セシルの立てた作戦は半分成功、半分失敗だった。
彼の作戦というのはケラルトも呆れたように、単純なものだ。だが往々にして単純なものほど効果があるのを、ケラルトも渋々認めざるを得なかった。
それはトロールの王族を脅して、最悪人質にして虜囚たちの解放に役立てるというものだ。これならば戦闘班はセシルとラケシルだけで済むし、救出班の戦力は最大になる。ホクトセイクンを救出班に回せるというのも非常に大きい。
セシルは真正面から首都に乗り込み、王城へと進んでいった。とにかく高いところを目指していく足取りに迷いはない。もちろん残された僅かな守備兵たちが、この不遜な食糧の行く手を阻まんと幾度となく攻撃を加えようとしたが、そのことごとくが無駄である。
「
「魔力の消耗が激しいんですか? ラケシル組合長」
「いや、単純に歳だよ。若い頃は移動しながら呪文を唱えるなんて、当たり前にできていたんだがな……」
そんなやり取りを繰り返し、とうとう玉座の間へと到達した。玉座の間は意外なことに、王国や帝国と変わりなく、落ち着いた豪奢さに溢れていた。正直なところ、セシルたちは蛮族丸出しな場所を想像していたのだが、黒と金を基調とした玉座。床はすべらないよう工夫を凝らされた大理石。装備を合わせた近衛は壁にキレイに並んで命令を待っている。
「トロール王か? だとすればありがたいんだが……」
「……いかにも。建造以来、初の侵入者が人間とはな。食糧風情が城を汚すなど、何の皮肉だ、これは……やれ。この神聖な空間を汚す、汚穢な徒を片付けて清潔な空間に戻すのだ。我らに食われる名誉も一切与えん」
言葉とともに壁の近衛がゆっくりと動き出した。贅沢に金属を使ったフルプレートにハルバードを持っている。どちらもトロールの体格を考えれば、恐るべき大きさであろう。
……で? だからどうしたというのだろう。
動き出したときと同じく、近衛たちは同時に動かなくなった。選抜された二十名の戦士たちは、ほんの一瞬で肉塊と化した。血の雨が降り注ぐが、下手人はそれすら躱していた。
再生しようと蠢く者に、ラケシルが酸や炎でとどめを刺していく。ここに来るまでで、実に手慣れた
「馬鹿な! 我が精鋭たちが……貴様、見た目通りの人間ではないな?」
「そう見破ったのはあんたが初めてだよ。それで、俺たちの言う事を聞いていただけると、話が早くて助かるんだがね? 食料倉庫の人間種を解放して、黙って俺たちを行かせてくれ。それがここまで乗り込んできた理由だ」
実はこの時、救出班は無事に食糧倉庫にたどり着いていた。レメディオスとレイナースがトロールを足止めしている間に、ホクトセイクンが精神系魔法でとどめを刺すやり方は実に効率的だった。
一般的なトロールではレメディオスとレイナースを止めることはできない。さらにレベル八十台のホクトセイクンが控えているのだ。玉座の間とはまた違った地獄をそこに表出させていた。
つまり……もうセシルの要求に意味はなく、ただ強敵を足止めする意味しか残っていなかった。端的に言って不毛である。
だが、トロール王はセシルの異常さを見てなお、玉座に立てかけてあった巨大な槌を握りしめた。トロール王は強い。戦意をぶつけて、跳ね返ってきた気迫に恐れおののきながら叫んだ。
「我はトロールの王。それすなわちトロールの中でも最強の者なり! この【サ】が夕食風情に屈すると思うてか! 行くぞ! 我と戦えることを誇りに思うが良い!」
「ラケシル組合長。俺にぴったりくっつくか、逆に思いっきり離れるかしてくれ」
「背中を預ける形にするよ。追手が来ないか、見ておく」
トロール王サは亜人種の中の亜人種だ。その身体能力はもはやトロールの範疇にない。種族もウォートロールであり、再生速度も異常とさえ言える。
鉄槌がセシルに向かって振り下ろされる。
「ぬぅ……!」
「驚いた、本当に強いな。トロールは戦闘能力で王を選ぶのか」
鉄槌はセシルの直刀シチセイの柄で受け止められていた。打たれたセシルの足元はクレーターのように陥没し、その威力を物語っている。
「うぉぉぉ! 〈素気梱封〉! 〈武具破壊〉!」
己の膂力が通用しないなら、その武器を奪う。名前からして武具の耐久度を減らす技なのは間違いない。セシルは武技を使えない以上、正面から受け止めはしなかった。直刀の鞘で優しく受け止めるようにして、衝撃を殺し。にわか二刀流と化してトロール王の腕を切り飛ばした。
トロールも痛みは感じる。若干動きが鈍ったそこから流れるように残った四肢を切断して、トルソーのように仕立て上げた。その間何回切られたかすらトロール王は分からなかっただろう。
「ぬぅおおおお! 〈肉体超向上〉!」
血だるまになった先から、トロール王は再生速度を高めに高めて、元の手足と肉体を無理やり繋ぎ直した。もちろんそれはセシルが黙ってみていたからできたことだ。
恐らくトロール王は勝ち目がないことを既に理解している。それでも屈しない。力量差ではなく、種族として人間に従うことなどできないのだ。
「お見事……実によくやるものだな。その威風、まさに覇王と言ったところか」
セシルは今やトロール王に対して敬意すら抱いていた。例え勝ち目がなくとも、最後まで自身とその立場を貫く。それはセシルのような人間には持てないものだった。死にかけて立ち上がれたとしても、それは別種のものになってしまうだろう。
そしてだからこそ、もはや作戦は破綻した。そして、このトロール王は強敵であるとセシルは認識した。欠片も侮ってはならない。
「ラケシル組合長。とどめをお願いします」
「……良いのかね?」
「ええ。決して命令など聞かないでしょう」
そもそもレベル差があり、無理やり繋いだ手足の動きは鈍い。ここが一番の好機だからこそ、全力を叩き込む。
「〈雲蒸竜変〉」
雲の形を描き、変幻自在の軌跡を描く刀剣のスキルが起動する。身体能力を更に向上させ、湧き上がる雲のような一撃はトロール王をバラバラに切り刻んだ。そのトロール王だった頭部をラケシルが酸と炎の矢で潰していった。
「その勇姿は忘れん……というのはこういう場合に言うんだろうな」
後は救出班と合流して、退路を確保すれば終わりだ。もはや振り返りもせず、セシルとラケシルは合流地点へと急いだ。
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