帝国への帰還。セシルは預けていた双子との再会に思いを馳せる間もなく、帝国魔法省に呼び出された。そこで待ち構えていたのは
その門を潜るとセシルが到達したのは、ナザリック地下大墳墓である。そもそも“金鎖”のリーダーであるカルカではなく、セシルが呼ばれた時点でここに来ることになるのは当然と言えた。
「こちらです」
髪を夜会巻きにして、ガントレットを装備したメイドが一つの扉の前でお辞儀をする。エ・ランテルに冒険者組合の本部があるため、孤児院で見たことのある人物だった。
中でセシルを待っていたのは言わずもがな、アインズ・ウール・ゴウンその人だった。
「久しいな。まぁかけろ」
「お飲み物は珈琲と紅茶、どちらがよろしいでしょうか?」
「じゃあ、珈琲でお願いします」
メイドは手際よく用意されていた陶器から、湯気のたつ液体をカップへと移していった。それが終わるとアインズが手で押し留めるようなポーズをする。それに頭を下げてメイドは部屋から退室していった。
珈琲はこちらの世界ではあまり飲まれない。その芳香を嗅ぐと、かつての世界への思いすら湧き上がる。もっともそれを懐かしく思うのは、セシルというプレイヤーが人工された代替物ではないモノを楽しめるからであったが。
折角なのでまずはその芳香と一口目を楽しんでから、セシルは問う。
「今回の招待は個人的なものでいいのかな? それとも部下として?」
「前者で構わない。話の内容は後者も含まれるがな」
そう厳粛な声で返事をしてから、アインズは椅子の背もたれにズルリともたれ掛かった。完全に脱力している。
「あ~、今回の騒動でなんか部下の期待に応えたみたいになっちゃったし……疲れた……王国とも折衝は完全に終わってないのにトロールの国まで手に入るとかね? そりゃ成果としては良いけどさ。なるべく順番にしたかったー」
「ああ、うん。すいません」
アインズの態度には半分、かつての人間鈴木悟が表出している。これはセシルとアインズの関係が微妙なものだから、発生した新スタイルである。
かつて彼がモモンガと呼ばれていた時分、彼は親友とも言えるギルドメンバーには丁寧に接していた。つまり、砕けた態度こそ親しさが微妙なのだ。
「まぁ、維持は帝国に丸投げかな。中位アンデッド作成で作ったモンスターを追加で送り込めば、どうにかこうにか……それにしても人間救出というのはらしくないことをしたな? 最初会ったときは俺が超位魔法を使った話でも普通に聞いてたのに」
「……それだが、俺にはどうも人間の味方でいたいという心があるらしい。以前はさほど興味がなかったんだがな……」
「あぁ、それ。多分アバターに引っ張られてるぞ」
「引っ張られる?」
「俺は激しい感情が抑制され、悲惨なことにも動じなくなってるし。それと同じことがお前にも起きてるんだ。後はカルマ値とかも影響するな」
セシルの種族は
ゲーム内の書籍でもいわば光の側の種族であることや長命であることが示唆されている。フレーバー的なものであり、能力変化はごくささやかなものだ。
しかし現在のセシルの肉体にとって、フレーバーテキストは絶対だ。心がいくらすり減っていようと……否、むしろすり減っているからこそ、違和感を生んで衝動に反映される。
「参ったな……それじゃ、いずれお前たちとも衝突するのか?」
「そこまで極端ではないと思うが……この世界で種族変更が可能かどうかは調べておくべきだろうな」
セシルにとってギルド“アインズ・ウール・ゴウン”との敵対は最悪の状況を生み出す。別にセシル自体は自己責任というものだから、どうでもいいことではある。ただ今のセシルはあまりに多くの人間関係を抱えこんでいる。
レベル100のNPCを幾人も擁する相手に、庇いながら戦うなど不可能だ。
「かくして、俺とお前たちの関係は続いていくわけだ。個人的には歓迎しているが……」
「お前は飲み込めても、他の住人は納得できない……ということになるな。なにせ異種族限定の集団だからな、我々は。エントマとも会っただろうが、彼女も【人食い】だしな。そうでなくとも外の種族を見下しているからな、皆。人間とか見ると、大体下等生物扱いだし……アレが無ければもっと楽にならないかなぁ」
ナザリックの住人たちと、外の世界の種族の交流実験は続いている。だが、絶対安心という水準には至れないでいる。階層守護者のコキュートスなどは上手くやっているが……逆に地下のメイドたちのように戦闘能力を持たない者たちからすると虫じみた恐怖の対象であったり、仲良くする演技すらできない者が多い。
「と、いうわけでお前がいる冒険者部門みたいな現地採用の人間は欠かせない。滅ぼすばかりじゃ、それこそ無味乾燥だし。あぁーでもこれ以上、属国が増えるのもなぁ」
「贅沢な悩みだな」
なぜか未だに熱い珈琲をセシルはすする。ただしアインズが他勢力を過剰なまでに警戒していることは、セシルも知らない。アインズは強者であるからこそ、さらなる強者の存在を否定できないでいる。
「冒険者らしくない仕事になるけど、今後他国への最初の接触者としての任務が増えるかもね。外交使節団の護衛とかそういう名目で。できれば今回みたいに命令の隙を突いて、魔導国より先に干渉したりしないでくれると嬉しい」
「嬉しい、というより今後の方針だな。今回の俺の暴走は本当に済まなかった」
「謝罪は受け取るよ。情勢が安定したら、また計画を出す。現地政府と関わらないなら、地図作りとかは有り難いからなぁ」
次に問題を起こせば、魔導国も対面上罰しなくてはならなくなる。そして“金鎖”のリーダーはセシルではなく、カルカなのだ。
和やかな雰囲気の中で、まさに苦いものを口にするようにセシルは珈琲を飲み干した。
地図に載ってない大陸の東側ってどうなってるんでしょうね。ストライダー!