カップが音を立てずにソーサーへと戻される。育ちの良いカルカたちに影響されてしまった、セシルの新しい癖だ。この肉体が微細な手加減も可能としてくれるので、セシルがマナー講座を受けたわけでもない。
湿らせた唇で新しい情報を雇い主へと告げる。報告を受けたアインズは顎に手をやりながら、その内容を咀嚼しているようだった。
「十三英雄のリーダーがプレイヤーねぇ。あちこちにプレイヤーの痕跡があるが、その一つなのは間違いないなぁ。調べはどう?」
「帝国大学院で大体の伝承は集まった。興味を惹かれるのは弱いながら成長して誰よりも強くなった、という伝承だな。事実ならレベルアップのことだろうが……」
「サーバー終了時にそのぐらいのレベルでいたことが驚きだな。まぁ末路鑑賞の人ってのも確かにいたけども」
MMOの宿命と言うべきか、後発組が追いつきやすいようにユグドラシルも設計されていた。レベル九十台まではすぐに上昇すると言って良い。まぁDMMO-RPGはどうしてもプレイ時間が長くなってしまうので、非ダイブ型のゲームと比べれば面倒ではある。
しかし、この世界で弱いと表現されるなら相当だ。作りたてのアバターだった可能性すらあり得た。
「伝承では最後には死んでしまったとあるが……合わせて登場する八欲王の物語が確かなら蘇生できる可能性が高いが、六大神もプレイヤーだと思われる。彼らが表に出てきていない以上、断言はできないな。」
「……試すわけにもいかないか」
ボソッと小声で付け加えられたアインズの独り言に、セシルは久しぶりに汗をかくような気がした。
アインズ・ウール・ゴウンにとっては死亡した際、復活できるかどうかはセシルで試せば良いのだ。だが試される側としてはたまったものではない。セシルとしては蘇生の可能性は高いと見ているが、意識の連続性などについては知ることができないのだ。まさにスワンプマンの話である。
それを試されないのは抵抗されて、アインズ自身とNPCなどに被害がいきかねないからでしかない。その場合はお望み通り全力で抵抗させていただこうと、セシルは凶悪な笑顔を見せた。
「試されるわけにもいかないな」
単なる強がりだ。“金鎖”に繋がれたセシルは魔導国と敵対するわけには行かない。
「そんな気はないって。話を戻すと問題はプレイヤーの装備を狙っているやつがいることだな。パワードスーツを狙うのは分かりやすいが……ギルド武器に関してはなぁ……利用する方法を見つけたのか? こちらも既に一人確保しているんだ。他にいないとは言えないな」
「タレントだったか……武技もそうだが、自分に使えないものに関しては警戒するしかないのがな。対応策の一つもあれば良いんだがね」
話に上がったタレントは、【ありとあらゆるマジックアイテムを使用可能】というとんでもない才能だ。持ち主は既に魔導国の配下にある……とセシルは聞いている。そんな異能者が他にいて欲しくはないが、往々にして現実はそういった期待を裏切ってくれる傾向にある。注意はしておくべきだろう。
アインズはそういった実験を何度も繰り返して、可能性を探っている。引きこもっていたセシルとしては、その行動力に感服するしかない。
それが今回も発揮された。
「新しい任務は近々通達するが……それとは別に試してもらいたいことがある。すぐ成果を要求するような類ではないが……」
「試す?」
「ああ、プレイヤーの戦士職が武技を使えるようになるかの実験だ。この世界の住人には一年ほど習得に要するらしいが……魔獣にも使えることが分かったから。デスナイトは駄目だったけど」
武技。この世界の戦士たちが使う、スキルにも似た技の数々。それはユグドラシルには無かった技術で、プレイヤーには習得不能かと思われていた。
「あれ? でも、お前は使えるようにならなかったんだろう?」
「確かにそうだが……武術を習ったのもNPCのコキュートスからだし、魔法職でないなら話は別かもしれない。NPCにも駄目でも、プレイヤーの戦士職なら可能性は残っているだろう?」
「まぁ別に良いけど……本当に使えるようになるなら、とっくに〈斬撃〉ぐらい覚えてると思う」
これまでに亜人種をどれほど斬ってきたであろうか? そこを考えれば可能性は低いが……上役の頼みである。試みるぐらいは良いだろう。そうセシルは判断した。
「頼んだ。今度の任務は一応遠隔地への護衛という形になるから、アインザックとラケシルは返してもらうぞ。残された面子では冒険者部門の書類仕事が遅れがちと聞いている」
「あの人たちが現役復帰したのは魔導王陛下のお話に触発されてと聞いているが……」
「仕方ないだろ。実際、新規立ち上げした部署は人材不足なんだから。本来なら初の魔導国で登録した冒険者、レイナースだったか? も、宣伝のためにこっちに来てもらいたいぐらいなんだ」
「彼女は俺に弟子入りすることを条件に勧誘したからなぁ。あ、もし新しい任務が長引きそうならユリ・アルファの孤児院に置いてもらいたい子どもが二人いる。組合長たちと一緒に送るから、よろしくお願いします」
その後は対プレイヤーに備えていると思しき存在の調査が話題になった。セシルがリグリットを捕まえておけば良かったが、そのような権限は与えられていなかった。
アインズはセシルという貴重なレベル百のプレイヤーに付与する立場を、改めてみようかと思い始めていた。しかし“金鎖”という存在があるからこそ、セシルは魔導国に所属しているのだ。
実際、気軽に動かせる強力な駒は有益だった。現在、魔導国の幹部とも言える階層守護者たちはそれぞれの分野で仕事をしているので動かせない。セシルは大した立場を持たないからこそ、優秀な働きをしているのだ。
結局は縛り付けるより、遊軍めいた存在である方が良いと、アインズは現状維持を選択した。それでいて魔導国の枠組みの中で動かせるように、メッセンジャーを付けて置かねばならない。
今度の目的地……カルサナス都市国家連合に赴かせるメンバーはこれで決定した。
幕間めいたお話
オリジナルが続く…早く新刊ください