今日、“金鎖”は孤児院に慰問と、将来育った子どもを文官として雇う話をしに訪れていた。孤児院とは言っても年齢層は幅広い。年少者はともかく、年長者はそろそろ独立して働こうとしている。世間一般の子どもたちと同じように遅くとも十五歳には働きに出ていなければおかしい。農村の子などになれば年齢一桁でも手伝いに出ている。
ユリ・アルファの管轄下にあるエ・ランテルの孤児院でもそれは同じだ。違うのは読み書きや簡単な学問を修めるので、少し出ていく年齢層が遅めになるということ。
「ボ……失礼いたしました。私どもの孤児たちの就職先を斡旋して下さるのは、喜ばしいことです。今のうちに希望者を募っておけば、即戦力にもなれる訓練を施します」
髪を夜会巻きにして眼鏡をかけている玲瓏な美女が、ここを統括しているユリ・アルファだ。魔導国で表に出ている者としては珍しく、比較的善良な性格をしている。
相手をしているのはセシルだ。他の面子はユリ・アルファとレベル差がある。対等に話すのは難しいだろう。ということでセシルの他は実際に子どもたちと触れ合いに、既に見学に出ていた。
……子どもらしい子どもなら、実際に冒険に出たがる者が多いだろうが、それはセシルとしては考えていない。善良と言っても魔導国によって育てられた子どもたちだ。その思想はある程度、魔導国こそ至高という考えに染まっている。頭から否定する気はないが、外部と接触させるには問題だ。
「こちらも魔導国の新部門だ。人が揃わないから、教養がある程度身についている子どもはありがたい。予算はおりたから、給料はしっかりとしてると考えてもらっていい」
「ありがとうございます。ここの子どもたちが魔導王陛下のために働いていけるとなれば、素晴らしい循環ですね。それでは私たちも実際に活動を見学に参りましょう」
この孤児院は外観はエ・ランテルのそれと違和感なく、少し汚れた石造り。しかし、内装は下手な商店などよりも余程しっかりしている。実用一辺倒の直線で構成された内部はいかにもNPCらしい。
教室はセシルもアーカイブでしか見たことのない、元の世界における大昔のそれに酷似していた。黒板があり、それに向かって椅子と机が並んでいる。
今は年長組の時間なのだろう。体つきも大人に近付いている様子の子どもたちが、懸命に勉強していた。いつまでも孤児院にはいられない彼らにとっては本当に命の問題なのだ。
「多少場慣れしてくれれば、下手な冒険者よりも書類仕事に役立ちそうだ」
「恐縮です」
「……随分と丁寧だが、俺とあなたの立場に差はないと思うんだが」
「セシル様とは確かに職責においては同等でしょうが、同時にアインズ様のご友人でもあられます。ならば、ボ……私からは遥か上位に位置します。階層守護者の方々もそのようにされていると伺っています」
「そうなるのか……今は年長組が授業中ということは年少組は、自由時間かな……カルたちも見当たらないし」
なら、行動は予想できる。カルカたちは全体を見て回り、レメディオスはおそらくあの二人の所だろう。この孤児院には“金鎖”に縁深い双子が収容されていた。だが、セシルはあまり訪れなかった。その代わり意外にもレメディオスがよく訪れていたようだが……
「レメお姉ちゃん堅ーい」
「どーん!」
「はっはっは。軽い軽い。ちゃんと飯は食っているのか? そんなことでは良い騎士にはなれんぞ!」
クーデリカとウレイリカ、帝国の邪教によって生贄とされかかっていた少女である。それにしても、この面倒見の良さはレメディオスの意外な一面だ。良くも悪くも他者を突き放しがちなレメディオスだが、この双子には適用されないらしい。
ユリ・アルファが眼鏡を上げながら、あきれ顔で言う。
「レメ様はよく当院を見舞いに来てくれますが……正直に申し上げれば、あまり良いことではありません。いっそのこと引き取ってくだされば良いのですが」
「ああ……まぁここはあの双子だけじゃないからな。そうなるか」
他の孤児からすればクーデリカとウレイリカにだけ、面会しに来てくれる人物がいるのは面白くないだろう。さらに彼女たちは双子だ。天涯孤独の身からすれば支え合う姉妹がいることを妬むかもしれない。
現にカルカとケラルト、レイナースは孤児たち全員を相手にしている。用意がいいことに大量の材料を持ってきており、菓子作りをするようだ。
「ユリ殿。賄賂の類は魔導国で禁じられているから、報酬の類は出せないが……今少し、あの子たちを預かっていてくれ。いずれ正式に迎えに来る」
「分かりました。至高の御方が、友人と見込んだ貴方を信じましょう」
クーデリカとウレイリカを引き取っていない最大の理由……ズーラーノーンを片付ける。相手は秘密結社だ。いささか手間取るだろうが……セシルが相手取って負ける気は毛頭ない。
そのためには“金鎖”ではなく、一介の剣士として動く必要があるので、アインズの許可も必要になるのは仕方ない。あと連れていく必要がある人物もいる。
「さて、厄介ごとの前に今日を済ませるか。カル、そっちの準備はどうだ?」
「はい。今レイナースさんに荷物を運んでもらっているところです。均等に分けないといけませんから、大荷物になってしまいました」
「俺もそっちを手伝おう。作るのは誰だ?」
「私とケラです。お互いこういった作業には慣れていますから」
カルカには昔、王女だった時代がある。その時には慈善事業も欠かせなかった。椅子に座って指示した方が早かろうと、デモンストレーションは大事だ。
ケラルトは神官のため貧民に炊き出しなど行う機会も多かった。茶を入れるのと茶菓子を用意できるのは、セシルも知っている。
「レイナースは……」
「すみません。そういった家事には携わって来なかったので……そう言うお師匠はどうなのですか?」
「薬草関係の物なら作れるぞ」
「……駄目じゃないですか」
セシルもレイナースと一緒に子どもたちに混ざって、菓子作りを体験する。不思議なことにレメディオスが焼くと、元がどんなにしっかりしていても焦げた物質に変わるので、途中で参加を禁じられた。
その後セシルは子どもたちにせがまれて、剣を見せてやったり、木剣での剣術体験など慣れないことを延々とさせられた。触れれば壊れてしまいそうな物に囲まれて、自分は子育てには向いていないなと苦笑する他ない。
そんな様子をカルカたちは微笑ましく見ていた。
「私たちもいずれあんな日が来るのでしょうか?」
「いえ、私には来ませんが……そうですね、御三方には近いうちに来るでしょう」
「それはそれでトンでもないことになりそうですねぇ」
プレイヤーの子どもがどうなるか。それを知る者は世界でも限られている。だが自分たちはきっと一生波乱万丈なのだろう。その想像は容易かった。
「まぁ、その前に関係次第でしょうが……皆様どうされていますか」
「そ、それはまぁ頻度は……」
「カル様! カル様! ここは孤児院です!」
「まぁ……安泰そうで何よりですわ」
レメディオスは自分の子どもに随分と甘くなりそうだと、レイナースは眼前の光景を見た。
赤面するカルカや、落ち着いているケラルトはきっと公平な母親になるだろう。ならば貴族社会のようなドロドロとした実情にはなるまい。レメディオスにもブレーキをかけてくれるはずだ。
こうして孤児院の慰問もレメディオスの贔屓の他は、問題なく過ごすことができた。
そして数日後……セシルが完全武装で冒険者組合に顔を出した。
「クレマンティーヌ、旅に出るぞ」
「へ?」
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