価値を証明しようと、その目に炎を宿した。
「この前、語ったようにお前の行く道は間違っていない。だからこそ今度はお前自身が軽いものではないと、教えてやらねばならないようだな」
極端から極端へ。正義を肯定してやれば今度はこれだ、と呆れるばかり。確かに人間を贔屓しても問題ない言ったが、そこにセシル自身は入っていなかった。
「よし! その依頼は“金鎖”全員でやるぞ!」
「姉様。そこはカル様が言うところです」
「良いのですよ。セシルさんが手を汚すのなら、私たちも汚すまで」
レメディオス一人の熱で矯正できないのなら、三人全員で燃やせばいいのだ。夜が明けるまでセシルは、身動きできなくされるのだった。
自分の力不足を実感中