今回、セシルが活動している目的をラナーは正確に把握していた。それは彼女が魔導国から情報を得ているからである。本来ラナーの能力は王国掌握に大きく貢献する予定であった。皮肉なことにそれはセシルたちの介入などによって最小限に抑えられた。
結果として知恵の怪物は当初の思惑とは違う位置に留められた。だが、魔導国内の地位は手に入らずとも、王国内で駆け上がれば最低限にして最高の結果は得られる。これが幸いしてラナーはセシルの敵とはならなかった。
「ズーラーノーンって……ああ、あの迷惑集団か。そんなのを追いかけてるとは剛毅じゃねぇか」
「迷惑集団なんてものじゃないわよ。実際に一つの都市が滅ぼされているわ。秘密結社というわりには名前が知られていて、中身が謎っていうのもね……手強いというより不気味ね」
「でも、なぜ王女がこの人の動きを知っているの?」
「不思議」
“蒼の薔薇”の面子がズーラーノーンに対して所感を述べ、疑問点を指摘したのは三つ子の一人だった。セシルにはどちらがティナなのかティアなのか分からない。とりあえず黒色のバンダナがティラということだけ把握している。
彼女たちの疑問に対してラナーは事も無げに答えた。
「先日、南で邪教徒が捕らえられた事件がありましたから。少し耳をすませば判断はできます。話が広まるのはもう少し後でしょうけれど」
「城にいながら、それを把握するなんて……流石ねラナーは」
ラキュースが感嘆する。ラナーは知恵者であることをある程度“蒼の薔薇”に知らせている。ただ、その深淵は覗かせておらず、ラキュースは身分を超えた友人であると信じていた。
「その様子だと“蒼の薔薇”も、ズーラーノーンに関しては新しい情報は持っていないのか」
「とっくに撤退した後の拠点を見つけたりなんかはするけどな」
「あっさりと見つかったら秘密結社じゃない」
そのわりには下部組織の扱いが随分と適当だし、名前も知られ過ぎている。これは王国の気質というか、どの国も同じことだが、領主が領民の独立や逃散を嫌うからだ。
そこで生贄などすれば当然目立つ。これまでセシルたちが捕まえてきたのも領主自体が邪教徒というケースだ。
「その情報だけで見えてくるものもあります。クライム、王国の地図を持ってきてくれる?」
「はい! ラナー様!」
ラナーに頼まれたクライムは、勢いよく飛び出していった。待っている間の微妙な空き時間には、冒険者同士の雑談で埋められていく。
「そこの仮面の人は喋らないタイプなので?」
「ああ……イビルアイは何というか、ちょっと頑ななので」
「魔導王につき従っている奴らと話すことなぞ無い」
「国が嫌われているのか、あいつが嫌われているのか……まぁ国家の成り立ちを考えれば仕方ないのかな」
「あいつ? 自分の国の王様に随分と気やすいわね」
「まぁ基本的には良いんですけど、時折思うこともあるわけで」
まさか個人的に友人扱いだとも言えるわけでもなく、お茶を濁す。そんなところにクライムが丁度戻ってきた。室内の空気的にとてもいいタイミングだったと言えよう。
「すみません! お待たせしました」
「いいんですよクライム。テーブルのそこに広げてください」
ラナーはいつの間にかピンに似た針を持っていた。まるで待ち針のようなそれには黄色や赤などの色が付けられている。ラナーは無言で黄色の針を、今回事件が起きた場所に刺した。
「ラキュース。過去にズーラーノーンが絡んだと思われる場所に、この針を刺していってくれますか」
「ええ、構わないわよ」
流石は王国内でも高名な“蒼の薔薇”と言うべきか。かなり多くの事件を知っていた。過去に死都とされた場所も含めて軽快に地図が埋まっていく。
それにしても秘密結社のくせに名前が売れているだけはある。ズーラーノーンはかなりの数、事件に関わっていた。
「なるほど。この分布なら……今の拠点は……」
ラキュースが刺したのは黄色の玉が付いた針。今、ラナーが持っているのは赤の針だ。それを慎重に刺していく。さながら盤上遊戯で駒を動かすかのように。
「ここと、ここ、それにもう一回ここですね。これで、できました」
何が? という気分をセシルは味わった。いや、何となく想像はつく。つくのだが、そんなことが可能な人間がいることがどうにも信じられない。
「ズーラーノーンの拠点と、これから事件を起こす確率が高い場所です」
「おいおい、そんなことが分かるのかよ、お姫様は……」
ガガーランの呟きにラナーは、笑顔で答えた。
「これまでの情報だけでは不可能でしたが、直近の情報があるなら話は別です。人……まぁこの場合、人ではないかもしれませんが……ともかく、場所を選定するときには一定のリズムが生まれます。事件を起こすときもそうですね。これだけ離れているのなら良いだろう。前はあそこだったから、今度はここで。そうした基準は知らず知らずのうちに固まっていくものです」
「流石はラナー様……」
「取り分け、今回の場合は読み取るのも容易でした。セシルさんが餌となる人物を連れているのですから」
「どこまで知っているんだよ……」
素直に賛美するクライムと違って、セシルは軽く引いてしまう。なぜならラナーはクレマンティーヌのことを知っていたか、見抜いたことになるからだ。その洞察力と知識には敬意を通り越して恐怖を感じる。
「予想外に求めていた以上の情報が手に入った。なら喜ぶべき」
「……そうだな。ティラは姉妹と情報交換しないのか?」
「私とあの子たちはそんなに仲良くない」
ティラは既に姉妹の仲は修正不可能だと思っていた。暗殺者と諜報員は違うというのもあるだろう。“蒼の薔薇”で正義の隠密として働く彼女たちと、魔導国で諜報の訓練を受けている自分は相容れないとも思っている。
もっともティラの立場からすると魔導国が悪とも言えない。敗者である彼女たちを吸収して、訓練まで施してくれるのだから、元統領としてはありがたいことである。これが普通の国なら処刑されて当然なのだから。
「ともあれ、これで次の目的地の当てもできた。ありがとうございます、ラナー王女」
「いいえ、お礼は不要ですよ。だって、あなたたちも動くんでしょう、ラキュース?」
「そうね。王国内にズーラーノーンの拠点だなんて放っておけないわ。魔導国の手助けをするのは少し複雑だけれど……」
「物好きだな。だけど命まではかけないでくれよ。罪悪感で大変なことになるのはゴメンだからな」
こうして王国内のズーラーノーンは大きな損害を被ることになる。
一方エ・ランテルでは“金鎖”の面子が焦れに焦れていた。確かに冒険者組合に自分たちは必要なのだが、どちらかといえば愛する男の方に気持ちが行くのが当然だ。どうするべきか思考は遅々として進まない。そこに予想外の救いの手が差し伸べられた。
魔導国中央から護衛の
「一体、どういう風の吹き回しだ? あの骨野郎」
「レメ。国内でその呼び方は禁止よ」
「そうですよ、姉様。ですが確かに〈
「ですが、これでお師匠に合流できることは確かでしょう。それに彼らが私たちを騙して得られる利益などほとんどないですわ」
「よし! とりあえず行くぞ!」
こうして“金鎖”も男に合流していくことになる。その裏にあったのはほんの少しの思惑だけであった。実際、かかったコストはほとんどゼロなのだから。
「良かったのデミウルゴス? 彼らに特権と情報を与えて」
「考える頭が付いている凡人とはありがたいものですよ。勝手に雑用をしてくれる。我々が手を下すほどでもないですが、アインズ様を差し置いて盟主などと名乗る愚か者はゴミ箱に入れなければなりませんからね。さて、我々は我々の仕事をしましょう」
かくして知恵者の吹きかけた息一つで事態は回った。
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女ばっかりだ!