北西小都市群。次はここでズーラーノーンが活動するというのが、ラナー王女の推測だ。本性を知る者は限られているが、知の怪物たる彼女が本気で考えた結果に間違いはない。
ゆえに後は現場での問題となるが……ここで少し問題があった。ここに向かったセシルたちにはどの都市で騒ぎが起こるのか、イマイチ分からないのだ。
ラナーがここまで赴いていたら分かっただろうが、“金鎖”にはそんな能力は無い。カルカとケラルトも頭は良いが、そんな万象を掌握するものではないのだ。
「というわけで、今日も行ってくる」
「おお。頼んだぞ」
急いだ甲斐があって、攻撃開始数日前にたどり着くことができた。主な二つの小都市の間に拠点を作り、そこからティラが出発して情報を集める。可能ならセシルたちも情報収集したいところだが、アダマンタイト級冒険者が街に入り込んで探っているとなれば、肝心の拠点から逃げ出すかもしれない。
そこで魔導国の諜報部門に頼っている。ティラは単独で調べつつ、仲間と連絡を取り合い噂から事実を拾い上げる。
最悪後手に回ってしまうが、その場合セシルだけで急行することになっている。他のメンバーは敵を逃がさないよう網を張るだけでいい。
「しかし、本当に俺たちが行くとバレるのかね? 何だか人任せのようで気分が良くない」
「門でアダマンタイトのプレートを見せる必要がありますからねぇ。この顔ぶれだと商人や旅人というのも通じないでしょうし。潜り込むなら一人、多くて二人が限度でしょう。大体私たちだとどこを調べて、何が出てくればいいのか。そこから分かりません」
ケラルトが鍋をかき回しながら答える。時間は丁度昼時。昼食にはもってこいの天気と時間だ。旅を始めてからセシルたちは歩きながら携帯食料を齧るぐらいしか、栄養を摂っていない。セシルとティラはサバイバル技術が優れているので特に何も感じなかったのだ。クレマンティーヌは意見を言えなかった。
だが、こうしてケラルトの料理を見ていると腹が空いてくるようでなんとも不思議だった。
「魔導国は香辛料の類が豊富ですよね」
「ああ、魔導王はそのあたりにも力を入れているようだからな」
セシルは骸骨姿を思い浮かべる。当の本人は味も分からないどころか、食事すら必要無いだろうに。アインズはこの手の嗜好品の流通に気を使っている。断じて民に不便さを感じさせないようにしていた。
王国の農村などでは塩しかないという貧しい土地も多い、それに頑として異を唱えるような形だが……アインズがブラックな国家ではなく、蜜を垂らすような理想郷を目指しているからである。
このようにエ・ランテルや割譲された村々では割譲前より豊かな暮らしをしているのだが、それでも魔導国支配下にあるのを恐れているあたり、どれほどアンデッドに対する忌避感が強いのか分かるというものだ。
「おかげでケラが技を振るう場面が増えました」
「適度にふやかした携帯食料が元ですけれどねっと……姉様はともかく、カル様はこの手の技術を鍛えておいて損はないかもしれませんね。孤児院でも簡単なお菓子作りはできていましたし」
「なぜ私は除外されているのだ」
「簡単な調理ですら黒い物体を生み出すからですよ。孤児院の慰問でも遊び相手しかしてないじゃないですか」
「私が思うところ、家事全般までできるケラさんが凄すぎるだけに感じますわ……」
“金鎖”の面子は金の字の通り身分が元々高かった者ばかりだ。レイナースも貴族の出身である。よって、周りが準備するのが普通であり、その領分ではスキルが低いのだ。
「俺がやると健康志向になるからな。ケラが家庭料理を作れるのは嬉しい」
「うっふっふ。褒めても大盛にしかなりませんよ」
一方セシルは地味にこの手の分野も可能だ。なにせ数百年引きこもっていたので、単純に努力した時間に差が出るので作れて当然。欠点はワイルド過ぎるところだけだ。この男も地味に万能なのだが、性格に難がなければ……というのが付いてしまう。
こうして硬く四角い携帯食料はリゾットのような食べ物へと変化した。温かい食事はいいものである。ただ夜ならもっと美味しいだろうなとセシルは思う。世間は晴れ渡り、暖かくて有難味がやや薄い。それだと失礼過ぎると思い直し、ピクニックのようだと言い換える。
「クレマンティーヌはなぜ泣いているんだ」
「液体に近いので私にも食べられます……」
「流動食以外受け付けないのか……難儀な病気を抱えているな」
「はは……病気……まぁ確かに」
なんだか乾いた笑い声を響かせるクレマンティーヌを見守りながら、残り時間を考える。二方面同時にとは言ってもある程度の齟齬は承知の上だ。あと一日半から二日というところか。のんびりしているしかないが、余裕は確かになくなってきている。
翌日、迫る時間をものともせず眠っていたセシルへの朝日を遮る影があった。セシルもその存在には気付いていた。
「良いご身分」
「慌てているところが見たいか? 頼れるのがお前だけだから、安心していただけだ」
「なるほど。そうやって攻略する」
影はティラだった。朝まで活動していたのだろう。日に従って普通にしていた自分たちは確かに、良いご身分に見えたはず。
「その様子だと情報は手に入ったようだな」
「ちょっと手間取った。北の方の小都市で豪商がパーティーを開くことになっている。不思議なことに招待状は秘密裏に配られている。いわゆる仮面舞踏会。貴族でもないのに」
「なるほど。それを粉砕すればいいんだな」
「まぁ、極端に言えばそう。高弟が出てきてからが良いだろうけど。ただ、招待状が手に入らなかった」
「向こうも送る相手を知っているだろうから、潜入でいいだろう」
強行突入とも言う。さて、こちらは上手く行きそうだが“蒼の薔薇”はどうなっているか……セシルは浮かんだ心配を打ち消した。戦闘能力はともかく、冒険者としては向こうの方が上なのだから、こちらは目の前に集中しよう。
「時間は?」
「今日の夜」
「本当にギリギリだったな。“蒼の薔薇”はもう動き終わった後かも知れん。急いで片付けるとしよう」
「そう。はい、これ」
ティラは包み紙をセシルにいくつか放ってきた。その中身は……
「服? それも礼装か何かかコレ」
「ちょっと裕福な人の服装と仮面。確信が持てるならいらないけど」
「いや、ありがたく使わせてもらおう」
そろそろ全員が起きてくる頃合いだ。これをどう使うか話し合うとしよう。
そして夜が来た。今、“金鎖”と協力者は三つに分かれている。内部に侵入するカルカとセシル。レメディオス、ケラルト、レイナースは出てきた標的を逃がさないよう、会場のすぐそばで待つ。もし、それでも逃げられた者がいればティラとクレマンティーヌが追う。
「流石にカルカは似合うな。誉め言葉になるか、分からないが」
「正装はしたことがありますが、こういったやや気取らないものは着慣れないですからね。でもありがとうございます」
セシルとカルカは仮面をつけて会場にいた。どうやったかというと、普通に壁を飛び越えて潜入したまでだ。門には警備が付いても中では意外と疑われない。それに万が一、ズーラーノーンと無関係という線もある。それを見越しての配置。後は上手く接触されないよう移動し続けるだけだ。
だが、魔導国の諜報は流石と言うべきだろう。ここは間違いなくクロだとセシルは感じた。遥か昔に参加した経験からだが、給仕の類が全く見えない。机や椅子も配置されていなかった。ここで何かの儀式が始まるのだろう。
そんなことをつらつらと考えていた時、会場が静まり返った。主催と思しき太った中年が室内の一段高い所に登った。
「えー皆さん、大変お待たせ致しました。今日という日に同志の皆様とこうした交流の場を設けられたことを、嬉しく思います。それでは今日の催しを始めましょう」
会場の明るさが薄明かり程度になったかと思えば。出席者は壁際にもたれかかり、それぞれが蠟燭を持った。
「生贄の儀式……これほどの存在を捧げれば必ずや、かの方もお喜びになるはず! さぁ、それでは……生贄の紹介です! 愚かにもズーラーノーンに逆らいし冒険者、“金鎖”!」
ああ、なるほどねとセシルは納得した。そりゃあこの時刻にこの場所で行われると分かるはずだ。魔導国の諜報部かラナー王女か。それは分からないが……
「対するは高き方々。ズーラーノーン十二高弟!」
情報を受け取るだけでなく、流すことで事態を引き起こしたのだ。セシルはインベントリからシチセイを取り出し、柄を潰さんばかりに力強く握った。
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ズーラーノーン編長くなりそうなので在庫一掃セール。続いていってほしい方は言ってください。