エ・ランテルから出発したセシル一行だったが、未だエ・ぺスペルに到着したばかりだった。原因はへっぴり腰のクレマンティーヌだ。刑期を終えた彼女だったが、些細な衝撃でも大きく動揺する。
セシルとしてはさほど気にはしていない。元よりズーラーノーンを壊滅させるのが目的なのだ。相手がクレマンティーヌを恐るるに足らず。そう判断して刺客を送ってくれれば探す手間が省ける。仮にもかつての幹部を襲うなら相応の存在を送ってくるだろう。
そんなクレマンティーヌが不思議でならないのがティラだ。いつもの無表情のまま首を傾げている。
「変。結構強いのに、あの態度。旅が遅々として進まない」
「あー、魔導国の刑期中に何かあったらしい。拷問とかそんなんだろう」
バッサリと人の悩みを切り捨てて、セシルは都市内を見やる。
エ・ランテルに近いエ・ぺスペルは恐らく、魔導国の影響を強く受けることになるだろう。首都までの間に小都市一つしか挟んでいないため、割譲されると常にのど元に剣を突き出された格好になるが、服従の姿勢を見せるのにはいいかもしれない。
そんなエ・ぺスペルはあまり賑わっていない。多くの民がエ・ランテルから距離を取ろうと移動したのだろう。
セシルたちの“入国許可証”を見た兵士たちは、特に詳しく調べもせずにあっさりと通した。怠惰なのではなく触らぬ神に祟りなしというやつだ。
「魔導国の武官らしいが、皆人間種だったよな。身なりも良いし、どういうことだ?」
「噂じゃエ・ランテルには徹底した平等主義が敷かれているらしいが……アンデッドの国でそんなことがあるものかね? だが……分かったことがある」
「ああ……美人だったな。俺はオレンジの髪をした子に厳しくしてもらいたい」
「おどおどしてた子は庇護欲をそそるな……」
そんな兵士たちの会話を背に、セシルたちはここで宿をとろうと考えていた。そのあたりの小さな村には宿屋などない。中間地点としてエ・ぺスペルは最適だ。それに加えて、色々と情報収集と交換も必要だろう。それと可能ならセシルが他二人と親交を深められればなおよい。
「この街で宿を取るのは賛成。連絡員との接触も容易。セシルは街での聞き込みを」
「ああ、でもズーラーノーンって秘密結社なんだろ? 簡単に情報なんて集まるのか?」
「ズーラーノーンは特殊。秘密結社といっても大々的に活動する。過去には小都市を壊滅させたことも。一般的にも名を知られているぐらいだから」
「それは秘密結社なのか? まぁ、噂話を聞くぐらいでも役に立てそうだ」
「あのぅ……私はどうすれば……」
「好きにするといい。宿の部屋に閉じこもっててもいいし、外でなにかしてても構わん。今回は俺の事情に巻き込んだ形だから気にするな」
クレマンティーヌは悩む。だが耳に囁かれた、一番強いやつに着いていくのが安全という言葉に従うことにした。ズーラーノーンには、盟主含めて自分より手練れが何人かいる。加えて今は鋭敏化によって戦うことすらままならないだろう。一撃受けただけで戦闘不能。それが現状。
「あ……じゃあついていきます」
「そうか。女相手に口を滑らせるやつも多そうだし。助かるよ」
感謝の言葉を貰ったのはいつ以来か。クレマンティーヌは少し考えてしまった。自分自身では煽るために言ってきたことはあったが……そこで内なる声は再び自らの身のみを心配するよう言う。
だが考えてみれば善行や手助けをした方が、セシルから助けられる可能性は上がるはず。善は見返りが少ないが、生き残るためにはいいかもしれない。
情報収集も兼ねるので酒場を備えた宿屋を探す。“木樽亭”という宿屋が名前の通りだったので、そこに部屋を借り、ティラと二手に分かれて活動を開始した。
客はまばらだ。セシルとクレマンティーヌは酒場のカウンター席に座り、疲れた様子の老店主に注文と話をする。
「お爺ちゃん……さ、最近、このあたりで事件とかなかった? 私たち、ちょっと失せ人探ししているの。 エールとナッツを二人分……」
「最近はないねぇ……昔は貴族が好き勝手に領民を連れて行ったもんだが、今は国王陛下の派閥が有利だってんで控えているみたいだねぇ」
エール代に銅貨五枚を出してから、銀貨一枚をセシルが差し出すと、老人の目が変わった。丁度一泊分増えたようなものだった。セシルの風体を見て金持ちと判断したのもあって、老店主は元気を取り戻したようだ。
セシルも銀貨一枚、気にした風もないようにふるまう。ナッツを口に入れると塩の濃い味がした。
「その、昔連れて行ってたのはどのあたりだい? ここみたいな大きな街じゃないだろう?」
「ええ、ええ。街道をちょいと西にずれたあたりにあった村ですね。領主が来ると女子供は離れた森に避難するっていうぐらいで。まぁ大きな声じゃ言えませんがね。奴隷制は表向き廃止されましたから」
「そうか。ありがとうよ」
さらに銀貨一枚を追加して、質の良くないエールをナッツの塩味で飲み切る。いかにも颯爽と見えるように、店を後にした。
セシルはアダマンタイト級の給金を支給されているので、金貨ならともかく銀貨ぐらいでは確かにびくともしない。しかし流行ってないあの酒場ではさぞ金持ちに見えたはず。
「ひっ……さっきの銀貨、わざとですね……」
「ああ。金持ちが情報を探していると広まれば、向こうから来る。それに……クレマンティーヌもあれで目立っただろう?」
「うあぁぁ……いざという時、頼みましたよ。本当に! でも、王国の西方面だと期待していいのか、中途半端になりません?」
そうかな? とセシルは小首をかしげる。クレマンティーヌからすると、その村でズーラーノーンや下部組織が存在するには微妙なところだった。
「て、帝国は国家間の事情から、王国民を奴隷にしません。それに落ち目になっていたとはいえ、王国には八本指という裏社会のネットワークがあって奴隷部門もありました。だから……その、あくまで自国で悪さをしていた貴族程度ではないか、と……」
饒舌になったクレマンティーヌにセシルは驚いていた。それに、やはり“使える”。もとは幹部だったことに加えて、裏社会に精通している。セシル単独ではこうはいかない。大分話せるようになってきたことから社会復帰も可能なのではと思えてくる。
「うーん。だが以前、ア……モモンがお前を倒したときはエ・ランテルだったんだろう? だからこっちにもあの裸祭り教団みたいなのがあってもおかしくはない気もするぞ。それに幹部はいる。そうだろう?」
「そ、それは恐らく……王国側にも……高弟はいると思いますが」
「まずは王都に行ってその八本指から情報を聞き出して、比較しないとな」
「大丈夫。八本指は既に魔導国の傘下。イジャニーヤと同じ」
ティラが足音を消しながら近づいてきた。セシルはもちろん気付いていた……というかそちら側を向いていた。クレマンティーヌは気付いていなかったようで、その場で跳ねた。
ティラが魔導国で鍛えられているということの証拠のようだ。戦闘を繰り返してきた今のレメディオスにも引けを取らないだろう。
「早かったな。街でどうやって聞き込みをするのか考えていたところだ。連絡員はなんと?」
「うん。セシルが目を付けていた貴族は当たりみたい。奴隷制がなくなってからも、子どもだけをさらっていく貴族がそいつ。奴隷が認められないなら、大人みたいにすぐ金になるものじゃないから」
「酒場での会話も聞いていたんですか!?」
「そう。私は期待の新人。今の目標はセシルに気付かれないようにすること」
「その目標はともかく……子どもばかりということはつまり……」
クーデリカとウレイリカの顔が浮かんだ。邪教ということから想像するとつまりは生贄だ。信者として洗脳するほど時間をかけるとも思えない。“世界への接続”をしてから復活した義憤がじわじわと顔を出す。
「次はこちらの襲撃が早いか、あちらの奇襲が早いか。情報源以外はどうする?」
「生かしておく理由はないだろう」
「同意見」
例えクレマンティーヌのように改善が見込めようとも……そこまで待てない。こうして次の行き先は“一般的な貴族”の屋敷に決まった。
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