高級住宅街にある“金鎖”の拠点。すっかりと慣れてしまった室内で、レメディオスは目覚めた。窓の外はほのかに暗く、朝早い時間だと言っていいだろう。
ズボラに思われがちなレメディオスだが、長年の騎士生活で染み付いた習慣により案外規則正しい。顔を洗うと、割り当てられた客間でさっさと鎧姿に着替えてしまう。タンスには全く同じにしか見えない衣類が収められており、唯一の例外は寝間着しかなく、年頃の女性には思えない。
意外なことに起きるのはレメディオスが一番早く、次はレイナースだ。ケラルトとカルカは割合ゆっくりと起きる。よく分からないのはセシルで、そもそも寝てなかったりと規則正しさからは一番遠い。
この日もそうだった。屋敷の裏手にある狭いスペースで素振りでもしようと思ったレメディオスは、刀を横に突き刺し、
この頃セシルはよくこういった真似をする。精神修養にも見えるのでレメディオスは声をかけずに、自身の修行に移る。心地よい二人だけの空間は、レイナースが来るまで続いた。
「……まだ浅いか?」
「おお、起きたか。レイナースも来てるぞ。その姿勢でちゃんと寝れたのか?」
「別に寝てたわけじゃない。これも修行……というよりは試行だな」
セシルが試みていたのは武技習得のために、【世界と繋がる】ことだ。もちろん、ただの瞑想でそれが可能だとは思っていない。結跏趺坐して心を鎮めても繋がるのは己のみ。
そこでセシルは理屈立てていくことにした。バッドステータスの中に【喪心】というものがある。一定時間……それも大抵は短い時間、肉体の操作を阻害するものだ。そのわずかな時間で上の上にある戦士職では戦いが決することもある。
効果はともかくとして、それを用いて物理的にではなく精神的に【世界と接触】しようと試みた。信仰系魔法〈
「ふぅ。長くかかりそうだ。言い出した王様が効果を上昇させるアイテムでも持ってないかね……気晴らしに俺も動くか」
「では、お師匠。一試合どうですか」
レイナースが木の棒をセシルに投げてよこした。セシルはそれを手にしっかりと腰を低くした。明らかに心得がある構えなのだが、当人は剣に比べて素人同然だという。事実、膨大な過去で槍を使ったのは比較的短い時間だからである。
「お前はちゃんとした型を身に着けているから、あまりためになるとも思えんが……まぁ良いか。かかってくるといい」
「では……」
ためにならないと言われたが、とんでもないとレイナースは思っている。なぜなら互いに同じ武器を持って向かい合う……それだけで汗が吹き出してくる。これはセシルが使い慣れない得物を持ったことで、覇気を抑えられないことに起因する。
それになるべく試合らしくしたいのだろう。かなり力を抜いてくれるようだ。師がそこまでしてくれることに、異議を唱えるような真似をレイナースはしない。
「〈流水加速〉……〈超貫通〉!」
最初から全力。負担の大きい〈流水加速〉を用いることで、少しでも差を埋めるためだ。ヘビのように滑らかな動きで加速したレイナースの強力な一撃が、セシルを襲う。
その一撃は相手の基本的な払いによって軌道を変えられ、不発に終わる。慌ててレイナースが大勢を立て直す。
レイナースは“重爆”の二つ名通り、威力を重視した戦闘スタイルだ。よって不発の場合にできる隙が大きい。槍を払ったまま追撃してこなかったのは、その点を指摘するようである。
「筋は俺より良いんだがなぁ……一撃一撃に命をかけすぎじゃないか?」
「くっ! 〈能力向上〉! 〈超回避〉!」
武技を使って大きく距離を取る。そうまでしても相手の攻撃範囲から逃れられていない。
「俺が習ったのは基本の払い、突き、振り下ろしを大事にすることだけだ。そもそも使えないが、武技に頼りすぎるのは駄目だと言われてな。消耗は激しいし、有用ではあるが、絶対ではないそうだ。さて、お前はどれを選ぶ?」
今さら基本に返るか、己を貫くか。それを聞いてレイナースは少し考えて微笑んだ。答えは決まっていると語るように。
初めてセシルから攻勢に出る。レイナースの
「〈重爆〉!」
二つ名になったオリジナル武技。本来は突きで行使する技だが、返しの払い技として放つ。レイナースが出した答え……基本に立ち返るか、武技を頼るか……それは両方だ。基本で見切り、放った武技の行方はどうなるか。
「これは……俺の負けかなぁ」
「どうやったら払われた姿勢から、引き戻しが間に合うんですの……」
セシルは一瞬で手元に棒を引き戻して、〈重爆〉を受けきった。だが、レイナースに合わせた身体能力で相手をするという縛りを逸脱する行為だ。機転で上を行かれたのは事実だった。
「二人とも、良い試合だったぞ! まぁ手を抜いておいて、駆け引きで負けたセシルはどうかと思うが……」
「一言もない。やっぱり、槍はまだまだだな」
「はぁ……私は死ぬほど疲れましたわ……」
レメディオスの拍手を受けて、試合はここまでとした。
その後、レメディオスとも軽く打ち合って、前衛職三人の訓練はお開きとなった。
そして、屋敷に戻るとカルカもケラルトも起きてきていた。セシルたち三人は思ったより長く鍛錬していたらしい。雇った家政婦が作った朝食を、皆で囲ったときカルカが切り出した。
「今度の任務ですけれど、通達の手紙が届きました」
「次はなるべく余裕のある任務だと良いが……」
「私は先にカル様から聞いていますけれど、忙しくなるかは自分たち次第ですね」
「ええ……帝国の北東……カルサナス都市国家連合に派遣する使節団の護衛です」
それは確かに安全とも危険とも言えない任務だった。わざわざ使節団を派遣するということは、魔導国がカルサナス都市国家連合を滅ぼす気が無いとも言える。真に友好関係を築くのか、力の差を見せつけるのかは分からないが。
「カルサナス都市国家連合は亜人が多いと聞きますが……」
「姉様、行動中は態度に気を付けてくださいね」
「私だって、そのぐらいはわきまえている!」
レメディオスの亜人種嫌いはある程度制御がきくようになっている。もちろん態度はつっけんどんになってしまうが、問答無用で斬りかかるような真似はしない。そこは一行も安心できる要素だ。
「使節に人間の護衛を付ける……魔導国はどんな集団で行くつもりか、予想ができませんね。少なくともアンデッドでは無いでしょうが……我々“金鎖”としては見苦しくない格好で堂々と付いていくしかありませんね」
カルカが締めくくり、全員が了解した。
通達は本当に先触れでしかなかったようで、それからわずか2日で使節団は到着した。その驚異的な速度は転移系の魔法を使ったのだろう。
現れた集団はたくましい二足歩行するワニのような種族、
先頭に立つ馬車に乗っていたのは金の髪を縦ロールにした美女と、アダマンタイトの鎧を着て腰に氷のような刃をさげている
「ソリュシャン・イプシロンです。場合によっては高圧的に振る舞うことがあるかも知れませんが、本意ではないことを理解していただきたく思います」
「ザリュース・シャシャだ。亜人としての友好関係を築くことを期待されている。道中、よろしく頼む」
「“金鎖”のカルです。道中の護衛はお任せください」
こうして初対面はそう悪くない滑り出しで、新しい旅が始まった。
十二都市の設定を勝手に捏造する!