椅子とサイドテーブルを与えられたセシルの横で、白いティーカップに赤みがかった液体が注がれていく。給仕をしてくれるメイドはなぜかガントレットを装備しており、ただのメイドではないことを示している。
隠れて暮らしていた身にも久方ぶりの紅茶は身にしみるようだった。街でも今度から酒ではなく茶を頼むようにしようか、と思うほどだ。
「気に入ってくれたようだな」
「文化圏的には緑茶ですけどね。元の世界を味わうには紅茶の方が良いかもしれない」
アインズの手元にも同じカップが置かれているが、こちらは口をつけた様子は無い。アインズはスケルトン系列の種であるため致し方ない。
「それにしても、ここは確か異形種専門のギルドでしたね。あ、千五百人のプレイヤーを撃退したって本当ですか?」
「少し尾ひれがついているな。傭兵NPCも多く含まれていたため、千五百人の中のプレイヤーはそれほど多くは無いよ。尤も少なくも無かったがね」
「へー、すげー」
セシルも素の口ぶりに戻っている。強さや外見といった要素は思うより体を縛る。生来の気性で生きていける者は稀だ。その点、ここは気軽だ。例え殺されるかもしれないにしても。
「自己紹介がまだでしたね。この体の名前はセシルです……本名はもう自信無くて」
「ほう。何年前にここへ来たのだね」
「五百か六百年前でしたかね。〈
うんうんとアインズは頷いていた。短い期間でも彼にも思うところはあったのだろう。
「そんな期間をどうやって過ごしていたのかね」
「半分は森にひきこもっていましたね。貴方にもいずれ分かりますよ。最初の百年は楽しくて、二百年までは蛇足。三百年になるともう駄目です」
「ふむ……本題に入ろうか。君が蘇生させた二人と助けた一人は、我が勢力の策でそう追いやった者達だ。君にそれを妨害する意図はあったか?」
「無いですね。完全に偶然でしたし、そういうことってありません?」
「む。まぁ……それは何だ……思いつく情景ではあるな、うん」
何か覚えがあるのか、骸骨の顔に汗が見える気がする。この建物からしてギルド拠点ごと転移してきたのだろうか。ならば、様々な苦労を抱えていただろうとセシルは思いやった。セシル自身は百年程度でそうした責任感は捨ててしまっている。
「彼女達も自分達の立場をよく理解し、聖王国へ戻る気はありません。排除を取りやめることはできないでしょうか」
「フ……そうでなければ自分が敵対するとでも?」
「結果的にそうなりますね。最後は私が負けるにしても、どれだけ食らいつくか。見物しますか?」
セシルは重い内容を軽く言い放った。その発言はアインズの精神に一定の不安をもたらした。セシルには知る由もないが、アインズにとってギルドは全てだ。
レベル100NPCを多く保有するナザリックなら確かにセシルには勝てるだろう。だが、それまでに何人道連れにするか。それを考えると敵対などしたくない。
加えて、アインズからすればセシルは話が合いそうな人間であり、情報の宝庫である。
「確かに今となってはあの三人程度、許してやれないこともない。だが条件がある。私の部下となれ」
沈黙が立ち込める。セシルからしても悩む提案だ。確かに追手側の庇護下に入れば、あの三人は安泰だろう。当たり前の話だ。だが、あの猪のような女騎士が頭に浮かんだ。
「ご勘弁を。現在、私は契約中の身。それを破棄して貴方に仕えるような者なら、貴方にとっても信用できない存在でしか無い」
「……フフッ。これは一本取られたかな?」
「またまた、予想していたでしょうに。ですが協力者や情報提供者としてなら、貴方の役にも立てるでしょう」
「なるほど、それが良い落とし所かもしれんな。いや、我が国の冒険者の見本となってもらうのも……監視を常時付ける。もし聖王国へ向かうようなら三人は切って捨てる。移動するならエ・レエブルに向かえ。我が国の息がかかっているが、それを口外するなら……」
「わかってます。それにしたって私一人にこんなに大人数は大げさじゃないですか?」
「フフフ。やはり侮れんやつよ」
左右の扉から強烈な気配を感じる。プレイヤーではなくNPCだろうが、自分と同じレベル100の者達だ。長年生きてきて身についたのは、こんな感覚しかない。
「では茶飲み話の続きと行こうか」
プレイヤーはいつ来たか、今までどんな者がいたか。この世界はどういった場所があるか。そうした古代の話を魔導王は聞きたがった。セシルはそれに全て素直に答えた。
替わりの茶が冷えた頃、話は終わった。
「では、今日はこの程度で良いだろう。実に有意義な茶会だったな」
「ええ、こちらも懐かしい思いをさせていただきました」
「ではシャルティア、
再び暗い穴が開く、セシルはアインズに一礼した後そこを通過した。背後の穴が無くなってから、無詠唱化した
(あの喋り方、疲れない?)
(疲れるけど慣れてきた。細かい要望があればまた伝言する)
先程と同じ声とは思えない、疲れた成人男性の声が返ってきた。
ナザリック内――アインズは顎を手に乗せながら考え込むような仕草を取っていた。そこに巨大な二足歩行の昆虫じみた存在が声をかける。
「ヨロシイノデスカ、アノヨウナ者ニ譲歩ナサルナド」
「アレを敵に回す意味はない。それよりは駒にした方が良い」
「それにしても聖王国での策がこのような形で危うくなるとは……申し訳ありませんアインズ様」
スーツ姿に尻尾を持つ男が言う。
「構わんぞ、デミウルゴス。これでやつに首輪ができ、計画に支障もない。なにより、あの男には利用価値がある」
「――なるほど。そういうことですか」
「フッフッフ。そのようなことは考えていないぞ、デミウルゴス」
「フッフッフ。ええ、分かっておりますともアインズ様」
また後で伝言を送ろう。アインズはそう考えた。