数時間前、アインズはセシルの来訪を歓迎していた。アインズはアンデッドであるため眠りを必要としない。だが元はプレイヤーであることから、朝までの時間は暇で暇で仕方ないのだ。
最初はアインズの王としての愚痴をセシルが聞くという、いつもの長閑な時間を過ごした。長閑な風景に骸骨がいるとすればだが。アインズは周りが思っているほど優秀ではないが、それでもセシルが用件を持ってきたということは分かっている。
だが、リ・エスティーゼ王国から徐々に領土を譲渡され、属国化の準備が進んできている。そのため、アインズもやりたくないなどとは言えず、多忙な毎日だ。少しぐらい愚痴を吐き出していいよねと考えても仕方ない。
「まったく。世の中の領主や国王というやつはどういう頭をしているんだ? エ・ランテルだけの改革でいっぱいいっぱいなんだぞ? アルベドは帝国を、デミウルゴスは聖王国を担当しているからあまり手伝ってくれないし。そこに領土が増えるとかさぁ……どうすればいいんだ?」
「属国をどんどん増やしてるのに、肝心の宗主国が小さいと問題があるんだろ……多分。俺なんて冒険者組合の運営で手一杯なんだから良くやっているよ」
二人そろってため息。そもそも国を運営した経験などプレイヤーにあるはずもない。ギルドマスターをやっていたアインズの方がセシルよりマシとさえ言える。
……実際、魔導国を軽く見る支配者層というのは存在する。魔導国の軍事力を見たことのない者たちだ。まぁその連中からすれば小さな国に大国が次々とひれ伏すのだからわけがわからないだろう。そういう意味では同情できなくもない。
「はぁ……せめてジルクニフやザナック王子と友人になれていればな。せめて話し相手にはなっただろうに。そういう意味では
「話が早いな。それと帝国で出来てしまった因縁を清算するために、ズーラーノーンを討伐する許可が欲しい」
「ユリから報告があがっているからな。それにしてもズーラーノーンか……何かやたら縁があるな。あの時の女は今、冒険者組合にいるんだったな。それも含めてか。許可を出すのは構わんが、マジックアイテムなどがあれば回収してきてくれ」
ズーラーノーンという組織には謎が多い。それでもアインズはセシルに許可を出した。
これまでの情報からそこまで突出した個体はいないはずであるし、仮にいたとしてもやられるのはセシルであってアインズの愛しい存在ではない。アインズにとってセシルは友人ではある。だが、かつて存在して今も探しているギルドメンバーほど友情を築いたわけではない。
仮にセシルが敗れるようなことがあれば、自分と同格以上の存在がいる証拠になり、警戒体制を構築できる。
成功した場合、もちろん文句などない。ズーラーノーンで分かっていることはある種のテロ組織であるということであり、落ち着かせつつある各地を標的にされても困る。
「秘密結社と言うぐらいだ。撒き餌の女がいるにしても、探すのは少々面倒だろう。諜報部門にも協力させる。目星は付いているのか?」
「そこまではっきりとしてるわけじゃない。ただ、これまでの話からして王国か帝国のどちらかにいるだろうから。まぁ地道にやるさ」
「フフ……あまり待たされると女房衆がどうなるか分からんぞ」
「……うん。急ぐことにします」
こうして朝までアインズの話を聞いてから、セシルは冒険者組合に顔を出したのだ。武装も旅装も手加減なしの完全武装である。
「クレマンティーヌ、旅に出るぞ」
「へ?」
「お前の古巣を攻撃するんだよ。案内と囮としてお前を連れていく。戦闘はしなくてもいいから、自分の荷物だけ持って歩け」
「むむむ、無理ですよー。へへへ……情報なら全部喋ったじゃないですか」
「その全部喋ったやつを連中がどう扱うか。そこが重要でなぁ。まぁどの道、お前では俺から逃げられんが」
(落ち着け私の肉体! こいつがいない状態で刺客を待つか、近くで保護されるか。どちらが安全かといえば後者よー! 聞こえてるー?)
クレマンティーヌは拷問によって卑屈な人格と、元の人格が分かれているようになっている。完全な二重人格ではなく、卑屈な方が基本的に肉体を操っていて、元のクレマンティーヌはささやくのが精いっぱいだ。
こうしてクレマンティーヌは半ば無理やり旅装を整えさせられた。
「セシルさん……本当に一人で行かれるのですね」
「その間“金鎖”を頼んだ、リーダー。無理して依頼を受ける必要はない……ああ、そんな顔するな。クーデリカとウレイリカを引き取るにはあの邪教を倒さないとな。それに……連中は元より俺たちを敵対者と見なしているだろうからな」
“金鎖”にはズーラーノーンを倒しに行くことは伝えてあった。当然、全員で行くべきという話になったが、今回は遠慮してもらった。せっかく予算がおりたのに冒険者組合が回らないというのは避けるべきだ。それぐらい冒険者組合は“金鎖”に依存している。
「というかセシルさんに追われる相手の方が、気の毒になりますね。それとここに残されるのは、戦力的に致し方ないかと」
「む? どういうことだ?」
「もしズーラーノーンが魔導国を恐れないなら、ここを直接襲撃してくる可能性がありますからね。私か姉様がいないと防げないでしょう」
「ぬぅ……訓練兵ども! できるだけ迅速に片付けて、さっさと帰ってくるんだぞ!」
「うっふっふ。そこで“行かないで!”と言えないあたりが私たちの限界ですね」
仕事は“虹”と金級冒険者で回し、冒険者組合自体は“金鎖”で守る。そういった形だ。早急な人材の底上げが必要になっていることを改めて痛感する。
「と、なると私が受付嬢……修業はしばらくお預けですわね……」
一方で元帝国四騎士のレイナースがカウンターに立ちっぱなしという、贅沢なことにもなっている。魔導国の冒険者構成が歪すぎた。
「というわけで、もう一人と会ってから出発するぞ。クレマンティーヌ」
「え? もう一人ですか?」
「お前、本当に戦士じゃなくなったんだな……というわけで、遊ぶなそこの奴。趣味が悪いぞ」
セシルが後ろの一点を指さす。するとそこに細身でスタイルの良い少女が現れた。オレンジの髪を上向くように結っており、装備はピッタリとした胸甲の他は間が空いてるほど軽装だ。へそも見えており若干目のやり場に困る。黒いバンダナがちょっとしたアクセントにもなっていた。
突然の出現に場にいた冒険者たちはとっさに得物に手をかけるが、法に従って抜くまでは行かなかった。
「……驚いた。武器も出していないのに気付かれた」
「お前さんが諜報部門の派遣してきた同行者か」
「そう。諜報部門の期待の新人、ティラ。情報を受け取る役をする。イジャニーヤのティラと言った方が通りは良いかも」
その名がいかなる意味を持つものか、分からないのはセシルだけだった。イジャニーヤは伝説的な暗殺者集団。しかし、魔導国のレベル八十を超える隠密系モンスターであるハンゾウたちには敵わず、魔導国に取り込まれたのだった。
場の皆がざわつく中、セシルは首を傾げた。
「あれ? お前さん、王国で見たことがある気がするぞ? 王城とかで」
「それは多分、私の姉妹。三つ子だから。だけど一緒にしないで。私はノーマル」
「何がノーマルなのか言わないとわからないって! まぁいいや。これで面子は揃ったから……そういうことなら王国から回ってみるか」
こうしてセシルたちは出発した。標的は闇の秘密結社。長い旅になりそうだった。建物を出ていったセシルたちが見えなくなってから、レメディオスが騒ぎ出した。
「カル様! カル様! あいつの同行者、全員女じゃないですか!」
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